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 やまみちを登りながら、こう考えた。

 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせばきゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。

 住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。

 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、くつろげて、つかの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。あらゆる芸術の士は人の世をのどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。

 住みにくき世から、住みにくきわずらいを引き抜いて、ありがたい世界をまのあたりに写すのが詩である、である。あるは音楽と彫刻である。こまかにえば写さないでもよい。ただまのあたりに見れば、そこに詩も生き、歌もく。着想を紙に落さぬともせっけんなきも、かくじんせいを観じ得るの点において、かくぼんのうげだつするの点において、かくしょうじょうかいしゅつにゅうし得るの点において、またこのふどうふじけんこんこんりゅうし得るの点において、がりしよくきはんそうとうするの点において、――せんきんの子よりも、ばんじょうの君よりも、あらゆる俗界のちょうじよりも幸福である。

 世に住むこと二十年にして、住むにかいある世と知った。二十五年にして明暗はひょうりのごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十のこんにちはこう思うている。――喜びの深きときうれいいよいよ深く、たのしみの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。かたづけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものがえればも心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足をささえている。せなかには重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えばらぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……

 かんがえがここまで漂流して来た時に、余のうそくは突然すわりのわるいかくいしはしを踏みくなった。へいこうを保つために、すわやと前に飛び出したさそくが、しそんじのあわせをすると共に、余の腰は具合よくほう三尺ほどな岩の上にりた。肩にかけた絵の具箱がわきの下からおどり出しただけで、幸いとなんの事もなかった。

 立ち上がる時に向うを見ると、みちから左の方にバケツを伏せたような峰がそびえている。杉かひのきか分からないがねもとからいただきまでことごとくあおぐろい中に、山桜が薄赤くだんだらにたなびいて、しかと見えぬくらいもやが濃い。少し手前にはげやまが一つ、ぐんをぬきんでてまゆせまる。げた側面は巨人のおのけずり去ったか、鋭どき平面をやけに谷の底にうずめている。てっぺんに一本見えるのは赤松だろう。枝の間の空さえはっきりしている。行く手は二丁ほどで切れているが、高い所から赤いけっとが動いて来るのを見ると、登ればあすこへ出るのだろう。路はすこぶるなんぎだ。

 土をならすだけならさほどてまるまいが、土の中には大きな石がある。土はたいらにしても石は平らにならぬ。石は切り砕いても、岩は始末がつかぬ。ほりくずした土の上にゆうぜんそばだって、吾らのために道を譲るけしきはない。向うで聞かぬ上は乗り越すか、廻らなければならん。いわのない所でさえるきよくはない。左右が高くって、中心がくぼんで、まるで一間はばを三角にって、その頂点がまんなかつらぬいていると評してもよい。路を行くと云わんより川底をわたると云う方が適当だ。もとより急ぐ旅でないから、ぶらぶらとななまがりへかかる。

 たちまち足の下でひばりの声がし出した。谷をみおろしたが、どこで鳴いてるか影も形も見えぬ。ただ声だけが明らかに聞える。せっせとせわしく、たえまなく鳴いている。ほういくりの空気が一面にのみに刺されていたたまれないような気がする。あの鳥の鳴くには瞬時の余裕もない。のどかな春の日を鳴き尽くし、鳴きあかし、また鳴き暮らさなければ気が済まんと見える。その上どこまでも登って行く、いつまでも登って行く。雲雀はきっと雲の中で死ぬに相違ない。登り詰めたあげくは、流れて雲にって、ただようているうちに形は消えてなくなって、ただ声だけが空のうちに残るのかも知れない。

 いわかどを鋭どく廻って、あんまならまっさかさまに落つるところを、きわどく右へ切れて、横にみおろすと、の花が一面に見える。雲雀はあすこへ落ちるのかと思った。いいや、あのこがねの原から飛び上がってくるのかと思った。次には落ちる雲雀と、あがひばりが十文字にすれ違うのかと思った。最後に、落ちる時も、上る時も、また十文字にれ違うときにも元気よく鳴きつづけるだろうと思った。

 春は眠くなる。猫は鼠をる事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分のたましいいどころさえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼がめる。雲雀の声を聞いたときに魂のありかがはんぜんする。雲雀の鳴くのは口で鳴くのではない、魂全体が鳴くのだ。魂の活動が声にあらわれたもののうちで、あれほど元気のあるものはない。ああ愉快だ。こう思って、こう愉快になるのが詩である。

 たちまちシェレーの雲雀の詩を思い出して、口のうちで覚えたところだけあんしょうして見たが、覚えているところは二三句しかなかった。その二三句のなかにこんなのがある。

  We look before and after

    And pine for what is not:

  Our sincerest laughter

    With some pain is fraught;

Our sweetest songs are those that tell of saddest thought.

「前をみては、しりえを見ては、ものほしと、あこがるるかなわれ。腹からの、笑といえど、苦しみの、そこにあるべし。うつくしき、きわみの歌に、悲しさの、極みのおもいこもるとぞ知れ」

 なるほどいくら詩人が幸福でも、あの雲雀のように思い切って、一心不乱に、前後を忘却して、わが喜びを歌うわけには行くまい。西洋の詩は無論の事、支那の詩にも、よくばんこくうれいなどと云う字がある。詩人だから万斛でしろうとなら一ごうで済むかも知れぬ。して見ると詩人は常の人よりも苦労性で、ぼんこつの倍以上に神経が鋭敏なのかも知れん。超俗の喜びもあろうが、無量のかなしみも多かろう。そんならば詩人になるのも考え物だ。

 しばらくは路がたいらで、右はぞうきやま、左は菜の花の見つづけである。足の下に時々たんぽぽを踏みつける。のこぎりのような葉が遠慮なく四方へのして真中に黄色なたまを擁護している。菜の花に気をとられて、踏みつけたあとで、気の毒な事をしたと、振り向いて見ると、黄色な珠は依然として鋸のなかにちんざしている。のんきなものだ。また考えをつづける。

 詩人にうれいはつきものかも知れないが、あのひばりを聞く心持になればみじんもない。菜の花を見ても、ただうれしくて胸がおどるばかりだ。蒲公英もその通り、桜も――桜はいつか見えなくなった。こう山の中へ来て自然のけいぶつに接すれば、見るものも聞くものも面白い。面白いだけで別段の苦しみも起らぬ。起るとすれば足がくたびれて、うまいものが食べられぬくらいの事だろう。

 しかし苦しみのないのはなぜだろう。ただこの景色を一ぷくとして、一かんの詩として読むからである。であり詩である以上はじめんを貰って、開拓する気にもならねば、鉄道をかけてひともうけするりょうけんも起らぬ。ただこの景色が――腹のしにもならぬ、月給の補いにもならぬこの景色が景色としてのみ、余が心を楽ませつつあるから苦労も心配もともなわぬのだろう。自然の力はここにおいてたっとい。吾人の性情を瞬刻にとうやしてじゅんことして醇なる詩境に入らしむるのは自然である。

 恋はうつくしかろ、孝もうつくしかろ、忠君愛国も結構だろう。しかし自身がそのきょくに当れば利害のつむじき込まれて、うつくしき事にも、結構な事にも、目はくらんでしまう。したがってどこに詩があるか自身にはしかねる。

 これがわかるためには、わかるだけの余裕のある第三者の地位に立たねばならぬ。三者の地位に立てばこそ芝居はて面白い。小説も見て面白い。芝居を見て面白い人も、小説を読んで面白い人も、自己の利害はたなへ上げている。見たり読んだりする間だけは詩人である。

 それすら、普通の芝居や小説では人情をまぬかれぬ。苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。見るものもいつかその中に同化して苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりする。とりえは利慾がまじらぬと云う点にそんするかも知れぬが、交らぬだけにその他のじょうしょは常よりは余計に活動するだろう。それがいやだ。

 苦しんだり、怒ったり、騒いだり、泣いたりは人の世につきものだ。余も三十年の間それをしとおして、あきあきした。き飽きした上に芝居や小説で同じ刺激を繰り返しては大変だ。余が欲する詩はそんな世間的の人情をこぶするようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでもじんかいを離れた心持ちになれる詩である。いくら傑作でも人情を離れた芝居はない、理非を絶した小説は少かろう。どこまでも世間を出る事が出来ぬのが彼らの特色である。ことに西洋の詩になると、人事が根本になるからいわゆるしいかの純粋なるものもこのきょうげだつする事を知らぬ。どこまでも同情だとか、愛だとか、正義だとか、自由だとか、うきよかんこうばにあるものだけで用をべんじている。いくら詩的になっても地面の上をけてあるいて、ぜにの勘定を忘れるひまがない。シェレーがひばりを聞いて嘆息したのも無理はない。

 うれしい事に東洋のしいかはそこをげだつしたのがある。きくをとるとうりのもとゆうぜんとしてなんざんをみる。ただそれぎりのうちに暑苦しい世の中をまるで忘れた光景が出てくる。垣の向うに隣りの娘がのぞいてる訳でもなければ、なんざんに親友が奉職している次第でもない。超然としゅっせけんてきに利害損得の汗を流し去った心持ちになれる。ひとりゆうこうのうちにざしきんをだんじてまたちょうしょうすしんりんひとしらずめいげつきたりてあいてらす。ただ二十字のうちにゆうべつけんこんこんりゅうしている。この乾坤のくどくは「ほととぎす」や「こんじきやしゃ」の功徳ではない。汽船、汽車、権利、義務、道徳、礼義で疲れ果てたのちに、すべてを忘却してぐっすり寝込むような功徳である。

 二十世紀に睡眠が必要ならば、二十世紀にこの出世間的の詩味は大切である。惜しい事に今の詩を作る人も、詩を読む人もみんな、西洋人にかぶれているから、わざわざのんきへんしゅううかべてこのとうげんさかのぼるものはないようだ。余はもとより詩人を職業にしておらんから、おういえんめいきょうがいを今の世にふきょうして広げようと云う心掛も何もない。ただ自分にはこう云う感興が演芸会よりも舞踏会よりも薬になるように思われる。ファウストよりも、ハムレットよりもありがたく考えられる。こうやって、ただひとり絵の具箱とさんきゃくきかついで春のやまじをのそのそあるくのも全くこれがためである。淵明、王維の詩境を直接に自然から吸収して、すこしのでもひにんじょうの天地にしょうようしたいからのねがい。一つのすいきょうだ。

 もちろん人間のいちぶんしだから、いくら好きでも、非人情はそう長く続くわけには行かぬ。淵明だってねんねんじゅうなんざんを見詰めていたのでもあるまいし、王維も好んでたけやぶの中にかやを釣らずに寝た男でもなかろう。やはり余った菊は花屋へ売りこかして、えたたけのこやおやへ払い下げたものと思う。こう云う余もその通り。いくら雲雀と菜の花が気に入ったって、山のなかへ野宿するほど非人情がつのってはおらん。こんな所でも人間にう。じんじんばしょりのほおかむりや、赤いこしまきあねさんや、時には人間より顔の長い馬にまで逢う。百万本のひのきに取り囲まれて、海面を抜く何百尺かの空気をんだり吐いたりしても、人のにおいはなかなか取れない。それどころか、山を越えて落ちつく先の、こよいの宿はなこいおんせんばだ。

 ただ、物はみようでどうでもなる。レオナルド・ダ・ヴィンチが弟子に告げたことばに、あのかねおとを聞け、鐘は一つだが、音はどうとも聞かれるとある。一人の男、一人の女もみようしだいでいかようとも見立てがつく。どうせ非人情をしに出掛けた旅だから、そのつもりで人間を見たら、うきよこうじの何軒目に狭苦しく暮した時とは違うだろう。よし全く人情を離れる事が出来んでも、せめておのうはいけんの時くらいは淡い心持ちにはなれそうなものだ。能にも人情はある。しちきおちでも、すみだがわでも泣かぬとは保証が出来ん。しかしあれはじょうぶげい七分で見せるわざだ。我らが能からけるありがた味は下界の人情をよくそのままに写すてぎわから出てくるのではない。そのままの上へ芸術という着物を何枚も着せて、世の中にあるまじきゆうちょうふるまいをするからである。

 しばらくこのりょちゅうに起る出来事と、旅中にであう人間を能のしくみと能役者のしょさに見立てたらどうだろう。まるで人情をてる訳には行くまいが、根が詩的に出来た旅だから、非人情のやりついでに、なるべく節倹してそこまではぎつけたいものだ。なんざんゆうこうとはたちの違ったものに相違ないし、またひばりや菜の花といっしょにする事も出来まいが、なるべくこれに近づけて、近づけ得る限りは同じ観察点から人間をてみたい。ばしょうと云う男はまくらもとへ馬がいばりするのをさえな事と見立ててほっくにした。余もこれから逢う人物を――百姓も、町人も、村役場の書記も、じいさんもばあさんも――ことごとく大自然の点景として描き出されたものと仮定して取こなして見よう。もっとも画中の人物と違って、彼らはおのがじし勝手なまねをするだろう。しかし普通の小説家のようにその勝手な真似の根本をぐって、心理作用に立ち入ったり、じんじかっとうせんぎだてをしては俗になる。動いても構わない。画中の人間が動くと見ればつかえない。画中の人物はどう動いても平面以外に出られるものではない。平面以外に飛び出して、立方的に働くと思えばこそ、こっちと衝突したり、利害の交渉が起ったりして面倒になる。面倒になればなるほど美的に見ているわけに行かなくなる。これから逢う人間には超然と遠き上から見物する気で、人情の電気がむやみに双方で起らないようにする。そうすれば相手がいくら働いても、こちらのふところには容易に飛び込めない訳だから、つまりはの前へ立って、画中の人物が画面のうちをあちらこちらと騒ぎ廻るのを見るのと同じ訳になる。あいだ三尺もへだてていれば落ちついて見られる。あぶななしに見られる。ことばえて云えば、利害に気を奪われないから、全力をげて彼らの動作を芸術の方面から観察する事が出来る。余念もなく美か美でないかとかんしきする事が出来る。

 ここまで決心をした時、空があやしくなって来た。煮え切れない雲が、頭の上へもたかかっていたと思ったが、いつのまにか、くずして、しほうはただ雲の海かと怪しまれる中から、しとしとと春の雨が降り出した。菜の花はくに通り過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸がこまやかでほとんど霧をあざむくくらいだから、へだたりはどれほどかわからぬ。時々風が来て、高い雲を吹き払うとき、薄黒い山のが右手に見える事がある。何でも谷一つ隔てて向うが脈の走っている所らしい。左はすぐ山のすそと見える。深くめる雨の奥から松らしいものが、ちょくちょく顔を出す。出すかと思うと、隠れる。雨が動くのか、木が動くのか、夢が動くのか、何となく不思議な心持ちだ。

 路はぞんがい広くなって、かつたいらだから、あるくに骨は折れんが、雨具の用意がないので急ぐ。帽子からあまだれがぽたりぽたりと落つる頃、五六間先きから、鈴の音がして、黒い中から、まごがふうとあらわれた。

「ここらに休む所はないかね」

「もう十五丁行くと茶屋がありますよ。だいぶれたね」

 まだ十五丁かと、振り向いているうちに、馬子の姿はかげえのように雨につつまれて、またふうと消えた。

 ぬかのように見えた粒は次第に太く長くなって、今はひとすじごとに風にかれるさままでが目にる。羽織はとくに濡れつくして肌着にみ込んだ水が、からだぬくもりなまあたたかく感ぜられる。気持がわるいから、帽を傾けて、すたすたあるく。

 ぼうぼうたるうすずみいろの世界を、いくじょうぎんせんななめに走るなかを、ひたぶるに濡れて行くわれを、われならぬ人の姿と思えば、詩にもなる、句にもまれる。ありていなるおのれを忘れつくして純客観に眼をつくる時、始めてわれは画中の人物として、自然の景物と美しき調和をたもつ。ただ降る雨の心苦しくて、踏む足の疲れたるを気に掛ける瞬間に、われはすでに詩中の人にもあらず、がりの人にもあらず。依然としてしせいの一じゅしに過ぎぬ。雲煙飛動のおもむきも眼にらぬ。らっかていちょうの情けも心に浮ばぬ。しょうしょうとしてひとしゅんざんを行くわれの、いかに美しきかはなおさらにかいせぬ。初めは帽を傾けてあるいた。のちにはただ足のこうのみを見詰めてあるいた。終りには肩をすぼめて、恐る恐る歩行た。雨はまんもくじゅしょううごかしてしほうよりこかくせまる。非人情がちと強過ぎたようだ。



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「おい」と声を掛けたが返事がない。

 のきしたから奥をのぞくとすすけたしょうじが立て切ってある。向う側は見えない。五六足のわらじさびしそうにひさしからつるされて、くったくげにふらりふらりと揺れる。下にだがしの箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭とぶんきゅうせんが散らばっている。

「おい」とまた声をかける。土間のすみに片寄せてあるうすの上に、ふくれていたにわとりが、驚ろいて眼をさます。ククク、クククと騒ぎ出す。敷居の外にどべっついが、今しがたの雨に濡れて、半分ほど色が変ってる上に、真黒なちゃがまがかけてあるが、土の茶釜か、銀の茶釜かわからない。幸い下はきつけてある。

 返事がないから、無断でずっとはいって、しょうぎの上へ腰をおろした。にわとりはばたきをしてうすから飛び下りる。今度は畳の上へあがった。しょうじがしめてなければ奥までけぬける気かも知れない。雄が太い声でこけっこっこと云うと、雌が細い声でけけっこっこと云う。まるで余を狐かいぬのように考えているらしい。床几の上にはいっしょうますほどなたばこぼんが閑静に控えて、中にはとぐろをいた線香が、日の移るのを知らぬ顔で、すこぶるゆうちょういぶっている。雨はしだいに収まる。

 しばらくすると、奥の方から足音がして、すすけた障子がさらりとく。なかから一人の婆さんが出る。

 どうせ誰か出るだろうとは思っていた。へついに火は燃えている。菓子箱の上に銭が散らばっている。線香はのんきに燻っている。どうせ出るにはきまっている。しかし自分のみせけ放しても苦にならないと見えるところが、少し都とは違っている。返事がないのに床几に腰をかけて、いつまでも待ってるのも少し二十世紀とは受け取れない。ここらが非人情で面白い。その上出て来た婆さんの顔が気に入った。

 二三年前ほうしょうの舞台でたかさごを見た事がある。その時これはうつくしいかつじんがだと思った。ほうきかついだ爺さんがはしがかりを五六歩来て、そろりとうしろむきになって、婆さんと向い合う。その向い合うた姿勢が今でも眼につく。余の席からは婆さんの顔がほとんどむきに見えたから、ああうつくしいと思った時に、その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。茶店の婆さんの顔はこの写真に血を通わしたほど似ている。

「御婆さん、ここをちょっと借りたよ」

「はい、これは、いっこう存じませんで」

「だいぶ降ったね」

「あいにくな御天気で、さぞ御困りで御座んしょ。おおおおだいぶおれなさった。今火をいてかわかして上げましょ」

「そこをもう少ししつけてくれれば、あたりながら乾かすよ。どうも少し休んだら寒くなった」

「へえ、ただいま焚いて上げます。まあ御茶を一つ」

と立ち上がりながら、しっしっとふたこえにわとりを追いげる。こここことけ出した夫婦は、こげちゃいろの畳から、駄菓子箱の中を踏みつけて、往来へ飛び出す。雄の方が逃げるとき駄菓子の上へふんれた。

「まあ一つ」と婆さんはいつのにかり抜き盆の上に茶碗をのせて出す。茶の色の黒くげている底に、ひとふでがきの梅の花が三輪むぞうさに焼き付けられている。

「御菓子を」と今度は鶏の踏みつけたごまねじとみじんぼうを持ってくる。ふんはどこぞに着いておらぬかとながめて見たが、それは箱のなかに取り残されていた。

 婆さんはそでなしの上から、たすきをかけて、へっついの前へうずくまる。余はふところから写生帖を取り出して、婆さんの横顔を写しながら、話しをしかける。

「閑静でいいね」

「へえ、御覧の通りのやまざとで」

うぐいすは鳴くかね」

「ええ毎日のように鳴きます。ここらは夏も鳴きます」

「聞きたいな。ちっとも聞えないとなお聞きたい」

「あいにくきょうは――さっきの雨でどこぞへ逃げました」

 折りから、竈のうちが、ぱちぱちと鳴って、赤い火がさっと風を起して一尺あまり吹き出す。

「さあ、あたり。さぞ御寒かろ」と云う。のきばを見ると青い煙りが、突き当ってくずれながらに、かすかなあとをまだいたびさしにからんでいる。

「ああ、い心持ちだ、おかげで生き返った」

「いい具合に雨も晴れました。そらてんぐいわが見え出しました」

 しゅんじゅんとして曇り勝ちなる春の空を、もどかしとばかりに吹き払う山嵐の、思い切りよく通り抜けたぜんざんいっかくは、未練もなく晴れ尽して、ろううの指さすかたさんがんと、あらけずりの柱のごとくそびえるのが天狗岩だそうだ。

 余はまず天狗巌をながめて、次に婆さんを眺めて、三度目にははんはんに両方をみくらべた。画家として余が頭のなかに存在する婆さんの顔はたかさごばばと、ろせつのかいたやまうばのみである。蘆雪の図を見たとき、理想の婆さんはものすごいものだと感じた。もみじのなかか、寒い月の下に置くべきものと考えた。ほうしょうべつかいのうを観るに及んで、なるほど老女にもこんな優しい表情があり得るものかと驚ろいた。あのめんは定めて名人の刻んだものだろう。惜しい事に作者の名は聞き落したが、老人もこうあらわせば、豊かに、おだやかに、あたたかに見える。きんびょうにも、はるかぜにも、あるは桜にもあしらってつかえない道具である。余は天狗岩よりは、腰をのして、手をかざして、遠く向うをゆびさしている、袖無し姿の婆さんを、春のやまじの景物としてかっこうなものだと考えた。余が写生帖を取り上げて、今しばらくというとたんに、婆さんの姿勢は崩れた。

 てもちぶさたに写生帖を、火にあててかわかしながら、

「御婆さん、丈夫そうだね」とたずねた。

「はい。ありがたい事に達者で――針も持ちます、もうみます、おだんごきます」

 この御婆さんにいしうすかして見たくなった。しかしそんな注文も出来ぬから、

「ここからなこいまでは一里らずだったね」と別な事を聞いて見る。

「はい、二十八丁と申します。だんなとうじおこしで……」

「込み合わなければ、少しとうりゅうしようかと思うが、まあ気が向けばさ」

「いえ、戦争が始まりましてから、とんと参るものは御座いません。まるで締め切り同様で御座います」

「妙な事だね。それじゃめてくれないかも知れんね」

「いえ、御頼みになればいつでもめます」

「宿屋はたった一軒だったね」

「へえ、しほださんと御聞きになればすぐわかります。村のものもちで、湯治場だか、隠居所だかわかりません」

「じゃ御客がなくても平気な訳だ」

「旦那は始めてで」

「いや、久しい以前ちょっと行った事がある」

 会話はちょっととぎれる。帳面をあけてさっきの鶏を静かに写生していると、落ちついた耳の底へじゃらんじゃらんと云う馬の鈴がきこえ出した。この声がおのずと、ひょうしをとって頭の中に一種の調子が出来る。眠りながら、夢に隣りの臼の音に誘われるような心持ちである。余は鶏の写生をやめて、同じページのはじに、

春風やいねんが耳に馬の鈴

と書いて見た。山を登ってから、馬には五六匹逢った。逢った五六匹は皆腹掛をかけて、鈴を鳴らしている。今の世の馬とは思われない。

 やがてのどかまごうたが、春にけたくうざんいちろの夢を破る。憐れの底に気楽な響がこもって、どう考えてもにかいた声だ。

まごうたすずか越ゆるや春の雨

と、今度ははすに書きつけたが、書いて見て、これは自分の句でないと気がついた。

「また誰ぞ来ました」と婆さんがなかひとごとのように云う。

 ただひとすじの春の路だから、行くも帰るも皆近づきと見える。最前うた五六匹のじゃらんじゃらんもことごとくこの婆さんの腹の中でまた誰ぞ来たと思われては山をくだり、思われては山を登ったのだろう。路じゃくまくここんの春をつらぬいて、花をいとえば足を着くるに地なきこむらに、婆さんはいくねんの昔からじゃらん、じゃらんを数え尽くして、こんにちはくとうに至ったのだろう。

まご唄やしらがも染めで暮るる春

と次のページへしたためたが、これでは自分の感じを云いおおせない、もう少しくふうのありそうなものだと、鉛筆の先を見詰めながら考えた。何でも白髪という字を入れて、幾代の節と云う句を入れて、馬子唄という題も入れて、春のも加えて、それを十七字にまとめたいと工夫しているうちに、

「はい、今日は」と実物の馬子が店先にとまって大きな声をかける。

「おや源さんか。また城下へ行くかい」

「何か買物があるなら頼まれて上げよ」

「そうさ、かじちょうを通ったら、娘にれいがんじおふだを一枚もらってきておくれなさい」

「はい、貰ってきよ。一枚か。――おあきさんはい所へ片づいて仕合せだ。な、おばさん」

「ありがたい事にこんにちには困りません。まあ仕合せと云うのだろか」

「仕合せとも、御前。あのなこいの嬢さまと比べて御覧」

「本当に御気の毒な。あんな器量を持って。近頃はちっとは具合がいいかい」

「なあに、相変らずさ」

「困るなあ」と婆さんが大きな息をつく。

「困るよう」と源さんが馬の鼻をでる。

 えだしげき山桜の葉も花も、深い空から落ちたままなる雨のかたまりを、しっぽりと宿していたが、この時わたる風に足をすくわれて、いたたまれずに、りのすまいを、さらさらところげ落ちる。馬は驚ろいて、長いたてがみうえしたに振る。

「コーラッ」としかりつける源さんの声が、じゃらん、じゃらんと共に余のめいそうを破る。

 御婆さんが云う。「源さん、わたしゃ、お嫁入りのときの姿が、まだめさきに散らついている。すそもようふりそでに、たかしまだで、馬に乗って……」

「そうさ、船ではなかった。馬であった。やはりここで休んで行ったな、おばさん」

「あい、その桜の下で嬢様の馬がとまったとき、桜の花がほろほろと落ちて、せっかくの島田にが出来ました」

 余はまた写生帖をあける。この景色はにもなる、詩にもなる。心のうちに花嫁の姿を浮べて、当時の様を想像して見てしたり顔に、

花の頃を越えてかしこし馬に嫁

と書きつける。不思議な事にはいしょうも髪も馬も桜もはっきりと目に映じたが、花嫁の顔だけは、どうしても思いつけなかった。しばらくあの顔か、この顔か、と思案しているうちに、ミレーのかいた、オフェリヤのおもかげこつぜんと出て来て、高島田の下へすぽりとはまった。これは駄目だと、せっかくの図面をさっそく取りくずす。衣装も髪も馬も桜も一瞬間に心の道具立からきれいに立ちいたが、オフェリヤの合掌して水の上を流れて行く姿だけは、もうろうと胸の底に残って、しゅろぼうきで煙を払うように、さっぱりしなかった。空に尾をすいせいの何となく妙な気になる。

「それじゃ、まあ御免」と源さんがあいさつする。

「帰りにまたおより。あいにくの降りでななまがりは難義だろ」

「はい、少し骨が折れよ」と源さんはあるき出す。源さんの馬も歩行出す。じゃらんじゃらん。

「あれはなこいの男かい」

「はい、那古井の源兵衛で御座んす」

「あの男がどこぞの嫁さんを馬へ乗せて、とうげを越したのかい」

「志保田の嬢様が城下へおこしいれのときに、嬢様をあおに乗せて、源兵衛がはづないて通りました。――月日の立つのは早いもので、もう今年で五年になります」

 鏡にむかうときのみ、わが頭の白きをかこつものは幸の部に属する人である。指を折って始めて、五年の流光に、転輪のおもむきを解し得たる婆さんは、人間としてはむしろせんに近づける方だろう。余はこう答えた。

「さぞ美くしかったろう。見にくればよかった」

「ハハハ今でも御覧になれます。とうじばへ御越しなされば、きっと出て御挨拶をなされましょう」

「はあ、今では里にいるのかい。やはりすそもようふりそでを着て、高島田にっていればいいが」

「たのんで御覧なされ。着て見せましょ」

 余はまさかと思ったが、婆さんの様子は存外まじめである。非人情の旅にはこんなのが出なくては面白くない。婆さんが云う。

「嬢様とながらおとめとはよく似ております」

「顔がかい」

「いいえ。身の成り行きがで御座んす」

「へえ、その長良の乙女と云うのは何者かい」

むかしこの村に長良の乙女と云う、美くしいちょうじゃの娘が御座りましたそうな」

「へえ」

「ところがその娘に二人の男が一度にけそうして、あなた」

「なるほど」

「ささだ男になびこうか、ささべ男に靡こうかと、娘はあけくれ思いわずらったが、どちらへも靡きかねて、とうとう

あきづけばをばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも

と云う歌をんで、ふちかわへ身を投げててました」

 余はこんな山里へ来て、こんな婆さんから、こんなこがな言葉で、こんな古雅な話をきこうとは思いがけなかった。

「これから五丁東へくだると、みちばたごりんのとうが御座んす。ついでにながらおとめの墓を見て御行きなされ」

 余は心のうちに是非見て行こうと決心した。婆さんは、そのあとを語りつづける。

「那古井の嬢様にも二人の男がたたりました。一人は嬢様が京都へ修行に出ておいでの頃おあいなさったので、一人はここの城下で随一の物持ちで御座んす」

「はあ、御嬢さんはどっちへ靡いたかい」

「御自身は是非京都の方へと御望みなさったのを、そこには色々なわけもありましたろが、親ご様が無理にこちらへ取りきめて……」

「めでたく、ふちかわへ身を投げんでも済んだ訳だね」

「ところが――さきでも器量望みでおもらいなさったのだから、随分大事にはなさったかも知れませぬが、もともといられて御出なさったのだから、どうもおりあいがわるくて、御親類でもだいぶ御心配の様子で御座んした。ところへ今度の戦争で、旦那様の勤めて御出の銀行がつぶれました。それから嬢様はまた那古井の方へ御帰りになります。世間では嬢様の事を不人情だとか、薄情だとか色々申します。もとはごくごくうちきの優しいかたが、この頃ではだいぶ気が荒くなって、何だか心配だと源兵衛が来るたびに申します。……」

 これからさきを聞くと、せっかくのしゅこうこわれる。ようやく仙人になりかけたところを、誰か来てはごろもを帰せ帰せとさいそくするような気がする。ななまがりの険をおかして、やっとのおもいで、ここまで来たものを、そうむやみに俗界に引きずりおろされては、ひょうぜんと家を出たかいがない。世間話しもある程度以上に立ち入ると、浮世のにおいがけあなからしみこんで、あかからだが重くなる。

「御婆さん、那古井へは一筋道だね」と十銭銀貨を一枚しょうぎの上へかちりと投げ出して立ち上がる。

ながらの五輪塔から右へおくだりなさると、六丁ほどの近道になります。みちはわるいが、御若い方にはそのほうがよろしかろ。――これは多分に御茶代を――気をつけて御越しなされ」



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 ゆうべは妙な気持ちがした。

 宿へ着いたのは夜の八時頃であったから、家のぐあい庭の作り方は無論、東西の区別さえわからなかった。何だか廻廊のような所をしきりに引き廻されて、しまいに六畳ほどの小さな座敷へ入れられた。むかし来た時とはまるで見当が違う。ばんさんを済まして、湯にって、へやへ帰って茶を飲んでいると、こおんなが来てとこべよかとう。

 不思議に思ったのは、宿へ着いた時の取次も、ばんめしの給仕も、ゆつぼへの案内も、床を敷く面倒も、ことごとくこの小女一人で弁じている。それで口はめったにきかぬ。と云うて、いなかじみてもおらぬ。赤い帯をいろけなく結んで、古風なしそくをつけて、廊下のような、はしごだんのような所をぐるぐる廻わらされた時、同じ帯の同じ紙燭で、同じ廊下とも階段ともつかぬ所を、何度もりて、湯壺へ連れて行かれた時は、すでに自分ながら、カンヴァスの中を往来しているような気がした。

 給仕の時には、近頃は客がないので、ほかの座敷は掃除がしてないから、ふだん使っている部屋で我慢してくれと云った。床を延べる時にはゆるりと御休みと人間らしい、言葉を述べて、出て行ったが、その足音が、例の曲りくねった廊下を、次第に下の方へとおざかった時に、あとがひっそりとして、人のがしないのが気になった。

 生れてから、こんな経験はただ一度しかない。昔しぼうしゅうたてやまから向うへ突き抜けて、かずさからちょうしまで浜伝いにあるいた事がある。その時ある晩、ある所へとまった。ある所と云うよりほかに言いようがない。今では土地の名も宿の名も、まるで忘れてしまった。第一宿屋へとまったのかが問題である。むねの高い大きな家に女がたった二人いた。余がとめるかと聞いたとき、年を取った方がはいと云って、若い方がこちらへと案内をするから、ついて行くと、荒れ果てた、広いをいくつも通り越して一番奥の、ちゅうにかいへ案内をした。三段登って廊下から部屋へはいろうとすると、いたびさしの下にかたむきかけていたひとむらしゅうちくが、そよりと夕風を受けて、余の肩から頭をでたので、すでにひやりとした。えんいたはすでにちかかっている。来年はたけのこが椽を突き抜いて座敷のなかは竹だらけになろうと云ったら、若い女が何にも云わずににやにやと笑って、出て行った。

 その晩は例の竹が、枕元でばさついて、寝られない。しょうじをあけたら、庭は一面の草原で、夏の夜のつきあきらかなるに、眼をしらせると、垣もへいもあらばこそ、まともに大きな草山に続いている。草山の向うはすぐおおうなばらでどどんどどんと大きななみが人の世をおどかしに来る。余はとうとう夜の明けるまで一睡もせずに、怪し気なかやのうちにしんぼうしながら、まるでくさぞうしにでもありそうな事だと考えた。

 その旅もいろいろしたが、こんな気持になった事は、今夜この那古井へ宿るまではかつて無かった。

 あおむけに寝ながら、偶然目をけて見るとらんまに、しゅぬりのふちをとったがくがかかっている。もじは寝ながらもちくえいかいをはらってちりうごかずと明らかに読まれる。だいてつというらっかんもたしかに見える。余は書においてはかいむかんしきのない男だが、平生から、おうばくこうせんおしょうひっちを愛している。いんげんそくひもくあんもそれぞれに面白味はあるが、こうせんの字が一番そうけいでしかもがじゅんである。今この七字を見ると、筆のあたりから手の運び具合、どうしても高泉としか思われない。しかしげんに大徹とあるからには別人だろう。ことによると黄檗に大徹という坊主がいたかも知れぬ。それにしては紙の色が非常に新しい。どうしても昨今のものとしか受け取れない。

 横を向く。とこにかかっているじゃくちゅうの鶴の図が目につく。これはしょうばいがらだけに、部屋にはいった時、すでにいっぴんと認めた。若冲の図は大抵せいちな彩色ものが多いが、この鶴は世間にきがねなしのひとふでがきで、一本足ですらりと立った上に、たまごなりの胴がふわっとのっかっている様子は、はなはだわがいを得て、ひょういつおもむきは、長いはしのさきまでこもっている。床の隣りは違い棚を略して、普通の戸棚につづく。戸棚の中には何があるか分らない。

 すやすやと寝入る。夢に。

 ながらおとめが振袖を着て、あおに乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と、ささべ男が飛び出して両方から引っ張る。女が急にオフェリヤになって、柳の枝へのぼって、河の中を流れながら、うつくしい声で歌をうたう。救ってやろうと思って、長いさおを持って、むこうじまおっかけて行く。女は苦しい様子もなく、笑いながら、うたいながら、ゆくえも知らず流れを下る。余は竿をかついで、おおいおおいと呼ぶ。

 そこで眼がめた。わきの下から汗が出ている。妙にがぞくこんこうな夢を見たものだと思った。昔しそうだいえぜんじと云う人は、悟道ののち、何事も意のごとくに出来ん事はないが、ただ夢の中では俗念が出て困ると、長い間これを苦にされたそうだが、なるほどもっともだ。文芸をせいめいにするものは今少しうつくしい夢を見なければはばかない。こんな夢では大部分画にも詩にもならんと思いながら、寝返りを打つと、いつの間にかしょうじに月がさして、木の枝が二三本ななめに影をひたしている。えるほどの春のだ。

 気のせいか、誰か小声で歌をうたってるような気がする。夢のなかの歌が、この世へ抜け出したのか、あるいはこの世の声が遠き夢の国へ、うつつながらにまぎれ込んだのかと耳をそばだてる。たしかに誰かうたっている。細くかつ低い声には相違ないが、眠らんとする春のいちるの脈をかすかにたせつつある。不思議な事に、その調子はとにかく、文句をきくと――枕元でやってるのでないから、文句のわかりようはない。――その聞えぬはずのものが、よく聞える。あきづけば、をばなが上に、おく露の、けぬべくもわは、おもほゆるかもとながらおとめの歌を、繰り返し繰り返すように思われる。

 初めのうちはえんに近く聞えた声が、しだいしだいに細くとおのいて行く。突然とやむものには、突然の感はあるが、あわれはうすい。ふっつりと思い切ったる声をきく人の心には、やはりふっつりと思い切ったる感じが起る。これと云う句切りもなくじねんほそりて、いつの間にか消えるべき現象には、われもまたびょうを縮め、ふんいて、心細さの細さが細る。死なんとしては、死なんとするびょうふのごとく、消えんとしては、消えんとするとうかのごとく、今やむか、やむかとのみ心を乱すこの歌の奥には、天下の春のうらみをことごとくあつめたる調べがある。

 今まではとこの中に我慢して聞いていたが、聞く声の遠ざかるに連れて、わが耳は、釣り出さるると知りつつも、その声を追いかけたくなる。細くなればなるほど、耳だけになっても、あとをしたって飛んで行きたい気がする。もうどうあせってもこまくこたえはあるまいと思ういっせつなの前、余はたまらなくなって、われ知らずふとんをすり抜けると共にさらりとしょうじけた。とたんに自分のひざから下がななめに月の光りを浴びる。ねまきの上にも木の影が揺れながら落ちた。

 障子をあけた時にはそんな事には気がつかなかった。あの声はと、耳の走る見当を見破ると――向うにいた。花ならばかいどうかと思わるる幹をに、よそよそしくも月の光りを忍んでもうろうたるかげぼうしがいた。あれかと思う意識さえ、しかとは心にうつらぬ間に、黒いものは花の影を踏みくだいて右へ切れた。わがいる部屋つづきのむねかどが、すらりと動く、せいの高い女姿を、すぐにさえぎってしまう。

 かりぎゆかた一枚で、障子へつらまったまま、しばらくぼうぜんとしていたが、やがて我に帰ると、山里の春はなかなか寒いものと悟った。ともかくもと抜け出でた布団の穴に、再びきさんして考え出した。くくまくらのしたから、たもとどけいを出して見ると、一時十分過ぎである。再び枕の下へ押し込んで考え出した。よもやばけものではあるまい。化物でなければ人間で、人間とすれば女だ。あるいはここの御嬢さんかも知れない。しかしでがえりの御嬢さんとしては夜なかに山つづきの庭へ出るのがちとふおんとうだ。何にしてもなかなか寝られない。枕の下にある時計までがちくちく口をきく。今まで懐中時計の音の気になった事はないが、今夜に限って、さあ考えろ、さあ考えろと催促するごとく、寝るな寝るなと忠告するごとく口をきく。しからん。

 こわいものもただ怖いものそのままの姿と見れば詩になる。すごい事も、おのれを離れて、ただ単独に凄いのだと思えばになる。失恋が芸術の題目となるのも全くその通りである。失恋の苦しみを忘れて、そのやさしいところやら、同情のやどるところやら、うれいのこもるところやら、一歩進めて云えば失恋の苦しみそのもののあふるるところやらを、単に客観的にがんぜんに思い浮べるから文学美術の材料になる。世には有りもせぬ失恋を製造して、みずからいてはんもんして、愉快をむさぼるものがある。じょうにんはこれを評してだと云う、気違だと云う。しかし自から不幸の輪廓をえがいてこのんでそのうちきがするのは、自からうゆうの山水をこくがしてこちゅうてんちに歓喜すると、その芸術的のりっきゃくちを得たる点において全く等しいと云わねばならぬ。この点において世上幾多の芸術家は(日常の人としてはいざ知らず)芸術家として常人よりも愚である、気違である。われわれはわらじたびをするあいだ、朝から晩まで苦しい、苦しいと不平を鳴らしつづけているが、人に向ってそうゆうを説く時分には、不平らしい様子は少しも見せぬ。面白かった事、愉快であった事は無論、昔の不平をさえ得意にちょうちょうして、したり顔である。これはあえてみずかあざむくの、人をいつわるのと云うりょうけんではない。旅行をする間は常人の心持ちで、曾遊を語るときはすでに詩人の態度にあるから、こんな矛盾が起る。して見ると四角な世界から常識と名のつく、いっかくまめつして、三角のうちに住むのを芸術家と呼んでもよかろう。

 このゆえてんねんにあれ、人事にあれ、しゅうぞくへきえきして近づきがたしとなすところにおいて、芸術家は無数のりんろうを見、むじょうほうろを知る。俗にこれをなづけてびかと云う。その実は美化でも何でもない。さんらんたるさいこうは、へいことして昔から現象世界に実在している。ただいちえい眼にってくうげらんついするが故に、ぞくるいきせつろうとしてちがたきが故に、えいじょくとくそうのわれにせまる事、せつなるが故に、ターナーが汽車を写すまでは汽車の美を解せず、おうきょが幽霊をえがくまでは幽霊の美を知らずに打ち過ぎるのである。

 余が今見た影法師も、ただそれきりの現象とすれば、れが見ても、だれに聞かしてもゆたかに詩趣を帯びている。――こそんの温泉、――しゅんしょうかえい、――げつぜんていしょう、――おぼろよの姿――どれもこれも芸術家のこうだいもくである。この好題目ががんぜんにありながら、余はらざるせんぎだてをして、余計なぐりを投げ込んでいる。せっかくの雅境にりくつの筋が立って、願ってもない風流を、気味のるさが踏みつけにしてしまった。こんな事なら、非人情もひょうぼうする価値がない。もう少し修行をしなければ詩人とも画家とも人に向ってふいちょうする資格はつかぬ。昔しイタリアの画家サルヴァトル・ロザは泥棒が研究して見たい一心から、おのれの危険をかけにして、山賊のむれはいり込んだと聞いた事がある。ひょうぜんと画帖をふところにして家をでたからには、余にもそのくらいの覚悟がなくては恥ずかしい事だ。

 こんな時にどうすれば詩的なりっきゃくちに帰れるかと云えば、おのれの感じ、そのものを、おのが前にえつけて、その感じから一歩しりぞいてありていに落ちついて、他人らしくこれを検査する余地さえ作ればいいのである。詩人とは自分のしがいを、自分で解剖して、その病状を天下に発表する義務を有している。その方便は色々あるが一番てぢかなのはなんでもでも手当り次第十七字にまとめて見るのが一番いい。十七字は詩形としてもっとも軽便であるから、顔を洗う時にも、かわやのぼった時にも、電車に乗った時にも、容易に出来る。十七字が容易に出来ると云う意味はあんちょくに詩人になれると云う意味であって、詩人になると云うのは一種のさとりであるから軽便だと云ってぶべつする必要はない。軽便であればあるほどくどくになるからかえって尊重すべきものと思う。まあちょっと腹が立つと仮定する。腹が立ったところをすぐ十七字にする。十七字にするときは自分の腹立ちがすでに他人に変じている。腹を立ったり、俳句を作ったり、そうひとりが同時に働けるものではない。ちょっと涙をこぼす。この涙を十七字にする。するやいなやうれしくなる。涙を十七字にまとめた時には、苦しみの涙は自分からゆうりして、おれは泣く事の出来る男だと云ううれしさだけの自分になる。

 これがへいぜいから余の主張である。今夜も一つこの主張を実行して見ようと、夜具の中で例の事件を色々と句に仕立てる。出来たら書きつけないとさんまんになっていかぬと、念入りの修業だから、例の写生帖をあけて枕元へ置く。

かいだうの露をふるふやものぐるひ」とまっさきに書き付けて読んで見ると、別に面白くもないが、さりとて気味のわるい事もない。次に「花の影、女の影のおぼろかな」とやったが、これは季がかさなっている。しかし何でも構わない、気が落ちついてのんきになればいい。それから「しやういちゐ、女にけておぼろづき」と作ったが、狂句めいて、自分ながらおかしくなった。

 この調子なら大丈夫とのりきになって出るだけの句をみなかき付ける。

春の星を落してよはのかざしかな

春の夜の雲に濡らすや洗ひ髪

春やこよひ歌つかまつる御姿

かいだうの精が出てくる月夜かな

うた折々月下の春ををちこちす

思ひ切つて更け行く春の独りかな

などと、試みているうち、いつしか、うとうと眠くなる。

 こうこつと云うのが、こんな場合に用いるべき形容詞かと思う。熟睡のうちにはなんびとも我を認め得ぬ。めいかくの際にはたれあってがいかいを忘るるものはなかろう。ただ両域の間にのごとき幻境がよこたわる。めたりと云うには余りおぼろにて、眠ると評せんには少しくせいきあます。きがの二界をどうへいりに盛りて、しいかさいかんをもって、ひたすらにぜたるがごとき状態を云うのである。自然の色を夢のてまえまでぼかして、ありのままの宇宙を一段、かすみの国へ押し流す。睡魔のようわんをかりて、ありとある実相の角度をなめらかにすると共に、かくやわらげられたるけんこんに、われからとかすかににぶき脈を通わせる。地をう煙の飛ばんとして飛び得ざるごとく、わがたましいの、わがからを離れんとして離るるに忍びざるていである。抜けでんとしてためらい、逡巡いては抜け出でんとし、ては魂と云う個体を、もぎどうにたもちかねて、いんうんたるめいふんが散るともなしに四肢五体にてんめんして、いいたりれんれんたる心持ちである。

 余がごびさかいにかくしょうようしていると、入口のからかみがすうといた。あいた所へまぼろしのごとく女の影がふうと現われた。余は驚きもせぬ。恐れもせぬ。ただここちよくながめている。眺めると云うてはちと言葉が強過ぎる。余がじているまぶたうちまぼろしの女がことわりもなくすべり込んで来たのである。まぼろしはそろりそろりと部屋のなかにはいる。せんにょの波をわたるがごとく、畳の上には人らしい音も立たぬ。閉ずるまなこのなかから見る世の中だからしかとは解らぬが、色の白い、髪の濃い、えりあしの長い女である。近頃はやる、ぼかした写真をほかげにすかすような気がする。

 まぼろしはとだなの前でとまる。戸棚があく。白い腕がそでをすべってくらやみのなかにほのめいた。戸棚がまたしまる。畳の波がおのずから幻影を渡し返す。入口の唐紙がひとりでにたる。余が眠りはしだいにこまやかになる。人に死して、まだ牛にも馬にも生れ変らない途中はこんなであろう。

 いつまで人と馬のあいなかに寝ていたかわれは知らぬ。耳元にききっと女の笑い声がしたと思ったら眼がさめた。見れば夜の幕はとくに切り落されて、天下はすみから隅まで明るい。うららかなはるびが丸窓のたけごうしを黒く染め抜いた様子を見ると、世の中に不思議と云うもののひそむ余地はなさそうだ。神秘はじゅうまんおくどへ帰って、さんずかわむこうがわへ渡ったのだろう。

 ゆかたのまま、ふろばへ下りて、五分ばかり偶然とゆつぼのなかで顔を浮かしていた。洗う気にも、出る気にもならない。第一ゆうべはどうしてあんな心持ちになったのだろう。昼と夜をさかいにこう天地が、でんぐり返るのは妙だ。

 からだくさえたいぎだから、いい加減にして、れたままあがって、風呂場の戸を内からけると、また驚かされた。

「御早う。ゆうべはよく寝られましたか」

 戸を開けるのと、この言葉とはほとんど同時にきた。人のいるさえ予期しておらぬであいがしらあいさつだから、さそくの返事も出るいとまさえないうちに、

「さ、おめしなさい」

うしろへ廻って、ふわりと余のせなかへ柔かい着物をかけた。ようやくの事「これはありがとう……」だけ出して、向き直る、とたんに女は二三歩しりぞいた。

 昔から小説家は必ず主人公のようぼうを極力描写することに相場がきまってる。古今東西の言語で、かじんひんぴょうに使用せられたるものを列挙したならば、だいぞうきょうとその量を争うかも知れぬ。このへきえきすべき多量の形容詞中から、余と三歩のへだたりに立つ、たいななめにねじって、しりめに余がきょうがくろうばいここちよげにながめている女を、もっとも適当にじょすべき用語を拾い来ったなら、どれほどの数になるか知れない。しかし生れて三十余年のこんにちに至るまでいまだかつて、かかる表情を見た事がない。美術家の評によると、ギリシャの彫刻の理想は、たんしゅくの二字にするそうである。端粛とは人間の活力の動かんとして、未だ動かざる姿と思う。動けばどう変化するか、ふううんらいていか、見わけのつかぬところによいんひょうびょうと存するからがんちくおもむきひゃくせいのちに伝うるのであろう。世上幾多の尊厳と威儀とはこのたんぜんたる可能力の裏面に伏在している。動けばあらわれる。あらわるれば一か二か三か必ず始末がつく。一も二も三も必ず特殊の能力には相違なかろうが、すでに一となり、二となり、三となったあかつきには、たでいたいすいろういかんなく示して、ほんらいえんまんそうに戻る訳には行かぬ。このゆえどうと名のつくものは必ず卑しい。うんけいにおうも、ほくさいまんがも全くこの動の一字で失敗している。動か静か。これがわれらがこうの運命を支配する大問題である。古来美人の形容も大抵この二大はんちゅうのいずれにか打ち込む事が出来べきはずだ。

 ところがこの女の表情を見ると、余はいずれとも判断に迷った。口は一文字を結んでしずかである。眼はごぶのすきさえ見出すべく動いている。顔はしもぶくれうりざねがたで、豊かに落ちつきを見せているに引きえて、ひたいせまくるしくも、こせついて、いわゆるふじびたいぞくしゅうを帯びている。のみならずまゆは両方からせまって、中間に数滴のはっかを点じたるごとく、ぴくぴくじれている。鼻ばかりは軽薄に鋭どくもない、遅鈍に丸くもない。にしたら美しかろう。かように別れ別れの道具が皆ひとくせあって、乱調にどやどやと余の双眼に飛び込んだのだから迷うのも無理はない。

 元来はせいであるべきだいちの一角にかんけつが起って、全体が思わず動いたが、動くは本来の性にそむくと悟って、つとめてむかしの姿にもどろうとしたのを、へいこうを失った機勢に制せられて、心ならずも動きつづけたこんにちは、やけだから無理でも動いて見せると云わぬばかりの有様が――そんな有様がもしあるとすればちょうどこの女を形容する事が出来る。

 それだからけいぶうらに、何となく人にすがりたい景色が見える。人を馬鹿にした様子の底につつしみ深いふんべつがほのめいている。才に任せ、気をえば百人の男子を物の数とも思わぬいきおいの下からおとなしいなさけが吾知らずいて出る。どうしても表情に一致がない。さとりとまよいが一軒のうちけんかをしながらも同居しているていだ。この女の顔に統一の感じのないのは、心に統一のない証拠で、心に統一がないのは、この女の世界に統一がなかったのだろう。不幸にしつけられながら、その不幸に打ち勝とうとしている顔だ。ふしあわせな女に違ない。

「ありがとう」と繰り返しながら、ちょっとえしゃくした。

「ほほほほ御部屋はそうじがしてあります。って御覧なさい。いずれのちほど」

と云うやいなや、ひらりと、腰をひねって、廊下をかろげけて行った。頭はいちょうがえしっている。白いえりがたぼの下から見える。帯のくろじゅすかたかわだけだろう。



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 ぽかんと部屋へ帰ると、なるほどきれいに掃除がしてある。ちょっと気がかりだから、念のため戸棚をあけて見る。下には小さなようだんすが見える。上からゆうぜんしごきが半分れかかって、いるのは、誰か衣類でも取り出して急いで、出て行ったものと解釈が出来る。扱帯の上部はなまめかしいいしょうの間にかくれて先は見えない。片側には書物が少々詰めてある。一番上にはくいんおしょうおらてがまと、いせものがたりの一巻が並んでる。ゆうべのうつつは事実かも知れないと思った。

 なにげなくざぶとんの上へ坐ると、からきの机の上に例の写生帖が、鉛筆をはさんだまま、大事そうにあけてある。夢中に書き流した句を、朝見たらどんな具合だろうと手に取る。

かいだうの露をふるふやものぐるひ」の下にだれだか「海棠の露をふるふやあさがらす」とかいたものがある。鉛筆だから、書体はしかとわからんが、女にしてはかたすぎる、男にしてはやわらか過ぎる。おやとまたびっくりする。次を見ると「花の影、女の影のおぼろかな」の下に「花の影女の影をかさねけり」とつけてある。「しやういちゐ女に化けておぼろづき」の下には「おんざうし女に化けて朧月」とある。まねをしたつもりか、てんさくした気か、風流のまじわりか、馬鹿か、馬鹿にしたのか、余は思わず首をかたむけた。

 のちほどと云ったから、今にめしの時にでも出て来るかも知れない。出て来たら様子が少しは解るだろう。ときに何時だなと時計を見ると、もう十一時過ぎである。よく寝たものだ。これではひるめしだけで間に合せる方が胃のためによかろう。

 右側のしょうじをあけて、ゆうべなごりはどのへんかなと眺める。かいどうと鑑定したのははたして、海棠であるが、思ったよりも庭は狭い。五六枚のとびいしを一面のあおごけが埋めて、すあしで踏みつけたら、さも心持ちがよさそうだ。左は山つづきのがけに赤松がななめに岩の間から庭の上へさし出している。海棠のうしろにはちょっとした茂みがあって、奥はおおたけやぶが十丈のみどりを春の日にさらしている。右手はむねさえぎられて、見えぬけれども、地勢から察すると、だらだらりに風呂場の方へ落ちているに相違ない。

 山が尽きて、岡となり、岡が尽きて、幅三丁ほどのへいちとなり、その平地が尽きて、海の底へもぐり込んで、十七里向うへ行ってまたりゅうぜんと起き上って、周囲六里のまやじまとなる。これがなこいの地勢である。温泉場は岡のふもとを出来るだけがけへさしかけて、そばの景色を半分庭へ囲い込んだひとかまえであるから、前面は二階でも、後ろはひらやになる。えんから足をぶらさげれば、すぐとかかとこけに着く。道理こそ昨夕ははしごだんをむやみにのぼったり、くだったり、しかけうちと思ったはずだ。

 今度は左り側の窓をあける。自然とくぼむ二畳ばかりの岩のなかに春の水がいつともなく、たまって静かに山桜の影をひたしている。ふたかぶみかぶくまざさが岩の角をいろどる、向うにくことも見えるいけがきがあって、外は浜から、岡へ上るそばみちか時々人声が聞える。往来の向うはだらだらとみなみさがりにみかんを植えて、谷のきわまる所にまた大きな竹藪が、白く光る。竹の葉が遠くから見ると、白く光るとはこの時初めて知った。藪から上は、松の多い山で、赤い幹の間からせきとうが五六段手にとるように見える。おおかた御寺だろう。

 入口のふすまをあけてえんへ出ると、らんかんが四角に曲って、方角から云えば海の見ゆべきはずの所に、中庭をへだてて、表二階のひとまがある。わが住む部屋も、欄干にればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。ゆつぼの下にあるのだから、にゅうとうと云う点から云えば、余は三層楼上にきがする訳になる。

 家は随分広いが、向う二階の一間と、余が欄干に添うて、右へ折れた一間のほかは、いま台所は知らず、客間と名がつきそうなのはたいてい立て切ってある。客は、余をのぞくのほかほとんどかいむなのだろう。しめた部屋は昼もあまどをあけず、あけた以上は夜もてぬらしい。これでは表の戸締りさえ、するかしないか解らん。非人情の旅にはもって来いと云うくっきょうな場所だ。

 時計は十二時近くなったがめしを食わせる景色はさらにない。ようやく空腹を覚えて来たが、くうざんひとをみずと云う詩中にあると思うと、一とかたげぐらい倹約してもいかんはない。をかくのも面倒だ、俳句は作らんでもすでにはいざんまいに入っているから、作るだけやぼだ。読もうと思ってさんきゃくきくくりつけて来た二三冊の書籍もほどく気にならん。こうやって、くくたるしゅんじつせなかをあぶって、えんがわに花の影と共に寝ころんでいるのが、天下のしらくである。考えればげどうちる。動くと危ない。出来るならば鼻からいきもしたくない。畳から根の生えた植物のようにじっとして二週間ばかり暮して見たい。

 やがて、廊下に足音がして、段々下から誰かあがってくる。近づくのを聞いていると、二人らしい。それが部屋の前でとまったなと思ったら、一人はなんにも云わず、元の方へ引き返す。ふすまがあいたから、今朝の人と思ったら、やはりゆうべこじょろうである。何だか物足らぬ。

「遅くなりました」とぜんえる。あさめしの言訳も何にも言わぬ。やきざかなに青いものをあしらって、わんふたをとればさわらびの中に、紅白に染め抜かれた、えびを沈ませてある。ああ好い色だと思って、椀の中をながめていた。

おきらいか」と下女が聞く。

「いいや、今に食う」と云ったが実際食うのは惜しい気がした。ターナーがあるばんさんの席で、皿にるサラドを見詰めながら、涼しい色だ、これがわしの用いる色だとかたわらの人に話したと云う逸事をある書物で読んだ事があるが、この海老と蕨の色をちょっとターナーに見せてやりたい。いったい西洋の食物で色のいいものは一つもない。あればサラドと赤大根ぐらいなものだ。滋養の点から云ったらどうか知らんが、画家から見るとすこぶる発達せん料理である。そこへ行くと日本のこんだては、すいものでも、口取でも、さしみでもものぎれいに出来る。かいせきぜんを前へ置いて、ひとはしも着けずに、眺めたまま帰っても、目の保養から云えば、御茶屋へ上がったかいは充分ある。

「うちに若い女の人がいるだろう」と椀を置きながら、質問をかけた。

「へえ」

「ありゃ何だい」

「若い奥様でござんす」

「あのほかにまだ年寄の奥様がいるのかい」

「去年おなくなりました」

「旦那さんは」

「おります。旦那さんの娘さんでござんす」

「あの若い人がかい」

「へえ」

「御客はいるかい」

「おりません」

「わたし一人かい」

「へえ」

「若い奥さんは毎日何をしているかい」

「針仕事を……」

「それから」

しゃみきます」

 これは意外であった。面白いからまた

「それから」と聞いて見た。

「御寺へ行きます」とこじょろうが云う。

 これはまた意外である。御寺と三味線は妙だ。

「御寺まいりをするのかい」

「いいえ、おしょうさまの所へ行きます」

「和尚さんが三味線でも習うのかい」

「いいえ」

「じゃ何をしに行くのだい」

だいてつさまの所へ行きます」

 なあるほど、大徹と云うのはこの額を書いた男に相違ない。この句から察すると何でもぜんぼうずらしい。戸棚におらてがまがあったのは、全くあの女の所持品だろう。

「この部屋は普段誰かはいっている所かね」

「普段は奥様がおります」

「それじゃ、ゆうべ、わたしが来る時までここにいたのだね」

「へえ」

「それは御気の毒な事をした。それで大徹さんの所へ何をしに行くのだい」

「知りません」

「それから」

「何でござんす」

「それから、まだほかに何かするのだろう」

「それから、いろいろ……」

「いろいろって、どんな事を」

「知りません」

 会話はこれで切れる。飯はようやくおわる。膳を引くとき、小女郎が入口のふすまあけたら、中庭のうえこみをへだてて、向う二階のらんかんいちょうがえしがほおづえを突いて、開化したようりゅうかんのんのように下を見詰めていた。今朝に引きえて、はなはだ静かな姿である。うつむいて、瞳の働きが、こちらへ通わないから、そうごうにかほどな変化を来たしたものであろうか。昔の人は人に存するものぼうしより良きはなしと云ったそうだが、なるほど人いずくんぞかくさんや、人間のうちで眼ほど活きている道具はない。じゃくねんあじらんの下から、ちょうちょうが二羽寄りつ離れつ舞い上がる。とたんにわが部屋のふすまはあいたのである。襖の音に、女は卒然と蝶から眼を余のかたに転じた。視線は毒矢のごとくくうつらぬいて、えしゃくもなく余がみけんに落ちる。はっと思う間に、小女郎が、またはたと襖を立て切った。あとはしごくのんきな春となる。

 余はまたごろりと寝ころんだ。たちまち心に浮んだのは、

Sadder than is the moon's lost light,

   Lost ere the kindling of dawn,

   To travellers journeying on,

The shutting of thy fair face from my sight.

と云う句であった。もし余があのいちょうがえしにけそうして、身をくだいても逢わんと思う矢先に、今のようないちべつの別れを、たまぎるまでに、嬉しとも、くちおしとも感じたら、余は必ずこんな意味をこんな詩に作るだろう。その上に

Might I look on thee in death,

With bliss I would yield my breath.

と云う二句さえ、付け加えたかも知れぬ。幸い、普通ありふれた、恋とか愛とか云うきょうがいはすでに通り越して、そんな苦しみは感じたくても感じられない。しかし今のせつなに起った出来事の詩趣はゆたかにこの五六行にあらわれている。余と銀杏返しのあいだがらにこんなせつないおもいはないとしても、二人の今の関係を、この詩のうちあてはめて見るのは面白い。あるいはこの詩の意味をわれらの身の上に引きつけて解釈しても愉快だ。二人の間には、あるいんがの細い糸で、この詩にあらわれた境遇の一部分が、事実となって、くくりつけられている。因果もこのくらい糸が細いとにはならぬ。その上、ただの糸ではない。空を横切るにじの糸、のべたなびかすみの糸、つゆにかがやくくもの糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちはすぐれてうつくしい。万一この糸が見る間に太くなっていどなわのようにかたくなったら? そんな危険はない。余は画工である。先はただの女とは違う。

 突然襖があいた。ねがえりを打って入口を見ると、因果の相手のその銀杏返しが敷居の上に立ってせいじはちを盆に乗せたままたたずんでいる。

「また寝ていらっしゃるか、ゆうべは御迷惑で御座んしたろう。なんべんも御邪魔をして、ほほほほ」と笑う。おくしたけしきも、隠す景色も――恥ずる景色は無論ない。ただこちらがせんを越されたのみである。

「今朝はありがとう」とまた礼を云った。考えると、たんぜんの礼をこれで三べん云った。しかも、三返ながら、ただ難有うと云う三字である。

 女は余が起き返ろうとする枕元へ、早くも坐って

「まあ寝ていらっしゃい。寝ていても話は出来ましょう」と、さもきさくに云う。余は全くだと考えたから、ひとまずはらばいになって、両手であごささえ、しばし畳の上へひじつぼの柱を立てる。

「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」

「ありがとう」またありがとうが出た。菓子皿のなかを見ると、立派なようかんが並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹がすきだ。別段食いたくはないが、あのはだあいなめらかに、ちみつに、しかもはんとうめいに光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びたねりあげ方は、ぎょくろうせきの雑種のようで、はなはだ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出してでて見たくなる。西洋の菓子で、これほど快感を与えるものは一つもない。クリームの色はちょっとやわらかだが、少し重苦しい。ジェリは、いちもく宝石のように見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹ほどの重味がない。白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至っては、ごんごどうだんの沙汰である。

「うん、なかなかみごとだ」

「今しがた、源兵衛が買って帰りました。これならあなたに召し上がられるでしょう」

 源兵衛は昨夕じょうかとまったと見える。余は別段の返事もせず羊羹を見ていた。どこで誰れが買って来ても構う事はない。ただ美くしければ、美くしいと思うだけで充分満足である。

「この青磁の形は大変いい。色も美事だ。ほとんど羊羹に対してそんしょくがない」

 女はふふんと笑った。くちもとあなどりの波がかすかにれた。余の言葉をしゃれと解したのだろう。なるほど洒落とすれば、けいべつされるあたいはたしかにある。ちえの足りない男が無理に洒落れた時には、よくこんな事を云うものだ。

「これは支那ですか」

「何ですか」と相手はまるで青磁を眼中に置いていない。

「どうも支那らしい」と皿を上げて底をながめて見た。

「そんなものが、御好きなら、見せましょうか」

「ええ、見せて下さい」

「父がこっとうが大好きですから、だいぶいろいろなものがあります。父にそう云って、いつか御茶でも上げましょう」

 茶と聞いて少しへきえきした。世間にちゃじんほどもったいぶった風流人はない。広い詩界をわざとらしく窮屈になわばりをして、きわめて自尊的に、極めてことさらに、極めてせせこましく、必要もないのにきくきゅうじょとして、あぶくを飲んで結構がるものはいわゆる茶人である。あんなはんさな規則のうちに雅味があるなら、あざぶれんたいのなかは雅味で鼻がつかえるだろう。廻れ右、前への連中はことごとく大茶人でなくてはならぬ。あれは商人とか町人とか、まるで趣味の教育のない連中が、どうするのが風流か見当がつかぬところから、器械的にりきゅう以後の規則をうのみにして、これでおおかた風流なんだろう、とかえって真の風流人を馬鹿にするための芸である。

「御茶って、あの流儀のある茶ですかな」

「いいえ、流儀も何もありゃしません。おいやなら飲まなくってもいい御茶です」

「そんなら、ついでに飲んでもいいですよ」

「ほほほほ。父は道具を人に見ていただくのが大好きなんですから……」

めなくっちゃあ、いけませんか」

「年寄りだから、褒めてやれば、嬉しがりますよ」

「へえ、少しなら褒めて置きましょう」

「負けて、たくさん御褒めなさい」

「はははは、時にあなたの言葉はいなかじゃない」

「人間は田舎なんですか」

「人間は田舎の方がいいのです」

「それじゃはばきます」

「しかし東京にいた事がありましょう」

「ええ、いました、京都にもいました。渡りものですから、方々にいました」

「ここと都と、どっちがいいですか」

「同じ事ですわ」

「こう云う静かな所が、かえって気楽でしょう」

「気楽も、気楽でないも、世の中は気の持ちよう一つでどうでもなります。のみの国がいやになったって、の国へひっこしちゃ、なんにもなりません」

「蚤も蚊もいない国へ行ったら、いいでしょう」

「そんな国があるなら、ここへ出して御覧なさい。さあ出してちょうだい」と女はめ寄せる。

「御望みなら、出して上げましょう」と例の写生帖をとって、女が馬へ乗って、山桜を見ている心持ち――無論とっさの筆使いだから、にはならない。ただ心持ちだけをさらさらと書いて、

「さあ、この中へおはいりなさい。蚤も蚊もいません」と鼻のさきへ突きつけた。驚くか、恥ずかしがるか、この様子では、よもや、苦しがる事はなかろうと思って、ちょっとけしきうかがうと、

「まあ、きゅうくつな世界だこと、よこはばばかりじゃありませんか。そんな所が御好きなの、まるでかにね」と云ってけた。余は

「わはははは」と笑う。のきばに近く、きかけたうぐいすが、中途で声をくずして、遠きかたへ枝移りをやる。ふたりはわざと対話をやめて、しばらく耳をそばだてたが、いったん鳴きそこねたのどは容易にけぬ。

きのうは山で源兵衛におあいでしたろう」

「ええ」

ながらおとめごりんのとうを見ていらしったか」

「ええ」

「あきづけば、をばなが上に置く露の、けぬべくもわは、おもほゆるかも」と説明もなく、女はすらりと節もつけずに歌だけ述べた。何のためか知らぬ。

「その歌はね、茶店で聞きましたよ」

「婆さんが教えましたか。あれはもと私のうちへ奉公したもので、私がまだ嫁に……」と云いかけて、これはとの顔を見たから、余は知らぬふうをしていた。

「私がまだ若い時分でしたが、あれが来るたびに長良の話をして聞かせてやりました。うただけはなかなか覚えなかったのですが、何遍もくうちに、とうとう何もかもあんしょうしてしまいました」

「どうれで、むずかしい事を知ってると思った。――しかしあの歌はあわれな歌ですね」

「憐れでしょうか。私ならあんな歌はみませんね。第一、ふちかわへ身を投げるなんて、つまらないじゃありませんか」

「なるほどつまらないですね。あなたならどうしますか」

「どうするって、訳ないじゃありませんか。ささだ男もささべ男も、おとこめかけにするばかりですわ」

「両方ともですか」

「ええ」

「えらいな」

「えらかあない、当り前ですわ」

「なるほどそれじゃ蚊の国へも、蚤の国へも、飛び込まずに済む訳だ」

「蟹のような思いをしなくっても、生きていられるでしょう」

 ほーう、ほけきょうと忘れかけたうぐいすが、いついきおいを盛り返してか、時ならぬたかねを不意に張った。一度立て直すと、あとは自然に出ると見える。身をさかしまにして、ふくらむのどの底をふるわして、小さき口の張り裂くるばかりに、

 ほーう、ほけきょーう。ほーー、ほけっーきょうーと、つづけさまさえずる。

「あれが本当の歌です」と女が余に教えた。



編集

「失礼ですがだんなは、やっぱり東京ですか」

「東京と見えるかい」

「見えるかいって、ひとめ見りゃあ、――だいち言葉でわかりまさあ」

「東京はどこだか知れるかい」

「そうさね。東京は馬鹿に広いからね。――何でもしたまちじゃねえようだ。やまだね。山の手はこうじまちかね。え? それじゃ、こいしかわ? でなければうしごめよつやでしょう」

「まあそんな見当だろう。よく知ってるな」

「こうえて、わっちも江戸っ子だからね」

どうれいなせだと思ったよ」

「えへへへへ。からっきし、どうも、人間もこうなっちゃ、みじめですぜ」

「何でまたこんないなかへ流れ込んで来たのだい」

「ちげえねえ、旦那のおっしゃる通りだ。全く流れ込んだんだからね。すっかり食い詰めっちまって……」

「もとからかみゆいどこの親方かね」

「親方じゃねえ、職人さ。え? 所かね。所はかんだまつながちょうでさあ。なあに猫のひたい見たような小さな汚ねえ町でさあ。旦那なんか知らねえはずさ。あすこにりゅうかんばしてえ橋がありましょう。え? そいつも知らねえかね。竜閑橋ゃ、なだいな橋だがね」

「おい、もう少し、しゃぼんけてくれないか、痛くって、いけない」

「痛うがすかい。わっちかんしょうでね、どうも、こうやって、さかずりをかけて、一本一本ひげの穴を掘らなくっちゃ、気が済まねえんだから、――なあにいまどきの職人なあ、るんじゃねえ、でるんだ。もう少しだ我慢おしなせえ」

「我慢はさっきから、もうだいぶしたよ。御願だから、もう少し湯か石鹸をつけとくれ」

「我慢しきれねえかね。そんなに痛かあねえはずだが。ぜんてい、髭があんまり、延び過ぎてるんだ」

 やけに頬の肉をつまみ上げた手を、残念そうに放した親方は、たなの上から、うすぺらな赤い石鹸を取りろして、水のなかにちょっとひたしたと思ったら、それなり余の顔をまんべんなく一応撫で廻わした。裸石鹸を顔へ塗りつけられた事はあまりない。しかもそれをらした水は、いくにちまえんだ、溜め置きかと考えると、余りぞっとしない。

 すでにかみゆいどこである以上は、御客の権利として、余は鏡に向わなければならん。しかし余はさっきからこの権利を放棄したく考えている。鏡と云う道具はたいらに出来て、なだらかに人の顔を写さなくては義理が立たぬ。もしこの性質がそなわらない鏡をけて、これに向えといるならば、強いるものはへたな写真師と同じく、向うものの器量を故意に損害したと云わなければならぬ。虚栄心をくじくのは修養上一種の方便かも知れぬが、何もおのれの真価以下の顔を見せて、これがあなたですよと、こちらをぶじょくするには及ぶまい。今余がしんぼうして向き合うべく余儀なくされている鏡はたしかに最前から余を侮辱している。右を向くと顔中鼻になる。左を出すと口が耳元まで裂ける。あおむくとひきがえるを前から見たようにまったいらつぶされ、少しこごむとふくろくじゅもうしごのように頭がせり出してくる。いやしくもこの鏡に対するあいだは一人でいろいろなばけものけんきんしなくてはならぬ。写るわが顔の美術的ならぬはまず我慢するとしても、鏡の構造やら、色合や、銀紙のげ落ちて、光線が通り抜ける模様などを総合して考えると、この道具その物からが醜体をきわめている。しょうじんからばりされるとき、罵詈それ自身は別につうようを感ぜぬが、そのしょうじんの面前にきがしなければならぬとすれば、誰しも不愉快だろう。

 その上この親方がただの親方ではない。そとからのぞいたときは、あぐらをかいて、ながぎせるで、おもちゃのにちえいどうめい国旗の上へ、しきりにたばこを吹きつけて、さもたいくつげに見えたが、はいって、わが首の所置を托する段になって驚ろいた。ひげる間は首の所有権は全く親方の手にあるのか、はた幾分かは余の上にも存するのか、一人で疑がい出したくらい、ようしゃなく取り扱われる。余の首が肩の上にくぎづけにされているにしてもこれでは永く持たない。

 彼はかみそりふるうに当って、ごうも文明の法則を解しておらん。頬にあたる時はがりりと音がした。あげの所ではぞきりと動脈が鳴った。あごのあたりにりじんがひらめく時分にはごりごり、ごりごりとしもばしらを踏みつけるような怪しい声が出た。しかも本人は日本一の手腕を有する親方をもって自任している。

 最後に彼は酔っ払っている。旦那えと云うたんびに妙なにおいがする。時々はガスを余が鼻柱へ吹き掛ける。これではいつなんどき、髪剃がどう間違って、どこへ飛んで行くか解らない。使う当人にさえ判然たる計画がない以上は、顔を貸した余に推察のできようはずがない。得心ずくで任せた顔だから、少しのけがなら苦情は云わないつもりだが、急に気が変ってのどぶえでもき切られては事だ。

しゃぼんなんぞを、つけて、るなあ、腕がなまなんだが、旦那のは、髭が髭だから仕方があるめえ」と云いながら親方は裸石鹸を、裸のまま棚の上へほうり出すと、石鹸は親方の命令にそむいて地面の上へころがり落ちた。

「旦那あ、あんまり見受けねえようだが、何ですかい、近頃来なすったのかい」

にさんち前来たばかりさ」

「へえ、どこにいるんですい」

しほだとまってるよ」

「うん、あすこの御客さんですか。おおかたそんなこったろうと思ってた。実あ、わっしもあの隠居さんをたよって来たんですよ。――なにね、あの隠居が東京にいた時分、わっしが近所にいて、――それで知ってるのさ。いい人でさあ。ものの解ったね。去年ごしんぞが死んじまって、今じゃ道具ばかりひねくってるんだが――何でも素晴らしいものが、有るてえますよ。売ったらよっぽどなかねめだろうって話さ」

きれいな御嬢さんがいるじゃないか」

「あぶねえね」

「何が?」

「何がって。旦那のめえだが、あれででもどりですぜ」

「そうかい」

「そうかいどころのさわぎじゃねえんだね。全体なら出て来なくってもいいところをさ。――銀行がつぶれてぜいたくが出来ねえって、出ちまったんだから、義理がるいやね。隠居さんがああしているうちはいいが、もしもの事があった日にゃ、ほうがえしがつかねえわけになりまさあ」

「そうかな」

あためえでさあ。本家のあにきたあ、仲がわるしさ」

「本家があるのかい」

「本家は岡の上にありまさあ。遊びに行って御覧なさい。景色のいい所ですよ」

「おい、もう一遍しゃぼんをつけてくれないか。また痛くなって来た」

「よく痛くなるひげだね。髭がこわすぎるからだ。旦那の髭じゃ、三日に一度は是非そりを当てなくっちゃ駄目ですぜ。わっしの剃で痛けりゃ、どこへ行ったって、我慢出来っこねえ」

「これから、そうしよう。何なら毎日来てもいい」

「そんなに長くとうりゅうする気なんですか。あぶねえ。およしなせえ。益もねえった。ろくでもねえものに引っかかって、どんな目に逢うか解りませんぜ」

「どうして」

「旦那あの娘はめんはいいようだが、本当はじるしですぜ」

「なぜ」

「なぜって、旦那。村のものは、みんなきちげえだって云ってるんでさあ」

「そりゃ何かの間違だろう」

「だって、げんに証拠があるんだから、御よしなせえ。けんのんだ」

「おれは大丈夫だが、どんな証拠があるんだい」

「おかしな話しさね。まあゆっくり、たばこでもんでおいでなせえ話すから。――頭あ洗いましょうか」

「頭はよそう」

ふけだけ落して置くかね」

 親方はあかたまった十本の爪を、遠慮なく、余がずがいこつの上に並べて、断わりもなく、前後に猛烈なる運動を開始した。この爪が、黒髪の根を一本ごとに押し分けて、不毛のきょうを巨人のくまでが疾風の速度で通るごとくに往来する。余が頭に何十万本の髪の毛がえているか知らんが、ありとある毛がことごとく根こぎにされて、残る地面がべた一面にめめずばれにふくれ上った上、余勢がじばんを通して、骨からのうみそまでしんとうを感じたくらいはげしく、親方は余の頭を掻き廻わした。

「どうです、好い心持でしょう」

「非常ならつわんだ」

「え? こうやると誰でもさっぱりするからね」

「首が抜けそうだよ」

「そんなにけったるうがすかい。全く陽気の加減だね。どうも春てえやつあ、やにからだがなまけやがって――まあ一ぷくおあがんなさい。一人で志保田にいちゃ、退屈でしょう。ちと話しにおいでなせえ。どうも江戸っ子は江戸っ子同志でなくっちゃ、話しが合わねえものだから。何ですかい、やっぱりあの御嬢さんが、御愛想に出てきますかい。どうもさっぱし、みさけえのねえ女だから困っちまわあ」

「御嬢さんが、どうとか、したところで頭垢が飛んで、首が抜けそうになったっけ」

ちげえねえ、がんがらがんだから、からっきし、話に締りがねえったらねえ。――そこでその坊主がのぼせちまって……」

「その坊主たあ、どの坊主だい」

かんかいじなっしょぼうずがさ……」

なっしょにもじゅうじにも、坊主はまだ一人も出て来ないんだ」

「そうか、せっかちだから、いけねえ。にがんばしった、色の出来そうな坊主だったが、そいつがおまえさん、レコに参っちまって、とうとうふみをつけたんだ。――おや待てよ。くどいたんだっけかな。いんにゃ文だ。文にちげえねえ。すると――こうっと――何だか、きさつが少し変だぜ。うん、そうか、やっぱりそうか。するてえとやっこさん、驚ろいちまってからに……」

「誰が驚ろいたんだい」

「女がさ」

「女が文を受け取って驚ろいたんだね」

「ところが驚ろくような女なら、しおらしいんだが、驚ろくどころじゃねえ」

「じゃ誰が驚ろいたんだい」

「口説た方がさ」

「口説ないのじゃないか」

「ええ、じれってえ。間違ってらあ。ふみをもらってさ」

「それじゃやっぱり女だろう」

「なあに男がさ」

「男なら、その坊主だろう」

「ええ、その坊主がさ」

「坊主がどうして驚ろいたのかい」

「どうしてって、本堂でおしょうさんと御経を上げてると、いきなりあの女が飛び込んで来て――ウフフフフ。どうしてもきじるしだね」

「どうかしたのかい」

「そんなにかわいいなら、仏様の前で、いっしょに寝ようって、出し抜けに、たいあんさんのくびたまへかじりついたんでさあ」

「へええ」

めんくらったなあ、泰安さ。きちげえに文をつけて、飛んだ恥をかせられて、とうとう、その晩こっそり姿を隠して死んじまって……」

「死んだ?」

「死んだろうと思うのさ。生きちゃいられめえ」

「何とも云えない」

「そうさ、相手が気狂じゃ、死んだってえねえから、ことによると生きてるかも知れねえね」

「なかなか面白い話だ」

「面白いの、面白くないのって、村中大笑いでさあ。ところが当人だけは、が気が違ってるんだから、しゃあしゃあして平気なもんで――なあに旦那のようにしっかりしていりゃ大丈夫ですがね、相手が相手だから、めったにからかったりなんかすると、大変な目に逢いますよ」

「ちっと気をつけるかね。ははははは」

 なまぬるいそから、塩気のあるはるかぜがふわりふわりと来て、親方ののれんねむたそうにあおる。身をはすにしてその下をくぐり抜けるつばめの姿が、ひらりと、鏡のうちに落ちて行く。向うのうちでは六十ばかりの爺さんが、軒下にうずくまりながら、だまって貝をむいている。かちゃりと、小刀があたるたびに、赤いざるのなかに隠れる。からはきらりと光りを放って、二尺あまりのかげろうむこうへ横切る。丘のごとくにうずたかく、積み上げられた、貝殻はかきか、ばかか、まてがいか。くずれた、幾分はすながわの底に落ちて、浮世の表から、らい国へ葬られる。葬られるあとから、すぐ新しい貝が、柳の下へたまる。爺さんは貝のゆくえを考うる暇さえなく、ただむなしき殻をかげろうの上へほうり出す。れのざるにはささうべき底なくして、彼れの春の日は無尽蔵にのどかと見える。

 砂川は二間に足らぬ小橋の下を流れて、浜の方へ春の水をそそぐ。春の水が春の海と出合うあたりには、しんしとしていくひろの干網が、網の目を抜けて村へ吹く軟風に、なまぐさぬくもりを与えつつあるかと怪しまれる。その間から、どんとうかして、気長にのたくらせたように見えるのが海の色だ。

 この景色とこの親方とはとうてい調和しない。もしこの親方の人格が強烈でしへんの風光ときっこうするほどの影響を余の頭脳に与えたならば、余は両者の間に立ってすこぶるきえんかは、太平のしょうを具したる春の日にもっとも調和せる一彩色である。

 こう考えると、この親方もなかなかにも、詩にもなる男だから、とうに帰るべきところを、わざとしりえてよもやまの話をしていた。ところへのれんすべって小さな坊主頭が

「御免、一つって貰おうか」

はいって来る。白木綿の着物に同じまるぐけの帯をしめて、上からかやのようにあらころもを羽織って、すこぶる気楽に見える小坊主であった。

りょうねんさん。どうだい、こないだあ道草あ、食って、おしょうさんにしかられたろう」

「いんにゃ、められた」

「使に出て、途中で魚なんか、とっていて、了念は感心だって、褒められたのかい」

「若いに似ず了念は、よく遊んで来て感心じゃ云うて、老師が褒められたのよ」

どうれで頭にこぶが出来てらあ。そんな不作法な頭あ、るなあ骨が折れていけねえ。今日は勘弁するから、この次から、ね直して来ねえ」

「捏ね直すくらいなら、ますこし上手な床屋へ行きます」

「はははは頭はぼこでこだが、口だけは達者なもんだ」

「腕は鈍いが、酒だけ強いのはおまえだろ」

べらぼうめ、腕が鈍いって……」

「わしが云うたのじゃない。老師が云われたのじゃ。そう怒るまい。としがいもない」

「ヘン、面白くもねえ。――ねえ、旦那」

「ええ?」

ぜんてえ坊主なんてえものは、高い石段の上に住んでやがって、くったくがねえから、自然に口が達者になる訳ですかね。こんな小坊主までなかなかくちはばってえ事を云いますぜ――おっと、もう少しどたまを寝かして――寝かすんだてえのに、――言う事をかなけりゃ、切るよ、いいか、血が出るぜ」

「痛いがな。そう無茶をしては」

「このくらいな辛抱が出来なくって坊主になれるもんか」

「坊主にはもうなっとるがな」

「まだいちにんめえじゃねえ。――時にあの泰安さんは、どうして死んだっけな、御小僧さん」

「泰安さんは死にはせんがな」

「死なねえ? はてな。死んだはずだが」

「泰安さんは、そののち発憤して、りくぜんだいばいじへ行って、しゅぎょうざんまいじゃ。今にちしきになられよう。結構な事よ」

「何が結構だい。いくら坊主だって、夜逃をして結構な法はあるめえ。おめえなんざ、よく気をつけなくっちゃいけねえぜ。とかく、しくじるなあ女だから――女ってえば、あのきじるしはやっぱりおしょうさんの所へ行くかい」

きじるしと云う女は聞いた事がない」

「通じねえ、みそすりだ。行くのか、行かねえのか」

きじるしは来んが、志保田の娘さんなら来る」

「いくら、和尚さんのごきとうでもあればかりゃ、なおるめえ。全くせんの旦那がたたってるんだ」

「あの娘さんはえらい女だ。老師がようめておられる」

「石段をあがると、何でもさかさまだからかなわねえ。和尚さんが、何て云ったって、きちげえきちげえだろう。――さあれたよ。早く行って和尚さんに叱られて来めえ」

「いやもう少し遊んで行ってめられよう」

「勝手にしろ、口のらねえがきだ」

とつこのかんしけつ

「何だと?」

 青い頭はすでにのれんをくぐって、しゅんぷうに吹かれている。



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 夕暮の机に向う。障子もふすまはなつ。宿の人は多くもあらぬ上に、家は割合に広い。余が住む部屋は、多くもあらぬ人の、人らしくふるまきょうを、いくまがりの廊下に隔てたれば、物の音さえ思索のわずらいにはならぬ。今日はひとしお静かである。主人も、娘も、下女も下男も、知らぬに、われを残して、立ちいたかと思われる。立ち退いたとすればただの所へ立ち退きはせぬ。かすみの国か、雲の国かであろう。あるいは雲と水が自然に近づいて、かじをとるさえものうき海の上を、いつ流れたとも心づかぬ間に、白い帆が雲とも水とも見分け難きさかいただよい来て、ては帆みずからが、いずこにおのれを雲と水より差別すべきかを苦しむあたりへ――そんなはるかな所へ立ち退いたと思われる。それでなければ卒然と春のなかに消え失せて、これまでのしだいが、今頃は目に見えぬれいふんとなって、広い天地の間に、けんびきょうの力をるとも、なごりとどめぬようになったのであろう。あるいはひばりに化して、の花のを鳴き尽したるのち、夕暮深き紫のたなびくほとりへ行ったかも知れぬ。または永き日を、かつ永くするあぶのつとめを果したる後、ずいる甘き露を吸いそこねて、おちつばきの下に、伏せられながら、世をかんばしく眠っているかも知れぬ。とにかく静かなものだ。

 むなしき家を、空しく抜けるはるかぜの、抜けて行くは迎える人への義理でもない。こばむものへのつらあてでもない。おのずからきたりて、自から去る、公平なる宇宙のこころである。たなごころあごささえたる余の心も、わが住む部屋のごとくむなしければ、春風は招かぬに、遠慮もなく行き抜けるであろう。

 踏むは地と思えばこそ、裂けはせぬかとのきづかいおこる。いただくは天と知る故に、いなずまこめかみふるおそれも出来る。人とあらそわねばいちぶんが立たぬと浮世が催促するから、かたくは免かれぬ。東西のあるけんこんに住んで、利害の綱を渡らねばならぬ身には、事実の恋はあだである。目に見る富は土である。握る名と奪えるほまれとは、こざかしきはちが甘くかもすと見せて、針をて去る蜜のごときものであろう。いわゆるたのしみは物にちゃくするより起るがゆえに、あらゆる苦しみを含む。ただ詩人とがかくなるものあって、くまでこのたいたい世界の精華をんで、てっこつてつずいの清きを知る。かすみさんし、露をみ、ひんし、こうひょうして、死に至って悔いぬ。彼らの楽は物にちゃくするのではない。同化してその物になるのである。その物になり済ました時に、我を樹立すべき余地はぼうぼうたる大地をきわめてもみいだし得ぬ。じざいでいだんほうげして、はりつりむげんせいらんる。いたずらにこの境遇をねんしゅつするのは、あえしせいどうしゅうじきかくして、好んで高くひょうちするがためではない。ただしゃりふくいんを述べて、縁あるしゅじょうさしまねくのみである。ありていに云えば詩境と云い、画界と云うも皆にんにんぐそくの道である。しゅんじゅうに指を折り尽して、はくとうしんぎんするのといえども、一生を回顧して、閲歴の波動を順次に点検し来るとき、かつては微光のしゅうがいれて、われを忘れし、はくしゅきょうび起す事が出来よう。出来ぬと云わばいきがいのない男である。

 されどいちじそくし、いちぶつするのみが詩人の感興とは云わぬ。ある時はいちべんの花に化し、あるときはいっそうちょうに化し、あるはウォーヅウォースのごとく、一団の水仙に化して、心をたくふううちりょうらんせしむる事もあろうが、なんとも知れぬしへんの風光にわが心を奪われて、わが心を奪えるはなにものぞともめいりょうに意識せぬ場合がある。ある人は天地のこうきに触るると云うだろう。ある人はむげんきんれいだいに聴くと云うだろう。またある人は知りがたく、解しがたき故に無限の域にせんかいして、ひょうびょうのちまたにほうこうすると形容するかも知れぬ。何と云うも皆その人の自由である。わが、からきの机にりてぽかんとしたしんりの状態はまさにこれである。

 余はあきらかに何事をも考えておらぬ。またはたしかに何物をも見ておらぬ。わが意識の舞台に著るしき色彩をもって動くものがないから、われはいかなる事物に同化したとも云えぬ。されども吾は動いている。世の中に動いてもおらぬ、世の外にも動いておらぬ。ただ何となく動いている。花に動くにもあらず、鳥に動くにもあらず、人間に対して動くにもあらず、ただこうこつと動いている。

 いて説明せよと云わるるならば、余が心はただ春と共に動いていると云いたい。あらゆる春の色、春の風、春の物、春の声を打って、固めて、せんたんに練り上げて、それをほうらいれいえきいて、とうげんの日で蒸発せしめた精気が、知らぬけあなからみ込んで、心が知覚せぬうちにほうわされてしまったと云いたい。普通の同化には刺激がある。刺激があればこそ、愉快であろう。余の同化には、何と同化したかふぶんみょうであるから、ごうも刺激がない。刺激がないから、ようぜんとして名状しがたいたのしみがある。風にまれてうわそらなる波を起す、軽薄で騒々しいおもむきとは違う。目に見えぬいくひろの底を、大陸から大陸まで動いているこうようたるそうかいの有様と形容する事が出来る。ただそれほどに活力がないばかりだ。しかしそこにかえって幸福がある。偉大なる活力の発現は、この活力がいつか尽き果てるだろうとのけねんこもる。常の姿にはそう云う心配は伴わぬ。常よりは淡きわが心の、今の状態には、わがはげしき力のしょうましはせぬかとのうれいを離れたるのみならず、常の心の可もなく不可もなき凡境をも脱却している。淡しとは単にとらえ難しと云う意味で、弱きに過ぎるおそれを含んではおらぬ。ちゅうゆうとかたんとうとか云う詩人の語はもっともこのきょうを切実に言いおおせたものだろう。

 このきょうがいにして見たらどうだろうと考えた。しかし普通の画にはならないにきまっている。われらが俗に画と称するものは、ただがんぜんの人事風光をありのままなる姿として、もしくはこれをわが審美眼にろくかして、えぎぬの上に移したものに過ぎぬ。花が花と見え、水が水と映り、人物が人物として活動すれば、画ののうじは終ったものと考えられている。もしこの上にいっとうちを抜けば、わが感じたる物象を、わが感じたるままのおもむきを添えて、画布の上にりんりとしてせいどうさせる。ある特別の感興を、おのが捕えたるしんらうちに寓するのがこの種の技術家の主意であるから、彼らの見たる物象観がめいりょうに筆端にほとばしっておらねば、画を製作したとは云わぬ。おのれはしかじかの事を、しかじかに、しかじかに感じたり、そのみかたも感じ方も、ぜんじんりかに立ちて、古来の伝説に支配せられたるにあらず、しかももっとも正しくして、もっとも美くしきものなりとの主張を示す作品にあらざれば、わが作と云うをあえてせぬ。

 この二種の製作家にしゅかく深浅の区別はあるかも知れぬが、明瞭なる外界の刺激を待って、始めて手を下すのは双方共同一である。されど今、わが描かんとする題目は、さほどにぶんみょうなものではない。あらん限りの感覚をこぶして、これを心外に物色したところで、方円の形、こうろくの色は無論、濃淡の陰、こうせんすじを見出しかねる。わが感じは外から来たのではない、たとい来たとしても、わが視界によこたわる、一定の景物でないから、これがげんいんだと指をげて明らかに人に示すわけに行かぬ。あるものはただ心持ちである。この心持ちを、どうあらわしたら画になるだろう――いやこの心持ちをいかなる具体をりて、人のがてんするようにほうふつせしめ得るかが問題である。

 普通の画は感じはなくても物さえあれば出来る。第二の画は物と感じと両立すればできる。第三に至っては存するものはただ心持ちだけであるから、画にするには是非共この心持ちにかっこうなる対象をえらばなければならん。しかるにこの対象は容易に出て来ない。出て来ても容易にまとまらない。纏っても自然界に存するものとはまるおもむきことにする場合がある。したがって普通の人から見れば画とは受け取れない。えがいた当人も自然界の局部が再現したものとは認めておらん、ただ感興のした刻下の心持ちを幾分でも伝えて、多少の生命をしょうきょうしがたきムードに与うれば大成功と心得ている。古来からこの難事業に全然のいさおしを収め得たる画工があるかないか知らぬ。ある点までこのりゅうはに指を染め得たるものをぐれば、ぶんよかの竹である。うんこく門下の山水である。下ってたいがどうけいしょくである。ぶそんの人物である。たいせいの画家に至っては、多く眼をぐしょう世界にせて、しんおうきいんに傾倒せぬ者が大多数を占めているから、この種の筆墨にぶつがいしんいんを伝え得るものははたして幾人あるか知らぬ。

 惜しい事にせっしゅう、蕪村らのつとめてびょうしゅつした一種の気韻は、あまりに単純でかつあまりに変化に乏しい。筆力の点から云えばとうていこれらの大家に及ぶ訳はないが、今わがにして見ようと思う心持ちはもう少し複雑である。複雑であるだけにどうも一枚のなかへは感じが収まりかねる。ほおづえをやめて、両腕を机の上に組んで考えたがやはり出て来ない。色、形、調子が出来て、自分の心が、ああここにいたなと、たちまち自己を認識するようにかかなければならない。生き別れをしたわがこを尋ね当てるため、六十余州をかいこくして、てもめても、忘れるがなかったある日、十字街頭にふとかいこうして、いなずまさえぎるひまもなきうちに、あっ、ここにいた、と思うようにかかなければならない。それがむずかしい。この調子さえ出れば、人が見て何と云っても構わない。画でないとののしられてもうらみはない。いやしくも色の配合がこの心持ちの一部を代表して、線のきょくちょくがこの気合の幾分を表現して、全体の配置がこのふういんのどれほどかを伝えるならば、形にあらわれたものは、牛であれ馬であれ、ないしは牛でも馬でも、何でもないものであれ、いとわない。厭わないがどうも出来ない。写生帖を机の上へ置いて、両眼がじょうのなかへ落ち込むまで、くふうしたが、とても物にならん。

 鉛筆を置いて考えた。こんなちゅうしょうてきな興趣を画にしようとするのが、そもそもの間違である。人間にそう変りはないから、多くの人のうちにはきっと自分と同じ感興に触れたものがあって、この感興を何らの手段かで、永久化せんと試みたに相違ない。試みたとすればその手段は何だろう。

 たちまち音楽の二字がぴかりと眼に映った。なるほど音楽はかかる時、かかる必要にせまられて生まれた自然の声であろう。がくくべきもの、習うべきものであると、始めて気がついたが、不幸にして、その辺の消息はまるで不案内である。

 次に詩にはなるまいかと、第三の領分に踏み込んで見る。レッシングと云う男は、時間の経過を条件として起る出来事を、詩の本領であるごとく論じて、詩画は不一にして両様なりとの根本義を立てたように記憶するが、そう詩を見ると、今余の発表しようとあせっているきょうがいもとうてい物になりそうにない。余が嬉しいと感ずるしんりの状況には時間はあるかも知れないが、時間の流れに沿うて、ていじに展開すべき出来事の内容がない。一が去り、二がきたり、二が消えて三が生まるるがためにうれしいのではない。初からようぜんとしてどうしょはじゅうするおもむきで嬉しいのである。すでに同所に把住する以上は、よしこれを普通の言語に翻訳したところで、必ずしも時間的に材料をあんばいする必要はあるまい。やはり絵画と同じく空間的に景物を配置したのみで出来るだろう。ただいかなるけいじょうを詩中に持ち来って、このこうぜんとしてきたくなき有様を写すかが問題で、すでにこれをとらえ得た以上はレッシングの説に従わんでも詩として成功する訳だ。ホーマーがどうでも、ヴァージルがどうでも構わない。もし詩が一種のムードをあらわすに適しているとすれば、このムードは時間の制限を受けて、順次にしんちょくする出来事の助けをらずとも、単純に空間的なる絵画上の要件をたしさえすれば、言語をもってえがき得るものと思う。

 議論はどうでもよい。ラオコーンなどは大概忘れているのだから、よく調べたら、こっちが怪しくなるかも知れない。とにかく、にしそくなったから、一つ詩にして見よう、と写生帖の上へ、鉛筆を押しつけて、前後に身をゆすぶって見た。しばらくは、筆の先のがった所を、どうにか運動させたいばかりで、ごうも運動させるわけに行かなかった。急にほうゆうの名を失念して、のどまで出かかっているのに、出てくれないような気がする。そこであきらめると、でそくなった名は、ついに腹の底へ収まってしまう。

 くずゆを練るとき、最初のうちは、さらさらして、はしてごたえがないものだ。そこをしんぼうすると、ようやくねばりが出て、ぜる手が少し重くなる。それでも構わず、箸を休ませずに廻すと、今度は廻し切れなくなる。しまいにはなべの中の葛が、求めぬに、先方から、争って箸に附着してくる。詩を作るのはまさにこれだ。

 てがかりのない鉛筆が少しずつ動くようになるのに勢を得て、かれこれ二三十分したら、

青春二三月。愁随芳草長。閑花落空庭。素琴横虚堂。蠨蛸掛不動。篆煙繞竹梁。

と云う六句だけ出来た。読み返して見ると、みな画になりそうな句ばかりである。これなら始めから、画にすればよかったと思う。なぜ画よりも詩の方が作りやすかったかと思う。ここまで出たら、あとは大した苦もなく出そうだ。しかし画に出来ないじょうを、次にはうたって見たい。あれか、これかと思いわずらった末とうとう、

独坐無隻語。方寸認微光。人間徒多事。此境孰可忘。会得一日静。正知百年忙。遐懐寄何処。緬邈白雲郷。

と出来た。もういっぺん最初から読み直して見ると、ちょっと面白く読まれるが、どうも、自分が今しがたはいった神境を写したものとすると、さくぜんとして物足りない。ついでだから、もう一首作って見ようかと、鉛筆を握ったまま、何の気もなしに、入口の方を見ると、ふすまを引いて、はなった幅三尺の空間をちらりと、奇麗な影が通った。はてな。

 余が眼を転じて、入口を見たときは、奇麗なものが、すでに引き開けた襖の影に半分かくれかけていた。しかもその姿は余が見ぬ前から、動いていたものらしく、はっと思う間に通り越した。余は詩をすてて入口を見守る。

 一分と立たぬ間に、影は反対の方から、逆にあらわれて来た。ふりそですがたのすらりとした女が、音もせず、向う二階のえんがわじゃくねんとしてあるいて行く。余は覚えず鉛筆を落して、鼻から吸いかけた息をぴたりと留めた。

 はなぐもりの空が、刻一刻に天から、ずり落ちて、今や降ると待たれたる夕暮のらんかんに、しとやかに行き、しとやかに帰る振袖の影は、余が座敷から六けんの中庭を隔てて、重き空気のなかにしょうりょうと見えつ、隠れつする。

 女はもとより口も聞かぬ。わきめらぬ。えんに引くすその音さえおのが耳に入らぬくらい静かにあるいている。腰から下にぱっと色づく、すそもようは何を染め抜いたものか、遠くてからぬ。ただむじと模様のつながる中が、おのずからぼかされて、夜と昼との境のごときここちである。女はもとより夜と昼との境をあるいている。

 この長い振袖を着て、長い廊下を何度往き何度戻る気か、余には解からぬ。いつ頃からこの不思議なよそおいをして、この不思議なあゆみをつづけつつあるかも、余には解らぬ。その主意に至ってはもとより解らぬ。もとより解るべきはずならぬ事を、かくまでも端正に、かくまでも静粛に、かくまでも度を重ねて繰り返す人の姿の、入口にあらわれては消え、消えてはあらわるる時の余の感じは一種異様である。く春のうらみを訴うるしょさならば何がゆえにかくはむとんじゃくなる。無頓着なる所作ならば何が故にかくはきらを飾れる。

 暮れんとする春の色の、せんえんとして、しばらくはめいばくの戸口をまぼろしにいろどる中に、眼もむるほどのおびじきんらんか。あざやかなる織物は往きつ、戻りつそうぜんたる夕べのなかにつつまれて、ゆうげきのあなた、りょうえんのかしこへ一分ごとに消えて去る。きらめき渡る春の星の、あかつき近くに、紫深き空の底におちいるおもむきである。

 たいげんかんせいの態度で、あいだしょうようしているのだろう。女のつけた振袖に、ふんたる模様の尽きて、是非もなきするすみに流れ込むあたりに、おのが身のすじょうをほのめかしている。

 またこう感じた。うつくしき人が、うつくしき眠りについて、その眠りから、さめる暇もなく、うつつのままで、この世のいきを引き取るときに、枕元にやまいまもるわれらの心はさぞつらいだろう。四苦八苦を百苦に重ねて死ぬならば、いきがいのない本人はもとより、はたに見ている親しい人も殺すが慈悲とあきらめられるかも知れない。しかしすやすやと寝入る児に死ぬべき何のとががあろう。眠りながらよみに連れて行かれるのは、死ぬ覚悟をせぬうちに、だまし打ちに惜しき一命をはたすと同様である。どうせ殺すものなら、とてものがれぬじょうごうと得心もさせ、断念もして、念仏をとなえたい。死ぬべき条件がそなわらぬ先に、死ぬる事実のみが、ありありと、確かめらるるときに、なむあみだぶつえこうをする声が出るくらいなら、その声でおういおういと、半ばあの世へ足を踏み込んだものを、無理にも呼び返したくなる。りの眠りから、いつのとも心づかぬうちに、永い眠りに移る本人には、呼び返される方が、切れかかったぼんのうの綱をむやみに引かるるようで苦しいかも知れぬ。慈悲だから、呼んでくれるな、おだやかに寝かしてくれと思うかも知れぬ。それでも、われわれは呼び返したくなる。余は今度女の姿が入口にあらわれたなら、呼びかけて、うつつのうちから救ってやろうかと思った。しかし夢のように、三尺の幅を、すうと抜ける影を見るやいなや、何だか口がけなくなる。今度はと心を定めているうちに、すうと苦もなく通ってしまう。なぜ何とも云えぬかと考うるとたんに、女はまた通る。こちらにうかがう人があって、その人が自分のためにどれほどやきもき思うているか、みじんも気に掛からぬ有様で通る。面倒にも気の毒にも、しょてから、余のごときものに、気をかねておらぬ有様で通る。今度は今度はと思うているうちに、こらえかねた、雲の層が、持ち切れぬ雨の糸を、しめやかに落し出して、女の影を、しょうしょうと封じおわる。



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 寒い。てぬぐいを下げて、ゆつぼくだる。

 三畳へ着物を脱いで、段々を、四つ下りると、八畳ほどな風呂場へ出る。石に不自由せぬ国と見えて、下はみかげで敷き詰めた、真中を四尺ばかりの深さに掘り抜いて、とうふやほどなゆぶねえる。ふねとは云うもののやはり石で畳んである。鉱泉と名のつく以上は、色々な成分を含んでいるのだろうが、色が純透明だから、はいごこちがよい。折々は口にさえふくんで見るが別段の味もにおいもない。病気にもくそうだが、聞いて見ぬから、どんな病に利くのか知らぬ。もとより別段の持病もないから、実用上の価値はかつて頭のなかに浮んだ事がない。ただはいる度に考え出すのは、はくらくてんおんせんみずなめらかにしてぎょうしをあらうと云う句だけである。温泉と云う名を聞けば必ずこの句にあらわれたような愉快な気持になる。またこの気持を出し得ぬ温泉は、温泉として全く価値がないと思ってる。この理想以外に温泉についての注文はまるでない。

 すぽりとかると、乳のあたりまではいる。湯はどこからいて出るか知らぬが、常でもふねふちを奇麗に越している。春の石はかわくひまなくれて、あたたかに、踏む足の、心はおだやかに嬉しい。降る雨は、夜の目をかすめて、ひそかに春をうるおすほどのしめやかさであるが、軒のしずくは、ようやくしげく、ぽたり、ぽたりと耳に聞える。立てめられた湯気は、ゆかから天井をくまなくうずめて、すきまさえあれば、ふしあなの細きをいとわずでんとするけしきである。

 秋の霧は冷やかに、たなびくもやのどかに、ゆうげたく、人の煙は青く立って、大いなる空に、わがはかなき姿を托す。様々のあわれはあるが、春のでゆの曇りばかりは、ゆあみするものの肌を、やわらかにつつんで、古き世の男かと、われを疑わしむる。眼に写るものの見えぬほど、濃くまつわりはせぬが、薄絹をひとえ破れば、何の苦もなく、下界の人と、おのれを見出すように、浅きものではない。一重破り、二重破り、幾重を破り尽すともこの煙りから出す事はならぬ顔に、四方よりわれ一人を、あたたかきにじうちうずめ去る。酒に酔うと云う言葉はあるが、煙りに酔うと云う語句を耳にした事がない。あるとすれば、霧には無論使えぬ、霞には少し強過ぎる。ただこの靄に、しゅんしょうの二字を冠したるとき、始めて妥当なるを覚える。

 余はゆぶねのふちにあおむけの頭をささえて、とおる湯のなかのかろからだを、出来るだけ抵抗力なきあたりへただよわして見た。ふわり、ふわりとたましいがくらげのように浮いている。世の中もこんな気になればらくなものだ。ふんべつじょうまえけて、しゅうじゃくしんばりをはずす。どうともせよと、のなかで、と同化してしまう。流れるものほど生きるに苦は入らぬ。流れるもののなかに、魂まで流していれば、キリストの御弟子となったよりありがたい。なるほどこの調子で考えると、どざえもんふうりゅうである。スウィンバーンの何とか云う詩に、女が水の底で往生して嬉しがっている感じを書いてあったと思う。余が平生から苦にしていた、ミレーのオフェリヤも、こう観察するとだいぶ美しくなる。何であんな不愉快な所をえらんだものかと今まで不審に思っていたが、あれはやはりになるのだ。水に浮んだまま、あるいは水に沈んだまま、あるいは沈んだり浮んだりしたまま、ただそのままの姿で苦なしに流れる有様は美的に相違ない。それで両岸にいろいろな草花をあしらって、水の色と流れて行く人の顔の色と、衣服の色に、落ちついた調和をとったなら、きっと画になるに相違ない。しかし流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話かひゆになってしまう。けいれんてきくもんはもとより、全幅の精神をうちわすが、全然いろけのない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味をもって、一つ風流などざえもんをかいて見たい。しかし思うような顔はそうたやすく心に浮んで来そうもない。

 湯のなかに浮いたまま、今度はどざえもんさんを作って見る。

雨が降ったられるだろう。

しもりたらつめたかろ。

土のしたでは暗かろう。

浮かば波の上、

沈まば波の底、

春の水なら苦はなかろ。

と口のうちで小声にじゅしつつまんぜんと浮いていると、どこかでく三味線のが聞える。美術家だのにと云われると恐縮するが、実のところ、余がこの楽器における智識はすこぶる怪しいもので二が上がろうが、三が下がろうが、耳には余り影響を受けたためしがない。しかし、静かな春の夜に、雨さえ興を添える、山里のゆつぼの中で、たましいまで春のでゆに浮かしながら、遠くの三味を無責任に聞くのははなはだ嬉しい。遠いから何をうたって、何を弾いているか無論わからない。そこに何だかおもむきがある。ねいろの落ちついているところから察すると、かみがたけんぎょうさんのじうたにでも聴かれそうなふとざおかとも思う。

 小供の時分、門前によろずやと云う酒屋があって、そこにおくらさんと云う娘がいた。この御倉さんが、静かな春の昼過ぎになると、必ず長唄のおさらいをする。御浚が始まると、余は庭へ出る。茶畠の十坪余りを前にひかえて、三本の松が、客間の東側に並んでいる。この松はまわり一尺もある大きな樹で、面白い事に、三本寄って、始めて趣のあるかっこうを形つくっていた。小供心にこの松を見ると好い心持になる。松の下に黒くさびたかなどうろうが名の知れぬ赤石の上に、いつ見ても、わからず屋のかたくなじじいのようにかたく坐っている。余はこの灯籠を見詰めるのが大好きであった。灯籠の前後には、こけ深き地をいて、名も知らぬ春の草が、浮世の風を知らぬ顔に、ひとり匂うて独り楽しんでいる。余はこの草のなかに、わずかにひざるるの席を見出して、じっと、しゃがむのがこの時分の癖であった。この三本の松の下に、この灯籠をにらめて、この草のいで、そうして御倉さんの長唄を遠くから聞くのが、当時の日課であった。

 御倉さんはもう赤いてがらの時代さえ通り越して、だいぶんとしょたいじみた顔を、帳場へさらしてるだろう。むことはおりあいがいいか知らん。つばくろは年々帰って来て、どろふくんだくちばしを、いそがしげに働かしているか知らん。燕と酒のとはどうしても想像から切り離せない。

 三本の松はいまだにかっこうで残っているかしらん。鉄灯籠はもう壊れたに相違ない。春の草は、むかし、しゃがんだ人を覚えているだろうか。その時ですら、口もきかずに過ぎたものを、今に見知ろうはずがない。おくらさんの旅の衣は鈴懸のと云う、ごとの声もよも聞き覚えがあるとは云うまい。

 しゃみが思わぬパノラマを余のがんぜんに展開するにつけ、余はゆかしい過去ののあたりに立って、二十年の昔に住む、がんぜなき小僧と、成り済ましたとき、突然風呂場の戸がさらりといた。

 誰か来たなと、身を浮かしたまま、視線だけを入口にそそぐ。ゆぶねふちの最も入口から、へだたりたるに頭を乗せているから、ふねくだる段々は、あいだ二丈を隔ててななめに余が眼に入る。しかし見上げたる余の瞳にはまだ何物も映らぬ。しばらくは軒をめぐあまだれの音のみが聞える。三味線はいつのにかやんでいた。

 やがて階段の上に何物かあらわれた。広い風呂場をてらすものは、ただ一つの小さきランプのみであるから、この隔りでは澄切った空気をひかえてさえ、しかぶっしょくはむずかしい。まして立ち上がる湯気の、こまやかなる雨におさえられて、にげばを失いたるこよいの風呂に、立つを誰とはもとより定めにくい。一段を下り、二段を踏んで、まともに、照らすほかげを浴びたる時でなくては、男とも女とも声は掛けられぬ。

 黒いものが一歩を下へ移した。踏む石はびろうどのごとくやわらかと見えて、足音をしょうにこれをりっすれば、動かぬと評してもさしつかえない。が輪廓は少しく浮き上がる。余は画工だけあって人体の骨格については、ぞんがい視覚が鋭敏である。何とも知れぬものの一段動いた時、余は女と二人、この風呂場の中にる事をさとった。

 注意をしたものか、せぬものかと、浮きながら考える間に、女の影はいかんなく、余が前に、早くもあらわれた。みなぎり渡る湯煙りの、やわらかな光線を一ぶんしごとに含んで、うすくれないの暖かに見える奥に、ただよわす黒髪を雲とながして、あらん限りのせたけを、すらりとした女の姿を見た時は、礼儀の、さほうの、ふうきのと云う感じはことごとく、わがのうりを去って、ただひたすらに、うつくしい画題を見出し得たとのみ思った。

 古代ギリシャの彫刻はいざ知らず、きんせいふっこくの画家が命と頼む裸体画を見るたびに、あまりにあからさまな肉の美を、極端まで描がき尽そうとするこんせきが、ありありと見えるので、どことなくきいんとぼしい心持が、今までわれを苦しめてならなかった。しかしその折々はただどことなく下品だと評するまでで、なぜ下品であるかが、解らぬゆえ、吾知らず、答えを得るにはんもんしてこんにちに至ったのだろう。肉をおおえば、うつくしきものが隠れる。かくさねばいやしくなる。今の世の裸体画と云うはただかくさぬと云う卑しさに、技巧をとどめておらぬ。ころもを奪いたる姿を、そのままに写すだけにては、物足らぬと見えて、くまでもはだかを、衣冠の世に押し出そうとする。服をつけたるが、人間の常態なるを忘れて、赤裸にすべての権能を附与せんと試みる。じゅうぶんで事足るべきを、じゅうにぶんにも、じゅうごぶんにも、どこまでも進んで、ひたすらに、裸体であるぞと云う感じを強くびょうしゅつしようとする。技巧がこの極端に達したる時、人はそのかんじゃうるをろうとする。うつくしきものを、いやが上に、うつくしくせんとせるとき、うつくしきものはかえってそのを減ずるが例である。人事についても満は損を招くとのことわざはこれがためである。

 ほうしんと無邪気とは余裕を示す。余裕はにおいて、詩において、もしくは文章において、ひっすうの条件である。きんだいげいじゅつの一大へいとうは、いわゆる文明の潮流が、いたずらに芸術の士を駆って、くくとして随処にあくそくたらしむるにある。裸体画はその好例であろう。都会にげいぎと云うものがある。色を売りて、人にびるを商売にしている。彼らはひょうかくに対する時、わが容姿のいかに相手のひとみに映ずるかをこりょするのほか、何らの表情をもはっきし得ぬ。年々に見るサロンの目録はこの芸妓に似たる裸体美人を以て充満している。彼らは一秒時も、わが裸体なるを忘るるあたわざるのみならず、全身の筋肉をむずつかして、わが裸体なるを観者に示さんとつとめている。

 今余が面前にひょうていと現われたる姿には、一塵もこのぞくあいの眼にさえぎるものを帯びておらぬ。常の人のまとえるいしょうを脱ぎ捨てたるさまと云えばすでににんがいだざいする。始めより着るべき服も、振るべき袖も、あるものと知らざるかみよの姿を雲のなかに呼び起したるがごとく自然である。

 室をうずむる湯煙は、埋めつくしたるあとから、絶えずき上がる。春のを半透明にくずし拡げて、部屋一面のにじの世界がこまやかに揺れるなかに、もうろうと、黒きかとも思わるるほどの髪をぼかして、真白な姿が雲の底から次第に浮き上がって来る。そのりんかくを見よ。

 くびすじかろく内輪に、双方から責めて、苦もなく肩の方へなだれ落ちた線が、豊かに、丸く折れて、流るる末は五本の指とわかれるのであろう。ふっくらと浮く二つの乳の下には、しばし引く波が、またなめらかに盛り返して下腹の張りを安らかに見せる。張るいきおいうしろへ抜いて、勢の尽くるあたりから、分れた肉が平衡を保つために少しく前にかたむく。ぎゃくに受くるひざがしらのこのたびは、立て直して、長きうねりのかかとにつく頃、ひらたき足が、すべてのかっとうを、二枚のあしのうらに安々と始末する。世の中にこれほどさくざつした配合はない、これほど統一のある配合もない。これほど自然で、これほどやわらかで、これほど抵抗の少い、これほど苦にならぬ輪廓は決して見出せぬ。

 しかもこの姿は普通の裸体のごとく露骨に、余が眼の前に突きつけられてはおらぬ。すべてのものを幽玄に化する一種のれいふんのなかにほうふつとして、じゅうぶんの美をおくゆかしくもほのめかしているに過ぎぬ。へんりんはつぼくりんりあいだに点じて、めいばくなる調子とをそなえている。六々三十六りんを丁寧に描きたるりゅうの、こっけいに落つるが事実ならば、せきららの肉をじょうしゃしゃに眺めぬうちに神往のよいんはある。余はこの輪廓の眼に落ちた時、かつらみやこを逃れたげっかいじょうがが、にじおってに取り囲まれて、しばらくちゅうちょする姿とながめた。

 輪廓は次第に白く浮きあがる。今一歩を踏み出せば、せっかくのじょうがが、あわれ、俗界に堕落するよと思うせつなに、緑の髪は、波を切るれいきの尾のごとくに風を起して、ぼうなびいた。うずまく煙りをつんざいて、白い姿は階段を飛び上がる。ホホホホと鋭どく笑う女の声が、廊下に響いて、静かなる風呂場を次第にむこうとおのく。余はがぶりと湯をんだままふねの中につったつ。驚いた波が、胸へあたる。ふちを越すの音がさあさあと鳴る。



編集

 御茶のごちそうになる。あいきゃくは僧一人、かんかいじおしょうで名はだいてつと云うそうだ。ぞく一人、二十四五の若い男である。

 老人の部屋は、余がしつの廊下を右へ突き当って、左へ折れたどまりにある。おおきさは六畳もあろう。大きなしたんの机を真中にえてあるから、思ったより狭苦しい。それへと云う席を見ると、ふとんの代りにかたんが敷いてある。無論支那製だろう。真中を六角にしきって、妙な家と、妙な柳が織り出してある。まわりは鉄色に近いあいで、よすみからくさの模様を飾った茶のを染め抜いてある。支那ではこれを座敷に用いたものか疑わしいが、こうやって布団に代用して見るとすこぶる面白い。インドさらさとか、ペルシャのかべかけとか号するものが、ちょっとが抜けているところに価値があるごとく、この花毯もこせつかないところにおもむきがある。花毯ばかりではない、すべて支那の器具は皆抜けている。どうしても馬鹿で気の長い人種の発明したものとほか取れない。見ているうちに、ぼおっとするところがとうとい。日本はきんちゃくきりの態度で美術品を作る。西洋は大きくてこまかくて、そうしてどこまでもしゃばっけがとれない。まずこう考えながら席に着く。若い男は余とならんで、花毯のなかばを占領した。

 和尚は虎の皮の上へ坐った。虎の皮の尻尾が余のひざの傍を通り越して、頭は老人のしりの下に敷かれている。老人は頭の毛をことごとく抜いて、頬とあごへ移植したように、白いひげをむしゃむしゃとやして、ちゃたくせた茶碗を丁寧に机の上へならべる。

きょうは久し振りで、うちへ御客が見えたから、御茶を上げようと思って、……」と坊さんの方を向くと、

「いや、おつかいをありがとう。わしも、だいぶごぶさたをしたから、今日ぐらい来て見ようかと思っとったところじゃ」と云う。この僧は六十近い、丸顔の、だるまそうしょくずしたようなようぼうを有している。老人とはふだんからのじっこんと見える。

「このかたが御客さんかな」

 老人はうなずきながら、しゅでいきゅうすから、緑を含むこはくいろぎょくえきを、二三滴ずつ、茶碗の底へしたたらす。清いかおりがかすかに鼻をおそう気分がした。

「こんないなかひとりではおさみしかろ」とおしょうはすぐ余に話しかけた。

「はああ」となんともかとも要領を得ぬ返事をする。さびしいと云えば、いつわりである。淋しからずと云えば、長い説明が入る。

「なんの、和尚さん。このかたはを書かれるために来られたのじゃから、おいそがしいくらいじゃ」

「おおさようか、それは結構だ。やはりなんそうはかな」

「いいえ」と今度は答えた。西洋画だなどと云っても、この和尚にはわかるまい。

「いや、例の西洋画じゃ」と老人は、主人役に、また半分引き受けてくれる。

「ははあ、洋画か。すると、あのきゅういちさんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間始めて見たが、随分奇麗にかけたのう」

「いえ、詰らんものです」と若い男がこの時ようやく口を開いた。

「御前何ぞ和尚さんに見ていただいたか」と老人が若い男に聞く。言葉から云うても、様子から云うても、どうも親類らしい。

「なあに、見ていただいたんじゃないですが、かがみいけで写生しているところを和尚さんに見つかったのです」

「ふん、そうか――さあ御茶がげたから、一杯」と老人は茶碗をめいめいの前に置く。茶の量は三四滴に過ぎぬが、茶碗はすこぶる大きい。なまかべいろの地へ、げたたんと、薄いで、絵だか、模様だか、鬼の面の模様になりかかったところか、ちょっと見当のつかないものが、べたにいてある。

もくべえです」と老人が簡単に説明した。

「これは面白い」と余も簡単にめた。

「杢兵衛はどうもにせものが多くて、――そのいとぞこを見て御覧なさい。めいがあるから」と云う。

 取り上げて、しょうじの方へ向けて見る。障子には植木鉢のはらんの影が暖かそうに写っている。首をげて、のぞき込むと、もくの字が小さく見える。銘は観賞の上において、さのみ大切のものとは思わないが、こうずしゃはよほどこれが気にかかるそうだ。茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃くあまく、ゆかげんに出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落してあじわって見るのはかんじんてきいいんじである。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。ぜっとうへぽたりとせて、清いものが四方へ散ればのどくだるべき液はほとんどない。ただふくいくたるにおいが食道から胃のなかへみ渡るのみである。歯を用いるはいやしい。水はあまりに軽い。ぎょくろに至ってはこまやかなる事、たんすいきょうを脱して、あごを疲らすほどのかたさを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。

 老人はいつの間にやら、せいぎょくの菓子皿を出した。大きなかたまりを、かくまで薄く、かくまで規則正しく、りぬいたしょうじんてぎわは驚ろくべきものと思う。すかして見ると春の日影は一面にし込んで、射し込んだまま、がれずるみちを失ったような感じである。中には何も盛らぬがいい。

「御客さんが、せいじめられたから、今日はちとばかり見せようと思うて、出して置きました」

「どの青磁を――うん、あの菓子鉢かな。あれは、わしもすきじゃ。時にあなた、西洋画ではふすまなどはかけんものかな。かけるなら一つ頼みたいがな」

 かいてくれなら、かかぬ事もないが、このおしょうの気にるか入らぬかわからない。せっかく骨を折って、西洋画は駄目だなどと云われては、骨のおりばえがない。

「襖には向かないでしょう」

「向かんかな。そうさな、このあいだの久一さんののようじゃ、少しはで過ぎるかも知れん」

「私のは駄目です。あれはまるでいたずらです」と若い男はしきりに、はずかしがってけんそんする。

「その何とか云う池はどこにあるんですか」と余は若い男に念のため尋ねて置く。

「ちょっと観海寺の裏の谷の所で、ゆうすいな所です。――なあに学校にいる時分、習ったから、退屈まぎれに、やって見ただけです」

「観海寺と云うと……」

「観海寺と云うと、わしのいる所じゃ。いい所じゃ、海をひとめみおろしての――まあとうりゅう中にちょっと来て御覧。なに、ここからはつい五六丁よ。あの廊下から、そら、寺の石段が見えるじゃろうが」

「いつか御邪魔にあがってもいいですか」

「ああいいとも、いつでもいる。ここの御嬢さんも、よう、来られる。――御嬢さんと云えば今日はおなみさんが見えんようだが――どうかされたかな、隠居さん」

「どこぞへ出ましたかな、きゅういち、御前の方へ行きはせんかな」

「いいや、見えません」

「またひとり散歩かな、ハハハハ。御那美さんはなかなか足が強い。このあいだ法用でとなみまで行ったら、すがたみばしの所で――どうも、善く似とると思ったら、御那美さんよ。尻をはしょって、ぞうりいて、おしょうさん、何をぐずぐず、どこへ行きなさると、いきなり、驚ろかされたて、ハハハハ。御前はそんななりじたいどこへ、行ったのぞいと聴くと、今せりつみに行った戻りじゃ、和尚さん少しやろうかと云うて、いきなりわしのたもとどろだらけの芹を押し込んで、ハハハハハ」

「どうも、……」と老人はにがわらいをしたが、急に立って「実はこれを御覧に入れるつもりで」と話をまた道具の方へそらした。

 老人がしたんの書架から、うやうやしく取りおろしたもんどんすの古い袋は、何だか重そうなものである。

「和尚さん、あなたには、御目にけた事があったかな」

「なんじゃ、一体」

すずりよ」

「へえ、どんな硯かい」

さんようの愛蔵したと云う……」

「いいえ、そりゃまだ見ん」

しゅんすいの替えぶたがついて……」

「そりゃ、まだのようだ。どれどれ」

 老人は大事そうに緞子の袋の口を解くと、あずきいろの四角な石が、ちらりとかどを見せる。

「いいいろあいじゃのう。たんけいかい」

「端渓でくよくがんここのつある」

「九つ?」と和尚おおいに感じた様子である。

「これが春水の替え蓋」と老人はりんずで張った薄い蓋を見せる。上に春水の字でしちごんぜっくが書いてある。

「なるほど。春水はようかく。ようかくが、しょきょうへいの方がじょうずじゃて」

「やはり杏坪の方がいいかな」

さんようが一番まずいようだ。どうもさいしはだぞくきがあって、いっこう面白うない」

「ハハハハ。おしょうさんは、山陽がきらいだから、今日は山陽のふくを懸けえて置いた」

「ほんに」と和尚さんはうしろを振り向く。とこひらどこを鏡のようにふき込んで、さびけを吹いたこどうへいには、もくらんを二尺の高さに、けてある。じくは底光りのあるこきんらんに、そうていくふうめたぶっそらいたいふくである。絹地ではないが、多少の時代がついているから、字の巧拙に論なく、紙の色が周囲のきれ地とよく調和して見える。あの錦襴も織りたては、あれほどのゆかしさも無かったろうに、さいしきせて、きんしが沈んで、はでなところがり込んで、渋いところがせり出して、あんないい調子になったのだと思う。こげちゃすなかべに、白いぞうげじくきわだって、両方に突張っている、手前に例の木蘭がふわりと浮き出されているほかは、とこ全体のおもむきは落ちつき過ぎてむしろ陰気である。

そらいかな」とおしょうが、首を向けたまま云う。

「徂徠もあまり、御好きでないかも知れんが、山陽よりは善かろうと思うて」

「それは徂徠の方がはるかにいい。きょうほ頃の学者の字はまずくても、どこぞにひんがある」

こうたくをして日本ののうしょならしめば、われはすなわち漢人のせつなるものと云うたのは、徂徠だったかな、和尚さん」

「わしは知らん。そういばるほどの字でもないて、ワハハハハ」

「時に和尚さんは、誰を習われたのかな」

「わしか。ぜんぼうずは本も読まず、てならいもせんから、のう」

「しかし、誰ぞ習われたろう」

「若い時にこうせんの字を、少しけいこした事がある。それぎりじゃ。それでも人に頼まれればいつでも、書きます。ワハハハハ。時にそのたんけいを一つ御見せ」と和尚が催促する。

 とうとうどんすの袋を取りける。一座の視線はことごとくすずりの上に落ちる。厚さはほとんど二寸に近いから、通例のものの倍はあろう。四寸に六寸の幅も長さもまずなみと云ってよろしい。ふたには、うろこのかたにみがきをかけた松の皮をそのまま用いて、上にはしゅうるしで、わからぬ書体が二字ばかり書いてある。

「この蓋が」と老人が云う。「この蓋が、ただの蓋ではないので、御覧の通り、松の皮には相違ないが……」

 老人の眼は余の方を見ている。しかし松の皮の蓋にいかなるいんねんがあろうと、画工として余はあまり感服は出来んから、

「松の蓋は少し俗ですな」

と云った。老人はまあと云わぬばかりに手をげて、

「ただ松の蓋と云うばかりでは、俗でもあるが、これはその何ですよ。さんようが広島におった時に庭に生えていた松の皮をいで山陽が手ずから製したのですよ」

 なるほどさんようは俗な男だと思ったから、

「どうせ、自分で作るなら、もっと不器用に作れそうなものですな。わざとこのうろこのかたなどをぴかぴかぎ出さなくっても、よさそうに思われますが」と遠慮のないところを云ってけた。

「ワハハハハ。そうよ、このふたはあまり安っぽいようだな」とおしょうはたちまち余に賛成した。

 若い男は気の毒そうに、老人の顔を見る。老人は少々不機嫌のていに蓋を払いのけた。下からいよいよすずりしょうたいをあらわす。

 もしこの硯について人の眼をそばだつべき特異の点があるとすれば、その表面にあらわれたるしょうじんこくである。まんなかたもとどけいほどな丸い肉が、ふちとすれすれの高さにり残されて、これをくもかたどる。中央から四方に向って、八本の足がわんきょくして走ると見れば、先にはおのおのくよくがんかかえている。残る一個は背の真中に、しるをしたたらしたごとくにじんで見える。背と足と縁を残して余る部分はほとんど一寸余の深さに掘り下げてある。墨をたたえる所は、よもやこのざんごうの底ではあるまい。たとい一合の水を注ぐともこの深さをたすには足らぬ。思うにすいううちから、一滴の水をぎんしゃくにて、くもの背に落したるを、とうとき墨にり去るのだろう。それでなければ、名は硯でも、その実は純然たるぶんぼうようの装飾品に過ぎぬ。

 老人はよだれの出そうな口をして云う。

「このはだあいと、このがんを見て下さい」

 なるほど見れば見るほどいい色だ。寒くじゅんたくを帯びたる肌の上に、はっと、ひといきかけたなら、ただちにって、いちだの雲を起すだろうと思われる。ことに驚くべきは眼の色である。眼の色と云わんより、眼と地のあいまじわる所が、次第に色を取り替えて、いつ取り替えたか、ほとんどわがめあざむかれたるを見出し得ぬ事である。形容して見ると紫色のむしようかんの奥に、いんげんまめを、いて見えるほどの深さにめ込んだようなものである。眼と云えば一個二個でも大変に珍重される。九個と云ったら、ほとんどるいはあるまい。しかもその九個が整然と同距離にあんばいされて、あたかも人造のねりものと見違えらるるに至ってはもとより天下のいっぴんをもって許さざるを得ない。

「なるほど結構です。て心持がいいばかりじゃありません。こうしてさわっても愉快です」と云いながら、余は隣りの若い男に硯を渡した。

きゅういちに、そんなものが解るかい」と老人が笑いながら聞いて見る。久一君は、やけの気味で、

「分りゃしません」と打ちったように云い放ったが、わからん硯を、自分の前へ置いて、ながめていては、もったいないと気がついたものか、また取り上げて、余に返した。余はもう一ぺん丁寧にで廻わしたのち、とうとうこれをうやうやしくぜんじに返却した。禅師はとくとの上で見済ました末、それではき足らぬと考えたと見えて、ねずみもめんの着物のそでを容赦なくくもの背へこすりつけて、つやの出た所をしきりにしょうがんしている。

「隠居さん、どうもこの色が実にいな。使うた事があるかの」

「いいや、めったには使いとう、ないから、まだ買うたなりじゃ」

「そうじゃろ。こないなのはしなでも珍らしかろうな、隠居さん」

さよう

「わしも一つ欲しいものじゃ。何なら久一さんに頼もうか。どうかな、買うて来ておくれかな」

「へへへへ。すずりを見つけないうちに、死んでしまいそうです」

「本当に硯どころではないな。時にいつ御立ちか」

にさんちうちに立ちます」

「隠居さん。吉田まで送って御やり」

「普段なら、年は取っとるし、まあみあわすところじゃが、ことによると、もうえんかも、知れんから、送ってやろうと思うております」

おじさんは送ってくれんでもいいです」

 若い男はこの老人のおいと見える。なるほどどこか似ている。

「なあに、送って貰うがいい。かわふねで行けば訳はない。なあ隠居さん」

「はい、やまごしでは難義だが、廻り路でも船なら……」

 若い男は今度は別に辞退もしない。ただ黙っている。

「支那の方へおいでですか」と余はちょっと聞いて見た。

「ええ」

 ええの二字では少し物足らなかったが、その上掘って聞く必要もないからひかえた。しょうじを見ると、らんの影が少し位置を変えている。

「なあに、あなた。やはり今度の戦争で――これがもと志願兵をやったものだから、それで召集されたので」

 老人は当人に代って、満洲のに日ならず出征すべきこの青年の運命を余にげた。この夢のような詩のような春の里に、くは鳥、落つるは花、くはいでゆのみと思いめていたのは間違である。現実世界は山を越え、海を越えて、へいけこうえいのみ住み古るしたる孤村にまでせまる。さくほくこうやを染むる血潮の何万分の一かは、この青年の動脈からほとばしる時が来るかも知れない。この青年の腰にる長きつるぎの先から煙りとなって吹くかも知れない。しかしてその青年は、夢みる事よりほかに、何らの価値を、人生に認め得ざる一画工の隣りに坐っている。耳をそばだつれば彼が胸に打つ心臓の鼓動さえ聞き得るほど近くに坐っている。その鼓動のうちには、百里の平野をく高きうしおが今すでに響いているかも知れぬ。運命はそつぜんとしてこの二人を一堂のうちに会したるのみにて、その他には何事をも語らぬ。



編集

「御勉強ですか」と女が云う。部屋に帰った余は、さんきゃくきしばりつけた、書物の一冊をいて読んでいた。

おはいりなさい。ちっとも構いません」

 女は遠慮するけしきもなく、つかつかと這入る。くすんだはんえりの中から、かっこうのいいくびの色が、あざやかに、き出ている。女が余の前に坐った時、この頸とこの半襟の対照が第一番に眼についた。

「西洋の本ですか、むずかしい事が書いてあるでしょうね」

「なあに」

「じゃ何が書いてあるんです」

「そうですね。実はわたしにも、よく分らないんです」

「ホホホホ。それで御勉強なの」

「勉強じゃありません。ただ机の上へ、こうけて、開いた所をいい加減に読んでるんです」

「それで面白いんですか」

「それが面白いんです」

「なぜ?」

「なぜって、小説なんか、そうして読む方が面白いです」

「よっぽど変っていらっしゃるのね」

「ええ、ちっと変ってます」

「初から読んじゃ、どうして悪るいでしょう」

「初から読まなけりゃならないとすると、しまいまで読まなけりゃならない訳になりましょう」

「妙なりくつだ事。しまいまで読んだっていいじゃありませんか」

「無論わるくは、ありませんよ。筋を読む気なら、わたしだって、そうします」

「筋を読まなけりゃ何を読むんです。筋のほかに何か読むものがありますか」

 余は、やはり女だなと思った。多少試験してやる気になる。

「あなたは小説が好きですか」

「私が?」と句を切った女は、あとから「そうですねえ」とはっきりしない返事をした。あまり好きでもなさそうだ。

「好きだか、きらいだか自分にも解らないんじゃないですか」

「小説なんか読んだって、読まなくったって……」

と眼中にはまるで小説の存在を認めていない。

「それじゃ、初から読んだって、しまいから読んだって、いい加減な所をいい加減に読んだって、いい訳じゃありませんか。あなたのようにそう不思議がらないでもいいでしょう」

「だって、あなたと私とは違いますもの」

「どこが?」と余は女の眼のうちを見詰めた。試験をするのはここだと思ったが、女のひとみは少しも動かない。

「ホホホホ解りませんか」

「しかし若いうちは随分御読みなすったろう」余は一本道で押し合うのをやめにして、ちょっと裏へ廻った。

「今でも若いつもりですよ。かわいそうに」放したたかはまたそれかかる。すこしも油断がならん。

「そんな事が男の前で云えれば、もう年寄のうちですよ」と、やっと引き戻した。

「そう云うあなたも随分の御年じゃあ、ありませんか。そんなに年をとっても、やっぱり、れたの、れたの、にきびが出来たのってえ事が面白いんですか」

「ええ、面白いんです、死ぬまで面白いんです」

「おやそう。それだからえかきなんぞになれるんですね」

「全くです。画工だから、小説なんか初からしまいまで読む必要はないんです。けれども、どこを読んでも面白いのです。あなたと話をするのも面白い。ここへとうりゅうしているうちは毎日話をしたいくらいです。何ならあなたに惚れ込んでもいい。そうなるとなお面白い。しかしいくら惚れてもあなたと夫婦になる必要はないんです。惚れて夫婦になる必要があるうちは、小説を初からしまいまで読む必要があるんです」

「するとふにんじょうな惚れ方をするのが画工なんですね」

「不人情じゃありません。非人情な惚れ方をするんです。小説も非人情で読むから、筋なんかどうでもいいんです。こうして、おみくじを引くように、ぱっとけて、開いた所を、漫然と読んでるのが面白いんです」

「なるほど面白そうね。じゃ、今あなたが読んでいらっしゃる所を、少し話してちょうだい。どんな面白い事が出てくるか伺いたいから」

「話しちゃ駄目です。だって話にしちゃ一文のねうちもなくなるじゃありませんか」

「ホホホそれじゃ読んで下さい」

「英語でですか」

「いいえ日本語で」

「英語を日本語で読むのはつらいな」

「いいじゃありませんか、非人情で」

 これもいっきょうだろうと思ったから、余は女のこいに応じて、例の書物をぽつりぽつりと日本語で読み出した。もし世界に非人情な読み方があるとすればまさにこれである。く女ももとより非人情で聴いている。

なさけの風が女から吹く。声から、眼から、はだえから吹く。男にたすけられてともに行く女は、夕暮のヴェニスをながむるためか、扶くる男はわがみゃくいなずまの血を走らすためか。――非人情だから、いい加減ですよ。ところどころ脱けるかも知れません」

「よござんすとも。御都合次第で、おたしなすっても構いません」

「女は男とならんでふなばたる。二人のへだたりは、風に吹かるるリボンの幅よりも狭い。女は男と共にヴェニスに去らばと云う。ヴェニスなるドウジのでんろうは今第二の日没のごとく、薄赤く消えて行く。……」

「ドージとは何です」

「何だって構やしません。むかしヴェニスを支配した人間の名ですよ。何代つづいたものですかね。その御殿が今でもヴェニスに残ってるんです」

「それでその男と女と云うのは誰の事なんでしょう」

「誰だか、わたしにも分らないんだ。それだから面白いのですよ。今までの関係なんかどうでもいいでさあ。ただあなたとわたしのように、こういっしょにいるところなんで、その場限りで面白味があるでしょう」

「そんなものですかね。何だか船の中のようですね」

「船でも岡でも、かいてある通りでいいんです。なぜと聞き出すとたんていになってしまうです」

「ホホホホじゃ聴きますまい」

「普通の小説はみんな探偵が発明したものですよ。非人情なところがないから、ちっともおもむきがない」

「じゃ非人情の続きを伺いましょう。それから?」

「ヴェニスは沈みつつ、沈みつつ、ただ空に引くいちまつの淡き線となる。線は切れる。切れて点となる。とんぼだまの空のなかにまるき柱が、ここ、かしこと立つ。ついには最も高くそびえたるしゅろうが沈む。沈んだと女が云う。ヴェニスを去る女の心は空行く風のごとく自由である。されど隠れたるヴェニスは、再び帰らねばならぬ女の心にきせつの苦しみを与う。男と女は暗き湾のかたに眼を注ぐ。星は次第に増す。柔らかにゆらぐ海はあわそそがず。男は女の手をる。鳴りやまぬゆづるを握ったここちである。……」

「あんまり非人情でもないようですね」

「なにこれが非人情的に聞けるのですよ。しかしいやなら少々略しましょうか」

「なに私は大丈夫ですよ」

「わたしは、あなたよりなお大丈夫です。――それからと、ええと、少しくずかしくなって来たな。どうも訳し――いや読みにくい」

「読みにくければ、おりゃくしなさい」

「ええ、いい加減にやりましょう。――このひとよと女が云う。一夜? と男がきく。一と限るはつれなし、いくよを重ねてこそと云う」

「女が云うんですか、男が云うんですか」

「男が云うんですよ。何でも女がヴェニスへ帰りたくないのでしょう。それで男が慰めることばなんです。――真夜中のかんぱんに帆綱を枕にしてよこたわりたる、男の記憶には、かの瞬時、熱き一滴の血に似たる瞬時、女の手をしかりたる瞬時がおおなみのごとくに揺れる。男は黒き夜を見上げながら、いられたる結婚のふちより、是非に女を救い出さんと思い定めた。かく思い定めて男は眼をずる。――」

「女は?」

「女は路に迷いながら、いずこに迷えるかを知らぬさまである。さらわれて空行く人のごとく、ただ不可思議の千万無量――あとがちょっと読みにくいですよ。どうも句にならない。――ただ不可思議の千万無量――何か動詞はないでしょうか」

「動詞なんぞいるものですか、それで沢山です」

「え?」

 ごうと音がして山のがことごとく鳴る。思わず顔を見合わすとたんに、机の上のいちりんざしけた、つばきがふらふらと揺れる。「地震!」と小声で叫んだ女は、ひざくずして余の机にりかかる。おたがいからだがすれすれに動く。キキーとするどいはばたきをして一羽のきじやぶの中から飛び出す。

「雉子が」と余は窓の外を見て云う。

「どこに」と女は崩した、からだをすりよせる。余の顔と女の顔が触れぬばかりに近づく。細い鼻の穴から出る女のいきが余のひげにさわった。

「非人情ですよ」と女はたちまちいずまいを正しながらきっと云う。

「無論」とごんかに余は答えた。

 岩のくぼみにたたえた春の水が、驚ろいて、のたりのたりとぬるうごいている。地盤の響きに、まんおうの波が底から動くのだから、表面が不規則に曲線を描くのみで、くだけた部分はどこにもない。円満に動くと云う語があるとすれば、こんな場合に用いられるのだろう。落ちついて影をひたしていた山桜が、水と共に、延びたり縮んだり、曲がったり、くねったりする。しかしどう変化してもやはり明らかに桜の姿をたもっているところが非常に面白い。

「こいつは愉快だ。きれいで、変化があって。こう云う風に動かなくっちゃ面白くない」

「人間もそう云う風にさえ動いていれば、いくら動いても大丈夫ですね」

「非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ」

「ホホホホ大変非人情が御好きだこと」

「あなた、だってきらいな方じゃありますまい。きのうふりそでなんか……」と言いかけると、

「何かごほうびをちょうだい」と女は急にあまえるように云った。

「なぜです」

「見たいとおっしゃったから、わざわざ、見せて上げたんじゃありませんか」

「わたしがですか」

やまごえをなさったの先生が、茶店の婆さんにわざわざ御頼みになったそうで御座います」

 余は何と答えてよいやらちょっとあいさつが出なかった。女はすかさず、

「そんな忘れっぽい人に、いくらじつをつくしても駄目ですわねえ」とあざけるごとく、うらむがごとく、またまっこうから切りつけるがごとく二の矢をついだ。だんだんはたいろがわるくなるが、どこで盛り返したものか、いったん機先を制せられると、なかなかすきを見出しにくい。

「じゃゆうべの風呂場も、全く御親切からなんですね」ときわどいところでようやく立て直す。

 女は黙っている。

「どうも済みません。御礼に何を上げましょう」と出来るだけ先へ出て置く。いくら出ても何のききめもなかった。女は何喰わぬ顔でだいてつおしょうの額をながめている。やがて、

ちくえいかいをはらってちりうごかず

と口のうちで静かに読みおわって、また余の方へ向き直ったが、急に思い出したように、

「何ですって」

と、わざと大きな声で聞いた。その手は喰わない。

「その坊主にさっきいましたよ」と地震にれた池の水のように円満な動き方をして見せる。

かんかいじの和尚ですか。ふとってるでしょう」

「西洋画でからかみをかいてくれって、云いましたよ。禅坊さんなんてものは随分わけのわからない事を云いますね」

「それだから、あんなに肥れるんでしょう」

「それから、もう一人若い人に逢いましたよ。……」

きゅういちでしょう」

「ええ久一君です」

「よく御存じです事」

「なに久一君だけ知ってるんです。そのほかには何にも知りゃしません。口を聞くのがきらいな人ですね」

「なに、遠慮しているんです。まだ小供ですから……」

「小供って、あなたと同じくらいじゃありませんか」

「ホホホホそうですか。あれはわたくしのいとこですが、今度戦地へ行くので、いとまごいに来たのです」

「ここにとまって、いるんですか」

「いいえ、兄のうちにおります」

「じゃ、わざわざ御茶を飲みに来た訳ですね」

「御茶よりおゆの方がすきなんですよ。父がよせばいいのに、呼ぶものですから。しびれが切れて困ったでしょう。私がおれば中途から帰してやったんですが……」

「あなたはどこへいらしったんです。おしょうが聞いていましたぜ、またひとり散歩かって」

「ええ鏡の池の方を廻って来ました」

「その鏡の池へ、わたしも行きたいんだが……」

「行って御覧なさい」

にかくに好い所ですか」

「身を投げるに好い所です」

「身はまだなかなか投げないつもりです」

「私はきんきん投げるかも知れません」

 余りに女としては思い切ったじょうだんだから、余はふと顔を上げた。女は存外たしかである。

「私が身を投げて浮いているところを――苦しんで浮いてるところじゃないんです――やすやすと往生して浮いているところを――奇麗な画にかいて下さい」

「え?」

「驚ろいた、驚ろいた、驚ろいたでしょう」

 女はすらりと立ち上る。三歩にして尽くる部屋の入口を出るとき、かえりみてにこりと笑った。ぼうぜんたる事たじ



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 鏡が池へ来て見る。観海寺の裏道の、杉の間から谷へ降りて、向うの山へ登らぬうちに、路はふたまたわかれて、おのずから鏡が池の周囲となる。池のふちにはくまざさが多い。ある所は、左右からい重なって、ほとんど音を立てずには通れない。木の間から見ると、池の水は見えるが、どこで始まって、どこで終るか一応廻った上でないと見当がつかぬ。あるいて見ると存外小さい。三丁ほどよりあるまい。ただ非常に不規則なかたちで、ところどころに岩が自然のままみずぎわよこたわっている。縁の高さも、池の形の名状しがたいように、波を打って、色々な起伏を不規則につらねている。

 池をめぐりてはぞうきが多い。何百本あるかかんじょうがし切れぬ。中には、まだ春の芽を吹いておらんのがある。割合に枝のまない所は、依然として、うららかな春の日を受けて、え出でたしたぐささえある。つぼすみれの淡き影が、ちらりちらりとその間に見える。

 日本の菫は眠っている感じである。「てんらいの奇想のように」、と形容したせいじんの句はとうていあてはまるまい。こう思うとたんに余の足はとまった。足がとまれば、いやになるまでそこにいる。いられるのは、幸福な人である。東京でそんな事をすれば、すぐ電車に引き殺される。電車が殺さなければ巡査が追い立てる。都会は太平のたみこじきと間違えて、すりの親分たるたんていに高い月俸を払う所である。

 余は草をしとねに太平の尻をそろりとおろした。ここならば、五六日こうしたなり動かないでも、誰も苦情を持ち出すきづかいはない。自然のありがたいところはここにある。いざとなるとようしゃみれんもない代りには、人にって取り扱をかえるような軽薄な態度はすこしも見せない。いわさきみついを眼中に置かぬものは、いくらでもいる。冷然としてここん帝王の権威をふうばぎゅうし得るものは自然のみであろう。自然の徳は高く塵界を超越して、対絶のびょうどうかんむへんさいに樹立している。天下のぐんしょうさしまねいで、いたずらにタイモンのいきどおりを招くよりは、らんを九けいを百けいえて、ひとりそのうちきがする方が遥かに得策である。余は公平と云いむしと云う。さほどだいじなものならば、日に千人のしょうぞくりくして、まんぽの草花を彼らのしかばねつちかうがよかろう。

 何だかかんがえに落ちていっこうつまらなくなった。こんな中学程度のかんそうを練りにわざわざ、鏡が池まで来はせぬ。たもとからたばこを出して、マッチをシュッとる。てごたえはあったが火は見えない。しきしまのさきに付けて吸ってみると、鼻から煙が出た。なるほど、吸ったんだなとようやく気がついた。マッチは短かい草のなかで、しばらくあまりょうのような細い煙りを吐いて、すぐじゃくめつした。席をずらせてだんだんみずぎわまで出て見る。余が茵は天然に池のなかに、ながれ込んで、足をひたせばなまぬるい水につくかも知れぬと云うまぎわで、とまる。水をのぞいて見る。

 眼の届く所はさまで深そうにもない。底には細長いみずぐさが、おうじょうして沈んでいる。余は往生と云うよりほかに形容すべき言葉を知らぬ。岡のすすきならなびく事を知っている。の草ならばさそう波のなさけを待つ。百年待っても動きそうもない、水の底に沈められたこの水草は、動くべきすべての姿勢をととのえて、朝な夕なに、なぶらるる期を、待ち暮らし、待ち明かし、いくよおもいくきの先にめながら、今に至るまでついに動き得ずに、また死に切れずに、生きているらしい。

 余は立ち上がって、草の中から、手頃の石を二つ拾って来る。くどくになると思ったから、眼の先へ、一つほうり込んでやる。ぶくぶくとあわが二つ浮いて、すぐ消えた。すぐ消えた、すぐ消えたと、余は心のうちで繰り返す。すかして見ると、みくきほどの長い髪が、ものうげに揺れかかっている。見つかってはと云わぬばかりに、濁った水が底の方から隠しに来る。なむあみだぶつ

 今度は思い切って、懸命にまんなかへなげる。ぽかんとかすかに音がした。静かなるものは決して取り合わない。もうげる気も無くなった。絵の具箱と帽子を置いたまま右手へ廻る。

 二間余りをつまさきあがりに登る。頭の上には大きながかぶさって、からだが急に寒くなる。向う岸の暗い所につばきが咲いている。椿の葉は緑が深すぎて、昼見ても、ひなたで見ても、軽快な感じはない。ことにこの椿はいわかどを、奥へ二三間とおのいて、花がなければ、何があるか気のつかない所にしんかんとして、かたまっている。その花が! 一日かんじょうしても無論勘定し切れぬほど多い。しかし眼がつけば是非勘定したくなるほどあざやかである。ただ鮮かと云うばかりで、いっこう陽気な感じがない。ぱっと燃え立つようで、思わず、気をられた、あとは何だかすごくなる。あれほど人をだます花はない。余はみやまつばきを見るたびにいつでもようじょの姿を連想する。黒い眼で人を釣り寄せて、しらぬ間に、えんぜんたる毒を血管に吹く。あざむかれたとさとった頃はすでに遅い。向う側の椿が眼にった時、余は、ええ、見なければよかったと思った。あの花の色はただの赤ではない。眼をさますほどのはでやかさの奥に、言うに言われぬ沈んだ調子を持っている。しょうぜんとしてしおれるうちゅうりかには、ただ憐れな感じがする。冷やかにえんなるげっかかいどうには、ただ愛らしい気持ちがする。椿の沈んでいるのは全く違う。黒ずんだ、毒気のある、恐ろしを帯びた調子である。この調子を底に持って、うわべはどこまでも派出によそおっている。しかも人にぶるさまもなければ、ことさらに人を招く様子も見えぬ。ぱっと咲き、ぽたりと落ち、ぽたりと落ち、ぱっと咲いて、幾百年のせいそうを、人目にかからぬ山陰に落ちつき払って暮らしている。ただひとめ見たが最後! 見た人は彼女の魔力からこんりんざいのがるる事は出来ない。あの色はただの赤ではない。ほふられたるしゅうじんの血が、おのずから人の眼をいて、自から人の心を不快にするごとく一種異様な赤である。

 見ていると、ぽたり赤い奴が水の上に落ちた。静かな春に動いたものはただこの一輪である。しばらくするとまたぽたり落ちた。あの花は決して散らない。くずれるよりも、かたまったまま枝を離れる。枝を離れるときは一度に離れるから、みれんのないように見えるが、落ちてもかたまっているところは、何となく毒々しい。またぽたり落ちる。ああやって落ちているうちに、池の水が赤くなるだろうと考えた。花が静かに浮いているあたりは今でも少々赤いような気がする。また落ちた。地の上へ落ちたのか、水の上へ落ちたのか、区別がつかぬくらい静かに浮く。また落ちる。あれが沈む事があるだろうかと思う。ねんねん落ち尽す幾万輪の椿は、水につかって、色がけ出して、腐って泥になって、ようやく底に沈むのかしらん。幾千年の後にはこの古池が、人の知らぬに、落ちた椿のために、うずもれて、元のひらちに戻るかも知れぬ。また一つ大きいのが血を塗った、ひとだまのように落ちる。また落ちる。ぽたりぽたりと落ちる。際限なく落ちる。

 こんな所へ美しい女の浮いているところをかいたら、どうだろうと思いながら、元の所へ帰って、また煙草をんで、ぼんやり考え込む。ゆばおなみさんがきのうじょうだんに云った言葉が、うねりを打って、記憶のうちに寄せてくる。心はおおなみにのる一枚のいたごのように揺れる。あの顔をたねにして、あの椿の下に浮かせて、上から椿を幾輪も落とす。椿がとこしなえに落ちて、女が長えに水に浮いている感じをあらわしたいが、それがでかけるだろうか。かのラオコーンには――ラオコーンなどはどうでも構わない。原理にそむいても、背かなくっても、そう云う心持ちさえ出ればいい。しかし人間を離れないで人間以上の永久と云う感じを出すのは容易な事ではない。第一顔に困る。あの顔を借りるにしても、あの表情では駄目だ。苦痛が勝ってはすべてをわしてしまう。と云ってむやみに気楽ではなお困る。いっそほかの顔にしては、どうだろう。あれか、これかと指を折って見るが、どうもおもわしくない。やはり御那美さんの顔が一番似合うようだ。しかし何だか物足らない。物足らないとまでは気がつくが、どこが物足らないかが、われながら不明である。したがって自己の想像でいい加減に作りえる訳に行かない。あれに{{Ruby|嫉妒では不安の感が多過ぎる。ぞうおはどうだろう。憎悪はげし過ぎる。いかり? 怒では全然調和を破る。うらみ? 恨でもしゅんこんとか云う、詩的のものならば格別、ただの恨では余り俗である。いろいろに考えた末、しまいにようやくこれだと気がついた。多くあるじょうしょのうちで、あわれと云う字のあるのを忘れていた。憐れは神の知らぬじょうで、しかも神にもっとも近き人間の情である。御那美さんの表情のうちにはこの憐れの念が少しもあらわれておらぬ。そこが物足らぬのである。あるとっさの衝動で、この情があの女のびうにひらめいた瞬時に、わがじょうじゅするであろう。しかし――いつそれが見られるか解らない。あの女の顔に普段充満しているものは、人を馬鹿にするうすわらいと、勝とう、勝とうとあせる八の字のみである。あれだけでは、とても物にならない。

 がさりがさりと足音がする。きょうりの図案は三二でくずれた。見ると、つつそでを着た男が、まきせて、くまざさのなかを観海寺の方へわたってくる。隣りの山からおりて来たのだろう。

「よい御天気で」とてぬぐいをとってあいさつする。腰をかがめるとたんに、三尺帯におとしたなたがぴかりと光った。四十がっこうたくましい男である。どこかで見たようだ。男は旧知のようになれなれしい。

だんなも画をおかきなさるか」余の絵の具箱はけてあった。

「ああ。この池でもこうと思って来て見たが、さみしい所だね。誰も通らない」

「はあい。まことに山の中で……旦那あ、とうげおふられなさって、さぞ御困りでござんしたろ」

「え? うんおまえはあの時のまごさんだね」

「はあい。こうやってたきぎを切ってはじょうかへ持って出ます」と源兵衛は荷をおろして、その上へ腰をかける。たばこいれを出す。古いものだ。紙だかかわだか分らない。余はマッチしてやる。

「あんな所を毎日越すなあ大変だね」

「なあに、馴れていますから――それに毎日は越しません。みっかに一ぺん、ことによるとよっかめくらいになります」

「四日に一ぺんでも御免だ」

「アハハハハ。馬がふびんですから四日目くらいにして置きます」

「そりゃあ、どうも。自分より馬の方が大事なんだね。ハハハハ」

「それほどでもないんで……」

「時にこの池はよほど古いもんだね。全体いつ頃からあるんだい」

「昔からありますよ」

「昔から? どのくらい昔から?」

「なんでもよっぽど古い昔から」

「よっぽど古い昔しからか。なるほど」

「なんでも昔し、しほだの嬢様が、身を投げた時分からありますよ」

「志保田って、あのゆばのかい」

「はあい」

「御嬢さんが身を投げたって、現に達者でいるじゃないか」

「いんにえ。あの嬢さまじゃない。ずっと昔の嬢様が」

「ずっと昔の嬢様。いつ頃かね、それは」

「なんでも、よほど昔しの嬢様で……」

「その昔の嬢様が、どうしてまた身を投げたんだい」

「その嬢様は、やはり今の嬢様のように美しい嬢様であったそうながな、旦那様」

「うん」

「すると、ある日、ひとりぼろんじが来て……」

「梵論字と云うとこもそうの事かい」

「はあい。あの尺八を吹く梵論字の事でござんす。その梵論字が志保田のしょうやとうりゅうしているうちに、その美くしい嬢様が、その梵論字をみそめて――いんがと申しますか、どうしてもいっしょになりたいと云うて、泣きました」

「泣きました。ふうん」

「ところが庄屋どのが、聞き入れません。梵論字はむこにはならんと云うて。とうとう追い出しました」

「そのこもそう〈[#ルビの「こもそう」は底本では「こむそう」]〉をかい」

「はあい。そこで嬢様が、梵論字のあとを追うてここまで来て、――あの向うに見える松の所から、身を投げて、――とうとう、えらい騒ぎになりました。その時何でも一枚の鏡を持っていたとか申し伝えておりますよ。それでこの池を今でも鏡が池と申しまする」

「へええ。じゃ、もう身を投げたものがあるんだね」

「まことにしからん事でござんす」

「何代くらい前の事かい。それは」

「なんでもよっぽど昔の事でござんすそうな。それから――これはここ限りの話だが、旦那さん」

「何だい」

「あの志保田の家には、だいだいきちがいが出来ます」

「へええ」

「全くたたりでござんす。今の嬢様も、近頃は少し変だ云うて、皆がはやします」

「ハハハハそんな事はなかろう」

「ござんせんかな。しかしあのおふくろさまがやはり少し変でな」

「うちにいるのかい」

「いいえ、去年くなりました」

「ふん」と余は煙草のすいがらから細い煙の立つのを見て、口を閉じた。源兵衛はまきにして去る。

 をかきに来て、こんな事を考えたり、こんな話しを聴くばかりでは、いくにちかかっても一枚も出来っこない。せっかく絵の具箱まで持ち出した以上、今日は義理にもしたえをとって行こう。さいわい、向側の景色は、あれなりでほぼまとまっている。あすこでももうわけにちょっとこう。

 一丈余りのあおぐろい岩が、まっすぐに池の底から突き出して、き水の折れ曲るかどに、ささと構える右側には、例のくまざさだんがいの上からみずぎわまで、いっすんすきまなくそうせいしている。上にはみかかえほどの大きな松が、わかづたにからまれた幹を、ななめにねじって、半分以上水のおもてへ乗り出している。鏡をふところにした女は、あの岩の上からでも飛んだものだろう。

 さんきゃくきしりえて、面画に入るべき材料を見渡す。松と、笹と、岩と水であるが、さて水はどこでとめてよいか分らぬ。岩の高さが一丈あれば、影も一丈ある。熊笹は、水際でとまらずに、水の中まで茂り込んでいるかとあやしまるるくらい、あざやかに水底まで写っている。松に至っては空にそびゆる高さが、見上げらるるだけ、影もまたすこぶる細長い。眼に写っただけの寸法ではとうていおさまりがつかない。いっその事、実物をやめて影だけ描くのも一興だろう。水をかいて、水の中の影をかいて、そうして、これが画だと人に見せたら驚ろくだろう。しかしただ驚ろかせるだけではつまらない。なるほど画になっていると驚かせなければつまらない。どうくふうをしたものだろうと、一心に池のおもを見詰める。

 奇体なもので、影だけながめていてはいっこう画にならん。実物と見比べて工夫がして見たくなる。余は水面からひとみを転じて、そろりそろりと上の方へ視線を移して行く。一丈のいわおを、影の先から、水際のつぎめまで眺めて、継目から次第に水の上に出る。じゅんたくけあいから、しゅんしゅの模様をちくいちぎんみしてだんだんと登って行く。ようやく登り詰めて、余のそうがんが今きがんいただきに達したるとき、余はへびにらまれたひきのごとく、はたりとえふでを取り落した。

 みどりの枝を通す夕日を背に、暮れんとする晩春の蒼黒く巌頭をいろどる中に、そぜんとして織り出されたる女の顔は、――かかに余を驚かし、まぼろしに余を驚ろかし、ふりそでに余を驚かし、風呂場に余を驚かしたる女の顔である。

 余が視線は、あおじろき女の顔のまんなかにぐさとくぎづけにされたぎり動かない。女もしなやかなるたいくせるだけ伸して、高いいわおの上に一指も動かさずに立っている。このいっせつな

 余は覚えず飛び上った。女はひらりと身をひねる。帯の間に椿の花の如く赤いものが、ちらついたと思ったら、すでに向うへ飛び下りた。夕日はじゅしょうかすめて、かすかに松の幹を染むる。熊笹はいよいよ青い。

 また驚かされた。



十一編集

 やまざとおぼろに乗じてそぞろ歩く。観海寺の石段を登りながらあおぎかぞうしゅんせい一二三と云う句を得た。余は別におしょうに逢う用事もない。逢うて雑話をする気もない。偶然と宿をでて足の向くところに任せてぶらぶらするうち、ついこのせきとうの下に出た。しばらくくんしゅさんもんにいるをゆるさずと云う石をでて立っていたが、急にうれしくなって、登り出したのである。

 トリストラム・シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神のおぼしめしかのうた書き方はないとある。最初の一句はともかくもじりきつづる。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。したがって責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀をんだ、無責任の散歩である。ただ神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任をのがれると同時にこれを在天の神にした。引き受けてくれる神を持たぬ余はついにこれをどぶの中にてた。

 石段を登るにも骨を折っては登らない。骨が折れるくらいなら、すぐ引き返す。一段登ってたたずむとき何となく愉快だ。それだから二段登る。二段目に詩が作りたくなる。もくねんとして、吾影を見る。かくいしさえぎられて三段に切れているのは妙だ。妙だからまた登る。仰いで天を望む。寝ぼけた奥から、小さい星がしきりにまばたきをする。句になると思って、また登る。かくして、余はとうとう、上まで登り詰めた。

 石段の上で思い出す。昔し鎌倉へ遊びに行って、いわゆるごさんなるものを、ぐるぐる尋ねて廻った時、たしかえんがくじたっちゅうであったろう、やはりこんな風に石段をのそりのそりと登って行くと、門内から、ころもを着た、頭のはちの開いた坊主が出て来た。余はのぼる、坊主はくだる。すれ違った時、坊主が鋭どい声でどこへおいでなさると問うた。余はただけいだいを拝見にと答えて、同時に足をめたら、坊主はただちに、何もありませんぞと言い捨てて、すたすた下りて行った。あまりしゃらくだから、余は少しくせんを越された気味で、段上に立って、坊主を見送ると、坊主は、かの鉢の開いた頭を、振り立て振り立て、ついに姿を杉の木の間に隠した。そのあいだかつて一度も振り返った事はない。なるほど禅僧は面白い。きびきびしているなと、のっそり山門をはいって、見ると、広いくりも本堂も、がらんとして、人影はまるでない。余はその時に心からうれしく感じた。世の中にこんなしゃらくな人があって、こんな洒落に、人を取り扱ってくれたかと思うと、何となく気分がせいせいした。ぜんを心得ていたからと云う訳ではない。禅のぜの字もいまだに知らぬ。ただあの鉢の開いた坊主のしょさが気に入ったのである。

 世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやなやつうずまっている。元来何しに世の中へつらさらしているんだか、しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人のしりたんていをつけて、人のひるかんじょうをして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、うしろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針はにんにん勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針はひかえるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。

 こうやって、美しい春の夜に、何らの方針も立てずに、あるいてるのは実際高尚だ。興きたれば興来るをもって方針とする。興去れば興去るをもって方針とする。句を得れば、得たところに方針が立つ。得なければ、得ないところに方針が立つ。しかも誰の迷惑にもならない。これが真正の方針である。屁を勘定するのは人身攻撃の方針で、屁をひるのは正当ぼうぎょの方針で、こうやって観海寺の石段を登るのはずいえんほうこうの方針である。

 あおぎかぞうしゅんせい一二三の句を得て、せきとうを登りつくしたる時、おぼろにひかる春の海が帯のごとくに見えた。山門を入る。ぜっくまとめる気にならなくなった。即座にやめにする方針を立てる。

 石をたたんでくりに通ずる一筋道の右側は、岡つつじのいけがきで、垣のむこうは墓場であろう。左は本堂だ。やねがわらが高い所で、かすかに光る。数万のいらかに、数万の月が落ちたようだとみあげる。どこやらで鳩の声がしきりにする。むねの下にでも住んでいるらしい。気のせいか、ひさしのあたりに白いものが、点々見える。ふんかも知れぬ。

 あまだれ落ちの所に、妙な影が一列に並んでいる。木とも見えぬ、草では無論ない。感じから云うといわさまたべえのかいた、おにねんぶつが、念仏をやめて、踊りを踊っている姿である。本堂のはじから端まで、一列に行儀よく並んでおどっている。その影がまた本堂の端から端まで一列に行儀よく並んで躍っている。おぼろよにそそのかされて、かねしゅもくも、ほうがちょうも打ちすてて、さそあわせるや否やこのやまでらへ踊りに来たのだろう。

 近寄って見ると大きなさぼてんである。高さは七八尺もあろう、へちまほどな青いきゅうりを、しゃもじのようにしひしゃげて、の方を下に、上へ上へとあわせたように見える。あの杓子がいくつつながったら、おしまいになるのか分らない。今夜のうちにもひさしを突き破って、屋根瓦の上まで出そうだ。あの杓子が出来る時には、何でも不意に、どこからか出て来て、ぴしゃりと飛びつくに違いない。古い杓子が新しい小杓子を生んで、その小杓子が長い年月のうちにだんだん大きくなるようには思われない。杓子と杓子の連続がいかにもとっぴである。こんなこっけいはたんとあるまい。しかも澄ましたものだ。いかなるこれぶつと問われて、ていぜんはくじゅしと答えた僧があるよしだが、もし同様の問に接した場合には、余は一も二もなく、げっかはおうじゅこたえるであろう。

 しょうじちょうほしと云う人の記行文を読んで、いまだにあんしょうしている句がある。「時に九月天高く露清く、山むなしく、月あきらかに、仰いでせいとればみなひかりだい、たまたま人の上にあるがごとし、そうかんたけ数十かん、相まかつして声せつせつやまず。ちくかんばいそうしんぜんとしてきびりりつしょうひんじょうのごとし。二三子あいかえりみ、はく動いていぬるを得ず。ちめい皆去る」とまた口の内で繰り返して見て、思わず笑った。このさぼてんも時と場合によれば、余のはくを動かして、見るや否や山を追い下げたであろう。とげに手を触れて見ると、いらいらと指をさす。

 いしだたみを行き尽くして左へ折れるとくりへ出る。庫裏の前に大きなもくれんがある。ほとんどかかえもあろう。高さは庫裏の屋根を抜いている。見上げると頭の上は枝である。枝の上も、また枝である。そうして枝の重なり合った上が月である。普通、枝がああ重なると、下から空は見えぬ。花があればなお見えぬ。木蓮の枝はいくら重なっても、枝と枝の間はほがらかにいている。木蓮は樹下に立つ人の眼を乱すほどの細い枝をいたずらには張らぬ。花さえあきらかである。この遥かなる下から見上げても一輪の花は、はっきりと一輪に見える。その一輪がどこまでむらがって、どこまで咲いているか分らぬ。それにもかかわらず一輪はついに一輪で、一輪と一輪の間から、薄青い空がはんぜんと望まれる。花の色は無論純白ではない。いたずらに白いのは寒過ぎる。もっぱらに白いのは、ことさらに人の眼を奪うたくみが見える。木蓮の色はそれではない。極度の白きをわざとけて、あたたかみのあるたんこうに、おくゆかしくもみずからをひげしている。余はいしだたみの上に立って、このおとなしい花がるいるいとどこまでもくうりはびこさまを見上げて、しばらくぼうぜんとしていた。眼に落つるのは花ばかりである。葉は一枚もない。

木蓮の花ばかりなる空を

と云う句を得た。どこやらで、鳩がやさしく鳴き合うている。

 庫裏に入る。庫裏は明け放してある。ぬすびとはおらぬ国と見える。いぬはもとよりえぬ。

「御免」

おとずれる。しんとして返事がない。

「頼む」

と案内を乞う。鳩の声がくううくううと聞える。

「頼みまああす」と大きな声を出す。

「おおおおおおお」と遥かのむこうで答えたものがある。人の家をうて、こんな返事を聞かされた事は決してない。やがて足音が廊下へ響くと、しそくの影が、ついたての向側にさした。小坊主がひょこりとあらわれる。りょうねんであった。

おしょうさんはおいでかい」

「おられる。何しにござった」

「温泉にいるえかきが来たと、とりついでおくれ」

「画工さんか。それじゃおあがり」

「断わらないでもいいのかい」

「よろしかろ」

 余は下駄を脱いで上がる。

「行儀がわるい画工さんじゃな」

「なぜ」

「下駄を、ようおそろえなさい。そらここを御覧」と紙燭を差しつける。黒い柱の真中に、土間から五尺ばかりの高さをみはからって、半紙を四つ切りにした上へ、何かしたためてある。

「そおら。読めたろ。きゃっかを見よ、と書いてあるが」

「なるほど」と余は自分の下駄を丁寧に揃える。

 和尚のへやは廊下をかぎまがって、本堂の横手にある。しょうじうやうやしくあけて、恭しく敷居越しにつくばった了念が、

「あのう、しほだから、画工さんが来られました」と云う。はなはだ恐縮のていである。余はちょっとおかしくなった。

「そうか、これへ」

 余は了念と入れ代る。室がすこぶる狭い。中にいろりを切って、てつびんが鳴る。和尚は向側にしょけんをしていた。

「さあこれへ」とめがねをはずして、書物をかたわらへおしやる。

「了念。りょううねええん」

「ははははい」

ざぶとんを上げんか」

「はははははい」と了念は遠くで、長い返事をする。

「よう、来られた。さぞ退屈だろ」

「あまり月がいいから、ぶらぶら来ました」

「いい月じゃな」と障子をあける。飛び石が二つ、松一本のほかには何もない、ひらにわの向うは、すぐけんがいと見えて、眼の下におぼろよの海がたちまちに開ける。急に気が大きくなったような心持である。いさりびがここ、かしこに、ちらついて、遥かの末は空に入って、星にけるつもりだろう。

「これはいい景色。おしょうさん、障子をしめているのはもったいないじゃありませんか」

「そうよ。しかし毎晩見ているからな」

いくばん見てもいいですよ、この景色は。私なら寝ずに見ています」

「ハハハハ。もっともあなたはえかきだから、わしとは少し違うて」

「和尚さんだって、うつくしいと思ってるうちは画工でさあ」

「なるほどそれもそうじゃろ。わしもだるまぐらいはこれで、かくがの。そら、ここに掛けてある、このじくは先代がかかれたのじゃが、なかなかようかいとる」

 なるほど達磨の画が小さいとこに掛っている。しかし画としてはすこぶるまずいものだ。ただぞっきがない。せつおおおうとつとめているところが一つもない。無邪気な画だ。この先代もやはりこの画のような構わない人であったんだろう。

「無邪気な画ですね」

「わしらのかく画はそれで沢山じゃ。きしょうさえあらわれておれば……」

「上手で俗気があるのより、いいです」

「ははははまあ、そうでも、めて置いてもらおう。時に近頃は画工にも博士があるかの」

「画工の博士はありませんよ」

「あ、そうか。この間、何でも博士に一人うた」

「へええ」

「博士と云うとえらいものじゃろな」

「ええ。えらいんでしょう」

「画工にも博士がありそうなものじゃがな。なぜ無いだろう」

「そういえば、和尚さんの方にも博士がなけりゃならないでしょう」

「ハハハハまあ、そんなものかな。――何とか云う人じゃったて、この間逢うた人は――どこぞに名刺があるはずだが……」

「どこで御逢いです、東京ですか」

「いやここで、東京へは、も二十年も出ん。近頃は電車とか云うものが出来たそうじゃが、ちょっと乗って見たいような気がする」

「つまらんものですよ。やかましくって」

「そうかな。しょっけん日にえ、ごぎゅう月にあえぐと云うから、わしのようないなかものは、かえって困るかも知れんてのう」

「困りゃしませんがね。つまらんですよ」

「そうかな」

 てつびんの口から煙がさかんに出る。おしょうちゃだんすから茶器を取り出して、茶をいでくれる。

「番茶を一つおあがり。志保田の隠居さんのようなうまい茶じゃない」

「いえ結構です」

「あなたは、そうやって、方々あるくように見受けるがやはりをかくためかの」

「ええ。道具だけは持ってあるきますが、画はかかないでも構わないんです」

「はあ、それじゃ遊び半分かの」

「そうですね。そう云ってもいでしょう。かんじょうをされるのが、いやですからね」

 さすがの禅僧も、この語だけはしかねたと見える。

「屁の勘定た何かな」

「東京に永くいると屁の勘定をされますよ」

「どうして」

「ハハハハハ勘定だけならいいですが。人の屁を分析して、しりの穴が三角だの、四角だのって余計な事をやりますよ」

「はあ、やはり衛生の方かな」

「衛生じゃありません。たんていの方です」

「探偵? なるほど、それじゃ警察じゃの。いったい警察の、巡査のて、何の役に立つかの。なけりゃならんかいの」

「そうですね、えかきにはりませんね」

「わしにも入らんがな。わしはまだ巡査のやっかいになった事がない」

「そうでしょう」

「しかし、いくら警察が屁の勘定をしたてて、構わんがな。ましていたら。自分にわるい事がなけりゃ、なんぼ警察じゃて、どうもなるまいがな」

「屁くらいで、どうかされちゃたまりません」

「わしが小坊主のとき、先代がよう云われた。人間は日本橋の真中にぞうふをさらけ出して、恥ずかしくないようにしなければ修業を積んだとは云われんてな。あなたもそれまで修業をしたらよかろ。旅などはせんでも済むようになる」

「画工になり澄ませば、いつでもそうなれます」

「それじゃ画工になり澄したらよかろ」

「屁の勘定をされちゃ、なり切れませんよ」

「ハハハハ。それ御覧。あの、あなたのとまっている、志保田の御那美さんも、嫁にって帰ってきてから、どうもいろいろな事が気になってならん、ならんと云うてしまいにとうとう、わしの所へほうを問いに来たじゃて。ところが近頃はだいぶ出来てきて、そら、御覧。あのようなわけのわかった女になったじゃて」

「へええ、どうもただの女じゃないと思いました」

「いやなかなかきほうするどい女で――わしの所へ修業に来ていたたいあんと云うにゃくそうも、あの女のために、ふとした事からだいじきゅうめいせんならんいんねんほうちゃくして――今によいちしきになるようじゃ」

 静かな庭に、松の影が落ちる、遠くの海は、空の光りにこたうるがごとく、応えざるがごとく、うやむやのうちにかすかなる、かがやきを放つ。いさりびは明滅す。

「あの松の影を御覧」

きれいですな」

「ただ奇麗かな」

「ええ」

「奇麗な上に、風が吹いても苦にしない」

 茶碗に余った渋茶を飲み干して、いとぞこを上に、ちゃたくへ伏せて、立ち上る。

「門まで送ってあげよう。りょううねええん。御客がおかえりだぞよ」

 送られて、くりを出ると、鳩がくううくううと鳴く。

「鳩ほど可愛いものはない、わしが、手をたたくと、みな飛んでくる。呼んで見よか」

 月はいよいよ明るい。しんしんとして、もくれんいくだうんげくうりけつりょうたるしゅんやまなかに、和尚ははたとたなごころつ。声はふうちゅうに死して一羽の鳩も下りぬ。

「下りんかいな。下りそうなものじゃが」

 了念は余の顔を見て、ちょっと笑った。和尚は鳩の眼が夜でも見えると思うているらしい。気楽なものだ。

 山門の所で、余は二人に別れる。見返えると、大きな丸い影と、小さな丸い影が、いしだたみの上に落ちて、前後して庫裏の方に消えて行く。



十二編集

 キリストは最高度に芸術家の態度を具足したるものなりとは、オスカー・ワイルドの説と記憶している。基督は知らず。観海寺のおしょうのごときは、まさしくこの資格を有していると思う。趣味があると云う意味ではない。時勢に通じていると云う訳でもない。彼はと云う名のほとんどくだすべからざるだるまふくを掛けて、ようできたなどと得意である。彼はえかきに博士があるものと心得ている。彼は鳩の眼を夜でもくものと思っている。それにもかかわらず、芸術家の資格があると云う。彼の心は底のないふくろのように行き抜けである。何にもていたいしておらん。ずいしょに動き去り、にんいし去って、じんしの腹部にちんでんするけしきがない。もし彼ののうりに一点の趣味をちょうし得たならば、彼はく所に同化して、こうしそうにょうの際にも、完全たる芸術家として存在し得るだろう。余のごときは、探偵にの数をかんじょうされる間は、とうてい画家にはなれない。がかに向う事は出来る。こていたを握る事は出来る。しかし画工にはなれない。こうやって、名も知らぬ山里へ来て、暮れんとするしゅんしょくのなかに五尺のそうくうずめつくして、始めて、真の芸術家たるべき態度に吾身を置き得るのである。一たびこのきょうがいに入れば美の天下はわが有に帰する。せきそを染めず、すんけんを塗らざるも、われは第一流の大画工である。において、ミケルアンゼロに及ばず、たくみなる事ラフハエルに譲る事ありとも、芸術家たるの人格において、古今の大家とほぶひとしゅうして、ごうゆずるところを見出し得ない。余はこの温泉場へ来てから、まだ一枚のもかかない。絵の具箱はすいきょうに、かついできたかの感さえある。人はあれでも画家かとわらうかもしれぬ。いくら嗤われても、今の余は真の画家である。立派な画家である。こう云うきょうを得たものが、名画をかくとは限らん。しかし名画をかき得る人は必ずこの境を知らねばならん。

 あさめしをすまして、一本のしきしまをゆたかに吹かしたるときの余の観想は以上のごとくである。日はかすみを離れて高くのぼっている。しょうじをあけて、うしろの山をながめたら、あおが非常にすき通って、例になくあざやかに見えた。

 余は常に空気と、物象と、彩色の関係をよのなかでもっとも興味ある研究の一と考えている。色を主にして空気を出すか、物を主にして、空気をかくか。または空気を主にしてそのうちに色と物とを織り出すか。画は少しのきあい一つでいろいろな調子が出る。この調子は画家自身のしこうで異なってくる。それは無論であるが、時と場所とで、おのずから制限されるのもまたとうぜんである。英国人のかいたさんすいに明るいものは一つもない。明るい画がきらいなのかも知れぬが、よし好きであっても、あの空気では、どうする事も出来ない。同じ英人でもグーダルなどは色の調子がまるで違う。違うはずである。彼は英人でありながら、かつて英国のけいしょくをかいた事がない。彼の画題は彼の郷土にはない。彼の本国に比すると、空気の透明の度の非常にまさっている、エジプトまたはペルシャへんの光景のみをえらんでいる。したがって彼のかいた画を、始めて見ると誰も驚ろく。英人にもこんな明かな色を出すものがあるかと疑うくらいはっきり出来上っている。

 個人のしこうはどうする事も出来ん。しかし日本の山水を描くのが主意であるならば、われわれもまた日本固有の空気と色を出さなければならん。いくらフランスの絵がうまいと云って、その色をそのままに写して、これが日本のけいしょくだとは云われない。やはりのあたり自然に接して、朝な夕なにうんようえんたいを研究したあげく、あの色こそと思ったとき、すぐさんきゃくきを担いで飛び出さなければならん。色はせつなに移る。一たび機をしっすれば、同じ色は容易に眼には落ちぬ。余が今見上げた山のには、めったにこの辺で見る事の出来ないほどない色がちている。せっかく来て、あれをにがすのは惜しいものだ。ちょっと写してきよう。

 ふすまをあけて、えんがわへ出ると、向う二階のしょうじに身をたして、那美さんが立っている。あごえりのなかへうずめて、横顔だけしか見えぬ。余があいさつをしようと思うとたんに、女は、左の手を落としたまま、右の手を風のごとく動かした。ひらめくはいなずまか、ふたおみおれ胸のあたりを、するりと走るやいなや、かちりと音がして、閃めきはすぐ消えた。女の左り手には九すんしらさやがある。姿はたちまち障子の影に隠れた。余は朝っぱらからかぶきざのぞいた気で宿を出る。

 門を出て、左へ切れると、すぐそばみちつづきの、つまあがりになる。うぐいすところどころで鳴く。左り手がなだらかな谷へ落ちて、みかんが一面に植えてある。右には高からぬ岡が二つほど並んで、ここにもあるは蜜柑のみと思われる。何年前か一度この地に来た。指を折るのも面倒だ。何でも寒いしわすの頃であった。その時蜜柑山に蜜柑がべたりに生る景色を始めて見た。蜜柑取りに一枝売ってくれと云ったら、いくつでも上げますよ、持っていらっしゃいと答えて、の上で妙なふしうたをうたい出した。東京では蜜柑の皮でさえやくしゅやへ買いに行かねばならぬのにと思った。夜になると、しきりにつつの音がする。何だと聞いたら、りょうしかもをとるんだと教えてくれた。その時は那美さんの、なの字も知らずに済んだ。

 あの女を役者にしたら、立派なおんながたが出来る。普通の役者は、舞台へ出ると、よそ行きの芸をする。あの女は家のなかで、じょうじゅう芝居をしている。しかも芝居をしているとは気がつかん。しぜんてんねんに芝居をしている。あんなのをびてきせいかつとでも云うのだろう。あの女のおかげの修業がだいぶ出来た。

 あの女のしょさを芝居と見なければ、薄気味がわるくて一日もいたたまれん。義理とか人情とか云う、尋常のどうぐだてを背景にして、普通の小説家のような観察点からあの女を研究したら、刺激が強過ぎて、すぐいやになる。現実世界にって、余とあの女の間にてんめんした一種の関係が成り立ったとするならば、余の苦痛は恐らくごんごに絶するだろう。余のこのたびの旅行は俗情を離れて、あくまで画工になり切るのが主意であるから、眼に入るものはことごとく画として見なければならん。能、芝居、もしくは詩中の人物としてのみ観察しなければならん。この覚悟のめがねから、あの女をのぞいて見ると、あの女は、今まで見た女のうちでもっともうつくしい所作をする。自分でうつくしい芸をして見せると云う気がないだけに役者の所作よりもなおうつくしい。

 こんなかんがえをもつ余を、誤解してはならん。社会の公民として不適当だなどと評してはもっともふとどきである。善は行い難い、徳はほどこしにくい、節操は守り安からぬ、義のために命を捨てるのは惜しい。これらをあえてするのはなんびとに取っても苦痛である。その苦痛をおかすためには、苦痛に打ち勝つだけの愉快がどこかにひそんでおらねばならん。画と云うも、詩と云うも、あるは芝居と云うも、このひさんのうちにこもる快感の別号に過ぎん。このおもむきを解し得て、始めてごじんの所作は壮烈にもなる、閑雅にもなる、すべての困苦に打ち勝って、胸中の一点の無上趣味を満足せしめたくなる。肉体の苦しみを度外に置いて、物質上の不便を物とも思わず、勇猛しょうじんの心をって、人道のために、ていかくらるるを面白く思う。もし人情なるせまき立脚地に立って、芸術の定義を下し得るとすれば、芸術は、われら教育ある士人のきょうりひそんで、じゃせいき、きょくしりぞちょくにくみし、じゃくたすきょうくじかねば、どうしてもえられぬと云う一念の結晶して、さんとしてはくじつを射返すものである。

 芝居気があると人の行為を笑う事がある。うつくしき趣味をつらぬかんがために、不必要なる犠牲をあえてするの人情に遠きをわらうのである。自然にうつくしき性格を発揮するの機会を待たずして、無理矢理に自己の趣味観をてらうのを笑うのである。真にこちゅうの消息を解し得たるものの嗤うはその意を得ている。趣味の何物たるをも心得ぬげすげろうの、わがいやしき心根に比較していやしむに至っては許しがたい。昔しがんとうぎんのこして、五十丈のひばくを直下してきゅうたんおもむいた青年がある。余のるところにては、彼の青年は美の一字のために、捨つべからざる命を捨てたるものと思う。死そのものはまことに壮烈である、ただその死をうながすの動機に至っては解しがたい。されども死そのものの壮烈をだに体し得ざるものが、いかにしてふじむらししょさを嗤い得べき。彼らは壮烈の最後をぐるの情趣をあじわい得ざるがゆえに、たとい正当の事情のもとにも、とうてい壮烈の最後を遂げ得べからざる制限ある点において、藤村子よりは人格として劣等であるから、嗤う権利がないものと余は主張する。

 余は画工である。画工であればこそ趣味専門の男として、たとい人情世界にだざいするも、東西両隣りのぼつふうりゅうかんよりも高尚である。社会の一員として優に他を教育すべき地位に立っている。詩なきもの、なきもの、芸術のたしなみなきものよりは、美くしき所作が出来る。人情世界にあって、美くしき所作は正である、義である、直である。正と義と直を行為の上において示すものは天下の公民の模範である。

 しばらく人情界を離れたる余は、少なくともこのりょちゅうに人情界に帰る必要はない。あってはせっかくの旅が無駄になる。人情世界から、じゃりじゃりする砂をふるって、底にあまる、うつくしいきんのみを眺めて暮さなければならぬ。余みずからも社会の一員をもって任じてはおらぬ。純粋なる専門画家として、おのれさえ、てんめんたる利害のるいさくを絶って、ゆうがふりに往来している。いわんや山をや水をや他人をや。那美さんの行為動作といえどもただそのままの姿と見るよりほかに致し方がない。

 三丁ほどのぼると、向うに白壁のひとかまえが見える。みかんのなかのすまいだなと思う。道は間もなく二筋に切れる。白壁を横に見て左りへ折れる時、振り返ったら、下から赤いこしまきをした娘があがってくる。腰巻がしだいに尽きて、下から茶色のはぎが出る。脛ができったら、わらぞうりになって、その藁草履がだんだん動いて来る。頭の上に山桜が落ちかかる。背中には光る海をしょっている。

 そばみちを登り切ると、山のでばなたいらな所へ出た。北側はみどりをたたむ春の峰で、今朝えんから仰いだあたりかも知れない。南側には焼野とも云うべき地勢が幅半丁ほど広がって、末はくずれたがけとなる。崖の下は今過ぎた蜜柑山で、村をまたいでむこうを見れば、眼に入るものは言わずも知れたあおうみである。

 みちは幾筋もあるが、合うては別れ、別れては合うから、どれが本筋とも認められぬ。どれも路である代りに、どれも路でない。草のなかに、黒赤い地が、見えたり隠れたりして、どの筋につながるかみわけのつかぬところに変化があって面白い。

 どこへ腰をえたものかと、草のなかをおちこちはいかいする。えんから見たときはになると思った景色も、いざとなると存外まとまらない。色もしだいに変ってくる。草原をのそつくうちに、いつしかく気がなくなった。描かぬとすれば、地位は構わん、どこへでもすわった所がわがすまいである。み込んだ春の日が、深く草の根にこもって、どっかと尻をおろすと、眼に入らぬかげろうつぶしたような心持ちがする。

 海は足の下に光る。遮ぎる雲のひとひらさえ持たぬ春の日影は、あまねく水の上を照らして、いつの間にかほとぼりは波の底までみ渡ったと思わるるほど暖かに見える。色はひとはけこんじょうを平らに流したる所々に、しろかねのさいりんを畳んでこまやかに動いている。春の日は限り無きあめしたを照らして、天が下は限りなき水をたたえたる間には、白き帆が小指のつめほどに見えるのみである。しかもその帆は全く動かない。そのかみにゅうこうこまぶねが遠くから渡ってくるときには、あんなに見えたであろう。そのほかはだいせん世界をきわめて、照らす日の世、照らさるる海の世のみである。

 ごろりとる。帽子がひたいをすべって、やけにあみだとなる。所々の草を一二尺いて、ぼけの小株が茂っている。余が顔はちょうどその一つの前に落ちた。ぼけは面白い花である。枝はがんこで、かつてまがった事がない。そんならまっすぐかと云うと、けっして真直でもない。ただ真直な短かい枝に、真直な短かい枝が、ある角度で衝突して、しゃに構えつつ全体が出来上っている。そこへ、べにだか白だか要領を得ぬ花があんかんと咲く。やわらかい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、おろかにしてさとったものであろう。世間にはせつを守ると云う人がある。この人がらいせに生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい。

 小供のうち花の咲いた、葉のついたぼけを切って、面白くえだぶりを作って、ひつかをこしらえた事がある。それへ二銭五厘のすいひつを立てかけて、白い穂が花と葉の間から、いんけんするのを机へせて楽んだ。その日はぼけひつかばかり気にして寝た。あくる日、眼がめるやいなや、飛び起きて、机の前へ行って見ると、花はえ葉は枯れて、白い穂だけが元のごとく光っている。あんなに奇麗なものが、どうして、こう一晩のうちに、枯れるだろうと、その時はふしんの念にえなかった。今思うとその時分の方がよほどしゅっせけんてきである。

 るや否や眼についた木瓜は二十年来の旧知己である。見詰めているとしだいに気が遠くなって、いい心持ちになる。また詩興が浮ぶ。

 寝ながら考える。一句を得るごとに写生帖にしるして行く。しばらくして出来上ったようだ。始めから読み直して見る。

出門多所思。春風吹吾衣。芳草生車轍。廃道入霞微。停笻而矚目。万象帯晴暉。聴黄鳥宛転。観落英紛霏。行尽平蕪遠。題詩古寺扉。孤愁高雲際。大空断鴻帰。寸心何窈窕。縹緲忘是非。三十我欲老。韶光猶依々。逍遥随物化。悠然対芬菲。

 ああ出来た、出来た。これで出来た。寝ながら木瓜をて、世の中を忘れている感じがよく出た。木瓜が出なくっても、海が出なくっても、感じさえ出ればそれで結構である。とうなりながら、喜んでいると、エヘンと云う人間のせきばらいが聞えた。こいつは驚いた。

 ねがえりをして、声の響いた方を見ると、山の出鼻を回って、ぞうきの間から、一人の男があらわれた。

 茶のなかおれをかぶっている。中折れの形はくずれて、かたむへりの下から眼が見える。眼のかっこうはわからんが、たしかにきょろきょろときょろつくようだ。あいしまものの尻をはしょって、すあしに下駄がけのちは、何だか鑑定がつかない。やせいひげだけで判断するとまさにのぶしの価値はある。

 男はそばみちを下りるかと思いのほか、曲り角からまた引き返した。もと来た路へ姿をかくすかと思うと、そうでもない。またあるき直してくる。この草原を、散歩する人のほかに、こんなに行きつ戻りつするものはないはずだ。しかしあれが散歩の姿であろうか。またあんな男がこのきんぺんに住んでいるとも考えられない。男は時々立ちどまる。首を傾ける。または四方を見廻わす。大に考え込むようにもある。人を待ち合せる風にも取られる。何だかわからない。

 余はこのぶっそうな男から、ついに吾眼をはなす事ができなかった。別に恐しいでもない、またにしようと云う気も出ない。ただ眼をはなす事ができなかった。右から左、左りから右と、男に添うて、眼を働かせているうちに、男ははたと留った。留ると共に、またひとりの人物が、余が視界にてんしゅつされた。

 二人はそうほうで互に認識したように、しだいに双方から近づいて来る。余が視界はだんだんちぢまって、原の真中で一点のせまき間にたたまれてしまう。二人は春の山をに、春の海を前に、ぴたりと向き合った。

 男は無論例ののぶしである。相手は? 相手は女である。なみさんである。

 余は那美さんの姿を見た時、すぐ今朝の短刀を連想した。もしやふところんでおりはせぬかと思ったら、さすがひにんじょうの余もただ、ひやりとした。

 男女は向き合うたまま、しばらくは、同じ態度で立っている。動くけしきは見えぬ。口は動かしているかも知れんが、言葉はまるで聞えぬ。男はやがて首をれた。女は山の方を向く。顔は余の眼に入らぬ。

 山ではうぐいすく。女は鶯に耳を借して、いるとも見える。しばらくすると、男はきっと、垂れた首を挙げて、なかくびすめぐらしかける。尋常のさまではない。女はさっと体を開いて、海の方へ向き直る。帯の間から頭を出しているのはかいけんらしい。男はこうぜんとして、行きかかる。女はふたあしばかり、男の踵をうて進む。女はぞうりばきである。男のとまったのは、呼び留められたのか。振り向く瞬間に女のめては帯の間へ落ちた。あぶない!

 するりと抜け出たのは、九寸五分かと思いのほか、さいふのような包み物である。差し出した白い手の下から、長いひもがふらふらとしゅんぷうに揺れる。

 片足を前に、腰から上を少しそらして、差し出した、白いてくびに、紫の包。これだけの姿勢で充分にはなろう。

 紫でちょっと切れた図面が、二三寸の間隔をとって、振り返る男のたいのこなし具合で、うまいあんばいにつながれている。ふそくふりとはこのせつなの有様を形容すべき言葉と思う。女は前を引く態度で、男はしりえに引かれた様子だ。しかもそれが実際に引いてもひかれてもおらん。両者のえんは紫の財布の尽くる所で、ふつりと切れている。

 二人の姿勢がかくのごとくびみょうな調和をたもっていると同時に、両者の顔と、衣服にはあくまで、対照が認められるから、画として見ると一層の興味が深い。

 のずんぐりした、色黒の、ひげづらと、くっきりしまったほそおもてに、えりの長い、なでがたの、きゃしゃ姿。ぶっきらぼうに身をひねった下駄がけの野武士と、ふだんぎめいせんさえしなやかに着こなした上、腰から上を、おとなしくり身に控えたるやさすがた。はげた茶の帽子に、あいじましりきでだちと、かげろうさえ燃やすべきくしめの通ったびんの色に、くろじゅすのひかる奥から、ちらりと見せたおびあげの、なまめかしさ。すべてがこうがだいである。

 男は手を出して財布を受け取る。引きつ引かれつたくみに平均を保ちつつあった二人の位置はたちまちくずれる。女はもう引かぬ、男は引かりょうともせぬ。心的状態が絵を構成する上に、かほどの影響を与えようとは、画家ながら、今まで気がつかなかった。

 二人は左右へ分かれる。双方にきあいがないから、もう画としては、しりめつれつである。ぞうきばやしの入口で男は一度振り返った。女はあとをも見ぬ。すらすらと、こちらへあるいてくる。やがて余のましょうめんまで来て、

「先生、先生」

ふたこえ掛けた。これはしたり、いつめっかったろう。

「何です」

と余はぼけの上へ顔を出す。帽子は草原へ落ちた。

「何をそんな所でしていらっしゃる」

「詩を作ってていました」

「うそをおっしゃい。今のを御覧でしょう」

「今の? 今の、あれですか。ええ。少々拝見しました」

「ホホホホ少々でなくても、たくさん御覧なさればいいのに」

「実のところはたくさん拝見しました」

「それ御覧なさい。まあちょっと、こっちへ出ていらっしゃい。木瓜の中から出ていらっしゃい」

 余はいいとして木瓜の中から出て行く。

「まだ木瓜の中に御用があるんですか」

「もう無いんです。帰ろうかとも思うんです」

「それじゃごいっしょに参りましょうか」

「ええ」

 余は再び唯々として、木瓜の中にしりぞいて、帽子をかぶり、絵の道具をまとめて、那美さんといっしょにあるき出す。

「画を御描きになったの」

「やめました」

「ここへいらしって、まだ一枚も御描きなさらないじゃありませんか」

「ええ」

「でもせっかく画をかきにいらしって、ちっとも御かきなさらなくっちゃ、つまりませんわね」

「なにつまってるんです」

「おやそう。なぜ?」

「なぜでも、ちゃんとつまるんです。画なんぞいたって、描かなくったって、つまるところはおんなじ事でさあ」

「そりゃしゃれなの、ホホホホ随分のんきですねえ」

「こんな所へくるからには、呑気にでもしなくっちゃ、来たかいがないじゃありませんか」

「なあにどこにいても、呑気にしなくっちゃ、生きている甲斐はありませんよ。私なんぞは、今のようなところを人に見られてもはずかしくも何とも思いません」

「思わんでもいいでしょう」

「そうですかね。あなたは今の男をいったい何だと御思いです」

「そうさな。どうもあまり、金持ちじゃありませんね」

「ホホホくあたりました。あなたはうらないの名人ですよ。あの男は、貧乏して、日本にいられないからって、私に御金を貰いに来たのです」

「へえ、どこから来たのです」

じょうかから来ました」

「随分遠方から来たもんですね。それで、どこへ行くんですか」

「何でも満洲へ行くそうです」

「何しに行くんですか」

「何しに行くんですか。御金を拾いに行くんだか、死にに行くんだか、分りません」

 この時余は眼をあげて、ちょと女の顔を見た。今結んだ口元には、かすかなる笑の影が消えかかりつつある。意味はせぬ。

「あれは、わたくしの亭主です」

 じんらいおおうにいとまあらず、女は突然としてひとたち浴びせかけた。余は全くふいうちった。無論そんな事を聞く気はなし、女も、よもや、ここまでさらけ出そうとは考えていなかった。

「どうです、驚ろいたでしょう」と女が云う。

「ええ、少々驚ろいた」

「今の亭主じゃありません、りえんされた亭主です」

「なるほど、それで……」

「それぎりです」

「そうですか。――あのみかんやまに立派な白壁の家がありますね。ありゃ、いい地位にあるが、誰のうちなんですか」

「あれが兄の家です。帰り路にちょっと寄って、行きましょう」

「用でもあるんですか」

「ええちっと頼まれものがあります」

「いっしょに行きましょう」

 そばみちの登り口へ出て、村へ下りずに、すぐ、右に折れて、また一丁ほどを登ると、門がある。門から玄関へかからずに、すぐ庭口へ廻る。女が無遠慮につかつか行くから、余も無遠慮につかつか行く。南向きの庭に、しゅろが三四本あって、どべいの下はすぐ蜜柑畠である。

 女はすぐ、えんばなへ腰をかけて、云う。

「いい景色だ。御覧なさい」

「なるほど、いいですな」

 障子のうちは、静かに人のけあいもせぬ。女はおとのう景色もない。ただ腰をかけて、蜜柑畠をみおろして平気でいる。余は不思議に思った。元来何の用があるのかしら。

 しまいには話もないから、両方共無言のままで蜜柑畠を見下している。せまる太陽は、まともに暖かい光線を、山一面にあびせて、眼に余る蜜柑の葉は、葉裏まで、かえされてかがやいている。やがて、裏のなやの方で、鶏が大きな声を出して、こけこっこううと鳴く。

「おやもう。おひるですね。用事を忘れていた。――きゅういちさん、久一さん」

 女はおよごしになって、立て切ったしょうじを、からりとける。内はむなしき十畳敷に、かのうはそうふくが空しく春のとこを飾っている。

「久一さん」

 なやの方でようやく返事がする。足音がふすまむこうでとまって、からりと、くが早いか、しらさやたんとうが畳の上へころがり出す。

「そらおじさんのせんべつだよ」

 帯の間に、いつ手がはいったか、余は少しも知らなかった。短刀は二三度とんぼ返りを打って、静かな畳の上を、久一さんのあしもとへ走る。作りがゆる過ぎたと見えて、ぴかりと、寒いものが一すんばかり光った。



十三編集

 かわふねで久一さんを吉田のステーションまで見送る。舟のなかに坐ったものは、送られる久一さんと、送る老人と、那美さんと、那美さんの兄さんと、荷物の世話をする源兵衛と、それから余である。余は無論おしょうばんに過ぎん。

 御招伴でも呼ばれれば行く。何の意味だか分らなくても行く。非人情の旅に思慮は入らぬ。舟はいかだふちをつけたように、底がひらたい。老人を中に、余と那美さんがとも、久一さんと、兄さんが、みよしに座をとった。源兵衛は荷物と共にひとり離れている。

「久一さん、いくさは好きか嫌いかい」と那美さんが聞く。

「出て見なければ分らんさ。苦しい事もあるだろうが、愉快な事も出て来るんだろう」と戦争を知らぬ久一さんが云う。

「いくら苦しくっても、国家のためだから」と老人が云う。

「短刀なんぞ貰うと、ちょっと戦争に出て見たくなりゃしないか」と女がまた妙な事を聞く。久一さんは、

「そうさね」

かろうけがう。老人はひげかかげて笑う。兄さんは知らぬ顔をしている。

「そんな平気な事で、いくさが出来るかい」と女は、いさい構わず、白い顔を久一さんの前へ突き出す。久一さんと、兄さんがちょっと眼を見合せた。

「那美さんが軍人になったらさぞ強かろう」兄さんが妹に話しかけた第一の言葉はこれである。語調から察すると、ただのじょうだんとも見えない。

「わたしが? わたしが軍人? わたしが軍人になれりゃとうになっています。今頃は死んでいます。久一さん。御前も死ぬがいい。生きて帰っちゃがいぶんがわるい」

「そんな乱暴な事を――まあまあ、めでたくがいせんをして帰って来てくれ。死ぬばかりが国家のためではない。わしもまだ二三年は生きるつもりじゃ。まだえる」

 老人の言葉の尾を長くたぐると、尻が細くなって、末は涙の糸になる。ただ男だけにそこまではだまを出さない。久一さんは何も云わずに、横を向いて、岸の方を見た。

 岸には大きな柳がある。下に小さな舟をつないで、一人の男がしきりにいとを見詰めている。一行の舟が、ゆるくなみあしを引いて、その前を通った時、この男はふと顔をあげて、久一さんと眼を見合せた。眼を見合せたふたりの間には何らの電気も通わぬ。男は魚の事ばかり考えている。久一さんの頭の中には一尾のふなやどる余地がない。一行の舟は静かにたいこうぼうの前を通り越す。

 にほんばしを通る人の数は、一ぷんに何百か知らぬ。もしきょうはんに立って、行く人の心にわだかまるかっとうを一々に聞き得たならば、うきよめまぐるしくて生きづらかろう。ただ知らぬ人で逢い、知らぬ人でわかれるからけっく日本橋に立って、電車の旗を振る志願者も出て来る。太公望が、久一さんの泣きそうな顔に、何らの説明をも求めなかったのはさいわいである。かえり見ると、安心してうきを見詰めている。おおかたにちろせんそうが済むまで見詰める気だろう。

 かわはばはあまり広くない。底は浅い。流れはゆるやかである。ふなばたって、水の上をすべって、どこまで行くか、春が尽きて、人が騒いで、ち合せをしたがるところまで行かねばやまぬ。なまぐさき一点の血をみけんいんしたるこの青年は、余ら一行をようしゃなく引いて行く。運命のなわはこの青年を遠き、暗き、ものすごき北の国まで引くがゆえに、ある日、ある月、ある年のいんがに、この青年とからみつけられたるわれらは、その因果の尽くるところまでこの青年に引かれて行かねばならぬ。因果の尽くるとき、彼と吾らの間にふっと音がして、彼一人はいやおうなしに運命のてもとまでたぐり寄せらるる。残る吾らもいやおうなしに残らねばならぬ。頼んでも、もがいても、引いていて貰う訳には行かぬ。

 舟は面白いほどやすらかに流れる。左右の岸にはつくしでも生えておりそうな。どての上には柳が多く見える。まばらに、低い家がその間からわらやねを出し。すすけた窓を出し。時によると白いあひるを出す。家鴨はがあがあと鳴いて川の中まで出て来る。

 柳と柳の間にてきれきと光るのはしろももらしい。とんかたんとはたを織る音が聞える。とんかたんのたえまから女のうたが、はああい、いようう――と水の上まで響く。何を唄うのやらいっこう分らぬ。

「先生、わたくしのをかいて下さいな」と那美さんが注文する。久一さんは兄さんと、しきりに軍隊の話をしている。老人はいつか居眠りをはじめた。

「書いてあげましょう」と写生帖を取り出して、

春風にそらしゅすの銘は何

と書いて見せる。女は笑いながら、

「こんなひとふでがきでは、いけません。もっと私のきしょうの出るように、丁寧にかいて下さい」

「わたしもかきたいのだが。どうも、あなたの顔はそれだけじゃにならない」

ごあいさつです事。それじゃ、どうすれば画になるんです」

「なに今でも画に出来ますがね。ただ少し足りないところがある。それが出ないところをかくと、惜しいですよ」

「足りないたって、持って生れた顔だから仕方がありませんわ」

「持って生れた顔はいろいろになるものです」

「自分の勝手にですか」

「ええ」

「女だと思って、人をたんと馬鹿になさい」

「あなたが女だから、そんな馬鹿を云うのですよ」

「それじゃ、あなたの顔をいろいろにして見せてちょうだい」

「これほど毎日いろいろになってればたくさんだ」

 女は黙ってむこうをむく。かわべりはいつか、水とすれすれに低く着いて、見渡す田のもは、いちめんのげんげんでうずまっている。あざやかなべにてきてきが、いつの雨に流されてか、半分けた花の海はかすみのなかにはてしなく広がって、見上げるはんくうにはそうこうたる一ぽうはんぷくからほのかに春の雲を吐いている。

「あの山の向うを、あなたは越していらしった」と女が白い手をふなばたから外へ出して、夢のような春の山をす。

てんぐいわはあの辺ですか」

「あのみどりの濃い下の、紫に見える所がありましょう」

「あの日影の所ですか」

「日影ですかしら。げてるんでしょう」

「なあにくぼんでるんですよ。禿げていりゃ、もっと茶に見えます」

「そうでしょうか。ともかく、あの裏あたりになるそうです」

「そうすると、ななまがりはもう少し左りになりますね」

「七曲りは、向うへ、ずっとれます。あの山のまた一つ先きの山ですよ」

「なるほどそうだった。しかし見当から云うと、あのうすい雲がかかってるあたりでしょう」

「ええ、方角はあのへんです」

 居眠をしていた老人は、こべりから、ひじを落して、ほいと眼をさます。

「まだ着かんかな」

 きょうかくを前へ出して、右のひじうしろへ張って、左り手を真直にして、ううんとのびをするついでに、弓をく真似をして見せる。女はホホホと笑う。

「どうもこれが癖で、……」

「弓がおすきと見えますね」と余も笑いながら尋ねる。

「若いうちは七分五厘まで引きました。しは存外今でもたしかです」と左の肩をたたいて見せる。へさきでは戦争談がたけなわである。

 舟はようやく町らしいなかへはいる。腰障子におんさかなと書いた居酒屋が見える。こふうなわのれんが見える。材木の置場が見える。人力車の音さえ時々聞える。つばくろがちちと腹を返して飛ぶ。あひるががあがあ鳴く。一行は舟を捨ててステーションに向う。

 いよいよ現実世界へ引きずり出された。汽車の見える所を現実世界と云う。汽車ほど二十世紀の文明を代表するものはあるまい。何百と云う人間を同じ箱へ詰めてごうと通る。なさようしゃはない。詰め込まれた人間は皆同程度の速力で、同一の停車場へとまってそうして、同様にじょうきおんたくに浴さねばならぬ。人は汽車へ乗ると云う。余は積み込まれると云う。人は汽車で行くと云う。余は運搬されると云う。汽車ほど個性をけいべつしたものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。ひとりまえ何坪何合かの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよと云うのが現今の文明である。同時にこの何坪何合の周囲にてっさくを設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞとおどかすのが現今の文明である。何坪何合のうちで自由をほしいままにしたものが、この鉄柵外にも自由を擅にしたくなるのは自然のいきおいである。あわれむべき文明の国民は日夜にこの鉄柵にみついてほうこうしている。文明は個人に自由を与えてとらのごとくたけからしめたる後、これをかんせいの内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人をにらめて、ねころんでいると同様な平和である。おりの鉄棒が一本でも抜けたら――世はめちゃめちゃになる。第二のフランスかくめいはこの時に起るのであろう。個人の革命は今すでににちやに起りつつある。北欧の偉人イブセンはこの革命の起るべき状態についてつぶさにその例証をごじんに与えた。余は汽車の猛烈に、みさかいなく、すべての人を貨物同様に心得て走るさまを見るたびに、客車のうちにめられたる個人と、個人の個性にすんごうの注意をだに払わざるこのてっしゃとを比較して、――あぶない、あぶない。気をつけねばあぶないと思う。現代の文明はこのあぶないで鼻をかれるくらい充満している。おさきまっくらもうどうする汽車はあぶない標本の一つである。

 ステーション前の茶店に腰を下ろして、よもぎもちながめながら汽車論を考えた。これは写生帖へかく訳にも行かず、人に話す必要もないから、だまって、餅を食いながら茶を飲む。

 向うのしょうぎには二人かけている。等しくわらじばきで、一人はあかげっと、一人はちくさいろももひきひざがしらつぎをあてて、継布のあたった所を手で抑えている。

「やっぱり駄目かね」

「駄目さあ」

「牛のように胃袋が二つあると、いいなあ」

「二つあれば申し分はなえさ、一つがるくなりゃ、切ってしまえば済むから」

 このいなかものは胃病と見える。彼らは満洲の野に吹く風のにおいも知らぬ。現代文明のへいをもみとめぬ。革命とはいかなるものか、文字さえ聞いた事もあるまい。あるいは自己の胃袋が一つあるか二つあるかそれすら弁じ得んだろう。余は写生帖を出して、二人の姿をき取った。

 じゃらんじゃらんとベルが鳴る。きっぷはすでに買うてある。

「さあ、行きましょ」と那美さんが立つ。

「どうれ」と老人も立つ。一行はそろってかいさつばを通り抜けて、プラットフォームへ出る。ベルがしきりに鳴る。

 ごうと音がして、白く光る鉄路の上を、文明のちょうだのたくって来る。文明の長蛇は口から黒い煙を吐く。

「いよいよ御別かれか」と老人が云う。

「それではごきげんよう」と久一さんが頭を下げる。

「死んでおいで」と那美さんが再び云う。

「荷物は来たかい」と兄さんが聞く。

 蛇はわれわれの前でとまる。横腹の戸がいくつもあく。人が出たり、はいったりする。久一さんは乗った。老人も兄さんも、那美さんも、余もそとに立っている。

 車輪が一つ廻れば久一さんはすでに吾らが世の人ではない。遠い、遠い世界へ行ってしまう。その世界ではえんしょうにおいの中で、人が働いている。そうして赤いものにすべって、むやみにころぶ。空では大きな音がどどんどどんと云う。これからそう云う所へ行く久一さんは車のなかに立って無言のまま、吾々をながめている。吾々を山の中から引き出した久一さんと、引き出された吾々のいんがはここで切れる。もうすでに切れかかっている。車の戸と窓があいているだけで、おたがいの顔が見えるだけで、行く人と留まる人の間が六尺ばかりへだたっているだけで、因果はもう切れかかっている。

 車掌が、ぴしゃりぴしゃりと戸をてながら、こちらへ走って来る。一つ閉てるごとに、行く人と、送る人の距離はますます遠くなる。やがて久一さんの車室の戸もぴしゃりとしまった。世界はもう二つにった。老人は思わずまどぎわへ寄る。青年は窓から首を出す。

「あぶない。出ますよ」と云う声の下から、みれんのないてっしゃの音がごっとりごっとりと調子を取って動き出す。窓は一つ一つ、われわれの前を通る。久一さんの顔が小さくなって、最後の三等列車が、余の前を通るとき、窓の中から、また一つ顔が出た。

 茶色のはげた中折帽の下から、ひげだらけな野武士がなごおしげに首を出した。そのとき、那美さんと野武士は思わず顔をみあわせた。てっしゃはごとりごとりと運転する。野武士の顔はすぐ消えた。那美さんはぼうぜんとして、行く汽車を見送る。その茫然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「あわれ」が一面に浮いている。

「それだ! それだ! それが出ればになりますよ」と余は那美さんの肩をたたきながら小声に云った。余が胸中の画面はこのとっさの際にじょうじゅしたのである。

 

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