第1回帝国議会における山縣内閣総理大臣施政方針演説

諸君我ガ

天皇陛下ハ至仁ナル聖慮ニ依リマシテ曩キニ千歲不磨ノ大典ヲ立テサセラ、レ玆ニ諸君ト相會スルヲ得タルハ誠ニ國家ノ爲慶賀ニ堪ヘザル次第デ御座リマス又本官ノ幸榮トスルトコロデ御座リマス

本官ハ今內外ノ政務ニ就キマシテ、諸君ニ其ノ方針ノ在ル所ヲ陳述致シマスルノ機會ニ遭遇致シマシタルガ、既ニ政府ノ執ル所ノ政策ニ於キマシテハ先日開院ノ勅語ニ於キマシテ、其ノ大体ヲ明示致サレマシタ以上ニ、今更ニ本官ガ事々シク辯明致シマスル必要ヲ見マセヌデ御座リマスサリナガラ二三ノ要點ニ就キ其ノ概略ヲ陳述致シマシテ、諸君ノ公平ナル判斷ヲ煩ハサンコトヲ望ミマス

顧ミルニ舊幕府ガ鎖港ノ政略ヲ執リタル以來、我ガ國三百年間ノ無事大平ヲ保續致シマシタニ相違御座リマセヌコトデ御座リマス併シ此ノ政略ハ宇內ノ大勢ニ背馳致シマシテ、我ガ國三百年間ノ進化ヲ遲ク致シタル結果ヲ生ジタルハ甚タ遺憾ノ至リニ存ジマス

偖明治大政維新ノ時ニ膺リマシテ、世運ノ變遷ヲ察シテ一旦此ノ方向ヲ變ジマスルト過去數百年間滯ルトコロノ負債ヲ償還セネバナラヌト云フ事ニ氣ガ附キマシタ故ニ我々ガ此ノ短日月ノ間ニ於キマシテ、其ノ負債ヲ償還スルコトニ努力致シマシタデ御座リマス、然ルニ僅二十有餘年間ノ短日月ナル ガ故ニ、今日ニ至ルマデ我々諸君ト與ニ、背上ニ負擔スルトコロノ至重ノ義務ハ、未ダ其ノ半ヲ終フルニ至リマセヌデ御座リマス、併シナガラ幸ニ上ハ聖天子ノ宏遠ナル皇謨ト、下ハ先進諸氏ノ翼贊計畫スルトコロニ依リマシテ、其ノ大体ノ標準ヲ一定スルコトヲ得マシタ、故ニ漸次其ノ順序ヲ追フテ今日マテノ運ビト相成リマシタ次第デアリマスル、勿論政府ノ實務上ニ就キマシテハ、或ハ之ヲ緩ニシ、或ハ之ヲ急ニシ又ハ此ノ法ヲ執リ、又ハ此ノ法ニ依ルコトニ至リマシテ、人々各〻其ノ見ルトコロニ依リマシテ、各由入異同アルコトハ是數ノ免カル可カラザルトコロト存ジマス、今其ノ小異ハ 姑ク擱キマシテ施政ノ大局上ニ就イテ觀察ヲ下ストキハ我々一樣ニ同一ノ軌轍ノ上ニ進ミ行キツヽアリ、決シテ此ノ一大環線ノ外ニ脫出スルコトハ致シマセヌ是ハ本官ガ斷言スルニ更ニ憚カラヌトコロデアリマス

偖政府ヨリ二十四年度ノ總豫算ヲ提出致シマシタルハ此ノ歲計豫算ニ就キマシテ、我々憲法上及ビ法律勅分ヲ奉事スルノ義務者デ御座リマス此ノ歲計豫算ニ就キマシテハ本官ハ諸君ガ愼重公平ナル審議翼賛ノアルコトハ信ジテ疑ロマセヌ豫算帳ニ就キマシテ最歲出ノ大部分ヲ占メルモノハ即陸海軍ノ經費デ御座イマス、是ニ就キマシテハ本官ガ政府ノ觀ル所ニ就イテ將來ノ爲ニ一言ヲ吐露シテ、諸君ノ注意ヲ冀ハンコトヲ望ミマス抑〻今ノ時ニ方リマシテ國家ノ最急務トスル所ノモノハ、行政及地方ノ制度ヲ整ヘ運用ヲ敏活ナラシメルコトデアル、又農工及通商ノ業務ヲ奬勵作進シテ國ノ實力ヲ養成致スコトガ最必要ノコトト思ヒマスサレバ內治即內政ハ一日モ 忽ニナラヌコトハ勿論申ス迄モナイコトヽ存ジマス、又是ト同時ニ國家ノ獨立ヲ維持シ、國勢ノ伸張ヲ圖ルコトガ最緊要ノコトヽ存ジマス此ノ事タルヤ諸君及我々ノ共同事務ノ目的デアツテ、獨政府ノナスベキコトデ御座リマスマイ將來政事上ノ局面ニ於テ何等ノ變化ヲ現出スルモ決シテ變化スルコトハ御座リマスマイト存ジマス、大凡帝國臣民タル者ハ協心同力シテ、此ノ一直線ノ方向ヲ取ツテ、此ノ共同ノ目的ニ達スルコトヲ誤ラズ、進マナケレバナラヌト思ヒマス」蓋國家獨立自營ノ道ニ二途アリ第一ニ主權線ヲ守護スルコト、第二ニハ利益線ヲ保護スルコトデアル其ノ主權線トハ國ノ疆域ヲ謂ヒ利益線トハ其ノ主權線ノ安危ニ、密着ノ關係アル區域ヲ申シタノデアル、凡國トシテ主權線、及利益線ヲ保タヌ國ハ御座リマセヌ方今列國ノ間ニ介立シテ一國ノ獨立ヲ維持スルニハ獨主權線ヲ守禦スルノミニテハ決シテ十分トハ申サレマセヌ、必ズ亦利益線ヲ保護致サナクテハナラヌコトヽ存ジマス、今果シテ吾々ガ申ス所ノ主權線ノミニ止ラズシテ其ノ利益線ヲ保ツテ一國ノ獨立ノ完全ヲナサントスルニハ固ヨリ一朝一夕ノ話ノミデ之ヲナシ得ベキコトデ御座リマセヌ、必ズヤ寸ヲ積ミ尺ヲ累子テ、漸次ニ國力ヲ養ヒ其ノ成蹟ヲ觀ルコトヲ力メナケレバナラヌコトト存ジマス即豫算ニ揭ケタルヤウニ巨大ノ金額ヲ割イテ、陸海軍ノ經費ニ充ツルモ、亦此ノ趣意ニ外ナラヌコトト存ジマス、寔ニ是ハ止ムヲ得ザル必要ノ經費デアル以上演べマスル所ノ數箇ノ要點ハ、假令小異ハアルトモ其ノ大体ニ就キマシテハ諸君ニ於テ必ズ協同一致セラレンコトハ、本官ハ信ジテ疑ヒマセヌ、大凡是等ノ事ニ就キマシテ、今申述ベマスル樣ニ成ルベクハ速ニ拂盡サネバナラヌ共同義務デアル、然ラバ此ノ重大ノ義務ヲ盡サンガ爲ニハ、我々境遇ニ伴フ所ノ一箇ノ利益ヲ犠牲ニ供シテ公平無私ニ相倶ニ胸襟ヲ押開イテ腹臟ナク相談シ相議スルニ於テハ互ニ其ノ意見ヲ一致スルコトニ於テ、決シテ難キコトハナイコトヽ存ジマスル、本官ハ幸ニ諸君ノ了察アランコトヲ望ミマス

この著作物は、日本国の著作権法第10条1項ないし3項により著作権の目的とならないため、パブリックドメインの状態にあります。(なお、この著作物は、日本国の旧著作権法第11条により、発行当時においても、著作権の目的となっていませんでした。)


この著作物はアメリカ合衆国外で最初に発行され(かつ、その後30日以内にアメリカ合衆国で発行されておらず)、かつ、1978年より前にアメリカ合衆国の著作権の方式に従わずに発行されたか1978年より後に著作権表示なしに発行され、かつ、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(日本国を含むほとんどの国では1996年1月1日)に本国でパブリックドメインになっていたため、アメリカ合衆国においてパブリックドメインの状態にあります。