戸籍訂正

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主 文

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1. 原審決定を取り消す。

2. 大田市東区庁に備置された本籍大田東区 (詳細住所省略)戸主柳南正の戸籍中抗告人の姓のハングル表記「ユ」を「リュ」と訂正することを許可する。

理 由

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1. 抗告理由の要旨

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抗告人柳南正は,「文化柳氏としてその姓である「柳」の正しいハングル表記は,「リュ」であるにも関わらず抗告人の戸籍には,頭音法則を適用することにより「ユ」と誤って記載され抗告人の人権を侵害しているところ,この訂正を求める抗告人の戸籍訂正申請を棄却した原審決定は,不当である。

2. 認定事実

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本件記録によれば,次のような事実が認定される。

イ. 1992年頃当時抗告人の戸籍の姓名欄には,漢字で「柳南正」と記載されていたが,上姓名欄以外の戸籍上抗告人の姓名をハングルで記載した部分には,全て「リュ・ナムジョン」と記載されていた。

ロ. 抗告人は,1978年頃から海技師免許証,無線従事者資格証,大韓民国船員手帳等の各種資格証にハングル姓名を「リュ・ナムジョン」と記載して来ており,2006. 5. 15.付け抗告人の乗務経歴証明書等にもハングル姓名が「リュ・ナムジョン」と記載されている。

ハ. 一方,2006. 2. 22.付け抗告人の戸籍の姓名欄には,ハングル姓名を「ユ・ナムジョン」として漢字名と併記されている。

3. 関係法令

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イ. 戸籍上姓名記載方法の改正沿革

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従来戸籍に記載する姓名は,記載場所を分かたず原則的に漢字で記載するよう規定されていたが,1991. 1. 1.からしこうされる戸籍法施行規則第70条第2項により,「姓名欄」に記載する姓名のみ漢字で記載し,姓名欄以外の箇所に記載する姓名は,全てハングルで記載するよう改正され,1994. 9. 1.から施行される戸籍法施行規則第70条第2項但書きにより姓名欄の記載方法がハングルと漢字を併記するものとして再度改正された。

ロ. 戸籍上姓名のハングル表記(頭音法則関連)

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(1) 1996. 10. 25.付け最高裁判所戸籍例規第520号(以下「本件戸籍例規」とする。)第2項「ハングル正書法による姓のハングル表記」によれば,姓の漢字音が,「リ,リュ,ラ..」である「李, 柳, 羅..」を戸籍簿にハングルで表記するときは,ハングル正書法(頭音法則)に従い,「イ,ユ,ナ...」と表記するよう規定されている。

(2) 戸籍法施行規則第37条第1項第2号の[別表1] (註)によれば,人名用漢字の初聲が「ㄴ」又は「ㄹ」である漢字は,各々発音されるところに従い,「ㄴ」又は「ㅇ」として使用することができるよう規定されている。

ハ. 頭音法則

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(1) ハングル正書法(文教省告示第88-1号)第3章第5節第11項によれば,漢字音「リャ,リョ,リェリョ,リュ,リ」が単語の初頭に来るときは,頭音法則に従い,「ヤ,ヨ,イェ,ヨ,ユ,イ」と表記するよう規定されている。

(2) 国語基本法第3条第3号,第14条第1項本文によれば,公共機関の公文書は,語文規定に合わせてハングルで作成するよう規定されており,「語文規定」というのは,国語審議会の審議を経て制定したハングル正書法等国語使用に必要な規範を言う。

4. 判 断

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イ. 姓のハングル表記に関する一般論(頭音法則関連)

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(1) 姓と名及び本の概念
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(イ) 姓名は,個人の血統を象徴する記号である姓と,個人の個別性を象徴する名で構成されるが,名は,個人一人ひとりに対する固有の名称として付与されるのに比して,姓は,一定の範囲の血縁集団に対する名称として使用される。

(ロ) 一方,本は,흔히本貫というものとして,始祖の発祥地を意味するが,흔히姓のみでは,血統の同一性が正確に識別されはしない場合が多く,本によって特定された姓を通して血統の同一性を識別することが出来るから,一般的に血統の同一性を象徴する記号としての姓は,本によって特定された姓を意味する。

(2) 姓のハングル表記に関する生活様式
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(イ) 一般的に姓の漢字音が「リ,リュ,ラ」である「李, 柳, 羅...」をハングルで表記する方法は,漢字音のそのまま「リ,リュ,ラ...」と表記する方法と頭音法則に従い「イ,ユ,ナ」と表記する方法があり得るが,本件戸籍例規が制定される以前は,従来戸籍の姓名欄に漢字でのみ記載するよう規定されており,姓名欄以外の場所に姓名をハングルで表記する方法に関しては,別途の規定がなかった関係で,このようなハングル表記方法中いずれを使用するのかは,宗中や宗親会,家又は個人別選択に委ねられていたものと見られる。

(ロ) 従って,例えば漢字姓が「柳」と同じであったとしてもこれをハングルで表記するとき漢字音そのまま「リュ」と表記する集団と頭音法則を適用し「ユ」と表記する集団が併存する等,上記姓氏のハングル表記方法が必ずしも統一されてはおらず,このような姓氏使用に関する生活様式は,相当の期間のあいだ形成され,維持されてきた結果わが国社会の相当数構成員が自然に受け入れている生活様式であると判断される。

(3) 最高裁判所戸籍例規第520号の制定
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その後1996. 10. 25.本件戸籍例規が制定され,上記例規の第2項「ハングル正書法による姓のハングル表記」で姓の漢字音が「リ,リュ,ラ...」である「李, 柳, 羅...」を戸籍簿にハングルで表記するときは,頭音法則により「イ,ユ,ナ...」と表記するよう規定しており,これにより戸籍を新たに編成し,又は入籍・復籍等の事由があり漢字で記載されている姓名欄をハングルに移記するときは,上記例規により記載しなければならず,もし上記例規に反する姓のハングル表記をした戸籍を発見したときは,戸籍公務員がこれを更正するよう規定している。

ロ. 最高裁判所戸籍例規第520号第2項の適法性について

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(1) 個人の人格権侵害
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(イ) 憲法は,第10条で「全ての国民は,人間としての尊厳と価値を有し,幸福を追求する権利がある。」と規定し,全ての国民が自身の尊厳たる人格権を基礎とし自立的に自身の生活領域を形成していくことのできる権利を保障しているが,姓名は,個人の正体性と個別性を表す人格の象徴として個人が社会内で自身の生活領域を形成し発見する基礎となるものであるとするものであるから,自由な姓の使用また憲法上人格権から保護されると言える。

(ロ) ところで例えば,漢字姓が「柳」である場合においてこれをハングルで表記するとき漢字音そのまま「リュ」と表記し自身の公・私的生活領域を形成してきた生活様式が相当な期間のあいだ維持されてきた個人に対して国家がある瞬間から姓に頭音法則を適用して「リュ」でなく「ユ」と表記することを強制したとすれば,これは,社会の中で個人がいかなる姓名で象徴され,認識されるかがその姓名を使用する個人に大変重要な問題であり加えて個人の社会的生活関係形成において姓の使用は,ハングル姓の使用が大部分である現実において事実上,姓の変更とも認識され得,延いてはこのようなハングル姓表記の変更は,個人の正体性をも揺さぶり得る問題であるにも関わらず,漢字姓「柳」を「リュ」と表記してきた個人の具体的な状況や意思を全く考慮せず,国家が一方的に姓に頭音法則を適用して既に存在する生活領域の変更を一方的に強制するという点において,これは,個人の自己表現に対する自己決定権を核心要素の一とする人格権の侵害として憲法的理念と価値に反すると言えよう。

(ハ) また,現在漢字姓が「李, 柳, 羅...」である姓氏の場合,頭音法則を適用し「イ,ユ,ナ...」と表記することが相対的に多数で一般化されていたとして,多数決を基本とする民主主義意思決定構造において,多数と異なる考えをするいわゆる「少数者」の声に耳を傾けこれを反映することは,わが国憲法の基本理念である個人の不可侵の基本的人権保障と民主的基本秩序確立において核心的な要素という点を勘案すれば,単純に姓氏のハングル表記の統一のために上記のように姓に頭音法則の適用を強制することは,上記のような憲法的理念に反し許容され得ないと言えよう。

(ニ) 延いては,姓名は,特定個人に付与された識別符号として社会的にその者の同一性を表象する重要な機能を負っている純粋な固有名詞であるから,姓名に使用された漢字に対するハングル音を戸籍に表記するにあたって漢字音のハングル表記に関する一般原則を定めたハングル正書法上の頭音法則をそのまま適用することは,それ自体の属性上適切であり得ないから,姓名に関しては,ハングル正書法上の頭音法則の適用が原則的に排除されるものと考えるべきである{戸籍法施行規則第37条第1項第2号の[別表 1] (注)では,名の場合に頭音法則の適用が排除されることを明白にしている。}.

(2) 姓に対する頭音法則適用の正当な目的不在
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(イ) 一方,姓名は人間の全ての社会的生活関係形成の基礎となるという点において重要な社会秩序に属し,姓名の特徴は,社会全体の法的安定性の基礎であるから,これをために国家は,個人が使用する姓名について一定の規律を加えることができるが,その前提としてそのような基本権制限を正当化するに足る目的や具体的な利益が認められるべきであろう。

これに関連して姓は,個人の同一性を識別する姓名の構成要素であると同時に血統を象徴する記号である点において,姓に頭音法則を適用しない場合,血統関係を区別することができないか,又は姓に頭音法則を適用することにより受けうる社会秩序ないし公共の福祉上特別な具体的な利益があるかが問題となる。

(ロ) まず,姓が持つ血統の同一性の識別機能に関して見るに,例えば頭音法則を姓氏に適用し「柳」を「ユ」と表記するとしても,同様に「ユ」と表記される「劉, 兪」とハングル表記のみでは区別されないという点において,ハングル姓のみでは,血統の同一性を識別するための一応の基準となり得ないと言えよう。

従って,戸籍上姓名欄のハングル並びに漢字,及び戸籍に記載された本を通じてのみ血統の同一性を識別しうるというのであるが,そうであるとすれば例えば「文化 柳氏」のうちある家は,「柳」を「リュ」と表記し,別の家は,「柳」を「ユ」と表記するとしても各戸籍の記載に照らして見るとき両家間に血統を異にするとみることはできないのであるから,結局姓に頭音法則を適用するかの与否は,血統の同一性の識別機能にも特に影響を与えないと言えよう。

(ハ) また,一般的に姓は,血統を表示する先天的で一定不変の性質を有したとするものであるが,例えば「文化 柳氏」の宗中ないし宗親会又は家別に各々「柳」をハングルで表示するとき従来「リュ」又は「ユ」のうち一つを選択して使用してきた生活様式が相当な期間のあいだ形成され維持されてきており,また将来に向かってもこのような生活様式が継続して続けられていくとすれば,これを指して,姓が有する血統を表示する先天的で一定不変の性質に反するともいえない。

(ニ) 延いては,姓に頭音法則を適用することにより得られる社会秩序ないし公共の福祉上の特別の具体的な利益があるかに関して見るに,例えば従来漢字姓「柳」をハングルで表記するとき,宗中ないし宗親会,又は家別に各々選択し「リュ」又は「ユ」と別々に表記したとしてもこれにより姓の使用に関する社会秩序に特別な混乱があったということはできず,別に姓に頭音法則を強制的に適用し姓氏のハングル表記方法を統一することにより得られる社会秩序や公共の福祉上の特別な具体的な利益も見つけられない。

(3) 基本権制限の形式について
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本件戸籍例規第2項「ハングル正書法による姓のハングル表記」規定は,上で検討したところのように,例えば漢字姓「柳」を「リュ」と表記してきた個人の具体的な状況や意思を全く考慮せず国家が一方的に姓に頭音法則を適用し,既に存在する生活様式の変更を一方的に強制するという点において,個人の基本権を侵害ないし制限する規定であるところ,このような基本権の制限は,憲法37条第2項により原則的に法律の形式でのみ可能であるにも拘らず,本件戸籍例規の場合,行政規則である最高裁判所例規の形式で規定されているという点においても,これは違憲であると言えよう。

(4) 小 決
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結局,本件戸籍例規第2項「ハングル正書法による姓のハングル表記」規定は,姓をハングルで表記するに当たってどのように決定し使用するのかに対する宗中又は宗親会,家又は個人の具体的な状況や意思を全く考慮せず国家が一方的に頭音法則の適用を強制するという点において,個人の自己表現に対する自己決定権を核心要素の一とする人格権を侵害する規定であり,このような頭音法則の適用を強制するに足る正当な目的や具体的な利益も見つけられず,基本権制限の方式においても,法律の形式を取らなかったという点において,憲法第10条及び第37条第2項に違反し,無効であると言えよう。

ハ. 抗告人の本件申立について

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(1) 戸籍法第120条は,戸籍訂正の事由として「戸籍の記載が法律上許容され得ないもの,又はその記載が錯誤又は遺漏があるとき」を規定している。 (2) 本件にかえって見るに,認定事実において顕著なように,抗告人は,「文化 柳氏」として1978年頃から各種資格証及び戸籍にハングル姓として「リュ」を使用してきたのが,本件戸籍例規により戸籍にハングル姓が「ユ」と変更して記載された。 (3) しかしながら,本件戸籍例規第2項「ハングル正書法による姓のハングル表記」規定は,違憲・無効の規定であるから,姓のハングル表記において同規定により頭音法則の適用を強制することはできないというものであって,そうであるとすれば,抗告人が従来姓のハングル表記として戸籍及びその他各種資格証等に「リュ」を使用して来,このような姓の使用は,憲法上人格権から保護されなければならないにも拘らず,抗告人の戸籍に抗告人の姓が「リュ」から「ユ」に変更されて表記されたことは,その記載に錯誤があるときに該当するというものであって,結局抗告人の戸籍を訂正する相当の理由があると言えよう。

5. 結 論

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そうすると,抗告人の本件戸籍訂正申立ては,理由があるから認容するものであるところ,原審決定は,これと結論を異にし不当であるから,原審決定を取消し大田市東区庁に備置された本籍大田東区元洞85-31戸主柳南正の戸籍中抗告人の姓のハングル表記「ユ」を「リュ」と訂正することを許可することとし,主文の通り決定する。

判事 ソンジャジュン(裁判長) オヨンサン イヘジン

 

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