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 それに交換手のいる所が、会社では一番広い庶務室で、そこは冬は日当りがよく、夏は風通しがよく、集会所には持つて来いなので、昼休みの時間と云うと、水草を追う遊牧の民のように、あちこちからわい{{く}}集つて来る。中には工場の仕事着のまゝ異様な風体のものも交つている。庶務の室は往来に面しているし、門からも直ぐで、交換手が受付けを兼ねていると云う程だから、どうしても外来の客の眼につき易い。そこで重役は社員達がこゝへ集るのをひどく嫌つて、その為に庶務主任は極つて月に一度や二度は叱言を食うが、遊牧民は中々そんな事位では僻易しやしない。叱言を食つた日位はいくらか大人しくしているが、翌日の昼にはもうけろりと忘れたように、わい{{く}}寄り集まる。
 
 それに交換手のいる所が、会社では一番広い庶務室で、そこは冬は日当りがよく、夏は風通しがよく、集会所には持つて来いなので、昼休みの時間と云うと、水草を追う遊牧の民のように、あちこちからわい{{く}}集つて来る。中には工場の仕事着のまゝ異様な風体のものも交つている。庶務の室は往来に面しているし、門からも直ぐで、交換手が受付けを兼ねていると云う程だから、どうしても外来の客の眼につき易い。そこで重役は社員達がこゝへ集るのをひどく嫌つて、その為に庶務主任は極つて月に一度や二度は叱言を食うが、遊牧民は中々そんな事位では僻易しやしない。叱言を食つた日位はいくらか大人しくしているが、翌日の昼にはもうけろりと忘れたように、わい{{く}}寄り集まる。
   
 庶務室に集まる技術員の中には、二十台{{sic}}の独身の若者もあれば、三十を超した妻子のある中年男もある。彼等の多くは五時の退社時間と一緒に、この交換手の事などは忘れて終うんだけれども、少くとも昼休みの一時間だけは、誰一人彼女に興味を持たないものはない。極端に云えぱ、この一時間と云うものはすべての事が、彼女を中心にして働いていると云つて好い。会計係の七十に近い老人さえ、彼女に揶揄つたりするのだからね、なに君が最も激しいんだろうと、交つ返してはいけない。
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 庶務室に集まる技術員の中には、{{sic|二十台|二十代}}の独身の若者もあれば、三十を超した妻子のある中年男もある。彼等の多くは五時の退社時間と一緒に、この交換手の事などは忘れて終うんだけれども、少くとも昼休みの一時間だけは、誰一人彼女に興味を持たないものはない。極端に云えぱ、この一時間と云うものはすべての事が、彼女を中心にして働いていると云つて好い。会計係の七十に近い老人さえ、彼女に揶揄つたりするのだからね、なに君が最も激しいんだろうと、交つ返してはいけない。
   
 
 交換手は藤田みきと云つてね、僕が高工を出て技術で会社へ這入つた時分には、十五六の小供だつたんだが、今は二十一か二だろう。すつかり大人になつて終つたんだ。全く女の子が十七八から二三年の間にめき{{く}}と成熟するには驚くね。つい先頃までいつでも鼻を垂らしているような萎びた小ぽけな子供で、従つて、給仕かせい{{ぐ}}給仕上りの二十までの少年が彼女を取巻いて、子供らしい会話をしていたのに過ぎないのに、いつのまにか背がすく{{く}}と伸びて、皮樹がはち切れるように膏切つて、甘酸つぱいような体臭が、ぷん{{く}}と発散して、こう湿んだ眼で異性を見上げるようになつて終つた。そうすると不思議な事には彼女の周囲からは、彼女と同年配或いはそれ以下の少年達はすつかり影をひそめて終つて、今までは彼女を振り向いても見なかつた成人した男達が、替つて彼女を取巻く事になつた。全く変さね。
 
 交換手は藤田みきと云つてね、僕が高工を出て技術で会社へ這入つた時分には、十五六の小供だつたんだが、今は二十一か二だろう。すつかり大人になつて終つたんだ。全く女の子が十七八から二三年の間にめき{{く}}と成熟するには驚くね。つい先頃までいつでも鼻を垂らしているような萎びた小ぽけな子供で、従つて、給仕かせい{{ぐ}}給仕上りの二十までの少年が彼女を取巻いて、子供らしい会話をしていたのに過ぎないのに、いつのまにか背がすく{{く}}と伸びて、皮樹がはち切れるように膏切つて、甘酸つぱいような体臭が、ぷん{{く}}と発散して、こう湿んだ眼で異性を見上げるようになつて終つた。そうすると不思議な事には彼女の周囲からは、彼女と同年配或いはそれ以下の少年達はすつかり影をひそめて終つて、今までは彼女を振り向いても見なかつた成人した男達が、替つて彼女を取巻く事になつた。全く変さね。
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