にも孝をつくし。夫にも能したがひ。現世も安穏に
くらし。後生には極楽へ参らんと思い。ずいぶん念仏
をわするなと。いとねんごろにしめしたまへば。其時に
菊名主年寄に向て申やう。只何とぞ御訴訟なさ
れわらわを出家させてたべとぞ願ひける。時に兩人詞をそろへ。和尚に向て又申やう。只今の仰せ御尤
に候。さりながら親と夫と二人の事は。我〻何とぞ
才覚仕りいか様成よめをもむかへ。金五郎にあわせ候
ひて。与右衛門をば介抱させ候はん。さて菊をば比丘尼に
仕。少庵をもむすびあたへ村中の斎坊主と定め
申度候。其故は羽生村の者ども。年來因果の
道理をもわきまへず。邪見放逸にくらし候所に。此度
菊が徳により。みな〳〵善心を起し昼夜後世のいとなみ
を仕る事。これはひとへに此娘の大恩にて候へば。いかにも
かれが願ひのまゝに。剃髪なされ候はゝ。我々の報恩と
存じ奉らんなどゝ。詞をつくして申ける時和尚のたま
わく。あら事くどし何といふ共。我は剃髪せざるに
先〻方丈へも礼にあがり。十念もうけ候へと寮を
せりたて給へば。人〻是非なく畏て候とて。すなはち方
丈に罷出。兩役者を以て申上れば。みな〳〵召出さ
れ。十念さづけたまひて。さて方丈の仰せには。菊
よかまへて〳〵地獄極楽をわすれず。よく念佛して