「国士舘設立趣旨」の版間の差分

(ページの作成:「{{Header |title=国士舘設立趣旨 |year=1917 |notes= *1917年11月発表。 * 出典 『国士舘百年史』 史料編 上(国士舘百年史編纂委員会 専門委員会、2015年) {{DEFAULTSORT:こくしかんせつりつしゆし}} Category:その他 Category:日本の教育 }} ==国士舘設立趣旨== 物質文明の弊、日に甚だしく、人は唯だ科學智を重んじて、徳性涵養を忘る、今日に於て教育とは唯だ化…」)
 
 
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==国士舘設立趣旨==
物質文明の弊、日に甚だしく、人は唯だ科智を重んじて、徳性涵養を忘る、今日に於て教育とは唯だ化学智の売買たるのみ、此の如きは唯だ物質文明に終る、精神文明なくして国家豈に一日の安きを得んや、蓋し精神文明は物質文明を統一指導するものなり、精巧の武器、万種羅列するも、兵士起つて之運用するに非るよりは、戦場に何の効果なからん、吾人は精神文明と精神敎育とを此際に唱道して国家の柱石たる真知識を養成せん事を期す。
 
一国の最高学府はまた天下に公開されざるなり、若し公開さるるゝとするも、ノート式の講果は畢竟死学のみ、其説く高遠深邃なるが如きも、遂に之れ形式範畴のみ、何等の情熱なく、信念なし、人を化するの力なし、形式、規則、規律、試験、之れ今日の所謂教育なるものなり。
 
吾人茲に於てか卓落不覊、高く形式の外に立つの士に依り、膝を交へて親しく活学を講ずるの道場を開設せんと欲す、法三章、唯だ真に師たり弟たるの情誼に依つて之を維持せん事を期す、來る者は拒まず、去る者は追はず、天空海濶他の規束なく、唯だ自ら守る礼と節とを尚ぶのみ。