「渚 (国木田独歩)」の版間の差分

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=== 二 単調 ===
:君の手紙を見ると色々な事が言いたくなる。{{r||しか}}し口から耳へでないから{{r||もどか}}しく感ずるばかりだ。
:この三四日晴天続きで病人には幸福である。{{r|日出|ひいず}}るより{{r|日入|ひい}}るまで{{r||えん}}{{r||めぐ}}って日光が{{r|射込|さしこ}}むから随分温暖である。温暖は僕に取って何よりの{{r|薬餌|やくじ}}だ。{{r||ただ}}{{r|東風|とうふう}}が太平洋から{{r||しき}}りなしに吹きつけるから壮健者はともかく僕は外出が困難である。海浜に居て風のない日を求めるのは求める方が無理かも知れない。
:霧は絶無だ、空気は澄みきっておる。近郊には林を見受ない、ただ見渡す限り平板な畑が際限なく連なっているばかり。かくて海も単調、{{r||おか}}も単調、これがこの地の特色とでも言おうか。とても{{r|南方|みなみ}}の国の海岸のように参らない伊豆半島の如く{{r|高嶺|こうれい}}の半腹を無心の雲が{{r|悠々|ゆうゆう}}浮動するなど思いも及ばぬことだ。さればとて又{{r|武蔵野|むさしの}}郊外の{{r|雑木林|ぞうきばやし}}{{r|風趣|おもむき}}など薬に為たくも無い。
:単調又た単調!
:{{r|淼漫|びょうまん}}たる太平洋を{{r||なが}}め入れば実に単調その物である。その広大なるだけそれだけ単調の感が深い。そして更に単調なる大空が無際限の色をその上に{{r||たれ}}て、水と空と相呼応しているのを眺めては、{{r||つい}}に宇宙その物の単調を思わざるを得ない。
:単調は『氷結せる{{r|永遠|エクニテイー}}』の声だ。単調は死滅だ。実に人をして消魂に{{r||}}えざらしむる。神秘!神秘!ここに{{r||おい}}て人が神秘に{{r|唯一|ゆいつ}}{{r|逃路|にげみち}}を求めるのは是非もない事だと僕は思う。
 
 
=== 三 田舎町 ===