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かにこゝに曇れると見ゆる所なく、隈なくにほひきらきらしく見まほしきさまぞし給へる。物思ひに沈み給へる程のしわざにや、髮の裾少しほそりてさばらかにかゝれるしもいともの淸げに、出處彼處いとけざやかなるさまし給へるを、かくて見ざらましかばとおもほすにつけてはえしも見すぐし給ふまじくや。かくいと隔なく見奉りなれ給へど、なほおもふにへだゝり多く怪しきがうつゝの心地もし給はねば、まほならずもてなし給へるもいとをかし。「年頃になりぬる心地して見奉るも心安くほいかなひぬるをつゝみなくもてなし給ひて、あなたなどにも渡り給へかし。いはけなきうひ琴ならふ人もあめるを諸共に聞きならし給へ。後めたくあはつけき心もたる人なき所なり」と聞え給へば、「のたまはむまゝにこそは」と聞え給ふ。さもあることぞかし。暮方になる程に明石の御方に渡り給ふ。近き渡殿の戶押しあくるより御簾の內の追風なまめかしく吹き匂はして、物より殊にけだかくおぼさる。さうじみは見えず。いづらと見まはし給ふに、硯のあたり賑はゝしく草子ども取り散らしたるを取りつゝ見給ふ。唐のとうぎやうきのことごとしきはしさしたるしとねにをかしげなるきんうちおき、わざとめきよしある火桶に侍從をくゆらかして物ごとにしめたるに、えびかうのかのまがへるいとえんなり。手習どもの亂れうち解けたるもすぢかはりゆゑある書きざまなり。ことごとしくさうがちなどにもざえがらずめやすく書きすさびたり。小松の御返しをめづらしと見けるまゝに、あはれなるふることゞも書きまぜて、

 「めづらしや花のねぐらに木づたひてたにのふる巢をとへる鶯。聲待ち出でたる」なども