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を」とのたまへば、うちとけたるすみかにすゑ奉りて後ろめたう忝しと思へど、寢殿に參りたればまだ格子もさながら梅のかをかしきを見いだして物し給ふ。よき折かなと思ひて、「御琴の音いかにまさり侍らむと思ひ給へらるゝよるのけはひにさそはれ侍りてなむ。心あわたゞしき出入にえうけたまはらぬこそ口をしけれ」といへば、「聞き知る人こそあなれ。もゝしき行きかふ人の聞くばかりやは」とて召し寄する者もあいなう、いかゞ聞きたまはむと胸つぶる。ほのかに搔きならし給ふ。をかしう聞ゆ。何ばかり深き手ならねど物のねがらのすぢ異なる物なれば聞きにくゝもおぼされず。いといたう荒れわたりてさびしき所に、さばかりの人のふるめかしう所せくかしづきすゑたりけむ名殘なく、いかにおもほし殘すことなからむ。かやうの所にこそは昔物語にも哀なる事どもありけれなど思ひ續けて、物やいひ寄らましとおぼせど、うちつけにやおぼさむと心耻しくてやすらひ給ふ。命婦かどあるものにて、いたう耳ならさせ奉らじと思ひければ、「曇りがちに侍るめり。まらうどの來むと侍りつる厭ひがほにもこそ。今心のどかにを。み格子まゐりなむ」とていたうもそゝのかさで歸りたれば「なかなかなる程にても止みぬるかな。物聞き分く程にもあらで妬う」とのたまふ。氣色をかしとおぼしたり。「おなじくばけぢかき程のけはひ立聞きせさせよ」とのたまへど、心にくゝてと思へば、「いでやいとかすかなる有樣に思ひ消えて心苦しげに物し給ふめるを、後ろめたきさまにや」といへば、「げにさもあること、俄かに我も人もうち解けて語らふべき人のきははきはとこそあれなど、哀に覺さるゝ人の御程なれば、猶さやうの氣色をほのめか