源氏物語/松風
松風
東の院造りたてて、花散里と聞こえし、移ろはしたまふ。西の対、渡殿などかけて、政所、家司など、あるべきさまにし置かせたまふ。東の対は、明石の御方と思しおきてたり。北の対は、ことに広く造らせたまひて、かりにても、あはれと思して、行く末かけて契り頼めたまひし人びと集ひ住むべきさまに、隔て隔てしつらはせたまへるしも、なつかしう見所ありてこまかなる。寝殿は塞げたまはず、時々渡りたまふ御住み所にして、さるかたなる御しつらひどもし置かせたまへり。
明石には御消息絶えず、今はなほ上りたまひぬべきことをばのたまへど、女は、なほ、わが身のほどを思ひ知るに、
「こよなくやむごとなき際の人びとだに、なかなかさてかけ離れぬ御ありさまのつれなきを見つつ、もの思ひまさりぬべく聞くを、まして、何ばかりのおぼえなりとてか、さし出でまじらはむ。この若君の御面伏せに、数ならぬ身のほどこそ現はれめ。たまさかにはひ渡りたまふついでを待つことにて、人笑へに、はしたなきこと、いかにあらむ」
と思ひ乱れても、また、さりとて、かかる所に生ひ出で、数まへられたまはざらむも、いとあはれなれば、ひたすらにもえ恨み背かず。親たちも、「げに、ことわり」と思ひ嘆くに、なかなか、心も尽き果てぬ。
昔、母君の御祖父、中務宮と聞こえけるが領じたまひける所、大堰川のわたりにありけるを、その御後、はかばかしうあひ継ぐ人もなくて、年ごろ荒れまどふを思ひ出でて、かの時より伝はりて宿守のやうにてある人を呼び取りて語らふ。
「世の中を今はと思ひ果てて、かかる住まひに沈みそめしかども、末の世に、思ひかけぬこと出で来てなむ、さらに都の住みか求むるを、にはかにまばゆき人中、いとはしたなく、田舎びにける心地も静かなるまじきを、古き所尋ねて、となむ思ひ寄る。さるべき物は上げ渡さむ。修理などして、かたのごと人住みぬべくは繕ひなされなむや」
と言ふ。預り、
「この年ごろ、領ずる人もものしたまはず、あやしきやうになりてはべれば、下屋にぞ繕ひて宿りはべるを、この春のころより、内の大殿の造らせたまふ御堂近くて、かのわたりなむ、いと気騷がしうなりにてはべる。いかめしき御堂ども建てて、多くの人なむ、造りいとなみはべるめる。静かなる御本意ならば、それや違ひはべらむ」
「何か。それも、かの殿の御蔭に、かたかけてと思ふことありて。おのづから、おひおひに内のことどもはしてむ。まづ、急ぎておほかたのことどもをものせよ」
と言ふ。
「みづから領ずる所にはべらねど、また知り伝へたまふ人もなければ、かごかなるならひにて、年ごろ隠ろへはべりつるなり。御荘の田畠などいふことの、いたづらに荒れはべりしかば、故民部大輔の君に申し賜はりて、さるべき物などたてまつりてなむ、領じ作りはべる」
など、そのあたりの貯へのことどもを危ふげに思ひて、髭がちにつなしにくき顔を、鼻などうち赤めつつ、はちぶき言へば、
「さらに、その田などやうのことは、ここに知るまじ。ただ年ごろのやうに思ひてものせよ。券などはここになむあれど、すべて世の中を捨てたる身にて、年ごろともかくも尋ね知らぬを、そのことも今詳しくしたためむ」
など言ふにも、大殿のけはひをかくれば、わづらはしくて、その後、物など多く受け取りてなむ、急ぎ造りける。
かやうに思ひ寄るらむとも知りたまはで、上らむことをもの憂がるも、心得ず思し、「若君の、さてつくづくとものしたまふを、後の世に人の言ひ伝へむ、今一際、人悪ろき疵にや」と思ほすに、造り出でてぞ、「しかしかの所をなむ思ひ出でたる」と聞こえさせける。「人に交じらはむことを苦しげにのみものするは、かく思ふなりけり」と心得たまふ。「口惜しからぬ心の用意かな」と思しなりぬ。
惟光朝臣、例の忍ぶる道は、いつとなくいろひ仕うまつる人なれば、遣はして、さるべきさまに、ここかしこの用意などせさせたまひけり。
「あたり、をかしうて、海づらに通ひたる所のさまになむはべりける」
と聞こゆれば、「さやうの住まひに、よしなからずはありぬべし」と思す。
造らせたまふ御堂は、大覚寺の南にあたりて、滝殿の心ばへなど、劣らずおもしろき寺なり。
これは、川面に、えもいはぬ松蔭に、何のいたはりもなく建てたる寝殿のことそぎたるさまも、おのづから山里のあはれを見せたり。内のしつらひなどまで思し寄る。
親しき人びと、いみじう忍びて下し遣はす。逃れがたくて、今はと思ふに、年経つる浦を離れなむこと、あはれに、入道の心細くて一人止まらむことを思ひ乱れて、よろづに悲し。「すべて、など、かく、心尽くしになりはじめけむ身にか」と、露のかからぬたぐひうらやましくおぼゆ。
親たちも、かかる御迎へにて上る幸ひは、年ごろ寝ても覚めても、願ひわたりし心ざしのかなふと、いとうれしけれど、あひ見で過ぐさむいぶせさの堪へがたう悲しければ、夜昼思ひほれて、同じことをのみ、「さらば、若君をば見たてまつらでは、はべるべきか」と言ふよりほかのことなし。
母君も、いみじうあはれなり。年ごろだに、同じ庵にも住まずかけ離れつれば、まして誰れによりてかは、かけ留まらむ。ただ、あだにうち見る人のあさはかなる語らひだに、見なれそなれて、別るるほどは、ただならざめるを、まして、もてひがめたる頭つき、心おきてこそ頼もしげなけれど、またさるかたに、「これこそは、世を限るべき住みかなれ」と、あり果てぬ命を限りに思ひて、契り過ぐし来つるを、にはかに行き離れなむも心細し。
若き人びとの、いぶせう思ひ沈みつるは、うれしきものから、見捨てがたき浜のさまを、「または、えしも帰らじかし」と、寄する波に添へて、袖濡れがちなり。
秋のころほひなれば、もののあはれ取り重ねたる心地して、その日とある暁に、秋風涼しくて、虫の音もとりあへぬに、海の方を見出だしてゐたるに、入道、例の、後夜より深う起きて、鼻すすりうちして、行なひいましたり。いみじう言忌すれど、誰も誰もいとしのびがたし。
若君は、いともいともうつくしげに、夜光りけむ玉の心地して、袖よりほかに放ちきこえざりつるを、見馴れてまつはしたまへる心ざまなど、ゆゆしきまで、かく、人に違へる身をいまいましく思ひながら、「片時見たてまつらでは、いかでか過ぐさむとすらむ」と、つつみあへず。
「行く先をはるかに祈る別れ路に
堪へぬは老いの涙なりけり
いともゆゆしや」
とて、おしのごひ隠す。尼君、
「もろともに都は出で来このたびや
ひとり野中の道に惑はむ」
とて、泣きたまふさま、いとことわりなり。ここら契り交はして積もりぬる年月のほどを思へば、かう浮きたることを頼みて、捨てし世に帰るも、思へばはかなしや。御方、
「いきてまたあひ見むことをいつとてか
限りも知らぬ世をば頼まむ
送りにだに」
と切にのたまへど、方々につけて、えさるまじきよしを言ひつつ、さすがに道のほども、いとうしろめたなきけしきなり。
「世の中を捨てはじめしに、かかる人の国に思ひ下りはべりしことども、ただ君の御ためと、思ふやうに明け暮れの御かしづきも心にかなふやうもやと、思ひたまへ立ちしかど、身のつたなかりける際の思ひ知らるること多かりしかば、さらに、都に帰りて、古受領の沈めるたぐひにて、貧しき家の蓬葎、元のありさま改むることもなきものから、公私に、をこがましき名を広めて、親の御なき影を恥づかしめむことのいみじさになむ、やがて世を捨てつる門出なりけりと人にも知られにしを、その方につけては、よう思ひ放ちてけりと思ひはべるに、君のやうやう大人びたまひ、もの思ほし知るべきに添へては、など、かう口惜しき世界にて錦を隠しきこゆらむと、心の闇晴れ間なく嘆きわたりはべりしままに、仏神を頼みきこえて、さりとも、かうつたなき身に引かれて、山賤の庵には混じりたまはじ、と思ふ心一つを頼みはべりしに、思ひ寄りがたくて、うれしきことどもを見たてまつりそめても、なかなか身のほどを、とざまかうざまに悲しう嘆きはべりつれど、若君のかう出でおはしましたる御宿世の頼もしさに、かかる渚に月日を過ぐしたまはむも、いとかたじけなう、契りことにおぼえたまへば、見たてまつらざらむ心惑ひは、静めがたけれど、この身は長く世を捨てし心はべり。君達は、世を照らしたまふべき光しるければ、しばし、かかる山賤の心を乱りたまふばかりの御契りこそはありけめ。天に生まるる人の、あやしき三つの途に帰るらむ一時に思ひなずらへて、今日、長く別れたてまつりぬ。命尽きぬと聞こしめすとも、後のこと思しいとなむな。さらぬ別れに、御心動かしたまふな」と言ひ放つものから、「煙ともならむ夕べまで、若君の御ことをなむ、六時の勤めにも、なほ心ぎたなく、うち交ぜはべりぬべき」
とて、これにぞ、うちひそみぬる。
御車は、あまた続けむも所狭く、片へづつ分けむもわづらはしとて、御供の人びとも、あながちに隠ろへ忍ぶれば、舟にて忍びやかにと定めたり。辰の時に舟出したまふ。昔の人もあはれと言ひける浦の朝霧隔たりゆくままに、いともの悲しくて、入道は、心澄み果つまじく、あくがれ眺めゐたり。ここら年を経て、今さらに帰るも、なほ思ひ尽きせず、尼君は泣きたまふ。
「かの岸に心寄りにし海人舟の
背きし方に漕ぎ帰るかな」
御方、
「いくかへり行きかふ秋を過ぐしつつ
浮木に乗りてわれ帰るらむ」
思ふ方の風にて、限りける日違へず入りたまひぬ。人に見咎められじの心もあれば、路のほども軽らかにしなしたり。
家のさまもおもしろうて、年ごろ経つる海づらにおぼえたれば、所変へたる心地もせず。昔のこと思ひ出でられて、あはれなること多かり。造り添へたる廊など、ゆゑあるさまに、水の流れもをかしうしなしたり。まだこまやかなるにはあらねども、住みつかばさてもありぬべし。
親しき家司に仰せ賜ひて、御まうけのことせさせたまひけり。渡りたまはむことは、とかう思したばかるほどに、日ごろ経ぬ。
なかなかもの思ひ続けられて、捨てし家居も恋しう、つれづれなれば、かの御形見の琴を掻き鳴らす。折の、いみじう忍びがたければ、人離れたる方にうちとけてすこし弾くに、松風はしたなく響きあひたり。尼君、もの悲しげにて寄り臥したまへるに、起き上がりて、
「身を変へて一人帰れる山里に
聞きしに似たる松風ぞ吹く」
御方、
「故里に見し世の友を恋ひわびて
さへづることを誰れか分くらむ」
かやうにものはかなくて明かし暮らすに、大臣、なかなか静心なく思さるれば、人目をもえ憚りあへたまはで、渡りたまふを、女君は、かくなむとたしかに知らせたてまつりたまはざりけるを、例の、聞きもや合はせたまふとて、消息聞こえたまふ。
「桂に見るべきことはべるを、いさや、心にもあらでほど経にけり。訪らはむと言ひし人さへ、かのわたり近く来ゐて、待つなれば、心苦しくてなむ。嵯峨野の御堂にも、飾りなき仏の御訪らひすべければ、二、三日ははべりなむ」
と聞こえたまふ。
「桂の院といふ所、にはかに造らせたまふと聞くは、そこに据ゑたまへるにや」と思すに、心づきなければ、「斧の柄さへ改めたまはむほどや、待ち遠に」と、心ゆかぬ御けしきなり。
「例の、比べ苦しき御心、いにしへのありさま、名残なしと、世人も言ふなるものを」、何やかやと御心とりたまふほどに、日たけぬ。
忍びやかに、御前疎きは混ぜで、御心づかひして渡りたまひぬ。たそかれ時におはし着きたり。狩の御衣にやつれたまへりしだに世に知らぬ心地せしを、まして、さる御心してひきつくろひたまへる御直衣姿、世になくなまめかしうまばゆき心地すれば、思ひむせべる心の闇も晴るるやうなり。
めづらしう、あはれにて、若君を見たまふも、いかが浅く思されむ。今まで隔てける年月だに、あさましく悔しきまで思ほす。
「大殿腹の君をうつくしげなりと、世人もて騒ぐは、なほ時世によれば、人の見なすなりけり。かくこそは、すぐれたる人の山口はしるかりけれ」
と、うち笑みたる顔の何心なきが、愛敬づき、匂ひたるを、いみじうらうたしと思す。
乳母の、下りしほどは衰へたりし容貌、ねびまさりて、月ごろの御物語など、馴れ聞こゆるを、あはれに、さる塩屋のかたはらに過ぐしつらむことを、思しのたまふ。
「ここにも、いと里離れて、渡らむこともかたきを、なほ、かの本意ある所に移ろひたまへ」
とのたまへど、
「いとうひうひしきほど過ぐして」
と聞こゆるも、ことわりなり。夜一夜、よろづに契り語らひ、明かしたまふ。
繕ふべき所、所の預かり、今加へたる家司などに仰せらる。桂の院に渡りたまふべしとありければ、近き御荘の人びと、参り集まりたりけるも、皆尋ね参りたり。前栽どもの折れ伏したるなど、繕はせたまふ。
「ここかしこの立石どもも皆転び失せたるを、情けありてしなさば、をかしかりぬべき所かな。かかる所をわざと繕ふも、あいなきわざなり。さても過ぐし果てねば、立つ時もの憂く、心とまる、苦しかりき」
など、来し方のことものたまひ出でて、泣きみ笑ひみ、うちとけのたまへる、いとめでたし。
尼君、のぞきて見たてまつるに、老いも忘れ、もの思ひも晴るる心地してうち笑みぬ。
東の渡殿の下より出づる水の心ばへ、繕はせたまふとて、いとなまめかしき袿姿うちとけたまへるを、いとめでたううれしと見たてまつるに、閼伽の具などのあるを見たまふに、思し出でて、
「尼君は、こなたにか。いとしどけなき姿なりけりや」
とて、御直衣召し出でて、たてまつる。几帳のもとに寄りたまひて、
「罪軽く生ほし立てたまへる、人のゆゑは、御行なひのほどあはれにこそ、思ひなしきこゆれ。いといたく思ひ澄ましたまへりし御住みかを捨てて、憂き世に帰りたまへる心ざし、浅からず。またかしこには、いかにとまりて、思ひおこせたまふらむと、さまざまになむ」
と、いとなつかしうのたまふ。
「捨てはべりし世を、今さらにたち帰り、思ひたまへ乱るるを、推し量らせたまひければ、命長さのしるしも、思ひたまへ知られぬる」と、うち泣きて、「荒磯蔭に、心苦しう思ひきこえさせはべりし二葉の松も、今は頼もしき御生ひ先と、祝ひきこえさするを、浅き根ざしゆゑや、いかがと、かたがた心尽くされはべる」
など聞こゆるけはひ、よしなからねば、昔物語に、親王の住みたまひけるありさまなど、語らせたまふに、繕はれたる水の音なひ、かことがましう聞こゆ。
「住み馴れし人は帰りてたどれども
清水は宿の主人顔なる」
わざとはなくて、言ひ消つさま、みやびかによし、と聞きたまふ。
「いさらゐははやくのことも忘れじを
もとの主人や面変はりせる
あはれ」
と、うち眺めて、立ちたまふ姿、にほひ、世に知らず、とのみ思ひきこゆ。
御寺に渡りたまうて、月ごとの十四、五日、晦日の日、行はるべき普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧をばさるものにて、またまた加へ行はせたまふべきことなど、定め置かせたまふ。堂の飾り、仏の御具など、めぐらし仰せらる。月の明きに帰りたまふ。
ありし夜のこと、思し出でらるる、折過ぐさず、かの琴の御琴さし出でたり。そこはかとなくものあはれなるに、え忍びたまはで、掻き鳴らしたまふ。まだ調べも変はらず、ひきかへし、その折今の心地したまふ。
「契りしに変はらぬ琴の調べにて
絶えぬ心のほどは知りきや」
女、
「変はらじと契りしことを頼みにて
松の響きに音を添へしかな」
と聞こえ交はしたるも、似げなからぬこそは、身にあまりたるありさまなめれ。こよなうねびまさりにける容貌、けはひ、え思ほし捨つまじう、若君、はた、尽きもせずまぼられたまふ。
「いかにせまし。隠ろへたるさまにて生ひ出でむが、心苦しう口惜しきを、二条の院に渡して、心のゆく限りもてなさば、後のおぼえも罪免れなむかし」
と思ほせど、また、思はむこといとほしくて、えうち出でたまはで、涙ぐみて見たまふ。幼き心地に、すこし恥ぢらひたりしが、やうやううちとけて、もの言ひ笑ひなどして、むつれたまふを見るままに、匂ひまさりてうつくし。抱きておはするさま、見るかひありて、宿世こよなしと見えたり。
またの日は京へ帰らせたまふべければ、すこし大殿籠もり過ぐして、やがてこれより出でたまふべきを、桂の院に人びと多く参り集ひて、ここにも殿上人あまた参りたり。御装束などしたまひて、
「いとはしたなきわざかな。かく見あらはさるべき隈にもあらぬを」
とて、騒がしきに引かれて出でたまふ。心苦しければ、さりげなく紛らはして立ちとまりたまへる戸口に、乳母、若君抱きてさし出でたり。あはれなる御けしきに、かき撫でたまひて、
「見では、いと苦しかりぬべきこそ、いとうちつけなれ。いかがすべき。いと里遠しや」
と
のたまへば、
「遥かに思ひたまへ絶えたりつる年ごろよりも、今からの御もてなしの、おぼつかなうはべらむは、心尽くしに」
など聞こゆ。若君、手をさし出でて、立ちたまへるを慕ひたまへば、ついゐたまひて、
「あやしう、もの思ひ絶えぬ身にこそありけれ。しばしにても苦しや。いづら。など、もろともに出でては、惜しみたまはぬ。さらばこそ、人心地もせめ」
とのたまへば、うち笑ひて、女君に「かくなむ」と聞こゆ。
なかなかもの思ひ乱れて臥したれば、とみにしも動かれず。あまり上衆めかしと思したり。人びともかたはらいたがれば、しぶしぶにゐざり出でて、几帳にはた隠れたるかたはら目、いみじうなまめいてよしあり、たをやぎたるけはひ、皇女たちといはむにも足りぬべし。
帷子引きやりて、こまやかに語らひたまふとて、とばかり返り見たまへるに、さこそ静めつれ、見送りきこゆ。
いはむかたなき盛りの御容貌なり。いたうそびやぎたまへりしが、すこしなりあふほどになりたまひにける御姿など、「かくてこそものものしかりけれ」と、御指貫の裾まで、なまめかしう愛敬のこぼれ出づるぞ、あながちなる見なしなるべき。
かの、解けたりし蔵人も、還りなりにけり。靭負尉にて、今年かうぶり得てけり。昔に改め、心地よげにて、御佩刀取りに寄り来たり。人影を見つけて、
「来し方のもの忘れしはべらねど、かしこければえこそ。浦風おぼえはべりつる暁の寝覚にも、おどろかしきこえさすべきよすがだになくて」
と、けしきばむを、
「八重立つ山は、さらに島隠れにも劣らざりけるを、松も昔のと、たどられつるに、忘れぬ人もものしたまひけるに、頼もし」
など言ふ。
「こよなしや。我も思ひなきにしもあらざりしを」
など、あさましうおぼゆれど、
「今、ことさらに」
と、うちけざやぎて、参りぬ。
いとよそほしくさし歩みたまふほど、かしかましう追ひ払ひて、御車の尻に、頭中将、兵衛督乗せたまふ。
「いと軽々しき隠れ家、見あらはされぬるこそ、ねたう」
と、いたうからがりたまふ。
「昨夜の月に、口惜しう御供に後れはべりにけると思ひたまへられしかば、今朝、霧を分けて参りはべりつる。山の錦は、まだしうはべりけり。野辺の色こそ、盛りにはべりけれ。なにがしの朝臣の、小鷹にかかづらひて、立ち後れはべりぬる、いかがなりぬらむ」
など言ふ。
「今日は、なほ桂殿に」とて、そなたざまにおはしましぬ。にはかなる御饗応と騷ぎて、鵜飼ども召したるに、海人のさへづり思し出でらる。
野に泊りぬる君達、小鳥しるしばかりひき付けさせたる荻の枝など、苞にして参れり。大御酒あまたたび順流れて、川のわたり危ふげなれば、酔ひに紛れておはしまし暮らしつ。
おのおの絶句など作りわたして、月はなやかにさし出づるほどに、大御遊び始まりて、いと今めかし。
弾きもの、琵琶、和琴ばかり、笛ども上手の限りして、折に合ひたる調子吹き立つるほど、川風吹き合はせておもしろきに、月高くさし上がり、よろづのこと澄める夜のやや更くるほどに、殿上人、四、五人ばかり連れて参れり。
上にさぶらひけるを、御遊びありけるついでに、
「今日は、六日の御物忌明く日にて、かならず参りたまふべきを、いかなれば」
と仰せられければ、ここに、かう泊らせたまひにけるよし聞こし召して、御消息あるなりけり。御使は、蔵人弁なりけり。
「月のすむ川のをちなる里なれば
桂の影はのどけかるらむ
うらやましう」
とあり。かしこまりきこえさせたまふ。
上の御遊びよりも、なほ所からの、すごさ添へたるものの音をめでて、また酔ひ加はりぬ。ここにはまうけの物もさぶらはざりければ、大堰に、
「わざとならぬまうけの物や」
と、言ひつかはしたり。取りあへたるに従ひて参らせたり。衣櫃二荷にてあるを、御使の弁はとく帰り参れば、女の装束かづけたまふ。
「久方の光に近き名のみして
朝夕霧も晴れぬ山里」
行幸待ちきこえたまふ心ばへなるべし。「中に生ひたる」と、うち誦んじたまふついでに、かの淡路島を思し出でて、躬恒が「所からか」とおぼめきけむことなど、のたまひ出でたるに、ものあはれなる酔ひ泣きどもあるべし。
「めぐり来て手に取るばかりさやけきや
淡路の島のあはと見し月」
頭中将、
「浮雲にしばしまがひし月影の
すみはつる夜ぞのどけかるべき」
左大弁、すこしおとなびて、故院の御時にも、むつましう仕うまつりなれし人なりけり。
「雲の上のすみかを捨てて夜半の月
いづれの谷にかげ隠しけむ」
心々にあまたあめれど、うるさくてなむ。
気近ううち静まりたる御物語、すこしうち乱れて、千年も見聞かまほしき御ありさまなれば、斧の柄も朽ちぬべけれど、今日さへはとて、急ぎ帰りたまふ。
物ども品々にかづけて、霧の絶え間に立ち混じりたるも、前栽の花に見えまがひたる色あひなど、ことにめでたし。近衛府の名高き舎人、物の節どもなどさぶらふに、さうざうしければ、「其駒」など乱れ遊びて、脱ぎかけたまふ色々、秋の錦を風の吹きおほふかと見ゆ。
ののしりて帰らせたまふ響き、大堰にはもの隔てて聞きて、名残さびしう眺めたまふ。「御消息をだにせで」と、大臣も御心にかかれり。
殿におはして、とばかりうち休みたまふ。山里の御物語など聞こえたまふ。
「暇聞こえしほど過ぎつれば、いと苦しうこそ。この好き者どもの尋ね来て、いといたう強ひとどめしに、引かされて。今朝は、いとなやまし」
とて、大殿籠もれり。例の、心とけず見えたまへど、見知らぬやうにて、
「なずらひならぬほどを、思し比ぶるも、悪きわざなめり。我は我と思ひなしたまへ」
と、教へきこえたまふ。
暮れかかるほどに、内裏へ参りたまふに、ひきそばめて急ぎ書きたまふは、かしこへなめり。側目こまやかに見ゆ。うちささめきて遣はすを、御達など、憎みきこゆ。
その夜は、内裏にもさぶらひたまふべけれど、解けざりつる御けしきとりに、夜更けぬれど、まかでたまひぬ。ありつる御返り持て参れり。え引き隠したまはで、御覧ず。ことに憎かるべきふしも見えねば、
「これ、破り隠したまへ。むつかしや。かかるものの散らむも、今はつきなきほどになりにけり」
とて、御脇息に寄りゐたまひて、御心のうちには、いとあはれに恋しう思しやらるれば、燈をうち眺めて、ことにものものたまはず。文は広ごりながらあれど、女君、見たまはぬやうなるを、
「せめて、見隠したまふ御目尻こそ、わづらはしけれ」
とて、うち笑みたまへる御愛敬、所狭きまでこぼれぬべし。
さし寄りたまひて、
「まことは、らうたげなるものを見しかば、契り浅くも見えぬを、さりとて、ものめかさむほども憚り多かるに、思ひなむわづらひぬる。同じ心に思ひめぐらして、御心に思ひ定めたまへ。いかがすべき。ここにて育みたまひてむや。蛭の子が齢にもなりにけるを、罪なきさまなるも思ひ捨てがたうこそ。いはけなげなる下つ方も、紛らはさむなど思ふを、めざましと思さずは、引き結ひたまへかし」
と聞こえたまふ。
「思はずにのみとりなしたまふ御心の隔てを、せめて見知らず、うらなくやはとてこそ。いはけなからむ御心には、いとようかなひぬべくなむ。いかにうつくしきほどに」
とて、すこしうち笑みたまひぬ。稚児をわりなうらうたきものにしたまふ御心なれば、「得て、抱きかしづかばや」と思す。
「いかにせまし。迎へやせまし」と思し乱る。渡りたまふこといとかたし。嵯峨野の御堂の念仏など待ち出でて、月に二度ばかりの御契りなめり。年のわたりには、立ちまさりぬべかめるを、及びなきことと思へども、なほいかがもの思はしからぬ。