「闇の絵巻」の版間の差分
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{{header
| title = 『[[w:闇の絵巻|{{r|闇の絵巻
| author = 梶井基次郎
| translator =
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== 本文 ==
:最近東京を騒がした有名な強盗が捕まって語ったところによると、彼は何も見えない{{r|闇
:私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに{{r|爽快
:闇!そのなかでわれわれは何を見ることも出来ない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえ出来ない。何があるかわからないところへ、どうして踏み込んでゆくことが出来よう。もちろんわれわれは{{r|摺
:闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い{{r|安堵
:深い闇のなかで味わうこの安息は一体なにを意味しているのだろう。今は誰の眼からも隠れてしまった――今は巨大な闇と一如になってしまった――それがこの感情なのだろうか。
:私はながい間ある山間の療養地に暮していた。私はそこで闇を愛することを覚えた。昼間は金毛の{{r|兎
:私は好んで闇のなかへ出かけた。{{r|渓
:こうしたことは療養地の身を{{r|噛
:「おい。いつまで{{r|俺
:私はその療養地の一本の闇の街道を今も新しい印象で思い出す。それは渓の下流にあった一軒の旅館から上流の私の旅館まで帰って来る道であった。渓に沿って道は少し上りになっている。三、四町もあったであろうか。その間にはごく{{r|稀
:しばらく行くと橋がある。その上に立って渓の上流の方を眺めると、黒ぐろとした山が空の正面に立ち{{r|塞
:下流の方を眺めると、渓が瀬をなして{{r|轟々
:橋を渡ると道は渓に沿ってのぼってゆく。左は渓の崖。右は山の崖。行く手には白い電燈がついている。それはある旅館の裏門で、それまでの真直ぐな道である。この闇のなかでは何も考えない。それは行く手の白い電燈と道のほんのわずかの{{r|勾配
:街道はそこから右へ曲っている。渓沿いに大きな椎の木がある。その木の闇は至って巨大だ。その下に立って見上げると、深い大きな{{r|洞窟
:そこを過ぎると道は切り立った崖を曲って、突如ひろびろとした展望のなかへ出る。限界というものがこうも人の心を変えてしまうものだろうか。そこへ来ると私はいつも今が今まで私の心を占めていた煮え切らない考えを振るい落してしまたように感じるのだ。私の心には新しい決意が生れて来る。{{r|秘
:この闇の風景は単純な力強い構成を持っている。左手には渓の向うを夜空を{{r|劃
:ある夜のこと、私は私の前を私と同じように提灯なしで歩いてゆく一人の男があるのに気がついた。それは突然その家の前の明るみのなかへ姿を現わしたのだった。男は明るみを背にしてだんだん闇のなかへはいって行ってしまった。私はそれを一種異様な感動を持って眺めていた。それは、あらわに云って見れば、「自分もしばらくすればあの男のように闇のなかへ消えてゆくのだ。誰かがここに立って見ていればやはりあんな風に消えてゆくのであろう」という感動なのであったが、消えてゆく男の姿はそんなにも感情的であった。
:その家の前を過ぎると、道は渓に沿った杉林にさしかかる。右手は切り立った崖である。それが闇のなかである。なんという暗い道だろう。そこは月夜でも暗い。歩くにしたがって暗さが増してゆく。不安が高まって来る。それがある極点にまで達しようとするとき、突如ごおっという音が足下から起る。それは杉林の切れ目だ。ちょうど真下に当る瀬の音がにわかにその切れ目から押し寄せて来るのだ。その音は{{r|凄
:もうそこからは私の{{r|部屋
:闇の風景はいつ見ても変らない。私はこの道を何度ということなく歩いた。いつも同じ空想を繰り返した。印象が心に刻みつけられてしまった。街道の闇、闇よりも濃い樹木の闇の姿はいまも私の眼に残っている。それを思い浮かべるたびに、私は今いる都会のどこへ行っても電燈の光の流れている夜を薄っ{{r|汚
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