旧優生保護法国家賠償請求訴訟判決文

令和5年(受)第1319号 国家賠償請求事件

令和6年7月3日 大法廷判決


主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。


理由

上告代理人春名茂ほかの上告受理申立て理由について

1 被上告人ら及びその被承継人ら(以下、併せて「第1審原告ら」という。)は、自ら又は配偶者が、優生保護法(昭和23年法律第156号。平成8年法律第105号による改正後の題名は母体保護法。以下、同改正の前後を通じて「優生保護法」という。)3条1項1号から3号まで、10条又は13条2項の規定(ただ し、3条1項1号、2号及び10条については、昭和23年9月11日から平成8年9月25日までの間、3条1項3号については、昭和23年9月11日から平成8年3月31日までの間、13条2項については、昭和27年5月27日から平成8年9月25日までの間において施行されていたもの。以下、併せて「本件規定」という。)に基づいて、生殖を不能にする手術(以下「不妊手術」という。)を受けたと主張する者である。

本件は、被上告人らが、上告人に対し、本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、本件規定に係る国会議員の立法行為は違法であって、第1審原告らは上記不妊手術が行われたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったなどと主張して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求める事案である。上記不妊手術が行 われたことを理由とする第1審原告らの上告人に対する同項に基づく損害賠償請求権(以下「本件請求権」という。)が、平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)724条後段の期間の経過により消滅したか否かが争われている。

2 原審の適法に確定した事実関係等の概要(公知の事実を含む。)は、次のとおりである。

(1)ア 優生保護法は、昭和23年6月28日に成立し、同年7月13日に公布され、同年9月11日に施行された法律である。

制定時の優生保護法1条は、この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする旨を定め、同法2条1項は、この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう旨を定めていた。そして、優生保護法施 行規則(昭和24年厚生省令第3号)1条は、優生手術の術式として、精管切除結さつ法、精管離断変位法、卵管圧挫結さつ法及び卵管間質部けい状切除法を定めていた。

制定時の優生保護法3条1項は、医師は、同項各号の一に該当する者(ただし、未成年者、精神病者及び精神薄弱者を除く。)に対して、本人の同意及び配偶者(届出をしないが事実上婚姻関係と同様な事情にある者を含む。以下同じ。)があるときはその同意を得て、優生手術を行うことができる旨を定め、これに該当する者として、①本人又は配偶者が遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神変質症、遺伝性病的性格、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有し、かつ子孫にこれが遺伝するおそれの あるもの(2号)、③本人又は配偶者がらい疾患にかかり、かつ子孫にこれが伝染するおそれのあるもの(3号)等を定めていた。

また、制定時の優生保護法は、4条において、医師は、診断の結果、同法別表に掲げる疾患にかかっていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護委員会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定め、5条から9条までにおいて、同審査の手続等について定めていた。そして、同法10条は、優生手術を行うことが適当である旨の決定に異議がないとき又はその決定若しくはこれに関する判決が確定したときは、都道府県優生保 護委員会の指定した医師が優生手術を行う旨を定めていた。なお、同法別表は、遺伝性精神病(1号)、遺伝性精神薄弱(2号)等の疾病や障害を掲げていた。

イ 優生保護法は、昭和24年法律第154号(同年6月1日施行)、同年法律第216号(同月24日施行)及び昭和27年法律第141号(同年5月27日施行。以下「昭和27年改正法」という。)により改正された。これらの改正においては、優生保護法3条1項1号及び2号が改められ、それぞれ、①本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇形を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの(1号)、②本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性奇形を有しているもの(2号)とされたほか、同法中「都道府県優生保護委員会」が「都道府県優生保護審査会」に、同法4条中「申請することができる。」が「申請しなければならない。」に改められ、同法別表に掲げる疾病や障害の分類、名称等が改められるなどした。

また、昭和27年改正法による改正後の優生保護法は、12条において、医師は、同法別表1号又は2号に掲げる遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱にかかっている者について、精神衛生法(昭和25年法律第123号)20条又は21条に規定する保護義務者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手 術を行うことの適否に関する審査を申請することができる旨を定めていた。そして、上記改正後の優生保護法13条2項は、優生手術を行うことが適当である旨の都道府県優生保護審査会の決定があったときは、医師は、優生手術を行うことができる旨を定めていた。

なお、優生保護法施行規則は、昭和27年厚生省令第32号により全部改正されたが、改正の前後で1条の定める優生手術の術式に変更はない。

(2) 厚生事務次官は、昭和28年6月12日、「優生保護法の施行について」と題する通知(同日厚生省発衛第150号。以下「昭和28年次官通知」という。)を各都道府県知事宛てに発出した。昭和28年次官通知には、審査を要件とする優生手術について、本人の意見に反しても行うことができるものである旨、この場合に許される強制の方法は、手術に当たって必要な最小限度のものでなければならないので、なるべく有形力の行使は慎まなければならないが、それぞれの具体的な場合に応じては、真にやむを得ない限度において身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない旨等が記載されていた。

厚生省公衆衛生局庶務課長は、昭和29年12月24日、「審査を要件とする優生手術の実施の推進について」と題する通知(同日衛庶第119号)を各都道府県衛生部長宛てに発出した。同通知には、審査を要件とする優生手術について、当該年度における11月までの実施状況をみると、以前に提出願った実施計画を相当に下回る現状にあるので、なお一層の努力をいただき計画どおり実施するように願いたい旨が記載されていた。また、同局精神衛生課長は、昭和32年4月27日、各都道府県衛生主管部(局)長に宛てて、例年、優生手術の実施件数が予算上の件数を下回っている実情であり、当該年度における優生手術の実施についてその実をあげられるようお願いする旨を通知した。

(3)ア 被上告人Xは、昭和7年生まれの男性であり、出生時から両耳が聞こえなかった。aは、同年生まれの女性であり、3歳の頃、病気のために聴力を失った。被上告人Xとaは、昭和35年5月に結婚式を挙げ、昭和36年12月に婚姻の届出をした。

aは、昭和35年7月又は同年8月頃に妊娠したことが判明したところ、その日の翌日、母親に連れられて病院に行き、人工妊娠中絶を受けるとともに、不妊手術を受けた。同不妊手術は、aの母親の同意をもってa及び被上告人Xの同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。

イ bは、昭和▲年生まれの男性であり、▲歳の頃、両耳の慢性中耳炎が悪化して難聴となった。被上告人Xは、昭和▲年生まれの女性であり、出生時から両耳が聞こえなかった。bと被上告人Xは、昭和43年頃に結納を交わし、昭和43年▲月に婚姻の届出をした。

bは、昭和43年1月ないし同年3月頃、母親に連れられて病院に行き、不妊手術を受けた。同不妊手術は、bの母親の同意をもってbの同意があったものとして、優生保護法3条1項1号の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。

ウ 被上告人Xは、昭和30年生まれの女性であり、先天性の脳性小児麻痺である旨の医師の診断を受けていた。

被上告人Xは、昭和43年3月、不妊手術を受けた。同不妊手術は、優生保護法13条2項の規定(昭和27年改正法による改正後のもの)に基づいて行われたものであった。

(4)ア 平成8年4月1日、らい予防法の廃止に関する法律(同年法律第28号)が施行され、同法により優生保護法3条1項3号の規定が削除された。

平成8年9月26日、優生保護法の一部を改正する法律(同年法律第105号)が施行された。同法による優生保護法の改正(以下「平成8年改正」という。)においては、同法の題名が「母体保護法」に、同法1条中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに」が「不妊手術及び人工妊娠中絶に関する事項を定 めること等により」に改められ、同法3条1項1号、2号、4条から13条までの各規定が削除されるなどした。

イ 厚生労働省の保管する資料によれば、昭和24年以降平成8年改正までの間に本件規定に基づいて不妊手術を受けた者の数は約2万5000人であるとされている。

(5)ア 市民的及び政治的権利に関する国際規約に基づいて設置された人権委員会(以下「自由権規約委員会」という。)は、平成10年11月、日本政府の報告についての総括所見(以下「本件総括所見」という。)を採択した。本件総括所見において、自由権規約委員会は、障害を持つ女性の強制不妊の廃止を認識する一方、法律が強制不妊の対象となった人達の補償を受ける権利を規定していないことを遺憾に思い、必要な法的措置がとられることを勧告するとした。また、日本弁護士連合会は、平成13年11月、日本政府は、自由権規約委員会から勧告を受けている優生保護法下の強制不妊手術の被害救済に取り組むべきであり、同法の下で強制的な不妊手術を受けた女性に対して、補償する措置を講ずべきである旨の意見を公表した。

しかし、日本政府は、平成18年12月に自由権規約委員会に提出した報告において、優生保護法に基づき適法に行われた手術については、過去に遡って補償することは考えていないとした。

イ 日本弁護士連合会は、平成19年12月、上記報告につき、国は、過去に発生した障害を持つ女性に対する強制不妊措置について、政府としての包括的な調査と補償を実施する計画を早急に明らかにすべきである旨の意見を公表した。また、自由権規約委員会は、平成20年10月及び平成26年8月に採択した各総括所見 において、日本政府は本件総括所見における勧告を実施すべきであるとした。さらに、女子に対する差別の撤廃に関する委員会は、平成28年3月、日本政府の報告についての最終見解において、優生保護法に基づく強制的な不妊手術を受けた全ての被害者に支援の手を差し伸べ、被害者が法的救済を受け、補償とリハビリテーションの措置の提供を受けられるようにするため、具体的な取組を行うことを勧告するとした。

しかし、平成31年4月までの間、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者に対し、補償の措置が講じられることはなかった。

(6) 平成30年9月28日、被上告人X 、a、b及び被上告人Xが本件訴えを提起し、平成31年2月27日、被上告人Xが本件訴えを提起した。上告人は、本件訴訟において、本件請求権は改正前民法724条後段の期間の経過により消滅した旨を主張した。

(7) 平成31年4月24日、「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(以下「一時金支給法」という。)が成立し、一部の規定を除いて施行された。

一時金支給法は、前文において、優生保護法に基づき、あるいは同法の存在を背景として、多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、平成8年に関係規定が削除されるまでの間において不妊手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてきたとし、そのことに対して、我々は、それぞれの立場にお いて、真摯に反省し、心から深くおわびするなどとしている。そして、一時金支給法は、3条において、国は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む所定の者に対し、一時金を支給する旨を定め、4条において、一時金の額は320万円とする旨を定め、5条1項において、内閣総理大臣は、一時金の支給を受けようとする者の請求に基づき、当該支給を受ける権利の認定を行い、当該認定を受けた者に対し、一時金を支給する旨を定めている。他方、同法は、一時金の法的性格を明らかにしておらず、一時金の支給を受けるべき者が同一の事由について損害賠償その他の損害の塡補を受けた場合の調整等についての定めも設けていないなど、上告人に損害賠償責任があることを前提とはしていない。

(8)ア 令和2年11月、bが死亡し、相続人である被上告人Xがbの権利義務を承継した。

イ 令和4年6月、aが死亡し、相続人である被上告人Xがaの権利義務を承継した。

3 原審は、上記事実関係等の下において、本件規定は憲法13条及び14条1項に違反し、本件規定に係る国会議員の立法行為は国家賠償法1条1項の適用上違法であり、第1審原告らは自ら又は配偶者が本件規定に基づいて不妊手術を受けたことによって精神的・肉体的苦痛を被ったものであって、a及びbの慰謝料は各1 300万円、被上告人X及び同Xの慰謝料は各200万円、被上告人Xの慰謝料は1500万円と認めるのが相当であるなどとした上で、要旨次のとおり判断して、被上告人らの請求をいずれも一部認容した。

改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであると解されるところ、本件請求権の除斥期間は、本件訴えが提起される前に経過している。しかしながら、除斥期間の経過による効果を認めるのが著しく正義・公平の理念に反する特段の事情がある場合には、条理にもか なうよう、時効停止の規定(同法158条から160条まで)の法意等に照らして、例外的に上記効果を制限できると解すべきであるところ、本件請求権については、上記特段の事情があるものとして、本件規定が憲法の規定に違反していることを上告人が認めた時又は本件規定が憲法の規定に違反していることが最高裁判所の 判決により確定した時のいずれか早い時から6か月を経過するまでの間は、上記効果が生じないというべきである。そして、第1審原告らは、上記効果が生ずる前に本件訴えを提起したといえるから、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえない。

4 所論は、最高裁昭和59年(オ)第1477号平成元年12月21日第一小法廷判決・民集43巻12号2209頁(以下「平成元年判決」という。)その他の判例によれば、本件請求権は、改正前民法724条後段の期間の経過により消滅したというべきであり、原審の判断には同条後段の解釈の誤り及び判例違反があるというものである。

5 平成元年判決は、改正前民法724条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えが除斥期間の経過後に提起された場合には、裁判所は、当事者からの主張がなくても、除斥期間の経過により同請求権が消滅したものと判断すべきであっ て、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用であるという主張は、主張自体失当である旨を判示している。

しかしながら、本件の事実関係の下において、除斥期間の経過により本件請求権が消滅したものとして上告人が損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。平成元年判決が示した上記の法理をそのまま維持することはできず、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用となる場 合もあり得ると解すべきであって、本件における上告人の除斥期間の主張は、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。以下、これを詳述する。

6(1)ア 本件訴訟において、被上告人らは、本件規定は憲法13条、14条1項等に違反しており、本件規定に係る国会議員の立法行為は国家賠償法1条1項の適用上違法であるなどと主張して、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより第1審原告らに生じた損害の賠償を求めている。

イ 本件規定は、①優生保護法の定める特定の疾病や障害(以下「特定の障害等」という。)を有する者、②配偶者が特定の障害等を有する者又は③本人若しくは配偶者の4親等以内の血族関係にある者が特定の障害等を有する者を対象者とする不妊手術について定めたものである。

憲法13条は、人格的生存に関わる重要な権利として、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障しているところ(最高裁令和2年(ク)第993号同5年10月25日大法廷決定・民集77巻7号1792頁参照)、不妊手術は、生殖能力の喪失という重大な結果をもたらす身体への侵襲であるから、不妊手術を受けることを強制することは、上記自由に対する重大な制約に当たる。したがって、正当な理由に基づかずに不妊手術を受けることを強制することは、同条に反し許されないというべきである。

これを本件規定についてみると、平成8年改正前の優生保護法1条の規定内容等に照らせば、本件規定の立法目的は、専ら、優生上の見地、すなわち、不良な遺伝形質を淘汰し優良な遺伝形質を保存することによって集団としての国民全体の遺伝的素質を向上させるという見地から、特定の障害等を有する者が不良であるという 評価を前提に、その者又はその者と一定の親族関係を有する者に不妊手術を受けさせることによって、同じ疾病や障害を有する子孫が出生することを防止することにあると解される。しかしながら、憲法13条は個人の尊厳と人格の尊重を宣言しているところ、本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえないものであることが明らかであり、本件規定は、そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反するものといわざるを得ない。

したがって、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められず、本件規定により不妊手術を受けることを強制することは、憲法13条に反し許されないというべきである。なお、本件規定中の優生保護法3条1項1号から3号までの規定は、本人の同意を不妊手術実施の要件としている。しかし、同規定 は、本件規定中のその余の規定と同様に、専ら優生上の見地から特定の個人に重大な犠牲を払わせようとするものであり、そのような規定により行われる不妊手術について本人に同意を求めるということ自体が、個人の尊厳と人格の尊重の精神に反し許されないのであって、これに応じてされた同意があることをもって当該不妊手術が強制にわたらないということはできない。加えて、優生上の見地から行われる不妊手術を本人が自ら希望することは通常考えられないが、周囲からの圧力等によって本人がその真意に反して不妊手術に同意せざるを得ない事態も容易に想定されるところ、同法には本人の同意がその自由な意思に基づくものであることを担保する規定が置かれていなかったことにも鑑みれば、本件規定中の同法3条1項1号から3号までの規定により本人の同意を得て行われる不妊手術についても、これを受けさせることは、その実質において、不妊手術を受けることを強制するものであることに変わりはないというべきである。

また、憲法14条1項は、法の下の平等を定めており、この規定が、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り、法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものであると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号67 6頁、最高裁昭和45年(あ)第1310号同48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)。しかるところ、本件規定は、①特定の障害等を有する者、②配偶者が特定の障害等を有する者及び③本人又は配偶者の4親等以内の血族関係にある者が特定の障害等を有する者を不妊手術の対象者と定めているが、上記のとおり、本件規定により不妊手術を行うことに正当な理由があるとは認められないから、上記①から③までの者を本件規定により行われる不妊手術の対象者と定めてそれ以外の者と区別することは、合理的な根拠に基づかない差別的取扱いに当たるものといわざるを得ない。

ウ 以上によれば、本件規定は、憲法13条及び14条1項に違反するものであったというべきである。そして、以上に述べたところからすれば、本件規定の内容は、国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白であったというべきであるから、本件規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法1条1項の適用上、違法の評価を受けると解するのが相当である(最高裁平成13年(行ツ)第82号、第83号、同年(行ヒ)第76号、第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。

(2)ア 改正前民法724条は、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図した規定であると解されるところ、上記のとおり、立法という国権行為、それも国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害することが明白であるものによって国民が重大な被害を受けた本件においては、法律関係を安定させることによって関係者の利益を保護すべき要請は大きく後退せざるを得ないというべきであるし、国会議員の立法行為という加害行為の性質上、時の経過とともに証拠の散逸等によって当該行為の内容や違法性の有無等についての加害者側の立証活動が困難になるともいえない。そうすると、本件には、同条の趣旨が妥当しない面があるというべきである。

イ その上で、上告人は、上記のとおり憲法13条及び14条1項に違反する本件規定に基づいて、昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。さらに、上告人は、その実施に当たり、審査を要件とする優生手術を行う際には身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段を用いることも許される場合がある旨の昭和28年次官通知を各都道府県知事宛てに発出するなどして、優生手術を行うことを積極的に推進していた。そして、上記施策が実施された結果として、少なくとも約2万50 00人もの多数の者が本件規定に基づいて不妊手術を受け、これにより生殖能力を喪失するという重大な被害を受けるに至ったというのである。これらの点に鑑みると、本件規定の立法行為に係る上告人の責任は極めて重大であるといわざるを得ない。

また、法律は、国権の最高機関であって国の唯一の立法機関である国会が制定するものであるから、法律の規定は憲法に適合しているとの推測を強く国民に与える上、本件規定により行われる不妊手術の主たる対象者が特定の障害等を有する者であり、その多くが権利行使について種々の制約のある立場にあったと考えられることからすれば、本件規定が削除されていない時期において、本件規定に基づいて不妊手術が行われたことにより損害を受けた者に、本件規定が憲法の規定に違反すると主張して上告人に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権を行使することを期待するのは、極めて困難であったというべきである。本件規定は、平成8年に全て削除されたものの、その後も、上告人が本件規定により行われた不妊手術は適法であるという立場をとり続けてきたことからすれば、上記の者に上記請求権の行使を期待するのが困難であることに変わりはなかったといえる。そして、第1審原告らについて、本件請求権の速やかな行使を期待することができたと解すべき特別の事情があったこともうかがわれない。

加えて、国会は、立法につき裁量権を有するものではあるが、本件では、国会の立法裁量権の行使によって国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な本件規定が設けられ、これにより多数の者が重大な被害を受けたのであるから、公務員の不法行為により損害を受けた者が国又は公共団体にその 賠償を求める権利について定める憲法17条の趣旨をも踏まえれば、本件規定の問題性が認識されて平成8年に本件規定が削除された後、国会において、適切に立法裁量権を行使して速やかに補償の措置を講ずることが強く期待される状況にあったというべきである。そうであるにもかかわらず、上告人は、その後も長期間にわたって、本件規定により行われた不妊手術は適法であり、補償はしないという立場をとり続けてきたものである。本件訴えが提起された後の平成31年4月に一時金支給法が成立し、施行されたものの、その内容は、本件規定に基づいて不妊手術を受けた者を含む一定の者に対し、上告人の損害賠償責任を前提とすることなく、一時金320万円を支給するというにとどまるものであった。

ウ 以上の諸事情に照らすと、本件訴えが除斥期間の経過後に提起されたということの一事をもって、本件請求権が消滅したものとして上告人が第1審原告らに対する損害賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができないというべきである。

7(1) 以上のことを踏まえて、改正前民法724条後段に関して平成元年判決が示した法理につき、改めて検討する。

不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する改正前民法724条の趣旨に照らせば、同条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は、除斥期間の経過により法律上当然に消滅するものと解するのが相当である。もっとも、このことから更に進んで、裁判所は当 事者の主張がなくても除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断すべきであり、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用である旨の主張は主張自体失当であるという平成元年判決の示した法理を維持した場合には、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定という同条の上記趣旨を踏まえても、本件のような事案において、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することのできない結果をもたらすことになりかねない。同条の上記趣旨に照らして除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用とされる場合は極めて限定されると解されるものの、そのような場合があることを否定することは相当でないというべきである。

そして、このような見地に立って検討すれば、裁判所が除斥期間の経過により上記請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。これと異なる趣旨をいう平成元年判決その他の当裁判所の判例は、いずれも変更すべきである。

(2) 前記6のとおり、本件の事実関係の下において本件請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。したがって、第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されないというべきである。

8 以上によれば、本件請求権が除斥期間の経過により消滅したとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。所論引用の判例(ただし、平成元年判決を除く。)は、いずれも本件に適切ではない。論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。なお、裁判官三浦守、同草野耕一の各補足意見、裁判官宇賀克也の意見がある。

裁判官三浦守の補足意見は、次のとおりである。

1 判例を変更すべき範囲について補足的に意見を述べる。

(1) 本判決により変更される判例は、改正前民法724条後段の期間が除斥期間であることを理由として、上記期間の経過による請求権消滅の主張が信義則違反又は権利濫用である旨の主張は主張自体失当であると解していたが、上記期間については、最高裁平成20年(受)第804号同21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁の田原睦夫裁判官の意見のほか、多くの学説がこれを時効期間と解してきた。そして、平成29年法律第44号(以下「民法改正法」という。)による改正後の民法(以下「改正後民法」という。)724条も、20年の期間を時効期間と規定するに至り、平成元年判決が、改正前民法724条後段が長期の時効を規定していると解することは同条の趣旨に沿わない旨を判示していたことの合理性も問題となる。そこで、当裁判所の判例が同条後段の期間を除斥期間とする点についても、これを改めるべきか否かについて検討する。

(2) 改正前民法724条後段の期間は不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものであり、同請求権は除斥期間の経過により法律上当然に消滅するという法理は、判例として確立したものであり、これに従って数多くの裁判例が積み重ねられ、社会においてもそれが規範として通用してきた。これは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図するものとして相応の合理性を有している。

他方で、改正後民法724条は、20年の期間を時効期間と規定したが、この改正は、上記期間を除斥期間とした場合には、中断や停止の規定の適用がないため、期間の経過による権利の消滅を阻止することができず、また、信義則違反や権利濫用に当たる旨を主張する余地がないことから、長期にわたって加害者に対する損害 賠償請求をしなかったことに真にやむを得ない事情があると認められる事案においても、被害者の救済を図ることができないおそれがあると考えられたことによるものと解される(平成29年4月25日及び同年5月9日参議院法務委員会における法務大臣及び法務省民事局長各答弁等参照)。これは、上記のような被害者の救済という立法政策上の判断によるものということができ、それによって、判例として確立している上記法理の合理性が当然に失われるものとはいい難い。

また、上記被害者の救済に関する問題のうち、中断の規定の適用の点については、中断事由に当たる事情があった場合は、被害者は損害及び加害者を知っており、3年の消滅時効の問題となることから、20年の期間の経過による権利の消滅の阻止が問題となるのは、実際上極めて限られた事案である。また、停止の規定の 適用の点については、改正前民法158条又は160条の法意に照らし、改正前民法724条後段の効果が生じない場合がある。

そして、信義則違反や権利濫用に当たる旨の主張の点については、本判決による判例変更に関わる問題であるが、不法行為に関する損害賠償制度は、被害者に生じた現実の損害を加害者に賠償させることにより、被害者が被った不利益を補塡して、不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とし、損害の公平な分担を図ることをその理念としており、改正前民法724条後段の期間が除斥期間であるとしても、その主張について民法1条の基本原則が否定される理由はない。この場合、3年の消滅時効と異なり、被害者の認識のいかんを問わず、20年という期間の経過によって法律関係が確定するが、除斥期間の主張が信義則違反又は権利濫用として許されないときは、被害者の救済が図られることになる。

さらに、民法改正法は、20年の期間が民法改正法の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による旨を規定し(附則35条1項)、それまでに形成された法律関係はそのまま維持されるものとしている。改正前民法724条後段の期間を除斥期間とする法理についてまで判例変更を した場合には、民法改正法の施行までの間に消滅したものと認識されてきた請求権について、改めて、時効に関する諸規定によってその存否を確定すべきことになるが、民法改正法がこのような法律関係の遡及的な見直しを意図したものとは解されない。

(3) 判例の変更は、法の安定と発展の両面に関わる問題であるが、以上に鑑みると、長期にわたって加害者に対する損害賠償請求をしなかったことに真にやむを得ない事情がある場合にも被害者の救済を図るという改正後民法の趣旨等を踏まえても、本判決による判例変更の点に加え、除斥期間という期間の法的性質の点についてもこれを改めることが相当とまではいえない。

2 本判決を踏まえた国の対応等について付言する。

本件は、立法府が、非人道的かつ差別的で、明らかに憲法に違反する立法を行い、これに基づいて、長年に及ぶ行政府の施策の推進により、全国的かつ組織的に、極めて多数の個人の尊厳を否定し憲法上の権利を侵害するに至った被害の回復に関する事案である。

国は、本件規定が削除された後も長年にわたり、被害者の救済を放置してきたものであり、一時金支給法による一時金の支給も、国の損害賠償責任を前提とするものではなく、その額も十分とはいえない。また、これまでにその支給の認定を受けた者は、不妊手術を受けた者の総数に比して極めて低い割合にとどまる。

このような状況において、平成元年判決等が示した法理が今日まで維持されてきたことは、国が損害賠償責任を負わない旨の主張を維持することを容易にするなど、問題の解決を遅らせる要因にもなったと考えられるが、国が必要な立法措置等により被害者の救済を図ることが可能であったことはいうまでもない。

これらの事情に加え、被害者の多くが既に高齢となり、亡くなる方も少なくない状況を考慮すると、できる限り速やかに被害者に対し適切な損害賠償が行われる仕組みが望まれる。そのために、国において必要な措置を講じ、全面的な解決が早期に実現することを期待する。

裁判官草野耕一の補足意見は、次のとおりである。

私は多数意見の結論及び理由の全てに賛成するものであるが、多数意見が、第1審原告らの本件請求権の行使に対して上告人が除斥期間の主張をすることは信義則に反し、権利の濫用として許されない旨述べている点(以下、これを「本意見」という。)に関して補足して意見を述べておきたい。というのは、本意見はそれ自体として十分に説得的であるとは思うものの、改正前民法724条の立法趣旨について考察を深めることによって一層説得的なものになるように思えるからである。以下、そう思う理由を敷衍する。

1 最初に改正前民法724条自体の意義について考える。この点については様々な捉え方が可能であるとは思うものの、私の見るところ、同条が保障せんとする中核的利益は次の二つに収斂するのではないであろうか。

(1) その第1は、不法行為をしたとされる者が、不法行為をしたと認定される可能性がもたらす心理的・経済的コストを負担し続けることによって人生の善きあり方を構想しその実現を図る自由を妨げられることのない利益(以下「自己実現を妨げられない利益」という。)を保障することである。なぜならば、①改正前民法724条が存在することによって確実に利益を得るのは不法行為をしたとされる者だけであり、一方、②不法行為をしたとされる者といえども、限りある人生をより善きものとすることを構想しその実現を図る自由は尊重されるべきであるところ、同人が上記のコストを生涯負担し続けるとすれば、残された人生を善きものとすることを構想しその実現を図らんとする同人の自由がそれによって妨げられることは否めないところだからである。

(2) 改正前民法724条が保障せんとする第2の中核的利益は、不法行為の存否にかかわる証拠の確保が時の経過とともに困難となることを免れ得る利益(以下「証拠確保の困難性を免れ得る利益」という。)である。証拠確保の困難性を免れ得る利益は、不法行為をしたとされる者が享受し得るのみならず、裁判を受ける権利を有する国民一般の福利にも及ぶものである点において、自己実現を妨げられない利益とは性質を異にしている。けだし、劣化した証拠の下で司法が裁判を行うことを余儀なくされるとすれば、それによって生じるものは正しい裁判を受け得るという国民の期待そのものの低下に他ならないからである。

2 1項で述べたことを踏まえて改正前民法724条を国家賠償法1条に適用することにいかなる意義を見出し得るかを考えてみたい。

(1) 最初にいえることは、その職務を行うについて不法行為をしたとされる、公権力の行使に当たる公務員(以下、単に「不法行為をしたとされる公務員」という。)の自己実現を妨げられない利益を保障することにかかる意義を見出すことはできないという点である。なぜならば、国家賠償法上、不法行為をしたとされる公務員個人は原則として損害賠償責任を負わないと解されるから、同人の自己実現を妨げられない利益を国家賠償法に適用される改正前民法724条が保障する必要はないからである。

(2) そこで次に、自己実現を妨げられない利益を国家賠償法上の責任帰属主体である国又は公共団体(以下では表現を簡略化するために「国」についてのみ言及する。)に及ぼす論理について考える。この場合、自己実現を妨げられない利益は、「国が、不法行為をしたとされる公務員について不法行為があったと認定される可能性がもたらす心理的・経済的コストを負担し続けることによって国家の善きあり方を構想しその実現を図る自由を妨げられることのない利益」と言い直すことができるであろう(以下、この利益を「善き国家の構想・実現を妨げられない利益」という。)。思うに、善き国家の構想・実現を妨げられない利益を保障することは、確かに正当な立法目的であるとはいえるものの、上記に述べた心理的・経済的コストは国家の受益者でもあるところの現在及び将来の国民によって分散して負担されることに鑑みるならば、問題となっている損害の賠償が国家の財政に回復し難いほどの負担をもたらす等の特段の事情がある場合は格別、そうでない限り、上記の可能性が存続することによって国が国家の善きあり方を構想しその実現を図る自由を妨げられることになるとは考え難く、本件においても、上記特段の事情は見出し得ない。

(3) 以上に対して、証拠確保の困難性を免れ得る利益は国民一般の福利に及ぶものであるから、同利益は国家賠償請求訴訟においても均しく保障されるべきであることは疑いを入れない。しかしながら、本件においては、国会議員の立法行為という公開の場での活動が不法行為を構成しているのであるから、たとえそれが行われたのが半世紀以上前のことであるとしても証拠の確保が困難となる事態に至っているとは考え難い。

3 改正前民法724条の立法趣旨に照らして考える限り本件請求権が除斥期間の経過によって消滅したとすることに積極的意義を見出し得ないことは、以上の考察によって十分に示し得たのではないであろうか。しかしながら、同条の立法趣旨についての考察が本意見に及ぼすものは以上の諸点に尽きるわけではない。という のは、同条の立法趣旨の一つであるところの善き国家の構想・実現を妨げられない利益の保障という点は、本件において上告人が除斥期間の主張をすることが信義則に反し、権利の濫用として許されないと解すべきことの積極的根拠をも提供するものだからである。以下、この点を詳らかにする。

(1) 本件において注目すべきことは、本件規定の違憲性は明白であるにもかかわらず、本件規定を含む優生保護法が衆・参両院ともに全会一致の決議によって成立しているという事実である。これは立憲国家たる我が国にとって由々しき事態であると言わねばならない。なぜならば、立憲国家の為政者が構想すべき善き国家とは常に憲法に適合した国家でなければならないにもかかわらず、上記の事実は、違憲であることが明白な国家の行為であっても、異なる時代や環境の下では誰もが合憲と信じて疑わないことがあることを示唆しているからである。

(2) 上記の事態を踏まえて司法が取り得る最善の対応は、為政者が憲法の適用を誤ったとの確信を抱くに至った場合にはその判断を歴史に刻印し、以って立憲国家としての我が国のあり方を示すことであろう。

(3) しかりとすれば、当審は、粛然として本件規定が違憲である旨の判決を下すべきであり、そのためには、本件請求権が除斥期間の経過によって消滅したという主張は信義則に反し、権利の濫用に当たると判断しなければならない。これを要するに、本件請求権が除斥期間の経過によって消滅したと主張することが信義則に反し、権利の濫用に当たるとすることは、改正前民法724条の立法趣旨に反しないばかりか、その立法趣旨の一部であるところの善き国家の構想・実現という理念を積極的に推進するものである。

4 以上により、本意見が正鵠を射たものであることはより一層明らかとなったといえるのではないであろうか。

裁判官宇賀克也の意見は、次のとおりである。

1 私は、本件規定が憲法13条及び14条1項の規定に違反すると解する点、改正前民法724条後段について、期間の経過により請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、また、その主張が信義則に反し又は権利濫用として許されない場合があり、本件はまさにかかる場合に当たるので平成元年判決等を変更すべきとする点については、多数意見に賛成である。他方、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と解する点については、多数意見と意見を異にし、最高裁平成20年(受)第804号同21年4月28日第三小法廷判決・民集63巻4号853頁(以下「平成21年判決」という。)の田原睦夫裁判官の意見と同様、同条後段は消滅時効を定めるものと考えるので、以下、その理由を述べる。

2 第1に、平成元年判決は、改正前民法724条前段及び同条後段のいずれにおいても時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の趣旨にそぐわないと述べているが、同条後段が時効を定めたものと解しても、被害者が損害及び加害者を認識していなくても不法行為の時か ら時効期間が進行するため、同条後段は同条前段とは別の意味で法律関係の早期確定に資するので、平成元年判決の上記論拠は薄弱と思われる。この点は、最高裁平成5年(オ)第708号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1087頁(以下「平成10年判決」という。)の河合伸一裁判官の意見及び反対意見で指摘されていたところであり、平成29年法律第44号(以下「民法改正法」という。)による改正後の民法(以下「改正後民法」という。)724条2号が消滅時効を定めるものとされたことによって、より明確になったと思われる。なお、不法行為債権の消滅時効について短期時効と長期時効を定める立法例は、ドイツ法を始めとして、比較法的にも稀ではない。

第2に、改正前民法724条後段が、その制定時に最も参考にされたドイツ民法第1草案、第2草案及びそれに影響を与えたプロイセン普通州法の系譜を引くものであり、我が国の法典調査会における議論に照らしても、同条後段が消滅時効を定めたものとするのが立法者意思であることには疑いがない。改正前民法724条後段の20年の期間が長期であることは、除斥期間であるからではなく、改正前民法167条の基になった民法典原案168条の20年の消滅時効期間に対応するものであった。その後、民法修正案167条では「所有権以外ノ財産権ハ二十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」とされていたところ、取引上の各種債権について特別の短期消滅時効とすることを念頭において債権の消滅時効期間が10年に短縮されたのであり、施行時の民法167条1項は、「債権ハ十年間之ヲ行ハサルニ因リテ消滅ス」と規定していたが、実質的には取引上の債権について原則的時効期間を半減したものとみることができる。不法行為の場合には、加害者が長期間判明しないことが必ずしも稀でないことに鑑みると、改正前民法724条後段が、一般債権と比べて長期の消滅時効期間を定めたことには合理性があったと考えられる。このような改正前民法724条の沿革に照らせば、同条後段がむしろ原則的な時効期間であり、同条前段は、被害者が損害及び加害者を知った場合における特則として短期消滅時効を定めたものとする説明すら可能なように思われる。

第3に、文理解釈としても、改正前民法724条後段の「同様とする」は同条前段の「消滅する」のみを指すと解釈するより、「時効によって消滅する」を指すと解釈するほうが自然なように思われる。なお、民法典の口語化前は、「同様とする」の部分は「亦同シ」という文言であったが、これについても、同条前段の「時 効ニ因リテ消滅ス」を指すと解釈するほうが自然なことに変わりはない。法務省民事局参事官室「民法現代語化案補足説明」(平成16年8月)によれば、「確立された判例・通説の解釈で条文の文言に明示的に示されていないもの等を規定に盛り込む」こととされたところ、不法行為法研究会・日本不法行為法リステイトメントでは、改正前民法724条後段に相当する規定について、時効ではなく除斥期間を定めたものであることを明らかにする文言に改正することが提言されたが、この提言は容れられず、「亦同シ」を「同様とする」と口語化するにとどまり、また、平成16年の民法改正で付された条文の見出しも、同条について、「不法行為による損害賠償請求権の時効及び除斥期間」ではなく、「不法行為による損害賠償請求権の期間の制限」とされたことに照らすと、同改正において、平成元年判決がとった除斥期間説が確認されたとはいえないように思われる。

第4に、我が国では、ドイツ民法と異なり、時効期間と除斥期間を法文上明確に書き分けた上で後者の一部について準用される時効の規定が明示されているわけではないので、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と解する裁判例や学説において、除斥期間経過後の債務の承認・弁済や除斥期間を経過した債権を自働債権と する相殺が可能か等について見解が分かれており、同条後段を除斥期間を定めたものと解する場合、上記の点について裁判所がどのような解釈をとるかについて予見可能性に欠ける状態が継続することになる。他方、改正前民法724条後段の期間を消滅時効と解すれば、この問題は解消する。

第5に、改正前民法724条後段の期間を時効期間としてその中断を認めるとしても、改正前民法147条所定の時効中断事由がある場合には、被害者は損害及び加害者を知ることになるので、改正前民法724条前段による短期消滅時効が進行することになり、除斥期間説をとる場合と比較して浮動性を排除する点で劣後する とはいえないと思われる。

第6に、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と解さないと、短期の消滅時効の中断を反復することにより、損害賠償請求権が理論上は永続することになってしまうという意見もあるが、短期の消滅時効の中断を反復するという状況設定は現実性に乏しいように思われる。

第7に、改正後民法724条2号については経過規定が設けられており、民法改正法附則35条1項は、改正前民法724条後段に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例によると定めているところ、この経過規定は、同条後段が除斥期間、改正後民法724 条2号が消滅時効をそれぞれ定めたものであるため、設けられたようにも見える。しかし、国会審議において、参議院法務委員会の委員が、改正前民法724条後段の期間が除斥期間か時効かは各裁判官が判断することになると思うが、今回の改正の趣旨からすれば時効であると考えるのが道理であると思うがいかがかと質問したのに対して、政府参考人は、改正法は、改正前民法724条後段の期間が除斥期間であることを法的に確定させる性質のものではもとよりなく、同条後段の解釈については、依然としていろいろと可能であると答えている(第193回国会参議院法務委員会会議録第9号(平成29年4月25日)15頁)。すなわち、民法改正法附則35条1項の経過規定が置かれているからといって、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と法的に決定するものではなく、依然として解釈に委ねられているというのが立法者意思であるので、同条後段は消滅時効を定めたものであると判例変更することが、民法改正法附則35条1項の経過規定に反することにはならないと考えられる。

そうであるならば、同一又は類似事件で原告Aと原告Bについて、改正前民法724条後段の期間が経過するのが民法改正法の施行の前であるのか後であるのかが僅かな差で分かれ、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と解すると原告の一方が救済されなくなるような事態が生ずることを避けるために、同条後段も、改正 後民法724条2号と同様、消滅時効を定めたものと解することが望ましいように思われる。

3 本件で改正前民法724条後段が消滅時効を定める規定であると解する場合には、除斥期間説を前提としてその例外を認める平成10年判決、平成21年判決も併せて変更することになると思われる。

他方において、除斥期間の起算点に関する最高裁平成13年(受)第1760号同16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁(以下「筑豊じん肺訴訟最高裁判決」という。)、最高裁平成13年(オ)第1194号、第1196号、同年(受)第1172号、第1174号同16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁(以下「水俣病関西訴訟最高裁判決」という。)、最高裁平成16年(受)第672号、第673号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁(以下「B型肝炎北海道訴訟最高裁判決」という。)、最高裁令和元年(受)第1287号同3年4月26日第二小法廷判決・民集75巻4号1157頁(以下「B型肝炎九州訴訟最高裁判決」という。)に関しては、除斥期間と消滅時効とでは起算点の考え方が当然に異なるという前提に立つものではなく、損害の性質に鑑みて、起算点を判断していると考えられるので、判例変更は不要と思われる。すなわち、筑豊じん肺訴訟最高裁判決は、「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」と判示しているし、水俣病関西訴訟最高裁判決、B型肝炎北海道訴訟最高裁判決及びB型肝炎九州訴訟最高裁判決も、「身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となる」と判示している。

これらの判例は、消滅時効ではなく除斥期間であることを理由として起算点を判断しているのではなく、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した 後に損害が発生する場合であるという損害の性質に鑑みて、起算点を判断しているのであり、その考え方は、改正前民法724条後段を消滅時効を定めたものと解しても妥当し、その先例としての価値を失わないものと思われる(この点は、平成21年判決の田原睦夫裁判官の意見でも指摘されているところである。)。

また、最高裁平成30年(受)第388号令和2年3月24日第三小法廷判決・民集74巻3号292頁(以下「固定資産税等賦課決定事件最高裁判決」という。)においても、除斥期間の起算点が論点になるが、そこで争点になったのは、家屋の新築時における再建築費評点数の算出の誤りに起因して固定資産税等が過大に評価された場合、新築時における誤った評価に基づく価格決定の時点(当該事案では昭和58年)からその後の年度における固定資産税等賦課決定を含めて除斥期間が進行すると解するか(原審の立場)、それとも、各年度の固定資産税等の納付通知書が交付された時点を起算点として、それぞれ別個に除斥期間を計算するか(最高裁の立場)であった。したがって、固定資産税等賦課決定事件最高裁判決は、改正前民法724条後段の期間を除斥期間と解するか、消滅時効と解するかと 関わるものではなく、固定資産税等が過大に評価され、その誤りに基づく固定資産税等の過大評価が長期にわたり継続した場合における期間計算の起算点についての判例として、同条後段は消滅時効を定めるものと解したとしても、それにより影響を受けるものではなく、先例としての意義を失わないと考えられるため、判例変更の必要はないと思われる。

さらに、改正前民法724条後段の規定の適用が問題になる事案は、ごく僅かにとどまると思われること(この点は、平成21年判決における田原睦夫裁判官の意見でも指摘されている。)、同条後段は既に改正され、改正後民法724条2号は消滅時効を定めるものとなっていること、既に判決が確定済みの民事事件について は、それを是正する制度は存在せず、本件において改正前民法724条後段は消滅時効を定めたものとする判例変更を行ったとしても、確定判決に法的影響が及ぶわけではないこと、本件における判例変更は同条後段のみを射程とするものであり、これまで除斥期間を定めたものと解されてきた他の規定を射程とするものではないことに照らせば、法的安定性への配慮は必要であるものの、同条後段は消滅時効を定めたものとする判例変更を行ったとしても、それによる混乱を懸念するには及ばないように思われる。

(裁判長裁判官 戸倉三郎 裁判官 深山卓也 裁判官 三浦 守 裁判官 草野耕一 裁判官 宇賀克也 裁判官 林 道晴 裁判官 岡村和美 裁判官 安浪亮介 裁判官 渡邉惠理子 裁判官 岡 正晶 裁判官 堺  徹 裁判官 今崎幸彦 裁判官 尾島 明 裁判官 宮川美津子 裁判官 石兼公博)

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