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深夜の月 作者:広沢某
山の端(は)に、一連(つら)見ゆる初雁(はつかり)の。声も淋しく徒(いたづら)に、仇(あだ)し言葉の人心(ひとごころ)、飽(あ)かぬ別れの悲しさは、夢うつつにも其人(そのひと)の。知らぬ思ひの涙川(なみだがは)、映す姿や鐘の音に、空飛ぶ鳥の影なれや。それならぬ。恋しき人は荒き風、憂き身に通る烈(はげ)しさは、君に恨みは無きものを。小萩(こはぎ)に置ける白露の。くだけて落つる袖袂(そでたもと)。思ふ心の絶(た)え絶だ)えに、虫の声々冴(さ)え渡る。鳴く音更けゆく秋の夜の月。
この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。