十念したまへば。二人の者目をさまし。是は御出候かとて
おきなおる時。和尚のたまわく。各〳〵は何のための番
ぞや。いねたるなと仰せらるれば。二人の者申やう。いかでし
ばしもやすみ申さん。宵のまゝにて菊も正躰なくいね申
候。其外何のかわたりたる義も御座なく。夜もいまだ明
やらず候まゝ。しばしやすらひ御左右も申さまじなど。かれこれ
いふ内に。菊も目さましうづくまり。ぼうぜんたるていなり
和尚其有様を見たまへは。嵐も寒きあけがたの。内も
さながらそと成家に。かきかたびらのつゞれひとへ。目も
當てられぬていたらく。縦ひ死灵ものゝけははなれたり共
寒気はだへをとをすならば。何とて命のつゞくべき
と思しめし。名主年寄を恥しめ。各〻は餘り心づきなし。
いかで此菊に。古着ひとへはきせたまわぬ。かれが夫はいづく
に在ぞとよびたまへば。金五郎よろをい出て。古むしろ
を打はたき。菊がうへゝおゝはんとすれば。菊がいわくいや
とよおもしきすべからずといふ時。名主年寄申すやうは
そのぶんはたつて御苦労になさるまじ。所のものゝならひ
にて生れなから。みなかくのことしといへは。和尚のたま
わくそれは達者にはたらくものゝ事よ此女はまさしく
正月はしめより煩付。ものもくらはでやせおとろへたるもの
なれば。とにかくに各〳〵が。めぐみなくてはそだつまじ
万事頼むとのたまへば。二人の者畏て此上は。随分