戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約


戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約

前文

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 戦地軍隊における傷者及び病者の状態改善に関する千九百二十九年七月二十七日のジュネーヴ条約を改正するために千九百四十九年四月二十一日から同年八月十二日までジュネーヴで開催された外交会議に代表された政府の全権委員たる下名は、次のとおり協定した。

第一章 総則

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第一条(条約の尊重)

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 締約国は、すべての場合において、この条約を尊重し、且つ、この条約の尊重を確保することを約束する。

第二条(条約の適用)

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 平時に実施すべき規定の外、この条約は、二以上の締約国の間に生ずるすべての宣言された戦争又はその他の武力紛争の場合について、当該締約国の一が戦争状態を承認するとしないとを問わず、適用する。
 この条約は、また、一締約国の領域の一部又は全部が占領されたすべての場合について、その占領が武力抵抗を受けると受けないとを問わず、適用する。
 紛争当事国の一がこの条約の締約国でない場合にも、締約国たる諸国は、その相互の関係においては、この条約によって拘束されるものとする。更に、それらの諸国は、締約国でない紛争当事国がこの条約の規定を受諾し、且つ、適用するときは、その国との関係においても、この条約によって拘束されるものとする。

第三条(国際的性質を有しない紛争)

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 締約国の一の領域内に生ずる国際的性質を有しない武力紛争の場合には、各紛争当事者は、少くとも次の規定を適用しなければならない。
(1) 敵対行為に直接に参加しない者(武器を放棄した軍隊の構成員及び病気、負傷、抑留その他の事由により戦闘外に置かれた者を含む。)は、すべての場合において、人種、色、宗教若しくは信条、性別、門地若しくは貧富又はその他類似の基準による不利な差別をしないで人道的に待遇しなければならない。
 このため、次の行為は、前記の者については、いかなる場合にも、また、いかなる場所でも禁止する。
(a) 生命及び身体に対する暴行、特に、あらゆる種類の殺人、傷害、虐待及び拷問
(b) 人質
(c) 個人の尊厳に対する侵害、特に、侮辱的で体面を汚す待遇
(d) 正規に構成された裁判所で文明国民が不可欠と認めるすべての裁判上の保障を与えるものの裁判によらない判決の言渡及び刑の執行
(2) 傷者及び病者は、収容して看護しなければならない。
 赤十字国際委員会のような公平な人道的機関は、その役務を紛争当事者に提供することができる。
 紛争当事者は、また、特別の協定によって、この条約の他の規定の全部又は一部を実施することに努めなければならない。
 前記の規定の適用は、紛争当事者の法的地位に影響を及ぼすものではない。

第四条(中立国による適用)

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 中立国は、その領域内に収容し、又は抑留した紛争当事国の軍隊の傷者、病者、衛生要員及び宗教要員並びにその領域内に収容した死者に対し、この条約の規定を準用しなければならない。

第五条(条約の適用期間)

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 この条約によって保護される者で敵の権力内に陥ったものについては、この条約は、それらの者の送還が完全に終了する時まで適用があるものとする。

第六条(特別協定)

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 締約国は、第十条、第十五条、第二十三条、第二十八条、第三十一条、第三十六条、第三十七条及び第五十二条に明文で規定する協定の外、別個に規定を設けることを適当と認めるすべての事項について、他の特別協定を締結することができる。いかなる特別協定も、この条約で定める傷者、病者、衛 生要員及び宗教要員の地位に不利な影響を及ぼし、又はこの条約でそれらの者に与える権利を制限するものであってはならない。
 傷者、病者、衛生要員及び宗教要員は、この条約の適用を受ける間は、前記の協定の利益を引き続き享有する。但し、それらの協定に反対の明文規定がある場合又は紛争当事国の一方若しくは他方がそれらの者について一層有利な措置を執った場合は、この限りでない。

第七条(権利の不放棄)

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 傷者、病者、衛生要員及び宗教要員は、いかなる場合にも、この条約及び、前条に掲げる特別協定があるときは、その協定により保障される権利を部分的にも又は全面的にも放棄することができない。

第八条(利益保護国)

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 この条約は、紛争当事国の利益の保護を任務とする利益保護国の協力により、及びその監視の下に適用されるものとする。このため、利益保護国は、その外交職員又は領事職員の外、自国の国民又は他の中立国の国民の中から代表を任命することができる。それらの代表は、任務を遂行すべき国の承認を得なければならない。
 紛争当事国は、利益保護国の代表者又は代表の職務の遂行をできる限り容易にしなければならない。
 利益保護国の代表者又は代表は、いかなる場合にも、この条約に基く自己の使命の範囲をこえてはならない。それらの者は、特に、任務を遂行する国の安全上絶対的に必要なことには考慮を払わなければならない。それらの者の活動は、絶対的な軍事上の必要がある場合に限り、例外的且つ一時的措置として制限することができる。

第九条(赤十字国際委員会の活動)

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 この条約の規定は、赤十字国際委員会その他の公平な人道的団体が傷者、病者、衛生要員及び宗教要員の保護及び救済のため関係紛争当事国の同意を得て行う人道的活動を妨げるものではない。

第十条(利益保護国の代理)

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 締約国は、公平及び有効性についてすべての保障をする団体に対し、いつでも、この条約に基く利益保護国の任務を委任することに同意することができる。
 傷者、病者、衛生要員及び宗教要員が、理由のいかんを問わず、利益保護国若しくは前項に規定するいずれかの団体の活動による利益を受けない場合又はその利益を受けなくなった場合には、抑留国は、中立国又は同項に規定するいずれかの団体に対し、紛争当事国により指定された利益保護国がこの条約に基いて行う任務を引き受けるように要請しなければならない。
 保護が前項により確保されなかったときは、抑留国は、赤十字国際委員会のような人道的団体に対し、利益保護国がこの条約に基いて行う人道的任務を引き受けるように要請し、又は、本条の規定を留保して、その団体による役務の提供の申出を承諾しなければならない。
 前記の目的のため当該国の要請を受け、又は役務の提供を申し出る中立国又は団体は、この条約によって保護される者が属する紛争当事国に対する責任を自覚して行動することを要求され、また、その任務を引き受けて公平にこれを果す能力があることについて充分な保障を与えることを要求されるものとする。
 軍事的事件、特に、領域の全部又は主要な部分が占領されたことにより、一時的にでも相手国又はその同盟国と交渉する自由を制限された一国を含む諸国間の特別協定は、前記の規定とてい触するものであってはならない。
 この条約において利益保護国とは、本条にいう団体をも意味するものとする。

第十一条(調停手続)

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 利益保護国は、この条約によって保護される者の利益のために望ましいと認める場合、特に、この条約の規定の適用又は解釈に関して紛争当事国の間に紛議がある場合には、その紛議を解決するために仲介をしなければならない。
 このため、各利益保護国は、紛争当事国の一の要請又は自国の発意により、紛争当事国に対し、それぞれの代表者、特に、傷者、病者、衛生要員及び宗教要員について責任を負う当局ができれば適当に選ばれた中立の地域で会合するように提案することができる。紛争当事国は、自国に対するこのための提案に従わなければならない。利益保護国は、必要がある場合には、紛争当事国に対し、その承認を求めるため、中立国に属する者又は赤十字国際委員会の委任を受けた者で前記の会合に参加するように招請されるものの氏名を提出することができる。

第二章 傷者及び病者

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第十二条(保護及び看護)

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 次条に掲げる軍隊の構成員及びその他の者で、傷者又は病者であるものは、すべての場合において、尊重し、且つ、保護しなければならない。
 それらの者をその権力内に有する紛争当事国は、それらの者を性別、人種、国籍、宗教、政治的意見又はその他類似の基準による差別をしないで人道的に待遇し、且つ、看護しなければならない。それらの者の生命又は身体に対する暴行は、厳重に禁止する。特に、それらの者は、殺害し、みな殺しにし、拷問に付し、又は生物学的実験に供してはならない。それらの者は、治療及び看護をしないで故意に遺棄してはならず、また、伝染又は感染の危険にさらしてはならない。
 治療の順序における優先権は、緊急な医療上の理由がある場合に限り、認められる。
 女子は、女性に対して払うべきすべての考慮をもって待遇しなければならない。
 紛争当事国は、傷者又は病者を敵側に遺棄することを余儀なくされた場合には、軍事上の事情が許す限り、それらの者の看護を援助するためにその衛生要員及び衛生材料の一部をそれらの者に残さなければならない。

第十三条(保護される者)

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 この条約は、次の部類に属する傷者及び病者に適用する。
(1) 紛争当事国の軍隊の構成員及びその軍隊の一部をなす民兵隊又は義勇隊の構成員
(2) 紛争当事国に属するその他の民兵隊及び義勇隊の構成員(組織的抵抗運動団体の構成員を含む。)で、その領域が占領されているかどうかを問わず、その領域の内外で行動するもの。但し、それらの民兵隊又は義勇隊(組織的抵抗運動団体を含む。)は、次の条件を満たすものでなければならない。
(a) 部下について責任を負う一人の者が指揮していること。
(b) 遠方から認識することができる固着の特殊標章を有すること。
(c) 公然と武器を携行していること。
(d) 戦争の法規及び慣例に従って行動していること。
(3) 正規の軍隊の構成員で、抑留国が承認していない政府又は当局に忠誠を誓ったもの
(4) 実際には軍隊の構成員でないが軍隊に随伴する者、たとえば、文民たる軍用航空機の乗組員、従軍記者、需品供給者、労務隊員又は軍隊の福利機関の構成員等。但し、それらの者がその随伴する軍隊の認可を受けている場合に限る。
(5) 紛争当事国の商船の乗組員(船長、水先人及び見習員を含む。)及び民間航空機の乗組員で、国際法の他のいかなる規定によっても一層有利な待遇の利益を享有することがないもの
(6) 占領されていない領域の住民で、敵の接近に当り、正規の軍隊を編成する時日がなく、侵入する軍隊に抵抗するために自発的に武器を執るもの。但し、それらの者が公然と武器を携行し、且つ戦争の法規及び慣例を尊重する場合に限る。

第十四条(身分)

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 第十二条の規定に従うことを条件として、交戦国の傷者及び病者で敵の権力内に陥ったものは、捕虜となるものとし、また、捕虜に関する国際法の規定が、それらの者に適用される。

第十五条(死傷者の捜索、収容)

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 紛争当事国は、常に、特に交戦の後に、傷者及び病者を捜索し、及び収容し、それらの者をりゃく奪及び虐待から保護し、それらの者に充分な看護を確保し、並びに死者を捜索し、及び死者がはく奪を受けることを防止するため、遅滞なくすべての可能な措置を執らなければならない。
 事情が許すときは、いつでも、戦場に残された傷者の収容、交換及び輸送を可能にするため、休戦、戦闘停止又は現地取極について合意しなければならない。
 同様に、攻囲され、又は包囲された地域にある傷者及び病者の収容又は交換並びにそれらの地域へ向う衛生要員、宗教要員及び衛生材料の通過に関し、紛争当事国相互間で現地取極を結ぶことができる。

第十六条(記録及び情報の送付)

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 紛争当事国は、その権力内に陥った敵国の傷者、病者及び死者に関し、それらの者の識別に役立つ明細をできる限りすみやかに記録しなければならない。
 それらの記録は、できる限り次の事項を含むものでなければならない。
(a) その者が属する国
(b) 軍の名称、連隊の名称、個人番号又は登録番号
(c) 姓
(d) 名
(e) 生年月日
(f) 身分証明書又は識別票に掲げるその他の明細
(g) 捕虜とされた年月日及び場所又は死亡の年月日及び場所
(h) 負傷若しくは疾病に関する明細又は死亡の原因
 前記の情報は、捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約第百二十二条に掲げる捕虜情報局にできる限りすみやかに送付しなければならない。捕虜情報局は、利益保護国及び中央捕虜情報局の仲介により、それらの者が属する国にその情報を伝達しなければならない。
 紛争当事国は、死亡証明書又は正当に認証された死者名簿を作成し、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれを送付しなければならない。紛争当事国は、同様に、死者について発見された複式の識別票の一片、遺書その他近親者にとって重要な書類、金銭及び一般に内在的価値又は感情的価値のあるすべての物品を取り集め、且つ、捕虜情報局を通じて相互にこれらを送付しなければならない。それらの物品は、所属不明の物品とともに、封印した小包で送らなければならない。それらの小包には、死亡した所有者の識別に必要なすべての明細を記載した記述書及び小包の内容を完全に示す表を附さなければならない。

第十七条(死者、墳墓登録機関)

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 紛争当事国は、死亡を確認すること、死者を識別すること及び報告書の作成を可能にすることを目的として、事情が許す限り各別に行われる死者の土葬又は火葬を行う前に、死体の綿密な検査、できれば医学的検査を行うことを確保しなければならない。複式の識別票の一片又は、単式の識別票の場合には、識別票は、死体に残さなければならない。
 死体は、衛生上絶対に必要とされる場合及び死者の宗教に基く場合を除く外、火葬に付してはならない。火葬に付した場合には、死亡証明書又は正当に認証された死者名簿に火葬の事情及び理由を詳細に記載しなければならない。
 紛争当事国は、更に、死者をできる限りその属する宗教の儀式に従って丁重に埋葬すること並びにその死者の墓が尊重され、できればその国籍に従って区分され、適当に維持され、及びいつでも見出されるように標示されることを確保しなければならない。このため、紛争当事国は、敵対行為の開始の際、埋葬後の発掘を可能にし、並びに墓が所在する場所のいかんを問わず死体の識別及び本国へのその輸送を確保するため、公の墳墓登録機関を設置しなければならない。これらの規定は、本国の希望に従って適当な措置が執られるまで墳墓登録機関が保管しなければならない遺骨に対しても、同様に適用する。
 前記の墳墓登録機関は、事情が許す限りすみやかに、遅くとも敵対行為の終了の際、第十六条第二項に掲げる捕虜情報局を通じて、墓の正確な所在地及び標示並びにそこに埋葬されている死者に関する明細を示す表を交換しなければならない。

第十八条(住民の役割)

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 軍当局は、住民に対し、軍当局の指示の下に自発的に傷者及び病者を収容し、且つ、看護するように、その慈善心に訴えることができる。軍当局は、この要請に応じた者に対して必要な保護及び便益を与えるものとする。敵国がその地域の支配権を掌握し、又は奪還するに至った場合には、その敵国は、同様に、それらの者に同一の保護及び便益を与えなければならない。
 軍当局は、侵略され、又は占領された地域においても、住民及び救済団体に対し、自発的に傷者又は病者をその国籍のいかんを問わず収容し、且つ、看護することを許さなければならない。文民たる住民は、これらの傷者及び病者を尊重しなければならず、特に、それらの者に対して暴行を加えないようにしなければならない。
 いかなる者も、傷者又は病者を看護したことを理由としてこれを迫害し、又は有罪としてはならない。
 本条の規定は、傷者及び病者に衛生上及び精神上の看護を与える義務を占領国に対して免除するものではない。

第三章 衛生部隊及び衛生施設

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第十九条(保護)

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 紛争当事国は、いかなる場合にも、衛生機関の固定施設及び移動衛生部隊を攻撃してはならず、常にこれを尊重し、且つ、保護しなければならない。それらの固定施設及び移動衛生部隊が敵国の権力内に陥った場合には、それらの施設及び部隊の要員は、抑留国がそれらの施設及び部隊の中にある傷者及び病者に必要な看護を自ら確保しない限り、自由にその任務を行うことができる。
 責任のある当局は、前記の施設及び部隊が、できる限り、軍事目標に対する攻撃によってその安全を危くされることのないような位置に置かれることを確保しなければならない。

第二十条(病院船の保護)

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 海上にある軍隊の傷者、病者及び難船者の状態の改善に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約の保護を受ける権利を有する病院船は、陸上から攻撃してはならない。

第二十一条(保護の消滅)

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 衛生機関の固定施設及び移動衛生部隊が享有することができる保護は、それらの施設及び部隊がその人道的任務から逸脱して敵に有害な行為を行うために使用された場合を除く外、消滅しないものとする。但し、その保護は、すべての適当な場合に合理的な期限を定めた警告が発せられ、且つ、その警告が無視された後でなければ、消滅させることができない。

第二十二条(保護をはく奪してはならない事実)

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 次の事実は、第十九条により保障される保護を衛生部隊又は衛生施設からはく奪する理由としてはならない。
(1) 当該部隊又は施設の要員が武装しており、且つ、自衛又はその責任の下にある傷者及び病者の防衛のために武器を使用すること。
(2) 武装した衛生兵がいないために当該部隊又は施設が監視兵、しよう兵又は護衛兵によって保護されていること。
(3) 傷者及び病者から取り上げた小武器及び弾薬でまた適当な機関に引き渡されていないものが当該部隊又は施設内にあること。
(4) 獣医機関の要員及び材料が当該部隊又は施設内にあること。但し、当該部隊又は施設の不可欠な一部分を構成しない場合に限る。
(5) 当該部隊及び施設又はそれらの要員の人道的活動が文民たる傷者及び病者の看護に及んでいること。

第二十三条(病院地帯及び病院地区)

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 締約国は平時において、紛争当事国は敵対行為の開始の時以後、自国の領域及び必要がある場合には占領地区において、傷者及び病者を戦争の影響から保護するために組織される病院地帯及び病院地区を設定し、並びにそれらの地帯及び地区の組織及び管理並びにそれらの中に収容される者の看護の責任を負う要員を定めることができる。
 関係当事国は、敵対行為の開始に当り、及び敵対行為の期間中、それらが設定した病院地帯及び病院地区を相互に承認するための協定を締結することができる。このため、関係当事国は、必要と認める修正を加えて、この条約に附属する協定案の規定を実施することができる。
 利益保護国及び赤十字国際委員会は、これらの病院地帯及び病院地区の設定及び承認を容易にするために仲介を行うよう勧誘される。

第四章 要員

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第二十四条(専従要員の保護)

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 傷者若しくは病者の捜索、収容、輸送若しくは治療又は疾病の予防にもっぱら従事する衛生要員、衛生部隊及び衛生施設の管理にもっぱら従事する職員並びに軍隊に随伴する宗教要員は、すべての場合において、尊重し、且つ、保護しなければならない。

第二十五条(補助衛生要員の保護)

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 必要が生じた場合に衛生兵、看護婦又は補助担架手として傷者及び病者の収容、輸送又は治療に当るために特別に訓練された軍隊の構成員も、これらの任務を遂行しつつある時に敵と接触し、又は敵国の権力内に陥るに至った場合には、同様に尊重し、且つ、保護しなければならない。

第二十六条(赤十字社及び救済団体の職員の保護)

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 各国赤十字社及びその他の篤志救済団体でその本国政府が正当に認めたものの職員のうち第二十四条に掲げる要員と同一の任務に当るものは、同条に掲げる要員と同一の地位に置かれるものとする。但し、それらの団体の職員は、軍法に従わなければならない。
 各締約国は、平時において又は敵対行為の開始の際若しくは敵対行為が行われている間に、自国の軍隊の正規の衛生機関に援助を与えることを自国の責任で認めた団体の名称を他の締約国に通告しなければならない。但し、その通告は、いかなる場合にも、当該団体を実際に使用する前に行わなければならない。

第二十七条(中立国の団体の職員)

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 中立国の承認された団体は、あらかじめ自国政府の同意及び関係紛争当事国の承認を得た場合に限り、その衛生要員及び衛生部隊による援助を紛争当事国に与えることができる。それらの要員及び部隊は、当該紛争当事国の管理の下に置かれるものとする。
 中立国政府は、そのような援助を受ける国の敵国に前記の同意を通告しなければならない。そのような援助を受ける紛争当事国は、援助を受ける前にその旨を敵国に通告しなければならない。
 いかなる場合にも、この援助は、紛争への介入と認めてはならない。
 第一項に掲げる要員に対して、それらの者が属する中立国を離れる前に、第四十条に定める身分証明書を正式に与えなければならない。

第二十八条(留置された要員)

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 第二十四条及び第二十六条に掲げる要員で敵国の権力内に陥ったものは、捕虜の健康状態、宗教上の要求及び人数により必要とされる限度をこえて抑留してはならない。
 こうして抑留された要員は、捕虜と認めてはならない。但し、それらの要員は、少くとも捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約のすべての規定による利益を享有する。それらの要員は、抑留国の軍法の範囲内で、抑留国の権限のある機関の管理の下に、その職業的良心に従って、捕虜、特に、自己の所属する軍隊の捕虜に対する医療上及び宗教上の任務を引き続き遂行しなければならない。それらの要員は、更に、その医療上又は宗教上の任務の遂行のため、次の便益を享有する。
(a)  それらの要員は、収容所外にある労働分遣所又は病院にいる捕虜を定期的に訪問することを許される。抑留国は、それらの要員に対し、必要な輸送手段を自由に使用させなければならない。
(b)  各収容所においては、先任軍医たる衛生要員は、抑留されている衛生要員の職業的活動について、収容所の軍当局に対して責任を負う。このため、紛争当事国は、敵対行為の開始の時から、自国の衛生要員(第二十六条に掲げる団体の衛生要員を含む。)の相互に相当する階級に関して合意しなければならない。この先任軍医及び宗教要員は、その任務から生ずるすべての問題について、収容所の軍当局及び医療当局と直接に交渉することができる。それらの当局は、これらの者に対し、それらの問題に関する通信のためにそれらの者が必要とする便益を与えなければならない。
(c)  収容所内に抑留された要員は、収容所の内部の紀律に従わなければならないが、その医療上又は宗教上の任務以外の労働を行うことを要求されないものとする。
 紛争当事国、敵対行為の継続中に、抑留された要員を可能な場合に交替するための取極をし、及びその交替の手続を定めなければならない。
 前記の規定は、抑留国に対し、捕虜の医療上及び宗教上の福祉に関して抑留国に課せられる義務を免除するものではない。

第二十九条(補助要員の身分)

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 第二十五条に掲げる要員で敵の権力内に陥ったものは、捕虜となるものとする。但し、必要がある場合には、医療上の任務に使用されるものとする。

第三十条(要員の帰還)

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 第二十八条の規定により抑留を必要としない要員は、その帰路が開かれ、且つ、軍事上の要求が許すときは、直ちにそれらの要員が属する紛争当事国に帰還させなければならない。
 それらの要員は、帰還するまでの間、捕虜と認めてはならない。但し、それらの要員は、少くとも、捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約のすべての規定による利益を享有する。それらの要員は、敵国の命令の下に自己の任務を引き続き遂行し、且つ、なるべく自己の属する紛争当事国の傷者及び病者の看護に従事しなければならない。
 それらの要員は、出発の際、その所有に属する個人用品、有価物及び器具を持ち去るものとする。

第三十一条(帰還要員の選定)

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 第三十条に基いて帰還させる要員の選択は、その人種、宗教又は政治的意見のいかんを問わず、なるべくそれらの要員が捕えられた順序及びそれらの要員の健康状態に従って行わなければならない。
 紛争当事国は、敵対行為の開始の時から、特別協定により、捕虜の人数に比例して抑留すべき要員の割合及び収容所におけるそれらの要員の配置を定めることができる。

第三十二条(中立国所属要員の帰還)

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 第二十七条に掲げる者で敵国の権力内に陥ったものは、抑留してはならない。
 反対の合意がない限り、それらの者は、その帰路が開かれ、且つ、軍事上の要求が許すときは、直ちに自国へ帰還することを許されるものとし、自国への帰還が不可能な場合には、それらの者が勤務した機関の属する紛争当事国の領域へ帰還することを許されるものとする。
 それらの者は、解放されるまでの間、敵国の指揮の下に引き続き自己の任務を遂行しなければならない。それらの者は、なるべく、それらの者が勤務した機関の属する紛争当事国の傷者及び病者の看護に従事しなければならない。
 それらの者は、出発の際、自己の所有に属する個人用品、有価物、器具、武器及びできれば輸送手段を持ち去るものとする。
 紛争当事国は、それらの要員がその権力内にある間、それらの要員に相当する自国軍隊の要員に与えられているものと同様の食糧、宿舎、手当及び給与をそれらの要員のために確保しなければならない。食糧は、いかなる場合にも、その量、質及び種類において、それらの要員が通常の健康状態を維持するのに充分なものでなければならない。

第五章 建物及び材料

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第三十三条(衛生機関の建物及び材料)

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 敵の権力内に陥った軍隊の移動衛生部隊の材料は、傷者及び病者の看護のために保留されるものとする。
 軍隊の固定衛生施設の建物、材料及び貯蔵品は、引き続き戦争法規の適用を受けるものとする。但し、それらの建物、材料及び貯蔵品は、傷者及び病者の看護のために必要とされる限り、その使用目的を変更してはならない。もっとも、戦地にある軍隊の指揮官は、緊急な軍事上の必要がある場合には、前記の施設内で看護される傷者及び病者の福祉のためにあらかじめ措置を執ることを条件として、それらの建物、材料及び貯蔵品を使用することができる。
 本条に掲げる材料及び貯蔵品は、故意に破壊してはならない。

第三十四条(救済団体の財産)

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 この条約による特権を与えられる救済団体の不動産及び動産は、私有財産と認める。
 戦争の法規及び慣例によって交戦国に認められる徴発権は、緊急の必要がある場合において、傷者及び病者の福祉が確保されたときを除く外、行使してはならない。

第六章 衛生上の輸送手段

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第三十五条(保護及び捕獲)

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 傷者及び病者又は衛生材料の輸送手段は、移動衛生部隊と同様に尊重し、且つ、保護しなければならない。
 それらの輸送手段、すなわち、車両は、敵国の権力内に陥った場合には、それらを捕獲した紛争当事国がすべての場合においてそれらの中にある傷者及び病者の看護を確保することを条件として、戦争法規の適用を受けるものとする。
 徴発によって得た文民たる要員及びすべての輸送手段は、国際法の一般原則の適用を受けるものとする。

第三十六条(衛生航空機)

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 交戦国は、衛生航空機、すなわち、もっぱら傷者及び病者の収容並びに衛生要員及び衛生材料の輸送に使用される航空機を、それらの航空機が関係交戦国の間で特別に合意された高度、時刻及び路線に従って飛行している間、攻撃してはならず、尊重しなければならない。
 衛生航空機は、その下面、上面及び側面に、第三十八条に定める特殊標章を自国の国旗とともに明白に表示しなければならない。衛生航空機は、敵対行為の開始の際又は敵対行為が行われている間に交戦国の間で合意される他の標識又は識別の手段となるものを付さなければならない。
 反対の合意がない限り、敵の領域又は占領地域の上空の飛行は、禁止する。
 衛生航空機は、すべての着陸要求に従わなければならない。この要求によって着陸した場合には、航空機及びその乗員は、検査があるときはそれを受けた後、飛行を継続することができる。
 傷者及び病者並びに衛生航空機の乗員は、敵の領域又は占領地域内に不時着した場合には、捕虜となるものとする。衛生要員は、第二十四条以下の規定に従って待遇されるものとする。

第三十七条(中立国の領域上空の飛行)

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 紛争当事国の衛生航空機は、第二項の規定に従うことを条件として、中立国の領域の上空を飛行し、必要がある場合にはその領域に着陸し、又はその領域を寄航地として使用することができる。それらの衛生航空機は、当該領域の上空の通過を事前に中立国に通告し、且つ、着陸又は着水のすべての要求に従わなければならない。それらの衛生航空機は、紛争当事国と関係中立国との間で特別に合意された路線、高度及び時刻に従って飛行している場合に限り、攻撃を免かれるものとする。
 もっとも、中立国は、衛生航空機が自国の領域の上空を飛行すること又は自国の領域内に着陸することに関し、条件又は制限を附することができる。それらの条件又は制限は、すべての紛争当事国に対して平等に適用しなければならない。
 中立国と紛争当事国との間に反対の合意がない限り、現地当局の同意を得て衛生航空機が中立地域に積み卸す傷者及び病者は、国際法上必要がある場合には、軍事行動に再び参加することができないように中立国が抑留するものとする。それらの者の入院及び収容のための費用は、それらの者が属する国が負担しなければならない。

第七章 特殊標章

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第三十八条(条約の標章)

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 スイスに敬意を表するため、スイス連邦の国旗の配色を転倒して作成した白地に赤十字の紋章は、軍隊の衛生機関の標章及び特殊記章として維持されるものとする。
 もっとも、赤十字の代りに白地に赤新月又は赤のライオン及び太陽を標章として既に使用している国については、それらの標章は、この条約において同様に認められるものとする。

第三十九条(標章の使用)

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 標章は、権限のある軍当局の指示に基き、衛生機関が使用する旗、腕章及びすべての材料に表示しなければならない。

第四十条(要員の識別)

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 第二十四条、第二十六条及び第二十七条に掲げる要員は特殊標章を付した防水性の腕章で軍当局が発給し、且つ、その印章を押したものを左腕につけなければならない。
 前記の要員は、第十六条に掲げる身分証明書の外、特殊標章を付した特別の身分証明書を携帯しなければならない。この証明書は、防水性で、且つ、ポケットに入る大きさのものでなければならない。この証明書は、自国語で書かれていなければならず、また、この証明書には、少くとも所持者の氏名、生年月日、階級及び番号が示され、且つ、その者がいかなる資格においてこの条約の保護を受ける権利を有するかが記載されていなければならない。この証明書には、所持者の写真及び署名若しくは指紋又はそれらの双方を附さなければならない。この証明書には、軍当局の印章を浮出しにして押さなければならない。
 身分証明書は、同一の軍隊を通じて同一の型式のものであり、且つ、できる限りすべての締約国の軍隊を通じて類似の型式のものでなければならない。紛争当事国は、この条約に例として附属するひな型にならうことができる。紛争当事国は、敵対行為の開始の際、その使用する身分証明書のひな型を相互に通報しなければならない。身分証明書は、できれば少くとも二通作成しなければならず、その一通は、本国が保管しなければならない。
 いかなる場合にも、前記の要員は、その記章又は身分証明書を奪われないものとし、また、腕章をつける権利をはく奪されないものとする。それらの要員は、身分証明書又は記章を紛失した場合には、身分証明書の複本を受領し、又は新たに記章の交付を受ける権利を有する。

第四十一条(補助要員の識別)

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 第二十五条に掲げる要員は、衛生上の任務の遂行中に限り、中心に小型の特殊記章を付した白色の腕章をつけるものとする。その腕章は、軍当局が発給し、且つ、その印章を押したものでなければならない。
 それらの要員が携帯すべき軍の身分証明書類には、それらの要員が受けた特別訓練の内容、それらの要員が従事している任務が一時的な性質のものであること及びそれらの要員が腕章をつける権利を有することを明記しなければならない。

第四十二条(衛生部隊及び衛生施設の表示)

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 この条約で定める特殊の旗は、この条約に基いて尊重される権利を有する衛生部隊及び衛生施設で軍当局の同意を得たものに限り、掲揚するものとする。
 移動部隊及び固定施設においては、それらの部隊又は施設が属する紛争当事国の国旗を前記の旗とともに掲揚することができる。
 もっとも、敵の権力内に陥った衛生部隊は、この条約で定める旗以外の旗を掲揚してはならない。
 紛争当事国は、軍事上の事情が許す限り、敵対的行為が行われる可能性を除くため、敵の陸軍、空軍又は海軍が衛生部隊及び衛生施設を表示する特殊標章を明白に識別することができるようにするために必要な措置を執らなければならない。

第四十三条(中立国部隊の標識)

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 中立国の衛生部隊で、第二十七条に定める条件に基いて交戦国に役務を提供することを認められたものは、その交戦国が第四十二条によって与えられる権利を行使するときは、いつでも、その交戦国の国旗をこの条約で定める旗とともに掲揚しなければならない。
 それらの衛生部隊は、責任のある軍当局の反対の命令がない限り、すべての場合(敵国の権力内に陥った場合を含む。)に自国の国旗を掲揚することができる。

第四十四条(標章の使用制限)

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 本条の次項以下の項に掲げる場合を除く外、白地に赤十字の標章及び「赤十字」又は「ジュネーヴ十字」という語は、平時であると戦時であるとを問わず、この条約及びこの条約と同様な事項について定める他の条約によって保護される衛生部隊、衛生施設、要員及び材料を表示し、又は保護するためでなければ、使用してはならない。第三十八条第二項に掲げる標章に関しても、それらを使用する国に対しては同様である。各国赤十字社及び第二十六条に掲げるその他の団体は、この条約の保護を与える特殊標章を本項の範囲内でのみ使用する権利を有する。
 更に、各国赤十社(赤新月社又は赤のライオン及び太陽社)は、平時において、自国の国内法令に従い、赤十字国際会議が定める原則に適合する自己のその他の活動のために赤十字の名称及び標章を使用することができる。それらの活動が戦時に行われるときは、標章は、その使用によりこの条約の保護が与えられると認められる虞がないような条件で使用しなければならない。すなわち、この標章は、比較的小型のものでなければならず、また、腕章又は建物の屋根に付してはならない。
 赤十字国際機関及び正当に機限を与えられたその職員は、いつでも白地に赤十字の標章を使用することを許される。
 例外的措置として、この条約で定める標章は、国内法令に従い、且つ、各国赤十字社(赤新月社又は赤のライオン及び太陽社)の一から明示の許可を受けて、救急車として使用される車両を識別するため、及び傷者又は病者に無償で治療を行うためにもっぱら充てられる救護所の位置を表示するため、平時において使用することができる。

第八章 条約の実施

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第四十五条(細目の実施)

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 各紛争当事国は、その総指揮官を通じ、この条約の一般原則に従い、前各条の細目にわたる実施を確保し、且つ、この条約の予見しない事件に備えなければならない。

第四十六条(復仇の禁止)

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 この条約によって保護される傷者、病者、要員、建物又は材料に対する報復的措置は、禁止する。

第四十七条(条約の普及)

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 締約国は、この条約の原則を自国のすべての住民、特に、戦闘部隊、衛生要員及び宗教要員に知らせるため、平時であると戦時であるとを問わず、自国においてこの条約の本文をできる限り普及させること、特に、軍事教育及びできれば非軍事教育の課目中にこの条約の研究を含ませることを約束する。

第四十八条(訳文・適用法令)

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 締結国は、スイス連邦を通じて、また、敵対行為が行われている間は利益保護国を通じて、この条約の公の訳文及び締結国がこの条約の適用を確保するために制定する法令を相互に通知しなければならない。

第九章 濫用及び違反の防止

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第四十九条(罰則)

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 締約国は、次条に定義するこの条約に対する重大な違反行為の一を行い、又は行うことを命じた者に対する有効な刑罰を定めるため必要な立法を行うことを約束する。
 各締約国は、前記の重大な違反行為を行い、又は行うことを命じた疑のある者を捜査する義務を負うものとし、また、その者の国籍のいかんを問わず、自国の裁判所に対して公訴を提起しなければならない。各締約国は、また、希望する場合には、自国の法令の規定に従って、その者を他の関係締約国の裁判のため引き渡すことができる。但し、前記の関係締約国が事件について一応充分な証拠を示した場合に限る。
 各締約国は、この条約の規定に違反する行為で次条に定義する重大な違反行為以外のものを防止するため必要な措置を執らなければならない。
 被告人は、すべての場合において、捕虜の待遇に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約第百五条以下に定めるところよりも不利でない正当な裁判及び防ぎょの保障を享有する。

第五十条(重大な違反行為)

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 前条にいう重大な違反行為とは、この条約が保護する人又は物に対して行われる次の行為、すなわち、殺人、拷問若しくは非人道的待遇(生物学的実験を含む。)、身体若しくは健康に対して故意に重い苦痛を与え、若しくは重大な傷害を加えること又は軍事上の必要によって正当化されない不法且つし意的な財産の広はんな破壊若しくは徴発を行うことをいう。

第五十一条(締約国の責任)

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 締約国は、前条に掲げる違反行為に関し、自国が負うべき責任を免かれ、又は他の締約国をしてその国が負うべき責任から免かれさせてはならない。

第五十二条(調査手続)

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 この条約の違反の容疑に関しては、紛争当事国の要請により、関係国の間で定める方法で調査を行わなければならない。
 調査の手続について合意が成立しなかった場合には、前記の関係国は、その手続を決定する審判者の選任について合意しなければならない。
 この条約の違反の容疑に関しては、紛争当事国の要請により、関係国の間で定める方法で調査を行わなければならない。

第五十三条(標章の濫用)

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 公のものであると私のものであるとを問わず、個人、団体、商社又は会社でこの条約に基いて使用の権利を与えられていないものが、「赤十字」若しくは「ジュネーヴ十字」の標章若くは名称又はそれを模倣した記章若しくは名称を使用することは、その使用の目的及び採用の日付のいかんを問わず、常に禁止する。
 スイス連邦の国旗の配色を転倒して作成した紋章の採用により同国に対して払われる敬意並びにスイスの紋章及びこの条約の特殊標章との間に生ずることのある混同を考慮して、商標としてであると又はその一部としてあるとを問わず、商業上の道徳に反する目的で又はスイス人の国民感情を害する虞のある状態で私人、団体又は商社がスイス連邦の紋章又はそれを模倣した記章を使用することは、常に禁止する。
 もっとも、この条約の締約国で千九百二十九年七月二十七日のジュネーヴ条約の締約国でなかったものは、第一項に掲げる標章、名称又は記章を既に使用していた者に対し、その使用をやめさせるため、この条約の効力発生の時から三年をこえない猶予期間を与えることができる。但し、その使用が戦時においてこの条約の保護を与えるものと認められる虞がある場合は、この限りでない
 本条第一項に定める禁止は、第三十八条第二項に掲げる標章及び記章に対しても、適用する。但し、従前からの使用により取得されている権利に影響を及ぼさないものとする。

第五十四条(濫用の防止)

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 締約国は、自国の法令が充分なものでないときは、第五十三条に掲げる濫用を常に防止し、且つ、抑止するため必要な措置を執らなければならない。

最終規定

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第五十五条(用語)

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 この条約は、英語及びフランス語で作成する。両本文は、ひとしく正文とする。
 スイス連邦政府は、この条約のロシア語及びスペイン語による公の訳文が作成されるように取り計らわなければならない。

第五十六条(署名)

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 本日の日付を有するこの条約は、千九百四十九年四月二十一日にジュネーヴで開かれた会議に代表者を出した国並びに同会議に代表者を出さなかった戦地軍隊における傷者及び病者の状態改善に関する千八百六十四年、千九百六年又は千九百二十九年の条約の締約国に対し、千九百五十年二月十二日までその署名のため開放される。

第五十七条(批准)

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 この条約は、できる限りすみやかに批准されなければならない。批准書は、ベルヌに寄託しなければならない。
 スイス連邦政府は、各批准書の寄託について調書を作成し、その認証謄本をこの条約に署名したすべての国又は加入を通告したすべての国に伝達しなければならない。

第五十八条(効力の発生)

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 この条約は、二以上の批准書が寄託された後六箇月で効力を生ずる。
 その後は、この条約は、各締約国についてその批准書の寄託の後六箇月で効力を生ずる。

第五十九条(従前の条約との関係)

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 この条約は、締約国間の関係においては、千八百六十四年八月二十二日、千九百六年七月六日及び千九百二十九年七月二十七日の条約に代るものとする。

第六十条(加入)

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 この条約は、その効力発生の日から、この条約に署名しなかったすべての国に対し、その加入のため開放される。

第六十一条(加入の通告)

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 加入は、書面でスイス連邦政府に通告され、且つ、その書面が受領された日の後六箇月で効力を生ずる。
 スイス連邦政府は、この条約に署名したすべての国及び加入を通告したすべての国にこの加入を通知しなければならない。

第六十二条(直接の効果)

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 第二条及び第三条に定める状態は、紛争当事国が敵対行為又は占領の開始前又は開始後に行った批准又は加入に対し、直ちに効力を与えるものとする。スイス連邦政府は、紛争当事国から受領した批准書又は加入通告書について最もすみやかな方法で通知しなければならない。

第六十三条(廃棄)

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 各締約国は、この条約を自由に廃棄することができる。
 廃棄は、書面でスイス連邦政府に通告しなければならず、スイス連邦政府は、その通告をすべての締約国の政府に伝達しなければならない。
 廃棄は、スイス連邦政府にその通告をした後一年で効力を生ずる。但し、廃棄する国が紛争に加わっている時に通告された廃棄は、平和条約が締結され、且つ、この条約によって保護される者の解放及び送還に関連する業務が終了するまでは、効力を生じない。
 廃棄は、廃棄する国についてのみ効力を生ずる。廃棄は、文明国民の間で確立している慣行、人道の法則、公衆の良心の命ずるところ等に由来する国際法の原則に基いて紛争当事国が引き続き履行しなければならない義務を害するものではない。

第六十四条(国際連合への登録)

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 スイス連邦政府は、この条約を国際連合事務局に登録しなければならない。スイス連邦政府は、また、この条約に関連して同政府が受領するすべての批准書、加入通告書及び廃棄通告書について国際連合に通知しなければならない。

末文

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 以上を証拠として、下名は、それぞれの全権委任状を寄託してこの条約に署名した。

 千九百四十九年八月十二日にジュネーヴで英語及びフランス語により作成した。原本は、スイス連邦の記録に寄託する。スイス連邦政府は、その認証謄本を各署名国及び各加入国に送付しなければならない。

第一附属書

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病院地帯及び病院地区に関する協定案

第一条(病院地帯の確保)

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 戦地にある軍隊の傷者及び病者の状態の改善に関する千九百四十九年八月十二日のジュネーヴ条約第二十三条に掲げる者並びに病院地帯及び病院地区の組織及び管理並びにそれらの中に収容される者の看護の責任を負う要員のため、病院地帯は、必ず確保して置かなければならない。

第二条(地帯居住者の義務)

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 資格のいかんを問わず、病院地帯の居住する者は、その地帯内においても、また、その地帯外においても、軍事行動又は軍需品の生産に直接に関連する作業を行ってはならない。

第三条(部外者の地帯出入禁止措置)

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 病院地帯を設定する国は、その地帯における居住又はその地帯への立入りの権利を有しない者の出入を禁止するため必要なすべての措置を執らなければならない。

第四条(地帯の具備条件)

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 病院地帯は、次の条件を満たすものでなければならない。
 (a)その地帯が、その地帯を設定した国によって支配される地域の一小部分であること。
 (b)その地帯の住民が、その地帯の収容能力に比して少いこと。
 (c)その地帯が、すべての軍事目標又は重要な産業上若しくは行政上の施設から遠く離れており、且つ、それらを有しないこと。
 (d)その地帯の位置が、戦争遂行上重要となる可能性が大である地域にないこと。

第五条(軍事上に供用禁止)

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 病院地帯については、つぎの義務に従わなければならない。
 (a)病院地帯に属する通信線及び輸送手段は、通過の場合であっても、軍事上の人員及び資材の輸送のために使用してはならない。
 (b)病院地帯は、いかなる場合においても、軍事的手段によって防衛してはならない。

第六条(赤十字標章の表示)

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 病院地帯は、その周辺及び建物の上に、白地に赤十字(赤新月又は赤のライオン及び太陽)の標章を付して表示しなければならない。それらの地帯は、夜間適当な証明によって同様に表示することができる。

第七条(地帯の設定通告、成立及び承認拒否)

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 各国は、平時において又は敵対行為の開始の際、自国が支配する地域にある病院地帯についてすべての締結国に通告しなければならない。各国は、また、敵対行為を行っている間に新たに設定した病院地帯について通告しなければならない。
 病院地帯は、敵国が前記の通告を受領した時に、正式に成立したものとする。
 もっとも、敵国は、この協定の条件が満たされていないと認めるときは、当該病院地帯につき責任のある当事国に直ちに拒否の通告を与えることによりその病院地帯の承認を拒否し、又は、その病院地帯を承認するかどうかの決定を第八条で定める監督機関に任せることができる。

第八条(地帯確認のための特別委員会)

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 敵国が設定した一又は二以上の病院地帯を承認した国は、その病院地帯がこの協定で定める条件及び義務を満たしているかどうかを確認するため、一又は二以上の特別委員会に病院地帯の監督を要求する権利を有する。
 このため、特別委員会の委員は、いつでもすべての病院地帯に自由に出入することができるものとし、また、そこに恒久的に居住することができるものとする。それらの委員は、監督の任務を行うため、すべての便宜を与えられるものとする。

第九条(特別委員会の任務)

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 特別委員会は、この協定の規定に違反すると認める事実を発見したときは、直ちにそれらの事実について当該病院地帯を支配する国の注意を喚起し、且つ、その違反をきょう正するためにその国に五日の猶予期間を与えなければならない。特別委員会は、当該病院地帯を承認した国に対してその旨を正式に通告しなければならない。
 前記の猶予期間が満了する時まで当該病院地帯を支配する国が注意の喚起に応じなかった場合には、敵国は、その病院地帯に関してはこの協定に拘束されない旨を宣言することができる。

第十条(特別委員会の指名)

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 一又は二以上の病院地帯及び病院地区を設定した国並びにそれらの存在について通告を受けた敵国は、第八条及び第九条に掲げる特別委員会の委員となる者を自ら指名し、又は中立国をして指名させなければならない。

第十一条(地帯の保護)

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 病院地帯は、いかなる場合にも、攻撃の対象としてはならない。紛争当事国は、常に、病院地帯を保護し、且つ、尊重しなければならない。

第十二条(占領地域内の病院地帯)

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 一地域が占領された場合には、その地域内にある病院地帯は、病院地帯として引き続き尊重され、且つ、使用されるものとする。
 もっとも、占領国は、収容されている者の安全を確保するためにすべての措置を執ることを条件として、その地帯の使用目的を変更することができる。

第十三条(本協定の病院地区への適用)

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 この協定は、各国が病院地帯と同様の目的で使用する病院地区にも適用する。
 

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