鉄道唱歌/大和名所鉄道唱歌
< 鉄道唱歌
大和名所
黒烟高 く砂 をまき三條停車 塲 をはや出 ぬ青 田 にうつる有明 の つきぬ眺 にうかれつゝ窓 より後 をながむれば春 日 の森 は神 寂 びて神 の御威稜 はいや高 く三 笠 の山 は草青 し遠 く霞 める金剛山 近 くいろどる生 駒山 青垣 なせるたゞ中 を いざ面白 く尋 ね見 ん- いつしか
汽 車 は走 りきて はや郡 山 に着 にけり大空凌 ぐ烟突 は紡績 會 社 と知 られたり 世 界 唯 一 の藥 師 像 唐招提 寺 西大 寺 砧 うつてふ秋篠 も只片時 の道 ぞかし町 の後 に聳 ゆるは郡 山 城 の天主閣 榮華 のすがた今 も尚 月 夜 櫻 に匂 ひけり名 もなき村 のかずあまた送 り迎 ふる暇 もなく降 りゆく世 と富 小 川 昔 のすがた今何 處 右 に見 ゆるは龍 田 山 緑 の色 も滴 るゝ下 にひときは嚴 めしく立 てるは名 高 き法隆 寺 聖 徳太 子 の建立 に かゝる金堂 五 重 の塔 七堂 伽 藍 は悠々 と千有 餘 年 の夢 を見 ん下 りて南 十二町 行 けば野 原 も廣 瀬 てふ官 幣大社 の宮 柱 太敷 立 てる尊 さよ白 く引 けるは大 和 川 時 雨 に洗 ふ三 室山 姿 やさしくみやびをの心 なやます種 となる時 雨 に染 り霜 にあき色 も燃 えなん面影 に夕 日 てり添 ふもみぢ葉 の龍 田川 原 は程近 し實 にや龍 田 の秋 景 色 このも彼 面 に秋深 く古 りにしうたの趣 も さながら見 て哀 れなり五 條 櫻 井 乘替 と驛 夫 の聲 の聞 ゆるは之 ぞ王 寺 のステーシヨン櫻 井 行 の分 岐 線 我 は支 線 に乘替 つ汽 車 は南 に向 ひたり眺 望 絶 なる信貴 山 を羨 ましくも後 にして- こゝはよしある
片岡 の朝 の原 の朝 げしき中 に一 むら茂 れるは達 磨 大 師 の禪 の跡 秋 さりくれば霧 立 ちて雁 ぞ鳴 くなる片岡 の朝 の原 はもみづると吟 しも今 は名 のみなり緑 色 濃 き西山 の並 びて走 る樂 しさは さながら秋 の心 地 して譬 へがたなき旅 の空 - いつしか
下 田 打過 て顯宗 武 烈 の御 陵 を後 にながむるひまもなく はや着 にけり高 田 驛 高 田 は近年開 けたる關 鐵南 和 の分 れ路 いでや之 より南山 の雲 の御 山 に分 け入 らん世 を黒染 に住替 し けなげに高 き中 將 の哀 を包 む當 麻寺 は松風高 く影黒 し五畿 内一 と聞 えたる櫛 羅 の瀧 は御所 驛 を西 に凡 そ二十町 戒 那 の山 のすそ洗 ふ茂 る緑 の木 の間 をば縫 ひつゝ走 る一條 の白 龍 廣 く霧 を吐 き夏 もあかれぬ風 ぞ吹 く名 高 き金 峯 の開 基 なる役 の行 者 の生 れたる茅 原 の里 の祥 草 寺 今尚隨 喜 新 なり- こゝは
所 も掖上 の驛 の東 の壺 坂 其巖石 に彫 みたる五 百 羅 漢 は苔青 し 和 州一 の温泉 塲 葛驛 出 づれは阿田 峯 に朝 日 てり添 ふ桃 のころ春 は武 陵 か紅十 里 世 に類 なきみよしのは三 里 隔 てゝ花 の雲 霞 の奧 は知 らねども見 ゆる限 りは櫻 とや五 條 は我 を迎 へたり下 りて見 ゆる並松 は夏 を秋 なる榮山 寺 風 は緑 に露白 し命 捧 げて國 のため盡 せしあとの金剛 は雲 井 遙 に聳 えたり忠 士 の名 譽 と諸共 に- これより
更 に立 ち歸 り高 田 驛 より乘替 て櫻 井 驛 へと進 ままし名 高 き名所 を友 として 平原十 里 を横 ぎりて いきまき猛 く進 み行 く前 に見 ゆるは畝 傍 山 天 の香久 山影淡 し山 の南 の橿原 は開國神 武 の都 の地 千代 に動 かぬいさをしを仰 げや同胞 四 千萬 - こゝは
名所 のより處 小 房 橘 岡寺 雁 の落 つてふ久 米寺 飛 鳥 神社 も程近 し 心 をよそにかられつゝ何時 しかつきぬ櫻 井 に日 は尚高 し今 よりは あかぬ名所 を尋 ね見 ん眼 の病 もぜんぷく寺 音 羽 の山 の觀 音 は町 を放 れて一 里 半 名 高 き山 と人 ぞ知 る- その
名 もうれし延命 の瀧音凉 し夏 なれば我 も瀧 打 ち試 みて暫 時 暑 を忘 れなん 町 の南 に來 て見 れば こゝも櫻 の峯 つゞき花 の中宿 名 にし負 ふ談山神社 は神寂 し花 に紅 葉 の談山 は夏 またよろし風 の音 天 津 乙 女 の琴 の音 も斯 はあらじと忍 ばるゝ心 殘 して櫻 井 を あとに放 れて三 諸山 大神神社 もほの見 えつ三輪 の山本冬 ならば昔 の人 の駒 とめて袖打 はらふ陰 もなき佐野 の渡 りと吟 みけんも こゝら邊 か影 もなし山 の北 手 のなきあとは玄賓僧 都 の隱 れどこ浮 世 を捨 てゝ月花 に身 を任 せてし玄 賓 庵 世 に名 も高 き長谷 寺 は三輪 を去 ること一 里 半 ふるき堂塔 かず多 く先 づありがたき長廊 廻 - こゝは
春 こそ愛 でたけれ うす花 櫻 山 をおひ嵐 も鐘 もうづもれて行 きかう雲 も匂 ふなり 景行 崇 神 の御 陵 ある柳 本 をば夢 と過 ぎ大 和 神社 を伏 し拜 み はや着 にけり丹 波 市 東 に白 き家並 は これぞ三 島 の天 理 教 小 高 き丘 の玉垣 は眞 道 彌 廣 の墓 所 翠 を湛 ふ一帶 は昔 名 を得 し布留 の山 瀧音高 く山 に鳴 り夏 もさながら秋 の空 - ふるの
山 べの御 社 は聞 くもおろちの麁正 を いつき祀 れる名 もしるき官 幣大社 の宮 居 なり 笠 置 をおちて天 の下 隱 れ家 もなき萬 乘 の建 武 の帝 の忍 ばれし こゝは内山久永 寺 汽 車 は進 みて柿 の本 昔 忍 ぶの歌塚 に こと問 ふ隙 も在原 の社 はやがて櫟 の本 東 は虚空 藏圓照 寺 西 は波 打 つ青 野 原 三 笠 の山 は亦我 を只青々 と待 ちにけり聞 くもゆかしき帶解 の子 安 地 藏 は其 昔 染殿后 の立 願 に起 りし寺 と聞 き傳 ふ思 へば夢 か束 の間 に名所 のかずを盡 し來 て再 びもとのあをによし奈良 の都 に着 にけり人 の智 識 も進 歩 して廣 き世 界 も狹 くなる ゆげの力 ぞ恐 ろしき勉 めや勵 めやよ小 供