電車唱歌/地理教育外濠電車唱歌
< 電車唱歌
君 の御稜威 は千代八千代 環 の如 くはてしなく栄 ゆる御代 を外濠 の線 は祝 ふて廻 るなる濠 の彼岸 に建並 ぶ西洋建 や破風造 り右手 の町 は尾張町 銀座通 りと知 られける行手 をよぎる青色 の電車 はこれぞ街鉄 の日比谷 を指 して急 ぎゆく交叉 の点 の数寄屋橋 左 に見 ゆる鍜治橋 を渡 りて行 けば馬場先 の御門 の中 に二重橋 雲井 の空 に打懸 る門 をば入 りて左 なる廣場 に立 てる銅像 は國 を守 りの忠臣 と今名 を残 す正成公 思 へば建武 のその昔 逆臣高時横暴 の振舞 いとど多 かるに醍醐 の帝召 し給 ふ召 しに応 じて正成 は心 の誠現 はして君 の御爲 と西南 賊徒 を打 ちて夷 げぬ- されど
再 び尊氏 の叛 に我策容 れられず忠義 の鑑後 の世 に残 して逝 きし湊川 七重八重洲 の橋過 て轟 と渡 る呉服橋 傍 にに高 く雲凌 ぐ日本銀行厳 し千歳変 らぬ常盤橋 其名床 しき鎌倉 の河岸 に漣 打 ちよせて岸 の石垣苔深 し印刷局 の煙突 に淡 く懸 れる晝 の月 近衛騎兵 の営所 にも程遠 からぬ神田橋 君 の御爲 と武夫 が命捧 げて戦場 に擧 げし勲功 の数々 を擔 ひて帰 る錦町 譽 は末 の世々迄 も流 れて尽 きぬ小川町 招 く柳 の下影 を往来 ふ人 のいと多 し秩父甲斐 が根遥 かにも見 えて名 に負 ふ駿河臺 登 りつめたる今此處 は音 に聞 えしお茶 の水 数丈 も高 き橋 の上 に立 て東 しを眺 むれば神田 浅草 日本橋 下谷 本所 も唯一目 下逝 く水 に早舟 の聲面白 き櫓拍子 は都 をよその眺 めにて帰 さの程 の忘 らるゝ左 の森 は教育 の爲 にと開 く図書館 や博物館 の建 てるあり続 くは高等師範校 近 きわたりに鎮座 ます神田明神伏 し拝 み名残尽 きせぬ名所 をば あとに残 して進 み行 く川 に彼方 の甲武線 電車 の態 は変 れども景色損 ねぬ爲 にとて煙吐 かぬぞ頼 もしゝ湯島五丁目元町 を過 ぐる彼方 に黒煙 空 を掩 ひて立 ち昇 り汽笛 の聲 の喧 しゝ此處 ぞ世界 に名 を得 たる日本武士 が腰 に佩 く太刀 や剣 を打鍛 ふ砲兵工廠 それなれや空 に掩 ふの黒煙 は軈 て世界 に我々 が勢力 遍 ねく延布 かん幸先祝 ふ兆 ぞや絶 えぬ汽笛 の其聲 は軈 て世界 に我々 が さとしを示 し皆人 を導 く聲 と聞 ゆなる松 の梢 に鶴巣 ひ池 の巌 に亀遊 ぶ長閑 はいとど桃源 の さまにも似 たる後楽園 昔 の名 をば其侭 に今猶残 す江戸川 の流 れは尽 きず岸 の辺 に柳桜 のこきまぜる紺青 のべし如 くなる濠 の彼方 の提 の上 千歳 を経 たる老松 の枝 を交 へて雲凌 ぐ国 の栄 えはつぎつぎに弥増 しゆきて限 りなく栄 ゆる御代 を神 かけて祈 りて囃 す神楽坂 斯 る芽出度 大御代 に生 れて深 き御恵 みに逢坂下 の濠 の水 尽 きぬ我身 の楽 しけれ新 に出来 し見付 をば入 りて此處 は國 の爲 君 に命 を捧 げし英魂祀 る靖國社 命 はよしや櫻木 の花 と散 りても後 の世 に残 す名誉 は千代八千代 萬代迄 も耀 かん譽 のあとを残 すなる遊就舘 の品々 は誠 の武士 が面影 を留 めて坐 ろ気 も勇 む我日 の本 の武夫 が武運 の程 を祈 るなる此處 よ市ヶ谷八幡宮 階段 古 りて苔深 し近 き邉 の岡 の上 國 を守 りの武夫 が二 つの道 を朝夕 に勵 む陸軍士官校 本村町 も早過 ぎて四谷見附 に来 て見 れば街鉄電車 と共用 の線路 はいとど煩 は漸 く此處 を乗切 て進 む右手 は畏 くも天皇 が離宮 なる赤坂御殿 と知 れける左 の方 を眺 むれば碧 も深 き濠 の面 に漣 寄 せて老松 の梢 に楽 の音 を絶 ず青山御所 を遥拝 し下 る紀井國坂 の下 雲 かあらぬか白栲 に咲 も揃 はぬ櫻花 散 りて惜 まぬ武士 が営所 を近 く高臺 に眺 めて又 も街鉄 の線路 を過 り進 みゆく左 に茂 る木立 こそ月雪花 の眺 めをば併 せ具 ふる星 が岡 袖 ふりはへて人 ぞ訪 ふ鎮座 まします日枝神社 神 の霊験 も顕著 に打振 る鈴 の音絶 えず朱塗 りの楼 の神 さびる氷川神社 に参拝 し演伎座前 を過 ぎ行 けば右 に左 に國々 の國旗 は風 に翻 へる學 の業 をいそしみて深 く心 に溜池 の何時 かは國 や人 の爲 め尽 さん時 に葵橋 琴平神社 の御護 りを祈 りて此處 は虎 の門 右 に議事堂左 には諸国 の公使舘 のあり海軍省 や外務省 次 に並 びて司法省 陸軍省 も程近 く雲 を凌 ぎて建並 ぶ大路 の彼方濠 のべに建 てる櫻田御門 こそ昔万延元年 に井伊 の斬 られし所 なれ思 へば今 や我國 も世界 の國 と肩並 べ劣 りなき迄進 みしが あれは當時 如使 なりし浦賀 の沖 に黒船 の入 りしと聞 て今更 に上 を下 への物騒 ぎ三百諸公色 もなし時 の大老直弼 は文武 の道 に暗 からず到底 開 かで止 ぬべき諸国 の状 を見極 めぬ開 かで止 ぬものならば なまじ躊躇 爲 んものと英断此 に定 まりて五港 を終 に開 きけり斯 て集 る終怨 に上巳 の節会 降 る雪 の消 ゆるも待 たで有村 が刃 の下 に散 る命 散 りし命 は返 えらねど汝 が英断 に開 けゆく御國 の花 の櫻花 散 りて甲斐 ある命 かな海軍省 を横 に見 て進 む左 に春 の花 夏 は涼 みに秋 は月 冬 は雪観 の日比谷 あり都 の塵 を打払 ふ心字 の池 に大鶴 が噴出 す水 に虹映 り木間 に蝉 の友 を呼 ぶ見 よや中央 のコートには テニスする人走 る人 或 は花園 を巡 る人 野球 にいさむ人 - ひとさまざまに
思 ふ侭 いと楽 しげに群遊 ぶ實 にや冥途 に有 りといふ極楽世界 もかくなれや 折 りから起 る嚠喨 の響 きはこれぞ天楽 か月 は無心 に天 に澄 み虫 は千草 に鈴 を振 る斯 くて電車 は外濠 を巡 り終 りて又元 の乗 りにし土地 に帰 り来 ぬ乗 りにし土地 に帰 り来 ぬ