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   〈朝へ〉
   〈朝へ〉


二人の 侏儒が
黄金の鍵で
十二の窓を つぎつぎに開けてゆく。
じゃボーン ボーン ボーン ボーン……
爽やかな 光の喊声をあげて
緑の朝が 五人の皇子に駈けつけてくる。
牛や家鴨や蛙や 陽炎や兵隊たちが
天国の花々のように 馥郁といりみだれて踊
 りはじめる


 じゃボーン ボーン ボーン ボーン――

 ああ響くひびく 白亜の時圭台が、まぼろ

 しの {{ruby|童話|メルヘン}}の時圭台が……夜から朝へ――

 わたしは眠りより醒めながらに 手足を伸

 ばす。蜻蛉が殻を脱ぐように その濡れい

 ろの透翅を徐々に伸ばしてゆくように。
悪童は
{{right|〈昭和十六年、日本詩壇〉}}
 いつか――泣き疲れて眠ったが――

来る春に 住く春に
白い葩 咲かせつつ……散らせつつ……
杏の樹
朽ちていまは哀れに
母もまた 老いて
なかなかに忿り給わず
ああ、色褪せたむらさきの母の紐よ
悪童は
鬚も――{{ruby|強|こわ}}げに {{ruby|戯|いたず}}らの{{ruby|歳|とし}}月も数えて

夕べ
{{ruby|現|うつつ}}なく 夢となく
まぼろしの 白い葩が散るので
母はひとしおなつかしいのであろう
古しえの 清く優しく
いまになお 青い眉 ほのかに忿らせて
杏の樹に縛りつける
悪童の
心に――暮れのころ むらさきの母の紐。
{{right|〈昭和十六年、日本詩壇・生活風景〉}}
</poem>
</poem>
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<section begin="fall_oldman_statue"/>{{nop}}
<section begin="dark_storm"/>{{nop}}
== 晩秋老爺の像 ==
== 杳き暴風 ==
<poem>
<poem>
海のかなた はろかに
いつの頃よりか
とおざかりゆく {{ruby|暴風|あらし}}
薄陽のなかに
わが死は
目をほそめ
かく靜かに――かく寂しく――
かすかに首を揺りい結う父なりけり
雪雲垂るる 曠野の涯
述懐の 緑の{{ruby|裳衣|ころも}} ぬぎ棄てて
はらはらと……
慄然と 佇む
はらはらと……
いっぽんの 裸木
またしてもはらはらと
   かかるとき 漆黒の大鴉
かそけきものは 落葉の気配――
   夕昏の 枯梢に{{ruby|凍|い}}てて
父よ
   ――啼かず 翔ばず
{{ruby|汝|いまし}}は耳かたむけて 黙念となにを想うや
わが太陽は 虚しく
{{ruby|常|とこ}}闇の瞑府に沈む。


歳月とともに
〈――みはるかす 霞のなかの花の{{ruby|経|みち}} 歩み
友情の花束も 色褪せゆかむ。
 佇み仰ぎたる 雲白き故郷の山
わが死を歎く {{ruby|背属|うから}}らも
うつつなのかの火虹いまも懸るや
やがては めでたく この世を終えむ
 ――はたまたは とどろに猛き孟夏の日 {{ruby|挑|いど}}
かくて 後の世に
 み爭い航りたる 浪荒き異国の海
{{ruby|畸|く}}しきを訪う 旅人が
絢爛の檣燈いまも走るや〉
世に人にいれられざりし {{ruby|詩人|うたびと}}の
至福なるわが永却の {{ruby|熟瞳|うまい}}をさます杖もあら
 じ。


その{{ruby|附近あたり|}}
崖のごとく
紫の{{傍点|すみれ}}など ほのかに匂い
黝く削られし頬にぞ
白骨は 青苔に{{ruby|露|あら}}われて
芒なす鬚――そうそうと{{ruby|白銀|しろがね}}にそよげる貌の
轣轆と 響き
かぎりなく{{ruby|淨|きよ}}く 寂しく {{ruby|尊|たか}}くはおぼゆれど
寥冷と {{ruby|耀|ひか}}る
光なきその瞳 いろ褪せしその唇
よろ{{ruby|匍|ば}}い {{ruby|翳|かげ}}ろう {{ruby|墓標|おくつき}}に
尖りたるその掌をあげて
春風秋雨――ひそひそやかにめぐりめぐりて
虚しく叫び給うに
 ――
若き日の太陽――ふたたびは汝に返す術なけ
 れ。


{{ruby|水平線|ホリゾント}} かすかに
風白く 去りゆきければ
消えてゆく{{ruby|暴風|あらし}}のごとく
粛條と 時雨きたりて
わが臨終は 孤り 微笑えみつつ
この庭面 いちはやく冬づきそめにし
靜かにしづかに――寂しくさみしくあれよ、
一匹の蛾
 と。
屈みたる その肩にとまりて
{{ruby|汚点|しみ}}のごとく動かず
父もまた ひっそりと坐して塑像のごとし。
{{right|〈昭和十六年、日本詩壇〉}}
{{right|〈昭和十六年、日本詩壇〉}}
</poem>
</poem><section end="dark_storm"/>
<section end="fall_oldman_statue"/>
<section begin="pendulum"/>{{nop}}
== 振子 ==
<poem>
   青い鸚鵡を尋ねて、七ツの海洋を航っ
   たが、わたしは幸福のかわりに、深い
   悔恨の傷心を得て、いま故郷の 白亜
   の時圭台に眠る。希望と絶望の振子を
   聽きながら――
   〈夜から〉

二人の 侏儒が
黄金の鍵で
</poem><section end="pendulum"/>