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14 イエス之を見て曰けるハ往て己を祭司に見せよ彼等ゆく間に潔られたり
15 その一人己が醫されたるを見て歸來り大聲に神を崇め
16 イエスの足下に俯伏て謝せり彼ハサマリア人なり
17 イエス答て曰けるハ潔られし者は十人に非や其九人ハ何處に在か
18 この異邦人の外に神に榮を歸せんとて返たる者あらざる乎
19 また彼に曰けるハ起て往なんぢの信仰なんぢを救り
20 神の國は何の時きたる乎とパリサイの人に問れけれバイエス答て曰けるハ神の國ハ顯れて來ものに非ず
21 此に視よ彼に視よと人の言べき者にも非ず夫神の國ハ爾曹の衷に在
22 また弟子に曰けるハ爾曹人の子の一日を見たく欲ふ日きたらん然ども見ざるべし
23 人々なんぢらに此に見よ彼に見よと曰ん然ども往なかれ從ふ勿れ
24 それ電光の天の彼處より閃き天の此處に光が如く人の子も其日に如此あるべし
25 然ど人の子かならず先おほくの苦を受また此世の人に棄られん
26 ノアの時に有し如く人の子の時にも然あるべし
27 即ちノア方舟に入し日まで衆人食飮 嫁 娶など爲たりしが洪
[千七百七十九] 水きたりて彼等を滅せり
28 又ロトの時にも如此ありき衆人食飮、貿易、樹藝、構造など爲たりしに
29 ロト、ソドムより出し日天より火と硫磺を雨せて彼等をみな滅せり
30 人の子の顯るゝ日にも亦かく有べし
31 其日にハ人屋上に在バ其器具室に在とも之を取んとて下なかれ亦田畑にある者も同く歸なかれ
32 ロトの妻を憶へ
33 凡そ其生命を救んとする者ハ之を失ひ若その生命を失はん者ハ之を存べし
34 我なんぢらに告ん其夜ふたり同床に在んに一人ハ執れ一人ハ遺さるべし
35 二人の婦ともに磨ひき居んに一人ハ執れ一人ハ遺さるべし
36 かれら答て曰けるハ主よ此事何處に有や彼等に曰けるハ屍の在ところにハ鷲あつまらん
[1] イエスまた人の恒に祈禱して沮喪すまじき爲に譬を彼等に語けるハ
2 或邑に神を畏ず人を敬ハざる裁判人ありけるが
3 其邑に嫠婦ありて我を我仇より救たまへと曰て彼に至しに
4 かれ久く肯ハざりしかど其のち心の中に思けるハ我神を畏ず人をも敬ハざれど
5 此嫠われを煩せバ彼が絶ず來て我を聒さゞる爲に之を救ハん
6 主いひけるハ不義なる裁判人の言し事を聽
7 況て神ハ晝夜祈る所の選たる者を久く忍とも終に救ざらんや
8 我なんぢらに告ん神ハ速に彼等を救ハん然ど人の子きたらんとき信を世に見んや
9 又みづから義と意ひ人を輕むる或人にイエス此譬を語れり
10 二人祈んとて殿に登りしが其一人ハパリサイの人一人ハ税吏なりき
11 パリサイの人たちて自ら如此いのれり神よ我ハ他の人の如く強索、不義、姦淫せず亦この税吏の如くにも有ざるを謝す
12 われ七日間に二次断食し又すべて獲ものゝ十分の一を獻たり
13 税吏ハ遠に立て天をも仰ぎ見ず其胸を拊て神よ罪人なる我を憐み給と曰り
14 我なん
[千七百八十] ぢらに告ん此人ハ彼人よりハ義と爲れて家に歸たり夫すべて自己を高る者ハ卑られ自己を卑す者ハ高らるべし
15 イエスに按られんがため人々嬰孩を携來りしに弟子たち見て之を責たり
16 イエス嬰孩を呼び弟子に曰けるハ嬰孩を我に來せよ彼等を禁る勿れ神の國に居者ハ此の如き者なり
17 誠に爾曹に告ん凡そ嬰孩の如に神の國を承ざる者ハ之に入ことを得ざる也
18 或宰とふて曰けるハ善師よ永 生を嗣ために我なにを行べき乎
19 イエス彼に曰けるハ何ぞ我を善と稱や一の外に善者ハなし即ち神なり
20 誡ハ爾が知ところなり姦淫する勿れ殺なかれ竊なかれ妄 證を立る勿れ爾の父と母とを敬へ
21 答けるハ是みな我幼より守れる者なり
22 イエス之を聞て曰けるハ爾なほ一を虧その所有を悉く售て貧者に施せ然バ天に於て財あらん而して來り我に從へ
23 かれ大に富る者なりしかバ之を聞て甚く憂たり
24 イエスその甚く憂しを見て曰けるハ富る者の神の國に入ハ如何に難かな
25 富る者の神の國に入より駱駝の針の孔を穿ハ却て易し
26 之を聞る者ども曰けるハ然バ誰か救を受べき乎
27 イエス曰けるハ人の爲得ざる所ハ神の爲得ところ也
28 ペテロ曰けるハ我儕一切を捨て爾に從へり
29 イエス彼等に曰けるハ誠に爾曹に告ん凡そ神の國の爲に家あるひハ父母あるひハ兄弟あるひハ妻あるひハ兒女を捨る者ハ
30 今世にて幾倍をうけ來世にハ永 生を受ざる者なし
31 イエス十二の弟子を携ひて之に曰けるハ我儕エルサレムに上る人の子に就て預言者の錄されし事ハみな應らるべし
32 夫人の子ハ異邦人に解され戯弄凌辱られ唾せらるべし
33 且かれら鞭撲て之を殺さん又第三日に甦るべし
34 弟子この語を少も達ず亦この言る事かれらに隱たり亦その語れる言
[千七百八十一] を知ざりき
35 イエス、エリコに近よれる時ある瞽者道の旁に坐して乞たりしが
36 大衆の過を聞て此ハ何事ぞと曰けれバ
37 人々ナザレのイエスの過なりと告
38 瞽者よバゝり曰けるハダビデの裔イエスよ我を衿恤たまへ
39 前だち行者ども黙止と之を斥れども愈ダビデの裔よ我を衿恤たまへと呼れり
40 イエス立止り彼を携來と命ず瞽者ちかよりけれバ
41 イエス彼に問けるは爾われに何を爲れんと欲ふや答けるハ主よ見なん事を欲ふ
42 イエス彼に曰けるハ見ことを受よ爾の信なんぢを救へり
43 彼やがて見て神を榮てイエスに從ひぬ民みな之を見て神を讃美たり
[1] イエス、エリコに入て經往とき
2 ザアカイと云る人あり税吏の長にて富る者なり
3 イエスハ如何なる人なるか見んと欲ども身量ひくけれバ大衆なるに因て見ことを得ず
4 彼を見んとて趨ゆき桑樹に升れりイエスその道を過んとする故なり
5 イエス此に來り仰て彼を見いひけるハザアカイよ速ぎ下れ我今日かならず爾の家に宿らん
6 彼いそぎ下り喜てイエスを迎たり
7 衆人これを見てみな怨言いひけるハ彼ハ往て罪ある人の客と爲れり
8 ザアカイ起て主よ我所有の半を貧者に施さん若われ誣訴て人より収たる所あらバ四倍にして之を償のふべし
9 イエス彼に曰けるハ今日この家すくはるゝことを得たり蓋この人もアブラハムの裔なれバ也
10 それ人の子ハ喪ひし者を尋て救ん爲に來れり
11 衆人この言を聞る時また譬を設て曰り此ハエルサレムに近かつ衆人神の國たゞちに顯明るべしと意が故なり
12 ある貴者みづから領地を受て歸んとて遠國へ往時
13 十人の僕を召て彼等に金十斤を予て曰けるハ我來まで商賣せ
[千七百八十二] よ
14 その國民かれを憾て後より使を遣し曰けるハ我儕この人を王とする事を欲ず
15 領地を受て歸し時おのゝゝ商賣して幾何の利を得たるかを知んとて金を予おきたる僕等を召と命じぬ
16 初の一人きたりて曰けるハ主よ爾の一斤ハ十斤の利を得たり
17 主人いひけるハ兪善僕よ爾ハ少者に忠なれバ十の邑を宰どるべし
18 また次の一人きたりて曰けるハ主よ爾の一斤ハ五斤の利を得たり
19 主人いひけるハ爾も五の邑を宰どるべし
20 また一人きたりて曰けるハ主よ爾の一斤ハ此に在われ手巾に裹て藏置たりき
21 蓋なんぢ嚴 人なるが故に我おそれたり爾置ざる者をとり播ざる者をかる人なれバなり
22 主人いひけるハ惡 僕よ我なんぢの口に因て爾を鞫べし爾われハ嚴 者にて置ざる者を取まかざる者を穫と知
23 然に何ぞ我來るとき本と利を得んが爲に我金を兌錢肆に預ざりしや
24 遂に傍に立る者に曰けるハ此人の一斤を取て十斤有る者に與よ
25 衆人主人に曰けるハ主よ其人すでに十斤を有り
26 主人いひけるハ我なんぢらに告ん夫有者ハ與られ不有者ハ其所有ものまでも取るべし
27 且わが敵すなハち我支配を欲ざる者を此に曳來りて我前に誅せ
28 イエス此事を言しのち衆人に先だちてエルサレムに上れり
29 橄欖と名る山に靠るベテパゲとベタニヤに近づける時その弟子二人を遣さんとて曰けるハ
30 對面の村にゆけ彼處に入バ人の未だ乗ざる所の繋たる驢駒に遇べし其を解て牽來れ
31 もし誰か爾曹に何ゆゑ解やと問者あらバ如此こたふべし主の用也
32 遣されたる者往けれバ果て其語たまへる如く遇ぬ
33 かれら驢駒を解とき其主等かれらに何ぞ驢駒を解やと曰しかバ
34 答て主の用なりと曰て
35 之をイエスに牽來り己が衣を驢駒に置イエスを其上に乗
36 イエス往ける
[千七百八十三] とき衆人その衣を路上に布り
37 イエス、エルサレムに近づき橄欖山を下らんとする時大衆の弟子みな喜び其見し所の奇跡なる凡の能に因て大聲に神を讃て曰けるハ
38 主の名に託て來る王ハ福なり天に於てハ和平に至上所にハ榮光あるべし
39 大衆の中より或パリサイの人イエスに曰けるハ師よ爾の弟子を責めよ
40 彼等に答けるハ我なんぢらに告ん此輩もし黙止なバ石號叫べし
41 既に近づけるとき城中を見て之が爲に哭いひけるハ
42 もし爾だにも今この爾の日に於て爾の平安に關れる事を知ば福なるに今なんぢの目に隱たり
43 爾の敵なんぢの周邊に壘を築き四方より圍攻
44 爾と其中なる兒女を擊滅し石をも石の上に遺ざる日きたらん是なんぢ其眷顧たまふの時を知ざれバ也
45 イエス殿に入その中にて貿易せる者を逐出し
46 彼等に曰けるハ我室ハ祈禱の殿なりと錄されたるに爾曹これを盗の巣と爲り
47 イエス日々に殿にて教ふ祭司の長學者民の尊 者ども彼を殺さんと謀ども民みな心を傾けて其教を聽るが故に
48 爲べき方を知ざりき
[1] 一日イエス殿にて民を教へ福音を宣しに祭司の長學者、長老共に近よりイエスに語て曰けるハ
2 何の權威を以て此事を行か誰この權威を予たるか我儕に告よ
3 答て曰けるハ我も一言なんぢらに問ん且われに告よ
4 ヨハ子のバプテスマハ天よりか人よりか
5 彼等たがひに曰けるハ若天よりと云バ何故かれを信ぜざる乎と曰ん
6 もし人よりと云バ民みなヨハ子を預言者と信ずれバ我儕を石にて擊んとて
7 遂に答て奚よりなるか知ずと曰り
8 イエス彼等に曰けるハ我も亦なにの權威を以て行かを爾曹に告ず
9 即ち此譬を民に語れり或人
[千七百八十四] 葡萄圃をつくり農夫に租與て久しく他國へ往しが
10 期いたりけれバ葡萄圃の果を受収ん爲に僕を農夫の所に遣しけるに農夫等これを撲たゝきて徒く返せたり
11 また他の僕を遣しゝに之をも撲たゝき辱しめて徒く返せたり
12 又三次僕を遣しゝに之をも傷けて逐出しけれバ
13 葡萄圃の主曰けるハ我いかに爲ん我愛子を遣すべし之を見バ恭敬ならん
14 農夫ども之を見て互に議いひけるハ此ハ嗣子なり率かれを殺さん業ハ我儕の所有になる可とて
15 彼を葡萄圃の外に出して殺せり然バ葡萄圃の主いかに彼等を處べき乎
16 かれ來て此農夫等を滅し葡萄圃を他人に託べし人々これを聞て曰けるハ然ハ有ざれ
17 イエス彼等を見て曰けるハ匠人の棄たる石是こそ屋隅の首石となれと錄されしは何ぞや
18 此石の上に堕るものハ壞この石上に堕れバ其もの碎るべし
19 祭司の長、學者等その己を指て此譬を語たるを知この時イエスを執へんと爲しかども民を畏たり
20 即ち之を窺ひその言を取て方伯の政事の權威に解さんとして自ら義人と僞れる間者を遣せり
21 就てイエスに問けるハ師よ我儕なんぢの言ところ教るところ正くかつ偏らず誠を以て神の道を教るを知
22 われら税をカイザルに納るハ宜や否
23 イエスその詭譎なるを知て曰けるハ何ぞ我を試るや
24 デナリを我に見せよ此像と號ハ誰なるか答てカイザルなりと曰
25 イエス曰けるハ然バカイザルの物ハカイザルに納め神の物ハ神に納よ
26 かれら民の前に其言を執得ず且その答を奇と意て黙然たり
27 甦る事なしと言サドカイの人きたりてイエスに問けるハ
28 師よモーセ我儕に書遺ハ若人の兄弟妻あり子なくして死バ兄弟その妻を娶り子を生て其嗣を繼すべしと
29 然バ七人の兄弟あらんに長子妻を娶り子なくして死
30 第二の
[千七百八十五] 者この婦を娶り子なくして死
31 第三も之を娶り七人同く之を娶り子なくして死
32 終に婦も死たり
33 然バ七人ともに此婦を妻とせし故に甦りたる時ハ誰の妻と爲べき乎
34 イエス答て曰けるハ此世の子ハ娶嫁ことあり
35 彼世に入り死より復生に足ものハ娶嫁ことなし
36 是また死ること能ざるが故なり蓋天の使と侔く復生の子にて神の子なれバ也
37 さて死し者の甦ることに就てハモーセ棘中の篇に主をアブラハムの神イサクの神ヤコブの神と稱て之を明白せり
38 それ神は死たる者の神に非ず生る者の神なり蓋神の前にハ皆生る者なれバ也
39 その學者等こたへ曰けるハ師よ善いへり
40 此のち敢てイエスに問者なかりき
41 イエス彼等に曰けるハ人々如何なれバキリストをダビデの裔と言や
42-43 ダビデ自ら詩の篇に主わが主に曰けるハ我なんぢの敵を爾の足凳と爲まで我が右に坐すべしと言り
44 然バダビデ之を主と稱たれバ如何で其裔ならん乎
45 民みな之を聽る時その弟子にいひけるハ
46 長服を衣て遊行ことを好み市上にて人の問安會堂の高座筵間の上座を喜ぶ學者を愼めよ
47 彼等ハ嫠婦の家を呑いつハりて長祈をなすさばかるゝこと尤も重し
[1] イエス目をあげ富る人々の捐輸を賽錢箱に投るを見る
2 又ある貧き嫠婦のレプタ二を投たるを見て曰けるハ
3 われ誠に爾曹に告ん此貧き嫠は衆の者よりも多く投たり
4 蓋かれらは皆その羨餘ある所より捐輸を神にさゝげ此婦ハ不足ところより其所有を盡く獻たれバ也
5 また或人殿の美石と奉納物を以て修飾ることを語しに
6 イエス曰けるハ爾曹の見る所のもの石を石の上にも遺ず圯さるゝ日いたらん
7 彼等とふて曰けるハ師よ何の時この事
[千七百八十六] あらん正に此の事の來らん時ハ如何なる兆ある乎
8 イエス曰けるハ爾曹つゝしみて惑さるゝ事なかれ蓋おほくの者わが名を冒きたり我ハキリストなり時ハ近よれりと云ん然ど爾曹從ふ勿れ
9 戦 亂を聞とき懼るゝ勿れ此等の事の先に有ハ止を得ざること也然ど末期ハ未だ速ならず
10 又いひけるハ民ハ民をせめ國ハ國を攻
11 各處に大なる地震、餓饉、疫病おこり且おそるべき事と大なる休徴天より現るべし
12 此事より先に人々爾曹を執へ苦め會堂および獄に解し我名の爲に王および侯の前に曳往べし
13 然ども爾曹が此事に遭ハ證となる也
14 故に爾曹まづ何を對んと思慮まじき事を心に定よ
15 蓋すべて爾曹に仇する者の辨駁また敵對ことを爲えざるべき口と智とを我なんぢらに賜へん
16 又なんぢら父母、兄弟、親戚、朋友等より解され且なんぢらの中ある者ハ殺さるべし
17 爾曹わが名の爲に人々に憾れん
18 然ども爾曹の首髪一縷も喪ハじ
19 なんぢら忍耐て其生命を全うせよ
20 なんぢら軍勢にエルサレムの圍るゝを見なバ其亡ちかきに在と知
21 その時ユダヤに在者ハ山に逃よエルサレムに在者ハ出よ郷下に在者ハエルサレムに入なかれ
22 これ刑罰の日にして錄されたる事のみな應らるゝ日なり
23 其日にハ孕たる者と哺乳兒ある者ハ禍なる哉これ地に大なる災ありて怒この民に及べければ也
24 人々刀刃に斃れ且とらハれて諸國に曳れエルサレムハ異邦人の時滿るまで異邦人に蹂躙さるべし
25 また日月星に異象あるべし地にてハ諸國の人哀み海と波との漰涛に因て顚沛
26 人々危懼つつ世界に來らんとする事を俟惱むべし是天の勢ひ震動すべけれバ也
27 その時人々ハ人の子の權威と大なる榮光を以て雲に乘來るを見るべし
28 此等の事の成初ん時にハ起て爾曹の首を翹よなんぢらの贖ちかづけバ也
29 イエス譬を彼等に語けるハ無花果と凡の樹を見よ
30 既に萌バ爾曹これを見て自ら夏ハはや近と知
31 此の如く爾曹も此等の事成を見バ神の國の近を知
32 誠に我なんぢらに告ん此事みな成までハ此世ハ逝ざるべし
33 天地ハ廢るべし然ども我言ハ廢る可らず
34 爾曹みづからを愼よ恐くハ飮食に耽り世事に累れ爾曹の心昏迷なりて慮よらざる時に此日なんぢらに臨ん
35 これ機檻の如く遍く地の上に居者に臨むべし
36 是故に爾曹敞醒て此臨んとする凡の事を避また人の子の前に立得やうに常に祈れ
37 イエス晝ハ殿にて教へ夜ハ出て橄欖と云る山に宿ぬ
38 民みな彼に聽んとて朝はやく殿に來れり
[1] 逾越と云る除酵節ちかづけり
2 祭司の長學者たち如何してかイエスを殺さんと窺ふ但民を畏たり
3 偖サタン十二の中のイスカリオテと稱るユダに入ぬ
4 かれ祭司の長たちと殿司等に往如何してかイエスを付さんと語けれバ
5 彼等喜びて銀子を予んと約す
6 ユダ諾ひて人々の居ざる時にイエスを付さんと機を窺へり
7 さて除酵節なる逾越の羔を殺べき日になりけれバ
8 イエス、ペテロとヨハ子を遣さんとて曰けるハ往て我儕が食せん爲に逾越を備よ
9 かれら答けるハ何處に之を備んと爲か
10 イエス曰けるハ城下に入バ水を盛たる瓶を挈る人なんぢらに遇べし其入ところの家に随ひ往て
11 家の主に師なんぢに云われ弟子と共に逾越を食すべき客房ハ何處に在やと曰
12 然すれバ彼そなへたる大なる樓房を示すべし其處に備よ
13 彼等ゆきてイエスの曰給ひたる如く遇しかバ逾越の備を爲り
14 時至けれバイエス食に就ぬ又使徒も共に就たり
15 イエス彼等に曰けるハ我苦難を受る前に爾曹と共に此逾
[千七百八十八] 越を食すること大に願へり
16 われ爾曹に告ん之を神の國までハ復これを食せじ
17 イエス杯をとり謝して曰けるハ之を取て互に分よ
18 我なんぢらに告ん神の國の來るまでハ葡萄より造しものを飮じ
19 またパンをとりて謝して擘かれらに予て曰けるハ此ハ爾曹の爲に予るわが身體なり我を記ん爲に此を行
20 また食してのち杯をとり曰けるハ此杯は爾曹の爲に流す我血にして立る所の新約なり
21 夫われを賣す者の手は我と共に案にあり
22 人の子は果て定られたる如く逝ん然ども人の子を賣す人ハ禍なる哉
23 かれら此事を爲ん者ハ誰なる乎と互に問ぬ
24 また彼等の中にて長たる者ハ誰なるかと互の爭ありき
25 イエス彼等に曰けるハ異邦人の王ハ其民を支配する又その上に權を秉者ハ恩を施す者と稱らる
26 然ども爾曹ハ如此すべからず爾曹のうち大なる者ハ幼が如く首たる者ハ役る者の如なるべし
27 食に就る者と事る者と孰か大なる食に就る者ならずや然ども我ハ爾曹の中に事る者の如し
28 わが患難に於て我と偕に居し者ハ爾曹なり
29 我父の我に任ぜし如く我も爾曹に國を任ずべし
30 これ爾曹わが國に於て我案に食飮し且位に坐してイスラエルの十二の支派を鞫んが爲なり
31 主また曰けるハシモンよシモンよサタン爾曹を索て麥の如く簸んとす
32 然ども爾の信仰絶ざるやう爾の爲に祈れり爾歸ん時その兄弟を堅せよ
33 シモン曰けるハ主よ我獄にまでも死にまでも爾と共に往んと心を定たり
34 イエス曰けるハペテロ我爾に告ん今日鷄なかざる前に爾三次我を識ずと言ん
35 又かれらに曰けるハ我財布、旅袋、靴をも帶せで爾曹を遣しゝとき事の缺たること有しや答けるハ無りき
36 イエス彼等に曰けるハ今ハ財布ある者ハ之をとれ旅袋ある者も亦然り此等を有
[千七百八十九] ぬ者ハ衣服を賣て刃を買べし
37 我なんぢらに告ん彼ハ罪人の中に算られて有しと錄されたる此言ハ我に於て應らるべし蓋われを指たる事ハ必ず成らる可れバ也
38 かれら曰けるハ主見よ此に二の刃ありイエス彼等に曰けるハ足り
39 イエス出て橄欖の山に往けるに其弟子も從へり
40 其處に至て彼等に曰けるハ誘惑に入ざるやう祈れ
41 イエス彼等を離て石の投らるるほど隔り曲膝いのり曰けるハ
42 父よ若し聖旨に肯バ此杯を我より離ち給へ然ども我意に非たゞ聖旨のまゝに成たまへ
43 使者天より彼に現れて健壯を添ぬ
44 イエス痛く哀み切に祈れり其汗ハ血の滴の如く地に下たり
45 祈禱より起て弟子に來り彼等が憂て寢れるを見
46 曰けるハ何ぞ寢るや起て誘惑に入ざるやう祈れ
47 如此いへるとき許多の人々きたる又十二の一人なるユダと云る者其に先ちてイエスに接吻せんと近よれり
48 イエス曰けるハユダ爾は接吻をもて人の子を賣す乎
49 その側に居たる者ども事の及んとするを見て曰けるハ主よ我儕刃をもて擊べき乎
50 其中の一人祭司の長の僕を擊て其右の耳を削落せり
51 イエス答て之を釋せと曰その耳に捫て醫したり
52 イエス此に來し長殿司および長老等に曰けるハ爾曹刃と棒とを持來り強盗に當が如くする乎
53 われ日々に爾曹と偕に殿に在し時は我に手を措こと無りき然るに今は爾曹の時かつ黑暗の勢なり
54 彼等イエスを執へ曳て祭司の長の家に携往りペテロ遥に從ひぬ
55 人々中庭のうちに火を燒て同に坐しけれバペテロも其中に坐したり
56 或婢かれが火の傍に坐せるを見これを熟視て曰けるハ此人も彼と偕に在し
57 ペテロ承ずして女よ我これを識ずと云り
58 頃刻して他の人も亦見て曰けるハ爾も彼等の一人なりペテロ曰けるハ人よ我
[千七百九十] は然ず
59 約そ一時ほど過て復ほかの人力言けるハ誠に此人も彼と偕に在し是ガリラヤの人なれば也
60 ペテロ曰けるハ人よ我なんぢの言ところを識ずと言も果ず忽ち鷄鳴ぬ
61 主身を回してペテロを見たまへり今日鷄なく前に三次われを識ずと言んと主の曰たまひし言をペテロ憶起し
62 外へ出て痛く哭り
63 イエスを護れる者ども嘲弄して彼を撲
64 その目を掩ひ問て曰けるは爾を撲者は誰なるか預言せよ
65 また多端の事を言て之を誚れり
66 平旦に民の長老、祭司の長、學者ども集りてイエスを集議所に曳往て
67 曰けるは爾もしキリストならバ我儕に告よイエス曰けるは假令われ爾曹に言とも信ぜざるべし
68 又たとひ我なんぢらに詰とも答ざるべし
69 今より後人の子は大權ある神の右に坐せん
70 皆いひけるは猶証據を須んや我儕みづから其口より聞り
[1] 衆人みなイエスをピラトに擄ゆき
2 之を訴いひけるは我儕この人が民を惑し税をカイザルに納ることを禁み自ら王なるキリストと稱るを見たり
3 ピラト、イエスに問て曰けるハ爾ハユダヤ人の王なるか答けるハ爾が言る如し
4 ピラト祭司の長等と衆人に曰けるハ我この人に於て罪あるを見ず
5 彼等ますゝゝ極力いひけるハ彼ハガリラヤより始て遍くユダヤを教へ此處まで來て民を亂せり
6 ピラト、ガリラヤと聞て此人ハガリラヤ人なる乎を問
7 其ヘロデの所管なるを知て之をヘロデに遣る此時ヘロデもエルサレムに在しが
8 イエスを見て甚だ喜べり蓋各様なる彼が風聲を聞て久く之を見んことを欲ひ且その奇異なる事を見んと望ゐたれバ也
9 是故に多言を以て問けれどもイエス何をも答ざりき
10 祭司の長學者たち側に
[千七百九十一] 立て切に彼を訟ぬ
11 ヘロデその士卒と共に彼を藐視嘲弄して華服を衣せ復ピラトに遣れり
12 ピラトとヘロデ先にハ仇たりしが當日たがひに親を爲り
13 ピラト祭司の長有司および民等を呼あつめて
14 曰けるハ爾曹この人を我に携來りて民を亂したる者なりと爲せり我なんぢらが訟る所を以て爾曹の前に鞫ども其罪あるを見ず
15 ヘロデも亦然り爾曹をヘロデに遣せど彼もイエスが行事の死罪に當を見ざりき
16 故に我も笞ちて之を釋さん
17 蓋この節期に必ず一人を釋こと有バ也
18 彼等みな一斉よバはりて此人を除きバラバを我儕に釋せと曰
19 彼ハ城下に一揆を起し人を殺して獄に入し者なり
20 故にピラトハイエスを釋さんと欲ひ復かれらに曰しかど
21 かれら呼りて之を十字架に釘よ十字架に釘よと曰
22 ピラト三次いひけるハ彼ハ何の惡事を行しや我いまだ彼の死罪あるを見ざれバ笞ちて釋さん
23 彼等厲く聲をたてゝ彼を十字架に釘んと言募れり遂に彼等と祭司の長の聲勝たり
24 ピラトその求の如く擬て
25 彼等が求る一揆を起し人を殺して獄に入たる者を釋し其意に任せてイエスを付せり
26 彼等イエスを曳往とき田間より出來れるクレ子のシモンと云る者を執へ其に十字架を負せてイエスに從ハせたり
27 衆の民および婦等も從ふ婦等ハ彼を哭哀めり
28 イエス彼等を顧いひけるハエルサレムの女子よ我爲に哭なかれ惟おのれと己が子の爲に哭
29 産ざる者いまだ孕ざるの胎いまだ哺せざるの乳は福なりと曰ん日きたらん
30 當時人々山に對て我儕の上に壓よ陵に對て我儕を掩へと曰ん
31 もし青木にさへ如此なさバ枯木は如何せられん
32 また他に二人の罪人をイエスと偕に死罪に處はんとて曳往り
33 彼等クラニオンと云る所に至りて此にイエス及び罪人を十字
[千七百九十二] 架に釘ぬ一人をイエスの右一人を左に置
34 イエス曰けるハ父よ彼等を赦し給へ其爲ところを知ざるが故なり彼等鬮をしてイエスの衣服を分つ
35 人々立てイエスを見たり有司も亦嘲哂ふて曰けるハ彼は他人を救へり若キリスト神の選たる者ならバ自己を救べし
36 兵卒も亦かれを嘲弄し來り酢を予て
37 爾もしユダヤ人の王ならバ自己を救へと曰り
38 又ギリシャ、ロマ、ヘブルの文字にて此はユダヤ人の王なりと書る罪標を其上に建たり
39 懸られたる罪人の一人イエスを譏て曰けるは爾もしキリストならば己と我儕を救へ
40 他の一人こたへて彼を責め曰けるは爾おなじく審判を受ながら神を畏ざる乎
41 我儕は當然なり行ことの報を受なれど此人は何も不是事は行ざりし也
42 斯てイエスに曰けるは主よ御国に來ん時我を憶たまへ
43 イエス答けるは誠に我なんぢに告ん-なんぢは我と偕に楽園に在べし
44 時約そ十二時ごろより三時に至まで遍く地のうへ黑暗と爲れり
45 日光くらみ殿の内の幔眞中より裂たり
46 イエス大聲に呼り曰けるは父よ我靈を爾の手に託く如此いひて氣絶ゆ
47 百夫の長この成し事を見て神を崇め曰けるは誠に此人は義人なりき
48 之を觀んとて聚れる衆人みな此ありし事等を見て膺を拊て返れり
49 イエスの相識のひとゞゝおよびガリラヤより随ひし婦ども遠く立て此等の事を見たり
50 議員なるヨセフと云る善かつ義なる人あり
51 彼等の評議と行爲を肯はざりき是はユダヤのアリマタヤの邑人にて神の國を慕る者なり
52 此人ピラトに往イエスの屍を乞て
53 之を取下し布にて裹いまだ人を葬し事なき石の鑿たる墓に置り
54 此日は備節日なり且安息日近きぬ
55 ガリラヤよりイエスと偕に來りし婦たち後に随ひて其墓と屍の置れたる狀を見たり
56 彼等かへ
[千七百九十三] りて香物と香膏を備へ置て誡に從ひ安息日を休めり
[1] 七日の首日の昧爽に此婦たち備置たる香物を携て墓に來しに他の婦等も偕に來れり
2 彼等石の墓より轉たりしを見て
3 入けれバ主イエスの屍を見ず
4 之が爲に躊躇をりしに輝る衣服を着たる二人その旁に立り
5 かれら懼て面を地に伏ければ其人いひけるは爾曹何ぞ死たる者を尋るや
6-7 彼ハ此に在ず甦りたり彼ガリラヤに居しとき爾曹に語て人の子ハ必ず罪ある人の手に付され十字架に釘られ第三日に甦る可と言たりしを憶起よ
8 彼等その言を憶いで
9 墓より歸て此等の事をみな十一の弟子と他の弟子等に告
10 此等の事を使徒に告たる者ハマグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブの母なるマリアまた他に偕に在し婦等なり
11 使徒その語れるを虛誕と意ひて信ぜず
12 ペテロ起て趨り墓に往かゞまりて枲布のかたりよせ在を見て其遇ところの事を奇みつゝ歸れり
13 當日二人の弟子エルサレムより三里バかり隔りたるエマヲと云る村に往けるに
14 互に此等の所遇どもを語あへり
15 語り論ずる時にイエス自ら近づきて偕に往り
16 然ど彼等の目迷されて知ことを得ざりき
17 イエス曰けるハ爾曹行つゝ互に哀み談論ことハ何ぞ乎
18 その一人のクレオパと云る者答けるハ爾ハエルサレムの旅人にして獨このごろ有し事を知ざる乎
19 答けるハ何事ぞや之に曰けるハナザレのイエスの事なり此人ハ神と萬民の前に於て行と言に大なる能ある預言者なりしが
20 祭司の長と有司等かれを死罪に解して十字架に釘たり
21 我儕イスラエルを贖ハん者ハ此人なりと望たりし又それ而已ならず此等の事の成しより今日ハ第三日なるに
22 我儕の中なる或婦たち我儕を驚駭
[千七百九十四] せり彼等朝はやく墓に往
23 その屍を見ずして來り天使あらハれて彼ハ甦れりと云るを見たりと告
24 また我儕と偕に在し者も墓に往たるに婦の云る如にて且かれを見ざりき
25 イエス曰けるハ預言者の凡て言たる事を信ずる心の遅き愚なる者よ
26 キリストハ此等の難を受て其榮光に入べきに非や
27 故にモーセより凡の預言者を始すべての聖書に於て己に就ての事ハ解明されたり
28 彼等ゆく所の村に近きけるに彼ゆき過んと爲る狀をなせバ
29 彼等すゝめ曰けるハ日晨きて暮に及ぬ我儕と偕に止れ彼いりて止る
30 共に食に就る時パンをとり謝して擘かれらに予けれバ
31 二人の者の目瞭かに爲て彼を識り又忽ち其目に見ず爲り
32 彼等たがひに曰けるハ途間にて我儕と語かつ聖書を解開ける時われらが心燃しに非ずや
33 此時かれら起てエルサレムに歸り十一の弟子および同なる人の集り居に遇
34 その人等の曰けるハ主實に甦りシモンに現れたり
35 二人の者も途間にて所遇とパンを擘たまへるに因て識たる事を語れり
36 此事を語れる時イエス自ら其中に立て曰けるハ爾曹安かれ
37 かれら駭き懼れて見ところの者を靈ならんと意り
38 イエス言けるハ爾曹何ぞ駭くや何ぞ心に疑ひ起るや
39 我手わが足を見て我なるを知われを摸て視よ靈ハ我が在を爾曹が見ごとく肉と骨は有ざる也
40 如此いひて其手足を示せしに
41 彼等喜べども猶信ぜず異める時にイエス此に食物ある乎と曰けれバ
42 炙たる魚と蜜房を予ふ
43 之を取て其前に食せり
44 また彼等に曰けるハモーセの例預言者の書また詩の篇に錄されたる我事につく凡の言の必らず應べきハ我もと爾曹と偕に在しとき語れる所なり
45 是に於て聖書を悟せんとて其聰を啓き
46 曰けるは已に斯錄されたり此如キリストは苦難をうけ第
[千七百九十五] 三日に死より甦るべし
47 又その名に託て悔改と赦罪ハエルサレムより始まり萬國の民に宣傳られん
48 爾曹は此等の事の證人なり
49 我わが父の誓のものを爾曹に遣らん爾曹上より權を授らるゝ迄はエルサレムに留れ
50 イエス彼等を導きベタニヤに至り手を擧て彼等を祝す
51 祝する時かれらを離れ天に擧られたり
52 彼等これを拜して甚く喜びエルサレムに歸り
53 恒に殿に入て神を頌美また祝謝せりアメン
新約全書路加傳福音書 終