Page:小倉進平『南部朝鮮の方言』.djvu/232

このページは校正済みです

頃まで存置せられ、當時の語學敎師はすべて朝鮮人であつたといふことである。熊 本でも早くから京城に留學生を送つたが、それは明治十年頃が始りで、對州よりは 少しく後になるのである。