福岡高等裁判所判決平成18年 (ネ) 第720号、平成18年 (ネ) 第1010号

判決

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主文

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1 控訴人X1の本件控訴に基づき原判決中同控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

(1)被控訴人は、控訴人X1に対し、330万円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人X1のその余の請求を棄却する。

2 控訴人X2及び同X3の本件控訴並びに本件附帯控訴をいずれも棄却する。

3 訴訟費用中控訴人X1と被控訴人との間に生じた分は、第1、2審を通じこれを10分し、その9を控訴人X1の、その余を被控訴人の各負担とし、控訴人X2及び同X3の本件控訴費用、被控訴人の本件附帯控訴費用並びに当審被控訴人補助参加人の補助参加費用は、各自の負担とする。

4 この判決の第1項(1)は、仮に執行することができる。

事実及び理由

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第1 申立

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1 控訴人ら
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(1) 原判決を次のとおり変更する。
ア 被控訴人は、控訴人X1(以下「控訴人X1」という。)に対し、4699万6007円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 被控訴人は、控訴人X2(以下「控訴人X2」という。)に対し、330万円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ 被控訴人は、控訴人X3(以下「控訴人X3」という。)に対し、330万円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 本件附帯控訴を棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審を通じ被控訴人の負担とする。
(4) 第(1)項アないしウにつき仮執行宣言
2 被控訴人
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(1) 原判決中控訴人X1に関する部分を次のとおり変更する。
ア 被控訴人は、控訴人X1に対し、50万円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 控訴人X1の被控訴人に対するその余の請求を棄却する。
(2) 本件控訴をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は、第1、2審を通じ控訴人らの負担とする。
(4) 被控訴人敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱宣言

第2 事案の概要

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本件は、平成15年4月から同16年3月まで福岡市立A1小学校(以下「本件小学校」という。)4年に在籍していた控訴人X1が、当時の担任教師であった一審相被告B(当審被控訴人補助参加人、以下「B」と表記することがある。)から、継続的に暴行を受け、暴言を言われるなどしていじめられたこと(以下「本件いじめ行為」という。)により、肉体的、精神的苦痛を受け、外傷後ストレス障害(以下「PTSD」という。)の後遺障害を負ったとして、Bに対しては民法709条に基づき、本件小学校の設置者である被控訴人に対しては国家賠償法1条1項に基づき、5118万0118円の損害賠償の連帯支払を求め、控訴人X1の父母である控訴人X2及び同X3が、本件いじめ行為により精神的苦痛を受けたとして、Bに対しては民法709条に基づき、被控訴人に対しては国家賠償法1条1項に基づき、各330万円の損害賠償の連帯支払を求めた事案である(附帯請求は、控訴人ら主張の最後の不法行為日である平成15年9月21日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金)。

原審は、控訴人X1の被控訴人に対する請求を220万円及びこれに対する前記日から前記割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、控訴人X1の被控訴人に対するその余の請求及びBに対する請求並びに控訴人X2及び同X3の各請求をいずれも棄却した。

これに対し、控訴人らが控訴し(ただし、控訴人X1については請求の元本を4699万6007円に減縮した。)、被控訴人が附帯控訴したが(ただし、附帯控訴の範囲は控訴人X1の請求のうち50万円及びこれに対する前記日からの前記割合による遅延損害金の請求を超える部分)、控訴人らはBに対する控訴を取り下げ、Bは被控訴人に補助参加した。

1 前提事実
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原判決の「事実及び理由」第2の「1 前提事実(争いのない事実については、証拠を掲記しない。年については、特記しない限り平成15年を指す。)」欄のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決3頁20行目の「福岡市立Cセンター」を「福岡市立Dセンター」と、同頁25、26行目の「心理発達相談課」を「心理発達相談科」と、同4頁14行目の「甲59」を「甲59の1、2」とそれぞれ改める。なお、以下に掲記の人証は、とくにことわらない限り、原審のものである。)。

2 争点及び争点に関する当事者の主張
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(1) Bの控訴人X1に対するいじめ行為の有無及びその内容
次のとおり当事者の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の2の「(1) 被告の原告X1に対するいじめ行為の有無及びその内容」欄のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人ら)
ア 原審は、本件いじめ行為についての控訴人らの供述の信用性を否定した。しかし、控訴人らがありもしない事実を捏造し、精神科病棟への長期間の入院生活などの重大な不利益を選択することはあり得ないのであり、控訴人らには虚偽供述の動機がない。
イ 控訴人X1は、Bから少なくとも10回以上は自殺を強要された。
(ア) 控訴人X3は、8月18日ころ、同X1から自殺強要の話をはじめて聞いたが、その内容から、にわかに信じられないとの気持ちも有していた。一方、控訴人X1は、自殺強要によって心が深く傷ついていたことから、同X3に対してもこれを繰り返し述べるのは困難で、次に、ある程度これを詳細に供述することができたのは、9月5日のE医師の初診面接のときであった。控訴人X3は、9月5日、自殺強要の疑いを持ちながら同X1をE医師のもとに連れて行ったところ、初診面接の際の控訴人X1の言葉から、同人が実際に希死念慮を持っていること、同人が自殺の具体的方法を考えていることなどを知った。この流れに不自然な点はない。
(イ) 原審は、自殺強要を肯定する控訴人らの供述について、F病院通院中の控訴人X1の症状と整合しないとして排斥したが、E医師の意見書(甲149の1)で指摘されているとおり、PTSDの場合、①実際に外傷を受けてからしばらく無症候的な時期があり、事件後一定の時期が経過した段階で症状が出る場合があること、②症状が存在しているにもかかわらず表面化しない場合があることが認められており、原審の判断は失当である。
(被控訴人)
控訴人X2及び同X3は、8月18日ころ、控訴人X1から自殺強要の話を初めて聞いた旨主張するが、そのような重要な出来事があったのであれば、保護者の通常の心情からして、当時控訴人X1が唯一通院していたF病院に緊急に連絡するなどして、主治医であるG(以下「G医師」という。)に相談等するはずのところ、控訴人らは次回の受診日である9月3日まで何らの行動もとらず、また、9月3日の受診時においても自殺強要の話はしていない。控訴人X1が「F病院において、自分の状況を詳しく述べることができなかった」のであれば、なおさら、保護者である控訴人X2及び同X3としては、我が子のことを思い、自殺強要の話をG医師にするはずである。
(当審被控訴人補助参加人)
Bは、控訴人らの主張するような本件いじめ行為はもとより、被控訴人が一部自白している本件いじめ行為も行っていない。このことは、6月20日の社会科見学の際の写真(乙ロ15)や子どもたちのアンケートに対する回答(乙イ59)から明らかである。
被控訴人の自白は、錯誤により無効である。
(2) 控訴人X1がPTSDに罹患したか。
次のとおり当事者の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」第2の2の「(2) 原告X1がPTSDに罹患したか。」欄のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決16頁24行目の「福岡市立Cセンター」を「福岡市立Dセンター」と改める。)。
(控訴人ら)
ア 原審は、第1回CAPS検査及び第2回CAPS検査の結果につき、控訴人X3の供述が影響しているとして信用性を否定したが、そのような事実はない(甲126ないし128、当審証人H)。
イ 控訴人X1が本件病院入院中に服用したコントミンは、鎮静作用が極めて強い薬であり、控訴人X1がこのような薬を服用しながら普通の生活をしていたことからも、控訴人X1が異常な状態にあったことは明らかである。
ウ F病院受診時のカルテの記載からすると、控訴人X1に必ずしもPTSD特有の症状が明確に出ていたとはいえない。また、控訴人X1は、本件いじめ行為後も、本件小学校への通学を続け、社会科見学に行ったり、サッカーの練習を続けていたりして、一見すると通常の社会生活を送っていたように見える。 しかし、カルテに記載されている諸症状が、その後にPTSDとの診断を受けた後も続いていることからすれば、F病院に通院していた期間は、症状の兆候はあったものの、はっきりとは表面化していなかったと考えられる(E医師の前記意見書)。
したがって、本件いじめ行為の後、一見、学校生活において、普通に見られる行動を取っていたり、また、F病院のカルテにおいて、直ちにPTSD特有の症状が出ていなかったとしても、そのことはPTSDを否定する根拠にはならない。
エ 控訴人X1は、Bが来るかも知れないという意味において自宅が恐怖の対象であった。控訴人X1が入院直後から、しかも頻繁に外泊しているという事実は、あくまで治療や予後のことを考慮した結果であり(E1医師の前記意見書)、また、Bの影響が極力少ない時期を選んで行ったものであって(控訴人X1が自宅で外泊していた期間は、そのほとんどが、本件小学校が休校し、Bが本件小学校に出勤しておらず、かつ、控訴人X2が自宅にいて控訴人X1をサッカーに連れて行くなどして控訴人X1を支えていた期間であり、控訴人X1の自宅への恐怖を緩和する環境が整っていたということができる。)、決して控訴人X1が自宅やBを怖がっていたという事実を否定するものでない(なお、原審は、12月25日に本件病院に対してされた、控訴人X1が太宰府料金所付近でイライラしていたとの控訴人X3の説明につき、自宅から本件病院に帰棟する途中の症状と認定しているが、これは、本件病院から自宅に向かう途中の症状である。)。
(3) 損害
(控訴人ら)
控訴人X1は、本件いじめ行為により、PTSDに罹患し、以下のとおりの損害を被った(控訴人らの原審平成16年6月14日付け請求の趣旨の拡張申立書、平成17年5月6日付け準備書面(5)、同年12月15日付け準備書面(6)、同日付け請求の趣旨拡張申立書、控訴状)。
ア 入院雑費
27万9000円
1日当たり1500円として186日間(平成15年10月14日から平成16年4月16日まで)の入院雑費相当額である。
イ 交通費
73万3910円
(ア) 平成15年9月
控訴人X3は、上記期間中、公共交通機関を利用して、控訴人X1の通院に付き添ったが(往復運賃1回4000円)、その回数は4回である(甲29)。
4000円×4=1万6000円
(イ) 平成15年10月から平成16年4月まで
控訴人X3は、上記期間中、自家用車を利用して、入院中の控訴人X1に付き添ったが(往復交通費1回5200円)、その回数は106回である。なお、控訴人X3は、E医師からサッカーを続けるよう勧められたことから、上記期間中の平成15年11月30日と同年12月1日、入院中の控訴人X1を本件小学校グラウンドで行われたサッカーの練習に連れて行き、練習終了後、控訴人X1を本件病院に送り届けたので、自宅と病院を2往復した(甲29、30)。
5200円×106=55万1200円
(ウ) 平成16年5月から同年11月まで
控訴人X3は、上記期間中、自家用車を利用して、控訴人X1の通院に付き添ったが(往復交通費1回5200円)、その回数は13回である。
5200円×13=6万7600円
(エ) 平成16年12月から平成17年3月まで
控訴人X3は、上記期間中、公共交通機関を利用して、控訴人X1の通院に付き添ったが(往復運賃1回4000円)、その回数は5回である。
4000円×5=2万円
(オ) 平成17年4月から同年12月まで
控訴人X2及び同X3は、平成17年4月、転勤を理由に熊本県に転居したが、控訴人X1は、後記カのとおりインターナショナルスクールへ通学せざるを得なかったため、控訴人X2及び同X3の上記転居に同行できず、同月から、福岡市西区愛宕においてIと同居することとなった。 そのため、控訴人X3は、上記期間中、熊本市から、I方まで控訴人X1を迎えに行き、控訴人X1の通院に付き添ったが(往復運賃は、控訴人X3につき7490円〔熊本市→愛宕→姪浜駅→本件病院→姪浜駅→愛宕→熊本市〕、控訴人X1につき1300円〔愛宕→姪浜駅→本件病院→姪浜駅→愛宕〕)、その回数は9回である。
8790円×9=7万9110円
ウ ウィークリーマンションの費用
54万円
控訴人X1は、本件家庭訪問がきっかけとなって本件いじめ行為が起きたこと、Bが控訴人X1の自宅の場所を知っていること、Bが控訴人X1の自宅付近に来ているとの情報に接したこと等により、自宅を安全な場所と考えることができなくなり、入院中に自宅に戻ったとき症状が悪化した。そのため、E医師は、控訴人X1が本件病院から退院する際、控訴人X1が自宅以外の適当な場所で生活ができる環境を準備することを指示した。 控訴人らは、自宅を売却して家族全員で転居することも考えたが、経済的に困難だったため、一時的にワンルームのウィークリーマンションを借り、そこに控訴人X1及び同X3が転居して様子を見ることとし、平成16年3月27日から同年7月27日まで、利用料月13万円のウィークリーマンションを借りた。
同年4月末までの支払分は、保証金2万円、利用料26万円の合計28万円であり(甲31ないし33)、同年5・6月の支払分は26万円である(甲80、81)。
エ ウィークリーマンション関連費用
3万3494円
控訴人X1は、平成16年3月17日、E医師の指示により、控訴人X1が自宅以外であれば症状を悪化させずに生活することができるか否かを確認するため、ホテルに宿泊し、宿泊費用として1万0027円を支払った(甲34)。また、控訴人X1は、ウィークリーマンションへの転居の費用として合計2万3467円を支払った(甲35ないし40)。
オ 2LDKマンション費用
220万0236円
控訴人らは、控訴人X1の兄をそれ以上1人にはできず、家族の別居が長期化することを避けなければならないこと、また、控訴人X1がやっと慣れたウィークリーマンションから環境を大きく変えられないこと等の理由から、平成16年7月20日、上記ウのウィークリーマンションと同じ建物に所在する2LDKのマンションを借り、家族全員で転居した。そして、控訴人X1は、転居の費用として合計102万6043円、平成16年7月20日から平成17年3月までの家賃として合計117万4193円を支払った(甲82ないし89)。
カ インターナショナルスクール校納金
310万8433円
控訴人らは、当初、控訴人X1を市立の小学校に戻すことを念頭に置いていたことから、控訴人X1の入院中、控訴人X3は、一時外泊を利用して控訴人X1と一緒にいくつかの小学校を下見したが、控訴人X1は、本件小学校以外の小学校を見ても事件のことを思い出すのか、門から入ることができず、体が震えたり、嘔吐したり、時には失禁することもあった。
控訴人X1が市立の小学校に戻ることは困難と言わざるを得ないため、控訴人X3及び同X1は、様々な国籍の子ども達が通うインターナショナルスクールに赴いた。インターナショナルスクールは、色々な国籍を持つ子ども達が通い、英語で勉強する学校で、肌の色や言葉の違いを気にすることなく勉強できる環境にある。市立の小学校と全く雰囲気が異なる上、日本人の血のことを気にしなくていい環境であるためか、控訴人X1は、殆ど抵抗感を示さず、ここなら通学できると興味を示した。そこで、控訴人X2及び同X3は、控訴人X1が大人になるための貴重な時間である小学校高学年を過ごす場所はインターナショナルスクール以外にはないと感じ、平成16年3月29日、控訴人X1をインターナショナルスクールに入学させ、以下の(ア)ないし(カ)のとおり入学金及び授業料等合計729万2544円(原審請求額)を支払ったが、控訴人X1が予定より早く平成18年3月にインターナショナルスクールを卒業したことに伴い、以下の(キ)の授業料は不要となったので、当審ではこれを控除した残額を請求する。
(ア) 平成16年3月から同年6月までの支払分
71万8433円(甲41ないし49)
(イ) 平成16年9月から平成17年8月までの費用
127万8000円(甲90)
(ウ) 平成17年9月から平成18年8月までの費用
127万8000円(甲114)
(エ) 平成17年夏季学級プログラム費用
8万4000円(甲115、116)
(オ) 平成21年3月までの諸費用
43万4000円(甲117)
(カ) 平成21年3月までの授業料
350万0111円(甲91)
(キ) 平成18年4月から平成21年3月までの授業料
418万4111円(控訴状)
キ インターナショナルスクール教材費
12万5932円
控訴人X1は、インターナショナルスクールに入学の際、同校に対し、教材費等合計12万5932円を支払った(甲50ないし55)。
ク 付添看護費
52万円 1日当たり5000円として、104日間(平成15年10月から平成16年4月まで)の付添看護費相当額である。
ケ 控訴人X1とIとの同居費用
117万7224円
Iは、平成17年4月まで、1人で賃料月3万5000円のワンルームマンションに居住していたが、控訴人X1との同居のため、より広い物件に転居せざるを得なくなり、同月11日、賃料月5万3000円の物件に転居し、控訴人X1も、同日、同物件に転居し、その費用として34万0650円を支払った(甲92)。
また、同日から平成21年3月までの上記転居による賃料の増加分の合計は85万8000円(=1万8000円×20/30+1万8000円×47)となる。
以上の合計から、Iが従前のワンルームマンションを退去する際に受領した清算金2万1426円(甲94)を控除すると、残額は117万7224円となる。
コ 後遺障害による逸失利益
1667万7778円
控訴人X1は、平成16年4月16日に本件病院を退院後、同病院に通院して抗不安薬、抗うつ剤、抗精神病薬等の投薬治療を受けたが、PTSDの治療を開始した平成15年9月5日(本件病院の初診日)から2年以上が経過した平成17年12月6日になっても症状(日常生活におけるPTSDの覚醒亢進症状〔過度の警戒心、集中困難〕及び合併症〔解離性健忘、パニック障害〕、睡眠障害及び悪夢、身体症状〔下痢、夜尿、頻尿〕、コミュニケーション能力の欠如)が改善せず、同日をもって、PTSDの症状が固定したものと評価できる。なお、控訴人X1に現在もPTSDの症状が残存していることは、平成19年3月7日に控訴人X1が本件病院関係者と本件小学校近くに行った際に過呼吸症状を起こしたこと(フラッシュバック)からも明らかである(甲139、当審の証人H、控訴人X1)。
控訴人X1は、PTSDの後遺症(不安の状態及び記憶又は知的能力の低下の障害に伴う能力の低下)により、生活全般において援助が必要であり、少なくとも、18歳から10年間、労働能力を56パーセント喪失しているというべきである。
よって、症状固定当時11歳であった控訴人X1の逸失利益は、次のとおりとなる。
542万7000円〔全年齢男子労働者平均賃金〕×(11.274〔17年のライプニッツ係数〕-5.7863〔7年のライプニッツ係数〕)×0.56=1667万7778円
サ 慰謝料
(ア) 控訴人X1について 1700万円
後遺障害慰謝料1000万円、本件いじめ行為による慰謝料700万円の合計
(イ) 控訴人X2について 300万円
(ウ) 控訴人X3について 300万円
シ 弁護士費用
(ア) 控訴人X1について 460万円(弁護士費用を除いた損害合計4239万6007円)
(イ) 控訴人X2について 30万円(弁護士費用を除いた損害合計300万円)
(ウ) 控訴人X3について 30万円(弁護士費用を除いた損害合計300万円)
ス 請求額
(ア) 控訴人X1 4699万6007円
(イ) 控訴人X2 330万円
(ウ) 控訴人X3 330万円
(被控訴人)
否認ないし争う。
ア 控訴人らの主張ア(入院雑費)、イ(交通費)、ク(付添看護費)の損害は、いずれも9月5日以降に発生したものであるところ、Bが教師として本件小学校に勤務していたのは6月30日までであり、控訴人X1は、7月1日から夏休みを挟んで9月4日まで特に変わりなく本件小学校に通学していたのであるから、上記各損害と本件いじめ行為との間に因果関係はない。
仮に控訴人X1がBの行為により何らかの肉体的苦痛、精神的苦痛を受けたことが認められるとしても、控訴人X1の症状は当初受診していたF病院では経過が良好であったにもかかわらず、控訴人らは、その後、本件病院で受診した際「症状は全く改善されなかった」などと訴え、F病院の主訴とは一変するような重篤な症状を訴え、その結果、本件病院の医師はこの訴えを前提に控訴人X1は重篤なPTSDに罹患していると判断し、控訴人X1は長期の入院治療を受けることとなったが、そもそも重篤なPTSDに罹患してはいなかった控訴人X1は、当然これに耐えられず、外泊を繰り返すようになったのである。したがって、このような事情によって発生した上記各損害は、控訴人らの虚偽の申告によって発生した費用にほかならず、控訴人X1が重篤なPTSDに罹患していなくとも上記治療が必要であったという立証はなされていないから、本件いじめ行為との間に因果関係があるとはいえない(平成17年4月以降の交通費については、愛宕から本件病院に通院するのに、最寄りの室見駅でなく、遠回りとなる姪浜駅を利用している点でも、相当因果関係を欠いている。)。
イ 控訴人らの主張ウ(ウィークリーマンションの費用)、エ(ウィークリーマンション関連費用)の損害は、控訴人X1が自宅で生活できなくなったという特別の事情によって生じた損害というべきところ、Bは、本件いじめ行為の際、同事情を予見し得たとは到底いえないから、本件いじめ行為との間に相当因果関係があるということはできない。また、インターナショナルスクール(所在地は福岡市早良区(以下略))の通学圏内には、控訴人X1が借りたウィークリーマンションの利用料の半額にも満たない家賃で借りることのできる物件が数多くあるのであるから(乙ロ11)、控訴人X1が同ウィークリーマンションを借りる必要性は全くなかった。
ウ 控訴人らの主張カ(インターナショナルスクール校納金)、キ(インターナショナルスクール教材費)の損害について、控訴人らが、少なくとも5月12日以前から、控訴人X1をインターナショナルスクールに入学させたがっていたこと(Bの原審平成16年4月2日付け第1準備書面)、控訴人X1が本件以前にインターナショナルスクールに入学しなかったのは、インターナショナルスクールへの通学が義務教育課程における小学校への通学と認められず、高校入学資格が得られないからであったことからすれば、控訴人X1のインターナショナルスクールへの入学は、福岡市教育委員会が、控訴人X1に対し、教育上の配慮からの一時的な特例措置として、学校教育法1条所定の学校に該当しないインターナショナルスクールへの通学を本件小学校への通学と認める取扱いをしたことを好機として行われたものとしか考えられない。
エ 原審が認定したBの行為を前提とすれば、原審が命じた200万円の慰謝料は、他の同種の事件に係る判決例に比して高額にすぎ、50万円が相当である。
オ 損害のてん補
仮に本件いじめ行為と入院雑費、交通費及び付添看護費の各損害との間に因果関係があるとしても、これらの損害については、控訴人らが給付を受けた災害共済給付金24万7274円と損益相殺されるべきである(被控訴人の原審平成17年2月24日付け準備書面(3)、当審平成20年4月18日付け準備書面、乙ロ8、18の1、2)。
(当審被控訴人補助参加人)
仮に被控訴人が自白した本件いじめ行為を前提としたとしても、6月29日の福岡市立Dセンター受診以後の控訴人X1の体調不良は、控訴人X1及び同X3の虚偽供述によって招来された過熱報道が影響しており、本件いじめ行為との間に因果関係はない。

第3 争点に対する判断

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1 争点(1)について
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(1) 証拠(甲4、8〔枝番を含む。〕、12、24、25、56、乙イ3ないし5、15、16、26の4、27ないし33、44、45、乙ロ1、2〔枝番を含む。〕、3、15、証人J、控訴人X3、一審被告B)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件家庭訪問の経緯等
(ア) Bは、5月12日午後8時ころから同日午後10時30分ころまでの間、本件家庭訪問を行った。本件家庭訪問は、当初は5月9日に行われる予定であったが、控訴人X3の都合により、日程が変更された。
(イ) 本件家庭訪問が行われた経緯
控訴人X3は、本件家庭訪問に先立ち、Bに電話をし、同人との間で、家庭訪問の日程を、5月9日から、同月12日の3時30分から4時までに変更することを約束した。
ところが、Bは、5月12日、上記約束の時間になっても家庭訪問に来なかった。控訴人X3は、同日午後5時ころ、サッカー部の監督から控訴人X1の兄が怪我をしたとの連絡を受けたため、本件小学校に対し、家庭訪問を中止して欲しい旨連絡した。
控訴人X3は、同日午後5時45分ころ、再度本件小学校に連絡し、自身の携帯電話番号を伝えた上、控訴人X1の兄を病院に連れて行った。そして、控訴人X1の兄の診療中、本件小学校から、Bが控訴人ら宅への家庭訪問を忘れて自宅に帰っていた、Bに控訴人X3に直接連絡するように伝えたとの連絡があった。
同日午後7時ころ、Bから電話があり、Bは家庭訪問の日程を5月13日と勘違いしていたことについて謝罪した。そして、控訴人X3が仕事の都合で同日しか空いていないということだったため、同日に、家庭訪問をすることとなり、Bは、控訴人ら宅に向かった。
(ウ) 本件家庭訪問中の出来事
Bは、5月12日午後8時ころ、控訴人ら宅に到着した。Bの応対をしたのは控訴人X3だけであった。
Bは、家庭訪問の日程を勘違いしたことについて改めて謝罪し、その後、控訴人X3との間で、控訴人X1の本件小学校での状況、交友関係、勉強の状況及び家庭での状況等について会話をした。その間、控訴人X3は、控訴人X1は片付けができず、ADDという病気にかかっているのではないかと考えている旨述べた。
Bは、控訴人X3が夜遅くの家庭訪問を希望し、同人が遅くまで仕事をしているのかどうかが気になっていたことから、同人の仕事について質問した。控訴人X3は、英語の通訳や翻訳をしていること、祖父がアメリカ人であること、自分も以前フロリダに住んでいたことを述べた。これに対して、Bは、「アメリカの方と血が混ざっているから、ハーフ的な顔立ちをしているんですね。目や鼻がはっきりしているんですね。」、「なるほど、アメリカにいた。だから置いてある物もアメリカの物が多いんですね。」などと述べた。
また、控訴人X3は、英語の発音が気になるので控訴人X1をインターナショナルスクールに通わせたいこと、控訴人X1の友人もインターナショナルスクールに通っていることを述べた。
そのころ、控訴人ら宅に電話が掛かってきた。控訴人X3は、「今、家庭訪問中。」、「先生が来ているので後で電話を入れます。」と述べて、すぐに電話を切った。Bは、「すいません。もう9時を過ぎています。食事はまだなんでしょう。X1君もお腹を空かせているでしょう。」と述べたが、控訴人X3は、「X1には軽い食事を食べさせています。お腹のほうは大丈夫ですよ。夕方に食べさせています。」と答えた。
その後、控訴人X3は、アメリカでのアルファベットの発音の教え方や、アメリカでの差別問題について話をした。その間、Bは、控訴人X2が熊本県出身であることを聞いて、「そうですか。私と同じですね。」、「私は熊本で育ったからアメリカについて知らないことが多いです。」と述べた。
控訴人X3は、日本とアメリカのPTAの違い、以前、控訴人X3が本件小学校のPTAでPTAに批判的な発言をしたことをきっかけに他の児童らの保護者から苦情を言われ、控訴人X1の兄がいじめにあったこと等について話をした。これに対し、Bは、タイタニック号の沈没の際の逸話を引き合いに、日本人は周囲と同じでないと不安になること、戦争によって日本人の精神的支柱が壊されてしまったこと、その影響が次の世代にも出ていること等を述べた。
Bは、控訴人X3が熱心にアメリカの話をしたことから、「アメリカ文化の根底にはキリスト教があると思うのですが、キリスト教をされているんですか。」と尋ねた。控訴人X3は、キリスト教を信仰していること、控訴人X1も時々ミサに行っていることなどを述べた。
Bは、「アメリカなら家内がKをしています。Kはアメリカでも有名ですか。」とアメリカのダイエット食品の会社について尋ねた。そして、控訴人X3が同会社を知っていると述べると、「家内がしているんですけど、私もKの製品でダイエットをしたんですよ。」と述べた。
Bは、控訴人X1の部屋に案内してもらい、同人に挨拶をしてから帰宅した。控訴人X1は、自室でテレビを見ていた。
イ 控訴人X2及び同X3による抗議及びその後の経緯等
(ア) 控訴人X3は、5月30日、本件小学校を訪問し、当時本件小学校の教頭を務めていたL(以下「L教頭」という。)に対し、本件いじめ行為について抗議した。控訴人X3は、後記(2)ア(ア)の控訴人X3の供述どおりの経緯であったことを前提として、本件家庭訪問が午後8時ころから午後10時30分ころまで行われ、その中で、Bが、控訴人X1の曾祖父がアメリカ人であることを知った後、控訴人X1の血が汚れているというような発言をしたり、控訴人らの宗教を尋ねたり、Bの妻が販売しているダイエット食品等の話をするなど、不適切な発言をしたことを述べた。また、Bが、5月13日以降、控訴人X1に対し、下校時の片付けができないことを理由に体罰を続けていることを述べた。
L教頭が、5月31日、当時本件小学校の校長であったJ(以下「J校長」という。)に対し、上記抗議のあったことを伝えたところ、J校長は、控訴人X3から直接話を聞いた方がよいと考え、翌日控訴人X3と面談することとした。
(イ) 控訴人X2及び同X3は、6月1日、本件小学校を訪問し、J校長及びL教頭と面談した。
控訴人X2及び同X3は、本件家庭訪問について、Bが、家庭訪問の日時を勘違いした上、午後8時ころから午後10時30分ころまで家庭訪問をしたことが非常識であること、控訴人X3の祖父がアメリカ人であると聞いた後、控訴人X1が純粋でないとか血が混じっているなどと述べ、アメリカを批判する発言を長時間続けたことが差別的発言にあたり不適切であること、控訴人らの宗教について尋ねたことや、Bの妻が販売しているダイエット食品の話をして友人等を紹介するよう求めたことが不適切であること等を述べた。また、Bが、5月13日以降、控訴人X1に対し、ミッキーマウス、アンパンマン、ピノキオなどの10カウントをしたこと、控訴人X1のランドセルをごみ箱に捨てたこと、本件家庭訪問の際、Bに対し、控訴人X1が片付けが苦手なのは障害があるからかもしれないということで配慮ある指導を依頼したにもかかわらず、体罰がひどくなっていること等を述べた。
(ウ) J校長とL教頭は、6月2日午前9時20分ころから午前11時ころまでの間、Bから、本件いじめ行為の有無について聴取した。
Bは、本件家庭訪問について、昼間の時間に訪問できなかったのは、Bが訪問日を5月13日と勘違いしていたからであるが、訪問が午後8時ころになったのは控訴人X3が希望したからである、家庭訪問の時間が午後10時30分ころまでと遅くなったのも、控訴人X3の話が長かったためである、控訴人X3の祖父がアメリカ人であると聞いて血が混じっているとは言ったが、血が穢れているとか、純粋でないとは言っていない、控訴人X3がPTAの話などアメリカの話を熱心にしたので、キリスト教について質問をしたが、キリスト教を批判する発言はしていない、Bの妻が販売しているダイエット食品について、控訴人X3に客の紹介を求めてはいないなどと述べた。
Bは、10カウントについて、ミッキーマウス、アンパンマン、ピノキオを4年3組の児童に紹介し、その中から控訴人X1に選ばせた上、ミッキーマウスを1、2回行ったことがある、控訴人X1が下校時に片付けに取りかかろうとしなかったので、口頭で注意した上、10秒ないし30秒ほど数を数えることにより、片付けを急ぐよう促していただけである、アンパンマンなどは体罰と捉え、控訴人らに謝罪するつもりである旨述べた。また、控訴人X1のランドセルをごみ箱に捨てたことについて、同ランドセルが4年3組の教室に落ちていたことから、児童らに対し、持ち主は取りに来るようにと呼びかけたところ、誰も取りに来なかったので、物を大切にしないとどうなるかを理解させようと思い、同ランドセルをごみ箱に入れた、自分の恩師と同じことを繰り返して反省しているなどと述べた。
(エ) 控訴人X2及び同X3は、6月7日、本件小学校を訪問し、J校長、L教頭及びBと面談した。
控訴人X2及び同X3は、Bが控訴人X1に対し毎日のように体罰を行い、同人が耳から出血したこともあったなどと述べた。
Bは、控訴人X2及び同X3に対し謝罪をしたものの、アイアンクローのようなことはしたが、アンパンマンは行っていないなどと述べ、控訴人X2及び同X3が述べた体罰の内容や回数については否定した。
(オ) Bは、6月9日、4年3組の授業において、控訴人X1に対し、精神的、肉体的苦痛を与えたとして謝罪をした。また、同日以降、Bを監視するため、J校長や他の教師が交代で1人ずつBの授業に立ち会うこととなった。Bの授業中は、監視の教師がずっと立ち会っていたが、監視の教師が交代する5分ないし15分間の休憩時間中は、監視が途切れていた。
(カ) 控訴人X1は、6月10日、M整形外科で受診し、1、2週間前に転倒し臀部を打ったなどと訴えた。そして、同日付けで、5月20日ころの転倒により安静加療3週間を要する右大腿後面挫傷の傷害を負ったと診断された。
また、控訴人X1は、5月30日から6月17日まで、N耳鼻咽喉科医院に通院し(通院日数7日)、アレルギー性鼻炎、両外耳道湿疹(以上、5月30日)、左急性中耳炎、副鼻腔炎(以上、6月9日)と診断された。
なお、本件小学校で本件いじめ行為があったとされる5月13日からBが4年3組の担任を外れた6月23日までの間、上記各医療提供施設以外に控訴人X1が通院して治療を受けた形跡はない。
(キ) 控訴人X2及び同X3は、6月14日、L教頭と面談し、病院で控訴人X1の鼻や口の中に傷跡が多数発見された、そういえば、控訴人X1は、よく鼻血を出したり口内炎を発症していた、懇談会を開いて欲しい、4年3組の担任を代えて欲しいなどと述べた。
(ク) 控訴人X3は、6月16日午前10時ころ、控訴人X1を連れて本件小学校を訪問し、Bの授業に監視が付いているのは、控訴人X1が悪いからだという噂が広まっており、本件いじめ行為について懇談会で説明して欲しい旨述べた。
(ケ) 控訴人X2及び同X3は、6月17日、本件小学校を訪問し、J校長に対し、Bを4年3組の担任から外して欲しい旨述べた。また、その場に居合わせていたBは、控訴人X2及び同X3に対し、「体罰を通り越して、いじめていました。」と、控訴人X1をいじめたことについて謝罪した。
(コ) J校長は、6月18日、Bが前日いじめと認めた行為について確認するため、同人から事情を聴取した。Bは、「アメリカ人と血が混ざっている」とは言ったが、「穢れている」とは言っていない、「キリストはでたらめばっかり言って楽したから最後は磔にされて殺されたんだぞ。お前も苦しめ。」とは言っていない、児童の前でキリスト教の話はしていない、控訴人X1の耳の上部を引っ張ったことはあるが、耳の付け根が裂けて血が出るまで引っ張ってはいないし、両耳を体が浮き上がるほど強く引っ張ったことはない、ピノキオとアンパンマンは児童に紹介はしたが、実行はしていない、アイアンクローは遊びの中で行ったことはあるが、体罰として行ったことはない、自分のしたことをいじめととられたことについては受け入れるしかないなどと述べた。
(サ)
a 控訴人X3と4年3組の児童(以下「児童1」という。)の母親は、6月20日午前8時40分ころ、本件小学校を訪問し、J校長と面談した。
控訴人X3は、Bの授業に監視が付いてからも、Bが監視の途切れる5分休みの間に控訴人X1を叩いていること、新たに発覚したいじめ行為として、Bが「なんでもバスケット」のゲームで鬼になる者を決めるにあたり、「アメリカ人が鬼」などと言って控訴人X1が鬼になるように仕向けたことを述べた。
また、児童1の母親が、児童1がBの控訴人X1に対するいじめ行為について、J校長に話してよいと考えていると述べたため、J校長は、6月21日に児童1と面談することとした。
b J校長及びL教頭は、6月20日午後6時15分ころ、控訴人X3が述べた内容について確認するため、Bから事情を聴取した。Bは、授業に監視が付いた後に控訴人X1を叩いたこと、ゲーム中にアメリカ人や髪の毛の話をしたことを否定した。そして、アメリカ人の血が混じっているとの発言により、控訴人X1に自分の血が穢れていると思わせてしまったこと、体罰を行ったこと、本件家庭訪問の際に、Bの妻が販売しているダイエット食品の話をしたことについては謝罪しなければならないと考えているなどと述べた。
c J校長及びL教頭らは、同日午後8時20分ころ、控訴人X2及び同X3と面談した。同人らは、控訴人X1も来る予定であったが具合が悪く来られなかったこと、Bの授業に監視が付いてからも授業の合間に体罰がされており尋常でないこと、Bを4年3組の担任から外して欲しいこと等を述べた。
d 同日午前8時30分ころから午後4時20分ころまで、本件小学校の4年生の社会科見学が実施され、控訴人X1及びBも参加した。控訴人X1は、Bと同じバスに乗車し、Bと普通に会話したり、Bに写真を撮ってもらうなどしており、格別Bを恐れたり、同人を避けようとしている様子は窺えなかった。
(シ)
a J校長及びL教頭は、6月21日午前10時ころ、控訴人X3が控訴人X1の同級生(以下「児童2」という。)を連れてきたことから、児童2から本件いじめ行為について聴取した。児童2は、あまり覚えてはいないが、控訴人X1が帰りの準備をしないで本を読んでいた際に、Bに頭を掴まれていた、その際、控訴人X1は「あいたたた」と言っていた旨述べた。
b L教頭は、同日午前10時45分ころ、控訴人X3が連れてきた控訴人X1の同級生(以下「児童3」という。)から本件いじめ行為について聴取した。児童3は、Bの授業に監視が付くようになってから、5分間の休憩時間中に控訴人X1がBに叩かれたのは見たことがないが、監視の教師がいないときはBの態度がきつくなった、以前からBが叩いたりしたことはあった、控訴人X1が悪いことをした際に、Bから平手で叩かれたのを見た旨述べた。
c J校長及びL教頭らは、同日午後7時20分ころ、控訴人X2及び同X3に付き添われて来校した控訴人X1と面談した。控訴人X1は、Bから1回平手で叩かれた、頬を引っ張る等の行為は毎日された、キリスト教のことは言われていない、Bの授業に監視が付いてからも叩かれたことがあった旨述べた。そして、J校長が、控訴人X1に対し、授業中アメリカについて何か言われたか否かを聞こうとしたところ、同人は、何も答えずに泣き出した。
d J校長及びL教頭らは、同日午後8時ころ、母親に連れられた児童1と面談し、本件いじめ行為について聴取した。児童1は、控訴人X1がBから耳を引っ張られたり、頬をつまみあるいは押さえられたり、グリグリをされているのを何度か見たことがある、Bの授業に監視が付いてから、控訴人X1がBから叩かれているのを見たことはない旨述べた。
(ス) 6月23日、学級懇談会が行われ、J校長は4年3組の児童の保護者らに対し、Bが4年3組の担任を外れることを報告した。控訴人X2及び同X3は、本件いじめ行為について説明し、その中で新たに、Bが控訴人X1に対しアイアンクローをして怪我をさせたことについて述べた。
Bは、6月24日から同月30日までは、本件小学校に出勤したが、授業を行うことはなく、7月1日から後記の懲戒処分までは、本件小学校には出勤せず、福岡市研修センターで研修を受けた。
この間の6月27日、新聞の朝刊で本件いじめ行為が報道され、控訴人X3は、本件小学校にマスコミが取材に行くことを危惧し、控訴人X1を欠席させたが、自宅にもマスコミから取材の電話が次々とかかってきたことから、同日午後、自宅でマスコミの取材に応じた。
(セ) J校長及びL教頭は、6月30日、福岡市教育委員会への報告の準備のため、Bから本件いじめ行為について聴取した。
Bは、本件家庭訪問については従前と同様の供述をしたが、10カウント等については、アイアンクローのような行為はしたが、ミッキーマウスは行っていないなどと、ミッキーマウスを行ったことについても否定した。そして、以前にミッキーマウスを行ったと述べ、控訴人X1をいじめたことにつき謝罪した理由について、同僚の教師らから保護者の言うことは認めるようにと助言されたからである旨述べた。
以上のほか、控訴人X1のランドセルをごみ箱に入れたこと、控訴人X1の雑巾を落とし物入れに入れたこと、監視の交代の合間に控訴人X1を叩いていないこと、給食の時間中、児童らが静かにしなかったことから児童らに対する態度を厳しくしたこと等を述べた。
(ソ) J校長は、7月7日、4年3組の児童28名を対象に、本件いじめ行為についてアンケートを行った(以下「本件アンケート」という。)。本件アンケートは、児童が、順に5人ずつJ校長の前で説明を聞き、各自アンケート用紙に記入するという方法で行われた。J校長は、児童らに対し、本件アンケートの趣旨について、「この学級だけ、担任が代わったりして、君たちも不安になったり心配したことと思います。もっと校長先生がこの学級の様子を分かっていればよかったのですが、こんなことになって悪かったなあと思っています。ごめんなさい。」、「今は、もう、思い出したくないことかもしれませんが、どうしても校長先生は、この学級で何があったのか、一度みんなから聞いておかなければと思っていました。」、「今日は、校長先生が、前の先生のことでいくつかお尋ねをします。思い出したくない人は思い出さなくてもいいです。」などと説明した。
本件アンケートの結果、①「4月、4年生になって、6月20日まで担任だった先生から叩かれたりしたことや、友達が叩かれたりしていることを見たことがありますか。」との質問に、28名中22名の児童が「ある」と回答し、②「その先生が、授業やお楽しみ会、ゲームの中でアメリカ人のことや髪の毛のことなどを、みんなの前や、1人の子供に言ったりしているところを、見たり聞いたりしたことがありましたか。」との質問に、16名の児童が「ある」と回答し、③「校長先生が注意をしたので、先生は叩かなくなったと思うけど、それから先生が、机を叩いたり、恐い顔になってきつい言葉を言ったりしたなと、見たり感じたりしたことがありますか。」との質問に、11名の児童が「ある」と回答し、④「途中から、このクラスには、校長先生や他の先生方が入って、2人の先生で見てきましたが、他の先生がいなくなったときに、この先生が、お友達を叩いたところを見たことがありましたか。」との質問に、7名の児童が「ある」と回答した。
(タ) 福岡市教育委員会は、7月2日から8月19日までの間、8回にわたり、Bから本件いじめ行為について聴取した。
福岡市教育委員会は、8月22日、B1に対し、同人が4月から6月にかけて、担任する学級の児童に対し断続的に体罰を行った上、控訴人X1に対し10カウント等のいじめ及び体罰を行ったこと、控訴人X1のランドセルをごみ箱の上に置くあるいはごみ箱に入れる行為をしたこと、本件家庭訪問において「血が混じっている」又は「血が混ざっている」との不適切な発言を行い、授業中やゲーム中にアメリカ人について否定的な発言を繰り返し、控訴人X1に精神的な苦痛を与えたこと等を理由に、停職6か月の懲戒処分をした。
(2) 以下、アにおいて、上記(1)ア(ウ)のとおり認定した理由等を述べ、イ以下において、前記前提事実及び上記認定事実に基づく判断を示すこととする(なお、供述の信用性の判断は、供述が証拠上疑いなく認められる事実と整合しているか、その内容に不自然不合理な点はないか等の視点を総合して行う必要があり、控訴人らに虚偽供述の動機がないということだけで、控訴人らの供述に信用性があるということはできない。また、以下においては、陳述書の記載についても、便宜上「供述」と表記することがある。)。
ア 家庭訪問中の差別的発言について
(ア) 控訴人X3は、Bの本件家庭訪問中の差別的発言について、次のとおり、控訴人らの主張に沿う供述をしている(甲24、控訴人X3)。
控訴人X3らは、5月12日午後7時30分ころ、控訴人X1の兄の診療を終えて帰宅し、Bは、その直後、控訴人ら宅に到着した。
Bは、控訴人ら宅に入ると、控訴人X1の髪を触り、「髪赤いですよねえ。」などと言い、「ちょっと聞いてはいたんですが…。どこか外国の血が混じっているんですか。」などと、控訴人X1の家系について質問をした。そして、控訴人X3の祖父がアメリカ人とのハーフであることを聞くと、「やっぱり純粋じゃないんですね。」、「アメリカですか…」、「何となく納得しました。何か普通の生徒とは違うなと感じることがありまして。」などと述べ、他の児童はBの指示や周りの児童のすることに疑問を持たずに従うが、控訴人X1は疑問があると必ず指示の理由について質問すること等を述べた。
Bは、その後も、「純粋じゃない」や「やっぱり混じっているから…」等の言葉を交えながら控訴人X1について話し続けた。そして、控訴人X3が、控訴人X1の行動に家系は全く関係ないと思っていると述べると、Bは、「今、ちょっと引いています。」、「外国人の血が混じった生徒を担任として受け持つのは初めてだし、X1君のような生徒を受け持つのも初めてですから。これから先、どう接していけばいいのか難しいですね。」と述べた。これに対し、控訴人X3が、控訴人X1は日本で生まれ育ったから何も特別なことはないと述べると、Bは、急に真剣な顔になり、「アメリカ人の血が混じっているということに僕はちょっと驚いています。」、「そういえば、お宅にはアメリカの物がたくさんありますよね。」、「宗教は、やっぱりキリスト教ですか。」、「お母さんは通訳や翻訳の仕事をしていると聞いていますが、本当ですか。」などと、大きな声で話し始めた。
そして、Bは、「事実としてアメリカが日本に対してしてきたことは信じられない、そして決して忘れてはいけない、消せるものではないのです。」と述べた上、その後、米軍は、人が密集している街に夜中に空襲して一般市民10万人を殺した、日本が歩み寄ったにもかかわらず広島や長崎に原爆を落とした、そのようなアメリカのやり方は今でも続いているなどと、アメリカに対する批判を延々と続けた。その間、隣の部屋にいた控訴人X1と兄は、何度もドアを開けてBの様子を見ていた。
控訴人X3が、アメリカへの批判を続けるBに対し、差別ではないかと聞くと、Bは、「私は熊本の田舎で育ち、昔実際に戦争を体験してきた人たちから教育を受けています。建前では差別はいけない、やめようとされていますが、今まだほとんどの人が、口には出さなくても、差別感情が心の底にあります。」、「私も教師である前に人間ですから。」、「日本という国は島国で、昔は純粋な日本人の血の人間ばかりだったのに、だんだん外国人が入ってきて、けがれた血が混じってしまい、悲しいことに、今では純粋な日本の血を持つ人が減ってきているんです。」、「だから初めて担任を持つ純血ではないX1君に対して、感情的にもどうしていけばいいか戸惑っている。」などと述べた。
そのころ、控訴人X3の知人から、控訴人X1が所属しているサッカー部の連絡の件で電話があった。控訴人X3は、家庭訪問中だから後で電話をかけると述べて短時間で電話を切った。
控訴人X3は、上記電話をきっかけに、Bに対し「時間も遅いですし、子供達のご飯もあるので、もういいですか。」と帰宅を促した。Bは、「もうこんなに時間が経っていたんですね。」と述べた。そのころ、既に午後10時を過ぎていた。
控訴人X3は、執拗にアメリカの批判をするBに反感を持ったことから、「先生のお話は、とても気分が悪いです。私とは考え方も全く違います。」、「けれども、一年間はX1の担任の先生としてお付き合いしていただくわけですから、よろしくお願いします。先生にはいろんな感情があると思いますが、X1には影響がないようにしてください。」などと述べた。そして、控訴人X1が片付けが苦手で、ADDという病気ではないかと心配していること、片付けが下手だとか遅いということで怒って欲しくないことを述べた。Bは、「分かりました。でも今のところ、きちんと出来ていますよ。」と答えた。
控訴人X3は、控訴人X1らに家庭訪問が終わったことを告げた。しかし、Bは、帰宅しようとせず、控訴人X3に対しシアトルに行ったことがあるか否かについて質問をした。そして、控訴人X3が同所に行ったことがあると答えると、「では○○という有名な方は知っていますか。」、「私の妻がしている健康食品やダイエット食品の会社の社長さんなんです。お友達や知り合いの方で困っている方がいたら、いつでも相談に乗りますから紹介してください。」と述べて、ダイエット食品等の紹介をした。
Bはようやく帰宅することとなり、控訴人X3と同X1は、Bを玄関まで見送った。その際、Bは、控訴人X1に対し、ローマ字が書けるかどうかについて聞いた。控訴人X3は、ローマ字は英語と発音が違っていて戸惑うので教えていないと述べた。Bは、控訴人X1に対し、「X1君はとても算数が好きで、計算も速いよね。」と述べ、帰宅した。
控訴人X1が寝た後、控訴人X1の兄はとても怒っていた。Bの話し声は隣室の子ども達にも聞こえており、控訴人X1は控訴人X1の兄に「けがれた血ってどういう意味?」と尋ねたが、控訴人X1の兄は答えなかったとのことであった。それを聞いてとても痛々しい気がした。
(イ) 控訴人X3の上記供述の信用性を検討するに、①O(控訴人らの知人)及び控訴人X2は、控訴人X3が本件家庭訪問の直後に上記供述と同様の供述をしていた旨供述していること(甲78〔控訴人X2〕、119〔O〕、控訴人X2)、②控訴人X3は、控訴人らが本件小学校に抗議をしてからも、本件家庭訪問について一貫した供述をしていることからすれば、控訴人X3の上記供述は信用すべきもののようにも思われる。
しかしながら、控訴人X3の供述する本件家庭訪問におけるBの言動は、アメリカや混血に対する強い偏見や差別意識に裏付けられたものであって、家庭訪問における教師の言動として、常軌を逸したものであるばかりではなく、常識も弁えないものといわざるを得ないから、同供述の信用性は慎重に検討する必要があるものというべきである。
そこで、まず、Oの上記供述記載の信用性について検討するに、①同供述(陳述書)は、本件家庭訪問から2年半以上も経過した後の平成18年1月27日付けで作成されたものであるにもかかわらず、Bの発言内容について控訴人X3の陳述書(甲24)と細部において一致しており、同陳述書の影響を少なからず受けたことが窺われること、②同供述には、Oが、5月12日午後7時ころ、控訴人ら宅に電話をして控訴人X3と会話をした旨の供述記載があるが、同時刻ころは控訴人X1の兄の診療のため外出していたという控訴人X3の供述と食い違っていることからすれば、直ちに信用できるものとはいい難い。
また、控訴人X2の上記各供述も、同控訴人と控訴人X1及び同X3との関係のほか、本件家庭訪問中に電話をしたという点で控訴人X3の供述と必ずしも整合性があるとはいえないことからすれば、直ちに信用できるものとはいい難い。
以上を前提に、控訴人X3の上記供述の信用性について検討するに、①控訴人X3の上記供述内容からすれば、Bは、本件家庭訪問中、教師として極めて異常な、常軌を逸した言動をとり、それを聞いた控訴人X1も気にしていたということになるから、控訴人X2及び同X3は、本件家庭訪問終了後直ちに、本件小学校に対し、Bの上記言動について抗議等をするのが親としての自然な対応であると思われるのに、控訴人X2及び同X3は、5月30日に至るまで、本件小学校に対し何ら抗議又は相談等をしていないこと、②Bが長時間行ったというアメリカに対する批判についての供述は、控訴人X3の本件家庭訪問中の他の出来事についての供述と比べて必ずしも具体的とはいい難いこと、③Bが長時間にわたりアメリカに対する批判を行った後、アメリカの会社のダイエット食品を紹介するなど、供述内容に看過し難い不自然な点が見られること、④控訴人X1は、当審の本人尋問において、本件家庭訪問の時はBの話し声は聞こえなかった、Bから控訴人X1の血が汚れていると言われたのは本件小学校においてであると供述しており(尋問調書79項、80項)、本件家庭訪問の際に控訴人X1の血が汚れているというBの話し声を控訴人X1が聞いて気にしていたという控訴人X3の供述と齟齬していること等からすれば、控訴人X3の上記供述は信用し難いものというべきである。
(ウ) 他方、Bの本件家庭訪問についての供述は、Bが本件家庭訪問の日程を勘違いしていたか否かという点を除けば、J校長らから最初に事情聴取を受けたときから、概ね一貫していること、6月2日に行われたJ校長らからの最初の事情聴取は、Bにとって突然の出来事で、同人が咄嗟に弁解として上記供述をしたとは考え難いこと等からすれば、上記供述中、本件家庭訪問中の出来事についての部分は信用できるものというべきである。
(エ) 以上によれば、本件家庭訪問中の出来事については、上記(1)ア(ウ)のとおりであったと認定することができる。そうすると、Bは、本件家庭訪問中、控訴人X3から控訴人X1の曾祖父がアメリカ人であることを聞いたのに対し、「血が混ざっている。」等の発言をしたことになるが(なお、Bが「血が混じっている。」ないし「血が混ざっている。」との発言をしたことは争いがない。)、同発言の行われた経緯及び状況に照らすと、同発言が、必ずしも、控訴人X1に対する否定的な評価を伴うものとしてなされたとまではいえないのであって、教師の生徒に関する発言として必ずしも適当なものではなかったとしても、差別的発言として直ちに控訴人X1に対する不法行為を構成するような違法なものとは認め難い。
イ 10カウント等の暴力について
(ア) ①Bが、5月13日から同月30日までの間、少なくとも週3、4回の頻度で、10カウントに伴いアンパンマン、ミッキーマウス及びピノキオを行ったこと、Bが控訴人X1に対してアイアンクロー及びグリグリを何らかの機会に行ったこと、②Bが、5月15日、10カウントのうち、いずれかの行為を行ったこと、③控訴人X2及び同X3の抗議があった後、Bが控訴人X1の机を叩いたことについては争いがない。
そして、証拠(甲12、当審の控訴人X1)及び弁論の全趣旨によれば、①のアイアンクロー及びグリグリは、10カウントに伴い行われたと認めるのが相当である。
(イ) その頻度、態様について検討する。
控訴人X3は、Bの控訴人X1に対する暴行について、控訴人らの主張に沿う供述をし(甲24、控訴人X3)、控訴人X1は、J校長に対して、Bからミッキーマウスやアンパンマン等の体罰を毎日されたと供述し(甲10の1、甲131、132、146、当審の控訴人X1)、4年3組の同級生であるP及びQは、Bが週4、5回帰りの会の際に控訴人X1に対して10カウントを行い、同人が鼻血を出したこともあったなどと供述し(甲19、20)、控訴人X2は、同X3からBの暴行について聞いた、控訴人X1が頭が痛いと言っていたり、同人に口内炎ができていたり、耳を怪我していたり、尻に痣があったのを見たなどと供述する(控訴人X2)。そして、控訴人らは、Bが控訴人ら主張のとおりの暴行をしたことの証拠として、平成16年3月12日に本件小学校の生徒若干名、控訴人X2、同X3立会のもとで撮影された写真(甲21)を提出している。
しかしながら、控訴人ら以外にBの控訴人X1に対する暴行について本件小学校に抗議をした者はおらず(証人J校長)、かえって、本件小学校において、Bの授業に監視が付いたのは、控訴人X1が悪いからであるとの噂が広まっていたこと(前記(1)イ(ク))からすれば、Bが、控訴人X1に対し、控訴人らの主張するような激しい暴行を、ほぼ毎日4年3組の児童らの面前で行ったとの上記各供述は、にわかには信じ難いものというべきである。
そして、P及びQの上記各供述は、本件訴訟提起後に控訴人ら宅で(一部は同じ日に)聴取され、かつ、内容も酷似しており(甲19、20)、同人らが控訴人らの影響を受けて供述をした可能性を否定することができず、また、Pは、当初は10カウントは週3、4回行われたと供述しており(甲15)、供述内容に変遷が見られ、その信用性に疑問がないとはいえない。
これに加えて、①Bの暴行について、児童1は、「何度か見たことがある。」、児童2は、「あまり覚えてはいない。」、児童3は、「叩いたりしたことはあった。」と述べるにとどまっていること、②控訴人X3は、5月29日にPの母親であるRから、Bの控訴人X1に対する暴行の内容を聞いた旨供述しているところ(甲24)、Rは、6月23日の学級懇談会で本件いじめ行為の説明を聞き、Pに詳細を確認した旨述べており(甲15)、控訴人X3の上記供述と食い違っていること、③控訴人X1は、5月30日、耳鼻咽喉科で受診し、アレルギー性鼻炎及び両外耳道湿疹と診断されているところ、証拠(乙イ4)によれば、同人は平成9年及び同10年にも同様の診断を受けていることが認められ、上記症状は同人にとって慢性的なものであることが窺われること、また、証拠(乙ロ3)によれば、控訴人X1は本件病院に入院中暴行等とは無関係に相当の頻度で鼻血を出していたことが認められること、④アンパンマンで歯が折れるとは考え難いこと、⑤5月20日になされたというアイアンクローについては、控訴人X3は5月29日にPから聞いて知ったと供述しているところ(甲24)、控訴人X1が整形外科で受診したのが6月10日、控訴人らがアイアンクローについて本件小学校に抗議をしたのが6月23日と、控訴人らの主張する他の暴行に比べて対応が遅れており、不自然であること、また、アイアンクローによって転倒したとされる時期が、6月10日の受診の際に述べられた転倒時期(6月10日の1、2週間前)と相違すること、⑥本件小学校で本件いじめ行為があったとされる5月13日からB1が4年3組の担任を外れた6月23日までの間、上記耳鼻咽喉科及び整形外科以外の医療提供施設に控訴人X1が通院して治療を受けた形跡はないこと(前記(1)イ(カ))等を考慮すると、控訴人X3らの上記各供述を全て信用するということはできず、少なくとも、Bの控訴人X1に対する暴行が控訴人ら主張の態様ないし頻度、すなわち、怪我をするほどの強い力でほぼ毎日行われたものと認めることはできない(甲21の写真によっても、Bの暴行が怪我をするほどの強い力で行われたものと認めるには足りない。)。
ウ 監視が付いてからの暴行について
6月9日以降、Bの授業に付いた立ち会いの教師が交代する間に、Bが控訴人X1を叩いたことについては争いがない。
エ 授業中等における侮辱的発言及びゲームの際のいじめ行為について
(ア) Bが控訴人X1に対しアメリカ人を侮辱する趣旨の発言をしたこと、Bがゲーム中に「アメリカ人」、「髪が赤い」などと述べたことについては争いがない。
(イ) もっとも、控訴人らがBが行ったと主張する「外国人の血が混じっているので血が穢れている。」、「アメリカ人は頭が悪い。だからお前も頭が悪い。」、「キリストは、でたらめを言い、楽ばかりしたから、最後は磔にされて殺された。お前も苦しめ。」等の発言については、これを裏付ける証拠が控訴人X3の供述(甲24、控訴人X3)しかない上、同控訴人の供述は、上記のとおり、全般的に信用性に疑問のある点が多いこと、控訴人X1は、J校長らからの事情聴取において、キリスト教のことについては言われていない旨述べていること(前記(1)イ(シ)c)からすれば、信用し難く、Bが上記各発言をしたとまで認めることはできない。
オ 控訴人X1のランドセル及び所持品を捨てる行為について
(ア) Bが5月13日から30日までの間のいずれかの日に、控訴人X1のランドセルを教室のごみ箱の上に置いたことについては争いがない。
(イ) 控訴人X3及び同X1は、Bが控訴人X1のランドセル及び所持品を捨てたことについて、控訴人らの主張に沿う供述をしている(甲24、控訴人X3、当審の控訴人X1)。上記認定のとおり、Bは、6月2日のJ校長らからの事情聴取において、控訴人X1のランドセルをごみ箱に入れたことを認めた上、反省の言葉を述べ、同月30日の事情聴取においても控訴人X1のランドセルをごみ箱に入れたことを認めていることからすれば、控訴人X3及び同X1の上記供述のうち、Bが控訴人X1のランドセルを同控訴人の前でごみ箱に捨てたという点は信用することができる。
もっとも、控訴人X3及び同X1の上記供述のうち、ランドセルをごみ箱に捨てた経緯及びBがランドセル以外の控訴人X1の所持品をごみ箱に捨てたという部分については、これを裏付ける証拠が他に見られないところ、上記のとおり、控訴人X3の供述は全般的に信用性に疑問のある点が多いこと、控訴人X1は、ランドセルをごみ箱に捨てた経緯について、Bが「これ誰の。」と言って捨てた旨供述しており(甲10の1)、控訴人X3の上記供述と食い違っていること、また、控訴人X1の上記供述も、記憶の欠落部分が多く、全体として曖昧であることからすれば、いずれも信用し難いものというべきである。そして、Bの上記供述によれば、Bが控訴人X1のランドセルをごみ箱に捨てた経緯は、Bが、4年3組の帰りの会の際、教室の床に落ちていた控訴人X1のランドセルを拾い、児童らに対し、持ち主は取りに来るようにと呼びかけた上、同ランドセルをごみ箱に捨てたというものであったことが認められる。
(ウ) 以上に対し、Bは、控訴人X1のランドセルをごみ箱の上に置いたが、ごみ箱の中に入れてはいないなどと主張し、これに沿う供述をしている(乙イ3、16、29、B1)が、上記認定事実に照らし、採用し難い。
カ T・Tのグループ分けの際の差別的扱いについて
(ア) 6月2日から4年3組でT・Tの形式により算数の授業が行われていたこと、控訴人X1が計算の遅い児童のグループに入っていたことについては争いがなく、この事実と証拠(乙イ16、30)及び弁論の全趣旨によれば、6月2日ころ、4年3組においてT・Tのグループ分けが行われ、その際、Bは、控訴人X1を計算が遅い児童のグループに入れたことが認められる。
(イ) その経緯について、控訴人X1及び同X3は、Bが、控訴人X1がT・Tのグループ分けのテストにおいて4年3組で2番目の成績であったにもかかわらず、「アメリカ人は頭が悪いけん向こうへ行け。」と言って計算が遅い児童のグループに入れたなどと、控訴人らの主張に沿う供述をしている(甲10の2、甲24、控訴人X3)。
しかしながら、①控訴人X3は、控訴人X1が4年3組で2番目の成績であったことを、控訴人X1のほか4年3組の児童から聞いた旨供述しているところ(控訴人X3)、同様の供述をする児童は見られないこと、②控訴人X3は、上記児童から聴取した内容について具体的な供述をしていないこと(控訴人X3)、③Bが上記発言をしたことについて目撃したと供述する児童は見られないこと等に鑑みれば、控訴人X1がT・Tのグループ分けのテストにおいて4年3組で2番目の成績であったこと及びBがT・Tのグループ分けに際し「アメリカ人は頭が悪いけん向こうへ行け。」などと述べたことは認め難いものというべきである。
(ウ) したがって、Bが、T・Tのグループ分けに際し、控訴人X1に対し不当に差別的な扱いをしたとは認められない。
キ 自殺の強要について
控訴人らは、Bが控訴人X1に対し「お前は生きとう価値がない。死ね。」などと述べて自殺を強要したなどと、控訴人らの主張に沿う供述をしている(甲10の3、甲56、66、78、100、131、132、134、135、146、控訴人X2、控訴人X3、当審の控訴人X1)。
しかしながら、①控訴人X1の上記供述のうち甲10の3については、供述内容及び供述状況に照らし、控訴人X3に誘導されてなされたことが窺われ、その余の供述についても、記憶の欠落部分が多く、全体として曖昧であること、②仮に控訴人X1の供述どおりであれば、控訴人X1はBに対して強い恐怖感や嫌悪感を抱くのが通常であると思われるのに、6月20日の社会科見学では、格別Bを恐れたり、同人を避けようとしている様子は窺えなかったこと等に照らし、直ちには信用し難い。
また、控訴人X2及び同X3の上記各供述についても、①控訴人X1が6月から9月まで通院していたF病院の診療記録(乙イ7、乙ロ5)によれば、控訴人X1は当時学校生活やサッカーの合宿を楽しんでいたことが窺われ、希死念慮の調査の際にもこれを否定する回答をしていること、②控訴人X2及び同X3は、8月18日ころに控訴人X1から自殺の強要を受けたことを聞いたと供述しているところ、そうであれば、同控訴人のことを心配して直ちにF病院を訪れ、担当医師に控訴人X1の前記告白内容を訴えるのが親としての自然な対応であると思われるのに、控訴人X1がその後にF病院で受診したのは9月3日であり、しかも、同日の診察の際、控訴人X3がBの控訴人X1に対する自殺強要をG医師に訴えた形跡はないこと(後記2(1)ア(ク))、③控訴人X1が、控訴人X3に対し、Bの他のいじめ行為については詳細に供述しているのに対し、自殺の強要については8月になって初めて供述したというのは不自然であること等からすれば、信用し難いものといわざるを得ない(F病院への通院中の症状に関するE医師の意見書〔甲149の1〕が採用できないことは、後記のとおりである。)。
以上によれば、Bが控訴人X1に対し自殺を強要したことは認められない。
ク 車両の路上駐車について
Bが故意に自車を控訴人ら宅付近の駐車場に駐車したことを認めるに足りる証拠はない。
ケ 架空の事実のでっち上げについて
証拠(甲108、乙イ31、B)によれば、Bは、4年3組の児童であるSの自宅に電話をし、同人の母親であるTに対し、控訴人X1がSを数十回叩いたことについて同人に事情を聞きたい旨述べたが、TはBの上記申出を断ったことが認められる。
しかしながら、仮にBの述べた控訴人X1のSに対する暴行の事実が架空のものであったとしても、Bの上記行為が直ちに控訴人X1に対する不法行為を構成するものとは認め難い。
コ まとめ 
前記争いのない事実と上記認定事実によれば、①Bが、控訴人X1に対し、5月13日から同月30日までの間、少なくとも週3、4回の頻度で、10カウントに伴いアンパンマン、ミッキーマウス及びピノキオを行ったこと、Bが控訴人X1に対して10カウントに伴いグリグリ及びアイアンクローを行ったこと、②Bが、5月15日、10カウントのうち、いずれかの行為を行ったこと、③控訴人X2及び同X3の抗議があった後、Bが控訴人X1の机を叩いたこと、6月9日以降、Bの授業に付いた立ち会いの教師が交代する間に、Bが控訴人X1を叩いたこと、④控訴人X1に対しアメリカ人を侮辱する趣旨の発言をしたこと、⑤ゲーム中に控訴人X1に対し「アメリカ人」、「髪が赤い」などと述べたこと、⑥4年3組の帰りの会の際、教室の床に落ちていた控訴人X1のランドセルを拾い、児童らに対し、持ち主は取りに来るようにと呼びかけた上、同ランドセルをごみ箱に捨てたことが認められる。
上記各行為は、いずれも、控訴人X1に対する体罰、いじめというべきものであって、教育の現場において、到底許容されるものではなく、違法なものであり、控訴人X1に対する不法行為を構成する。
サ 当審被控訴人補助参加人の主張について
Bは、本件いじめ行為のうち被控訴人が自白している事実についてもその存在を争っているが、Bは、当審においては被告ではなく被控訴人の補助参加人なので、被控訴人が自白している事実を争うことはできない(民訴法45条2項)。
Bは、被控訴人の自白が錯誤により無効と主張するが、民訴法45条2項、46条2号の法理に照らすと、補助参加人は、被参加人が自白した事実について錯誤無効を主張して争うことはできないと解すべきであるから、Bの主張はそれ自体失当である(このように解しても、被控訴人が自白したためBにおいて争うことができなかった事実については、その事実の存在について参加的効力は生ぜず、Bは被控訴人との別件訴訟においてその存在を争うことができるから〔民訴法46条2号〕、Bにとって不利益は生じない。)。
2 争点(2)について
編集

以下、Bが、前記1で認定したとおりの不法行為(以下「本件不法行為」という。)をしたことを前提に、控訴人X1がPTSDに罹患したか否かについて判断する。

(1) 証拠(甲5ないし7、22、32、34、47、56ないし58、60、76、78、79の13ないし32、甲92、103、118の1ないし9、甲120ないし122、126ないし128、141ないし143、149の1、2、乙イ6、7、乙ロ3ないし5、16、17、証人E、証人I、当審証人H、控訴人X3、控訴人X2)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件入院までの経緯
(ア) 控訴人X1又は同X3は、6月29日に福岡市立Dセンターで受診した際、6月26日から胃が痛く、6月29日の午後、痛みが激しくなったことを述べた。
(イ) 控訴人X1は、6月30日、F病院の一般小児科で受診し、控訴人X3は、5月13日から米国人の血が混じっているとのことで体罰を受け、6月26日、女友達より血がきたないと言われたあと腹痛が増強して同月28日まで続き、同月29日に嘔吐したと訴えたが、身体的異常は認められなかった。
控訴人X1は、機能性腹痛、PTSD(体罰後)疑(母親の話より)と診断され、ブスコパン(鎮痙薬)の投薬を受けた。
(ウ) 控訴人X1は、7月2日、F病院の心理発達相談科において、G医師の診察を受けた。控訴人X1は、自己の症状について、前に学校であった嫌なこと等を考えると苦しくなり、枕を被ったり、胸がバクバクすることがあるなどと述べ、控訴人X3は、控訴人X1に吐き気、嘔吐、腹痛及び動悸等の症状が出ていること等を述べた。
控訴人X1は、レキソタン(精神安定剤)の投薬を受けた。
(エ) 控訴人X1は、7月16日、F病院においてG医師の診察を受けた。控訴人X3は、控訴人X1が、サッカーで他の児童が鼻血を出したとき、Bの写真を見たとき及び他の児童から「心のケア」という言葉が精神病院を連想させると聞いたとき、動悸、腹痛、嘔吐及び震えの症状が出ていたこと等を述べた。控訴人X1は、症状や精神状態について何も話さなかった。
控訴人X1は、レキソタン、ブスコパンの投薬を受けた。
(オ) 控訴人X1は、7月30日、F病院においてG医師の診察を受けた。控訴人X1又は同X3は、控訴人X1が公園で遊んだり家でボーっとしていること、付き合いの範囲は狭く、サッカーを一緒にしている仲間だけであること等を述べた。控訴人X1は、腹痛については「忘れた」と述べ、1学期のことについては「余りよく覚えてない」と述べた。
G医師は、控訴人X1及び同X3の上記供述を聞き、控訴人X1に極端な生活機能の低下はないと判断した。そして、特記すべき異常なく反復性の腹痛及び嘔吐が生じ、そのほか、動悸及び震え等の自律神経症状も見られるとして、同控訴人を身体表現性障害と診断した。
控訴人X1は、レキソタン、ブスコパンの投薬を受けた。
(カ) 控訴人X1は、8月13日、F病院においてU医師の診察を受けた。控訴人X2は、控訴人X1の様子に変化はなく、特に診察を必要とする状態ではない旨述べた。
控訴人X1は、レキソタン、ブスコパンの投薬を受けた。
(キ) 控訴人X1は、9月1日、2学期の開始とともに本件小学校への通学を開始した。
(ク) 控訴人X1は、9月3日、F病院においてG医師の診察を受けた。控訴人X1は、2泊3日サッカーの合宿に行ったこと、合宿はきつかったが楽しかったこと、腹痛の症状はないと思われること、怖い夢は見ないこと、1学期のことは余り思い出さないこと、学校生活はうまくいっていること、17歳になったらイギリスにサッカーで留学するつもりであること等を述べた(控訴人X1ないし同X3がBの控訴人X1に対する自殺強要がなされた旨をG医師に訴えた形跡はない。)。
G医師は、控訴人X1の診断等について相談するため、同控訴人を本件病院に紹介することとした。G医師の作成した紹介用の資料(同日付け)には、控訴人X1の当時の状態について、初診以後、控訴人X1本人は症状についてあまり話さなくなり、学校生活に復帰できているが、家庭では、腹痛、嘔吐及び不眠等の症状や、集団生活での悩み等を控訴人X3に話しているようであるとの記載がある。
控訴人X1は、レキソタン、ブスコパンの投薬を受けた。
(ケ) 控訴人X1は、9月5日、本件病院においてE医師の診察を受けた。控訴人X3は、Bが控訴人X1に対し、控訴人らの主張するとおりのいじめ行為を行ったことを述べた。これに対し、控訴人X1は、E医師が何を聞いてもうつむいて黙っている状況であった(証人Eの平成16年10月18日付け尋問調書174項)。
なお、9月5日に本件病院で作成された書面〔乙ロ4の35枚目〕には、控訴人X3の陳述を基に、「主訴」として「下記の事件以降、1人で寝れない、中途覚醒、悪夢を見る、腹痛、頭痛、食欲不振、フラッシュバック、神経過敏、嘔吐等」と、「現病歴」として「小学校で40代の男性教諭に母親が家庭訪問にて米国の曾祖父がいると話して以来、毎日のように鼻や耳を引っ張る、殴る、ける、中傷するといった体罰を受けるようになった。1ヵ月毎日暴力を受けていたが、患者は学校を休まず行っていた。しかし、5月20日頃より頭痛、腹痛が始まり、F病院の急患で病院に出向くなど、だんだんと身体症状が出現しはじめた。教諭の人種差別により暴力が明るみに出て6月に担任は変わったが、身体症状はますますひどくなっていった。その後、この事件を報道陣に知られ取材を受けるなどした為、家の外に出ていくこともままならなくなった。と同時に、PTSD症状(フラッシュバック、悪夢等)が顕著となり、家ではボーとして食欲もおち、家でのサッカー練習もしなくなったという。」などとの記載がある。
E医師は、問診の結果、控訴人X1について、「自分の血が汚れている」といった自責感が非常に強く、マンションの屋上から飛び降りたいといった希死念慮も強く認められたとして、心因反応、抑うつ反応と診断し、控訴人X1に対し、通学を取りやめ自宅で療養するよう指示した上、抗うつ薬や抗不安薬の投与を開始した。
(コ) 控訴人X1は、9月12日、本件病院でE医師の診察を受け、第1回CAPS検査が行われた(総得点119点)。同検査は、E医師及び臨床心理士であるVが控訴人X1及び同X3から聴取するという方法で行われた。もっとも、同検査の際に作成された書面(甲76)の「出来事」の欄には、控訴人X1がBから受けたとされる具体的な外傷の内容の記載はなく、その余の各欄(B-2、B-3、C-2、C-4、C-7、D-4)には、控訴人X3が控訴人X1に代わって応答したことを示す記載が多数存在している。
控訴人X1は、同月19日と同月26日、本件病院に通院し、10月2日、E医師によりPTSDと診断された。
(サ) E医師は、第1回CAPS検査の結果を踏まえ、①控訴人X1が、PTSD症状が重症なため、学校はおろか家での生活すら安心して行うことができなくなってしまったこと、②抑うつ感が強く、上記のような希死念慮が認められたこと、③症状が重症であるため薬物療法が必要であるにもかかわらず、控訴人X1がまだ児童であり、適切で十分な薬物療法を施すには入院環境の下での綿密な観察が必要であったこと、④家族、特に、常に控訴人X1に付き添っている控訴人X3が疲弊していたことを理由に、控訴人X1が本件病院において入院治療を受けることが適切であると判断した(もっとも、E医師が10月10日付けで作成した書面〔乙ロ3の68枚目〕には、現在は初診時にあった希死念慮はみとめないと記載されている。)。そして、控訴人X1は、10月14日、本件病院の精神神経科の閉鎖病棟に入棟し、本件入院を開始した。
なお、入院後間もない時期の控訴人X1の様子は、以下のとおりであった。
同月14日 抑圧された発言が多い。
面接時に応答できているように感じるが、自分の住所、漢字(読み書き)、日中の出来事を忘れてしまっていることが多い。ブラックアウトと考えられる。
お腹は痛くないと言っていたが、母親が再度「本当に?」と尋ねると、腹痛を認める。
腹痛(-)、吐き気(-)
同月15日 中途覚醒(-)、入眠困難(-)
同月16日 失禁(-)、腹痛訴えなし
PTSD(再体験症状):現在みとめられない、覚醒亢進症状:入眠はスムーズにできている、身体的症状:腹痛については入院して現在まで今のところ訴えなく、痛がっている様子ない、夜尿については入院して今のところなし、解離性健忘:漢字、友人の名前を忘れてしまっているとの話題のときは本人も表情がくもる、しかし、今のところ目立った問題には至っていない。
同月29日 他の患者に「俺のじいちゃんアメリカ人」などと話している。
同月30日 W医師から「今でも自分の血が汚れていると思う?」と尋ねられ、「ううん」と首を横に振る。
イ 本件入院中の経緯
(ア) 控訴人X1は、本件入院中、主にテレビゲームや読書をするなどして過ごした。また、バドミントン、卓球及びソフトバレー等、他の患者らとのレクリエーションにも参加していた。
(イ) 控訴人X1が本件病院に滞在している間、食欲及び排泄状況はいずれも良好で、嘔吐も観察されなかった。また、睡眠も入院当初は良好で、10月16日に実施した睡眠脳波の検査(PSG)の結果も良好であった。
(ウ) 控訴人X1は、原則的に週末は自宅に外泊することとし、本件入院中、合計87日外泊した。外泊中は、本件小学校でサッカーをするなどしていた。
(エ) 平成15年の経緯
a 控訴人X1は、10月17日から同月20日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した後、職員からの「家、楽しかった。」との質問に対し「うん、楽しかった。」と答え、「おいしいもの食べた。」との質問に対し、「うん、食べた。」と答え、「何食べた。」との質問に対し、「うーん、忘れた。」と答えた。他方、控訴人X3は、控訴人X1が外泊の際、控訴人X3に対して攻撃性を示したことを述べた。
b 控訴人X1は、10月24日から同月27日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した際、外泊について、「普通。サッカーしてきた。」と述べた。
c 控訴人ら宅周辺の地域において、控訴人X1がPTSDに罹患していない等の噂が流れていたことから、E医師は、10月30日、控訴人X1が重度のPTSDに罹患していることについて説明するため、記者会見を行った。
控訴人X1は、上記記者会見の前、担当医であるW医師から、上記記者会見のテレビ放送について、控訴人X1の名前は流れず、Bも出ないことを伝えられたところ、他の患者らと食事しているときにテレビで記者会見が流れても構わない旨述べた。
控訴人X1は、上記記者会見をテレビで見た後は、他の患者らと会話等をして過ごした。他の患者らから上記記者会見について反応はなかった。
控訴人X1は、同日夜、なかなか寝ようとしなかったため、職員に促されて睡眠導入剤であるレンドルミンを服用した。
d 控訴人X1は、10月31日から11月4日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した際、外泊は疲れたかとの職員からの質問に対し、「うん。」と答えた。他方、控訴人X3は、同日、控訴人X1が、上記記者会見の際にBの映像を見て、当日、病棟のトイレで人知れず嘔吐したこと、外泊の際は毎日夜尿をし、嘔吐も時折し、発汗も非常に多かったこと、情動が非常に不安定で怒ったり泣いたりしたことを述べた。
控訴人X3の上記報告を受けて、同日から、控訴人X1に対し、抗うつ剤であるデプロメールの投与(1日50mg)が開始された。デプロメールの投与量は、11月14日ころより1日75mgに増量された。
e 控訴人X1は、11月6日から、寝付きが悪いことを理由に、時折、同月26日からは毎日、レンドルミンを服用するようになった。もっとも、睡眠状態は概ね良好であった。
f 控訴人X1は、11月7日から10日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した際、外泊は疲れたかとの質問に対し、「うん。」と答え、自宅と本件病院のどちらがいいかとの質問に対し、「どっちも変わらない。」と答えた。控訴人X3は、控訴人X1の状態が前回の外泊に比べて改善したことを述べた。
g 控訴人X1は、11月20日から同月21日にかけて、ライターで火遊びをする、トイレのウォシュレットの水を自己の全身に噴射する、植木鉢を割る等の行為をし、自身の状態について、「そわそわはしない。不安、怖い気持ちはない。興奮している。」などと述べた。
E医師は、11月21日午前、控訴人X1の上記行動は薬による躁転と考えられるとして、デプロメールの投与量を1日50mgに減量することを指示した。しかし、同日午後、控訴人X1及び同X3と面談した際は、控訴人X1の上記行動は薬による躁転ではなく、自宅への外泊を前にしての不安や恐怖又はパニック発作的なものであると判断した。そして、上記面談の際、控訴人X1が、自宅及びその周辺を本件小学校と同じくらい怖いと回答したことから、自宅での外泊は控訴人X1の恐怖感を増感させていた可能性が高いとして、自宅での外泊を当面延期することとし、デプロメールの投与量も1日75mgに据え置くこととした。
控訴人X1は、その後も、ホッチキスを自分の手に挟んだり、ライターで紙に火を付けるなどの行為をしたり、夜間にマイク放送をしたり、他患者に対して悪口を言うなどのいたずら行為をしたりと、落ち着かない様子であった。
Z医師らは、11月25日、ミーティングを行い、外泊を中止したにもかかわらず、控訴人X1の行動がエスカレートしており、デプロメールの投与がその原因である可能性があるとして、デプロメールの投与量を1日50mgに減量することを決定した。
h 控訴人X1は、11月25日から同月26日までホテルに外泊した。そして、帰棟した際、外泊について、「遊びすぎて疲れた。」と述べた。控訴人X3は、ホテルではPTSDの症状が発生することなく過ごすことができた旨述べた。
i 11月28日、依然として控訴人X1の行動が落ち着かなかったため、同人に対し、精神安定剤であるコントミンの投与(1日12.5mg)が開始された。
j 11月29日から同月30日にかけて、他患者らから本件病院に対し、控訴人X1に悪口を言われているから注意をして欲しいとの抗議があった。患者の中には、控訴人X1に対する怒りが収まらず、同人を見たら殴るかもしれないと述べた者もいた。
控訴人X1は、11月30日以降、病棟が怖いと述べるようになり、自宅よりも病棟の方が怖いと述べることもあった。そして、12月4日、控訴人X1の不安及び恐怖の対象が上記患者及びE医師であることが判明した。そこで、控訴人X1は、同日から同月8日まで外泊することとなった。また、コントミンの投与量が1日25mgに増量された。
控訴人X1は、12月8日に帰棟後、上記患者に謝罪し、同人と仲直りをした。それ以後、控訴人X1が不安感を訴えることはなくなった。
同日以後、目標を設定し、それが達成できたらシールを貼り、シールがたまると褒美がもらえるという治療方法(トークンエコノミー)が導入され、控訴人X1は、これに意欲的に取り組んだ。
k 控訴人X1は、12月12日から同月14日まで自宅に外泊した。控訴人X3は、帰棟した際、控訴人X1が自宅から本件病院に帰棟することを聞いて泣き出したことを述べた。
l 12月17日、控訴人X2、担当医及びこども総合相談センターの担当者らの間で、控訴人X1の今後の治療方針について協議がなされ(ネットワーク会議)、控訴人X1の退院後の選択肢として、同センターが管理する「A2」への通学等が検討された。控訴人X2は、同会議において、控訴人X1が本件小学校に復帰したいと思いつつも葛藤していること、学費等の条件をみたせばインターナショナルスクールへの通学を考えていること等を述べた。
m コントミンの定期の投与量は、12月18日ころから1日37.5mgに増量された。
n 控訴人X1は、12月19日から同月21日まで自宅に外泊した。控訴人X3は、帰棟した際、控訴人X1が車酔いをしたこと、同日サッカーばかりして疲れているようであることを述べた。
o 控訴人X1は、12月22日のW医師との面接の際、自宅が怖くないこと、本件小学校の怖さを100とすると自宅の怖さは50くらいであることを述べた。
控訴人X1は、同日から同月25日まで自宅に外泊した。同人は、同月25日、予定時間より遅れて帰棟した。控訴人X3は、控訴人X1が太宰府料金所付近でイライラし、八つ当たりをして最後は泣いて「自分が悪いやろ。」と言っていたこと、いつも太宰府料金所あたりでこの症状があるなどと述べた(なお、この控訴人X1の症状が本件病院から自宅へ向かう途中のものか、それとも自宅から本件病院に帰棟する途中のものかは、カルテの記載のみからは明確でないが、前記kのとおり同月14日に控訴人X1が本件病院に帰棟することを聞いて泣き出したことと、いつも太宰府料金所あたりでこの症状があるとの同月25日のカルテの記載を総合すれば、控訴人X1の前記症状は、自宅から本件病院に帰棟する途中のものと認めるのが相当である。E医師の理解も同様である〔証人Eの平成16年10月18日付け尋問調書248、252~254項〕。)。
p 控訴人X1は、12月26日のE医師の回診の際、同医師に対し、インターナショナルスクールに通学したいと考えていることを述べた。
(オ) 平成16年の経緯(以下、この項においてのみ、年については、特記しない限り平成16年を指す。)
a 控訴人X1は、平成15年12月26日から1月4日まで自宅に外泊した。本件病院の職員が同月2日に控訴人ら宅に電話を掛けた際、控訴人X1は、外泊について、「どうもない。普通。」と述べた。他方、控訴人X3は、控訴人X1の状態につき、調子が悪くて泣いたりしていたが薬を飲んで落ち着いたところであること、夜悪い夢を見て泣いたりすることはなくなったが、眠れないと言って起きたりすることがあること等を述べた。
また、控訴人X1は、1月4日に帰棟した際、外泊について、「んー、普通。どうもなかった。」と述べた。他方、控訴人X3は、外泊中、控訴人X1の調子がだんだん悪くなったこと、帰棟日当日は機嫌が悪くて周囲に当たり散らしたことを述べた。
b 控訴人X1は、1月9日から同月12日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した際、外泊について、「普通やったよ、普通。明日から勉強。」と述べた。他方、控訴人X2は、控訴人X1はほとんど毎日落ち着かないところがあったと述べた。
c 控訴人X1は、1月13日から、週1回、家庭教師に付いて勉強するようになった。
d 控訴人X1が朝に眠気を持ち越すと言うことで、1月14日、コントミンの投与量が1日25mgに減量された。
e 控訴人X1は、1月16日から同月18日まで自宅に外泊した。そして、帰棟した際、「普通。どうもない。」と述べた。他方、控訴人X3は、夜中に何回か目を覚ましたこと、眠りが浅いようであったことを述べた。
f 控訴人X1は、1月30日、テーブルの上に乗って遊ぶ、消灯後も大声で会話する、注意する職員に対して攻撃的な態度をとるという行動を繰り返していたことを理由に、E医師から注意された。
g 控訴人X1は、2月4日、W医師とともに、退院先の下見のため、福岡市内にあるこども総合相談センター「A2」を見学した。控訴人X1は、移動手段として主に電車を利用したが、移動中、動悸、発汗、過呼吸及び驚愕反応等の症状は見られず、終始楽しそうな様子であった。
h 控訴人X1は、2月20日から同月24日まで自宅に外泊した。E医師は、控訴人らから、外泊中、Bが本件小学校に復帰することを聞いてから、控訴人X1の外泊時の状態が悪化したとの報告を受けた。
E医師は、上記報告を受けて、A2以外にも居場所を確保しておく必要があるとして、控訴人X1を本件病院のデイケアセンターに参加させることとした。
i 控訴人X1は、2月24日から、週2回、本件病院のデイケアセンターに通うようになった。
E医師は、同日、控訴人X3に対し、控訴人X1の当時の外泊の状態からすると、自宅に退院させるのは困難であることを告げた。その上で、まずはマンスリーマンション等を利用して様子を見ることを提案した。
また、E医師は、2月26日、控訴人X1に対しても、自宅に退院することが困難であることを告げた。控訴人X1は、家族と一緒に生活することを希望したが、外泊時の状態について聞かれると、「んー、他にいい方法は。分からない。」と述べた。また、同月27日、W医師に対し、自宅に外泊したときの状態について、「頭では何とも思っていないけど、鍵が勝手に閉まってたり、落ち着かなくなる。」と述べた。
j 控訴人X2及び同X3とE医師らは、3月2日、控訴人X1の退院後の方針について協議し、その結果、福岡市にアパート等を借り、そこを拠点にインターナショナルスクールに通学し、又は、A2を利用するのがよいとの結論に達した。
k 控訴人X1は、3月5日から同月8日まで、自宅に外泊した。本件病院の職員が、3月7日、控訴人X1の状態を聞くために控訴人X3に電話をしたところ、同人は、「変わりありません。今、誕生日ケーキを買ってきたところです。」と述べた。また、3月8日に本件病院に帰棟した際、控訴人X3又は同X2からは外泊中の控訴人X1の症状につき格別の報告はなかった。
ところが、控訴人X3は、3月9日、本件病院に対し、控訴人X1の上記外泊中の状態について、控訴人X1が、外食中、控訴人X2及び同X3がオウム真理教の麻原某に死刑判決がなされたことについて話しているのを聞いた際、「麻原は殺すように言っただけとよ。殺してないとよ。なのに何で捕まって死刑になると。」、「あの人も僕に毎日、死ね、死ねって言いよったのに逮捕されんし、死刑とかならんとやろ。そして戻るちゃろう。逮捕されんとは僕がちっぽけやけんやろ。」と述べ、帰宅後も眠れず、控訴人X3に触れていないと落ち着かず、同人が眠りかけると声をかけて起きているようにせがんだことを述べた。
l 控訴人X1は、3月12日から同月14日まで自宅に外泊した。控訴人X3は、同月15日、本件病院に対し、控訴人X1の外泊中の状態について、同人が、控訴人ら訴訟代理人弁護士に対し、Bから自殺の強要を受けたことを述べ、その後は、自殺の強要について他人に言えてすっきりしたらしく、中途覚醒をせずに熟睡できたことを述べた。
m 控訴人X1は、3月16日から同月21日までホテル及びウィークリーマンションに外泊した。控訴人X1は、3月19日、インターナショナルスクールの入学面接を受け、同校への入学が許可された。また、控訴人X3は、同日、本件病院に対し、控訴人X1が、3月16日にウィークリーマンションに試験的に外泊したところ、鍵を閉めることなく窓を開けて過ごすことができたこと、夜中も中途覚醒せず熟睡することができたことを述べた。
n 控訴人X1及び同X3は、3月28日、ウィークリーマンションに転居した。控訴人X1は、3月29日、インターナショナルスクールに入学し、4月16日、本件病院を退院した。
ウ 退院後の経緯
(ア) 控訴人X1は、平成18年3月まで、インターナショナルスクールに通学した。
(イ) 控訴人X1は、本件病院を退院後、ウイークリーマンションで控訴人X3と生活していたが(控訴人X1の兄と控訴人X2は自宅で生活していた。)、控訴人X2が鹿児島に単身赴任することとなったため、平成16年8月ころ、同じ建物内のマンションに転居し、控訴人X3及び控訴人X1の兄と生活するようになった。
平成17年4月、控訴人X2及び同X3が控訴人X2の転勤のため、熊本市に転居することになったが、控訴人X1は、引き続きインターナショナルスクールへの通学を続ける必要があるとして、控訴人X2及び同X3とともに転居することはせず、福岡市西区愛宕の借家において、Iとの同居を開始した。
平成18年3月、控訴人X1は、インターナショナルスクールを卒業し、同年4月、熊本市の私立中学に入学したことから、熊本市に転居し、以後現在まで控訴人X2(一時薩摩川内市内に単身赴任)及び同X3と同居している。
控訴人X1は、現在、中学3年に在学しており、成績は英語を除き芳しくないが、サッカー部に所属して練習に励んでいる。
(ウ) 控訴人X1は、本件病院を退院後も、定期的に本件病院への通院を続けて、抗うつ剤や精神安定剤の投薬治療を受けた。
なお、控訴人X1が本件病院を退院した平成16年4月から平成17年12月までの本件病院への通院日数は、以下のとおりであり(左欄が平成16年、右欄が平成17年)、その後も概ね月1回程度通院している。
 平成16年  4月2日  平成17年  1月1日
 同年  5月2日  同年  2月1日
 同年  6月2日  同年  3月1日
 同年  7月1日  同年  4月1日
 同年  8月1日  同年  5月2日
 同年  9月2日  同年  6月1日
 同年  10月3日  同年  7月1日
 同年  11月2日  同年  8月1日
 同年  12月2日  同年  9月2日
 同年  10月なし    
 同年  11月1日    
 同年  12月1日    
この間、控訴人X3は、本件病院に対し、控訴人X1の状態について、平成16年5月28日には、中途覚醒が多い、発汗が多い、控訴人X3に対する攻撃的態度が強いなどと述べ、同年6月11日には、悪夢及び失禁等の症状についても報告し、同年8月4日には、Bに会うのを恐れて家に引きこもり、サッカーを全くしない、日本の学校の勉強道具等を見ただけで「日本の学校は怖い。」と泣き叫ぶなどと述べた。
(エ) 平成16年6月25日、控訴人X1について、本件病院で第2回CAPS検査が行われた(総得点122点)。同検査は、E医師の指示により、V及びソーシャルワーカーであるHが控訴人X1から聴取するという方法で行われたが、控訴人X3も同じ部屋内にいた。同検査の際に作成された書面(甲59の1、2)の「出来事」の欄には、控訴人X1がBから受けたとされる具体的な外傷の内容の記載はない。また、同日の診療録(乙ロ4の61枚目)には、控訴人X1は控訴人X3からの応答を否定することもあるが、これは自身の症状を是認したくない場合よりも記憶していない理由によることが多い様子などと記載されている。
(オ) E医師は、平成18年1月23日付け「照会事項への回答」(甲121)において、(控訴人X1の症状について)不安症状等が強く残存しており、当分の間は外来加療が必要である、(今後の治癒見込について)児童のPTSD例の長期予後については報告が少なく、ましてや体罰後の問題事例に関しては全く報告がないので、確たることは言えないなどと回答している。
エ E医師作成の意見書
E医師は、平成16年3月29日付け意見書(甲22、以下「本件意見書」という。)において、控訴人X1をDSM-ⅣによりPTSDと診断した根拠等について、要旨次のとおり意見を述べている。
(ア) 診断の前提とした事実
第1回CAPS検査及びその当時の控訴人X1の状態から、控訴人X1をPTSDと診断した。
(イ) A基準について
控訴人X1の語るところによれば、控訴人X1は多くの児童の面前で、Bから「血が穢れている」などと、自らの同一性を揺るがしかねない非常に屈辱的な中傷を繰り返し受けた。さらには、アンパンマンあるいはミッキーマウスと称した体罰を受け続けた。しかも、それらの体罰は、いずれも控訴人X1自身内容を選択しなければならないという残酷なものであった。このような侮蔑的かつ虐待的な体罰を、控訴人X1は1か月間にもわたって受け続け、その間控訴人X1は恐怖感と無力感に襲われ続けた。これらの一連の体罰は、控訴人X1に極めて大きな心的外傷を与えたと考えられるし、PTSDを生じるに十分な体験強度を有していたものと考えられる。
(ウ) B基準について
控訴人X1は、ほとんど毎日のように体罰時の記憶が想起され、その記憶に大いに苦しめられている。また夜には、怪獣や幽霊にまつわる悪夢を頻回に見て、発汗とともに驚愕して飛び起きる。夜間には控訴人X3などが付き添わないと怖くて眠れない。このような侵入性症状が非常に強く、Bの自動車を連想させるものを見ただけで、がたがた震えたりといった著しい身体反応が出現している。
(エ) C基準について
控訴人X1には、4年3組の教室はもちろんのこと、Bがいないことが分かっていても学校に怖くて行けないといった回避症状が非常に強く認められる。また、体罰時の記憶については、想起できない部分も少なからずあり、このことから、控訴人X1は、体罰内容に関しては過小にしか述べることができないとも考えられる。また、体罰以前には、サッカーに夢中で夜遅くまでボール遊びに興じていたが、受診時には何とかサッカーには参加するもののほとんど楽しむことができないなど、興味、関心の減退や感情の収縮が認められた。また、「自分は20歳で死ぬ。」といった人生の短縮感や絶望感、自分の血は汚れているといった思いもあって生じた友人との間の離断感情や孤独感情も認められた。
(オ) D基準について
入眠は非常に困難で、ようやく寝付いてもすぐに覚醒してしまってなかなか再眠できないなどの睡眠障害が顕著に認められる。元来は比較的穏やかな性格であったのが、体罰以後は毎日のようにいらいら感が爆発して、理由もなく非常に攻撃的になったりする。あるいは周囲のことを過剰に警戒し、家から1人でほとんど外出もできない。驚愕反応や集中困難といった神経過敏な状態が持続している。
(カ) E基準及びF基準について
上記症状は、平成15年7月ころから次第に顕著となり、本意見書作成時(平成16年1月ころ)においても基本的にほとんど継続して認められる。そして、主観的苦痛感はもちろんのこと、学校には全く行けなくなり、外出すらままならず家に閉じこもっているなどの社会的引きこもりに陥っている。結果として入院も長期化するなど、控訴人X1に認められる社会的機能の障害は著しいものがある。そして、こうした障害自体、平成15年春までは全く認められなかったことである。
(キ) PTSD症状の重症度について
第1回CAPS検査の総得点は119点であり、これは著しく高い得点といえ、控訴人X1が臨床的に重症例であることを示している。
(ク) PTSDに関連する症候群
a 過度な罪責感情と抑うつ症状
体罰を受けたのは「自分の血が汚れているから」といった誤った信念や認知様式に陥ってしまい、自分の存在自体に罪責感を抱いており、将来に対する絶望感が強い。初診時は、マンションの屋上から飛び降りて死にたいといった希死念慮も強く認められるなど抑うつ感が強かった。
b 解離症状
周囲から切り離された感覚や現実感がないといった離人感や、しばしば数分から数時間に及ぶ解離性健忘が認められ、朝食を食べたにもかかわらず昼にはそのことを思い出せないなど、日常的な出来事すらも思い出せない場合がある。
c 不安恐慌性(パニック)障害
とくに外出時に強い恐怖症状に見舞われ、動悸、発汗、過呼吸及び胃腸症状などの自律神経症状が激しく出現している。学校に行くことを考えたり、学校に近づくだけでそのようなパニック発作が出現する。
d 夜尿症
控訴人X3からの聞き取りによると、控訴人X1の幼児期のトイレットトレーニングはスムーズであったらしいが、平成15年夏ころから度々夜尿を繰り返すようになっている。控訴人X1は、恥ずかしさのためかこれを否定しているし、控訴人X3もそれを見て見ぬ振りをしている。
オ E医師作成の追加意見書
E医師は、平成20年5月15日付け控訴人X1に関する照会状に対する回答書(甲149の1、以下「本件追加意見書」という。)で、要旨次のとおりの意見を述べている。
(ア) 「控訴人X1が、本件いじめ行為の後本件病院でE医師の診察を受けるまでの間、本件小学校への通学を継続し、平成15年6月20日にB1も同行する社会科見学に参加し、F病院への通院中もPTSDの症状が出ていた形跡がないことは、控訴人X1のPTSDの診断に影響を与えるか」について
重大な体験を受傷後、しばらくの間、無症候的な時期がしばしば認められること(潜伏発症)は専門家の間ではよく知られている。控訴人X1についても、無反応的な、解離症状が主体の時期があったと考えられる。
また、PTSDに限ったことではないが、しばしば精神症状は表面化することなく見落とされ、家族などの周囲の人はもちろん、当事者も全く気がつくことなく経過することが多い。とくに学童期の子供は内的体験を言語化するのに慣れていないので、周囲の、特に養護教諭や経験豊かな小児科医などの注意深い観察によってどうにか虐待の事実を知りうるのみである。
したがって、上記で指摘された点は、控訴人X1のPTSDの診断に全く影響を与えない。
(イ) 「控訴人X1が本件病院に入院した直後から外泊が始まり、その日数が多い理由」について
児童などの若年齢の場合、入院によって親から引き離されることが相当の心理的ストレスになるので、このことから引き起こされる心理的反応を防ぐため、家族の付添を極力求める。
ところが、本件病院は成人例ばかりの閉鎖病棟で、個室がないことから家族の付添が不可能であったため、早期からの外泊を強く求めたのである。
(2) 前記前提事実及び上記認定事実に基づき判断する。
ア 控訴人X1の症状について
(ア) 控訴人X1、同X2、同X3及び証人Iは、本件不法行為後の控訴人X1の症状について、控訴人らの主張に沿う供述をしている(甲56、78、103、証人I1、控訴人X3、控訴人X2、当審の控訴人X1)。
また、上記認定のとおり、控訴人X2及び同X3は、F病院又は本件病院に通院ないし入院していた際、担当医師らに対し、控訴人X1が自宅において控訴人らの主張に沿う状態であったことを報告している。
さらに、控訴人X1も、F病院での初診の際に、動悸等の症状があることを述べ、本件入院中も、担当医師らに対し、自宅が本件小学校と同じくらい怖い、自宅では落ち着かないなどと述べている。
そして、控訴人X1に対し2回にわたって実施されたCAPS検査において、いずれも、重度のPTSD症状が見られるとの結果が出ている。
なお、W医師の陳述書(甲130)には、控訴人X1が本件病院に入院中に血が汚れていると述べていたとの部分がある。
(イ)
a しかしながら、上記CAPS検査については、上記認定のとおり、検査の実施の際に控訴人X3が同伴していた上、証拠(甲59の1、76、乙ロ3、4)によれば、面接において、控訴人X3が控訴人X1に代わり積極的に発言をしていたことが認められ、甲126、127、証人E及び当審証人Hのうちこの認定に反する部分は、前記認定事実に照らして採用できない。そうすると、上記CAPS検査は、結局のところ、控訴人X3の検査当時の供述を反映させたものに過ぎないといえ、同検査の結果をもって、直ちに控訴人X1に控訴人ら主張のとおりの症状があったものと認めることはできず、また、これにより、控訴人X2、同X3及び証人Iの上記各供述の信用性が裏付けられるともいい難い。
b そして、控訴人X1の上記供述の信用性について検討するに、①上記認定事実及び証拠(乙イ6、7、乙ロ3ないし5)によれば、控訴人X1が福岡市立Dセンターで受診した際に腹痛が認められたほかは、同人が受診した耳鼻咽喉科、整形外科、F病院及び本件病院のいずれにおいても、同人に腹痛、嘔吐、中途覚醒、夜尿及び震え等の症状のあったことが一切観察されていないこと、②とりわけ、本件入院は、約6か月間という長期に及ぶ入院であったにもかかわらず、その間、担当医らは、控訴人X1について、腹痛、嘔吐等の症状を一切現認しておらず、同人が外泊から帰棟した直後においても、自宅での症状の痕跡等について何ら観察していないこと、③上記認定のとおり、控訴人X1は、F病院に通院していたころは、サッカーの合宿に参加し、本件小学校にも通学し、本件入院中も、他患者とのレクリエーションや勉強に取り組むなど、活発に活動していたこと、④控訴人X1は、F病院に対し、初診の際に動悸等の症状を訴えた後、症状について話すことはなく、腹痛の症状はないと思う、怖い夢は見ないなどとも述べていたこと、⑤控訴人X1は、本件入院中、担当医らに上記症状を訴えることはほとんどなく、外泊から帰棟した際も、外泊が普通だったと述べる場合がほとんどで、外泊が楽しかった旨述べたこともあったこと等の事情に鑑みれば、控訴人X1の上記供述は、信用し難いものというべきである。
c 次に、控訴人X2及び同X3の上記各供述の信用性について検討するに、上記b①ないし⑤の事情に加え、①控訴人X2及び同X3は、控訴人X1がF病院に通院していたころについて、毎日のように腹痛、下痢、嘔吐、動悸及び夜尿等の症状に悩まされ、外出の回数も徐々に減っていき、Bに対する恐怖感から、自宅の全ての窓を閉め、鍵をかけていたなどと供述しているところ、同人らは、F病院に対し、控訴人X1がそのような深刻な状態にあったことについて報告しておらず、控訴人X2に至っては、8月13日の診察の際、控訴人X1の様子に変化はなく、特に診察を必要とする状態ではない旨述べていること、②控訴人X2及び同X3は、本件病院に対し、控訴人X1が自宅で外泊した際に深刻な状態であったことを度々報告していながら、入院期間の相当部分を自宅での外泊に費やしていること、③控訴人X2及び同X3は、控訴人X1が、外泊のため本件病院から自宅に向かう途中、決まって太宰府の料金所付近で機嫌が悪くなっていた旨供述しているところ、本件入院中は、本件病院に対してそのような報告をしておらず、かえって、控訴人X1は、外泊を終えて自宅から帰棟する際、太宰府付近で機嫌が悪くなったこと、④控訴人X2及び同X3の陳述書には、インターナショナルスクールを退院後の通学先に決定した経緯について、平成15年12月17日のネットワーク会議の後、様々な退院後の通学先を検討した結果、最後にインターナショナルスクールを思いついた旨記載されているところ、前記(1)イ(エ)1のとおり、控訴人X2は、既に上記会議において控訴人らがインターナショナルスクールへの通学を検討している旨述べていること(なお、控訴人X3は、本人尋問において、インターナショナルスクールへの通学を思いついたのは、平成15年10月ころであったと訂正する旨の供述をしているが、そうだすると、上記会議の後、様々な退院後の通学先を検討した結果、最後にインターナショナルスクールを思いついたという上記陳述書のインターナショナルスクールに関する供述記載の流れ全体が否定されることとなり、いずれにせよ、控訴人X3の供述の信用性は減ずることとなる。)、⑤控訴人X3は、控訴人X1が平成16年3月5日から同月8日まで自宅に外泊した際、本件病院に対し、同月7日には控訴人X1の状態について変化がない旨報告し、控訴人X3又は同X2は、同月8日に帰棟した際も、控訴人X1の症状について特段変化があったことを述べていないにもかかわらず、控訴人X3は、同月9日になって初めて、控訴人X1が上記外泊中にオウム真理教の事件の話を聞いてから状態が悪化した旨述べていること等の事情に鑑みれば、控訴人X2及び同X3の上記各供述は、いずれも信用し難いものというべきである。
d 次に、証人Iの上記供述については、同人の供述が平成17年7月、8月と、本件不法行為から約2年経過後における控訴人X1の状態についての供述であるところ、上記のとおり、控訴人らの上記各供述が信用し難いことに照らせば、信用し難いものというべきである。
e 次に、W医師の前記陳述書の記載については、前記認定の平成15年10月29日における控訴人X1の言動(乙ロ3の93枚目)や同月30日のW医師の問いかけに対する控訴人X1の応答(乙ロ3の97枚目)に照らして採用できない。
f 以上によれば、控訴人X1に控訴人らが主張するとおりの症状があったとは認められない。
(ウ) これに対し、控訴人らは、本件病院に滞在している際に控訴人X1の状態が良かったのは、同人に本件病院は安全であるとの意識があったからであり、上記事情は控訴人らの上記供述の信用性を疑わせるものではない旨主張し、E医師も、これに沿う意見を述べている(甲22、57、証人E)。しかしながら、上記認定のとおり、控訴人X1は、①自宅での外泊を終えて帰棟する際、機嫌が悪くなったり、泣いたりしていること、②控訴人X1の病棟内の行動について他患者から抗議を受けていたころ、自宅より本件病院の方が怖いと述べていることからすれば、控訴人X1が本件病院に対し自宅での症状を食い止めるほど安全感を有していたものとは認め難く、控訴人らの主張は採用することができない。しかも、控訴人X1は、平成15年年末ころには、控訴人X3に対し、本件病院を退院したい、退院して、インターナショナルスクールではなく、本件小学校に通いたいと強く訴えていたのであって(甲109の1、2)、この点からしても、控訴人らの主張を採用することはできない。
(エ) また、控訴人らは、控訴人X1が入院直後から頻繁に外泊していることにつき、Bの影響が極力少ない時期を選んで行ったものであって、控訴人X1が自宅やBを怖がっていたという事実を否定するものでないと主張するが、控訴人X1が、外泊中に、Bによる本件いじめ行為が行われたその現場である本件小学校で行われたサッカー練習に参加していたという事実は、控訴人X1が本件小学校及びBを極度に恐れていたという控訴人ら主張の事実に疑いを生じさせるものであり、Bが来るかも知れないという意味において自宅が恐怖の対象であったとの控訴人らの主張は採用できない。
イ E医師の診断について
(ア) 本件意見書の上記記載によれば、E医師は、控訴人X1をPTSDと診断するにあたり、Bが控訴人X1に対し控訴人らの主張するとおりのいじめ行為を行い、その後、控訴人X1が控訴人ら主張のとおりの状態にあったことを前提としたことが認められる。
しかしながら、上記1で認定したとおり、本件不法行為は、控訴人らの主張するいじめ行為に比べて相当軽微なものであり、また、本件不法行為後、控訴人X1に控訴人らの主張するとおりの症状があったことも認められないし、E医師が控訴人X1の初診時及び第1回CAPS検査時に同控訴人自身から本件いじめ行為の内容を聴取した事実も認められない。そうすると、E医師の上記診断は、診断の前提事実が事実と大きく乖離していることとなり、信用し難いものといわざるを得ない。
なお、E医師は、控訴人X1が本件病院に入院する際に落ち着きがなく周囲を警戒していた様子であったことがD基準の「集中困難」及び「過度の警戒心」に当たる、入院時の面接中にドアの外を人が通るたびにびくびくしていたのがD基準の「過度の驚愕反応」に当たる、ホッチキスを自分の手に挟む等の自傷行為がC基準の「外傷を想起させる場所の回避」に当たる、睡眠障害がひどく、コントミンを投与することでようやく睡眠することができていたなどと、本件病院に滞在していた間、控訴人X1にPTSDの症状が現れていたとの意見を述べている(甲57、証人E)。また、W医師の陳述書(甲130)には、控訴人X1は、コントミンを投与された後も通常の生活を送っており、このことは、控訴人X1が興奮状態にあったことを示すものであって、控訴人X1が精神疾患を有していたことは明らかであるなどの部分がある。
しかし、控訴人X1が児童であり、それまで本件病院に入院したことがなかったこと、また、控訴人X1は、コントミンを投与されていたころ、本件病院の他の患者とトラブルを起こしていたこと等の事情に照らせば、上記各事情のみをもって控訴人X1にPTSDの症状が現れているということはできないし、自傷行為については、本件入院記録(乙ロ3)でも指摘されているとおり、抗うつ薬の投与による躁転の可能性を否定することができず、睡眠障害の事実のみでは控訴人X1にPTSDの症状が現れていることの根拠とはいい難いから、E医師の上記見解は採用することができない。
(イ) 本件追加意見書は、控訴人X1が本件病院でE医師の診察を受けるまでの間の同控訴人の症状につき、①症状が潜伏していたこと、②周囲の者が症状を見落としていたことを指摘し、PTSDの診断に影響を与えないと主張する。
しかし、①については、控訴人X1の症状が潜伏していた期間が何時まで継続していたというのかは、本件追加意見書によっても不明である(仮に本件病院の初診時まで症状が潜伏していたとの趣旨であれば、控訴人X1は、5月20日ころから、頭痛や腹痛が始まり、7月ころ以降PTSDの症状〔フラッシュバック、悪夢等〕が顕著になった、などというE医師がPTSDと診断する前提となった事実〔前記(1)ア(ケ)、エ(イ)ないし(カ)〕が存在しないことになる。)。
また、②についても、専門家であるF病院のG医師もPTSDの症状を認めていないことなどの事実に照らし、採用できない。
ウ 控訴人X1のPTSDへの罹患の有無
以上を前提に、DSM-Ⅳに照らし、控訴人X1が本件不法行為によりPTSDに罹患したか否かについて検討するに、本件不法行為は、その内容に照らし、実際に又は危うく死ぬないし重傷を負うような出来事及び自分又は他人の身体の保全が脅かされる危険(A基準)には当たらないものといわざるを得ない。また、上記アで認定した事実によれば、控訴人X1にBないしD基準を満たすような症状があったとも認め難い(控訴人ら指摘の平成19年3月のフラッシュバックについては、前記ア(エ)のとおり控訴人X1が外泊中に本件小学校で行われたサッカー練習に参加していた事実と整合しないものであり、これが症状の潜伏によるものであるとのE医師の診断も、前記イ(イ)のとおり採用できないから、控訴人X1にB基準を満たすような症状があったことの根拠とはならない。)。以上によれば、控訴人X1が本件不法行為によりPTSDに罹患したとは認められないものというべきである。
3 争点(3)について
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(1) 控訴人X1の損害
ア 入院雑費
前記2(1)アの本件入院までの経緯によれば、E医師が控訴人X1について入院治療を受けることが適切であると判断したのは、①PTSD症状が重症なため、学校はおろか家での生活すら安心して行うことができなくなってしまったこと、②抑うつ感が強く、希死念慮が認められたこと、③症状が重症であるため薬物療法が必要であるにもかかわらず、控訴人X1がまだ児童であり、適切で十分な薬物療法を施すには入院環境の下での綿密な観察が必要であったこと、④家族、特に、常に控訴人X1に付き添っている控訴人X3が疲弊していたこと等の理由によるものであるところ、①のPTSD症状及び②の希死念慮に関するE医師の診断が採用できないことは前記のとおりであるから、控訴人X1について入院治療の必要性があったとは認められない。
よって、入院雑費の請求は認められない。
イ 交通費
(ア) 平成15年9月
前記2(1)アの本件入院までの経緯によれば、控訴人X1は、6月30日から9月3日までのF病院への通院中、PTSDにまでは至らないものの、本件いじめ行為を原因とする心因性の症状が継続し、投薬治療を受けていたことが認められ、これによれば、通院治療の必要性についてはこれを肯定することができる。なお、Bは、控訴人X1の平成15年6月29日以降の体調不良と本件いじめ行為との因果関係を争っているところ、同日の福岡市立Dセンター受診の直前である同月27日に本件いじめ行為についてマスコミの報道が開始され、自宅にマスコミが取材に訪れたことは前記1(1)イ(ス)のとおりであり、これによれば、前記体調不良についてはマスコミの報道取材による精神的ストレスが影響していることは推認されるけれども(当審の控訴人X1の尋問調書246項)、因果関係を否定するまでの事情とは認められないから、Bの主張は採用できない。
以上のほか、前記2(1)アの通院日数、甲29及び弁論の全趣旨によれば、平成15年9月の交通費は、控訴人らの主張どおり認めるのが相当である。
4000円×4=1万6000円
(イ) 平成15年10月から平成16年4月まで
控訴人らが請求する上記期間の交通費は、入院中の控訴人X1の付添に伴うものであるところ、控訴人X1について入院治療の必要性が認められないことは前記アのとおりであるから、上記期間の交通費の請求は認められない。
もっとも、控訴人X1について平成15年9月の時点で通院治療の必要性があったことは前記(ア)のとおりであり、前記2(1)ウのとおり控訴人X1が本件病院を退院後も本件病院で抗うつ剤や精神安定剤の投薬治療を受け、平成18年1月時点で不安症状等が残存していたことこと(ママ)からすると、仮に控訴人X1が本件病院に入院しなかったとしても、上記期間中に相当日数の通院治療がされ、これに伴う交通費も発生したと推認されるが、その日数を証拠により確定することはできないので、この点は、慰謝料の算定に際して増額要因として斟酌することとする。
(ウ) 平成16年5月から同年11月まで
前記のとおり控訴人X1について通院治療の必要性があったこと、前記2(1)ウの通院日数及び弁論の全趣旨によれば、上記期間の交通費は、控訴人らの主張どおり認めるのが相当である。
5200円×13=6万7600円
(エ) 平成16年12月から平成17年3月まで
前記のとおり控訴人X1について通院治療の必要性があったこと、前記2(1)ウの通院日数及び弁論の全趣旨によれば、上記期間の交通費は、控訴人らの主張どおり認めるのが相当である。
4000円×5=2万円
(オ) 平成17年4月から同年12月まで
控訴人X1について通院治療の必要性があったことは前記のとおりである。
もっとも、控訴人らは、上記期間中、控訴人X1がインターナショナルスクールへの通学を理由に福岡市に、控訴人X3が控訴人X2の転勤を理由に熊本市にそれぞれ居住せざるを得なかったことを前提に、控訴人ら主張の経路による交通費を請求しているが、前記認定の控訴人X1の症状からすれば、控訴人X1は本件病院を退院した後に市立小学校に復学することは可能であったと認められ、インターナショナルスクールに通学する必要があったとは認められない。
そうすると、上記期間中に控訴人らの要した交通費のうち、本件いじめ行為と相当因果関係のある損害と認められるのは、控訴人X1が熊本市において控訴人X3と同居したと仮定した場合に要する交通費であるところ、その額については、福岡市、本件病院の所在地である久留米市及び熊本市の位置関係に照らし、控訴人ら主張額の約6割である5000円を相当と認める。
このことと前記2(1)ウの通院日数及び弁論の全趣旨によれば、上記期間中の交通費は、以下のとおり認めるのが相当である。
5000円×9=4万5000円
(カ) 合計 14万8600円
ウ ウィークリーマンションの費用、ウィークリーマンション関連費用及び2LDKマンション費用
前記認定の控訴人X1の症状からすれば、控訴人X1は本件病院を退院した後に自宅で生活することは可能であったと認められ、ウィークリーマンションに居住する必要があったとは認められない。
よって、上記各費用の請求は認められない。
エ インターナショナルスクール校納金、インターナショナルスクール教材費、控訴人X1とIとの同居費用
前記イ(オ)のとおり控訴人X1がインターナショナルスクールに通学する必要があったとは認められない。
よって、上記各費用の請求は認められない。
オ 付添看護費
前記イ(イ)と同様の理由により、付添看護費の請求は認められないが、慰謝料の算定に際し増額要因として斟酌することとする。
カ 後遺障害による逸失利益
前記認定の控訴人X1の症状に照らし、控訴人X1に後遺障害が残存しているとは認められない。控訴人ら指摘の平成19年3月7日の控訴人X1の症状については、控訴人X1が本件いじめ行為後も本件小学校に通学し、本件病院入院中も外泊時に本件小学校でサッカー練習を行っていた事実と整合しないものであり、控訴人X1に本件いじめ行為による後遺障害が残存していることの根拠とすることはできない。
よって、後遺障害による逸失利益の請求は認められない。
キ 慰謝料
教師であるBが、曾祖父がアメリカ人であるという生徒の控訴人X1に対し、約1か月間、児童の生活の中心の場である学校内において、反復して体罰を加えたり、アメリカ人を侮辱する発言等をしたという本件不法行為の内容からすると、控訴人X1がこれにより肉体的苦痛、精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができ、体罰の頻度、発言の内容、控訴人X1の年齢、控訴人X1の通院経過その他本件に顕れた諸般の事情を勘案すると、控訴人X1が本件不法行為により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、300万円が相当である。
ク 損害合計(弁護士費用を除く) 314万8600円
ケ 損害のてん補
乙ロ18の1、2によれば、控訴人X1は、本件いじめ行為を理由に災害共済給付金として24万7274円(ただし、平成17年12月までの分)を支給されていることが認められるところ、乙ロ8によれば、同災害共済給付に係る医療費は、健康保険の「療養に要する費用」に「療養に伴って要する費用」を加えたものと認められ、これによれば、前記災害給付金は、控訴人X1の通院に伴う交通費をてん補する性質のものと解されるが、精神的苦痛に対する慰謝料をてん補する性質のものとは解されない。
よって、前記損害合計から交通費14万8600円を控除すると、残額は300万円となる。
コ 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、上記慰謝料の額等に照らし、控訴人X1の請求できる弁護士費用としては、30万円が相当である。
サ 損害合計 330万円
(2) 控訴人X2及び同X3の損害
本件不法行為により、控訴人X1が生命を害された場合にも比肩すべき、又は、右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたものとは、未だ認め難いから、控訴人X2及び同X3の請求は、いずれも理由がない。
4 結論
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以上によれば、控訴人X1の被控訴人に対する請求は、330万円及びこれに対する平成15年9月21日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、控訴人X2及び同X3の各請求はいずれも理由がないから棄却すべきである。

よって、控訴人X1の控訴に基づき原判決中控訴人X1に関する部分を変更し、控訴人X2及び同X3の本件控訴並びに本件附帯控訴はいずれも理由がないから棄却し、仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第2民事部

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裁判長裁判官 石井宏治
裁判官   太田雅也
裁判官   澤田正彦

 

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