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緖言

一、此處に一立木あり、美麗なる數群の鳥が飛び來りて其木に宿り又宿らんとしつゝあり、其宿らんとする立木の根本は別として、鳥宿らんとすれば必ず其枝葉に宿る。本書起稿の目的は之樺太に於て旣に定住され又將來移住すべく樺太を知らんと欲する諸賢の爲め樺太の往昔を記述する意なり。

二、本書は樺太の愛島者諸賢にせめて一世紀前後の事柄にて硏究せられなばと想ひ、アイヌ故老に聞き或は祖父母に尋ね、漸く編纂したるものにして之鳥の宿らんとする處に如何なる枝葉が存在し、如何なる傳說遺跡なぞのあるかを自覺し、「あゝ此處は昔何々のあつた處、何々が能く收れた處」と評すると共に一つの硏究となり得べし。

三、本書は樺太アイヌ語の大半を和譯したり、昔より文學の素養なく太古傳來の遺風を續行し來りしアイヌ故老としての說話なるが故に時代年號等の詳細ならざるを遺憾とす、只アイヌ語の伊達栖原(コタンコロオツタ)伊達栖原とか(ヌチヤヤンバー)露人が渡來した年とか(モシリ、カムイ、イレンカヘトクオツタ)天朝の御聖旨とかを以て標凖語とし其例を引用せしなり。

著者が畏くも 明治の御聖代の恩惠に浴しつゝ習得したる淺學を以て本書の起稿するを恥る、然れ共若しアイヌ硏究の爲め本書をして手にせられるならば幸甚となす。

編者識