日本撤兵に就て


日本撤兵に就て 編集

撤兵は断じて不可なり而して過激主義を撲滅せよ

後貝加爾州より日本軍を撤兵すべしとの日本政府の声明は祖国の将来の為に憂慮しつゝある露国人間に非常に重苦しい感を惹起せしめたのである。後貝加爾州より日本軍撤兵は極東に於てポリシエウイズムを禦ぐ最後の関所と城堡である。後貝加爾並に堅氷を踏み全西部シベリヤを普く跋渉し有史以来前代未聞の辛酸を嘗め此地に集まりし名誉ある軍勢をも危地に陥らしむるものである。熟々と惟んみるに極東に在つて日露の利害休戚は親しく相接触し多くの関係に於ては殆ど相分つべからざる状態であるが故、後貝加爾撤兵は独り露国の利益に対する脅威であるのみならず亦日本の利害関係に一大打撃を来すものと見做さゞるを得ぬのである。

△日本撤兵せば後貝加爾州は必ず過激派の掌中に陥るのである。而して之より過激主義は東支鉄道線路区域内に宣伝せられ、欧露の過激派と黒竜州との聯絡生じ赤軍雲霞の如く襲ひ来る事鏡に懸けて見るが如くである。日支関係に就て云はんか支那人が東支鉄道線路区域を己の掌中に入れ日本の管理を脱し却つて過激派と協商するに至るのである。新聞の通信に今回張作霖の訓令に由り六個旅団が哈爾浜及其附近に配置せらるべしとの事である。

△支那人と過激派とは東支鉄道租借地内に於て結託する事となれば満州地方より日本の勢力を駆逐し尚ほ進んでは朝鮮並に日本内地迄も過激派主義宣伝を為すに至るのである。西方より黒竜州に向つて過激派軍の援兵続々来り、彼地に在る過激派の部隊に応援し日本軍を脅威すべく而して日本軍は黒竜州に在る過激派討伐の為め増兵せざるべからざる事となるのである。又目下

△過激派に向つて停戦を勧告しつゝある日本の政策は沿海州に過激派の発展を助け之により延て朝鮮国内に排日運動のプロパガンダを熾にする基を開く事になるのである。

△過激派と協調し親善の間柄に於て通商を開始する事は到底思ひも寄らざる事である。彼等は元来排日主義者にして日本人を仇敵と為す所の者である、如何に彼等は其主義に熱心であるかは外国駐在の過激派の代表者に宛て送られたる過激政府の訓令が明かに之を証す
今左に其訓令を掲ぐ
「目下後貝加爾に於ける日本軍一師団維持の為に要する出費は過激派が後貝加爾を占領し東支鉄道線路に侵入し黒竜州に地盤を作るに当り負担すべき費用に比すれば極めて些々たるものなり、朝鮮に安寧を来さん為にも経費は益々嵩まん朝鮮国には過激派の援助に由り粉擾騒動益々増加すべし」
過激派には真実なし、彼等の言ふ所全然信ずるに足らぬのである、三年間露国に横暴を極めたる後

△背信的行為を縦にしたる後如何して過激派を信用する事が出来るであらうか。過激派の唯一の目的と其希望は世界万国に過激主義を宣伝し、天下に其恐るべき害毒を伝播し万国共和的国建設し不幸なる露国に於て実地目撃する如く全世界をして荒廃に帰せしめ工業、美術、文明を全く破壊せんとするにあるのである。過激派は

△非国家主義者にして国家を否認する者なりとせば全文明世界挙つて国家的生活を重んずる健全忠良なる臣民と共に一致共同し数千年の間人類が刻苦経営したる世界的文明保存の為過激派と奮闘せねばならぬのである。別けて

我等日本を欽慕し日本民の親友を以て自ら任ずる者は極東に於ては日露相連携し、一致協同以て商工業の発展を図らば、両者の為め利益大なるべきを信ずると共に日本民が後貝加爾撤兵百害ありてなく徒に過激主義発展を助くべきを悟り左の方針に由り極東政策を進行せしむる事日本の為にも遥に得策ならんと信ずるのである。
(一)過激主義を以て全文明世界公敵、世界人道の根本義を覆へす者として之に向つて断然明白に宣戦布告する事
(二)後貝加爾撤兵を当分猶予し彼地に日本勢力を保留し後貝加爾を以て全極東に於ける過激派主義伝播を防ぐ関門となし黒竜州に於ける過激派軍の増員を防ぎ満州朝鮮及日本に過激主義侵入予防すべき事
(三)日本に反過激主義思想のプロパガンダを組織的に励行し過激派の兇暴並に其非人道的目的を暴露する事
日本国民をして普く過激派の真相並に過激主義が世界別て日本に対する脅威たるを知らしむべき事
(四)露国極東即ち貝加爾湖より太平洋に至る迄国民的民主々義に基く露国唯一地方政府樹立するに助力すべき事、而して此政府は能く国を治め専ら経済実業の発展に注意し能く日露両国民の極東に於て安全なる生活を営み互いに相連携し親善を保ち平和の事業に従事し極東に於ける無尽蔵なる天与富源開拓するを得しめ日露両国幸福の増進を来さん事を期すべきである。

 

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。