第77回国会における三木内閣総理大臣施政方針演説


演説

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 ここに第77回国会が再開されるにあたり,政府の施政に対する基本方針を申し述べ,国民を代表する議員の皆さんと国民の皆さんのご理解とご協力を得たいと存じます。

 今年,昭和51年,1976年は,20世紀最後の四半世紀を踏み出す第1年目であります。21世紀へのスタートの年としての新しい芽を育てる決意であります。

 しかしながら,このスタートの年は,国内的にも国際的にも,歴史的な大転換期に遭遇しております。

 日本経済は,石油危機を契機として,年間実質成長率10パーセント程度から,ゼロ成長に転落いたしました。高度成長路線を支えた条件,たとえば,安い石油とか,工場の容易な立地条件といつた内外の支えは,今やほとんど失われてしまいました。われわれは,2度と再びかつてのような高度成長路線には戻れないことを覚悟しなければなりません。これからの日本経済は,成長スピードを減速した適正な成長路線に切りかえられなければなりません。しかし,私は,それを徒らに嘆くのではなく,むしろこれに積極的に取り組んで,健全な安定路線への転換を図るべきものと信じます。

 しかしながら,設備も雇用も借入金も,すべていまだ高度成長時代の引きつぎであります。それを新しい路線に円滑に切り換え,いかに適応させていくかは,大変な難事業であります。しかし,この障害を突破せずしては,日本経済は立ち直れません。

 この路線転換の難事業を,できるだけ犠牲をなくして成し遂げることが緊急の要請であります。国民総ぐるみで,英知をしぼり,協調の精神を発揮して,この困難を突破する覚悟を持たなくてはなりません。

 それは企業にだけ求められている問題ではありません。行政,財政においても同じことで,高度成長時代の安易なる考え方を断ち切つて,発想を転換し,行政,財政両面にわたつて合理化を進めてまいります。

 こうした経済路線転換の問題に加えて,今日,世界経済を苦しめている不況と物価高の同居する,いわゆるスタグフレーションの難問題に日本経済も直面しております。

 一方に不況,失業の谷,もう一方に高物価,インフレの谷がありますが,われわれは,どちらの谷にも落ちずに,「インフレなき経済発展」を図らなければならないのであります。それを,全体主義的な統制経済のやり方ではなく,政府,企業,組合,個人の良識と自制と協調に基づく自由・民主のやり方でやろうというのが,われわれの決意であります。

 昨年11月に,パリ郊外の古城ランブイエに集まりました先進民主主義工業国の6カ国首脳会談で約束しましたことも,まさに,それでありまして,民主的手法と国際的協力によつて,不況と物価の難問題を解決しようとお互いに決意を固めた次第であります。

 今日の世界は相互依存がますます深まつています。それだけに,従来のやり方を繰り返しているだけでは決して問題は解決いたしません。

 先進民主主義工業国の団結と協力が必要なことはいうまでもありませんが,それだけでは不十分であります。社会主義国の影響力にも,産油国の発言力にも,そして,石油を産出しない発展途上国の窮状にも,十分なる考慮が払われなければなりません。

 特に,非産油途上国の困窮を放置しておいては,世界経済の本格的な立ち直りを期待することは困難であります。

 国家間には表面上のいさかいの姿があるにもかかわらず,人類は,いまや,いや応なしに,一つの運命,一つの世界に,追い込まれつつあります。われわれはこの世界史の趨勢を深く認識しなければなりません。

 このように,国内的にも,国際的にも,われわれは,いまだ経験したことのないほどの,新しくかつ極めて困難な問題に直面しております。まさに世界の試錬,日本の試錬であります。

 これらの課題に対処する三木内閣の施政方針の基本的態度を以下4項目に分けて申し述べたいと存じます。

 第1は,当面の緊急課題であります。第2は,21世紀への挑戦であります。第3は,防衛と外交の路線確立であります。そして最後に,以上の3項目の実行についての私の国民の皆さんに対する訴えであります。

当面の緊急課題

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 私は,当面の緊急課題を2つの問題に絞つて申し上げたいと思います。それは不況と政治不信の問題であります。

 第1に,今年の最大緊急課題は,不況を脱出して,適正な安定成長路線への転換を図ることであります。

 もちろん,物価に対する監視は常に怠つてはなりませんが,当面は景気浮揚に全力をあげる方針であります。

 三木内閣が発足した時の最大緊急課題は,何といつても,あの異常なる物価を鎮静させることでありました。

 政府の総需要抑制政策による物価対策は成功いたしました。昨年3月を目標とした消費者物価15パーセント以下は,予定通り達成いたしましたし,今年の3月を目標とした,10パーセント以下も達成される見通しであります。

 ところが,不況の方は,4回にわたる景気対策にもかかわらず,回復力はまだ弱い段階にあります。

 もつとも,全般的にみれば,いわゆるマクロ的には,鉱工業生産は昨年の春に底入れし,景気回復の基調はできたのでありますが,いわゆるミクロ的には,個々の業種や企業にバラツキがあり,また日本企業のもつ雇用や借入金依存の特殊事情も手伝い,まだかなり深刻な問題が残つていることも事実であります。

 しかし,第4次景気対策に引きつづき,今国会でご審議願う来年度予算及び経済運営では,景気の順調な回復と雇用の安定を図ることを最優先目標としております。財政においても公共事業と住宅に重点を置きました。公共事業予算は,予算全体の規模が前年比14パーセント増であるにかかわらず,21パーセント増にいたしました。住宅に関しては,第3期住宅建設5カ年計画を策定して,公的資金による住宅建設350万戸,民間の自力建設と合せて860万戸の建設を目指しております。

 すべての努力を傾け,51年度は,実質5ないし6パーセント程度の経済成長を達成できると考えております。

 また,アメリカ経済の上昇とヨーロッパ経済の回復兆候は,日本経済を勇気づける材料であります。

 しかしながら,先程申し述べましたように,日本経済はその体質と構造とを変革しつつ転換期に処さなければならないという二重の課題を抱えております。したがつて,景気回復を図るとともに,新しい経済秩序の建設のために,創造的努力を怠つてはならぬのであります。

 緊急課題のもう一つは,政治不信の解消であります。

 国民が行政と国会運営とに不信を抱き,議会制民主主義に懐疑的になる時には,独裁政治と全体主義の誘惑が出てまいります。

 対話と協調,清潔と改革を唱えて発足した三木内閣に対し,現在いろいろな批判がなされていることは承知しております。

 政治浄化と近代化とは,空念仏に終らないか。社会的公正の実があがらないのではないか。不況からの脱却が遅れるのではないか。国会は対話どころか対決の場ではないか。こういつた国民の厳しい声が聞こえてまいります。

 私は衿を正してその声を聞き,私の全エネルギーを燃焼し尽くしても,その声に応えなければならぬという深い責任感を覚えております。菲才ではありますが,私は一身を投げうつてもやる決意であります。

 国民の要望に応えて政治の信用を回復するために,政府のなすべき仕事は,数多くありますが,中でも,現下の緊急課題として,先に述べた不況対策のほかに,私は次の4点を考えています。

 それは,1つ,ルールと約束ごとは守るという法治国の精神に基づいた社会秩序の確立。2つ,対話と協調精神の徹底。3つ,誠実に努力するものが報いられる社会的公正の保障。4つ,生命をいたわる人間尊重主義の徹底。この4点であります。

 具体的に申せば,第1の,法秩序と社会秩序の維持の中には,スト権ストの問題が含まれます。

 三公社五現業のスト権問題ですが,私は,違法スト-処分-抗議スト-処分という悪循環を断ち切る転換点は,違法ストを自制することにあると思います。「違法ストは強行するが,処分はやめてもらいたい」ということでは,悪循環は永久に断ち切れません。

 他方,政府もまた経営のあり方,当事者能力,関係法令の改正の3問題について,専門家の意見も十分にきいた上で最終方針を決定いたします。公労協側も,法を守るという基本態度を確立することを要請いたします。

 また,改正された政治資金規正法と公職選挙法のもとで行われる来たるべき総選挙でも,この法律尊重の精神が生かされて,清潔な選挙を通して,政治への信頼が回復されることを大いに期待いたします。金力,権力など手段を選ばす式のやり方がはびこる限り,政治への信頼は回復されません。

 第2の,対話と協調の精神の徹底については,特に国会運営と与党関係のあり方の改善が重要と考えます。

 国会は良識の府として,また,重要なる国政審議の場としての機能を発揮し,国民の期待に応えるのでたくては,議会制民主政治は維持できません。

 審議拒否の独善も,数のみに頼る安易な態度も,いずれも国会の権威と信用を落とす以外の何ものでもありません。国会運営と与野党間の対話と協調につき,格段の工夫,改善がなされることを強く要望するものであります。

 第3の社会的公正の中には,教育の機会均等,諸種の社会保障,税制改革,その他多くの問題が含まれます。なかでも,老人,心身障害児者,母子世帯,生活保護世帯等の経済的,社会的に弱い立場の人々の生活の安定と福祉を図ることには,来年度予算でも特に配慮しました。

 しかし,社会的公正に関連して,特に論議の対象となつているのは,独禁法の改正問題であります。

 独禁法は競争の公正化,消費者の利益擁護を図ろうというものであります。基調は,あくまで自由経済,市場経済でありまして,社会主義経済ではありません。

 ですから,独禁法改正というのは,時代の要請に応える節度ある自由経済体制を堅持するためのルールづくりをするということであります。

 この点をよく理解していただいて,関係者の納得のいく形で再度改正案を提案して,国会の御審議を願おうと思つております。

 第4の,国民の生命の安全を保障する上で,政府の責任は極めて重大であると考えております。

 毎日の新聞紙上には,さまざまな暴力行為などの殺ばつなニュースが絶えません。災害のニュースも絶えません。交通事故では1年に2万人以上の生命が失われています。薬や環境汚染による被害があります。このことについては,私も心を痛めております。

 生命の安全は,人間が最も本能的に求めるものであるだけに,政府もその安全確保に万全を期さなければならないことはいうまでもありません。

 交通事故対策としては,死亡者数を5年間のうちに,少なくとも一番多かつた年の半分にするべく,5カ年計画を発足させます。

 災害対策としては,科学技術を総動員して,事前の予防に最善を尺くします。

 薬や環境汚染対策としては,事前検査や事前の環境調査を厳重にいたします。

 しかし,なかでも最も国民の協力を得て達成いたしたいことは,種類の如何を問わず,目的の如何を問わず,あらゆる暴力を根本的に否定するという思想と風潮を全国民に浸透させたいことであります。

21世紀への挑戦

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 以上に述べました緊急課題の解決も,その場しのぎのものではなく,21世紀を展望した長期視野に立つものでなければなりません。

 そういう意味で,息の長い,民族発展の将来に思いをいたすとき,私は,特に次の4つの問題を重要と考えております。それは,(1)教育,(2)科学技術,(3)福祉,(4)繁栄の基盤の4点であります。

 第1は教育でありますが,その重要性はいかに強調してもしきれるものではありません。

 資源に恵まれない日本ですが,天の与えた最大の恵みは人であります。無限の能力を秘めた人間こそ,日本の宝であります。その能力を引き出すのが教育の責任であります。

 現在,教育を受けつつある青少年こそ,21世紀に活躍する未来の創造者であります。今日の教育をおろそかにすることは,21世紀に対する責任の回避にほかなりません。

 ところが,今日の教育が,日本の青少年の知,徳,体の均衡のとれた教育成果をあげ得るや否やについて,各方面の強い批判があります。現状では,のびのびとした創造的な人間の育成が期待でき難いのではないかという懸念も広く国民の中にあります。

 政府はこういう批判に応え,こういう懸念を解消するため,3つの方向の教育改革を実行したいと考えています。

 第1は,国立大学の共通学力テストを試みる等入学試験制度の改革であります。

 第2は,高校新増設のための国庫補助や,専修学校制度の新設など学校教育の機会の拡充であります。

 第3は,教育指導面の強化による学校教育の質的充実であります。

 私は教育を政争の外におくことと,がりがりの競争第一主義と入試第一主義を排することを期待しております。最近文相が提唱した「助け合い教育」などは教育界に新風を吹き込むものとして,私も賛同するところであります。

 第2は,科学,技術の重視,活用であります。

 21世紀は,人類連帯と科学技術の時代となるでありましょう。科学技術面での教育研究,開発に遅れをとる国民は,21世紀の後進国となりかねません。

 それだけに,科学技術の分野にたずさわる人の責任は重大であります。教育同様に,科学技術も分野も政争の外にあらねばなりません。

 原子力発電及び原子力船の安全性,環境汚染,災害の防止,都市再開発,さらには21世紀の無限のエネルギー源になる可能性があるといわれる核融合の問題等々,人類の資源と自然とをめぐる無数の課題は,科学技術者の公平な判断力と創造的能力に依存しなければならぬ問題ばかりであります。

 政府としては,本当に信頼できる科学技術の発展,本当に平和に奉仕できる科学技術の発展のために努力いたします。

 第3は,国民福祉に対する新しい総合的な取り組みであります。

 当面の福祉対策についても,優先度について,厳しい選択を行いつつ,真に必要な施策を計画的,かつ積極的に推進することにし,社会保障関係費は50年度に比し,22.4パーセント増額し,一般会計予算に占める割合も19.8パーセントに高めました。

 私は福祉社会建設こそ,近代民主政治の目標であると考え,多年,この問題を真剣に検討いたしてまいりました。

 人生にはいろいろの段階がありますが,そのいずれの段階においても,各人の人生観と価値観に従つて,自由に生きがいのある社会を実現することが必要であります。それが私の描く福祉社会でありますが,そうした福祉社会を支える2つの柱となる基本精神があります。

 1つの柱は,生涯のそれぞれの段階で機会さえ公平に保障されるならば,あとは個人の意志と努力次第という独立,自助の精神であります。

 もう1つの柱は,生涯のいずれの段階であれ,個人の努力ではどうにも解決のつかない経済的,社会的困難に陥つた人に対しては,国が救済の手を差しのべるという最低限の保障であります。連帯と相互扶助の精神であります。

 また同時に,私の構想する生涯設計計画は,教育も就職も住宅も,医療も,老後も,すべて含む総合的なものであります。

 私は,英国型,北欧型でもない日本型福祉政策を目指しております。この計画を具体化する第一歩として,ことしから政府においても総合的検討を進めることにいたしました。

 第4は,21世紀へかけての民族繁栄の基礎固めであります。

 先に述べましたとおり,日本経済は適正な安定成長路線への転換とともに,その体質と構造を変えていかなくてはなりませんが,そのためには中小企業と農林漁業,地方行財政,労使関係,国際協力という4つの重要な課題があると考えます。

 第1の中小企業と農林漁業につきましては,その振興なくして日本経済の繁栄はないということであります。

 当面の対策としては,中小企業においては,金融対策及び小規模事業対策に重点を置きました。また,農林漁業対策としては,自給力向上のための基礎整備,生産対策等を重視いたしました。しかし,いずれも構造改革による生産性向上という長期構想の一環としてとらえてまいります。

 第2に,国民生活の向上のために地方行財政の健全化を図ることが不可欠であり,このため,地方の自主的努力を期待するとともに,政府もこれがため,一そうの努力をいたしてまいります。

 第3の労使関係につきましては,相互理解と信頼の上に立つたよりよき労使関係が生まれることを期待しております。

 21世紀に向かうにつれ,日本の企業は低賃金の発展途上国,政治優先の社会主義国,合理化の進む先進工業国の三方からの競争にさらされることになります。

 このような国際的条件のもとで,より合理的な労使関係が樹立されて,勤労者の生活の安定が図られることを願うものであります。政府としても,それに役立つ環境づくりの労をいとうものではありません。

 第4の国際協力には,ランブイエ精神に現われているような先進民主主義工業国間の協力,体制を異にする社会主義国との協力,発展途上国との協力が必要であります。

 なかでも,発展途上国との協力は,わが国にとつて重要であります。

 政府としては,長期展望に立つて,発展途上国の国民の生活向上と国際平和につながる協力を進めてまいります。

 特に,今後予想されます世界的な食糧と人の不均衡対策として,発展途上国の食糧増産計画に対する国際的協力を促進したいと考えております。

外交と防衛の路線確立

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 私は外交と防衛とを,国の安全を図るという政府に課せられた重要なる責任の両面としてとらえております。

 複雑な内外情勢に対処して,国の安全を図るには,外交と防衛と内政の全般にわたる総合的対応策を必要といたします。

 ベトナム情勢の急転後,わが国の防衛論議に変化がみられます。問題を現実に即して考えようという傾向が現われつつあることを歓迎いたします。これをきつかけとして,いままであまりにも距離のあり過ぎた与野党の間の防衛に対する基本的な考え方についての対話が進められ,防衛問題が国民全体の問題として建設的に取り上げられるようになることを期待いたします。

 私は国の守りの基本として4点をあげます。

 第1は,国民の抵抗の決意であります。国民の生命,財産,生活,独立を侵すものには断乎として抵抗するという国民的決意であります。その決意の現われが自衛隊であります。

 第2は,堅実なる国内体制確立であります。政治や社会が腐敗し,経済が疲弊し,国民が自信を失うときには,国は内部から崩壊いたします。

 第3は,平和を維持する外交であります。日本みずからが平和を乱すもとになつてはならぬことはもちろんですが,日本を取り巻く国際環境を安定させる外交努力は,国の安全を守る重要なる要素であります。

 第4は,国際協力に基づく集団安保であります。今日,いかなる軍事大国といえども,一国だけの力で安全を全うすることはできません。軍備は無駄だから非武装がよいというのでは飛躍し過ぎた非現実論であります。

 世界の現状においては,集団安保体制が日本のとるべき道を考え,日米安保体制を継続していく決意であります。

 私は,以上,4点に集約された考え方のもとに,国民的支持を背景として,量より質を重視し,基盤的防衛力を整備しようとする新しい防衛構想を推進してまいりたいと思います。

 また,非核三原則は堅持いたしますから,核武装は絶対にあり得ません。この点を内外に明らかにする意味からも,核拡散防止条約の批准のための承認が今国会で行われますことを切望いたします。

 やろうと思えばできる技術と経済力を持ちながらも,日本国民が核武装をみずから放棄する決意をした点にこそ世界に訴える平和説得の道義力が生まれるものと私は信ずるものあります。

 アジア・太平洋地域の安全は,日本の安全にとつての大前提要件であります。

 アジア・太平洋地域の安定のために,日米,日中,日ソ,日韓の関係強化,ASEAN及び太洋州諸国との関係強化を図り,さらにインドシナ諸国との外交関係,北朝鮮との交流を進めてまいります。

 たかでも,強固なる日米関係の推進,発展が日本外交の基軸であることには変わりありません。

 安全保障の観点からも,民主主義の観点からも,また,経済貿易の観点からも,いずれをとらえても,日米は極めて自然なパートナーであります。

 本年は米国にとつて建国200年を迎える記念すべき年であります。政府はそれを心から祝福するとともに,日米間の,相互理解,相互信頼,相互協力を一そう増進する決意であります。

 日中関係につきましては,4年前の日中国交正常化以来,約束された4つの実務協定の締結はすべて完了し,残るは平和友好条約の締結のみであります。私は相互理解を一そう深めて,できるだけ早い機会に条約締結に漕ぎつけ得るよう努力いたします。

 ここに,日中国交正常化に多大の貢献をされた偉大なる政治家,周恩来国務院総理の逝去を改めていたむものであります。

 日ソ関係につきましても,政府は,日ソの友好,協力関係の増進に努力しております。しかし,日ソ間には,依然として領土問題が未解決の問題として残つております。

 先般,グロムイコ外相の訪日の機会に,この問題を話し合いましたが,ソ連側のかたい態度は依然として変わりはありませんでした。政府は今後ともこの問題の解決のため,忍耐強い努力を続けてまいりますので,国民のご支援を得たいと思います。

 しかし,日中,日ソ間には,それぞれの懸案があるとはいえ,経済,文化及び人の往来の面では,着実に関係は深まりつつあります。

 日韓関係は,いろいろの問題が介在しましたが,友好関係の根底にはゆるぎはありません。しかし,相互理解増進の努力を怠つてはならぬと考えます。

 また,日韓太陸棚協定の批准のための承認が,他の外交案件同様,今国会で行われるよう希望いたします。

 ASEAN諸国と大州洋諸国との関係の緊密化は,アジア・太平洋地域の安定と繁栄のため,歴史が新しく求めているものであると考えますので,これら諸国との相互理解と友好関係の増進には一そうの努力を払います。

 長い戦火の終熄をみたインドシナ諸国との新しい外交関係は政府の重視するところであります。この地域の新しい政権の動向は,今後のアジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。

 同様に,朝鮮半島における南北関係の動向もまた,アジア・太平洋地域の安定と密接に関連しております。

 朝鮮半島の現状に急激な変化をもたらすことは,かえつて朝鮮半島の安定をそこねるものと考えます。しかし,わが国と北朝鮮側とが互いに正確な情報を欠いているという状況は,不要な疑心暗鬼と警戒心を起こすことになりかねません。ですから,漸進的に北朝鮮との交流も進めてまいり,相互が正確に理解し合えるようにしたいと考えています。

 以上,アジア・太平洋地域の問題を申し述べましたが,それは世界の他の地域への関心が低いという意味では決してありません。

 現に,昨年11月のランブイエ会議にも積極的に参加しましたように,政府は,日本,北米,西欧,それに太洋州も加わるべき先進民主主義工業諸国の協力には大いに貢献したいと考えています。日米に比べては,比較的立ち遅れている日欧間の相互理解の増進にも大いに努めたいと考えています。

 中東紛争については,日本は石油問題を通じて死活的な関係をもつておりますだけに,その関心度には極めて深いものがあります。

 政府は,国連安全保障理事会決議242号が完全に実行され,パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されるとともに,イスラエルとPLOの対話の実現を切望するものであります。そうした対話と協調の精神に則つて,中東地域に正しく,かつ永続できる平和が訪れることを強く希望しております。

 また,アンゴラの武力紛争による不幸な事態に対しては深い関心をもつておりますが,外国の軍事介入が停止され,一日も早く平和が達成されるよう願つております。

 もとより,中近東,アフリカさらに中南米の諸国との間においては,相互理解と友好協力関係の一そうの強化に今後とも努力してまいります。

 平和憲法の精神からいつても,貿易に依存する資源小国たる日本の立場からいつても,平和世界なくしては,日本は存立し得ないのであります。

 それだけに,世界の平和と安定のためには,日本は特別の関心をもち,できるだけの努力をいたすべきものと考えます。わが国は軍事的にはなにもできませんが,経済,政治,文化の諸分野で貢献できる余地は少なくないと考えております。

国民への訴え

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 以上,率直にわが国の実情並びに私の信ずる政治理念と政策とを述べてまいりました。

 この際,特に国民の皆さんに訴えたいことがあります。

 それは,自主性と協調の問題,国益の問題,それに権利と責任の問題であります。

 自主外交が求められています。しかし,それは決して反対することが自主で,協調することが追随というわけではありません。協調することを自主的に決めることも自主外交で

あります。

 国益とは,国際協調を排した一方的なる利己利益主張と理解されることがあります。

 しかし,これほど相互依存度の強まつた今日の世界ではそうした狭隘な国益論は通用いたしません。

 また,権利を主張するに急で,その半面の責任や義務が無視されることがいろいろの国内問題を起こしております。

 こうしたことが,外交や政治を時に極めて困難にすることがあります。

 世界にも,日本にも,多様な考え方があります。それを力によらず,相互理解と善意と良識によつて調整していくのが民主政治であり,平和外交であると信じます。

 政治体制にもいろいろありますが,私は,長く議会政治にたずさわつてきた議会人として,日本にとつては,やはり議会制民主主義が最も適合している政治体制であると信じて疑わないものであります。

 しかし,それは,内政においても,外交においても,議会運営はいうまでもありませんが,私のいう対話と協調でなければ,真価を発揮できない制度であります。

 私は重ねて対話と協調とを訴えて,民主政治擁護に挺身することを誓うものであります。

 以上,私は内外の諸問題につき,極めて厳しいことを述べてまいりましたが,それは私が日本国民を信ずるが故に,あえて申し上げた次第であります。私は,いざというときに日本国民が発揮してきた英知と和の精神と献身の歴史を信じます。過去幾多の困難をのりこえてきた日本国民であります。

 必ずや日本民族の活力を発揮して現下の困難をのり切り,明るい明日への道を切り開くことができることを確信いたします。

 私も根かぎり献身いたします。

 議員の皆さんと国民の皆さんのご理解とご協力を願つてやみません。

出典

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