戰陣訓

戦陣訓から転送)



夫れ戰陣は、大命に基き、皇軍の髓を發揮し、攻むれば必ず取り、戰へば必ず勝ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威の尊嚴を感銘せしむる處なり。されば戰陣に臨むは、深く皇國の使命を體し、堅く皇軍の道義を持し、皇國の威德を四に宣揚せんことを期せざるべからず。
惟ふに軍人の根本義は、畏くも軍人に賜はりたる勅諭に炳乎として明かなり。而して戰鬪竝に訓等に關し準據すべき要綱は、又典令の綱領に敎示せられたり。然るに戰陣の環境たる、兎もすれば眼前の事象に促はれて大本をし、時に其の行動軍人の本分に戾るが如きことなしとせず。深く愼まざるべけんや。乃ち既往の經驗に鑑み、常に戰陣に於て勅諭を仰ぎて之が服行の完璧を期せむが爲、具體的行動の憑據を示し、以て皇軍道義の昂揚を圖らんとす。是戰陣訓の本旨とする所なり。


本訓 其の一
第一 皇國
大日本は皇國なり。萬世一系の天皇上に在しまし、肇國の皇謨を紹繼して無窮に君臨し給ふ。皇恩萬民に遍く、聖德八紘に光被す。臣民亦忠孝勇武孫相承け、皇國の道義を宣揚して天業を翼贊し奉り、君民一體以て克く國運の昌を致せり。
戰陣の將兵、宜しく我が國體の本義を體得し、牢固不拔の信念を堅持し、誓つて皇國守護の大任を完遂せんことを期すべし。

第二 皇軍
軍は天皇統帥の下、武のを體現し、以て皇國の威德を顯揚し皇運の扶翼に任ず。常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現ずるもの是武のなり。武は嚴なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、烈々たる武威を振ひ斷乎之を擊碎すべし。假令峻嚴の威克く敵を屈服せしむとも、服するは擊たず從ふは慈しむの德に缺くるあらば、未だ以て全しとは言ひし。武は驕らず仁は飾らず、自ら溢るるを以て尊しとなす。皇軍の本領は恩威並び行はれ、遍く御稜威を仰がしむるに在り。

第三 皇紀
皇軍軍紀の髓は、畏くも大元帥陛下に對し奉る絕對隨順の崇高なるに存す。
上下齊しく統帥の尊嚴なる所以を感銘し、上は大權の承行を嚴にし、下はんで服從の至誠を致すべし。盡忠の赤誠相結び、脈絡一貫、全軍一令の下に寸毫紊るるなきは、是戰捷必須の要件にして、又實に治安確保の要道たり。
特に戰陣は、服從の實踐の極致を發揮すべき處とす。死生困苦の間に處し、命令一下欣然として死地に投じ、默々として獻身服行の實を擧ぐるもの、實に我が軍人華なり。

第四 團結
軍は、畏くも大元帥陛下を頭首と仰ぎ奉る。渥き聖慮を體し、忠誠の至情に和し、擧軍一心一體の實を致さざるべからず。
軍隊は統率の本義に則り、隊長を核心とし、鞏固にして而も和氣藹々たる團結を固成すべし。上下各々其の分を嚴守し、常に隊長の意圖に從ひ、誠心を他の腹中に置き、生死利害を超越して、全體の爲己を沒するの覺悟なかるべからず。

第五 協同
兵心を一にし、己の任務に邁進すると共に、全軍戰捷の爲欣然として沒我協力のを發揮すべし。
各隊は互に其の任務を重んじ、名譽を尊び、相信じ相援け、自ら進んで苦に就き、戮力協心相携へて目的達成の爲力鬪せざるべからず。

第六 攻擊
凡そ戰鬪は勇猛果敢、常に攻擊を以て一貫すべし。
攻擊に方りては果斷積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉碎せずんば已まざるべし。防禦又克く攻勢の銳氣を包藏し、必ず主動の地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委すること勿れ。追擊は斷々乎として飽く迄も徹底的なるべし。
勇往邁進百事懼れず、沈著大膽局に處し、堅忍不拔困苦に克ち、有ゆる障碍を突破して一意勝利の獲得に邁進すべし。

第七 必勝の信念
信は力なり。自ら信じ毅然として戰ふ常に克く勝たり。
必勝の信念は千磨必死の訓に生ず。須く寸暇を惜しみ肝膽を碎き、必ず敵に勝つの實力を涵養すべし。
勝敗は皇國の替に關す。光輝ある軍の歷史に鑑み、百戰百勝の傳統に對する己の責務を銘肝し、勝たずば斷じて已むべからず。


本訓 其の二
第一 敬
靈上に在りて照覽し給ふ。
心を正し身を修め篤く敬の誠を捧げ、常に忠孝を心に念じ、仰いで明の加護に恥ぢざるべし。

第二 孝道
忠孝一本は我が國道義の粹にして、忠誠の士は又必ず純情の孝子なり。
戰陣深く父母の志を體して、克く盡忠の大義に徹し、以て先の遺風を顯彰せんことを期すべし。

第三 敬禮擧措
敬禮は至純の服從心の發露にして、又上下一致の表現なり。戰陣の間特に嚴正なる敬禮を行はざるべからず。
禮節の內に充溢し、擧措嚴にして端正なるは强き武人たるの證左なり。

第四 戰友道
戰友の道義は、大義の下死生相結び、互に信賴の至情を致し、常に切磋磨し、緩急相救ひ、非違相戒めて、俱に軍人の本分を完うするに在り。

第五 率先躬行
幹部は熱誠以て百行の範たるべし。上正しからざれば下必ず紊る。
戰陣は實行を尙ぶ。躬を以て衆に先んじ毅然として行ふべし。

第六 責任
任務は聖なり。責任は極めて重し。一業一務忽せにせず、心魂を傾注して一切の手段を盡くし、之が達成に遺憾なきを期すべし。
責任を重んずる、是眞に戰場に於ける最大の勇なり。

第七 生死觀
死生を貫くものは崇高なる獻身奉公のなり。
生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を盡くし、從容として悠久の大義に生くることを悅びとすべし。

第八 名を惜しむ
恥を知るは强し。常に鄕黨家門の面目を思ひ、愈々奮勵して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を殘すこと勿れ。

第九 質實剛健
質實以て陣中の起居を律し、剛健なる士風を作興し、旺盛なる士氣を振起すべし。
陣中の生活は簡素ならざるべからず。不自由は常なるを思ひ、每事節約に努むべし。奢侈は勇猛のを蝕むものなり。

第十 淸廉潔白
淸廉潔白は、武人氣節の由つて立つ所なり。己に克つこと能はずして物慾に捉はるる、爭でか皇國に身命を捧ぐるを得ん。
身を持するに冷嚴なれ。事に處するに公正なれ。行ひて俯仰天地に愧ぢざるべし。


本訓 其の三
第一 戰陣の戒

一 一瞬の油斷、不測の大事を生ず。常に備へ嚴に警めざるべからず。
敵及住民を輕するを止めよ。小成に安んじて勞を厭ふこと勿れ。不注意も亦災禍の因と知るべし。
二 軍機を守るに細心なれ。諜は常に身邊に在り。
三 哨務は重大なり。一軍の安危を擔ひ、一隊の軍紀を代表す。宜しく身を以て其の重きに任じ、嚴肅に之を服行すべし。哨兵の身分は又深く之を尊重せざるべからず。
四 思想戰は、現代戰の重要なる一面なり。皇國に對する不動の信念を以て、敵の宣傳欺瞞を破摧するのみならず、進んで皇道の宣布に勉むべし。
五 流言蜚語は信念の弱きに生ず。惑ふこと勿れ、動ずること勿れ。皇軍の實力を確信し、篤く上官を信賴すべし。
六 敵產、敵資の保護に留意するを要す。徵發、押收、物資の燼滅等は總て規定に從ひ、必ず指揮官の命に依るべし。
七 皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。
八 戰陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に驅られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒愼し、斷じて武人の淸節を汚さざらんことを期すべし。
九 怒を抑へ不滿を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も敎へたり。一瞬の激情を後日に殘すこと多し。

軍法の峻嚴なるは特に軍人の榮譽を保持し、皇軍の威信を完うせんが爲なり。常に出征當時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の眞情に馳せ、假初にも身を罪科に曝すこと勿れ。

第二 戰陣の嗜

一 尙武の傳統に培ひ、武德の涵養、技能の磨に勉むべし。「每事退屈する勿れ」とは古き武將の言葉にも見えたり。
二 後顧の憂を絕ちて只管奉公の道に勵み、常に身邊を整へて死後を淸くするの嗜を肝要とす。
屍を戰野に曝すは固より軍人の覺悟なり。縱ひ遺骨の還らざることあるも、敢て意とせざる樣豫て家人に含め置くべし。
三 戰陣病魔に斃るるは遺憾の極なり。特に衞生を重んじ、己の不節制に因り奉公に支障を來すが如きことあるべからず。
四 刀を魂とし馬を寶と爲せる古武士の嗜を心とし、戰陣の間常に兵資材を尊重し、馬匹を愛護せよ。
五 陣中の德義は戰力の因なり。常に他隊の便を思ひ、宿舍、物資の獨占の如きは愼むべし。
「立つ鳥跡を濁さず」と言へり。雄々しく床しき皇軍の名を、異鄕邊土にも永く傳へられたきものなり。
六 總じて武勳を誇らず、功を人に讓るは武人の高風とする所なり。
他の榮達を嫉まず己の認められざるを恨まず、省みて我が誠の足らざるを思ふべし。
七 事正直を旨とし、誇張虛言を恥とせよ。
八 常に大國民たるの襟度を持し、正を踐み義を貫きて皇國の威風を世界に宣揚すべし。
國際の儀禮亦輕んずべからず。
九 萬死に一生を得て歸還の大命に浴することあらば、具に思を護國の英靈に致し、言行を愼みて國民の範となり、愈々奉公の覺悟を固くすべし。



以上述ぶる所は、悉く勅諭に發し、又之に歸するものなり。されば之を戰陣道義の實踐に資し、以て聖諭服行の完璧を期せざるべからず。
戰陣の將兵、須く此趣旨を體し、愈々奉公の至誠を擢んで、克く軍人の本分を完うして、皇恩の渥きに答へ奉るべし。

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