本居宣長大人

一二 ナホビノミタマ

スメラオホミクニカケまくもカシコカムミオヤアマテラスオホミカミの、アレマセオホミクニにして、

國にスグれたるユヱは、先こゝにいちじるし、國といふ國に、此大御神のオホミメグミかゞふらぬ國なし、

大御神、オホミテアマシルシサヽゲモタして、

御代御代にしるしとツタはりつる、ミクサカムダカラは是ぞ、

ヨロヅチアキナガアキに、アガミコのしろしめさむ國なりと、ことよさしタマへりしまにまに、

アマツヒツギタカミクラの、天地のムタウゴかぬことは、ハヤくこゝに定まりつ、
アマグモのむかぶすかぎり、タニグヽのさわたるきはみ、スメミマノ命のオホヲスクニとさだまりて、アメノシタにはあらぶる神もなく、まつろはぬ人もなく、
いく萬代をとも、タレしのヤツコか、オホキミソムマツラむ、あなかしこ、御代御代のアヒダに、たまマツロハヌキタナキヤツコもあれば、神代のフルコトのまにオホミイツをかゞやかして、たちまちにうちホロボし給ふ物ぞ、

チヨロヅミヨミスヱの御代まで、スメラミコトはしも、大御神のミコとまして、

御世御世のスメラギは、すなはち天照大御神の御子になもオホマシます、カレアマつ神の御子とも、日の御子ともまをせり、

アマつ神の御心を大御心として、

ナニわざも、オノレミコトの御心もてさかしだち賜はずて、たゞ神代のフルコトのまゝに、おこなひたまひヲサめ賜ひて、ウタガひおもほす事しあるをりは、ウラゴトもて、天神の御心をトハして物し給ふ、

神代も今もへだてなく、

たゞアマツヒツギシカましますのみならず、オミムラジヤソトモノヲにいたるまで、ウヂかばねをオモみして、ウミノコヤソツヾキ、そのイヘワザをうけつがひつゝ、オヤガミたちにコトならず、タヾヒトヨの如くにして、神代のまゝにツカエマツれり、
カムながらヤスクニタヒラけくシロシしける大御國になもありければ、
書紀のナニハノナガラノミカドノミマキに、カムナガラトハイフカミノミチニシタガヒタマヒテオノヅカラカミノミチアルヲ也とあるを、よく思ふべし、神道にシタガふとは、天ヲサめ賜ふしわざは、たゞ神代より有こしまに、物し賜ひて、いさゝかもさかしらをクハへ給ふことなきをいふ、さてしか神代のまにオホらかにシロシせば、おのづから神の道はたらひて、ホカにもとむべきことなきを、オノヅカラとはいふなりけり、かれアキツミカミオホヤシマグニしろしめすと申すも、其御世々々の天皇のミヲサメ、やがて神のミヲサメなる意なり、萬葉集の歌などに、カムナガラシカとあるも、同じこゝろぞ、カミグニカラビトの申せりしも、ウベにぞ有ける、

オホミヨには、ミチといふコトアゲもさらになかりき、

フルコトに、あしはらのミヅホの國は、カムながらコトアゲせぬ國といへり、

はたゞ物にゆく道こそ有けれ、

ミチとは、此記にウマシミチと書る如く、ヤマヂヌヂなどのに、てふ言をソヘたるにて、たゞ物にゆく路ぞ、これをおきては、上代に、道といふものはなかりしぞかし、

物のことわりあるべきすべ、ヨロヅヲシへごとをしも、ナニの道くれの道といふことは、アダシクニのさだなり、

アダシクニは、天照大御神の御國にあらざるが故に、サダまれるキミなくしてサバヘなす神ところを得て、あらぶるによりて、人心あしく、ならはしみだりがはしくして、國をしトリつれば、賤しきヤツコも、たちまちに君ともなれば、カミとある人は、下なる人にウバはれじとかまへ、下なるは、上のひまをうかゞひて、うばゝむとはかりて、かたみにアタみつゝ、古より國ヲサまりがたくなも有ける、が中に、イキホヒありサトり深くて、人をなづけ、人の國をウバひ取て、又人にうばゝるまじきコトバカリをよくして、しばし國をよく治めて、後のノリともなしたる人を、もろこしには聖人とぞ云なる、たとへば、ミダれたる世には、タヽカヒにならふ故に、おのづからヨキイクサノキミおほくいでくるが如く、國のナラハシあしくして、治まりがたきを、あながちに治めむとするから、世々にそのすべをさま思ひめぐらし、ならひたるゆゑに、しかかしこき人どもゝいできつるなりけり、然るをこの聖人といふものは、神のごとよにすぐれて、おのづからにクスしきイキホヒあるものと思ふは、ひがことなり、さて其聖人どもの作りかまへて、定めおきつることをなも、道とはいふなる、かゝれば、カラクニにして道といふ物も、其ムネをきはむれば、たゞ人の國をうばゝむがためと、人にウバはるまじきかまへとの、二にはすぎずなもある、そも人の國を奪ひ取むとはかるには、よろづに心をくだき、身をくるしめつゝ、ヨキことのかぎりをして、モロビトをなづけたる故に、聖人はまことにヨキヒトめきて聞え、又そのつくりおきつる道のさまも、うるはしくよろづにたらひて、めでたくは見ゆめれども、まづオノレからその道にソムきて、君をほろぼし、國をうばへるものにしあれば、みないつはりにて、まことはよき人にあらず、いともいともあしき人なりけり、もとよりしかキタナき心もて作りて、人をあざむく道なるけにや、後人も、うはべこそたふとみしたがひがほにもてなすめれど、まことには一人もマモりつとむる人なければ、國のたすけとなることもなく、其名名のみひろごりて、つひに世にオコナはるゝことなくて、聖人の道は、たゞいたづらに、人をそしる世々のズサどもの、さへづりぐさとぞなれりける、然るに儒者の、たゞ六經などいふ書をのみとらへて、彼國をしも、道タヾしき國ぞと、いひのゝしるは、いたくたがへることなり、かく道といふことを作りてタヾすは、もと道の正しからぬが故のわざなるを、かへりてたけきことに思ひいふこそをこなれ、そも後人、此道のまゝに行なはゞこそあらめ、さる人は、よゝに一人だに有がたきことは、かの國の世々のフミどもを見てもしるき物をや、さて其道といふ物のさまは、いかなるぞといへば、仁義禮讓孝悌忠信などいふ、こちたき名どもを、くさ作りマケて、人をきびしく敎へおもむけむとぞすなる、さるは後世の法律を、先王の道にそむけりとて、儒者はそしれども、先王の道も、古の法律なるものをや、またヤクなどいふ物をさへ作りて、いともこゝろふかげにいひなして、天地のコトワリをきはめつくしたりと思ふよ、これはた世人をなつけ治めむための、たばかり事ぞ、そもく天地のことわりはしも、すべて神のミシワザにして、いともタヘクスしく、アヤしき物にしあれば、さらに人のかぎりあるサトりもてはハカりがたきわざなるを、いかでかよくきはめつくして知ることのあらむ、然るに聖人のいへる言をば、ナニごともたゞコトワリキハミと、ウケたふとみをるこそいとオロカなれ、かくてその聖人どものしわざにならひて、ノチの人どもゝ、よろづのことをオノがさとりもておしはかりごとするぞ、彼國のくせなる、大御國の物學びせむ人、コヽをよく心得をりて、ゆめから人のコトになまどはされそ、すべて彼國は、事ゴトにあまりこまかに心をツケて、かにかくにアゲツラひさだむる故に、なべて人の心さかしだちワロくなりて、中々に事をしゝこらかしつゝ、いよゝ國は治まりがたくのみなりゆくめり、されば聖人の道は、國を治めむために作りて、かへりて國を亂すたねともなる物ぞ、すべてナニわざも、オイらかにして事タリぬることは、さてあるこそよけれ、カレ皇國の古は、さるコチタき敎ナニもなかりしかど、下が下までみだるゝことなく、天下はオダヒに治まりて、天津日嗣いやトホナガに傳はりマセり、さればかの異國の名にならひていはゞ是ウヘなきスグレたるオホき道にして、マコトは道あるが故に道てふコトなく、道てふことなけれど、道ありしなりけり、そをことしくいひあぐると、然らぬとのけぢめを思へ、コトアゲせずとは、あだし國のごと、こちたくイヒたつることなきを云なり、タトヘザエナニも、すぐれたる人は、いひたてぬを、なまのわろものぞ、返りていさゝかの事をも、ことしくイヒあげつゝほこるめる如く、カラクニなどは、道ともしきゆゑに、かへりてミチしきことをのみ云あへるなり、ズサはこゝをえしらで、皇國をしも道なしとかろしむるよ、儒者のえしらぬは、萬カラタフトき物に思へる心は、なほさも有なむを、の物知人さへに、是をえさとらずて、かの道てふことある漢國をうらやみて、シヒてこゝにも道ありと、あらぬことゞもをいひつゝアラソふは、たとへば、猿どもの人を見て、なきぞとわらふを、人のハヂて、おのれもはある物をといひて、こまかなるをしひてモトメイデて見せて、あらそふが如し、きが貴きをえしらぬ、シレモノのしわざにあらずや、

然るをやゝクダりてフミといふ物ワタリマヰキて、マナびよむ事ハジまりて後其國のてぶりをならひて、やゝ萬のうへにまじへ用ひらるゝ御代になりてぞ、大御國の古オホミてぶりをば、トリワケカミノ道とはなづけられたりける、そはかのトツクニミチにまがふがゆゑに、カミといひ、又かの名をりて、こゝにもミチとはいふなりけり、

神の道としもいふユヱは、下につばらかにとく、
しかありて御代々々をるまゝに、いやますに、そのカラ國のてぶりをしたひまねぶこと、サカリになりもてゆきつゝ、つひに天の下シロシオホミワザもゝはらカラザマナリはてゝ、
難波のナガラノ宮、アフミの大津宮のほどに至りて、天の下のミサダメも、みなカラになりき、かくて後は、古てぶりは、たゞカムワザにのみ用ひ賜へり、故代までも、カムワザにのみは、皇國のてぶりの、なほのこれることおほきぞかし、

アヲヒトクサの心までぞ、其意にうつりにける、

スメラミコトの大御心を心とせずして、オノがさかしらごゝろを心とするは、カラゴゝロウツれるなり、

さてこそヤスけく平けくてアリコし御國の、みだりがはしきこといできつゝ、アダシクニにやゝたることも、後にはまじりきにけれ、

いとめでたき大御國の道をおきながら、ヒトグニのさかしくコチタコヽロシワザを、よきことゝして、ならひまねべるから、ナホキヨかりし心もオコナひも、みなキタナくまがりゆきて、後つひには、かのヒトグニのきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし、さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、國は治まりがたき物ぞと思ふめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道のツミなることを、えさとらぬなり、古の大御代に、其道をからずて、いとよく治まりしを思へ、
そもアメツチのあひだに、有とある事は、コトに神の御心なる中に、
凡て此中の事は、春秋のゆきかはり、雨ふり風ふくたぐひ、又國のうへ人のうへの、ヨキアシき萬事、みなことに神のミシワザなり、さて神には、ヨキもありアシきも有て、シワザもそれにしたがふなれば、大かたヨノツネのことわりを以ては、ハカりがたきわざなりかし、然るを世人、かしこきもおろかなるもおしなべて、トツクニの道々のコトにのみマドひはてゝ、此意をえしらず、皇國のモノマナビする人などは、イニシヘノフミを見て、必べきわざなるを、さる人どもだに、えわきまへ知ざるは、いかにぞや、抑ヨキアシき萬の事を、あだし國にて、佛の道には因果とし、カラの道々には天命といひて、天のなすわざと思へり、これらみなひがことなり、そが中に佛コトは、多く世のモノマナブヒトの、よくワキマへつることなれば、今いはず、カラクニの天命のコトは、かしこき人もみなマドひて、いまだひがことなることをさとれる人なければ、今これをアゲツラひさとさむ、抑天命といふことは、彼國にて古に、君をホロボし國をウバひし聖人の、オノが罪をのがれむために、かまへイデたるコトツケゴトなり、まことには、天地は心ある物にあらざれば、メイあるべくもあらず、もしまことに天に心あり、コトワリもありて、ヨキヒトに國をアタて、よく治めしめむとならば、周の代のはてかたにも、必又聖人は出ぬべきを、さもあらざりしはいかにぞ、もし周公孔子にして、スデに道はソナハれる故に、其後は聖人を出さずといはむも、又心得ず、かの孔丘が後、其道あまねく世に行はれて、國よく治まりたらむにこそ、さもいはめ、其後しもいよゝ其道すたれはてゝ、イタヅラゴトとなり、國もますみだれつる物を、今はたれりとして、聖人をも出さず、國のマガをもかへりみず、つひに秦始皇がごとアラぶる人にしもアタへて、ヒトクサクルしめしは、いかなる天のひがごゝろぞ、いといぶかし、始皇などは天のあたへしに非る故に、久しくはえたもたず、ともいひマグべけれど、そもシバラクにても、さるアシキヒトにあたふべき理あらめやも、又國をしる君のうへに、天命のあらば、下なるモロビトのうへにも、ヨキアシきしるしを見せて、ヨキ人はながくサカえ、アシキ人はスミヤけくマガるべき理なるを、さはあらずて、よき人もアシく、あしき人もきたぐひ、ムカシも今も多かるはいかに、もしまことに天のしわざならましかば、さるひがことはあらましや、さて後世になりては、やうやく人心さかしきゆゑに、國を奪ひて天命ぞといふをば、世人のウベなはねば、うはべはユヅらせてトルこともあるをば、よからぬことにいふめれど、かの古の聖人どもゝ、マコトは是にコトならぬ物をや、後世の王の天命ぞといふをば、ウケぬものゝ、古人の天命をば、まことゝ心得をるは、いかなるまどひぞも、古は、天命ありて、後にはなきこそをかしけれ、或人、舜は堯が國をうばひ、禹も亦舜が國を奪へりしなりといへるも、さも有べきことぞ、後世の王莽曹操がたぐひも、うはべはゆづりをウケツギつれども、マコトウバへるを以て思へば、舜禹などもさぞありけむを、上代はスナホにして、ユズれりと云なせるを、まことゝ心得て、クヌチの人ども、みなあざむかれにけらし、かの莽操がころは、世人さかしくて、あざむかれざりし故に、アシきしわざのあらはれけむ、かれらが如くなるトモガラも、上代ならましかば、あはれ聖人とアフがれなましものを、

マガツ神の心のあらびはしも、せむすべなく、いともカナしきわざにぞありける、

ヨノナカに、物あしくそこなひなど、凡てナニゴトも、正しき理のまゝにはえあらずで、ヨコサマなることも多かるは、皆此の神の御心にして、イタアラマス時は、天照大御神高木大神の大御力にも、トヾみかね賜ふをりもあれば、まして人の力には、いかにともせむすべなし、かのヨキ人もマガり、アシキ人もサカゆるたぐひヨノツネの理にさかへる事の多かるも、皆此神のシワザなるを、外國には、神代の正しきツタヘゴトなくして、此ヨシをえしらざるが故に、たゞ天命の說を立て、ナニゴトもみな、シカルベキコトワリを以て定めむとするこそ、いとをこなれ、

シカれども、天照大御神タカマノハラオホマシて、オホミヒカリはいさゝかもクモりまさず、此世をミテラしましアマミシルシはた、はふれまさずツタはりマシて、コトヨサし賜ひしまに、天の下はミマノミコトシロシメシて、

アダシクニは、本より主の定まれるがなければ、たゞビトもたちまち王になり、王もたちまちたゞ人にもなり、ホロびうせもする、古よりのナラハシなり、さて國を取むとハカりて、えとらざるモノをば賊といひてイヤしめにくみ、取得たる者をば、聖人といひてタフトアフぐめり、さればいはゆる聖人もたゞ賊のとげたる者にぞ有ける、カケまくもカシコきやアガスメラミコトはしも、るいやしき國々の王どもと、ヒトシなみには坐まさず、此御國をウミナシたまへりしカムロギノ命の、みづからサヅケ賜へるアマツヒツギにまして、天地の始より、大御ヲスクニと定まりたる天下にして、大御神のオホミコトにも、天皇アシく坐まさば、まつろひそとはノリたまはずあれば、く坐むもアシく坐むも、カタハラよりうかゞさひはかり奉ることあたはず、天地のあるきはみ、月日のテラす限は、いく萬代をても、ウゴき坐ぬ大君に坐り、故フルコトにも、ソノヨの天皇をしも神と申して、マコトに神にし坐ませば、ヨキアシうへのアゲツラひをすてゝ、ひたぶるにカシコウヤママツロフぞ、まことの道には有ける、然るを中ごろの世のみだれに、此道にソムきて、カシコくもオホキミカドイムカひて、スメラミコトをなやまし奉れりし、北條義時泰時、又足利尊氏などが如きは、あなかしこ、天照日大御神のオホミカゲをもおひはからざるキタナヤツコどもなりけるに、マガヒノ神の心はあやしき物にて、世人のなびき從ひて、ウミノコの末まで、しばらくサカヲリしことよ、抑此世を御照し坐ます天津日神をば、必たふとみ奉るべきことをしれども、天皇を必カシこみ奉るべきことをば、しらぬヤツコもよにありけるは、カラブミゴゝロにまどひて、彼國のみだりなるナラハシを、かしこきことにおもひて、正しき皇國の道をえしらず、今世を照しまします天津日神、卽天照大御神にましますことをウケず、今の天皇、すなはち天照大御神の御子に坐ますことをワスれたるにこそ、

アマツヒツギタカミクラは、

天皇のミツイデヒツギと申すは、日神の御心を御心として、其ミシワザツギが故なり、又そのミクラを高御座と申すは、唯に高き由のみにあらず、日神の御座なるが故なり、日には、タカヒカルともタカヒともヒダカとも申すフルゴトのあるを思へ、さて日神の御座を、ツギに受傳へ坐て、其御座にオホマシます天皇命にませば、日神にヒトシく坐ことウツナし、かゝれば、天津日神のおほみうつくしみをカヾフらむ者は、タレしか天皇命には、カシコヰヤタフトみて、ツカヘマツらざらむ、

あめつちのむた、ときはにかきはにウゴく世なきぞ、此道のアヤシクスシく、アダシクニの萬の道にすぐれて、タヾしきタカタフトシルシなりける、

漢國などは、道てふことはあれども、道はなきが故に、もとよりみだりなるが、世世にます亂れみだれてツヒにはカタヘの國人に、國はことくうばゝれはてぬ、は夷狄といひてイヤシめつゝ、人のごともおもへらざりしものなれども、いきほひつよくして、うばひ取つれば、せむすべなく天子といひて、アフるなるは、いともあさましきありさまならずや、かくてもズサはなほよき國とやおもふらむ、王のみならず、おほかたタフトきいやしきスヂさだまらず、周といひし代までは、封建のサダメとかいひて、此ワキありしがごとくなれど、それも王のスヂかはれば、下までも共にかはりつれば、まことはワキなし、秦よりこなたは、いよゝ此道たゝず、みだりにして、イヤシヤツコムスメも、君のメデのまにタチマチキサキの位にのぼり、王のムスメをも、すぢなきヲノコにあはせて、ハヂともおもへらず、又キノフまでヤマガツなりし者も、ケフはにはかに國の政とるタカキツカサにもなりノボるたぐひ、凡てタカキイヤシき品さだまらず、トリケモノのありさまにコトならずなもありける、

そも此道は、いかなる道ぞとタヅぬるに、天地のおのづからなる道にもあらず、

をよくわきまへて、かのカラクニの老莊などがコヽロと、ひとつにな思ひまがへそ、

人の作れる道にあらず、此道はしも、カシコきやタカミムスビノ神のミタマによりて、

中にあらゆる事も物も、ミナコトに此大神のみたまより成れり、

カムロギイザナギノ大神イザナミノ大神の始めたまひて、

よのなかにあらゆる事も物も、此二柱大神よりはじまれり、
天照大御神のウケたまひたもちたまひ、傳へ賜ふ道なり、カレココヲモテ神の道とは申すぞかし、
道と申す名は、書紀のイハレノイケノベノ宮の御卷に、始めて見えたり、されどは只、神をいつき祭りたまふことをさして云るなり、さて難波長柄宮の御卷に、カムナガラトハシタガヒ玉ヒテオ ルヲ也とあるぞ、まさしく皇國の道を廣くさしていへる始なりける、さて其由は、上に引ていへるが如くなれば、其道といひて、ことなるオコナひのあるにあらず、さればたゞ神をいつき祭りたまふことをいはむも、いひもてゆけば一むねにあたれり、然るを、からぶみに、聖人設ケテ神道、といふ言あるを取て、コヽにもナヅけたりなどいふめるは、ことのこゝろしらぬみだりゴトなり、其故は、まづ神とさすもの、コヽカシコと始より同じからず、かの國にしては、いはゆる天地陰陽の、ハカリガタアヤシきをさしていふめれば、たゞムナシき理のみにして、たしかに其物あるにあらず、さて皇國の神は、今のウツヽアメノシタシロシメス、天皇のミオヤに坐て、さらにかのムナシき理をいふ類にはあらず、さればかのカラブミなる神道は、ハカリガタクくあやしき道といふこゝろ、皇國の神道は、ミオヤノ神の、始め賜ひたもち賜ふ道といふことにて、其意いたくコトなるをや、

さて其道の意は、此フミをはじめ、もろイニシヘブミどもをよくアヂハひみれば、今もいとよくしらるゝを、世々のものしりびとゞもの心も、みな禍津日神にまじこりて、たゞからぶみにのみマドひて、思ひとおもひ、いひといふことは、みなホトケカラとのコヽロにして、まことの道のこゝろをば、えさとらずなもある、

は道といふコトアゲなかりし故に、古書どもに、つゆばかりもミチしきコヽロコトバも見えず、カレトネノミコを始め奉て、世々のモノシリビトども、道の意をえとらへず、たゞかのミチしきことこちたく云る、からブミコトのみ、心のソコにしみツキて、を天地のおのづからなる理と思る故に、すがるとは思はねども、おのづからそれにまつはれて、カナタへのみ流れゆくめり、さればアダシクニの道を道のタスクとなるべき物と思ふも、卽心のかしこへウバはれつるなりけり、大かた漢國のコトは、かの陰陽乾坤などをはじめ、モロ、もと聖人どものオノサトリをもて、おしはかりに作りかまへたる物なれば、うち聞には、ことわりフカげにきこゆめれども、カレカキツハナれて、外よりよく見れば、ナニばかりのこともなく、中々にアサはかなることゞもなりかし、されどムカシも今も世人の此カキツマヨヒイリて、イデハナれぬこそくちをしけれ、大御國のコトは、神代より傳へしまゝにして、いさゝかも人のさかしらをクハへざる故に、うはベはたゞアサと聞ゆれども、マコトにはそこひもなく、人のサトリハカラぬ、深きタヘなる理のこもれるを、其意をえしらぬは、かのカラクノブミカキツにまよひる故なり、をいではなれざらむほどは、たとひモヽトセチトセチカラをつくしてモノマナぶとも、道のためには、何のシルシなきいたづらわざならむかし、但し古書は、みなカラブミにうつして書たれば、彼國のことも、一わたりは知てあるべく、モジのことなどしらむためには、カラブミをも、いとまあらば學びつべし、ミクニダマシヒの定まりて、たゞよはぬうへにては、サマタゲはなきものぞ、

カレおのがミヽウケオコナふべき神道の敎などいひて、くさものすなるも、みなかの道々のをしへごとをうらやみて、近き世にかまへ出たるわたくしごとなり、

ことしくヒメゴトなど云て、人えりしてヒソカに傳ふるタグヒなど、皆後世にイツハリツクれることぞ、凡てよきことはいかにも世に廣まるこそよけれ、ひめかくして、あまねく人に知せず、オノワタクシモノにせむとするは、いとこゝろぎたなきわざなりかし、

あなかしこ、オホキミの天下しろしめす道を、シモシモとして、オノがわたくしの物とせむことよ、

下なるモノは、かにもかくにもたゞ上の御おもむけにシタガるこそ、道にはかなへれ、たとへ神の道のオコナひの、コトにあらむにても、を敎へ學びて、コトに行ひたらむは、上にしたがはぬ私事ならずや、

人はみな、ムスビノ神のミタマによりて、ウマれつるまに、身にあるべきかぎりのワザは、おのづから知てよくる物にしあれば、

ヨノナカイキとしいける物、鳥蟲に至るまでも、オノが身のほどに、必あるべきかぎりのわざは、ムスビノ神のみたまにヨリて、おのづからよく知てなすものなる中にも、人は殊にすぐれたる物とうまれつれば、又しかスグれたるほどにかなひて、知べきかぎりはしり、すべきかぎりはする物なるに、いかでか其をなほシヒ(マヽ》ことのあらむ、敎によらずては、えしらずえせぬものといはゞ、人は鳥蟲におとれりとやせむ、いはゆる仁義禮讓孝悌忠信のたぐひ、皆人の必あるべきわざなれば、あるべき限は、敎をからざれども、おのづからよく知てなすことなるに、かの聖人の道は、もと治まりがたき國を、しひてをさめむとして作れる物にて、人の必べきかぎりをスギて、なほきびしく敎へたてむとせるシヒゴトなれば、まことの道にかなはず、カレクチには人みなことしくイヒながら、まことにシカオコナふ人は、世々にいと有がたきを、天理のまゝなる道と思ふは、いたくたがへり、又其道にそむける心を、人慾といひてにくむも、こゝろえず、そもその人慾といふ物は、いづくよりいかなる故にていできつるぞ、それも然るべき理にてこそは、イデキたるべければ、人慾も卽天理ならずや、又モヽツギても、同ウヂどちマグハヒすることゆるさずといふサダメなど、かの國にしても、上代より然るにはあらず、周の代のさだめなり、かくきびしく定めたる故は、國のナラハシあしくして、オヤハラカラなどのアヒダにも、みだりなる事のみツネ多くて、ワキなく治まりがたかりし故なれば、かゝるサダメのきびしきは、かへりて國のハヂなるをや、すべてナニの上にも、サダメキビシきは、オカすものゝ多きがゆゑぞかし、さて其サダメサダメと立しかども、まことの道にあらず、人のコヽロにかなはぬことなる故に、したがふ人いとまれなり、ノチはさらにもいはず、はやく周の代のほどにすら、諸侯といふきはの者も、これを破れるが多ければ、ましてつぎはしられたり、姉妹などにさへタハけしアトもある物をや、然るをズサどもの、昔よりかく世人の守りあへぬことをば忘れて、いたづらなるさだめのみをとらへて、たけきことにいひ思ひ、又皇國をしひてイヤしめむとして、ともすれば、古兄弟まぐはひせしことをいひ出て、トリケモノのふるまひぞとそしるを、コヽモノシリビトたちも、是をばこゝろよからず、御國のあかぬことに思ひて、かにかくにいひまぎらはしつゝ、いまださだかにコトワトケることもなきは、かの聖人のさかしらを、かならずサルベキコトワリと思ひなづみて、なほ彼にへつらふ心あるがゆゑなり、もしへつらふこゝろしなくば、彼と同じからぬは、なにごとかあらむ、抑皇國の古は、たヾハラカラをのみキラひて、コトハライモセなどミアヒマシしことは、天皇を始め奉て、おほかたよのつねにして、イマノミヤコになりてのこなたまでも、すべてイムことなかりき、但しタフトイヤシきへだては、うるはしく有て、おのづからみだりならざりけり、これぞこのカムロギの定め賜へる、正しきマコトの道なりける、然るを後世には、かのから國のさだめを、いさゝかばかり守るげにて、コトハラなるをもイモと云て、マグハヒせぬことになも定まりぬる、されば今世にして、オカさむこそアシからめ、古は古の定まりにしあれば、アダシクニサダメノリとして、アゲツラふべきことにあらず、

いにしへの大御代には、しもがしもまで、たゞ天皇の大御心を心として、

天皇のオモホシメス御心のまにツカヘマツリて、オノが私心はつゆなかりき、

ひたぶるにオホミコトをかしこみゐやびまつろひて、おほみうつくしみのミカゲにかくろひて、おのもおのもオヤガミイツキマツリつゝ、

天皇の、オホオヤカミミマヘイツキマツリがごとく、オミムラジヤソトモノヲ、天下のオホミタカラに至るまで、オノ祖神を祭るは常にて、又天皇の、ミカドのため天下のために、アマツカミクニツカミモロをも祭が如く、下なる人どもゝ、事にふれては、サチモトむと、ヨキ神にこひねぎ、マガをのがれむと、アシキ神をもナゴめ祭り、又たま身にツミケガレもあれば、ハラヒキヨむるなど、みな人のコヽロにして、かならず有べきわざなり、然るを、心だにまことの道にかなひなば、など云めるすぢは、佛の敎へ儒のコヽロにこそ、さることもあらめ、神の道には、イタくそむけり、又アダシクニには、神を祭るにも、たゞ理をサキにして、さまアゲツラヒあり、淫祀など云て、いましむることもある、みなさかしらなり、凡て神は、ホトケなどいふなる物のオモムキとはコトにして、ヨキ神のみにはあらず、アシきも有て、心もシワザも、然ある物なれば、アシきわざする人もさかえ、ヨキワザする人も、マガることある、よのつねなり、されば神は、理アタリアタラヌをもて、思ひはかるべきものにあらず、たゞそのミイカリカシコみて、ひたぶるにいつきまつるべきなり、されば祭るにも、そのこゝろばへ有て、いかにも其神のヨロコび坐べきわざをなもべき、そはまづ萬イミキヨまはりて、ケガレあらせず、タヘたる限ウマキモノサワタテマツり、アルコトひきフエふきウタヒマひなど、おもしろきわざをして祭る、これみな神代のアトにして、古の道なり、然るをたゞ心のイタり至らぬをのみいひて、タテマツる物になすわざにもかゝはらぬは、カラゴヽロのひがことなり、さて又神を祭るには、ナニわざよりも先火をオモイミキヨむべきこと、神代書のヨミノクダリを見て知べし、カムワザのみにもあらず、大かた常につゝしむべく、かならずみだりにすまじきわざなり、もし火ケガるゝときは、禍津日神ところをえて、アラび坐ゆゑに、世中に萬マガゴトはおこるぞかし、かゝれば世のため民のためにも、なべて天下に、火のケガレイマまほしきわざなり、今の代には、タヾカムワザのをり、又神の坐トコロなどにこそ、かつも此イミは物すめれ、なべては然る事さらになきは、火のケガレなどいふをば、オロカなることゝおもふ、なまさかしらなるカラゴゝロのひろごれるなり、かくてカミノミフニトキヲシふる世々のモノシリビトたちすら、たゞカラゴゝロの理をのみ、うるさきまで物して、此イミコトをしも、なほざりにすめるは、いかにぞや、

ほどにあるべきかぎりのわざをして、オダヒしくタヌシく世をわたらふほかなかりしかば、

かくあるほかに、ナニヲシヘごとをかもまたむ、抑みどりに物敎へ、又テビトヾモモノツクるすべ、其外よろづのコトナルワザなどを敎ふることは、上代に、有けむを、かの儒佛などのヲシヘゴトも、いひもてゆけば、これらとコトなることなきにたれども、ワキマふれば同じからざることぞかし、

今はた其道といひて、コトに敎ウケて、おこなふべきわざはありなむや、

然らば神の道は、からくにの老莊が意にひとしきかと、或人の疑ひへるに、答けらく、かの老莊がともは儒者のさかしらをうるさみて、オノヅカラなるをたふとめば、おのづからたることあり、されどかれらも、大御神の御國ならぬ、キタナキクニに生れて、たゞ代々の聖人のコトをのみキヽなれたるものなれば、オノヅカラなりと思ふも、なほ聖人の意のおのづからなるにこそあれ、よろづの事は神の御心より出て、そのシワザなることをしも、えしらねば、オホムネイタくたがへる物をや、

もししひてモトむとならば、きたなきからぶみごゝろをハラひきよめてスガしきミクニごゝろもて、フルキフミどもをよくマナびてよ、シカせば、ウケオコナフべき道なきことは、おのづから知てむ、しるぞ、すなはち神の道をうけおこなふにはありける、かゝればカクまでアゲツラふも、道の意にはあらねども、マガビノ神のみしわざ、つゝナホえあらず、カムナホビノオホナホビノ神のミタマたばりて、このまがをもてナホさむとぞよ、

カミクダリ、すべてオノが私のこゝろもていふにあらず、ことフルキフミに、よるところあることにしあれば、よくむ人は疑はじ、

かくいふは、明和のヤトセといふとしの、かみな月の九日の日、伊勢飯高郡のミタミ、平阿曾美宣長、かしこみかしこみもしるす、

この著作物は1925年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。