「言霊」の版間の差分

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現代表記
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14行目:
土地と人民との二の原質を備へたる國を支配する所作を稱へたる詞に付いて國〻にて種〻なるが支那にては國を有つといへり有つとは我か物にし我が領分にして手に入るゝ心にて俗に一の屋敷を手に入れた或は一の山を我がものにしたといふと同し意なり詩經に奄有天下とあり奄有すとは掩ひかふせて手に入るゝ心にして天下は廣大なるものなりしかはかく稱へしものとそおほゆるこれ國土國民を物質樣に一の私産と見たるものにして中庸には富有天下ともいへり一人にして天下を私有するは穩ならぬ詞なれは彼支那の聖人は此の詞を脩飾するために有{{2}}天下{{1}}而不{{re}}與といへれと不與といふことゝ有つといふことは一句の言語の中に意義の矛盾ありともいふへし其の後政治の思想稍進みては治國又經國なといふ詞を用ゐるにいたれりこの治むといひ經すといふは亂れたる絲の筋〻を揃ふる心にして稍精微なる文字なれとも猶專ら物質上の意想に成立ちたるものなり
 
又人民に對しては如何なる作用言を用ゐたるかといふに民を御すといひ又は民を牧すといへり御すとは馬を使ひ牧すとは羊を畜ふことにしてこれ人民を馬羊に喩へたる太古未開の時のおほらかなりし思想をのまゝ画たるものなり
 
歐羅巴にて國土を手に入れたることを何といひしかと問ふに國を占領すといへり占領といふ詞は(オキュパイド)やがて奪ふといふ意味をも含めり又人民に對しては(ゴーウルメ)船の舵を執る意味の詞を用ゐたり即支那にて御すといひ牧すといひしと同しく人民を一つ物質に見なしたるより轉用したるものなり支那も西洋も昔の人の國土人民に對せし作用言はいと踈かなる語を用ゐたるものにして國土を繩張して己れの領分にすといふことを目的とし人民を一の品物と見て手綱を付け舵を取りて乘り治むといふあしらひをもて稱へたるもへき偖御國にては古來此の國土人民を支配することの思想を何と稱へたるか古事記に建御雷神を下したまひて大國主神に問はしめられし條に汝之宇志波祁流葦原中國者我御子之所知國言依賜とありうしはぐといひしらすといふこの二つの詞そ太古に人主の國土人民に對する働きを名けたるものなりきさて一はうしはぐといひ他の一はしらすと稱へたまひたるには二つの間に差めなくてやあるへき大國主神には汝がうしはげると宣ひ御子のためにはしらすと宣ひたるは此の二つの詞の間に雲泥水火の意味の違ふことゝそ覺ゆるうしはぐといふ詞は本居氏の解釋に從へば即ち領すといふことにして歐羅巴人の「オキユパイド」と稱へ支那人の富有奄有と稱へたる意義と全く同しこは一の土豪の所作にして土地人民を我か私産として取入れたる大國主神のしわざを画いたるあるへし正統の皇孫として御國に照し臨み玉ふ大御業はうしはぐにはあらすしてしらすと稱へ給ひたり其の後神日本磐余彦等の御稱名を始馭國天皇と稱へ奉り又世〻の大御詔に大八洲國知ろしめす天皇と稱へ奉るをば公文式とは爲されたりされはかしこくも皇祖傳來の御家法は國をしらすといふ言葉に存すといふも誣ひたりとせす國を知り國を知らすといへるは各國に比較を取るへき詞なし今國を知る國をしらすといふことを本語のまゝ意譯を用ゐすして支那の人西洋の人に聞かせたらば其の意味を了解するに困むへしそは支那の人西洋の人には國を知り國をしらすといふことの意想は固よりその腦隨の中に存せされはなり知るといふことは今の人の普通に用ゐる詞の如く心にて物を知るの意にして中の心と外の物との關係をあらはしさて中の心は外の物に臨みて鏡の物を照すごとく知り明むる意なり西洋人の論理法に從ひて解釋するときは主觀樣に無形の高尚なる性靈心識の働きをあらはしたるものにして奄有といひ占領といひうしはくといへるは專ら客觀樣に有形の物質上の關係をあらはしたるものなり古書にしらすといふ言葉に御の字を當てたるは當時の歴史を編む人適當なる漢字なきに苦しみ是を借用ゐたるにて固より言語の意味には適はぬ文字なり