<聖書<文語訳旧約聖書

w:舊新約聖書 [文語]』w:日本聖書協会、1953年

w:明治元訳聖書

w:雅歌

第1章

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これはソロモンの雅歌なり

ねがはしきは彼その口の接吻をもて我にくちつけせんことなり 汝の愛は酒よりもまさりぬ

なんぢの香膏は其香味たへに馨しくなんぢの名はそそがれたる香膏のごとし 是をもて女子等なんぢを愛す

われを引きたまへ われら汝にしたがひて走らん 王われをたづさへてその後宮にいれたまへり 我らは汝によりて歡び樂しみ酒よりも勝りてなんぢの愛をほめたたふ 彼らは直きこころをもて汝を愛す

ヱルサレムの女子等よ われは黒けれどもなほ美はし ケダルの天幕のごとく またソロモンの帷帳に似たり

われ色くろきが故に日のわれを焼たるが故に我を視るなかれ わが母の子等われを怒りて我に葡萄園をまもらしめたり 我はおのが葡萄園をまもらざりき

わが心の愛する者よなんぢは何處にてなんぢの群を牧ひ 午時いづこにて之を息まするや請ふわれに告よ なんぞ面を覆へる者の如くしてなんぢが伴侶の群のかたはらにをるべけんや

婦女の最も美はしき者よ なんぢ若しらずば群の足跡にしたがひて出ゆき 牧羊者の天幕のかたはらにて汝の羔山羊を牧へ

わが佳耦よ 我なんぢをパロの車の馬に譬ふ

なんぢの臉には鏈索を垂れ なんぢの頭には珠玉を陳ねて至も美はし

われら白銀の星をつけたる黄金の鏈索をなんぢのために造らん

王其席につきたまふ時 わがナルダ其香味をいだせり

わが愛する者は我にとりてはわが胸のあひだにおきたる沒藥の袋のごとし

わが愛する者はわれにとりてはエンゲデの園にあるコペルの英華のごとし

ああ美はしきかな わが佳耦よ ああうるはしきかな なんぢの目は鴿のごとし

わが愛する者よ ああなんぢは美はしくまた樂しきかな われらの牀は青緑なり

われらの家の棟梁は香柏 その垂木は松の木なり

第2章

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われはシャロンの野花 谷の百合花なり

女子等の中にわが佳耦のあるは荊棘の中に百合花のあるがごとし

わが愛する者の男子等の中にあるは林の樹の中に林檎のあるがごとし 我ふかく喜びてその蔭にすわれり その實はわが口に甘かりき

彼われをたづさへて酒宴の室にいれたまへり その我上にひるがへしたる旗は愛なりき

請ふ なんぢら乾葡萄をもてわが力をおぎなへ 林檎をもて我に力をつけよ 我は愛によりて疾わづらふ

彼が左の手はわが頭の下にあり その右の手をもて我を抱く

ヱルサレムの女子等よ我なんぢらに獐と野の鹿とをさし誓ひて請ふ 愛のおのづから起るときまでは殊更に喚起し且つ醒すなかれ

わが愛する者の聲きこゆ 視よ 山をとび 岡を躍りこえて來る

わが愛する者は獐のごとくまた小鹿のごとし 視よ彼われらの壁のうしろに立ち 窓より覗き 格子より窺ふ

わが愛する者われに語りて言ふ わが佳耦よ わが美はしき者よ 起ていできたれ

視よ 冬すでに過ぎ 雨もやみてはやさりぬ

もろもろの花は地にあらはれ 鳥のさへづる時すでに至り 班鳩の聲われらの地にきこゆ

無花果樹はその青き果を赤らめ 葡萄の樹は花さきてその馨はしき香氣をはなつ わが佳耦よ わが美しき者よ 起て出きたれ

磐間にをり 斷崖の匿處にをるわが鴿よ われに汝の面を見させよ なんぢの聲をきかしめよ なんぢの聲は愛らしく なんぢの面はうるはし

われらのために狐をとらへよ 彼の葡萄園をそこなふ小狐をとらへよ 我等の葡萄園は花盛なればなり

わが愛する者は我につき我はかれにつく 彼は百合花の中にてその群を牧ふ

わが愛する者よ 日の涼しくなるまで 影の消るまで身をかへして出ゆき 荒き山々の上にありて獐のごとく 小鹿のごとくせよ

第3章

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夜われ床にありて我心の愛する者をたづねしが尋ねたれども得ず

我おもへらく今おきて邑をまはりありき わが心の愛する者を街衢あるひは大路にてたづねんと 乃ちこれを尋ねたれども得ざりき

邑をまはりありく夜巡者らわれに遇ければ 汝らわが心の愛する者を見しやと問ひ

これに別れて過ゆき間もなくわが心の愛する者の遇たれば 之をひきとめて放さず 遂にわが母の家にともなひゆき 我を産し者の室にいりぬ

ヱルサレムの女子等よ 我なんぢらに獐と野の鹿とをさし誓ひて請ふ 愛のおのづから起る時まで殊更に喚起し且つ醒すなかれ

この沒藥乳香など商人のもろもろの薫物をもて身をかをらせ 煙の柱のごとくして荒野より來る者は誰ぞや

視よ こはソロモンの乗輿にして 勇士六十人その周圍にあり イスラエルの勇士なり

みな刀劍を執り 戰鬪を善す 各人腰に刀劍を帶て夜の警誡に備ふ

ソロモン王レバノンの木をもて己のために輿をつくれり

その柱は白銀 その欄杆は黄金 その座は紫色にて作り その内部にはイスラエルの女子等が愛をもて繍たる物を張つく

シオンの女子等よ 出きたりてソロモン王を見よ かれは婚姻の日 心の喜べる日にその母の己にかうぶらしし冠冕を戴けり

第4章

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ああなんぢ美はしきかな わが佳耦よ ああなんぢうるはしきかな なんぢの目は面帕のうしろにありて鴿のごとし なんぢの髪はギレアデ山の腰に臥たる山羊の群に似たり

なんぢの齒は毛を剪たる牝羊の浴塲より出たるがごとし おのおの雙子をうみてひとつも子なきものはなし

なんぢの唇は紅色の線維のごとく その口は美はし なんぢの頬は面帕のうしろにありて石榴の半片に似たり

なんぢの頸項は武器庫にとて建たるダビデの戍樓のごとし その上には一千の盾を懸け列ぬ みな勇士の大楯なり

なんぢの兩乳房は牝獐の雙子なる二箇の小鹿が百合花の中に草はみをるに似たり

日の涼しくなるまで 影の消るまでわれ沒藥の山また乳香の岡に行べし

わが佳耦よ なんぢはことごとくうるはしくしてすこしのきずもなし

新婦よ レバノンより我にともなへ レバノンより我とともに來れ アマナの巓セニルまたヘルモンの巓より望み 獅子の穴また豹の山より望め

わが妹わが新婦よ なんぢはわが心を奪へり なんぢは只一目をもてまた頸玉の一をもてわが心をうばへり

わが妹わが新婦よ なんぢの愛は樂しきかな なんぢの愛は酒よりも遙にすぐれ なんぢの香膏の馨は一切の香物よりもすぐれたり

新婦よ なんぢの唇は蜜を滴らす なんぢの舌の底には蜜と乳とあり なんぢの衣裳の香氣はレバノンの香氣のごとし

わが妹わがはなよめよ なんぢは閉たる園 閉たる水源 封じたる泉水のごとし

なんぢの園の中に生いづる者は石榴及びもろもろの佳果またコペル及びナルダの草

ナルダ 番紅花 菖蒲 桂枝さまざまの乳香の木および沒藥 蘆薈一切の貴とき香物なり

なんぢは園の泉水 活る水の井 レバノンよりいづる流水なり

北風よ起れ 南風よ來れ 我園を吹てその香氣を揚よ ねがはくはわが愛する者のおのが園にいりきたりてその佳き果を食はんことを

第5章

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わが妹わがはなよめよ 我はわが園にいり わが沒藥と薫物とを採り わが蜜房と蜜とを食ひ わが酒とわが乳とを飮り わが伴侶等よ 請ふ食へ わが愛する人々よ 請ふ飮あけよ

われは睡りたれどもわが心は醒ゐたり 時にわが愛する者の聲あり 即はち門をたたきていふ わが妹わが佳耦 わが鴿 わが完きものよ われのために開け わが首には露滿ち わが髪の毛には夜の點滴みてりと

われすでにわが衣服を脱り いかでまた着るべき 已にわが足をあらへり いかでまた汚すべき

わが愛する者戸の穴より手をさしいれしかば わが心かれのためにうごきたり

やがて起いでてわが愛する者の爲に開かんとせしとき 沒藥わが手より沒藥の汁わが指よりながれて關木の把柄のうへにしたたれり

我わが愛する者の爲に開きしに わが愛する者は已に退き去りぬ さきにその物いひし時はわが心さわぎたり 我かれをたづねたれども遇ず 呼たれども答應なかりき

邑をまはりありく夜巡者等われを見てうちて傷つけ 石垣をまもる者らはわが上衣をはぎとれり

ヱルサレムの女子等よ 我なんぢらにかたく請ふ もしわが愛する者にあはば汝ら何とこれにつぐべきや 我愛によりて疾わづらふと告よ

なんぢの愛する者は別の人の愛する者に何の勝れるところありや 婦女の中のいと美はしき者よ なんぢが愛する者は別の人の愛する者に何の勝れるところありて斯われらに固く請ふや

わが愛する者は白くかつ紅にして萬人の上に越ゆ

その頭は純金のごとく その髪はふさやかにして黒きこと烏のごとし

その目は谷川の水のほとりにをる鴿のごとく 乳にて洗はれて美はしく嵌れり

その頬は馨しき花の床のごとく 香草の壇のごとし その唇は百合花のごとくにして沒藥の汁をしたたらす

その手はきばみたる碧玉を嵌し黄金の釧のごとく 其躰は青玉をもておほひたる象牙の彫刻物のごとし

その脛は蝋石の柱を黄金の臺にてたてたるがごとく その相貌はレバノンのごとく その優れたるさまは香柏のごとし

その口ははなはだ甘く誠に彼には一つだにうつくしからぬ所なし ヱルサレムの女子等よ これぞわが愛する者 これぞわが伴侶なる

第6章

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婦女のいと美はしきものよ 汝の愛する者は何處へゆきしや なんぢの愛する者はいづこへおもむきしや われら汝とともにたづねん

わが愛するものは己の園にくだり 香しき花の床にゆき 園の中にて群を牧ひ また百合花を採る

我はわが愛する者につき わが愛する者はわれにつく 彼は百合花の中にてその群を牧ふ

わが佳耦よ なんぢは美はしきことテルザのごとく 華やかなることヱルサレムのごとく 畏るべきこと旗をあげたる軍旅のごとし

なんぢの目は我をおそれしむ 請ふ我よりはなれしめよ なんぢの髪はギレアデ山の腰に臥たる山羊の群に似たり

なんぢの齒は毛を剪たる牝羊の浴塲より出たるがごとし おのおの雙子をうみてひとつも子なきものはなし

なんぢの頬は面帕の後にありて石榴の半片に似たり

后六十人 妃嬪八十人 數しられぬ處女あり

わが鴿わが完き者はただ一人のみ 彼はその母の獨子にして産たる者の喜ぶところの者なり 女子等は彼を見て幸福なる者ととなへ 后等妃嬪等は彼を見て讃む

この晨光のごとくに見えわたり 月のごとくに美はしく 日のごとくに輝やき 畏るべきこと旗をあげたる軍旅のごとき者は誰ぞや

われ胡桃の園にくだりゆき 谷の青き草木を見 葡萄や芽しし石榴の花や咲しと見回しをりしに

意はず知ず我が心われをしてわが貴とき民の車の中間にあらしむ

歸れ歸れシユラミの婦よ 歸れ歸れ われら汝を觀んことをねがふ なんぢら何とてマハナイムの跳舞を觀るごとくにシユラミの婦を觀んとねがふや

第7章

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君の女よ なんぢの足は鞋の中にありて如何に美はしきかな 汝の腿はまろらかにして玉のごとく 巧匠の手にて作りたるがごとし

なんぢの臍は美酒の缺ることあらざる圓き杯盤のごとく なんぢの腹は積かさねたる麥のまはりを百合花もてかこめるが如し

なんぢの兩乳房は牝鹿の雙子なる二の小鹿のごとし

なんぢの頸は象牙の戍樓の如く 汝の目はヘシボンにてバテラビムの門のほとりにある池のごとく なんぢの鼻はダマスコに對へるレバノンの戍樓のごとし

なんぢの頭はカルメルのごとく なんぢの頭の髪は紫花のごとし 王その垂たる髪につながれたり

ああ愛よ もろもろの快樂の中にありてなんぢは如何に美はしく如何に悦ばしき者なるかな

なんぢの身の長は棕櫚の樹に等しく なんぢの乳房は葡萄のふさのごとし

われ謂ふこの棕櫚の樹にのぼり その枝に執つかんと なんぢの乳房は葡萄のふさのごとく なんぢの鼻の氣息は林檎のごとく匂はん

なんぢの口は美酒のごとし わが愛する者のために滑かに流れくだり 睡れる者の口をして動かしむ

われはわが愛する者につき 彼はわれを戀したふ

わが愛する者よ われら田舍にくだり 村里に宿らん

われら夙におきて葡萄や芽しし莟やいでし石榴の花やさきし いざ葡萄園にゆきて見ん かしこにて我わが愛をなんぢにあたへん

戀茄かぐはしき香氣を發ち もろもろの佳き果物古き新らしき共にわが戸の上にあり わが愛する者よ我これをなんぢのためにたくはへたり

第8章

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ねがはくは汝わが母の乳をのみしわが兄弟のごとくならんことを われ戸外にてなんぢに遇ふとき接吻せん 然するとも誰ありてわれをいやしむるものあらじ

われ汝をひきてわが母の家にいたり 汝より教晦をうけん 我かぐはしき酒 石榴のあまき汁をなんぢに飮しめん

かれが左の手はわが頭の下にあり その右の手をもて我を抱く

ヱルサレムの女子等よ 我なんぢ等に誓ひて請ふ 愛のおのづから起る時まで殊更に喚起し且つ醒すなかれ

おのれの愛する者に倚かかりて荒野より上りきたる者は誰ぞや 林檎の樹の下にてわれなんぢを喚さませり なんぢの母かしこにて汝のために劬勞をなし なんぢを産し者かしこにて劬勞をなしぬ

われを汝の心におきて印のごとくし なんぢの腕におきて印のごとくせよ 其の愛は強くして死のごとく 嫉妬は堅くして陰府にひとし その熖は火のほのほのごとし いともはげしき熖なり

愛は大水も消ことあたはず 洪水も溺らすことあたはず 人その家の一切の物をことごとく與へて愛に換んとするとも尚いやしめらるべし

われら小さき妹子あり 未だ乳房あらず われらの妹子の問聘をうくる日には之に何をなしてあたへんや

かれもし石垣ならんには我ら白銀の城をその上にたてん 彼もし戸ならんには香柏の板をもてこれを圍まん

われは石垣わが乳房は戍樓のごとし 是をもてわれは情をかうむれる者のごとく彼の目の前にありき

バアルハモンにソロモンの葡萄園をもてり これをその守る者等にあづけおき 彼等をしておのおの銀一千をその果のために納めしむ

われ自らの有なる葡萄園われの手にあり ソロモンなんぢは一千を獲よ その果をまもる者も二百を獲べし

なんぢ園の中に住む者よ 伴侶等なんぢの聲に耳をかたむく 請ふ我にこれを聽しめよ

わが愛する者よ 請ふ急ぎはしれ 香はしき山々の上にありて獐のごとく 小鹿のごとくあれ