新字新仮名版 編集

こんな嵐の夜更けに馬をるのは誰か?
それは父親とその子供とだ
父はわがを腕に抱いている
しかと、温かく抱いている
 
『坊や、なぜそんなに恐ろしそうに顏隠すのだい?』
らん、お父さま、あの魔王を御らん!
冠をかぶって裾をいてるあの魔王を!』
『坊や、あれは霧が棚曵たなびいているんだよ』
 
《ねえ坊ちゃん、いい児だからこっちへお出で!
面白いことをして遊びませんか
きれな花のたくさん咲いている岸辺へ来て
わたしの母は黄金きんの着物をってますよ》
 
『お父さま、お父さま、あれお聞きなさいな
魔王が坊やに小声で約束しているよ!』 ―
『安心をし、安心してお出で、ねえ坊や
あれは枯葉が風にがさがさ鳴ってるのだよ』
 
《坊ちゃん、ねえ坊ちゃん、一緒にまいりましょう!
わたしの娘たちはあなたを待ちかねてます
わたしの娘たちは手を取って夜の踊をおどります
踊って歌ってあなたを寝かせてあげますよ》
 
『お父さま、お父さま、あれ御らんなさいな
あのむこうの暗いところに魔王の娘の立っているのを!』 ―
『坊や、ねえ坊や、あれは何でもないよ
あれは古い灰色をした柳の樹だよ』
 
《かわいい坊ちゃん、わたしの大好きな坊ちゃん
あなたが承知しなければ無理にもさらって行きますよ》
『お父さま、お父さま、あれ魔王が僕をつかまえる!
魔王が僕をこれこんなにいじめるよ!』
 
父はぞッとして、一目散に馬を飛ばした
彼はしくしく泣く児を腕に抱いたまま
やっとのことで屋敷に着くと
子供は腕に死んでいた

原文 編集

こんな嵐の夜更けに馬を驅るのは誰か?
それは父親とその子供とだ
父はわが兒を腕に抱いてゐる
しかと、温かく抱いてゐる

『坊や、なぜそんなに恐ろしさうに顏隱すのだい?』
『御らん、お父さま、あの魔王を御らん!
冠をかぶつて裾を曵いてるあの魔王を!』
『坊や、あれは霧が棚曵いてゐるんだよ』

《ねえ坊ちやん、いい兒だからこつちへお出で!
面白いことをして遊びませんか
きれな花のたくさん咲いてゐる岸邊へ來て
わたしの母は黄金きんの着物を有つてますよ》

『お父さま、お父さま、あれお聞きなさいな
魔王が坊やに小聲で約束してゐるよ!』 ―
『安心をし、安心してお出で、ねえ坊や
あれは枯葉が風にがさがさ鳴つてるのだよ』

《坊ちやん、ねえ坊ちやん、一緒にまゐりませう!
わたしの娘たちはあなたを待ちかねてます
わたしの娘たちは手を取つて夜の踊をおどります
踊つて歌つてあなたを寢かせてあげますよ》

『お父さま、お父さま、あれ御らんなさいな
あのむかふの暗い處に魔王の娘の立つてゐるのを!』 ―
『坊や、ねえ坊や、あれは何でもないよ
あれは古い灰色をした柳の樹だよ』

《かはいい坊ちやん、わたしの大好きな坊ちやん
あなたが承知しなければ無理にもさらつて行きますよ》
『お父さま、お父さま、あれ魔王が僕をつかまへる!
魔王が僕をこれこんなにいぢめるよ!』

父はぞッとして、一目散に馬を飛ばした
彼はしくしく泣く兒を腕に抱いたまま
やつとのことで屋敷に着くと
子供は腕に死んでゐた

 

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