新約聖書譬喩略解/第三十 百金僕を試むるの譬

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第三十　百（ひゃく）金（きん）僕（しもべ）を試（こゝろむる）の譬（たとへ）

路加十九章十二節より二十七節

或（ある）貴（たふとき）者（ひと）みづから領（りやう）地（ち）を受（うけ）て帰（かへら）んとて遠（とをき）国（くに）へ往（ゆく）とき十人（じふにん）の僕（しもべ）を召（よび）て彼（かれ）等（ら）に金（きん）十斤（じつきん）を予（あたへ）て曰（いひ）けるは我（わが）来（くる）まで商売（しやうばい）せよ　その国民（くにびと）彼（かれ）を憾（うらみ）て後（あと）より使（つかひ）を遣（つかは）し曰（いひ）けるは我（われ）儕（ら）この人（ひと）を王（わう）とする事（こと）を欲（このま）ず　領（りやう）地（ち）を受（うけ）て帰（かへり）し時（とき）おの〳〵商売（しやうばい）して幾何（なにほど）の利（り）を得（ゑ）たるかを知（しら）んとて金（かね）を予（あたへ）おきたる僕等（しもべら）を召（よべ）と命（めい）じぬ　初（はじめ）の一人（ひとり）来（きたり）て曰（いひ）けるは主（しゅ）よ爾（なんぢ）の一斤（いつきん）は十斤（じつきん）の利（り）を得（え）たり　主人（しゅじん）曰（いひ）けるは愈（よし）善（よき）僕（しもべ）よ爾（なんぢ）は小者（わづかなるもの）に忠（ちう）なれば十（とを）の邑（むら）を宰（つかさ）どるべし　また次（つぎ）の一人（ひとり）きたりて曰（いひ）けるは主（しゅ）よ爾（なんぢ）の一斤（いつきん）は五（ご）斤（きん）の利（り）を得（え）たり主人（しゅじん）曰（いひ）けるは爾（なんぢ）も五（いつゝ）の邑（むら）を宰（つかさ）どるべし　又（また）一人（ひとり）きたりて曰（いひ）けるは主（しゅ）よ爾（なんぢ）の一斤（いつきん）は此（ここ）に在（あ）り我（われ）手巾（ふくさ）に嚢（つゝみ）て蔵（おさめ）置（おき）たりき蓋（そは）なんぢ厳（きびしき）人（ひと）なるが故（ゆへ）に我（われ）おそれたり爾（なんぢ）置（おか）ざる者（もの）をとり播（まか）ざる者（もの）をかる人（ひと）なればなり　主人（しゅじん）曰（いひ）けるは悪（あしき）僕（しもべ）よ我（われ）なんぢの口（くち）に因（より）て爾（なんぢ）を鞠（さばく）べし　爾（なんぢ）我（われ）は厳（きびしき）者（もの）にて置（おか）ざる者（もの）を取（とり）まかざる者（もの）を穫（かる）と知（し）る　然（しかる）に何（なん）ぞ我（わが）来（きた）るとき本（もと）と利（り）を得（え）んが為（ため）に我金（わがかね）を兌銭肆（りやうがへや）に預（あづけ）ざりしや　遂（つひ）に傍（かたわら）に立（たて）る者（もの）に曰（いひ）けるは此人（このひと）の一斤（いつきん）を取（とり）て十斤（じつきん）有（もて）る者（もの）に予（あたへ）よ　衆人（ひとびと）主人（しゅじん）に曰（いひ）けるは其人（そのひと）すでに十斤（じつきん）を有（もて）り　主人（しゅじん）曰（いひ）けるは我（われ）爾（なんぢ）等（ら）に告（つげ）ん夫（これ）有者（もてるもの）は予（あたへ）られ不有者（もたざるもの）は其（その）所有（もてる）ものまでも取（とら）るべし且（かつ）我（わが）敵（てき）すなはち我（わが）支（し）配（はい）を欲（このま）ざる者（もの）を此（ここ）に曳（ひき）来（きた）りて我（わが）前（まへ）に誅（ころ）せ

〔註〕此（この）譬（たとへ）と第（だい）十四條（でう）の千金（せんきん）僕（しもべ）を試（こころむ）るの譬（たとへ）と似（に）たれども全（まつたく）その同（おなじ）からざることは前（まへ）に詳（つまびらか）に弁（べん）ぜり　イエス此（この）譬（たとへ）を説（とき）たまふはこの時（とき）すでにエルサレムに近（ちか）く衆人（ひとびと）イエスユダヤの王（わう）となりたまひ神国（かみのくに）興旺（おこら）んと思（おも）へるゆへイエス神国（かみのくに）は顕（あらは）るゝものにあらず己（おのれ）また権（けん）威（ゐ）を操（とり）て地（この）上（よ）の王（わう）となるものにあらず必（かなら）ず人（ひと）のために害（そこ）なはれんと語（かたり）たまひ　其（その）弟子（でし）に艱難（かんなん）を忍耐（こらへ）また力（ちから）を尽（つく）して工（はたらき）をなし将来（のち）の賞（ほうび）を望（のぞ）むべきことを教（おし）へたまひまた弟子（でし）にはあらざれども其道（そのみち）を聞（きく）を喜（よろこぶ）ものに己（おの）れは悪人（あくにん）の為（ため）に害（そこ）なはれんとすることを語（かたり）たまひ彼（かれ）等（ら）に悪人（あくにん）に附和（つき）て己（おの）れの敵（てき）となり滅亡（めつぼう）の禍（わざはい）を取（と）る勿（なか）れと教（おしへ）たまはん為（ため）に前（まへ）三（さん）十年（じふねん）の事（こと）を借（かり）てこの譬（たとへ）を説（とき）たまへり　イエス生（うまれ）て第（だい）二年（ねん）にヘロデ王（わう）の子（こ）アケラヲローマ国（こく）に往（ゆき）て封（ほう）を受（うけ）ユダヤの王（わう）となれり　ユダヤ人（びと）はアケラヲの王（わう）たるを欲（このま）ずローマ国（こく）に往（ゆき）て訟（うつたふ）れども勝（かた）ず　アケラヲはローマの国王（こくわう）並（ならび）に議（ぎ）会（かい）の喜悦（よろこび）を得（え）て卒（つひ）に允準（ゆるし）を蒙（かふむ）り命（めい）を受（う）け王（わう）となりて返（かへ）れりこの比（ころ）ユダヤはローマの管轄（しはい）を受（うけ）し故（ゆへ）なり　此（この）譬（たとへ）の本（ほん）意（い）を説（とく）に（貴人（たふときひと））とはイエスを指（さ）し（遠国（とをきくに））は天国（てんこく）を指（さ）し（領（りやう）地（ち）を受（うけ）て返（かへ）る）とは将来（のち）にイエス権（けん）を執（とり）て全地（せかい）に王（わう）となりたまふを指（さ）す　（十人（じふにん）の僕（しもべ）を召（よび）て金（きん）十斤（じつきん）を予（あたふ）る）とはイエス暫（しばら）く天国（てんこく）に登（のぼ）り地上（せかい）を離（はな）れ福音（ふくいん）の道（みち）を以（も）て弟子（でし）に託（わた）したまふを指（さ）す　（我（わ）が来（くる）まで商売（あきない）せよ）とは弟子（でし）に勉（つとめ）て力（ちから）を尽（つく）し眞（しん）理（り）を四方（よも）に傳（つたへ）て救主（すくひぬし）の再（ふたゝ）び至（いたり）たまふを待（まつ）べきことを指（さ）せり　（国民（くにびと）彼（かれ）を憾（うら）む）とは国（くに）はユダヤを指（さ）し民（たみ）はユダヤの人（ひと）を指（さ）す　（後（あと）より使（つかひ）を遣（つかは）して曰（いわ）く我（われ）儕（ら）この人（ひと）を王（わう）とする事（こと）を欲（このま）ず）とはユダヤ人（びと）イエスを妬忌（ねたみ）てその教（おしへ）の興旺（さかん）になり眞道（まことのみち）の管束（しはい）を受（うくる）を欲（ほつ）せざるを指（さ）せり　後来（のち）ユダヤ人（びと）ピラトにイエスを十（じふ）字架（じか）に釘（つけ）んことを請求（こひもとめ）しかばピラト我（われ）爾（なんぢ）の王（わう）を十（じふ）字架（じか）に釘（つけ）んやといひしに祭（さい）司（し）の長（おさ）対（こたへ）てカイザルの外（ほか）我（われ）は王（わう）なしといへり〔約翰福音十九章十五節〕 またイエスの釘（つけ）らるゝとき標札（たかふだ）にしるして十（じふ）字架（じか）の上（うへ）に置（おき）てユダヤ人（びと）の王（わう）ナザレのイエスとありしかば祭（さい）司（し）の長（おさ）ピラトにいふやうユダヤの王（わう）と書（かく）こと勿（なか）れ自（みづか）らユダヤの王（わう）と称（となふ）と書（かく）べしと〔上章二十節二十二節〕 是（これ）等（ら）の事（こと）は偶（ふと）然（し）たる戯言（たわれごと）にて認（みと）めざれどもイエスの主（しゅ）たるを欲（このま）ざるの明徴（あかし）なり　イエス神（かみ）の国（くに）は速（すみやか）に顕（あらは）るゝものにあらず地上（よのなか）の多（おほく）の人々（ひとびと）己（おのれ）に仇敵（あた）となるによりて弟子（でし）等（たち）は恒（つね）に忍耐（しのびこらへ）て終（おはり）に至（いた）り救（すくひ）を得（ゑ）んことを待（まつ）べしと解明（ときあかし）たまへり　（領（りやう）地（ち）を受（うけ）て返（かへ）る）とはイエス末日（おはりのひ）に再（ふたゝ）び世（よ）に臨（のぞみ）たまふを指（さ）す　（金（きん）を予（あたへ）おきたる僕（しもべ）を召（よび）て利（り）を獲（う）るの多（た）少（せう）を問（と）ひ賞罰（せうばつ）を定（さだむ）る）は末日（おはり）の審判（さばき）には各人（おのおの）の行為（おこなひ）に依（より）て報応（むくひ）をあたふるを指（さ）す　（二僕（ふたりのしもべ）賞（ほうび）を受（うく）るに利（り）を得（う）る多（おほき）ものは十（とを）の邑（むら）を宰（つかさどる））とは眞（まこと）の弟子（でし）主（しゅ）のために力（ちから）を尽（つく）すものは皆（みな）永福（かぎりなきさいはひ）を得（ゑ）てその内（うち）に果（くわ）を結（むすぶ）多（おほき）ものは大（おほい）なる賞（ほうび）を得（ゑ）果（くわ）を結（むすぶ）少（すくなき）ものは其（その）賞（ほうび）も少（すくな）きことを指（さ）す　（金（かね）を巾（ふくさ）に嚢（つゝ）むの僕（しもべ）は主人（しゆじん）の責罰（せめ）を受（うく）る）は懶惰（おこたる）弟子（でし）は世（よ）に悪（あく）事（じ）はなさゞれども主（しゅ）の道（みち）を以（も）て人（ひと）に訓（おしへ）ざれば自己（おのれ）もまた救（すくひ）を得（ゑ）がたきことを指（さ）す　（その所有（もてる）ものまでも取（と）らるべし）とは救（すくひ）主（ぬし）の恩典（めぐみ）を奪回（うばひかへ）すことを指（さ）せり　生時（いけるとき）懶惰（おこたる）ものは其（その）姓名（なまへ）教会（きやうくわい）の部（うち）に有（あり）てイエスの弟子（でし）と称（となへ）らるれども審判（さべき）の時（とき）救主（すくひぬし）之（これ）を認（みとめ）たまはざれば其（その）姓名（なまへ）も亡（うせ）たり　（仇敵（かたき）のもの我（われ）これを王（わう）とするを欲（このま）ずといふものを我前（わがまへ）に曳（ひき）来（きたり）て誅（ころ）すべし）とはユダヤ人（びと）のイエスを憎（にく）みその国（くに）久（ひさし）からずして滅亡（ほろぼ）さるゝを指（さ）す是（こ）れユダヤの人（ひと）のみ然（しかり）とすべからず都（すべ）て真（しん）理（り）を謗涜（そしり）信者（しんじゃ）を迫害（せめくるしめ）イエスに敵（てき）するものは皆（みな）罰（ばつ）を受（うけ）て陰（いん）府（ふ）に堕（おとさ）れり　故（ゆへ）に黙（もく）示（じ）録（ろく）に聖（きよき）天使（つかひ）等（たち）および羔（ひつじ）の前（まへ）にて火（ひ）と硫黄（いわう）を以（も）て苦（くるし）めらるべしと〔十四章十節〕しるせり　我前（わがまへ）に曳（ひき）来（きたり）て誅（ころ）すの句（く）は分（わけ）て両（ふたつ）に解（とけ）り近（ちか）きはその験（しるし）エルサレムを滅（ほろぼ）すにあり遠（とを）きはその験（しるし）天（てん）地（ち）の末日（おわり）に真（しん）理（り）に敵（てき）するものを滅（ほろぼ）すにあり　其要（そのやう）を論（ろん）ずれば今日（こんにち）はイエス救主（すくひぬし）となり慈悲（じひ）を発（あらは）し罪悪（ざいあく）を救（すくひ）たまへども後日（のち）には審司（さばきにん）となり必ず公義（おきて）を乗（とり）て審判（さばき）をなしたまへり　若（もし）早（はやく）イエスに頼（よら）ずして将来（のち）一（ひと）たび審判（さばき）を受（うく）るに至（いた）れば恩救（すくひ）を求（もと）めんとすれども必（かなら）ず得（ゑ）がたし敵（てき）となりて暗（くらき）を喜（よろこ）び光（ひかり）を悪（にくむ）ものは厳（きびし）き刑罰（けいばつ）を受（うけ）また弟子（でし）の名（な）のみにてその実（じつ）なきものも亦（また）義（ただしき）怒（いかり）を逃（のがれ）がたし　されば艱難（かんなん）を忍耐（しのびこらへ）て勤（つとめ）て作工（はたらき）をなさば庶（こひねがは）くは主（しゅ）の喜悦（よろこび）を得（う）べきなり　此（この）譬（たとへ）を読（よむ）ものは慎（つゝし）みて忽（ゆるがせに）するなかれ

新約聖書譬喩略解　終