遠足唱歌
遠󠄁足唱歌
- 巖谷小波作歌
- 山崎謙󠄁太郞作曲
- 春の部
照 る日 の影 は長閑 にて、吹 き來 る風 も あたたかし。さらば友 どち打 つれて、花󠄁 さく野邊 を探 らなん。畑 に色 添 ふ蓮󠄀 花󠄁 草 、徑 に咲󠄁 ける すみれぐさ、黃 なる山吹 赤 き桃 、送󠄁 り迎󠄁 ふる美 しさ。流 れささめく野 川 には、浮󠄁 くよ目 高 の鰭 ふりて、獨 木 の橋 の危󠄁 きに、友 よ落 つるな心 して。遠󠄁山里 の うすがすみ、春 の御 神 の佐保 姬 が、裳 とばかり麗󠄁 しき。あれぞ櫻 の盛󠄁 りなる。黃 金 と擬 ふ菜󠄁 の花󠄁 の、蜜 に浮󠄁 かるる蝶蝶 や、麥 の葉 浪 に高高 と、なのるも嬉 し揚 雲 雀 。袴 の褶 の正 しくも、並 びて立 てる つくづくし、踏 むな手折 るな これもまた、春 の惠 みに うまれしを。鍬 を伴󠄁侶 なる野 の人 に、行 くての道󠄁 を尋󠄁 ねつつ、進󠄁 む彼 方 の花󠄁 かげに、姥 が澁茶 の店 もあり。姿󠄁 見 せねど うぐひすは、垣 根 の花󠄁 の間 より、ホーホケキョーと いくたびか、繰 り返󠄁 しつつ歌 ふなり。小 高 き丘 の上 に來 て、杖󠄀 を立 つれば遠󠄁近󠄁 の、あかぬ眺 めに しばらくは、我 を忘󠄁 るる思 ひかな。遠󠄁 く流 るる川筋 は、誰 が解 すてし帶 やらん、立 つ漣 に日 をうけて、撚 るや銀絲 の きらめくを。杉 の綠 に交󠄁 りつつ、椿 さくなる木 の間 より、半󠄁 ば見 えたる大鳥 居 、あれこそ村 の鎭守 なれ。友 よ此 方 を かへり見 よ。柳 の若 葉 萠󠄁 え初 めし、橋 の袂 に いななきて、驅 け行 く駒 の勇󠄁 しさ。思 へば雪󠄁 の冬󠄀 の日 は、野 中 の草 も枯 れ果 てて、花󠄁 の紅 葉 のみどり、鳥 の唄 さへ なかりしを。- めぐる
月 日 の其內 に、かくこそ花󠄁 は咲󠄁 き出 たれ。されば吾 等 も怠 らず、進󠄁 みて花󠄁 を咲󠄁 かせまし。 花󠄁 野 の中 を右 ひだり、心 のままに見 步 きて、隱 れし自 然 の工 をば、啓 き求 めん術󠄁 もがな。花󠄁 に蜜 とる虻蜂 や、空󠄁 に蟲 驅 る乙鳥 も、いづれか鑑 ならざらん、我 等 も彼 に劣 るべき。春 の光 の遲󠄃々 として、花󠄁 の木 の間 に落 つる頃 、草 刈 り終󠄁 へし里 の子 は、犢 を牽 きて急󠄁 ぐなり。花󠄁瓣閉 す たんぽぽの、陰 に夢 みる蟲 もあり、霞 の幕 に つつまれて、一夜 を明 かす鳥 もあり。- さらば
歸 らん我友 よ、今日 は樂 しく遊󠄁 びたり、廣 き野 原 を庭󠄁 として、花󠄁 と鳥 とを伴󠄁侶 として。 家 のみやげは何々 ぞ、摘󠄂 みしは花󠄁 の數々 か、籠󠄄 傾 けて語 らはん、今日 一日 の愉󠄁 快 さを。
- 春の部終り
- 秋の部
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- 巖谷小波作歌
- 山崎謙󠄁太郞作曲
桐 の一葉 に風 たちて、さしもに暑 き夏 の日 も、南 に遠󠄁 く なりゆけば、凉 しき秋 は來 りけり。瑠璃 かとみゆる大空󠄁 に、浮󠄁 べる雲 の影 もなく、八千 草 千 草 さき亂 る、秋 の眺 めぞ面白 き。見 渡 す野邊 に穰 りたる、稻 の穗 並 の美 しさ、鳴 子 に騷 ぐ小 雀 の、聲 さへ澄 みて聞 ゆなり。畑 に色 付 く柿 の實 を、掠 めんとてか小 烏 の、案山子 の先 に止 りつつ、待 てるも秋 の景 色 かな。咲󠄁 くや絲萩 をみなへし、露 を含 める花󠄁 のつや、桔 梗󠄀 は別 に紫 の、ゆかしき色 に咲󠄁 き出 たり。- いく
度人 に芽 を踏 まれ、草 刈 る鎌󠄁 に かかるとも、撓 まずのびて色 そへし、花󠄁 の心 ぞ賴 母 しき。 露 にその身 を鍛 へたる、松󠄁蟲鈴蟲 くつはむし、葉 末 に宿 り根 に潜 み、謠 ふや節󠄁 も音󠄁 も妙 に。聲 につやある邯鄲 や、囀 り高 き草 ひばり、品 こそ異 れ とりどりに、秋 の調󠄁 ぞ巧 みなる。山 の麓 の栗 林 、落 葉 の中 に こぼれたる、木 の實 や家 の土產 にせん、いざ諸共 に拾 はなん。- ここよ
彼 處 と あさりつつ、見 れば嬉 しや栗 の實 の、昨日 の風 に さそはれて、落 ちたる數 の いと多 し。 松󠄁 の茂 みを分󠄁 け上 り、雜 木 の陰 に來 て見 れば、笠 傾 けつ莖伸 つ、木 菌 や人 を待 ち顏 に。採󠄁 りし獲 物 を較󠄁 べつつ、語 るも樂 し丘 の上 、見 よや蜻蛉 も來 て遊󠄁 び、小 鳥 も近󠄁 く謠 ふなり。追󠄁 ふな拂 ふな蜻蛉 も、田 畑 の蟲 を捕 り食󠄁 ひ、小 鳥 は木々 の蟲 を驅 り、共 に我 等 を助 くるよ。鎭守 の森 に旗 みえて、神樂 の囃 子 聞 ゆなり、かくてぞ年 の豐 けきを、祝 ふか里 の人人 も。野 中 の徑 ゆく牛 の、背 に堆 く つむ草 に、今朝󠄁來 し路 に咲󠄁 きそめし、花󠄁 の數々 交󠄁 るらん。高 く聳󠄃 ゆる遠󠄁山 の、白 く頂 く綿帽 子 、あれこそ雪󠄁 よ彼 處 には、はやも來 ませり冬󠄀 の神 。小 山 田 稻 を刈 り終󠄁 へて、紅葉 の錦 かざりなば、霜 と雪󠄁 とに年 くれて、追󠄁 へど及󠄁 ばぬ月 日 かな。日 足 短 き この頃 や、野 寺 の鐘 の音󠄁 と共 に、はやくも月 は昇 るなり、尾 花󠄁 の末 を ゆるがせて。金 波 を碎 く里 の川 、蟲 の音󠄁 高 き廣 野 原 、露 は我 等 が裾 に散 り、風 は我 等 が袖 を訪 ふ。夕霧 やがて立 ちこめて、今日 の野 山 は隔󠄁 つとも、月 こそ守 れ樂 しくも、家 路 にかへる我 等 かな。
- 秋の部終り
遠󠄁足唱歌終󠄁