第72回国会における田中内閣総理大臣施政方針演説


演説 編集

 (前略)

 私は,一昨年来の米国,欧亜大陸,東南アジアヘの訪問外交を通じ,緊張緩和は,欧州におけると同様アジアにおいても現存の国際秩序をふまえて,その枠内で達成されつつあるとの確信を深めたのであります。我が国は自衛のための必要とされる最小限度内の防衛力を維持するとともに,引き続き日米安全保障体制を堅持してまいります。政府は,防衛問題に関し,国民の広い理解と支持を得るためいつそうの努力を重ねてまいります。

 自衛隊の施設及び在日米軍に提供中の施設区域の周辺地域における民生安定諸施策を 抜本的に強化するため,新たに法律案を今国会に提出するほか,米軍が使用する施設区域の整理統合についても引き続き真剣に取り組んでまいります。

 なお,昭和49年度における防衛費については,当面する内外の情勢を十分勘案し,総需要抑制の見地からも,必要最小限の経費計上にとどめました。

 現下の国際情勢はいつそう多様化の度を加え,世界は,政治的にも経済的にも新しい秩序を模索しつつあり,我が国を取り巻く内外の情勢は,戦後かつてないほどに複雑かつ厳しいものとなつております。このようなときにあつて,各国との相互理解と協力の増進はことのほか重要であります。私がさきの米,中,西欧及びソ連の訪問に引き続 き,この度,アジア5ケ国を歴訪しましたのも,世界的視野に立つ我が国外交のあり方,国際社会に向けて我が国が果たすべき責任を見究めるためでありました。

 私は,かねてよりできるだけ早くアジア諸国を訪ね,心の通つた隣人としての友好を深めることにより,これら諸国と我が国との関係に「新しい1ページ」を開きたいと念願してまいりました。私は,今回のアジア訪問を通じ,これら諸国との「平和と繁栄を分かち合う良き隣人同志の関係」をいかにして育成,強化することができるか探究することに可能な限り努めました。我が国のアジア諸国との関係や,我が国企業の経済活動に対する不満や批判についてもつぶさに見聞いたしました。私は,そのなかで,各国,各国民にとつて相互理解と協力が極めて大切であるにもかかわらず,それが言うはやすく実行はまことに困難な課題であることを痛感しました。

 国際協調の意味するところを正確に把握し,これを国の施策と国民一人一人の行動に反映させることは,我々が考えるほどには容易ではありません。1億の日本民族は単一民族として島国の中で人種的対立もなく,宗教や言語の争いもなく,そのエネルギーをひたすら復興と建設に結集することができました。そのことは,一面で世界各国の中でも極めて恵まれた点であると考えられますと同時に,他面,国際協調ないし外国との交際においては,未だ大いに反省し,自ら学ぶ点の多々あるという結果をもたらしております。敗戦直後の荒廃の中で復興に努力する過程では看過され,ある程度正当化されたかも知れない閉鎖的な国益追求の姿勢は,もはや国際的に通用しないばかりか,災いの種ともなりかねません。この際,我が国に対する正当な批判には素直に耳を傾け,改めるべきところは改め,長期的展望に立つ互恵的な交流関係の維持増進を図らなければなりません。こうして,日本が自分のものさしだけで判断することなく,アジア諸国の良き友人となり,苦楽を共にしてこそ,はじめてアジアの永続的な平和の確立に貢献できるのであります。

 私は,かように「人」の面について見直しが必要であることを訴えるものでありますが,「物」の面では,歴訪諸国との首脳会談を通じ,アジア諸国とは相互補完の関係にあることをいつそう感得いたしました。我が国は,アジア諸国の協力を必要とし,アジア諸国もまた,その国づくりのため,我が国の協力に多大の期待を寄せているのであります。我が国は,アジア諸国の期待に応えるため,政府開発援助の質的改善を含む援助対策のいつそうの転換を図らなければなりません。具体的には,関係国の一般大衆の福祉向上のため,農業,医療,教育,通信等の分野に対する援助を拡充し,政府借款の条件を緩和し,贈与の対象範囲を拡大してまいります。その一環として,政府は国際協力推進のために国務大臣を新たに設けるほか,国際協力事業団を設立し,政府及び民間の協力体制を整えることにいたしました。

 東南アジアを訪問して,今次石油危機が我が国や欧州諸国等に深刻な影響を与えている以上に,アジアの開発途上国が直接的な打撃をこうむつており,特に我が国の経済活動の停滞により,甚大な影響を受けている事実を痛感してまいりました。資源問題の根本的解決は,産出国と消費国との間に互恵互譲の精神に基づく調和ある関係がつくられて,はじめて可能であります。政府は,産油国と消費国との会合に言及した石油輸出国機構の声明を歓迎するとともに,国際的な解決を図ろうとする試みに参加し,世界経済の拡大と発展のために積極的に貢献してまいりたいと考えております。 政府は,資源確保にあたつては,内には我が国経済の体質を資源供給の制約という新事態に対応すべく転換しつつ,外に内かつては,その安定供給の確保と供給先の多角化のための努力を鋭意積み重ねてまいりましたが,これらの努力も中東紛争を契機とする新事態に対応し得るほど十分のものではなかつたのであります。我が国は,中東における公正かつ永続的な平和が早期に達成されることを期待するものであり,そのためできる限りの寄与を打つてまいります。また,これら諸国との間に,長期的観点からその工業化の努力に対する具体的な経済技術協力のほか,人的,文化的交流等幅広い友好協力関係を増進するため,最大限の努力を傾ける必要があります。以上の政策をふまえ,政府はさきに中東問題に関する態度を明確にするとともに,三木副総理はじめ政府,党首脳を中東諸国はじめ関係諸国に派遣したのであります。

 資源の共同開発,新エネルギーの研究等に関する国際協力の促進の重要性はますます高まつております。これらの問題については,昨年の各国首脳との会談においても,既に積極的,具体的な話合いを打つた次第であります。

 米国とのゆるぎない相互信頼関係は,我が国の多角的外交展開の基盤となるものであります。そのため,政府は,米国との貿易収支の著しい不均衡を大幅に改善せしめたのみならず,広く世界経済全体の発展確保のため,拡大均衡を指向する両国間の互恵的な貿易経済関係の増進に格段の努力を傾けております。

 欧州との間には伝統的な友好関係が存在しながらも,具体的な協力関係は必ずしも密接であつたとは申せません。昨年の訪欧の結果,広範な分野にわたり,各国との対話は大いに促進強化されましたが,この成果をふまえ,今後とも我が国外交基盤のいつそうの拡大に資してまいります。ソ連との関係においても,北方領土問題が平和条約の締結によつて処理されるべき戦後の未解決の問題であると確認されたことは極めて意義あることであり,併せて,これまでの両国関係の着実な発展をいつそう増進する素地ができあがつたことは,我が国益に資するゆえんであると考えます。

 日中間の国交正常化以来その成果は着実に定着しつつあり,我が国外交の幅広い展開はいつそう容易になりました。政府としては当面する実務諸協定等の締結を促進し,日中関係のいつそうの進展とアジアの平和と安定に寄与してまいる考えてあります。

 私は,我が国を取り巻く国際情勢の厳しさと,我が国が果たすべき責任の重さについては十分な理解をいたしております。一昨年来の首脳外交により,世界的視野に立つ我が国外交を強力に展開する基盤は固まりつつあると確信しております。私は,今後とも,既にもたらされている各国首脳の招請にも応えつつ,多方面との幅広く,奥行の深い外交努力を積み重ね,平和と繁栄を享受できる住み良い人類社会形成のため,着実な国際的貢献か行つてまいる考えであります。(後略)

出典 編集

参考文献 編集