「雁 (森鴎外)」の版間の差分
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僕は今この物語を書いてしまって、指を折って数えて見ると、もうその時から三十五年を経過している。物語の一半は、親しく岡田に{{Ruby|交|まじわ}}っていて見たのだが、他の一半は岡田が去った{{Ruby|後|のち}}に、図らずもお玉と相識になって聞いたのである。{{Ruby|譬|たと}}えば実体鏡の下にある左右二枚の図を、{{Ruby|一|いつ}}の影像として{{Ruby|視|み}}るように、前に見た事と後に聞いた事とを、照らし合せて作ったのがこの物語である。読者は僕に問うかも知れない。「お玉とはどうして相識になって、どんな場合にそれを聞いたか」と問うかも知れない。しかしこれに対する答も、前に云った通り、物語の範囲外にある。只僕にお玉の情人になる要約の備わっていぬことは論を{{Ruby|須|ま}}たぬから、読者は無用の臆測をせぬが{{Ruby|好|よ}}い。
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