第七章 四則算法の形式上不易
有理數,算法の形式上不易,問題の說明○順及逆の算法,其關係○減法の汎通及負數,正負整數の乘法○除法の汎通と分數,有理數四則,除法の例外○有理數の大小
(一)
吾輩は自然數の觀念より發足し,順序又は大小の思想に準據して負數及分數を導き出だせり.正負の整數分數を總括して之を有理數といふ.さて自然數を基礎として竟に有理數に到達するに,尙一の徑行あり.自然數の範圍內に於ては加法は常に可能なれども,其逆なる減法は則ち然らず,減法をして無制限に可能ならしめんと欲せば,負數をも倂せ考ふるを避くべからず.正負整數の範圍內にありては,加法減法は之を凡ての場合に施こして誤る所なきのみならず,加法減法は其眞髓に於て同一の算法に歸着す.正負整數の範圍內に於て常に可能なる,第二の算法は乘法なり,而も其逆なる除法は其可能の區域に於て覊絆せらるゝ所あり.此覊絆を脫せんと欲せば分數を導入すること止むべからざる所にして,整數,分數を總括せる有理數は四則算法の汎通に於て制縛せらるゝ所なき一系統を成せり.以上の觀察は算法汎通の要求を以て數の範圍を擴張するの動因となし得べきを示す,此見地は亦近世數學に於て重要なる地步を占むるものにして,ハンケルは之を算法の形式上不易と名づけたり.
然れども算法の形式上不易の原則を礎として數の範圍を擴張せんとするときは,其擴張の區域に自ら制限あることを忘るべからず.自然數より有理數に到達するは此原則を適用すべき最自然的なる場合なり.又此法則を出來得べき限り利用し盡して所謂「代數的の數」に到達することを得れども,一般の無理數の觀念を定めんと欲せば,旣に此原則以外に或立脚點を求むるの必要に遭遇すべし.そは兎も角もあれ,吾人は今此學說の梗槪を迅速に通觀せんと欲す.
此章に於ける硏究は分析的なり,新なる知識を獲るを主眼とせずして,旣知の事實を新見地より觀察せんとするなり.則ち自然數の觀念は旣に定まれりとなせども,負數及分數は,論理の表面上,吾人の未だ知らざる所の者と見做し,さて新しき方法によりて自然數の觀念より分數及負數のそれを導き出さんとす.是卽ち吾人の立脚點なり.
吾人は自然數に關して次の事實を知れり.
原則一.二つの數は相等しきか或は相等しからざるか何れか一なり.甲は乙に等しく又丙にも等しからば,乙は丙に等し.
數に加法及乘法を施すことを得.此等の算法は次の諸性質を具へたり.
原則二.結果の一定せること.
,
が與へられたるときは
又は
なる第三の數
は一定の數なり.
,
ならば
.
原則三.轉倒の結果一定せること.
,
の與へられたるとき,
又は
なる條件を充實すべき數
は,若し存在すとも,必唯一個に限るべし.
,
より又
,
より
を得.
原則四.組み合せの法則
原則五.交換の法則
原則六.分配の法則
加法及乘法の轉倒卽減法及除法は自然數の範圍內に於て必しも可能ならず.原則三は轉倒の可能なる場合に於ては其結果唯一なるべきを言へるに過ぎず.此制限を除かんと欲せば數の範圍を擴張して自然數以外新種の數を作り出さざるを得ず.是に於て一個の問題を生ず,自然數の範圍を擴張して減法及除法を汎通ならしめ,而も數の新範圍に於て上述の諸原則を盡く成立せしめんとすといふこと是なり.此問題は二樣の要求を含めり.其一は減法及除法を凡通ならしめんが爲に新しき數を作らんとするにあり.此要求は甚空漠にして寬大なり.之に應ずるに於て吾人は何等の覊絆をも受くることなし.
が
より小なる場合に於ける
又は
が
の倍數ならざる場合に於ける
は吾人の意に任じて其意義を定め,形式上減法及除法を汎通ならしむることを得.然れども斯の如く全く隨意に減法除法の結果を定むることの效益果して如何.
算法適用の區域に制限あるは自然なり.强て此制限を撤去せんとする動因は一は以て理論の統一を保ち,一は依りて數の應用の區域を擴大せんとするにあり.數の觀念を擴張して作り得たる新範圍に統一なくば,是或種の算法の汎通を贏け得んが爲に,其他の諸法則の汎通を犧牲とせるなり.其弊や算法に自然的の制限あるに讓らず.統一せる法則に遵はざる數は何處にか其應用を求めん.是に於て更に第二の要求を生ず.減法除法を汎通ならしめんが爲に作り成せる數の新範圍に於て,自然數につきて上に述べたる諸原則仍成立すべしとの條件,卽是なり.此要求は過大にして苛酷なり.上述の諸原則犯すべからずとせば,
の
より大ならざる場合に於ける
及
の
の倍數ならざる場合に於ける
の意義は自ら定まり,此間復た隨意選擇の餘地あることなし.さて斯の如くにして新しき數の相等及加法,乘法の意義定まれる上,仍此旣定の意義の決して自然數の諸原則に悖らざるを欲す.此點に於て第二の要求は過大なり.是故に此要求は果して貫徹せらるべきや否やは豫め測るべからずして其決定は精細なる調査に待つ所あり.
事實につきて之を言ふ,若し除法の汎通に唯一の除外例(
を法とせる除法)あるを容すとの讓步をなすときは,此要求は全く貫徹せられ得べきこと,後條に至て自ら明なるべし.
(二)
加法及乘法を順の算法とし,減法及除法を逆の算法となす.加法減法及乘法除法につきて同趣の說明を反復するの煩を避けんが爲に,此一節に於ては兩者を一括し,
,
に代ふるに
,又
,
に代ふるに
を以てすべし.或は一般に
,
は次に揭ぐる諸性質を具へたる一種の算法及其逆の算法を表せりとするも亦可なり,
,
は例へば之を合,離と訓むべし.
合,離の算法は之を自然數に適用する限り次の諸條件を充實す.
一,
,
の與へられたるとき
なる數
は必,しかも唯一個に限り,存在す.
,
より
を得.
二,
,
の與へられたるとき
なる條件を充實すべき數
は,若し存在すとも,唯一個に限る.此數を表はすに
なる記法を用ゐる.よりて

と

とは同一の事實を表はし,又
,
より
を得.
三,
四,
なる記號に本來の意義ある場合と,然らざる場合とあり.本來の意義なきは卽離の算法不可能なる場合にして,此場合には
は卽新に作らるべき一つの數を表はせり.さて斯くして新に作らるべき數は盡く一,二,三,四の條件を充實すべきを要し,且斯の如き新數の作られたる上は離の算法恒に可能なるを要するが故に,先づ二を改めて次の如くなす.
二*,
,
の與へられたるときは
なる條件に適すべき(本來の,或は新しき)數
は必ず而も唯一個に限りて,存在す.之を表はすに
なる記法を用ゐる.卽ち次の二つの關係は必ず相隨伴す.

一,二*,三,四の論理上必然の結果として次の諸定理を得.
五,
と
とは相隨伴す.
二*によりて
よりて一により


三,四を用ゐて此兩式より

を得,これより二*及四を用ゐて
と
との必相隨伴すべきを知る.
五は一,二*,三,四の論理上必至の結果なり.
,
は本來の數にして且
が可能なるときは卽ち
が本來の數に等しきときは,五は本來の數に關せる當然の結果なり.若し
が本來の數の範圍內にて可能ならずば,
は卽ち新なる數にして五は畢竟
,
なる二つの新なる數の相等しといふことに賦すべき意義を與ふるに過ぎず.一乃至四の原則を犯すべからずとなさば,二つの新なる數の相等は斯く解釋するの外途なきなり.
六,
記法を簡約せん爲
,
,
と置く.さて三,四によりて
二*によりて
よりて二*により

,
が共に本來の數ならば此定理は當然成立す.
,
の中少くとも一つが新なる數なるときは
,
に合の算法を施せる結果は斯の如く定めざるを得ず.五及六によりて新らしき數の相等及び新らしき數の關係せる合の算法の意義全く定まれり.
さて斯の如くにして定まれる相等及び合の算法は果してよく吾人の要求に合へりや否や.之を審査するに當り先づ次の事實より始めんとす.
七,
,
,
となすとき,五に從ひて
,
ならば必ず,又
なり.
げにも
,
より五によりて
,
を得,一,二,三を本來の數
,
,
,
,
,
,に適用して
を得更に二によりて
卽ち五に從ひて
さて一を驗證せんが爲に
,
,
,
と置き
,
より
を得んとす.先づ

よりて
は五によりて
に歸す.而も此等式は
,
より得べき
,
によりて保證せられたり.
組み合はせの法則は
によりて直に本來の數の場合に歸着す.交換の法則も亦同じ.
新しき數の關係せる合の算法につきて,尙見逃すべからざる問題あり.先に二*に於て本來の數
と新なる數
とに合の算法を施せる結果は
なるべしと定め,又一方に於て一般に本來の數及新らしき數に關する合の算法の意義を定めたり.此兩樣の意義は
と
とに適用せられて撞着を惹き起すことなきや否や.卽ち六に於て
となすとき六の右邊は果して
に等しきを得べきや,否やを驗せざるべからず.
より
を得,六の右邊は
を與ふ,此離の算法は可能にして其結果は
に等し.
八,本來の數と新定の數とを總括せる新範圍にありては,離の算法は汎通にして,次の式の示すが如き唯一の結果を與ふ.

,

ならば

げにも六によりて
にして右邊に立てる數の
に等しきことは
なる明白なる等式の明示する所なり.又逆に
と置かば
より

を得,これより五によりて
又は
を得,
は上に揭げたる
の式に外ならざるを確むべし.
以上の觀察により本來の數の外尙
の如き新らしき數を作り,其相等及合の算法の意義を五,六によりて定むるときは,數の新範圍に於て一乃至四の原則は依然成立し且,離の算法は凡ての場合に可能なるべきを知り得たり.
を任意の一數となすときは八によりて

なる條件を充實すべき數
必存在す,さて
を如何なる數となすとも

卽ち

なるが故に,
なる數は
には關係なき一定の數なり.卽ち
を如何なる數となすとも

斯の如き數を假に合の算法の準數(又は單位)といふ.
さて再び八によりて,
を如何なる數となすとも

を充實すべき數
は必ず存在す.
,
の關係は相互同一にして,此二つを假に相反せる數と云ふ.しかするときは一般に

よりて

を合するは
に反せる數を離するに同じく,合の算法も離の算法も其致一なり.
(三)
前節に說きたる合離の算法を加法及減法となすときは,五,六,八は負數(負の整數)の相等及加法減法に關して次の結果を與ふ,
(1)

なるとき

(2)

(3)

なる數は
に關係なし.是卽ち加法の準數にして,此新しき數を
と名づく.
の關係せる加法は次の如し.
(4)

の關係せる場合にも (1),(2),(3) は無論成立すべし.
自然數
が
より小なるときは
は新しき數なり.此場合に於ては
なる如き自然數
は存在す,而して (1) によりて

を略して單に
と書く.凡て負數は常に斯の如き標準形式を有す.加法又は減法に於て各の數に代ふるに之に等しき數を以てすることを得るが故に,凡て負數を標準形式に表はしたりとするときは,(2) より次の結果を得
(5)

又
にして
は加法につきての
の反數なるが故に,
を減ずるは,
を加ふるに同じく,又
を加ふるは
を減ずるに同じ.
正負整數の範圍內に於ては加法,減法は(二)の諸原則に遵ひ,又凡ての場合に可能なり.然れどもこゝに尙ほ考ふべきは,此範圍內に於ける乘法の意義なり.乘法は分配の法則に遵ふを要するが故に

さて

なるにより

(6)

又交換の法則によりて

之によりて
の關係せる乘法の意義は定まれり.次に又

卽ち

より
(7)

を得,交換の法則によりて
(8)

又
に代ふるに
を以てして
(9)

を得.以上の諸式によりて負數の關係せる乘法の意義は全く定まれり.一般に若干の數の積は負數因子の數の偶數たると奇數たるとに從て正又は負なり,積の絕對値は因子の絕對値の積に等し.積の
に等しきは因子の中少くとも一つが
なる場合に限れり.是によりて乘法の組み合はせの法則及交換の法則の正負整數の範圍內に於ても仍ほ成立せるを知るべし.
負數及び
の關係せる乘法の意義は分配の法則を特殊の場合に適用して之を定めたり.然れども乘法の意義旣に定まりたる上は,分配の法則が果して凡ての場合に於て成立すべきや否や,此疑問は尙ほ解決を待てり.

は
の
なるとき及び
,
の中一方又は雙方の
なる場合には自ら明なり.又此等式若し
の正數なるとき常に成立せば,
を之に反せる負數となすとき亦然らざるを得ず,是故に先づ
を正數とし,
,
が共に正數なる場合を除き,次の三つの場合につきて此等式を驗證せば則ち足る.
,
共に負數なるときは
,
と置くに,上の等式の左邊は
に,又其右邊は
に等しく,兩邊の相等しきこと明白なり,
,
の中一は正,一は負なるときは,加法の交換の法則により其いづれを正數なりとするも結果は一樣なるが故に,例へば
は正
は負にして,先づ
,
となすときは,上の等式の左邊は
に,又其右邊は
に等しくして此等式は成立す.次に又
,
,
,
と置かば,上の等式は
となりて直に明了なり.分配の法則の凡ての場合に成立するを知るべし.
最後に尙乘法及び其轉倒の結果の唯一なるべきを證明せざるべからず.先づ
,
より
を得んと欲せば,次の如く考ふべし.
より
,
卽ち
,
.又
,
,
,
よりて
.
次に
,
より
を得んとするに,先づ
卽ち
.是故に
及び
の中少くともいづか一方は
に等しからざるを得ず.よりて
が
ならざるときは
卽ち
.
が
なるときは,
なるを必せず,乘法の轉倒の唯一なるべしといへる原則は,
の關係せる場合に於て一の例外を獲たり.
こゝに證明せるは乘法の轉倒の可能なるとき,其結果の一般に唯一なるべしといふに過ぎず.除法は正負整數の範圍內に於て未だ汎通を得ず.
(四)
負數の觀念は旣に定まり,吾人の要求の一半は貫徹せり.さて(三)の說明に於て所謂「本來の數」を正負の整數とし,合離の算法を乘法除法となして,再び新しき數(分數)を導き出さんとす.
,
に代ふるに
,
を以てするときは(三)の五,六,八より分數の相等及其乘法,除法の意義を得.
(1)

なるとき

(2)

(3)

此等式によりて分數の相等及其乘法,除法を定むるときは(二)の諸原則の成立すべきことは旣に(三)に於て證明せる所なり.乘法の準數は
にして,乘法につきて相反せる數は卽ち所謂逆數なり.
分數相等の定義 (1) に從ふときは,一般に
; 特に
を得.又乘法の定義 (2) より
又除法の定義より
を得.此等の諸定理一々枚舉するの要なし.
さて分數の如法及減法の意義を定めんとせば,再び分配の法則を明ゐるべし.

より

を得.此等式は旣に減法の定義

を含蓄す.斯の如くにして定められたる加法減法の結果唯一なること及加法の組み合はせの法則及交換の法則は容易驗證せられ得べし.例へば組み合はせの法則を證せんに


其他類推すべし.
前節の結尾に特筆せる除法の例外は分數を導入せるが爲に撒去せられたるにあらず.
の如き記號は
の
なるときは沒意義なり.假に
が
なる場合に (1) を適用すれば,形式的に

を得.第二の等式は
が如何なる分數にも等しきを示せり.卽ち
に一定の意義なきなり.第一の等式は
は
に關係なきを示せり.人若し此等式に誘惑せられて,例へば
なる一個の「最新數」を作るときは,
なる關係の,
と
との積が如何なる數にも等しきを示すに遇ひて,狼狽せん.更に (2) に於て
を
となさば

を得,又三に於て
,
を共に
となさば

又減法の定義より

を得.斯の如き奇異なる等式は畢竟何事をか示せる.此疑問の解釋は一言にして盡すべし.曰く,强て
を法とせる除法を成立せしめんが爲に,上の如く
なる一個の數を作成するときは,數に關する諸の原則は盡く其統一を失ふ.乘法の結果唯一なるべしとの法則は
の爲に破壞せられ,減法の結果唯一なるべしとの法則は
の爲に攪亂せらる.最も甚しきは
なる除法を成立せしめんとして,直に再び
なる除法の例外に撞着せること是なり.數の範圍を擴張する目的は,法則の統一を保持するにあること吾輩の旣に認めたる所なり.
なる數は排斥せざるべからず.算法適用の區域に限界あるは自然なり.
を法とせる除法の絕對的に排斥すべきは,卽ち算法適用の區域の自然の限界の最好例なり.
高等數學に於て
なる記號の常に用ゐらるゝことは吾輩のこゝに言へる所に牴觸せりと誤解すること勿れ.
なる記號は數學に於て決して一個の數を表はすことなし.例へば
なる式に於て
が漸次減少して限りなく
に近接するときは,
は漸次增大して其究まる所を知らず.此事實を書き表はさんが爲に
なる記法を用ゐる,更に之を簡約して
と書くの俑を作れるは誰ぞ.初學者を誤るの甚しき,此記法に過ぐるはなし.
又は
は或數を表はせるにあらず,
も
も獨立しては意義を有せず,
なる配合をなして後,始めて上に言へる複雜なる事實を表はすの暗號となることを得るに過ぎず.
(五)
上述の徑行によりて形式的論理上有理數の觀念を確定することを得たりと雖,斯の如くにして定められたる數は未だ大小なる語によりて表はさるゝ性質を具へず.今此缺點を補はんと欲せば正負の觀念より發足するを便利なりとす.
は正負の外に超立せる中性の數にして,自然數は凡て正數なり,其他の整數は(四)にいへるが如く
の如き(
は自然數)標準的の形式を有す,これらを負の整數となす.
一般に有理數の正負を定むるには符號の法則を根據とすべし.同號の二數の積は正,異號の二數の積は負なり.形式的に此事實を次の如く書き表はすことを得

此法則は整數につきては旣に成立せり,(三)の (7),(8),(9) を參照すべし.今此法則を凡ての有理數につき成立せしめんと欲せば,同號の二數の商は正,異號の二數の商は負なりとなさゞるを得ざるが故に,分母,分子が同號の整數なる有理數は正,又異號の整數なるは負なりと謂ふべし,而も有理數の正負を斯く定むるとぎは,飜て又符號の法則が一般に成立すべきこと容易に驗證せらるべし.また正數の和の必正なること及負數の和の必負なるべきこと明白なり.
正負の意義旣に定まりたる上は次の如くにして大小の意義を定むることを得.
が正なるときは
を
より大なりといひ,
が負なるときは
を
より小なりといふ.
自然數の大小はよく此定義と調和せり.又此定義に從ふときは,凡て正數は
より大,負數は
より小にして,又正數は負數より大なり.
が
より大ならば,
は
より小なり.げにも
なるが故に,
は正,隨て
は負なり.卽ち
は
より大に,
は
より大ならば、
は
より大なり.げにも
,
は共に正なりといふが故に,其和
も亦正,卽ち
なり.
ならば
げにも
特に
卽ち
が正ならば
又
卽ち
の負ならば
又
と共に
が正數なるときに限り
より
を得,
若負數ならば却て
なり.これ
は
が正なる爲め,
と同號の數なるによる.此關係が加法の場合と少しく其趣を異にせるに注意すべし.
正數負數の大小に關係せる諸々の定理枚擧に遑あらず,要するに其根據は上出の大小の定義隨て符號の法則に盡きたり.
こゝに述べたる大小の意義は一見常識に反せり,負數をば代數學の範圍に屬せりとなす舊習に因りて之を代數的の大小と言ふことあり.常識の所謂大小は絕對値の大小なり.
なる關係をなせる二數
,
共に
ならざるときは,其中唯一つは正にして他の一つは負なり,其正なるを
及び
の絕對値といふ,負數の大小は其絕對的の大小に反す.
,
が同號の數なるときは,其和の絕對値は,
及び
の絕對値の和に等しく,
,
が異號の數なるときは,和の絕對値は
,
の絕對値の差に等し.積の絕對値は常に因子の絕對値の積に等し.
所謂代數的の大小は應用上に於て便利なる場合あり又然らざるあり.其不便は多くは上に述べたる乘法の場合に於て
と
との一般に相隨伴せざる處より生ず.
ダランベルは正數の負數より大なりといふを否認して次の如く論ぜり,
なる等式を看よ,若し
にして
より小ならば此等式の左邊に立てる比は其前項後項より大なり,是卽ち優比(其値
より大なる比)にして,右邊に立てるは劣比(其値
より小なる比)なり.卽ち
が
より小なりとの假定は優比が劣比に等しとの結論を誘致する者なり.斯の如き誤解の原因は又上述の負數乘法の特異なる現象に基づく.前項が後項より大なる比の値が
より大なりといふは是其絕對値につきて言ふなり.
なる比の値は
にして,こは
より大ならず.ダランベルは
故に兩邊を
にて除し
卽ち
を得となせるなり.代數的の大小に關する事實を論ずるに當ては,最此陷穽を恐るべし.
大小の觀念を基礎として前諸章にて順次定めたる有理數も,又算法の汎通を根據として此章に說きたる有理數も,畢竟觀念の內容に於ては異なる所なし.一は綜合的にして,一は分析的なる,二樣の徑行によりて,同一の觀念に到達することを得たり.