Page:樺太アイヌ叢話.pdf/110

このページは検証済みです

(二)トツスの傳說

 トツスはワーレとチカボロナイとの中途にある巖穴にして一の傳說あり。昔より此の巖穴は奧深くして一人として奧まで行きし者なし。然るに一人の土人が充分食料を用意して此穴は何處迄延長して居るかを試さんと、一日此の穴に入つて見たが最初は暗くして行くに困つた、併し是より戾るも殘念今少し行て見よう、と決心して奧の方へと進んだのである。

 處が一羽のウリリ(烏の如き黑色の鳥)が彼の目前に現はれた。其時は夜が明けた樣に明るくなつた。すると其鳥の曰お前は何處へ行くのだと彼に問ふた。わたしは此穴は奧が何程深いか、試て見たく來たので有るが、途中でもう歸ろうと思つたが今少し行つて見よう、と思つて終此處迄來たので有る。と答へた。鳥は夫れを聞いて左樣か、お前の其勇氣なら何處迄も行けるかも知れない。けれども此穴は何程行つても同だ。故に私はお前に惡い事は言はんから歸つたらお前の爲めに、よいし家の人も心配して居るだらうから、早く歸られたがよい。其の替り私も奧へ歸つて(神樣に)お前の來た事を申上る、お前の居る處の人々に魚、鳥類、植物何んでも人の望みの物を澤山下さる樣に御願して置くから、と云つて直ちに(パツ)と見えなくなり、元の樣に暗くなつて仕舞た。(アア)之は殘念併し今の鳥が神樣