蚕業唱歌
- 實業敎育
- 蠶業唱歌
- 洞口猷壽作歌
- 田村虎藏作曲
- ⦅春の卷⦆
蠶 飼 のみちは大御 神 の はじめ給 ひて後 の世 に のこし給 ひしものなるぞ吾 れ日 の本 の民草 は いとどかしこみ敬 ひて努 め勵 まであるべきか。- その
日 をたつる生業 は農工 商 の數 あれど皇 御 國 の玉 の緖 と たのむは何 か蠶 飼 にて 五千餘 萬 の同胞 は安 きその日 をおくるなり。 - 三十
餘 萬 の昆蟲 類 に その身 をすてて吾人 に尊 き寶 をささぐるは寸 餘 の蠶 唯 ひとり さればわれ等 は懇 に眞 心 こめて養 はん。 野 山 もかすみ花 もさき袷 ここちになりぬれば桑 の芽出 しに鑑 みて蠶 種 を暖 め孵 らせよ自 然 に任 せ孵 しなば過 つことも度繁 し。蠶 を飼 はんその人 は他人 の桑 をばあてにすな おのが植 ゑたる桑 の葉 と室 と道 具 のたかにきき飼 へや蠶 の數 をきめ重 荷 を負 はぬ心 せよ。蠶 のことは蠶 にも あらざる人 の知 るべきか をしへのままに從 ひて好 むをすすめ忌 をさけ よき桑與 へて養 はば むくいは玉 の繭 あられ。空 氣 の淸 き室 におき與 ふる桑 にむらのなく濕氣 と乾 きを程 にして わが身 に傚 ひ寒暖 の加 減 をはかり蠶沙 をとれ これぞ蠶 飼 の要󠄁 なる。人 はひねもす働 けば夜 にはいねて憩 へども蠶 は晝 夜 はたらきて休 むは生 涯唯 四たび淸 きふしどにやすらけく ねむりつかせよ看護 して。朝 な夕 なのつかのまも やすむ暇 なくいたつきを つめる桑 子 の繭 こもり山 なすえびらのその中 に光 まばゆくてりあふは玉 の林 にさも似 たり。今日 は繭 かきあなうれし蠶祝 を明日 にせん玉 をもあざむく出來 榮 は精 と勵 との賜物 ぞ この新繭 は蠶神 に ささげて祈 らん息災 を。
- ⦅夏の卷⦆
夏 きにけりとつげ顏 に梢 にしぐるる蟬 の聲 桑 の若 葉 はすずしげに しげり行 こそ樂 しけれ いざや鍬 もて出 行 かん桑 にあたなす草 ぎりに。桑 は葉 をつむものなれど つみて其儘 すておかば枝 葉 ほそりて後 の日 の とりで少 きものぞかし肥 と手 入 を怠 らず蟲 をもとりて培 へよ。桑 の蟲 には數 あれど尺 蠖 、天牛 、金 毛 蟲 巢 蟲 、葉 捲 、スキムシは わけて其害 おほければ まがなすきがな桑畑 を見 まひて捕 へ殺 すべし枝 葉 のちぢむ萎 縮病 膏藥 病 や紋 羽 病 赤 しぶ、白 しぶヒシゲ病 これ皆桑 のあだかたき よく目 を配 りふえぬやう心 にかけてとりのけよ。株 のしげりをさまたぐる枝 葉 のこらず截取 て夏 の蠶 のかてにせよ のこる枝 葉 はよくさかえ かたへに繭 の山 を築 き家 と國 との富 まさん。綠 したたる桑畑 に赤 き襻 のほの見 えて唱 ふ少 女 の聲 するは はとり少 女 か蟲 とりか籠 もてゆかん我 もまた母 の蠶 飼 の桑 つみに。空 の靑 きにいぶかしや蠶家 のあなたに夕立 の ふるににかよふ物音 は桑 食 むそれかいさましや いざ見 にゆかん母上 の手 鹽 にかけし夏 蠶 。- あれ
見 給 へや友達よ かなたの室 の蠶架 の上 を花 なきところに花 ちるは繭 をいでたる蛾 ならむ彼 等 の子 孫 を後 の世 に のこさん爲 の製種 ぞや。 君 知 り給 ふか此言 を瓜 の蔓 には茄子 ならず えらべ蠶 種 の親蛾 を さらばよき繭 獲 らるべし目 前 の慾 に迷 ひなば末 に大 なる損 あらん。- くすしきことよ
此繭 は蛾 が出 でずに蟲 の出 る これぞ先 の日 兄君 の話 し給 ひし蠶蛆 ならん憎 さも憎 し腹立 し逢 して懲 さん熱湯 攻 に。
- ⦅秋の卷⦆
- わが
家 のみか村里 の西 より東 のはてにまで きしるくるまの音 きくは絲 くる業 がにぎはしや繭 の解けゆく白條 は富 の山 なる絲 の瀧 。 氣 を平 かに念 いれて繅 らば筋 よく纇 もなく艶 美 しく伸强 く類 まれなる絲 見 んと唱 ひし歌 のその主 は鄰 の少 女 かしをらしや。見 てやすけれど絲繅 は腕 に覺 のなきものに いかで爲 さるる業 ならん 一生習 の中 なりと心 の駒 に鞭 あてて勵 まざらめや少 女子 よ。繭 をよく選 りふり揃 へ煮湯 の溫 度 と煮加 減 に心 をくばり添足 を むらなくなさば繅 る絲 は おのづと優 るものぞかし これぞ製 絲 の要󠄁 なる。- やさしき
姊 はけなげにも かよわき腕 によりをかけ おもきやくめの繅 絲 に勤 しみ勵 みて居 るものを年 わかしとてわれひとり などか空 しく遊 ばれん。 神 のめぐみかおのれにも力 にかなひし業 のあり暑 中 休 暇 を幸 ひに秋 蠶 はわが手 に育 てあげ霜 にあへなく落 る桑 を錦 のしろにかへて見 ん。秋 蠶 はわけて桑 の葉 と陽 氣 の加 減 に心 せよ日最 中暑 くも朝夕 は暑 さ寒 さの常 ならず つかのまなりと弛 みなば かへらぬ厄 に襲 はれん。稚 きうちは若桑 を與 へて飼 ひて成 長 の ほどにしたがひ硬 き葉 を與 へて飼 へよ秋 蠶 さらばみごとにおいそだち絲 目 豐 き繭結 ばん。- あな
恐 しや軟化 病 微 粒 子 、膿 病 、硬化 病 わづか一 つの病 蠶 も 出でなば忽 ちみなうつる油 斷大敵 心 して病 のもとを根 絕 せよ。 日 はあつからず寒 からず今 こそ旅 出 の好 時 節 蠶 飼 に名 高 きをちこちを經 廻 りありき蠶 の業 の學 びの資 をもとめなん國 の爲 なり家 の爲 め。
- ⦅冬の卷⦆
木 枯 さむく身 にしみて火 桶戀 しき冬 くれば落 葉 を待 ちて桑 の木 の冬 芽 いたはり枝束 ね株際低 く畦高 く畑打 かへし春 を待 て。眞木 のふせ屋 も藁 小屋 も飼 うて飼 はれぬ家 なきも位置家 造 のかなはぬは蠶 のそだちに爲 わるし なほせつくりを冬 の中 に新築 するも冬 の中 に。蠶家 をつくらばきよらかに風 もよくぬけ日 もあたり陽 氣 は間 每 にみちみちて人 のここちのよきやうに さらば蠶 によくかなひ酬 ゆる幸 や多 からん。師 走 の半 になりぬれば蠶 種 をしづかに取出 し產著水引色澤 に よく眼 を注 ぎよきをとり はしに絲 つけめをはかり水 にて洗 ふ用 意 せよ。冬 至 の中 に晴天 の日 をば選 みて朝早 く盥 に淸 き水 を汲 み中 に蠶 種 をしばし漬 け種 面 をはけもて徐 ろに撫 でて穢 れを掃󠄁 ふべし。洗 ひあげたる種紙 は元 のめかたに乾返 し箱 にかこひておごそかに火 の氣 油 氣 遠 くさけ やすく冬空 こさしめよ ここぞ豐 凶 のわかれ道 。枯 野 をかざる六 の花 銀 か眞 綿 か麗 しや犬 追 ふ子等 は興 がれど われは一 室 の內 に居 て蠶 網 簇 をつくりなし春 の蠶 の用 意 せん。- いまの
社 會 は人 でさへ德 なきものの多 かるに人 の德 なる仁 義 信 智 忠神 の六 の德 もれなく小 さき身 にあつむ眞 に蠶 は神 の蟲 。 - ああ
慕 はしや蟲 でさへ飢 に迫 るも貪 らず行 儀 正 しく絲 はきて たつる功 はいとしるし我 は人 なり死 すとても朽 ぬ功 を世 にたてん。 家 內 ことなく蠶 は當 り絲 は黃 金 にすがたかへ裏 に倉 たつ。事 成 なりぬ〔ママ〕今 年 ももはや今日 かぎり あすはめでたき春迎 へ またも蠶 飼 に親 しまん。(をはり)
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