徳川美術館蔵伝行成筆本重之集
本文
編集しけゆきに歌たてまつれとうちよりおほせことありけれはたてまつれるあたらしうよみて
春廿 夏廿 秋廿 冬廿 恋十 うらみ十
よしの山岑の白ゆきいつきえて今日はかすみのたちかはるらん
なにはめにおひいつるあしのほとみれはかすしらぬよそ思や(し)らるゝ
きのふまてこほりてみえし山かはの今日ふく風にたきのおとする
めつらしく今日しもかものむれゐるはいけのこほりやうすくなるらん
かすかのにあさはむきしのはねのおとはゆきのきえまにわかなつめとや
春たちてほとへにけりなしからきのやまはかすみにむへもみえけり
ときはなる岑の松はらはるくともかすみたゝすはしらすそあらまし
今日きけはゐてのかはすもすたくなりなはしろ水をたれまかすらん
春のひのうらゝゝことにいてゝみむなにわさしてかあまはくらすと
かせにのみまかせてはみしむめの花をりてたもとにかをもうつさむ
いつをかは花とはわかむ春たちてちりしこゆきにおもなれにけり
うくひすのきゐるはかせにちる花をのとけくみむとたのみけるかな
はかなくそ春しもとふと思ける花のたよりにみゆるなりけり
うくひすのなくこゑをのみたつぬれは春さく花を我のみそみる
我やとや花のさかりになりぬらん道行ひとのたちとまるかな
あをやきのいとをみとりによりかけてはるの風にやなみはよるらむ
花櫻つもれるにはに風吹はおもかはりせぬなみそたちける
はるのひはゆきもやられすかはつなくゐてのわたりにこまをとゝめて
みたえせぬゐての山吹かけみれはいろのふかさもまさらさりけり
夏にこそさきかゝりけれ藤花松にとのみも思けるかな
夏
花のいろにそめしたもとのをしけれはころもかへうき今日もあるかな
夏草はむすふ許になりにけりのかひしこまやあくかれぬらむ
かけてたにあふひときけはちはやふるわかねきことのしるしあらなむ
うの花のさけるかきねにやとりせしねぬにあけぬとあとろかれけり
やましろのよとのこくさをかりにきてそてぬれぬとはうらみさらなむ
なくこゑのきかまほしさにほとゝきすよふかくのみもおきあかすかな
夏はきのをきのふるえもゝえにけりむれゐしとりはそらにやあるらん
春まきし山たのなつはおひにけりもろてにひとのひきもうゑなむ
我身こそゝほちまさらめさみたれのおなしたことはおもはさらなむ
五月やまともしにいつるやまひとはおのか思ひに身をやゝくらむ
夏のよはおとつれもせぬむしなれとあきはたそらにありときゝてむ
たひゝとのたくひとみゆるを(こ)そ露にもきえてぬひかりなりけれ
我てにも夏はてぬとや思らむあふきのかせはいまはものうき
草のはもおこかぬ夏のくるひにも思なかには風そ吹らし
ゆきなれぬ道のしけさに夏のよのあかつきおきは露けかりけり
うつせみのむなしきからはおともせすたれにやまつをとひてゆかまし
こゑきけはおなしゆかりのむしなれと(や)ひくらしにこそせみもなくなれ
さをしかのかよふもみえぬ夏草も我たかしとは思はさらなむ
夏草のしけきをわけし君なれと今日はこゝろにあきそきにける
あき風はふきぬとおとにきゝてしをさかりにみゆるとこなつの花
秋
あきくれと夏のころもゝかへなくにありしさまにもあらすなり行
あまの川水まさりつゝたなはたのかへるたもとになみやこすらむ
たなはたのわかれし日よりあき風のよことにさむくなりまさるなり
おともせす思ひにもゆるほたるこそなくむしよりもあはれなりけれ
まつひとのかけはみえすてあきのよのつきのひかりそゝてにいりぬる
あき風はむかしのひとにあらねとも吹くるたひにあはれといはるゝ
おほつかなこゆる山ちと(:)のとほけれはひくらしのねにやとりをそとる
をきのはにふくあき風をわすれつゝ恋しきひとのくるかとそきく
あき風の吹ぬころたにあるものをこよひはいとゝ人そこひしき
なくしかのこゑきくからにあきはきのしたはこかれてものをこそおもへ
あはれをはしらしと思をむしのねのこゝろよわくもなりぬへきかな
あき風はたひのそらにも吹ぬらんせこかころもはかへすらんやそ
あきのよのありあけのつきにひろへとも草はの露はたまらさりけり
やましろのとはのわたりをうちすきていなはの風に思こそやれ
なとりかはやなせのなみそさわくなるもみちやよりていとゝせくらむ
白露のおくてのいねもいてにけりかりくる風はむへもふきけり
ふく風にしほみちくれはなにはめのあしのほよりそふねはゆきける
白雲のおりゐるやまのからにしきかねてそあきのきりはたちける
かせさむみやとへかへれはゝなすゝきくさむらことにまねくゆふくれ
白露のおきけるきくをゝりつれはたもともぬれていろまさりけり
冬
もみちはのゝこれるえたにおくしものしはしのほとをいとふへしやは
あさちふに風(〻)けさ吹風はさむくともかれ行ひとをいまはたのまし
さむからはよるはきてねよ宮ことりいまはこのはもあらし吹つゝ
みつとりのはにおくしものさむきよはたれになれてかけつへかるらむ
ちはやふるをみのかさせる日かけにもとけすてしものよるむすふらむ
しものうへにけさ吹風のさむけれはかれにしひとをあはれとそ思
あしのはにかくれてみえし我やとのこやもあらはに冬はきにけり
我やとにふりくるゆきのきえさらはいつしか春とまたれましやは
ふるゆきにぬれきてほさぬわかそてをこほりなからにあかしつるかな
冬くれはつらゝにみえていし山のこほりはかたきものとしらなむ
ふるさとのかきねのゆきしふかけれはかよひしあともみえすそありける
しなのなるあさまのたきのあやしきはゆきこそきえね火やはもえやん
たくひともあらしと思をゝしを山ゆきのなかよりけふりこそたて
今日みれはあまのをふねもかよひけりしほみつうらはこほらさるらし
あふみなるやすのいりえにさすあみのこほりをいをとけさそみゆらし
しなのなるいなにはあらすかひかねのにふりつむゆきのきえぬほとなり
みつとりのすむいけもみなこほりつゝはるくるほとそ我はわひしき
としをへてゆきふりうつむ白山はかゝれる雪やいつらなるらむ
山のうへとよそにみしかと白ゆきはふりぬるひとの身にもきにけり
ゆきつもるおのかしをは思はすて春をはあすときくそうれしき
恋十
こひしさをなくさめかてらすかはらやふしみにきてもねられさりけり
思やれ我ころもてはなにはめのあしのうらはのかはくよそなき
かせて(〻)いたみいはうつなみのおのれのみくたけてものを思ころかな
うちとくるよこそなからめひとしれすむすふ許にあらぬ身そうき
松しまのをしまのいそにあさりせしあまのそてこそかくはぬれしか
よとのへとみまくさかりにくるひともくれにはたゝにかへるものかは
そのはらやふせやにみゆるはゝきゝもたかためにかは我はわたしゝ
つくは山はやましけ山しけゝれと思いるまはさはらさりけり
なとりかはわたりてつくるをしまたをもるにつけてはよかれのみする
しき(ら)なみのまかきのしまにたちよれはあまこそたれとつねにとかむれ
うらみ十
たかさこのをのへの松の我ならはよそにてのみはたてらさらまし
水のうへにうきたるあわを吹風のともにわかみもきえやしなまし
うしと思こゝろにけさはきつれともたそかれときはむなしからせし
みさこゐるあらいそなみはさわくらしゝほやくけふりなひくかたみゆ
ころもかはみなれしひとのわかるれはたもとまてにそなみはよせける
きさかたやなきさにたちてみわたせは(〻)と思こゝろやは行
いそはみなしほみちぬれとはにほとりのなみのなかにそよるもねぬへき
いにしへはなみをりきてふ松山に思かれたるえたのなきかな
たけくまの花はにたてる松たにも我ことひとりありとやはきく
みなかみにひとのみわたる水なれはこゝろきよくもたのまれぬかな
かすよりほかにたてまつる二首
えたわかぬ春にあへともむもれきはもえもまさらてとしそへにける
としことにおひそはるてふやそしまの松のはかすは君やしるらむゝゝ
参考文献
編集『日本名筆選10 重之集 伝藤原行成筆』 二玄社、1993年。