第74回国会における三木内閣総理大臣所信表明演説


演説

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このたび、私は、内閣総理大臣に任命され、内外情勢の極めて重大な時局に、誠に重い使命を帯びることになりました。

力の限りを尽くし、全身全霊を打ち込んで、難局打開にあたる覚悟であることは申すまでもありませんが、議員の皆さんの、そして、国民の皆さんの御理解と御協力なくしては、到底この難局は乗り切れるものではありません。

まず第一に、その御理解と御協力を切にお願い申し上げます。

国際通貨秩序の動揺、食糧不足、石油危機などに端を発し、世界的インフレの進行ひいては政治的不安定化など、誠に深刻な問題が生じております。

今日の世界各国の相互依存度の深さは、全世界にわたってその影響を拡大する結果になっております。

インフレ、不況通貨エネルギー資源食糧のどの一つをとっても、問題は相互に絡み合って、各国の個別的努力だけでは到底解決できるものではありません。国際協力なくして解決できるものは、何一つありません。

特に資源の乏しいわが国にとりましては、個別的努力も国際協力も他国に倍して行わなければなりません。

しかもそれらは、全世界的協力に基づく新しい世界秩序の形成なくしては解決されない性質のものであります。

私は、今日の事態を、いたずらに悲観的にみようとするものではありませんが、ただ冷厳なる現実を直視した共通の危機感の中からこそ、解決策が生まれると信じます。

政治も経済も、従来の惰性に流されていたのでは、日本も大変なことになります。世界も大変なことになるというのが私の深い憂いであります。

しかし今日難局に直面して思うのは、われわれの先人が、明治維新第2次大戦における敗戦という、大きな困難を見事に乗り越えた事実であります。それは、われわれの先人が勇気、知恵、忍耐をもって、献身的に努力したからであります。われわれには、先人の偉大な業績を継承する責任があり、また、日本の歴史を顧みれば、われわれの文化に深い潜在力があるという自信をもちます。

また、アジアにおける近代的国家として、百年の歴史を重ねてきた日本と日本人が、難局を乗り越えて、次の百年の歴史を築きあげることは、アジアに生きるものの責任であり、それこそが、世界全体の新しい秩序形成の礎となるにちがいありません。

私は、こうした深い憂いとともに希望と自信をもって国民の声、世界の声に耳を傾け、狂瀾怒濤の世界に誤りなく、日本丸の舵をとる使命を果たしてまいりたいと存じます。

こうした時局認識と決意をもとにして、国民の声と、世界の声とが、最も強く求めているものとして、私の耳に強く響く2点にしぼって、今回は私の所信を申し上げることにいたします。

まず、国民の声は、インフレの克服と不況防止による経済の安定と、ひろく社会的不公正の是正を求めています。そこに私の実行力が求められていると、受けとめております。私はこれにこたえる決意であります。

また、世界の声は、日本の内閣交代で日本外交の基本政策が、変わるのかどうかを問うております。

第1点の国民の声、インフレと不況の問題についてであります。

それは、世界共通の問題ですが、日本にとっては、他の先進工業諸国に比較して特に深刻であるという要素が幾つかあります。

石油の例に明らかなように、日本は燃料、原料、食糧、飼料の重要部分を輸入に依存せざるを得ない資源の乏しい国であります。頼るのは日本国民の勤勉、技術、頭脳のみであります。

また、石油の例にみるごとく、その輸入品がことごとく値上がりしてまいりました。日本の高度経済成長を支えた「ドルさえ出せば、いつでも、どこからでも、何でも安く」買えたという支柱は消えうせてしまいました。

日本は高い資源を輸入しなければなりません。それだけでも物価を押し上げる要因になります。その上に、インフレ心理、流通機構上のネック、賃金と物価の悪循環、価格決定のメカニズムなど、いろいろの要因が重なり合ってさらに物価を押し上げています。

それ故に、日本の場合は、他国以上に資源の節約を図らなければなりません。

政府の経済政策も、安定成長路線に切り替え、資源輸入を節約し、財政支出も切り詰めなくてはなりません。

しかし、それが程度を越せば、不況を深刻にし、大きな社会問題を引き起こします。現に倒産も少なくありません。

私は、総需要抑制政策のわく組はくずしてはならないと考えておりますが、そのわく組の中では実情に応じ、きめ細かい現実政策もとらなくてはならないという考えであります。

それはただただ現状を維持するための単なるてこ入れでなく、その間に日本経済の体質を改善し、従来立ち遅れている部門を強化するという積極的、建設的精神が働かなければなりません。

経済の体質改善の努力と並んで、私の重要視するのは、社会の公正を期するということであります。30年もこつこつ勤めあげてきた人々が退職後の生活設計が立たないという事態は決して公正とはいえません。

また、物価騰貴により、最も深刻な影響を受けるものは、生活保護世帯、老人、身心障害者、母子世帯などであります。これら社会的、経済的に弱い立場の人々の生活の安定を図るためのいっそうきめ細かな福祉施策の推進、老人が安心して老後を送ることのできる社会を実現しなければ公正が図られたとは申せません。

賃金の問題にしましても、労使双方に対し、節度を求める反面、消費者物価の上昇を極力抑制することが公正の精神であると存じます。

以上の基本的考え方に基づき、財政金融政策はもとより、流通輸送独禁法公共料金など、関連要因を総ざらいして、総合的計画の下にあらゆる対策を推進するため、12月10日の初の定例閣議で、政府部内に「経済対策閣僚会議」を設置することを決め、一大物価作戦を福田副総理統括の下に展開する決意であります。

さらに長期的将来を考えれば、経済の量的拡大より質的向上を、生活の物質的充足より精神的豊かさを追求し、社会的公正を確保し、活力と自信にあふれた社会の建設に全力を傾けたいと存じます。

次に第2点の世界の声に対する私の所信を申し上げたいと存じます。

三木内閣に代わっても、わが国外交の基本路線は、不変、不動であるということであります。

日米友好関係の維持・強化が日本外交の基軸であることにいささかの変化もありません。先般は百年余の日米修好史上、初めて現職大統領としてフォード大統領が訪日され、両国関係をいっそう発展させるための共同声明が発表されました。私はその精神を忠実に履行する決意であります。

しかし日米友好関係の維持発展を重視するからといって、それは決して他の国々との関係をおろそかにすることを意味するものでありません。

日中関係につきましては、昭和47年9月29日の日中共同声明の諸原則を誠実に履行し、日中平和友好条約の締結を促進いたします。

日ソ関係につきましては、平和条約を締結するという懸案に、積極的に取り組む所存であります。

わが国の平和と安全を確保するためには、アジア地域の平和と安定が必要であることはいうまでもありません。

わが国としては、特に主権尊重、内政不干渉と互恵平等の精神に基づき、日韓関係をはじめ、全アジア諸国との間も友好関係をいっそう強めてまいる強い決意であります。それがアジア・太平洋地域の安定に貢献するものであることを深く確信するからであります。

また、欧州諸国との協調をさらに深めることはもとより、中近東、アフリカ、中南米などの発展途上諸国との協力関係をいっそう増進すべく努力する所存であります。

最後にエネルギー問題の国際協力について一言申し述べたいと存じます。

わが国は、世界最大の石油輸入国の一つであります。エネルギー源としての石油依存度も極めて高いものがあります。

また、石油消費も産業用が大部分というところに特徴があります。

それが故に、石油輸入の国際協力につきましては、物価問題と同様に、日本には特別の困難な問題があり、他国並みに輸入量を減らすには、他国以上に経済的犠牲を払わなければならないという事情があります。

この問題に関しては、私は特に2点を指摘して国民並びに世界の注意を喚起したいと存じます。

第1は、日本は今後、国民の理解と協力の下に石油節約を図らなければなりませんが、それは他国の圧力によってやるのではなく、日本経済の必要上やらざるを得ないということであります。その結果として国際協調にも役立つわけであります。

第2は、石油の消費節約は、産油国に圧力をかける消費国の共同戦略としてやるのではなく、人類の共有する貴重な石油資源を消費国も産油国も協同して合理的に活用しようという全人類的発想の産物でなければならないということであります。

以上、私は、国民の声と世界の声の一番大きなものにしぼって所信を申し述べました。

今日、わが国は、内外を問わず、未曽有の試練に直面しており、政治の使命は、いよいよ重大であります。このときにあたり、政治に対する国民の信頼が損なわれようとしていることは、私の最も憂慮しているところであります。

私は、戦前戦後を通じて、37年余にわたり、議会政治家として、微力を国政に捧げてまいりました。政治が国民の信頼に支えられていない限り、いかなる政策も実を結び得ないことは、私が身をもって痛感してきたところであります。

国民の心を施政の根幹に据え、国民と共に歩む政治、世界と共に歩む外交、これは、政治の原点であり、政治の心であります。政治は、力の対決ではなく、対話と協調によってこそ進められなければならないというのが私の強い信念であります。

私は、新しい政治の出発にあたって、この原点にたちかえり謙虚に国民の声をききつつ、清潔で偽りのない誠実な政治を実践し、国民の政治に対する信頼を回復することに精魂を傾けることを誓います。

なお、政府は、本臨時国会に、人事院勧告に基づく公務員給与の改善、生産者米価の引上げに伴う食糧管理特別会計繰入れなど当面財政措置を必要とする諸案件につき、所要の補正予算及びこれに関連する諸法案等を提出し、御審議を願いたいと思います。

以上、所信の一端を申し述べましたが、施政の全般については、明年度予算を中心として具体化し、通常国会において、その審議をお願いする所存であります。

最後に重ねて議員の皆さんの、そして国民の皆さんの御理解と御協力をお願い申し上げまして私の所信表明を終わります。

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