最初の高圧感電死

○コードに觸れて變死を遂ぐ

十月六日午後五時十分神田錦町二丁目三番地牛肉店江知勝方の女中おはな(十五)が肉切場より電燈を入口の下足の處へ移さんと電燈紐(コード)に手を掛くると同時にアット一聲叫びし儘其の場に打倒れて苦しむ体に家内の者共大に驚き一同駆付け見たるにおはなが右の手にて押へし電燈紐の電氣いかにして感じけん同人の中指及び人差指等に線は焼付き居るに愈々騒ぎ立ちしが主人万吉が有合せし肉切庖丁にて右の電燈紐を切斷したれば漸くおはなの手より電燈紐は離れたり依て直様向川岸小川町二番地なる高橋醫師を招き診察を乞ひたるも其時おはなは既に死し居たれば如何とも詮方なく夫々届出の手續を爲したる由なるが扨はなが致死の原因に就て聞く處に據れば此二三日間は毎日雨天つヾきにて室外電燈線の絶縁抵抗は餘程あしかりしものと見へ江知勝の近傍には電燈使用の家六十餘軒あり然るに去る六日點燈の際其線に觸れたるに例になくビリビリと電氣を指頭に感じたる者兩三名ありしよしにて電線の破損したるものと思料し修繕方を電燈會社に請求し來りし間もなくハナ變死の事は起りたり右の如く指頭に電氣を感じたるは該方面の布設しある變壓器に於て一時線即高壓線(二千「ボルト」)と二次線即室内に通ずる百「ボルト」のものと接觸せしか又は同架線路中にて一次と二次線接續したる箇所あるに依ることなるべしと又聞く處に據ればはなは水仕事の後にて手に水分を含み居り且又コードを堅く握りたる儘地上に立ちたりと云へば手より全身を通じ足部より地中へ電路を作りたるものならん何せよ注意すべきとなり

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。