Page:国体論及び純正社会主義 帝国図書館 北輝次郎寄贈本.pdf/7

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試むるに至らざるところ、後進国学者の事業として最も大胆なる冒険なり。しかして著者は社会民主主義の実現がすなわちその理想郷に進むべき第一歩たるべき宗教的信念としてこれを社会民主主義の宗教と名づけ、社会主義と基督教との調和・衝突を論争しつヽある欧米社会主義者と全く異なれる別天地の戸を叩きたり。由来基督教の欧米において思想界の上に専権を振るうこと今なおローマ法王のごとくなるは、あたかも日本において国体論というものヽ存するがごとし。日本の社会主義者にとりては「社会主義は国体に抵蝕するや否や」の問題にてすでに重荷なり。さらに「社会主義は基督教と抵触するや否や」という欧米の国体論を直訳によりて輸入しつゝある社会主義者のある者のごときは解すべからざ