杯
温泉宿から
水は
青い美しい
夏の朝である。
泉を
小鳥が群がって
皆子供に違ない。女の子に違ない。
「早くいらっしゃいよ。いつでもあなたは遅れるのね。早くよ」
「待っていらっしゃいよ。石がごろごろしていて歩きにくいのですもの」
これもお
「わたし一番よ」
「あら。ずるいわ」
先を争うて泉の
年は皆十一二位に見える。きょうだいにしては、余り粒が揃っている。皆美しく、
この七
漂う白雲の間を漏れて、木々の梢を今一度漏れて、朝日の光が荒い
真赤なリボンの幾つかが燃える。
娘の一人が口に
凸面をなして、盛り上げたようになっている水の上に投げた。
酸漿は二三度くるくると廻って、井桁の外へ流れ落ちた。
「あら。直ぐにおっこってしまうのね。わたしどうなるかと思って、楽みにして
「そりゃあおっこちるわ」
「おっこちるということが前から分っていて」
「分っていてよ」
「
打つ真似をする。藍染の湯帷子の袖が翻る。
「早く飲みましょう」
「そうそう。飲みに来たのだったわ」
「忘れていたの」
「ええ」
「まあ、いやだ」
手ん手に
青白い光が七本の手から流れる。
皆銀の杯である。大きな銀の杯である。
日が丁度一ぱいに差して来て、七つの杯はいよいよ
銀の杯はお揃で、どれにも二字の銘がある。
それは自然の二字である。
妙な字体で書いてある。何か
かわるがわる泉を
濃い紅の
木立のところどころで、じいじいという声がする。
白い雲が散ってしまって、日盛りになったら、山をゆする声になるのであろう。
この時
第八の娘である。
背は七人の娘より高い。十四五になっているのであろう。
黄金色の髪を黒いリボンで結んでいる。
唇だけがほのかに赤い。
黒の
東洋で生れた西洋人の子か。それとも
第八の娘は
小さい杯である。
どこの陶器か。火の
七人の娘は飲んでしまった。杯を
凸面をなして、盛り上げたようになっている泉の面に消えた。
第八の娘は、藍染の湯帷子の袖と袖との間をわけて、井桁の傍に進み寄った。
七人の娘は、この時始てこの平和の破壊者のあるのを知った。
そしてその琥珀いろの手に持っている、黒ずんだ、小さい杯を見た。
思い掛けない事である。
七つの濃い紅の唇は開いたままで
蝉はじいじいと鳴いている。
一人の娘がようようの事でこう云った。
「お前さんも飲むの」
声は
第八の娘は黙って
今一人の娘がこう云った。
「お前さんの杯は妙な杯ね。
声は訝に少しの
第八の娘は黙って、その熔巌の色をした杯を出した。
小さい杯は琥珀いろの手の、
「まあ、変にくすんだ色だこと」
「これでも瀬戸物でしょうか」
「石じゃあないの」
「火事場の灰の中から拾って来たような物なのね」
「墓の中から掘り出したようだわ」
「墓の中は好かったね」
七つの
第八の娘は
一人の娘が又こう云った。
「馬鹿に小さいのね」
今一人が云った。
「そうね。こんな物じゃあ飲まれはしないわ」
今一人が云った。
「あたいのを
そして自然の銘のある、耀く銀の、大きな杯を、第八の娘の前に出した。
第八の娘の、今まで結んでいた唇が、この時始て開かれた。
“〈[#「“」は下付き]〉
沈んだ、しかも鋭い声であった。
「わたくしの杯は大きくはございません。それでもわたくしはわたくしの杯で
七人の娘は可哀らしい、黒い
言語が通ぜないのである。
第八の娘の両臂は自然の重みで垂れている。
言語は通ぜないでも
第八の娘の態度は第八の娘の意志を表白して、誤解すべき余地を留めない。
一人の娘は銀の杯を引っ込めた。
自然の銘のある、耀く銀の、大きな杯を引っ込めた。
今一人の娘は黒い杯を返した。
火の坑から湧き出た熔巌の冷めたような色をした、黒ずんだ、小さい杯を返した。
第八の娘は