若菜集
こゝろなきうたのしらべは
ひとふさのぶだうのごとし
なさけあるてにもつまれて
あたゝかきさけとなるらむ
ぶだうだなふかくかゝれる
むらさきのそれにあらねど
こゝろあるひとのなさけに
かげにおくふさのみつよつ
そはうたのわかきゆゑなり
あぢはひもいろもあさくて
おほかたはかみてすつべき
うたゝねのゆめのそらごと
一 秋の思
秋
秋は
秋は来ぬ
風の来て
青き
自然の酒とかはりけり
秋は来ぬ
秋は来ぬ
おくれさきだつ
みな
笑ひの酒を悲みの
秋は来ぬ
秋は来ぬ
くさきも
たれかは秋に酔はざらめ
君笛を吹けわれはうたはむ
初恋
まだあげ
前にさしたる
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
人こひ
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の
君が
林檎畑の
おのづからなる
問ひたまふこそこひしけれ
狐のわざ
庭にかくるゝ小狐の
人なきときに
秋の葡萄の樹の影に
しのびてぬすむつゆのふさ
恋は狐にあらねども
君は葡萄にあらねども
人しれずこそ忍びいで
君をぬすめる
髪を洗へば
髪を洗へば紫の
足をあぐれば
われに
目にながむれば
まきてはひらく
手にとる酒は
若き
耳をたつれば
きたりて
口をひらけばうたびとの
一ふしわれはこひうたふ
あゝかくまでにあやしくも
熱きこゝろのわれなれど
われをし君のこひしたふ
その涙にはおよばじな
君がこゝろは
君がこゝろは
風にさそはれ鳴くごとく
それかきならす
一つの糸のさはりさへ
君がこゝろにかぎりなき
しらべとこそはきこゆめれ
あゝなどかくは触れやすき
君が優しき心もて
かくばかりなる
触れたまはぬぞ
傘に姿をつゝむとも
かわく
顔と顔とをうちよせて
あゆむとすればなつかしや
乱れて
恋の
ぬれてこひしき夢の
染めてぞ燃ゆる
雨になやめる足まとひ
歌ふをきけば梅川よ
しばし
いづこも恋に
それ
こひしき雨よふらばふれ
秋の入日の照りそひて
傘の涙を
手に手をとりて行きて帰らじ
秋に隠れて
わが手に植ゑし白菊の
おのづからなる時くれば
一もと花の
秋に
知るや君
こゝろもあらぬ
声にもれくる一ふしを
知るや君
深くも
底にかくるゝ
知るや君
あやめもしらぬやみの夜に
知るや君
まだ
胸にひそめる琴の
知るや君
秋風の歌
さびしさはいつともわかぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ
飛びて行くへも見ゆるかな
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり
ゆふべ
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの
ふりさけ見れば
色はもみぢに染めかへて
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ
道を伝ふる
西に東に散るごとく
吹き
いたくも吹ける秋風の
見ればかしこし西風の
山の
悲しいかなや秋風の
秋の
人は
げにかぞふればかぎりあり
舌は
声はたちまち滅ぶめり
高くも
世をかれ/″\となすまでは
吹きも
あゝうらさびし
落葉と共に
風の
雲のゆくへ
庭にたちいでたゞひとり
空ながむれば行く雲の
小詩二首
一
ゆふぐれしづかに
ゆめみんとて
よのわづらひより
しばしのがる
きみよりほかには
しるものなき
花かげにゆきて
こひを泣きぬ
すぎこしゆめぢを
おもひみるに
こひこそつみなれ
つみこそこひ
いのりもつとめも
このつみゆゑ
たのしきそのへと
われはゆかじ
なつかしき君と
てをたづさへ
くらき
かけりゆかん
二
しづかにてらせる
月のひかりの
などか絶間なく
ものおもはする
さやけきそのかげ
こゑはなくとも
みるひとの胸に
忍び入るなり
なさけは
なさけをしらぬ
うきよのほかにも
あかさぬおもひと
この月かげと
いづれか声なき
いづれかなしき
強敵
一つの花に
小蜘蛛は花を
小蝶は花に酔ひ顔に
舞へども/\すべぞなき
花は小蜘蛛のためならば
小蝶の
花は小蝶のためならば
小蜘蛛の糸をいかにせむ
やがて一つの花散りて
小蜘蛛はそこに眠れども
いづこともなくうせにけれ
別離
人妻をしたへる男の山に登り其
女の家を望み見てうたへるうた
あすは
誰か聞くらん旅人の
あすは別れと告げましを
われのみものを思ふより
恋はあふれて
君に涙をかけましを
君がなさけに知りもせば
せめてはわれを
呼びたまふこそうれしけれ
あやめもしらぬ
くるしきこひの
罪の
こひて死なんと思ふなり
誰かは
誰かは前にさける見て
花を
恋の花にも
二つの
人の命を春の夜の
夢といふこそうれしけれ
夢よりもいや/\深き
われに思ひのあるものを
梅の花さくころほひは
蓮の花さくころほひは
待つまも早く秋は
わが踏む道に萩さけど
清き
望郷
寺をのがれいでたる僧のうたひ
しそのうた
いざさらば
これをこの世のわかれぞと
のがれいでては住みなれし
眼にもふたたび見ゆるかな
いざさらば
住めば仏のやどりさへ
なぐさめもなき心より
流れて落つる涙かな
いざさらば
心の油濁るとも
ともしびたかくかきおこし
なさけは熱くもゆる火の
こひしき
〈[#改段]〉
二 六人の
おえふ
われは
わが世の坂にふりかへり
いく
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の
われは
流れてそゝぐ
夢多かりし
雲むらさきの
大宮内につかへして
月の光に照らされつ
雲を
玉の
かゝるゆふべの春の雨
さばかり高き人の世の
ときめきたまふさま/″\の
ひとりのころもの
きらめき
あしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き
影かたぶけるごとくにて
春しづかなる
花に隠れて人を
秋のひかりの窓に
夕雲とほき友を恋ふ
ひとりの姉をうしなひて
大宮内の
けふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな
桜の
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ
おのれも知らず世を
若き
岸のほとりの草を
おきぬ
みそらをかける
人の
花の姿に
願ふ心のなかれとて
うまれながらの
いま
処女にあまる
あゝあるときは吾心
あらゆるものをなげうちて
世はあぢきなき
茂れる
身は
たゞいたづらに
うたをうたふと思ふかな
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも
身の定めこそ悲しけれ
おさよ
あしたゆふべの
をかしくものに狂へりと
われをいふらし世のひとの
げに狂はしの身なるべき
この年までの
うれひは深く手もたゆく
むすぼほれたるわが
流れて
やすむときなきわがこゝろ
心を笛の
笛をとる手は火にもえて
うちふるひけり
笛を
はげしく深きためいきに
笛の
髪は乱れて落つるとも
まづ吹き入るゝ
力をこめし一ふしに
吹けば流るゝ流るれば
笛吹き洗ふわが涙
短き笛の
長き
七つの
われ
鳥も
われ
われ
虫も鳴く
愛のこゝろを吹くときは
流るゝ水のたち帰り
散り行く花も
心の
うたへ
笛の夢路のものぐるひ
くるしむなかれ
しばしは笛の
落つる涙をぬぐひきて
静かにきゝね吾笛を
おくめ
こひしきまゝに家を
こゝの岸よりかの岸へ
越えましものと来て見れば
千鳥鳴くなり夕まぐれ
こひには親も捨てはてて
やむよしもなき胸の火や
せめてあはれと思へかし
流れて
君を思へば絶間なき
恋の
きのふの雨の
よひ/\になくわがこひの
涙の滝におよばじな
しりたまはずやわがこひは
梢の風の音にあらじ
しりたまはずやわがこひは
君にうつさでやむべきや
恋は吾身の
君は社の神なれば
君の
なににいのちを
われに命はあるものを
河波高く泳ぎ行き
ひとりの神にこがれなん
心のみかは手も足も
吾身はすべて
思ひ乱れて嗚呼恋の
おつた
花
すがたに似たる
二つの影と消えうせて
世に
影より出でし影なれや
たすけもあらぬ今は身は
若き
人なつかしき
若き
時をし待たむ君ならば
かの柿の実をとるなかれ
かくいひたまふうれしさに
ことしの秋もはや深し
まづその秋を見よやとて
聖に柿をすゝむれば
その
かくも色よき柿ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
人の命の
かくいひたまふうれしさに
酒なぐさめの一つなり
まづその春を見よやとて
聖に酒をすゝむれば
夢の心地に酔ひたまひ
かくも楽しき酒ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
道行き急ぐ君ならば
迷ひの歌をきくなかれ
かくいひたまふうれしさに
歌も心の姿なり
まづその声をきけやとて
一ふしうたひいでければ
聖は
かくも楽しき歌ならば
などかは早くわれに告げこぬ
若き聖ののたまはく
まことをさぐる吾身なり
道の
かくいひたまふうれしさに
かゝる
わがこの胸に指ざせば
聖は早く恋ひわたり
かくも楽しき恋ならば
などかは早くわれに告げこぬ
それ秋の日の夕まぐれ
そゞろあるきのこゝろなく
ふと目に入るを手にとれば
雪より白き小石なり
若き聖ののたまはく
智恵の石とやこれぞこの
あまりに惜しき色なれば
人に隠して今も
おきく
くろかみながく
やはらかき
をんなごころを
たれかしる
をとこのかたる
ことのはを
まこととおもふ
ことなかれ
をとめごころの
あさくのみ
いひもつたふる
をかしさや
みだれてながき
かきあげよ
あゝ
きえぬべき
こひもするとは
たがことば
こひて死なんと
よみいでし
あつきなさけは
みちのためには
ちをながし
くにには死ぬる
をとこあり
治兵衛はいづれ
恋か名か
忠兵衛も名の
ために
あゝむかしより
こひ死にし
をとこのありと
しるや君
をんなごころは
いやさらに
ふかきなさけの
こもるかな
小春はこひに
ちをながし
梅川こひの
ために死ぬ
お七はこひの
ために焼け
高尾はこひの
ために果つ
かなしからずや
清姫は
こひゆゑに
やさしからずや
石となれるも
こひゆゑに
をとこのこひの
たはぶれは
たびにすてゆく
なさけのみ
こひするなかれ
をとめごよ
かなしむなかれ
わがともよ
こひするときと
かなしみと
いづれかながき
いづれみじかき
〈[#改段]〉
三 生のあけぼの
草枕
夕波くらく
われは千鳥にあらねども
心の
さみしきかたに飛べるかな
若き心の
なぐさめもなくなげきわび
胸の氷のむすぼれて
とけて涙となりにけり
流れて
思ひあまりて草枕
まくらのかずの今いくつ
かなしいかなや人の身の
なきなぐさめを
道なき森に分け入りて
などなき道をもとむらん
われもそれかやうれひかや
見るよしもなき朝夕の
光もなくて秋暮れぬ
残れる秋の花を見て
行くへもしらず流れ行く
水に涙の落つるかな
身を
ゆふべの雲の雨となり
身を
あしたの雨の風となる
されば落葉と身をなして
風に吹かれて
朝の
道なき今の身なればか
われは道なき野を慕ひ
思ひ乱れてみちのくの
心の
乱れて熱き
日影も薄く草枯れて
荒れたる野こそうれしけれ
ひとりさみしき吾耳は
吹く北風を
悲み深き吾目には
あゝ
味ひ知れる人ならで
かくもわびしき野のけしき
都のかたをながむれば
空冬雲に
身にふりかゝる
みぞれまじりの風
小川の水の薄氷
氷のしたに音するは
流れて海に行く水か
雲に隠るゝかさゝぎよ
光もうすき
涙も凍る冬の日の
光もなくて暮れ行けば
人めも草も枯れはてて
ひとりさまよふ吾身かな
かなしや酔ふて行く人の
踏めばくづるゝ霜柱
なにを酔ひ泣く忍び
声もあはれのその歌は
うれしや物の
野末をかよふ人の子よ
なに
やさしや年もうら若く
まだ初恋のまじりなく
手に手をとりて行く人よ
なにを隠るゝその姿
野のさみしさに堪へかねて
霜と霜との枯草の
道なき道をふみわけて
きたれば寒し冬の海
朝は
こしうちかけてふるさとの
都のかたを望めども
おとなふものは
暮はさみしき
日の入るかたをながむれど
さみしいかなや荒波の
岩に
かなしいかなや冬の日の
そのふるさとを慕はざる
誰か潮の行くを見て
この人の世を
砂路にひとりさまよへば
みぞれまじりの雨雲の
落ちて潮となりにけり
遠く湧きくる海の音
慣れてさみしき吾耳に
怪しやもるゝものの
まだうらわかき野路の鳥
声のゆくへをたづぬれば
緑の
それも
春きにけらし春よ春
まだ白雪の積れども
若菜の
こゝちこそすれ砂の
春きにけらし春よ春
うれしや風に送られて
きたるらしとや思へばか
梅が
磯辺に高き
うへにのぼりてながむれば
春やきぬらん
春
一 たれかおもはむ
たれかおもはむ
涙もこほる冬の日に
若き命は春の夜の
花にうつろふ夢の
あゝよしさらば
うたひあかさん春の夜を
梅のにほひにめぐりあふ
春を思へばひとしれず
からくれなゐのかほばせに
流れてあつきなみだかな
あゝよしさらば花影に
うたひあかさん春の夜を
わがみひとつもわすられて
おもひわづらふこゝろだに
春のすがたをとめくれば
たもとににほふ梅の花
あゝよしさらば
うたひあかさん春の夜を
二 あけぼの
雲とならばやあけぼのの
雲とならばや
やみを
空とならばやあけぼのの
空とならばや
春の光を
水とならばやあけぼのの
水とならばや
草とならばやあけぼのの
草とならばや
三 春は来ぬ
春はきぬ
春はきぬ
こぞに
谷間に残る白雪よ
葬りかくせ
春はきぬ
春はきぬ
さみしくさむくことばなく
まづしくくらくひかりなく
みにくゝおもくちからなく
かなしき冬よ行きねかし
春はきぬ
春はきぬ
浅みどりなる
とほき
さきては
春はきぬ
春はきぬ
氷れる空をあたゝめよ
花の
眠れる山を吹きさませ
春はきぬ
春はきぬ
春をよせくる
霞に酔へる
若きあしたの空に飛べ
春はきぬ
春はきぬ
うれひの
氷れるなみだ今いづこ
つもれる雪の消えうせて
けふの若菜と
四 眠れる春よ
ねむれる春ようらわかき
かたちをかくすことなかれ
たれこめてのみけふの日を
なべてのひとのすぐすまに
さめての春のすがたこそ
また夢のまの
ねむげの春よさめよ春
さかしきひとのみざるまに
若紫の朝霞
かすみの
はつねうれしきうぐひすの
鳥のしらべをうたへかし
ねむげの春よさめよ春
ふゆのこほりにむすぼれし
ふるきゆめぢをさめいでて
やなぎのいとのみだれがみ
うめのはなぐしさしそへて
びんのみだれをかきあげよ
ねむげの春よさめよ春
あゆめばたにの
したもえいそぐ
かたくもあげよあゆめ春
たえなるはるのいきを吹き
こぞめの梅の香ににほへ
五 うてや鼓
うてや
雪にうもるゝ冬の日の
かなしき夢はとざされて
世は春の日とかはりけり
ひけばこぞめの春霞
かすみの幕をひきとぢて
花と花とをぬふ糸は
けさもえいでしあをやなぎ
霞のまくをひきあけて
春をうかゞふことなかれ
はなさきにほふ蔭をこそ
春の
優しき夢をみては舞ひ
はるの姿をまひねかし
緑のはねのうぐひすよ
梅の花笠ぬひそへて
ゆめ
しらべを高く歌へかし
小詩
くめどつきせぬ
わかみづを
きみとくまゝし
かのいづみ
かわきもしらぬ
わかみづを
きみとのまゝし
かのいづみ
かのわかみづと
みをなして
はるのこゝろに
わきいでん
かのわかみづと
みをなして
きみとながれん
花のかげ
明星
浮べる雲と身をなして
あしたの
などしるらめや明星の
光の色のくれなゐを
朝の
流れて海に出でざれば
などしるらめや明星の
なにかこひしき
深くも遠きほとりより
人の世近く
星の光に
朝の
野の鳥ぞ
ゆふべの夢をさめいでて
細く
姿をうつす朝ぼらけ
朝には朝の
星の光の糸の
あしたの
まだうら若き朝の空
きらめきわたる星のうち
いと/\若き光をば
潮音
わきてながるゝ
やほじほの
そこにいざよふ
うみの琴
しらべもふかし
もゝかはの
よろづのなみを
よびあつめ
ときみちくれば
うらゝかに
とほくきこゆる
はるのしほのね
酔歌
旅と旅との君や我
君と我とのなかなれば
酔ふて
若き命も過ぎぬ
楽しき春は老いやすし
君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり
君が眉には
それ声も無きなげきあり
名もなき道を
名もなき旅を行くなかれ
光もあらぬ春の日の
独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の智恵に
老いにけらしな旅人よ
心の春の
若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば
わきめもふらで急ぎ行く
君の
とゞまりたまへ旅人よ
二つの声
朝
たれか聞くらん朝の声
よろづの鳥に歌はれつ
天のかなたにあらはれて
東の空に光あり
そこに
そこに道あり力あり
そこに色あり
そこに声あり命あり
そこに名ありとうたひつゝ
みそらにあがり地にかけり
のこんの星ともろともに
光のうちに朝ぞ隠るゝ
暮
たれか聞くらん暮の声
霞の
煙の
つかれてなやむあらそひを
闇のかなたに投げ入れて
夜の
飛ぶ間も声のをやみなく
こゝに影あり
こゝに夢あり
こゝに闇あり
こゝに
こゝに死ありとうたひつゝ
草木にいこひ野にあゆみ
かなたに落つる日とともに
色なき闇に暮ぞ隠るゝ
哀歌
中野逍遙をいたむ
『秀才香骨幾人憐、秋入長安夢愴然、琴台旧譜壚前柳、風流銷尽二千年』、これ中野逍遙が
思君九首 中野逍遙
思君我心傷 思君我容瘁
中夜坐松蔭 露華多似涙
思君我心悄 思君我腸裂
昨夜涕涙流 今朝尽成血
示君錦字詩 寄君鴻文冊
忽覚筆端香 窻外梅花白
為君調綺羅 為君築金屋
中有鴛鴦図 長春夢百禄
贈君名香篋 応記韓寿恩
休将秋扇掩 明月照眉痕
贈君双臂環 宝玉価千金
一鐫不乖約 一題勿変心
訪君過台下 清宵琴響揺
佇門不敢入 恐乱月前調
千里囀金鶯 春風吹緑野
忽発頭屋桃 似君三両朶
嬌影三分月 芳花一朶梅
渾把花月秀 作君玉膚堆
かなしいかなや流れ行く
水になき名をしるすとて
今はた残る
ながき
かなしいかなやする
いろに染めてし花の木の
君がしらべの歌の音に
薄き命のひゞきあり
かなしいかなや
みそらにかゝる星の身の
人の命のあさぼらけ
光も見せでうせにしよ
かなしいかなや同じ世に
生れいでたる身を持ちて
友の
君は早くもゆけるかな
すゞしき
その面影をつたへては
あまりに
同じ
同じいのちのあさぼらけ
君からくれなゐの花は散り
われ命あり
かなしいかなやうるはしく
さきそめにける花を見よ
いかなればかくとゞまらで
待たで散るらんさける
かなしいかなやうるはしき
なさけもこひの花を見よ
いと/\清きそのこひは
消ゆとこそ聞けいと早く
君し花とにあらねども
いな花よりもさらに花
君しこひとにあらねども
いなこひよりもさらにこひ
かなしいかなや人の世に
あまりに惜しき
死にまでそしりねたまるゝ
かなしいかなやはたとせの
ことばの海のみなれ
磯にくだくる
うれひの花とちりにけり
かなしいかなや人の世の
きづなも捨てて
つきせぬ草に秋は来て
声も悲しき天の馬
かなしいかなや
流るゝ水の岸にさく
ひとつの花に照らされて
〈[#改段]〉
四 深林の
深林の逍遙
力を
うちふる斧のあとを絶え
春の
いろさま/″\の春の葉に
おのづからなるすがたのみ
五葉は黒し
枝をまじゆる
枝と枝とにもゆる火の
なかにやさしき
ひとにしられぬ
たのしみの
ふかきはやしを
たれかしる
ひとにしられぬ
はるのひの
かすみのおくを
たれかしる
はなのむらさき
はのみどり
うらわかぐさの
のべのいと
たくみをつくす
きたれかし
山精
かのもえいづる
くさをふみ
かのわきいづる
みづをのみ
かのあたらしき
はなにゑひ
はるのおもひの
なからずや
木精
ふるきころもを
ぬぎすてて
はるのかすみを
まとへかし
なくうぐひすの
ねにいでて
ふかきはやしに
うたへかし
あゆめば
ゆけば
葛のうら葉をかへしては
色よき実こそ落ちにけれ
岡やまつゞき
いとなだらかに行き
ふかきはやしの谷あひに
乱れてにほふふぢばかま
谷に花さき谷にちり
人にしられず
せまりて暗き
やゝひらけたる
春は
しげりて広き熊笹の
葉末をふかくかきわけて
谷のかなたにきて見れば
いづくに行くか滝川よ
声もさびしや白糸の
青き
若き
山精
ゆふぐれかよふ
たびびとの
むねのおもひを
たれかしる
友にもあらぬ
やまかはの
はるのこゝろを
たれかしる
木精
夜をなきあかす
かなしみの
まくらにつたふ
なみだこそ
ふかきはやしの
たにかげの
そこにながるゝ
しづくなれ
山精
鹿はたふるゝ
たびごとに
妻こふこひに
かへるなり
のやまは枯るゝ
たびごとに
ちとせのはるに
かへるなり
木精
ふるきおちばを
やはらかき
青葉のかげに
葬れよ
ふゆのゆめぢを
さめいでて
はるのはやしに
きたれかし
今しもわたる
春はしづかに吹きかよふ
林の
風のしらべにさそはれて
みれどもあかぬ
雲の
わかれ舞ひゆくすがたかな
しばしと見ればあともなき
高き
千々にめぐれる
花にも迷ひ石に
流るゝ水の音をきけば
山は危ふく石わかれ
砕けて落つる
湧きくる波の瀬を早み
花やかにさす春の日の
独り
ふるふあゆみをふみしめて
浮べる雲をうかゞへば
下にとゞろく
澄むいとまなき岩波は
落ちていづくに下るらん
山精
なにをいざよふ
むらさきの
ふかきはやしの
はるがすみ
なにかこひしき
いはかげを
ながれていづる
いづみがは
木精
かくれてうたふ
野の山の
こゑなきこゑを
きくやきみ
つゝむにあまる
はなかげの
水のしらべを
しるやきみ
山精
あゝながれつゝ
こがれつゝ
うつりゆきつゝ
うごきつゝ
あゝめぐりつゝ
かへりつゝ
うちわらひつゝ
むせびつゝ
木精
いまひのひかり
はるがすみ
いまはなぐもり
はるのあめ
あゝあゝはなの
つゆに酔ひ
ふかきはやしに
うたへかし
ゆびをりくればいつたびも
かはれる雲をながむるに
白きは黄なりなにをかも
もつ筆にせむ
いつしか淡く茶を帯びて
雲くれなゐとかはりけり
あゝゆふまぐれわれひとり
たどる林もひらけきて
いと静かなる湖の
岸辺にさける
うき雲ゆけばかげ見えて
水に沈める春の日や
それ
雲
かげさへあかき水鳥の
春のみづうみ岸の草
深き林や花つゝじ
迷ふひとりのわがみだに
母を葬るのうた
うき雲はありともわかぬ大空の
月のかげよりふるしぐれかな
きみがはかばに
きゞくあり
きみがはかばに
さかきあり
くさはにつゆは
しげくして
おもからずやは
そのしるし
いつかねむりを
さめいでて
いつかへりこん
わがはゝよ
ますらをも
みなちりひぢと
なるものを
あゝさめたまふ
ことなかれ
あゝかへりくる
ことなかれ
はるははなさき
はなちりて
きみがはかばに
かゝるとも
なつはみだるゝ
ほたるびの
きみがはかばに
とべるとも
あきはさみしき
あきさめの
きみがはかばに
そゝぐとも
ふゆはましろに
ゆきじもの
きみがはかばに
こほるとも
とほきねむりの
ゆめまくら
おそるゝなかれ
わがはゝよ
合唱
一
はるのよはひかりはかりとおもひしを
しろきやうめのさかりなるらむ
姉
わかきいのちの
をしければ
やみにも春の
せめてこよひは
さほひめよ
はなさくかげに
うたへかし
妹
そらもゑへりや
はるのよは
ほしもかくれて
みえわかず
よめにもそれと
ほのしろく
みだれてにほふ
うめのはな
姉
はるのひかりの
こひしさに
かたちをかくす
うぐひすよ
はなさへしるき
はるのよの
やみをおそるゝ
ことなかれ
妹
うめをめぐりて
ゆくみづの
やみをながるゝ
せゝらぎや
ゆめもさそはぬ
いづれかよるに
にほはまし
姉
こぞのこよひは
わがともの
うすこうばいの
そめごろも
ほかげにうつる
さかづきを
こひのみゑへる
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
なみだをうつす
よのなごり
かげもかなしや
うれひしづみし
よなりけり
姉
こぞのこよひは
わがともの
おもひははるの
よのゆめや
よをうきものに
いでたまふ
ひとめをつゝむ
よなりけり
妹
こぞのこよひは
わがともの
そでのかすみの
はなむしろ
ひくやことのね
たかじほを
うつしあはせし
よなりけり
姉
わがみぎのてに
くらぶれば
やさしきなれが
たなごころ
ふるればいとゞ
やはらかに
もゆるかあつく
おもほゆる
妹
もゆるやいかに
こよひはと
とひたまふこそ
うれしけれ
しりたまはずや
うめがかに
わがうまれてし
はるのよを
二
しは/\もこほるゝつゆははちすはの
うきはにのみもたまりけるかな
姉
あゝはすのはな
はすのはな
かげはみえけり
いけみづに
ひとつのふねに
さをさして
うきはをわけて
こぎいでん
妹
かぜもすゞしや
はがくれに
そこにもしろし
はすのはな
こゝにもあかき
はすばなの
みづしづかなる
いけのおも
姉
はすをやさしみ
はなをとり
そでなひたしそ
いけみづに
ひとめもはぢよ
はなかげに
なれが
あらはるゝ
妹
ふかくもすめる
いけみづの
葉にすれてゆく
みなれざを
なつぐもゆけば
かげみえて
はなよりはなを
わたるらし
姉
ふねにのり
はなつみのする
なつのゆめ
はすのはなふね
さをとめて
なにをながむる
そのすがた
妹
なみしづかなる
はなかげに
きみのかたちの
うつるかな
きみのかたちと
なつばなと
いづれうるはし
いづれやさしき
三
はるあきにおもひみたれてわきかねつ
ときにつけつゝうつるこゝろは
妹
たのしからずや
はなやかに
あきはいりひの
てらすとき
たのしからずや
ぶだうばの
はごしにくもの
かよふとき
姉
やさしからずや
むらさきの
ぶだうのふさの
かゝるとき
やさしからずや
にひぼしの
ぶだうのたまに
うつるとき
妹
かぜはしづかに
そらすみて
あきはたのしき
ゆふまぐれ
いつまでわかき
をとめごの
たのしきゆめの
われらぞや
姉
あきのぶだうの
きのかげの
いかにやさしく
ふかくとも
てにてをとりて
かげをふむ
なれとわかれて
なにかせむ
妹
げにやかひなき
くりごとも
ぶだうにしかじ
ひとふさの
われにあたへよ
ひとふさを
そこにかゝれる
むらさきの
姉
われをしれかし
えだたかみ
とゞかじものを
かのふさは
はかげのたまに
てはふれて
わがさしぐしの
おちにけるかな
四
わかれゆくひとををしむとこよひより
とほきゆめちにわれやまとはん
妹
とほきわかれに
たへかねて
このたかどのに
のぼるかな
かなしむなかれ
わがあねよ
たびのころもを
とゝのへよ
姉
わかれといへば
むかしより
このひとのよの
つねなるを
ながるゝみづを
ながむれば
ゆめはづかしき
なみだかな
妹
したへるひとの
もとにゆく
きみのうへこそ
たのしけれ
ふゆやまこえて
きみゆかば
なにをひかりの
わがみぞや
姉
あゝはなとりの
いろにつけ
ねにつけわれを
おもへかし
けふわかれては
いつかまた
あひみるまでの
いのちかも
妹
きみがさやけき
めのいろも
きみくれなゐの
くちびるも
きみがみどりの
くろかみも
またいつかみん
このわかれ
姉
なれがやさしき
なぐさめも
なれがたのしき
うたごゑも
なれがこゝろの
ことのねも
またいつきかん
このわかれ
妹
きみのゆくべき
やまかはは
おつるなみだに
みえわかず
そでのしぐれの
ふゆのひに
きみにおくらん
はなもがな
姉
そでにおほへる
うるはしき
ながかほばせを
あげよかし
ながくれなゐの
かほばせに
ながるゝなみだ
われはぬぐはん
梭の音を聞くべき人は今いづこ
心を糸により
涙ににじむ
やぶれし
暮れ行く空をながむれば
ねぐらに急ぐ
あとを慕ふてかあ/\と
かもめ
波に生れて波に死ぬ
恋の
夢むすぶべきひまもなし
流れて帰るわだつみの
鳥の
波にうきねのかもめどり
流星
人待ち顔のさみしさに
ゆふべの空をながむれば
雲の宿りも捨てはてて
何かこひしき人の世に
流れて落つる星一つ
君と遊ばん
君と遊ばん夏の夜の
青葉の影の下すゞみ
短かき夢は結ばずも
せめてこよひは歌へかし
雲となりまた雨となる
昼の
星の光をかぞへ見よ
夢かうつゝか
星に仮寝の織姫の
ひゞきもすみてこひわたる
昼の夢
みめうるはしきをとめごは
さめて忘るゝ夜のならひ
忘れがたくはありけるものか
ゆめと知りせばなまなかに
さめざらましを世に
うらわかぐさのうらわかみ
何をか夢の名残ぞと
問はゞ答へん目さめては
熱き涙のかわく間もなし
東西南北
男ごころをたとふれば
つよくもくさをふくかぜか
もとよりかぜのみにしあれば
きのふは東けふは西
女ごころをたとふれば
かぜにふかるゝくさなれや
もとよりくさのみにしあれば
きのふは南けふは北
懐古
ちよろづ神のかんつどひ
つどひいませしあめつちの
それ
八重かきわけて行くごとく
野の鳥ぞ
日は照らせども影ぞなき
熱き涙をそゝぎてし
目をめぐらせばさゞ波や
志賀の都は荒れにしと
むかしを思ふ
澄める
春は
のぼりて見ればけぶり立つ
民のかまどのながめさへ
消えてあとなき雲に入る
冬はしぐるゝ
大宮内のともしびや
さむさは雪に凍る夜の
むかしは遠き船いくさ
人の
今はむなしきわだつみの
まん/\としてきはみなし
むかしはひろき関が原
つるぎに夢を争へど
今は
ばう/\としてはてもなき
われ
都のかたを眺むれば
あゝあゝ熱きなみだかな
たれかしるらん花ちかき
みだれて熱きくるしみを
うつしいでけり白壁に
ひとしれずこそ乾きけれ
あゝあゝ白き白壁に
わがうれひありなみだあり
四つの
をとこの
お夏の髪にかゝるとき
をとこの早きためいきの
をとこの熱き手の
お夏の手にも触るゝとき
をとこの涙ながれいで
お夏の袖にかゝるとき
をとこの黒き目のいろの
お夏の胸に映るとき
をとこの
お夏の口にもゆるとき
人こそしらね
ふたりの身より流れいで
げにこがるれど慕へども
やむときもなき清十郎
天馬
序
南の
よな/\北の宿に行く
血の
かたくななりし男さへ
星の光を眼に見ては
身にふりかゝる
天の
にほひいでたる声をあげ
さへづり狂ふ
げにめづらしき春の歌
春を得知らぬ
かのうぐひすのひとこゑに
枕の紙のしめりきて
人なつかしきおもひあり
まだ時ならぬ白百合の
こゝろの慾の夢を恋ひ
花の
空にかゝれる星のいろ
春さきかへる
よしや
なにを酔ひ鳴く
なにを告げくる鶴の声
それ鳥の
よろこびありと祝ふあり
高き
声をあげさせたまふらん
世を傾けむ
茂れる
いでたまふかとのゝしれど
誰かしるらん
まことの北をさししめし
さみしき
沈める水に
名もなき賤の片びさし
春の夜風の音を絶え
村の南のかたほとり
その夜生れし
流るゝ水の
北に生れし
栗毛にまじる紫は
色あけぼのの春霞
光をまとふ
星のひかりもをさまりて
啼く鶯に花ちれば
嗚呼この村に生れてし
馬のありとや問ふ人もなし
あな
緑の髪をうちふるひ
雄馬は人に
箱根の
胸は
かの
飲めども
目はひさかたの朝の星
うるほひ光る
東に照らし西に入る
天つみそらを渡る日の
朝日夕日の
雲の絶間に極むらん
二つの耳をたとふれば
いと
そよげる草の葉のごとく
高くも
狂へば長き
うちふりうちふる乱れ髪
燃えてはめぐる血の
流れて
深くも遠き
あゝ
富士の高根の雪に鳴き
夕つげわたる鳥の音に
木曽の
かの
光の末に隠るべき
雄馬の身にてありながら
なさけもあつくなつかしき
箱根も遠し三井寺や
日も
さゝなみ青き湖の
岸の
天の雄馬のすがたをば
誰かは思ひ誰か知る
しらずや人の
歩むためしはあるものを
天馬の
歩むためしのなからめや
見よ藤の葉の影深く
岸の若草
春花に酔ふ
そのかげを
一つの
見えざる神の
一つうつろふ野の色に
つきせぬ天のうれひあり
嗚呼
高く
照る日の影の雲に鳴き
空に流るゝ
飲みつくすとも
天馬よ
鳥のきて
その姿こそ雄々しけれ
岸のほとりに生れてし
天の牝馬は
かの
霞に
すゝき尾花にまねかれて
誰か
たのしきうたを耳にして
日も暖かに花深き
西も空をば慕はざる
誰か秋鳴くかりがねの
かなしき歌に耳たてて
ふるさとさむき
雲の
白き
四つの
その
春は
病める力に石を引き
夏は
牝馬にあまる塩を負ふ
秋は広瀬の
冬は野末に日も暮れて
みぞれの道の泥に
鶴よみそらの雲に飽き
朝の霞の香に酔ひて
春の光の空を飛ぶ
道なき森に驚きて
あけぼの露にふみ迷ふ
鋭き爪のこひしやな
鹿よ
谷間の水に
人をつめたくあぢきなく
思ひとりしは
命を薄くあさましく
思ひ
強き
花に涙をそゝぐより
悲しいかなや春の野に
天の牝馬のかぎりなき
渇ける口をなにかせむ
悲しいかなや行く水の
岸の柳の樹の蔭の
かの
饑ゑたる
身は
しげれる宿にうまるれど
かなしや
その
あゝ
狂ひもいでよ
噛み砕けとぞ祈るなる
牝馬のこゝろ
尽きせぬ草のありといふ
天つみそらの慕はしや
渇かぬ水の湧くといふ
天の泉のなつかしや
せまき
空を行くべき馬の身の
心ばかりははやれども
病みては
草に生れて草に泣く
姿やさしき天の馬
うき世のものにことならで
消ゆる命のもろきかな
散りてはかなき
そのすがたにも似たりけり
波に消え行く
そのすがたにも似たりけり
げに世の常の馬ならば
かくばかりなる
身の
声ふりあげて
乱れて長き鬣の
この世かの世の別れにも
心ばかりは
深く悲しき声きけば
あゝ
天のうれひを紫の
野末の花に吹き残す
世の名残こそはかなけれ
花によりそふ鶏の
いづれあやめとわきがたく
さも似つかしき
姿やさしき
かたちを恥づるこゝろして
花に隠るゝありさまに
品かはりたる
雄々しくたけき
とさかの色も
黄なる
尾はしだり尾のなが/\し
問ふても見まし
よそほひありく
いひたげなるぞいぢらしき
画にこそかけれ
それにも通ふ一つがひ
霜に
雨に入日の夕まぐれ
空に一つの明星の
闇行く水に動くとき
日を迎へんと鶏の
露けき朝の明けて行く
空のながめを
燃ゆるがごとき
雲のゆくへを
闇もこれより隣なる
声ふりあげて鳴くときは
ひとの
夜は日に通ふ夢まくら
明けはなれたり夜はすでに
いざ
あなあやにくのものを見き
見しらぬ
あしたの空に鳴き渡り
草かき分けて来るはなぞ
妻恋ふらしや
ねたしや露に
朝日にうつる影見れば
雲をあざむくばかりなり
力あるらし声たけき
かくと見るより堪へかねて
背をや高めし
蹴爪に土をかき狂ふ
二つの
たがひに蹴合ふ
蹴るや
敵の
爪も折れよと蹴返しぬ
蹴られて落つるくれなゐの
血潮の花も地に染みて
二つの
たがひにひるむ風情なし
そこに声あり涙あり
争ひ狂ふ四つの
あな
一声長く悲鳴して
あとに仆るゝ夫鳥の
あたりにさける花
あゝあゝ熱き涙かな
あるに甲斐なき妻鳥は
せめて一声鳴けかしと
なにとは知らぬかなしみの
いつか
思ひ乱れて
鳴くや
我を恋ふらし
姿も色もなつかしき
花のかたちと思ひきや
かなしき敵とならんとは
花にもつるゝ
鳥に
おそろしきかな其の心
なつかしきかな其の
鳥の命のもろきかな
火よりも燃ゆる恋見れば
見よ動きゆく大空の
照る日も雲に薄らぎて
花に色なく風吹けば
野はさびしくも変りけり
かなしこひしの
冷えまさりゆく
たよりと思ふ一ふしの
いづれ
よりそふごとくかの敵に
なにとはなしに身をよする
妻鳥のこゝろあはれなれ
あないたましのながめかな
さきの楽しき花ちりて
空色暗く
雲にかなしき野のけしき
生きてかへらぬ鳥はいざ
いづれあやめを踏み分けて
野末を帰る二羽の
松島
古き扉に身をよせて
葡萄のかげにきて見れば
ほられて薄き葡萄葉の
影にかくるゝ栗鼠よ
姿ばかりは隠すとも
かくすよしなし
うしほにひゞく
かねにこの日の暮るゝとも
こひしきやなぞ甚五郎
この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
この著作物は、アメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。