村雨集


飼ひ馴れし小鳥の病みて囀らず

軒端にさそふ秋の村雨


逝く秋を小琴の絃の高斷たかぎれて

風なき夜半を蟲の聲せぬ


飾り輪のかひなにゆるき此ごろを

あはれと見ませ旅にある君


さらさらと紫蘇の枯穂を渡る風

刈田の野面朝霜のおく


夜嵐にダリヤコスモス折敷きて

秋このままに雨に入るかな


渡殿に友待つ宵の小雨して

池の樋ロに獺の鳴く


我歌を小聲に吟さむ夕暮の

折戶のかげに立つは誰が子ぞ


蝶のうた散る花のうた書き寄せて

扇を流す藤の花かげ


幾たびか噫いくたびかめぐりこし

如何に呪ひの恐ろしき渦


君が手のダリヤ捨てじや戀の色

藍の野菊のいかにふさはし


蒲公英の野や手をつらね裳をあげて

謳ふや舞ふや世しらぬ乙女


慄ふ手にわななく君を抱く胸

誓かあらぬ春の明けがた


乙女子の若き溫味とおそはれぬ

噫物憂かる春のうたたね


アブサンにカルチェラタン不夜の宮

妓の調らぬ東洋アジア蠻音おほごゑ


臟脂べに猪口ちょくに目高を生けて集ふ女御

銀屛の陰梅まだ寒き


細殿のあはひの檜垣苔にさびて

緋桃ゆらがぬ春の日の影


新曲をギュタアに載せて唄ふへや

日本を南に二百里の無線電信しらせ


榮譽ほまれなき戀なき人の石の胸

何に拗ねたるかたくなのさが


ひな菊や小菊眞菊のみだれ咲く

籬をめぐる流音する


市松の日覆障子の菊花壇

老侯歩く庭眞日ざかり


山茶花のはらはらと散る藪かげに

はたの音聞く里の裏みち


鸚哥いんこうに言葉を仕込む端椽を

カンナの垣のさわさわと鳴る


小流れにはりをながして手を束ね

肥前の國は小城おぎに釣する


杜若雨の小窓に返り咲き

姉のやまひの癒えず秋更く


父となり三年われからさすらひぬ

家まだ成さぬ秋二十八


今日明日とただかりそめの草枕

に三とせを重ねけるかな


わが國は筑紫の國や白日別

母います國はぜ多き國

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。