明治法律学校設立ノ趣旨

明治法律学校設立ノ趣旨編集

夫レ法律ノ管スル所ハ其区域広漠ニシテ其目枚挙ニ遑アラス蓋シ之ヲ大ニシテハ社会ノ構成ナリ政府ノ組織ナリ之ヲ小ニシテハ人々各自ノ権利自由ナリ凡ソ邦国ノ栄誉人類ノ命脈皆此学ニ係ラサルナシ嗚呼人文ノ開明国運ノ進歩ヲ図ル者此ヲ舎テ其焉クニカ求メンヤ

明治中興識者此ニ見ルアリ夙ニ博士ヲ泰西ニ徴シ或ハ学生ヲ海外ニ遣リ或ハ校ヲ創メ或ハ会ヲ設ケ孜々汲々至ラサル所ナリ将サニ人民ヲシテ皆法学薀奥ヲ極ムルヲ得セシメントセリ唯憾ムラクハ年月尚浅ク未タ其功ヲ奏セス而シテ其弊ノ如キハ既ニ漸ク萌生シ人ヲシテ法学ヲ視テ以テ健訟ノ具ト為サシムルニ至レリ豈ニ救正セサル可ケンヤ生等学浅ク識拙キモ嘗テ自ラ揣ラス聊カ救正ノ志アリ同心協力一校ヲ設立シ将サニ以テ公衆共同シ大ニ法理ヲ講究シテ其真諦ヲ拡張セントス名ケテ明治法律学校ト曰フ私ニ聖代ニ遭遇スルノ喜ヲ志スルナリ斯挙ヤ実ニ上ハ国恩ノ万一ニ酬ヒ下ハ同胞相愛スルノ責ヲ塞クニアリ請フ全国ノ志士鄙衷ヲ諒スルアラハ恵然来会シ其功ヲ奏スルニ至リ以テ明治聖代ノ士タルニ慚チサランコトヲ聊カ記シテ本校設立ノ趣旨ヲ陳スルコト爾リ

明治十四年一月 創業者

 

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