2009ダ68620
主文
編集原審判決を破棄し,事件をソウル高等裁判所に差し戻す。
理由
編集上告理由を判断する。
1.基本的事実関係
編集原審判決の理由及び原審が適法に採用した証拠によれば,次のような事実を知ることが出来る。
イ.原告らは,1923年から1929年の間に朝鮮半島で出生し,平壌,保寧,群山等において居住していた者らであり,日本製鐵株式会社(以下「旧日本製鐵」という)は,1934年1月頃,日本で設立され,日本の釜石,八幡,大阪等において製鉄所を運営していた会社である。
ロ.日本は,日中戦争及び太平洋戦争を経るにつれ軍需物資生産に労働力が不足すると,これを解決するため,1938.4.1.国家総動員法を制定・公布し,1942年朝鮮人内地移入斡旋要綱を制定・実施し,朝鮮半島各地域で官斡旋を通じて人材を募集し,1944年10月頃からは,国民徴用令により一般韓国人に対する徴用を実施した。一方,旧日本製鐵を初めとした日本の鉄鋼生産者らを総括・指導する日本政府直属機構である鉄鋼統制会が1941.4.26.設立されたが,鉄鋼統制会では,わが国から労働者を積極的に拡充することとし,日本政府と協力して労働者を動員し,旧日本製鐵は社長が鉄鋼統制会の会長を歴任する等鉄鋼統制会で主導的な役割をした。
ハ.旧日本製鐵は,1943年平壌で大阪製鉄所の工員募集広告を出したが,その広告には,大阪製鉄所で2年間訓練を受ければ技術を習得することが出来,訓練終了後朝鮮半島の製鉄所で技術者として就職することが出来ると記載されていた。原告1・2は,1943年9月頃広告を見て,技術を習得し朝鮮半島に戻って就職することが出来るという点に惹かれて応募した後,平壌で旧日本製鐵の募集担当者と面接をして合格し,右担当者の引率下に旧日本製鐵の大阪製鉄所に行き,訓練工として労役に従事した。
大阪製鉄所で原告1・2は,1日8時間の3交代制で働き,1月に1,2回程度外出が許容され,1月に2,3円程度の小遣いだけが支払われたのみで,旧日本製鐵は,賃金全額を支払えば浪費するおそれがあるという理由を挙げて,原告1・2の同意を得ないまま,右原告ら名義の口座に賃金の大部分を一方的に入金し,その貯金通帳と印章を寄宿舎の舎監に保管させた。右原告らは,火炉に石炭を入れ破砕混合したり,鉄パイプ内に入り石炭滓を除去する等熱傷の危険があり,技術習得とは特に関係のない極めて苦しい労役に従事したが,提供される食事は,その量がとても少なかった。また,警察が頻繁に立ち寄って右原告らに「逃げてもすぐに捕まえることが出来る」と言い,寄宿舎でも監視する者がいたため,右原告らは,逃げるという考えをすることが出来なかったが,原告2は,逃げていきたいと言ったのが発覚し,寄宿舎の舎監から殴打され,体罰を受けたりもした。
そのような中,日本は,1944年2月頃訓練工らを強制的に徴用し,原告1・2は,徴用以降には小遣いの支払いも全く受けられなかった。大阪製鉄所の工場は,1945年3月頃アメリカ合衆国軍隊の空襲により破壊され,このとき訓練工らの中の一部は死亡し,原告1・2を含む残りの訓練工らは,1945年6月頃咸鏡道清津に建設中の製鉄所に配置され,清津に移動した。原告1・2は,寄宿舎の舎監に賃金が入金されていた貯金通帳と印章をくれと要求したが,舎監は,到着以降にも右通帳及び印章を返還せず,原告1・2は,清津で一日12時間のあいだ工場建設のため土木工事をしながらも,賃金を全く受けられなかった。原告1・2は,1945年8月頃清津工場がソ連軍の攻撃により破壊されると,ソ連軍を避けてソウルに逃亡し,日帝から解放された事実を知った。
ニ.原告3は,1941年大田市長の推薦を受けて報国隊に動員され,保寧で旧日本製鐵募集担当者の引率に従って日本に渡り,旧日本製鐵の釜石製鉄所で労役に従事したが,賃金を貯金してやるという言葉を聞いたのみで,賃金を全く受け取れなかった。原告4は,1943年1月頃群山府(今の群山市)の指示を受けて募集され,旧日本製鐵の引率者に従って日本に渡り,旧日本製鐵の八幡製鉄所で労役に従事したが,賃金を全く受け取れず,逃走して発覚し,約五日間殴られたりもした。原告3・4は,1945年8月頃から同年12月頃までの間に各製鉄所が空襲で破壊され,日本が敗戦し,旧日本製鐵でこれ以上強制労働をさせることが出来なくなると,各自故郷に帰った。
ホ.旧日本製鐵は日本の会社経理応急措置法(1946.8.15.法律第7号),企業再建整備法(1946.10.19.法律第40号)の制定・施行により右各法に定める特別経理会社,特別経理株式会社として指定され,1950.4.1.に解散し,旧日本製鐵の資産出資により八幡製鐵株式会社,富士製鐵株式会社,日鐵汽船株式会社,播磨耐火煉瓦株式会社(右4社を以下「第2会社」という)が設立された。八幡製鐵株式会社は,1970.3.31.日本製鐵株式会社に商号を変更し,1970.5.29.富士製鐵株式会社を合併して現在の被告になった。
会社経理応急措置法は,「特別経理会社に該当する場合,その会社は,指定時(1946.8.11 00:00をいう。第1条第1号)に新勘定及び旧勘定を設定し(第7条第1項),財産目録上の動産,不動産,債権その他の財産については、「会社の目的たる現に行っている事業の継続及び戦後産業の回復振興に必要なもの」に限り,指定時に新勘定に属し,そのほかは,原則的に指定時に旧勘定に属し(第7条第2項),指定時以後の原因に基いて発生した収入及び支出を新勘定の収入及び支出として,指定時以前の原因に基いて発生した収入及び支出を旧勘定の収入及び支出として経理処理し(第11条第1・2項),旧債権については弁済等の消滅行為を禁止するが,例外的に弁済を認める場合にも旧勘定で弁済しなければならず,新勘定で弁済する場合は特別管理人の承認等の一定の要件を備えた場合に一定の金額の限度においてのみ可能(第14条)」なものと規定している。
旧日本製鐵は,会社経理応急措置法,企業再建整備法により1946.8.11.午前0時を基準として,新勘定と旧勘定に区分経理し,以降の企業活動は,もっぱら新勘定で行い,事業の継続及び戦後産業の回復振興に必要な既存財産を新勘定に属させた後,新勘定に属する財産を第2会社に現物出資し,又は資産及び営業を譲渡し1950.4.1.第2会社を設立し,そのほかそのときまでに発生した債務を主とした旧勘定上の債務は,旧日本製鐵の解散及び清算手続きに委ねられた。その結果,旧日本製鐵が保有していた八幡,輪西,釜石,富士,広畑の各製鉄所の資産中,八幡製鉄所の資産,営業並びに理事及び従業員は,第2会社である八幡製鐵株式会社が,残る4個の製鉄所の資産,営業並びに理事及び従業員は,他の第2会社である富士製鐵株式会社が各々承継した。
ヘ.大韓民国政府と日本政府は,1951年末頃から国交正常化及び戦後補償問題を論議し,ついに1965.6.22.「国交正常化のための日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約」及びその付属協定の一つとして「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下「請求権協定」という)が締結されたが,請求権協定は,第1条において日本国が,大韓民国に対し,10年間にわたって3億ドルを無償で提供し,2億ドルの借款を行うこととすると定めるとともに,第2条において次のように定めた。
1.両締結国は,両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条(a)に規定されたものを含めて,完全に,かつ,最終的に解決されたこととなることを確認する。 3.2.の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の財産,権利及び利益であって,本協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって,同日以前に発生した事由に起因するものに関しては,いかなる主張もすることができないものとする。
また,請求権協定についての合意議事録(I)は,右第2条に関して次のように定めている。
(a)「財産,権利及び利益」とは,法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうことが了解された。 (e)同条3.により取られる措置は,同条1.にいう両国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決するために取られる各国の国内措置をいうことに意見の一致をみた。 (g)同条1.にいう完全に,かつ,最終的に解決されたこととなる両国及びその国民の財産,権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題には,日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる8個項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており,したがって、同対日請求要綱に関しては,いかなる主張もなしえないこととなることを確認した。
そして,右合意議事録に提示された対日請求8個要綱には,被徴用韓国人の未収金,補償金その他の請求権の弁済請求,韓国人の日本人又は日本法人に対する請求が含まれていた。
請求権協定が締結されるに伴い日本は,1965.12.17.「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」(法律第144号,以下「財産権措置法」という)を制定・施行したが,その内容は,「大韓民国又はその国民の日本国又はその国民に対する債権又は担保権であって,協定第2条の財産及び利益に該当するものを1965.6.22.に消滅したものとする。」というものである。
ト.原告1・2は,1997.12.24.日本の大阪地方裁判所に.被告と日本国を相手取り,国際法違反及び不法行為等を理由とした損害賠償金及び強制労働期間中支払いを受けられなかった賃金等の支払いを求める訴訟を提起し,2001.3.27.原告請求棄却の判決を言い渡され,大阪高等裁判所に控訴したが2002.11.19.控訴棄却判決を言い渡され,2003.10.9.最高裁判所の上告棄却及び上告不受理決定により右判決が確定された(このような日本における訴訟を以下「日本訴訟」といい,その判決を「日本判決」という)。一方,原告らは,原告1・2の日本訴訟が終了した以降である2005.2.28,大韓民国の裁判所であるソウル中央地方裁判所に,被告を相手取り国際法違反及び不法行為を理由とした損害賠償金の支払いを求めるつつ本件訴訟を提起したが,原告1・2は,日本訴訟において主張した請求原因と同一の内容を本件訴訟の請求原因とした。
チ.大韓民国政府は,原告らが本件訴訟を提起する直前,請求権協定に関連した一部文書を公開した後,本件訴訟が提起された後である2005.8.26.に「日韓会談文書公開後続対策関連官民共同委員会」(以下「官民共同委員会」という)を開催し,「請求権協定は,日本の植民支配の賠償を請求するための協商ではなく,サンフランシスコ条約第4条に基づき日韓両国間の財政的・民事的債権・債務関係を解決するためのものであり,日本軍慰安婦問題等の日本政府及び軍隊等日本の国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては,請求権協定で解決されたものとは解せられず、日本政府の法的責任が残っており,サハリン同胞問題及び原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれていない」旨の公式意見を表明した。
2.国際裁判管轄の存否に関する判断
編集国際裁判管轄を決定するにあたっては,当事者間の公平、裁判の適正,迅速及び経済を期するという基本理念によらなければならないのであって,具体的には,訴訟当事者らの公平,便宜,そして予測可能性のような個人的な利益のみならず,裁判の適正,迅速及び判決の実効性等のような裁判所ないし国家の利益も共に考慮しなければならないのであり,このような多様な利益のうち,どのような利益を保護する必要があるのか否かについては,個別の事件において,法廷地と当事者との実質的関連性及び法廷地と紛争になった事案との実質的関連性を客観的な基準として合理的に判断しなければならない(最高裁判所2005.1.27言渡2002다59788判決等参照)。
原審判決理由及び記録によれば,本件不法行為による損害賠償請求は,旧日本製鐵が日本国と共に原告らを強制労働に従事させる目的で欺罔又は強制によって動員しこのように動員された原告らを強制労働に従事させる一連の行為が不法行為であり,被告は,旧日本製鐵の原告らに対する法的責任をそのまま負担する旨主張するものであるところ,大韓民国は,日本国と共に一連の不法行為の中の一部が行われた不法行為地である点,被害者である原告らが全て大韓民国に居住しており,事案の内容が大韓民国の歴史及び政治的変動状況等と密接な関係がある点等を知ることが出来る。
先に見た法理に右のような事情を照らしてみると,大韓民国は,本件の当事者及び紛争となった事案と実質的関連性があるというべきであって,従って,大韓民国裁判所は,本件について国際裁判管轄権を有する。
3.原告1・2の上告理由に対する判断
編集民事訴訟法第217条第3号は,外国裁判所の確定判決の効力を認めることが大韓民国の善良な風俗その他の社会秩序に反してはならないという点を外国判決承認要件の一つとしているが,ここで外国判決の効力を認めること,即ち外国判決を承認した結果が大韓民国の善良な風俗その他の社会秩序に反するか否かは,その承認与否を判断する時点において,外国判決の承認がわが国の国内法秩序が保護しようとする基本的な道徳的信念及び社会秩序に及ぼす影響を外国判決が扱った事案とわが国との関連性の程度に照らして判断しなければならず,この際,その外国判決の主文のみならず,理由及び外国判決を承認する場合に発生すべき結果までも総合して検討しなければならない。
原審が適法に採用した証拠によれば,日本判決は,原告1・2が主張する請求権発生当時の右原告らを日本人と解し,右原告らが居住していた朝鮮半島を日本領土の構成部分と解し,もって右原告らの請求に適用される住居法を外国的要素を考慮した国際司法的観点から決定せず,最初から日本法を適用したが,日本の韓国併合の経緯に関して,「朝鮮は,1910年日韓併合条約が締結された後,日本国の統治下にあった。」と前提し,右原告らに対する徴用経緯について「当時日本国政府,朝鮮総督府等が戦時下の労務動員のための積極的な政策を立てていたことが認められるとしても,右原告らは,全て労働者募集当時の説明に応じてその意思によって応募することにより大阪製鉄所で労働するに至ったのであって,この者らの意思に反して強制連行したものではな」いと解して,「右原告らが応募した1943年9月頃には,既に「朝鮮人内地移住斡旋要綱」により,事業主の補導員が,地方行政機関,警察,そして朝鮮労務協会等が連携した協力を受けて短期間に目的の人員数を確保し,確保された朝鮮人労務者は,事業主の補導員によって引率され,日本の事業所に連行される「官斡旋方式」により徴用が実施されたが,これは,日本国政府が厚生省及び朝鮮総督府の統制下に朝鮮人労働力を重要企業に導入し,生産機構に編入しようとする計画下に行われたものであって,実質的強制連行又は強制徴用であった」という右原告らの主張を受け入れなかった事実,また日本判決は,旧日本製鐵が事前説明と異なり右原告らを大阪製鉄所で自由が制約された状態で違法に強制労働に従事させた点,実質的な雇用主として,右原告らに対して一部賃金を支払わず,安全配慮義務を適正に履行していなかった点等,右原告らの請求原因に関する一部主張を受け入れながらも,旧日本製鐵の右原告らに対する債務は,旧日本製鐵と別個の法人格を有する被告に承継されていないのみならず,そうでなくとも1965年日韓請求権協定及び日本の財産権措置法により消滅したという理由で,結局右原告らの被告に対する請求を棄却した事実等を知ることが出来る。
このように,日本判決の理由には,日本の朝鮮半島及び韓国人に対する植民支配が合法的であるという規範認識を前提として,日帝の国家総動員法及び国民徴用令を朝鮮半島及び右原告らに適用することが有効であると評価した部分が含まれている。
しかしながら,大韓民国制憲憲法は,その前文において,「悠久の歴史と伝統に輝く我ら大韓国民は,己未三一運動により大韓民国を建立し世に宣布した偉大なる独立精神を継承し,いま民主独立国家を再建するにあたり」とし,附則第100条では,「現行法例は,この憲法に抵触しない限り効力を有する。」として,附則第101条は,「この憲法を制定した国会は,壇紀4278年8月15日以前の悪質な反民族行為を処罰する特別法を制定することが出来る。」と規定している。また,現行憲法も,その前文に「悠久なる歴史と伝統に輝くわれら大韓国民は、3·1運動により建立された大韓民国臨時政府の法統と不義に抗拒した4·19民主理念を継承し」と規定している。このような大韓民国憲法の規定に照らしてみるとき,日帝強占期の日本の朝鮮半島支配は,規範的観点において,不法的な強占に過ぎず,日本の不法的な支配による法律関係の中,大韓民国の憲法精神と両立し得ないものは,その効力が排除されると解すべきである。そうであるならば,日本判決の理由は,日帝強占期の強制動員自体を不法であると解している大韓民国憲法の核心的価値と正面で衝突するものであるから,このような判決理由の含まれた日本判決をそのまま承認する結果は,それ自体で大韓民国の善良な風俗その他の社会秩序に反するものであることが明らかである。従って,わが国において日本判決を承認し,その効力を認めることはできない。
それにも拘らず,原審は,これと異なり,日本判決の効力を大韓民国の裁判所が承認する結果が大韓民国の善良な風俗その他の社会秩序に反しないから,承認された日本判決の既判力によって右原告らの請求について日本判決と矛盾する判断をすることはできないとの理由で,右原告らの請求をそのまま棄却し,大韓民国裁判所の独自的な観点から右原告らの請求を直接判断しなかった。このような原審判決には,外国判決の承認に関する法理を誤解し,判決結果に影響を及ぼした違法がある。本点を指摘する右原告らの本部分上告理由の主張は,理由がある。
4.原告3,4の上告理由に対する判断
編集イ.旧日本製鐵と被告の法的同一性与否
編集原審は,旧日本製鐵が日本国とともに組織的な欺罔によって原告3,4を動員し,強制労働に従事させる不法行為を犯したと判断しつつも,旧日本製鐵と被告の法人格が同一であるとか,旧日本製鐵の右原告らに対する債務を被告が承継したと解することはできないとの理由で,右原告らの請求を棄却した。
しかしながら,原審のこのような判断は,次のような理由から首肯できない。
旧日本製鐵の解散及び分割に伴う法人格の消滅与否,第2会社及び被告が旧日本製鐵の債務を承継するか否かを判断する基準となる準拠法は,法廷地である大韓民国において外国的要素のある法律関係に適用される準拠法の決定に関する規範(以下「抵触規範」という)によって決定されなければならないが,その法律関係が発生した時点は,旧渉外私法(1962.1.15.法律第996号により制定されたもの)の施行された1962.1.15.以前からそれ以降までにわたっている。そのうち,1962.1.15.以前に発生した法律関係に適用される大韓民国の抵触規範は,1912.3.28.から 日王の勅令第21号によりわが国に依用されて来て,軍政法令第21号を経て大韓民国制憲憲法附則第100条により「現行法令」として大韓民国の法秩序に編入された日本の「法例」(1898.6.21.法律第10号)である。右「法例」は,旧日本製鐵及び第2会社並びに被告の法的同一性与否を判断する法人の属人法について明文の規定をおいてはいなかったが,法人の設立準拠地法又は本拠地法によってこれを判断すると解釈されており,旧日本製鐵及び第2会社並びに被告の設立準拠地及び本拠地は全て日本であるから,旧日本製鐵の解散及び分割による法人格の消滅与否,債務承継与否を判断する準拠法は,一旦日本法となるのであるが,ここに会社経理応急措置法及び企業再建整備法が含まれることは当然である。しかしながら,一方右「法例」第30条[1]は,「外国法による場合において,その規定が公共の秩序又は善良な風俗に反するときは,これを適用しない。」[2]と規定しているから,大韓民国の抵触規範に従い準拠法として指定された日本法を適用した結果が大韓民国の公序良俗に違反するときは,日本法の適用を排除し,法廷地である大韓民国の法律を適用しなければならない。また,1962.1.15.以降に発生した法律関係に適用される旧渉外私法においてもこのような法理は同様である。
本件において外国法である日本法を適用することとなれば,右原告らは,旧日本製鐵に対する債権を被告に対して主張できなくなるが,右1.ホ.項で見たところのように,旧日本製鐵が被告に変更される過程において,被告が旧日本製鐵の営業財産,役員,従業員を実質的に承継し,会社の人的,物的構成には,基本的な変化がなかったにも拘らず,戦後処理及び賠償債務解決のための日本国内の特別の目的の下制定された技術的立法に過ぎない会社経理応急措置法や企業再建整備法等日本国内法を理由として旧日本製鐵の大韓民国国民に対する債務が免脱される結果となることは,大韓民国の公序良俗に照らして容認することができない。
日本法の適用を排除し,当時の大韓民国の法律を適用して見ると,旧日本製鐵が右1.ホ.項において見たところのように,責任財産となる資産及び営業,人材を第2会社に移転し,同一の事業を継続した点等に照らし,旧日本製鐵と被告は,その実質において同一性をそのまま維持しているものと解することが相当であり,法的には,同一の会社と評価するに十分であって,日本国の法律の定めるところに従い旧日本製鐵が解散され,第2会社が設立された後吸収合併の過程を経て被告に変更される等の手続を経たからといって別に解するものではない。
従って,右原告らは,旧日本製鐵に対する請求権を被告に対しても行使することができる。
結局,原審の本部分判断は,抵触規範における公序規定に関する法理を誤解し,判決に影響を及ぼした違法を犯したものである。本点を指摘する右原告らの本部分上告理由は,理由がある。
ロ.請求権協定による右原告らの請求権の消滅与否
編集(1)原審は,右の判断に加えて,右原告らの国内法上不法行為に基づく損害賠償請求権は,時効の完成により全て消滅した旨判示し,これに対して,右原告らは,原審が消滅時効に関する法理を誤解した旨の上告理由を主張している。このような上告理由を判断するにあたっては,その先決問題として,請求権協定によって右原告らの請求権が消滅したか否かに対する判断が先になされなければならない。
(2)請求権協定は,日本の植民地支配賠償を請求するための協商ではなく,サンフランシスコ条約第4条に基づき,日韓両国間の財政的・民事的債権・債務関係を政治的合意により解決するためのものであって,請求権協定第1条により日本政府が大韓民国政府に支払った経済協力資金は,第2条による権利問題の解決及び法的対価関係があると解されない点,請求権協定の協商過程において,日本政府は,植民支配の不法性を認めないまま,強制動員被害の法的賠償を原則的に否認し,このため両国の政府は,日帝の朝鮮半島支配の性格に関して合意をなすことが出来なかったが,このような状況において,日本の国家権力が関与した反人道的不法行為又は植民支配と直結する不法行為による損害賠償請求権が請求権協定の適用対象に含まれていたと解するのは困難な点等に照らしてみると,右原告らの損害賠償請求権については,請求権協定により個人請求権が消滅しなかったのは勿論であって,大韓民国の外交的保護権も放棄されていないと解するのが相当である。
更に,国家が条約を締結し,外交的保護権を放棄するにとどまらず,国家とは別個の法人格を有する国民個人の同意なく,国民の個人請求権を直接的に消滅させることが出来ると解することは,近代法の原理と相反する点,国家が条約を通じて国民の個人請求権を消滅させることが国際法上許容されうるとしても,国家と国民個人が別個の法的主体であることを考慮すれば,条約に明確な根拠がない限り,条約締結により国家の外交的保護権以外に,国民の個人請求権まで消滅させたと解することは出来ないのであるが,請求権協定には,個人請求権の消滅に関して日韓両国政府間の合致があると解するだけの十分な根拠がない点,日本が請求権協定直後日本国内で大韓民国国民の日本国及びその国民に対する権利を消滅させる内容の財産権措置法を制定・施行した措置は,請求協定のみによって大韓民国国民個人の請求権が消滅しないことを前提としたときに初めて理解しうる点等を考慮して見ると,右原告らの請求権が請求権協定の適用対象に含まれたとしても,その個人請求権自体は,請求権協定のみによって当然に消滅すると解することは出来ず,ただ請求権協定によりその請求権に関する大韓民国の外交的保護権が放棄されることにより,日本の国内措置により当該請求権が日本国内において消滅しても大韓民国がこれを外交的に保護する手段を喪失することとなるのみである。
(3)従って,右原告らの被告に対する不法行為による損害賠償請求権は,請求権協定により消滅していないから,右原告らは,被告に対してこのような請求権を行使することが出来る。
ハ.被告が消滅時効完成の抗弁をすることの可否
編集(1)準拠法
編集右原告らの請求権が発生した時点に適用される大韓民国の抵触規範に該当する右「法例」によれば,不法行為による損害賠償請求権の成立及び効力は,不法行為発生地の法律によるところ(第11条),本件不法行為地は,大韓民国及び日本に亘っているから,不法行為による損害賠償請求権に関して判断する準拠法は,大韓民国法又は日本法となるべきであるが,既に共同原告らである原告1,2が日本法が適用された日本訴訟で敗訴した点に照らし,原告3,4は,自身らにより有利な準拠法として大韓民国法を選択しようとする意思を有していると推定されるから,大韓民国の裁判所は,大韓民国法を準拠法として判断すべきである。進んで,制定民法が施行された1960.1.1.以前に発生した事件が不法行為に該当する否か,及びその損害賠償請求権が時効により消滅したか否かの判断に適用されるべき大韓民国法は,制定民法附則本文により「旧民法(依用民法)」ではなく「現行民法」である。
(2)消滅時効が完成した旨の抗弁の可否
編集消滅時効は,客観的に権利が発生し,その権利を行使できるときから進行し,その権利を行使することの出来ない間は進行しないが,ここで「権利を行使することの出来ない」場合というのは,その権利行使に法律上の障害事由,例えば,期間の未到来や条件の不成就等がある場合をいうものであり,事実上権利の存在や権利行使の可能性を知らず,その知らなかったことに過失がないとしても,このような事由は,法律上の障害事由に該当しない(最高裁判所2006.4.27言渡2006다1381判決等参照)。
一方,債務者の消滅時効の基づく抗弁権の行使も,民法の大原則的な信義誠実の原則と権利濫用禁止の原則の支配を受けるものであって,債務者が時効完成前に債権者の権利行使や時効中断を不可能又は顕著に困難なたらしめ,若しくはそのような措置が不必要であると信じさせる行動をし,又は客観的に債務者が権利を行使することの出来ない障害事由があり,又は一旦時効完成後に債務者が時効を援用しないかのような態度を見せて権利者にそのように信頼させ,又は債権者保護の必要性が大きく同一条件の他の債権者が債務の弁済を受領する等の事情があり,債務履行の拒絶を認めることが著しく不当であり,又は不公平となる等の特別の事情がある場合には,債務者が消滅時効の完成を主張することが信義誠実の原則に反し,権利濫用として許されない(最高裁判所2011.6.30言渡2009다72599 判決等参照)。
原審判決の理由及び原審が適法に採用した証拠によれば,右原告らは,旧日本製鐵の不法行為があった後1965.6.22に日韓間の国交が樹立されるときまでは,日本国と大韓民国の間の国交が断絶されており,従って,右原告らが被告を相手取り大韓民国で判決を受けたとしても,これを執行することが出来なかった事実,1965年日韓間に国交が正常化されたが,日韓請求権協定関連文書が全て公開されていなかった状況において,請求権協定第2条及びその合意議事録の規定に関して,請求権協定で大韓民国国民の日本国又は日本国民に対する個人請求権が包括的に解決されるものであるという見解が大韓民国内で一般的に受け入れられてきた事実,日本では,請求権協定の後続措置として財産権措置法を制定し,原告らの請求権を日本国内的に消滅させる措置を取り,共同原告らである原告1・2が提起した日本訴訟において請求権協定及び財産権措置法がこれらの請求を棄却する付加的な根拠として明示されもした事実,ところで原告らの個人請求権,その中でも特に日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は,請求権協定で消滅していないという見解が原告1・2等の強制動員被害者らが日本で訴訟を提起した1990年代後半以降になってこそ徐々に浮き彫りにされ,ついに2005年1月韓国で日韓請求権協定関連文書が公開された後2005.8.26日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民支配と直結した不法行為による損害賠償請求権は,請求権協定により解決されたものと解することが出来ないという官民共同委員会の公式見解が表明された事実等をしることが出来る。
ここに,先に見たところのように,旧日本製鐵と被告の同一性与否についても疑問を持たざる得なくせしめる日本における法的措置があった点を加えて考慮すると,少なくとも,右原告らが本件訴えを提起する時点である2005.2.までは,右原告らが大韓民国において,客観的に権利を事実上行使することの出来ない障害事由があった解するのが相当である。
このような点等を先に見た法理に照らして案ずると,旧日本製鐵と実質的に同一な法的地位にある被告が消滅時効の完成を主張し,右原告らに対する債務の履行を拒絶することは,著しく不当で,信義誠実の原則に反する権利濫用として許されえない。
それにも拘らず,原審が,その判示のような事情のみでは被告が消滅時効完成を主張することは信義則違反による権利濫用に該当しないと判断したことは,消滅時効主張の信義則による制限の法理を誤解し,判決結果に影響を及ぼす違法を犯したものである。この点を指摘する右原告らの本部分上告理由の主張もまた理由がある。
5.結論
編集よって,原審判決を破棄し(原告らは各国際法違反及び国内法違反を本件損害賠償請求の原因として主張したが,原審はこれを別個の訴訟物と解したかのような判示をしたが,これは別個の訴訟物であるというよりは,不法行為に基づく損害賠償請求における攻撃方法を異にするに過ぎないと解するのが相当であるから,原審判決の全部を破棄する),事件を再度審理・判断するよう原審裁判所に差し戻すこととし,関与判事の一致した意見で主文ととおり判決する。
最高裁判所判事 イインボク(裁判長)キムヌンファン(主審)アンデヒ パクピョンデ
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