蟲
蟲
ぶぶぶと翅ばたきながら
灯をしたつて來た蟲が
ふとんのへりにとまつた
鉛󠄁筆の削󠄁り屑のやうな
名もしらぬ小さい蟲だ
わたしはそれを手にとつて
見てゐたが
――惡魔󠄁がほんの瞬間
わたしの心を摑んだ
わたしは煙草を
その火で
蟲の頭をちよつとこがして見た
惡意󠄁でしたのではない
ほんのいたづら心だつた
だが蟲のよく動く觸角は
ぢぢといつてぽろりと落ち
八の字に翅をひらいてもがき出した
斷末魔󠄁のもがきだ
わたしは知つた もう再び
この精巧な有󠄁機體はとばないことを
蟲は灰󠄁皿の上に落ち
六本の足で灰󠄁をさばいてゐる
どんなに苦しいだらう
わたしは悔恨――
一人の親友をうしなつたほどの
悔恨のなかで
蟲の苦悶を短か〔ママ〕くするため
煙草の火でその頭を抑へてやる
到底蟲は
鉛󠄁筆の削󠄁り屑に
ひとしくなつた
すべてのものの魂が
天國にかへるならば
この小さな蟲の魂は
今わたしの眼の前󠄁からのぼりはじめて
あの遠󠄁いところにとゞくまでに
どれほどながくかゝるだらう
小さい魂は小さいシヤボン玉のやう
そよ風にも流されながら
晝は陽にかやゞかき
夜は星のかげをやどして
ゆつくり、しかし正確に
神樣のみもとにとゞくであらう
神樣の前󠄁ではすべての魂が――
人間のも象のも馬のも牛のも
鳥のも魚のも蟲のも
同じやうにジヤステイスを求める
權利をもつだらうから
やがてこの蟲の魂は
神樣のお前でいふだらう
「わたしを燒き殺したあの男を
フスのやうに焚殺して下さい」と
口をとがらせていふだらう
わたしは實に惡いことをした
わたしはほんたうに焚殺されても
致し方ない。
この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。