事件名 殺人
裁判年月日  平成23年9月29日
裁判所名・部   名古屋地方裁判所  刑事第6部
結果
裁判長裁判官 田邊三保子
裁判官 渡部五郎 阿久津見房

判示事項

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被告人が,離婚調停中の妻を河川内に水没させて溺死させたという殺人の事案において,妻は水難事故で死亡したという弁護人及び被告人の無罪主張を排斥し,状況証拠を積み重ねて被告人の殺害行為を認定し,殺意の強さ,殺害行為の計画性の高さ,動機の身勝手さ等の諸事情から,被告人に懲役19年の判決を言い渡した事例

全文

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平成20年(わ)第1946号 殺人被告事件

判決

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主文

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被告人を懲役19年に処する。

未決勾留日数中680日をその刑に算入する。

押収してあるX1台(平成22年押第56号の3)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

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(罪となるべき事実)

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被告人は,夫婦関係調整調停中の妻であるA(当時28歳)を,水難事故を装 って殺害しようと企て,平成20年6月8日午後2時40分ころから同日午後3 時10分ころまでの間,愛知県犬山市a番地先のB川左岸付近岩場の上において, 同女に対し,身体の機能を麻痺させる目的で,その腹部に高電圧を生じるXと称 する機器(平成22年押第56号の3)を押し当てて電撃を加え,その両膝を地 面等に強く打ち付けるなどして,同女を河川内に水没させ,よって,同日午後5 時37分ころ,同市b番地所在のC病院において,同女を溺死させ,もって同女 を殺害したものである。

(証拠の標目)

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省略

(争点に対する判断)

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第1 当事者の主張,本件の争点及び当裁判所の判断手法

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検察官は,被告人が,Aに対し,その腹部に高電圧を生じるXを押し当て て電撃を加えるなどして,同女を河川内に水没させて溺死させた旨主張する。

これに対し,弁護人は,次のとおり主張し,被告人も概ねそれに沿う供述をする。

被告人とAは,川で長男に水遊びをさせていたが,Aとの間で離婚調停の話と なり,被告人は,Aから「ここでの話題ではない。」と言われ,横を通り抜けよ うとされた。被告人は,Xを見せればその場にAがとどまると思い,とっさにX を出した。しかし,予想に反し,Aが被告人の方に近づいてきたため,XがAの 身体に接触した。その後,二人とも川に転落した。被告人は,Aから,川の中で, 眼鏡に手を掛けられ,Aの手を払った。その後,少し離れたところで,Aが溺れ ているのを発見し,Aを岸辺まで引き上げた。

以上のとおり,検察官は,被告人がAを溺死させて殺害したと主張し,弁護人 は,Aは事故で死亡したと主張する。したがって,本件の争点は,被告人による 殺害行為の有無ということになる。

本件においては,被告人の殺害行為に関する直接証拠が存在しない。そこで, 当裁判所は,関係各証拠から容易に認定できる事実をまず確定し(第2),当事 者間で特に対立のある事実関係について検討を加えた上で(第3),それらの過 程によって認定できた個々の間接事実の分析及び評価を行い(第4),また,そ れらの間接事実を総合的に考慮して(第5),被告人による殺害行為の有無を検 討することとする。

第2 前提事実

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関係各証拠によれば,以下の事実を認めることができる。

1 被告人及びAの関係等
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被告人とAは,平成16年2月7日婚姻し,平成17年8月,長男をもうけた。

2 被告人とAの別居の経緯等
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被告人,A及び長男は,愛知県稲沢市内の新居(以下「被告人方」という。) に住んでいたが,Aは,平成18年11月3日,長男を連れて実家へ戻り,被 告人とうまく生活できない,被告人の携帯電話に浮気を窺わせるメール文書が あった,同月2日に被告人の携帯電話の奪い合いで被告人に転倒させられたり したといったことを親に話した。

被告人,A及びそれぞれの両親は,平成18年11月18日,被告人方におい て,被告人夫婦の今後について話し合いの機会を持ったが,話はまとまらず, 被告人は,その後,長男を取り戻しにA両親の実家に向かい,稲沢駅のロータ リー付近で,Aの妹夫婦の車の中に長男がいるのを発見し,同夫婦から長男を 引き取った。被告人は,その後現れたAとの間で,長男の奪い合いをしたが, 現場に駆けつけた警察官に伴われ,Aと稲沢警察署で話をすることになり,最 終的には,Aが長男とともに被告人方へ戻ることとなった。

Aは,平成18年11月29日,再度,長男を連れて,A両親の実家に帰っ た。被告人は,同日,A両親の実家に訪れ,Aの父と会ったが,ドアがチェー ンロックされた状態で中には入れず,自宅に戻った。

3 離婚調停の経緯等
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Aは,平成18年12月1日,被告人を相手方として,D家庭裁判所E支部に 夫婦関係解消を内容とする調停の申立て(被告人との離婚,長男の親権者をAと する指定,並びに被告人に対して相当額の養育費,財産分与及び慰謝料の支払を 求めるもの)を行った。一方,被告人も,同月2日,Aを相手方として,D家庭 裁判所に夫婦関係円満を内容とする調停の申立てを,平成19年2月19日,同 家庭裁判所に長男との面接交渉を内容とする調停の申立てをそれぞれ行った。A の上記申立ては,平成18年12月26日D家庭裁判所に回付された。

平成19年1月24日から平成20年5月14日までに行われた上記各申立て に関する離婚調停の経緯は別紙調停経緯一覧表(省略。以下同じ。)のとおりで ある。

4 呪術団体への依頼等
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(1) 被告人は,平成18年12月8日,呪術団体である「F会」に対し,同会で最も高額な9万8000円のコースで,Aの死の呪いを依頼した。
被告人は,依頼の際,「F会」に対し,パソコンメールで次の内容を含む文書を送信した。
希望の呪い 心臓発作によるAの死亡(早いほうが良い)
Aへの思い 妻のみ心臓発作により死亡させ,唯一の親権者として子供を引き取り,まだ残されている体面を守りながら生活を続けたい。
その他 一番強力なエネルギーを送り,絶対願いをかなえたい。そのための必要な物品(写真,名前,衣服...)は何でも可能な限り提供するので教えて欲しい。
(2) 被告人は,平成18年12月24日,呪術団体である「G」宛に,「黒魔術に関してお尋ねしたいのですが,魔術の対象者に悪さをしている対象者の先祖霊が取り付いている場合,普通の対象者に比べて,魔術が通用しにくいように思われますがいかがでしょうか。私の思いは,実家に無断で帰った対象者(妻)の死と妻の実家と縁を切った形で子供を取り返すことです。ご回答をよろしくお願いします。」という内容のメール文書を送信した。
捜査機関が「G」のインターネット上のホームページを調べたところ,「呪い殺したい奴がいる・・・殺しても晴れぬ恨み・・・人の力では解決できないお悩み・・・貴方のお望みにお応え致します。」などの紹介文が掲示されていた。
5 被告人とAとの手紙のやりとり
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被告人及びA間で次の内容を含む手紙のやりとりがあった。

(1) 平成20年4月初旬頃(被告人からA宛)
あなた(A)が私からお金を取れるだけ取るという姿勢なら,私は生きていくことができません。審判に持ち込まれたら,裁判所は多額の現金の支払を私に要求するでしょう。どんなに真面目に働いたって生きる道はなく,その時は自殺します。あなたがこのような形で他人の命を奪うとき,間違いなく地獄におちることでしょう。次回の調停よりも前に何も示さなければ,残念ながら,あなたは私が自殺することを望んでいるものと認識せざるを得ません。死ぬ前にこの世の法律を気にすることなく,どうすればこの世に対して未練を断ち切ることができるかを考え,成仏したいと思います。冗談ではなく本気です。私の身を削り取り,私の血を,肉を,魂を,苦しみを,恨みを,憎悪を,呪いを,どうしても手に入れたいのですね?あなたが最後までこだわり,手に入れたかったものなんですよね?次回の調停よりも前に何も示されなければ,残念ながら,あなたは私が自殺することを望んでいるものと認識せざるを得ません。
(2) 平成20年4月初旬から同月下旬ころまでの間(Aから被告人宛)
私は,別に生活を破綻させてまで養育費を請求するつもりはない。死を望んでいるわけでもない。あなたの手紙の書き方は養育費をもらっている世の中のすべての女性とその子供を見下したものである。養育費をもらうことは決して悪いことだとは思っていない。養育費は長男のためのものである。あなたは女を,私を,長男を見下している。あなたの書いていることは脅迫に近い。これ以上溝を深める発言はやめてください。私は,これからもよい面接をと望んでいるのに,このように幻滅させるような文章を送ってこないでください。相手の気持ちを動かしたいと思うのならば,もっと書き方を考えるべきです。
(3) 平成20年4月下旬ころ(被告人からA宛)
調停であなたに何度も「無理だ」と言っても,調停委員を通じて同じ金額を主張し続けられたことは,確信的に「生活できないようにしてやる!」という狙いとしか思えない。「お金がない」事実に対して,「見下している」という言い方をするのも筋が通っていない。具体的に掛かる費用を未だに明確にしないまま,18万円を請求し続けるのはおかしい。今回も,あなたが無理な金額を請求し続けるのであれば,私のほうで長男を育てることが現実的だと思います。分かりますか?私の苦しみが・・・私の精神状態は,調停の回を重ねて,生きていけなくなるという絶望感とともに一層不安定なのです。あなたが本当に「これからもよい面接を望んでいる」のであれば,このような精神状態でいなければならない状況を変えてください。あなたの言っていることと調停委員の言っていることが同じなのか違うのか。養育費をどのように考えているのか。あなたの考えていることを次回の調停より前に,早々に手紙で私に示してください。調停ではわかりませんから。
6 被告人によるナイフ及びXの購入
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被告人は,平成20年3月26日,インターネットを通じて,ナイフ2本(う ち1本のナイフを「本件フィレナイフ」という。)を注文し,その後,商品を 譲り受けた。

被告人は,平成20年5月初旬ころ, Yahooオークションのアラートメール機 能を使い,「X」という言葉を自宅パソコンに設定した。

Hは,平成13年前後ころ,「V」製の新品のXを約4万円で購入した(以下, Hは,平成20年5月初旬ころ,本件Xをインターネットオークションに出 品したが,インターネット販売の中止を求められ,出品を取り止めた。被告人 は,同月10日,Hに対し,本件Xを入札し,購入する意思があったことをメ ールで伝えた。すると,Hから,代金4万5000円での買い取りをメールで 提案された。被告人は,同月11日,Hに対し,本件Xにある片方の放電部分 の金属部の傷,曲がりについて,メッキが周辺に渡って剥がれ落ちていくよう な状況にあるのかということと,放電部分の金属部がちぎれ落ちてしまうよう な状況にあるのかということをメールで尋ねた。被告人は,同日,Hから,金 属部がちぎれ落ちてしまうような状況ではないこと,元々金属部分は3から4 mm程度しか突起しておらず,片方の上部分がへこんで2mm程度になっており, スパークさせたが支障ないことをメールで返答された。被告人は,同日,Hに 対し,本件Xを代金4万5000円で買い取り,商品を被告人方に送付するよ うにメールで依頼した。被告人は,同月14日,本件Hを受け取り,同月15 日,Hに対し,本件Xが無事に届いた旨メールで伝えた。被告人は,本件Xを 受領後,Hに対し,本件Xの機能等の点でクレーム等を申し出ることはなかった。

被告人は,本件Xのスイッチを押し,Xが放電することを確認した。

7 平成20年6月8日の面接交渉に至るまでの経緯
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被告人は,平成19年12月1日,愛知県犬山市内のI公園及びその付近のB 川の川岸に行き,写真を撮るということがあった。

Aは,平成20年5月29日,被告人に対し,同年6月8日を長男との面接交 渉の日程として希望した。

被告人は,平成20年6月7日,Aに対し,面接交渉の場所として,岐阜県内 での河川敷遊びを希望する旨伝えたが,Aに断られ,「J」を逆に提案された。 被告人は,Aの提案を断り,上記「I公園」を提案し,Aはこれを了承した。

8 平成20年6月8日の行動等
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(1) 被告人は,本件Xと本件フィレナイフ等をリュックサックに入れて,面接交渉の待ち合わせ場所に向かった。
被告人は,午前,待ち合わせ場所でA及び長男と会い,三人でI神社に行き,参拝をした。
被告人とAは,公園等で長男を遊ばせた後,食堂に行った。
被告人,A及び長男は,昼食をとり,食堂を出て,幹線道路を歩き,Kロードという立て看板のある場所から,B川の川岸に向かった。
被告人とAは,川岸で長男に水遊びをさせた。なお,被告人の所持するカメラの中のマイクロSDカードには,長男が午後2時12分ころから午後2時40分ころまでの間に被告人やAと川岸で水遊びをしている姿が撮影されていた。
(2) Lは,午後3時10分ころ,本件の現場付近にある野外活動センター(愛知県犬山市a番地所在。以下「野外活動センター」という。)の入口にある自動販売機前で,長男を連れた被告人に後方から声を掛けられた。Lは,被告人から,長男とAが川に落ちたことなどを伝えられた。Lは,現場付近に駆けつけ,岩場に横たわっているAを発見した(以下,Aが発見された岩場を「発見場所」という。)。Lは,Aの呼吸が止まっていることを確認し,心肺蘇生措置を始めるとともに,午後3時23分ころ,現場に駆けつけた人に自己の携帯電話で119番通報させた。Lは,Aの顔面の頬骨辺りにあざがあるのを現認した。
(3) 野外活動センターの管理人であったMは,野外活動センターの外にいた被告人から,「長男が川に落ちたから,Aが助けようとして川に落ちた。Aはてんかんの持病があるから,てんかんが起きたらしい。」旨言われた(なお,被告人は,公判廷で,Mの上記発言について否定する趣旨の供述をしているものと思われるが,Mは,本件と何ら利害関係を有しない第三者である上,被告人が発言もしない「てんかん」という特徴的な言葉を自己の想像や記憶の混同で語ったとは考えられないから,mの供述は信用できる。)。
(4) 野外活動センターで講習会を行っていたNは,午後3時20分ころ,A救助の応援の要請を受けて,発見場所に駆けつけた。Nは,Aの頬に腫れがあるのを見た。Nは,発見場所の岩場付近の川は流れがほとんどなく,水底は目視できる状態で,水深は大人の腰くらいで浅いという印象を持った。Nは,被告人に対し,その付近でAが溺れたのか尋ねたところ,被告人から,Aはてんかんの既往がある旨返答された(なお,Nの上記供述も,Mの供述の信用性で述べたところと同様の理由で信用できる。)。
(5) 捜査機関が,本件当日午後4時05分ころから同日午後4時10分ころまでの間,発見場所直下の水たまり付近の水深を計測したところ,24cmから56cm程度の深さであった。
9 Aの死亡時刻
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Aは,救急車でC病院に搬送されたが,本件当日午後5時37分ころに死亡が確認された。

10 X及びナイフの発見
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捜査機関は,平成20年6月17日,発見場所付近を捜索し,Aに蘇生措置が 施された場所から約14.5メートル先の川底に本件Xを,約22.8メートル 先の川底に本件フィレナイフをそれぞれ発見した。

11 被告人方の捜索差押え
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捜査機関は,平成20年6月27日,被告人方の捜索を行い,台所の床にある半透明のビニール袋の中から,4つ折りの写真2枚を発見した。その2枚の写真にはAが写っており,いずれもAの左胸部付近に小さな穴が空いていた。これらの写真の穴は,被告人が空けたものであった。

12 本件現場付近の推定水深等
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捜査機関は,平成20年7月14日午前11時20分から午後0時25分まで の間と同日午後1時05分から午後1時35分までの間,現場付近の水深を測定 した。測定結果は,別紙計測結果一覧表のとおりであった。測定開始時及び終了 時の各水深は,本件事件当日の水深と比較して,それぞれ27センチメートル及 び24センチメートル浅かった。同一覧表の各水深の結果に上記24センチメー トルを足し,その結果を航空写真上に反映させたものが別紙図面である(ただし, 「50度・25メートル」地点の「4」は「34」,「140度・8メートル」 地点の「9」は「49」の誤りである。)。なお,捜査機関が発見場所付近の最 大水深地点と判断した場所は,「北70度,起点から5m」の地点であった。

13 本件Xの性能実験
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捜査機関は,平成20年7月9日から同年8月22日までの間,本件Xが高電 圧を発生するか否かを鑑定した。

まず,本件Xのコンデンサが腐食していたため,それを交換した。次に,実験 途中にパワートランジスタが破壊したため,それも交換した。また,新しいバッ テリーパックを本件Xに接続し,電極を1500Ω,1000Ω及び500Ωの 負荷抵抗に接続したとき,並びに負荷抵抗を接続しないときの電圧をデジタルオ シロスコープで測定した。その結果は,別紙測定結果一覧表のとおりであった。

14 ブラウスへのXの放電実験
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Aが死亡当時身に付けていたブラウス(以下「本件ブラウス」という。)には, 別紙表1溶断痕の位置一覧表記載の箇所に溶断痕様のものが認められた。捜査機 関は,それらの溶断痕様のものがXの放電によるものか判別するため,次の実験 を行った。

まず,本件ブラウスと同種のブラウス,キャミソール,人体に見立てた約15 00Ωの抵抗,絶縁板に貼り付けた電極板,「W」製のX及び電極模型を準備し た。そして,電極を抵抗に接続し,電極の上にキャミソール及びブラウスをかぶ せ,その上にXの電極に接続した電極模型を約2mm離して固定し,Xのスイッチ を押した。

放電実験の結果,ブラウスには,①ブラウスの繊維表面が多数のこぶ状になる もの,②繊維が一度溶融したように透明になって太さが変わっている(くびれて いる)もの,③下に敷いたキャミソールに由来すると思われる黒色の溶融物の付 着などがみられた。

なお,電極をブラウスに接触させて放電した実験では,繊維の何本かが変色 することもあった。

捜査機関は,本件ブラウスの溶断痕様のものの中に,上記①ないし③の特徴 が認められるものがあるかどうかを調査した。捜査機関は,上記①ないし③の いずれかの特徴が認められたh,i,j,m,p,q,w,w1,w2,w3 の溶断痕様のもののうち,h,i,p,qについては,Xの放電によるもので はない可能性がある一方,j,m,w,w1,w2,w3については,Xの放 電によるものと考えて矛盾しないと判断した。なお,w1,w,w2,w3は 左から順にブラウス上にほぼ一直線に並んでおり,w1 - w間の距離が約13 mm,w - w2間の距離が約19mm,w2 - w3間の距離が約13mmであった。 jは本件ブラウスの右腰背部付近,w,w1,w2,w3については本件ブ ラウスの腹部中心よりやや右付近に存在していた。

15 Aの腹部及び右腰背部に残っていた各変色班の長さと,本件Xの電極部分の長さの関係について
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捜査機関は,別紙損傷部位一覧表【第2の3】の腹部付近の4個の変色班及び 同一覧表【第3の6】の背部付近の8個の変色斑について,解剖時の写真を原寸 大に引き伸ばした写真をそれぞれ作成した。また,本件Xには左右2個ずつ突出 した金属の電極があり,その電極部分についても原寸大に引き伸ばした写真を作 成した。そして,上記二か所の部位の原寸大の各写真と本件Xの電極部分の原寸 大の写真をそれぞれ重ね合わせて照合したところ,変色斑(ただし,【第3の 6】の変色斑については8個の内4個)とXの電極部分の位置がほぼ重なり合っ た。

16 被告人方パソコンからのアクセス履歴
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被告人の自宅パソコンから,以下の年月日に,次のタイトルのサイトにアクセスが行われた。

平成20年5月2日
「X オークション」Google検索
平成20年5月6日,同月10日(同月10日には約1分間接続した形跡がある。)
「Xの格安―販売店―」

同サイトのホームページ上には,Xの説明内容として,Xはバルスウェ ーブウェポンであること,バルスウェーブは人間の脳の中にあるモーター コーテックス(運動神経)とハイパサラマス(間脳の一部である視床下 部)からの脳波をインターセプトして一時的に機能不能にし,人間の運動 をつかさどる随意筋がコントロールを失い暴漢は腰抜け状態でその場に倒 れ込んでしまうこと,Xを接触させた暴漢は体内に数億もの鋭い針が走る ような感覚を生じ,戦意を完全に失うこと,厚手の服の上からでも容易に 通電できること,附属の専用リチウム電池パックにより約4000回の放 電が可能で,このリチウム電池は使用しなければ10年間は電池交換が不 要であることなどが掲載されている。

平成20年5月6日
「 Yahoo!オークション X SS 未使用 箱入り ホルスター」
「Yahoo!オークション X SS 入札結果」
「 Yahoo! オ ー ク シ ョ ン X S S オ ー ク シ ョ ン ア ク セ ス 結 果 」
「Yahoo!オークション X SS 入札状況」「Yahoo!オークションX SS 入札結果」「(一部省略)最新タイプの商品で,Xってのがよく通販広告に・・・(以下省略)」,「スタンガン,・・(一部省略)・・・通信販売」,「防犯グッズの販売店O」,「スタンガン スタンバトン・・・(以下省略)」,「スタンガンの品揃えは・・・(以下省略)」「X 通販」(以下省略),「(一部省略)防災グッズを語る(以下省略)」
平成20年5月7日
「Yahoo!オークション」(Xの出品者の自己紹介ページ,出品リスト,評価ページ)
平成20年5月11日
「Yahoo!オークション X Vのホルダー 新品」
「Yahoo!オークション〈中古〉【X W2004年モデル】」
「Yahoo!オークション〈中古〉【X W2003年モデル】」
「Yahoo!オークション〈中古〉【X W2002年モデル】」
「Yahoo!オークション〈中古〉【X W2001年モデル】」
「Yahoo!オークション」(X出品者の自己紹介ページ,評価ページ)
平成20年5月12日
「Yahoo!オークション X W 製造中止 稀少!」
平成20年5月14日
「Xリチウムバッテリー(交換用)」
「X交換用リチウムバッテリー」
「X傷跡」「X 傷」Google検索
平成20年5月15日
「X 傷」Google検索
「P1滝(愛知県)」,「P2滝(愛知県)」,「P3滝(愛知県)」,「P4滝(愛知県)」,「P5滝(愛知県)」,「P6滝(愛知県)」,「P7滝(愛知県)」,「P8滝(愛知県)」,「愛知県(P9滝)の滝」,「P11滝(愛知県)」,「P12滝(愛知県)」,「P13滝(愛知県)」,「岐阜県 滝」 Google検索,「愛知県の滝」,「岐阜 渓流 散策」Google検索,「日本の滝百選」Google検索,「愛知 滝」Google検索「犬山 公園 川」「川 公園 岐阜」Google検索,「川 公園 愛知」Google検索「愛知 滝 一覧」Google検索,「滝 愛知」Google検索,「Welcome to 滝百選〈瀑布の宿〉」
平成20年5月18日
「B 河川 公園」
平成20年5月22日
「てんかん」Google検索,WikiPedia 「随意運動を編集中-Wit・」
平成20年6月8日
「犬山市c」Googleマップ,Google検索
17 被告人の身長等
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本件当時の被告人の身長は約164㎝,体重は約68㎏であった。

第3 当事者間で特に対立のある事実関係について

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当事者間では,①Aの解剖所見及び②Xの効果について,特に対立がある。以下,順に検討する。

1 Aの解剖所見
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Aの解剖所見に関する証拠としては,検察官請求証人である解剖医Qの供述及 び鑑定書(甲71)並びに弁護人請求証人である法医学者R医師の供述及び鑑定 書(弁65)がある。

(1) 容易に認定できる解剖所見について
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Qは,平成20年6月9日午後2時10分から同日午後7時30分まで, Aの解剖検査等を行い,Aの死因等に関する鑑定書を作成して,公判廷でも 鑑定書に沿う供述をしている。

Qのこれまでの鑑定実績,鑑定経験は十分なものであり,QはAの遺体を 実際に解剖した執刀医であって,Qが作成した鑑定書及びQの公判廷での供 述内容(以下,鑑定書の内容と証言内容をまとめて「Q供述」ということが ある。)について,格別不自然,不合理な点を見出すことはできず,Q供述 は十分信用することができる。信用性の高いQ供述によれば,以下の事実を 認めることができる。

ア Aの身長は156センチメートル,体重は46.5キログラムであった。
イ 外表検査の主な結果は,別紙損傷部位一覧表記載のとおりであった(なお,R供述と内容の異なる同一覧表第1の2,4,15の成傷機転,第1の1,5ないし7,10についての表皮剥脱の位置,存在に関するQ供述の信用性については,後述する。)。同一覧表記載の各損傷は,平成20年6月8日午後2時40分ころから同日午後3時10分ころまでの間に生じたものであった(なお,この事実は,Q供述に加え,事件前日に入浴時のAの裸体を見て傷やあざはなかったというAの母の供述等の証拠によって認めることができる。)。
ウ Aの死因は溺死だった。
(2) 顔面の変色班の成傷機転に関する所見について
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Q供述によれば,別紙損傷部位一覧表【第1の2,第1の4,第1の15】 の3か所の変色斑は,その皮下にそれぞれ,半小指頭面大,半手掌面大,拇指 頭面大の凝血の膠着があったと認められる。そして,Qは,この各変色班につ いて「角稜を持つもの,表面がざらざらしたものが人体に当たった場合には, 外力の働いた点に挫創,表皮が傷つくといった所見が認められるが,上記各部 位にはそのような損傷が認められない。したがって,上記各変色班は,角稜の ない鈍体で強い圧迫又は打撃を受けて生じたものであると考えられる。」旨供 述する。その供述内容は,Q自身が行ったAの外表検査,頭蓋腔開検等の結果 に照らしたもので,十分信用できる。

信用性の高いQ供述によれば,顔面の3か所の変色斑は,角稜のない鈍体で 強い圧迫又は打撃を受けて生じたものであると認められる。

一方,Rは,Aの顔面にあった変色班の成傷機転及び表皮剥脱の位置等に関 し,Q供述とは異なる趣旨の供述をしている。すなわち,Rは,公判廷及び鑑 定書の中で,「上記3か所の変色斑のある部位には薄い細かい表皮剥脱が伴っ ているから,Q供述のように滑らかな作用面を有する鈍体の打撲によって生じ たと解すると矛盾があり,粗い作用面を有する鈍体の衝突・擦過により生じた と考えられる。具体的には,うつ伏せ状態で右顔面を下にして岩場から川へ転 落する際,岩盤で衝突,擦過して生じたと考えるのが妥当である。一度の転倒 で,右眉の右付近,右頬,右下顎角の順にぶつかれば,生じないという傷では ない。」旨供述する(以下,鑑定書の内容と証言内容をまとめて「R供述」と いうことがある。)。

しかし,まず,顔面にある表皮剥脱の存在及び位置についてであるが,Aの 死体を実際に目で見て,司法解剖を行ったQ医師が,特徴的な変色班と重なっ た位置にある表皮剥脱の存在を見落とすとは考え難い。確かに,Q供述を前提 にしても,同一覧表【第1の1,5ないし7,10】のような,変色斑の近く に表皮剥脱自体は存在するようであるが,Qは,この点について「外にある表 皮剥脱は別の機会に外力が働けば生じるし,中であっても非常に微細な,米粒 の半分とか,その程度のものなので,平滑なもので強い圧迫又は打撃を受けた という上記鑑定内容と矛盾はしない。」旨供述しており,その説明内容に格別 不自然なところはなく,十分首肯できる。そもそも,執刀医であるQと,遺体 の写真等を見たに過ぎないRとでは,鑑定資料の質に差があることは明らかで あり,Rが表皮剥脱の正確な位置を把握できているかどうかは疑問である。

そして,「粗い作用面を有する鈍体の衝突・擦過により生じた」という変色 斑の成傷機転に関する供述も,結局はRの述べる表皮剥脱の存在等を前提とし た供述であるから信用できない。

また,「転落する際,岩盤(粗い作用面)で衝突,擦過して生じたと考えるの が妥当」「一度の転倒で,右眉の右付近,右頬,右下顎角の順にぶつかれば生 じないという傷ではない。」という変色班の成傷原因に関する供述についても, 岩盤(粗い作用面)に衝突したという前提自体採用できないことは既述のとお りであるし,また,仮に転落の際に岩盤(粗い作用面)に顔面を衝突させたので あれば,Q供述からも推察できるように,より程度の重い表皮剥脱が生じ,A の顔面に見られる表皮剥脱の程度の負傷では済まないと考えられる。また,顔 面の3か所の負傷部位は,それぞれ右眉の右付近,右頬付近,右下顎角付近に 位置し,同じ右顔面ではあるものの,顔の丸みを帯びた部分のそれぞれ離れた 場所に位置しているから,Rが述べるように,それら3か所の損傷が一度の偶 然の転倒によって順に生じたと断じるのは些か不自然といえる。

以上によれば,Rの供述は信用できない。

(3) 両膝の変色班の成傷機転に関する所見について
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Qは,別紙損傷部位一覧表【第6の1】の左膝付近の変色斑について,「そ の位置,性状から,膝を地面等に強く打ち付けるなどして生じたものと推定さ れる。」とし,同一覧表【第7の4】の右膝付近の変色斑についても,同旨の 供述をしつつ,「損傷が多いため,そのすべてがそうだとは限らないが,膝を ついたりしてできたものであると考えられる。」旨供述するところ,Qの供述 は現場に岩場が多かったという客観的状況とも整合しており,概ね信用できる。 信用できるQ供述によれば,左膝の変色斑及び右膝については少なくともその 一部の変色斑は,膝を地面等に強く打ち付けるなどして生じたものと推認でき る。

一方,Rは,両膝の変色斑の成傷機転について,「両膝の変色斑は,膝を曲 げ,地面に膝を強く打ち付けたという割には上の方にあり,仮にそのような状 態になったのであれば,下腿から足背まで激しい表皮剥脱や皮下出血が出ても いいと思うがその痕跡がない。」,「仮に膝を曲げて川底に強く打ち付けられ たら,膝蓋骨を骨折することがあると思う。」などと供述する。また,「Qの 述べる『膝を曲げ,地面に膝を強く打ち付ける』という状態を,『膝を完全に 折って,正座のような格好をとった人に,その上からぎゅっと押さえ付ける』 状態を想定していた。」旨供述する。

しかし,Qが,Rの述べるような正座をした人を上から押さえつける状態に 限定した供述をしていないことは,その供述内容からも明らかである。RはQ 供述の内容を誤解しており,その点でまず失当である。また,Rは,Aが靴を 履いていたことなど,鑑定上重要と考えられる事項を考慮せずに自説を述べて おり,その点についてはR自身が公判廷でも認めている。Rは,自己の推測し た状況を前提としての意見を述べているに過ぎず,Q供述と異なる結論を採る R供述の信用性には疑問が残る。以上によれば,R供述は信用できない。

2 Xの放電による人体への影響等について
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この点に関しては,検察官請求証人である,本件と別の事件において身体にX を放電されるという被害に遭った経験のあるY及び法医学者のTの各供述,並び に弁護人請求証人である上記Rの供述がある。以下,各証人の供述内容を摘示し, 続いて信用性判断を行うこととする。

(1) 供述内容
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各証人の供述内容は,要旨次のとおりである。

ア Y供述の要旨
平成15年8月16日午前4時ころ,タイマーのアラームが鳴って目を覚ますと,枕元に犯人が立っていた。窓の方へ四つばいになって逃げようとしていたとき,犯人にポロシャツの上から背中の真ん中付近にXを押し当てられた。そのときの痛みを表現すると,全力疾走でタンスの角に小指をぶつけたとき以上の激痛である。痛みは全身に広がっていって,その後,背中の押し当てられた部分の痛みへと変わっていった。逃げようと思って体を動かそうとしたが,一,二分程度の短い時間ではなく,十分程度の長い時間でもなく,脱力状態,全然力が入らない状態が続いた。脳は体に動け動けと指令を送り続けており,あるとき体が動くようになった。
イ T供述の要旨
人間の皮膚に電気的刺激が加わると,神経細胞が脱分極して興奮し,その結果筋肉細胞も脱分極を起こして,筋肉が収縮する。脱分極した神経細胞及び筋肉細胞は,それぞれの絶対的不能期(いくら刺激を与えても興奮が起こらない時期)及び相対的不能期(強い刺激には興奮するが,弱い刺激には興奮しない時期)を経て,再分極を開始する。もっとも,脱分極の状態のときに電気的刺激が加わると,再分極ができず,興奮が起こらない不能期の状態が続く。また,人間の皮膚に電気の刺激を与えると,痛み等の症状が起きる。
文献によると,人がスタンガンで放電された場合,放電時間が0.5秒程度であれば逃げるチャンスはあるが,1秒から2秒たつと足から崩れる,3秒から5秒くらいたつと5分から15分くらいはほとんど動けないような状態になる旨の記述があるが,上記の電気的刺激の人体に対する影響や,1秒間に何回ものリズミカルな放電を行うという特徴を考えると,上記文献の内容は首肯でき,スタンガンと比べて威力が強いXの場合についても,スタンガンと同様の効果があると考えられる。
ウ R供述の要旨
Xによる電撃は,皮膚の局所に高電圧の電流を加えている間の電撃に過ぎず,驚きのあまり,電撃を加えられている間,動けなくなることがあるとしても,脳や中枢神経に直接強力な電撃が加えられない限り,全身の運動神経が麻痺し,失神することは考えにくい。電流は,電気抵抗・インピーダンスの最も低い経路に集中して流れるもので,低抵抗経路以外の迂回路にまで拡散して流れるものではなく,中枢神経にまで有意な電流が流れることはない。
(2) 信用性の検討
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Yの公判供述の信用性について検討する。

Yは,別事件でXを押し当てられたAである。Aが死亡した本件の事件や被 告人とは利害関係を全く有しておらず,虚偽供述をする動機は見当たらない。 確かに,犯人から受けた性的被害の具体的内容,順序等において,記憶が若干 不明瞭な部分も見受けられるが,約8年も前の古い事件である上,事件の性質 上,詳細は忘れたくなる事柄と思われるから,Yの記憶に不明瞭な部分がある ことも納得できる。一方,Xを放電された時の痛み,衝撃は,忘れ難い性質の 経験といえ,公判で述べるように,当時の記憶が鮮明に残っているということ も理解できる。そして,Yは,その供述の根幹部分については弁護人の反対尋 問にも全く揺らいでおらず,一貫している。なお,Yが被害に遭った事件にお ける同人の供述経過をみると,①別事件の2日後の取調べでは,「背中にビリ ビリという刺激を受けた。このとき,男がスタンガンを手にしているのが分か り,抵抗すると暴力を振るわれるという怖さから,抵抗するのをやめた」(弁 71),②別事件の約9か月後の取調べでは,「(Xを放電されて)痛さの余 り体に力が入らない脱力状態になった」という供述部分がある(弁86)。確 かに,事件2日後に作成された①の調書には,Xの具体的な効果が記載されて いないが,そもそも供述調書の内容は,捜査の進捗状況に応じてその概要が明 らかになっていくことが多いといえる。そして,関係証拠によれば,別事件の 刑事裁判ではXの具体的効果が争点とはなっていなかったと推認できるところ, それにもかかわらず,②の調書において,Yの公判供述と整合するXの具体的 な効果が記載されているのであるから,別事件のYの供述経過は,全体として みれば,供述の信用性を失わせるような供述の変遷と評価できるものではない。 また,体が動かなくなった理由について,Yが「痛さの余り」と説明していた 点についても,Xの具体的な放電機能等を知らないYが,自分の体験した脱力 状態と痛みとを結びつけて上記のような供述をすることも無理からぬところで あるから,Yの上記供述部分が,Y供述の全体の信用性を低くするということ にはならない。

以上によれば,Yの公判供述は十分信用できる。信用性の高いYの公判供述 によれば,Xを背部付近に放電されると,激痛が走ること,数分間,脱力状態, 体に力が入らない状態になる場合があることが認められる。そして,このYの 供述は,Tの説明するXの放電が人体に及ぼす効果のメカニズムともよく符合 している。T供述の内容は,全体としては既存の文献の引用によるところの多 いものではあるが,物理学や生理学の一般的な知見に照らしても概ね首肯でき るものであり,実際にXを身体に押し当てられたYの陥った状態につきそれな りに納得できる説明であるということができ,両供述は相互に信用性を高め合 う関係にあるといえる。

一方,Rの供述についてみると,その根拠とするところは,「腹部にXの電 撃を与えても,中枢神経にまでは電気が流れないから意識消失することはない。 Xの電撃がある間は神経に作用するが,電撃がなくなったら作用するものがな いので人体への影響がなくなる。」というものである。

しかしながら,前者の供述部分に関して言えば,そもそも,YやTは,Xの 効果として意識消失の効果まであるとは述べておらず,Rの供述はYらの供述 の弾劾になっていない。また,後者の供述部分についても,Rの公判供述から も推察できるように,Rが,Xの具体的な放電機能や電気的刺激の人体への一 般的効果を十分検討した上で,自己の意見を述べているとは考えられない。R 供述は,鑑定に当たっての検討材料が不足し,結論に至る根拠が薄弱であると 言わざるを得ず,信用できない。

第4 間接事実の分析及び評価

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第2及び第3の間接事実から推認できる事項の検討,個々の間接事実の分析及 び推認力の評価等を行う。具体的には,まず,Aの遺体に残っていた損傷部位及 び損傷状況から推認できる事情を検討し(後記1,2),続いて,Aが溺死した場 所の水深等を考察し(後記3),最後に,本件に至る経緯から推認できる事情を検 討することとする(後記4)。

1 腹部及び右腰背部の変色班の存在から推認できる事情
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(1) 放電状態のXがAに接触した事実
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Aの遺体に残っていた数多くの変色斑の中でも,別紙損傷部位一覧表【第2 の3】及び【第3の6】の変色斑は,他の変色斑とは異質といえる。すなわち, まず,別紙損傷部位一覧表【第2の3】の腹部付近の4個の変色班は,いずれ も米粒大の大きさで,ほぼ一直線上にあり,左2つの変色班同士の距離と右2 つの変色班同士の距離がいずれも約1.6cmと同じである。また,同一覧表 【第3の6】の右腰背部付近の8個のうちの4個の変色班についても,粟粒大 から米粒大の概ね同じ大きさをしており,ほぼ一直線上にある。このように, 腹部付近及び右腰背部付近にある変色班は,いずれも似た大きさ,形状,配列 をしており,Aの遺体に残っていた他の変色斑とは明らかにその形状等が異な っている。これらの変色斑は,殴打,転倒といったものではなく,特異な経緯 によって生じたものであることが窺える。そして,上記認定のとおり,これら の変色班が本件当日に生じたものであること,Xが電極部分から高電圧を発生 させ,人体に電流を通す武器としての用途があること,被告人が,本件当日の 約1か月前に,Hから本件Xを購入し,本件Xの放電機能を確認して,本件当 日に所持していたこと,被告人の所持していたXの4個の電極部分と各部位の 4個の変色班がほぼ重なり合っていること,Aが当時身に付けていた本件ブラ ウスの,Aの腹部及び右腰背部の変色班のある当たりに,Xの放電によるもの と考えて矛盾しない溶断痕様の痕があることなどを考慮すると,この二つの部 位の変色班は,被告人によるXの放電によって生じたものと優に推認できる。

この点については,検察官請求証人のT及びQのみならず弁護人請求証人の Rも,いずれも医師としての立場から上記認定と整合する供述をしている。そ して,被告人は,公判廷で,XがAに接触した事実については明確には説明し ていないが,正対するAにXを向け,Xのスイッチを1度押した旨供述してお り,少なくとも,腹部付近の放電については,上記認定に矛盾まではしない供 述をしている。

以上によれば,別紙損傷部位一覧表【第2の3】の腹部付近の変色班及び 同一覧表【第3の6】の右腰背部付近の変色斑は,いずれも被告人の所持す るXの放電によって生じたものと推認できる。

(2) 放電状態のXがAに接触した原因の考察
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上記(1)のとおり,放電状態にあるXがAに接触しているが,これは被告 人がXのスイッチを押していたということを意味する。被告人がXのスイッ チを押し,XがAに接触している事実だけをみても,Xの武器としての用法 に沿った行為及び結果とみることができ,被告人がAに向けて故意にXを接 触させたことを相当程度推認させる。また,本件では,Xが一度ならず二度, Aの身体の異なる表裏の部位にそれぞれ接触しているが,これはXの接触が, 偶然の事故によるものではないことを強く推認させている。特に,右腰背部 付近の放電は,Aの背後付近からXの放電が加えられたことを推認させ,被 告人がXでAを攻撃する意思があったことを強く裏付けるものといえる。

この点,被告人は,公判廷で,「Aとの間で離婚調停の話となり,Aから 『ここでの話題ではない。』と言われ,Aが被告人の横を通り抜けようとした とき,思い留まらせようとXのスイッチを押した。」旨供述する。しかしなが ら,被告人との身体の接触を避けようとして,被告人の横を通り抜けようとす るAに,偶然にも被告人の構えたXが接触するというのは極めて不自然な状況 であって,到底信用できない。また,本件現場は,B川の流れの中に一部突き 出た極めて足場の悪い岩場であることを考慮すると,Aが被告人の真正面にぶ つかるように向かってきたというのであれば,Aがわざわざそのような粗暴な 行動に突如及ぶとは考えられないし,放電状態のXにぶつかっていくという危 険かつ無謀な行動に及ぶ理由も全く考えられず,そのような状況もまた不自然 であって信用できるものではない。また,そのような武器を面接交渉の場で持 ち出すと,今後の調停で被告人の立場が極めて不利になることは目に見えてお り,被告人が,そのような見通しを立てることができなかったとも考え難い。 そして,被告人の供述内容では,Aの右腰背部付近にあるXの放電によってで きた変色斑を合理的に説明できない。以上によれば,被告人の供述は信用でき るものではない。

上記の検討結果によれば,Aの動き等によって偶然Xが接触したというよう な事実はなく,Aの腹部及び右腰背部付近のXの放電行為は,被告人の故意に 基づくものと推認できる。

(3) 本件Xの機能及びAへの放電の効果
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ア 本件Xの機能についてみると,鑑定の結果は別紙測定結果一覧表記載のとおりである。確かに,捜査機関は,鑑定の際,コンデンサ,バッテリーパック及びパワートランジスタを交換しているが,Uは交換した各部品の機能面に変化はない旨証言しており,同証言に格別不自然なところはない。そして,上記のとおり,Aの身体に,外見上明らかな本件Xによる放電の痕があること,本件Xの放電機能に問題がなかったことは売主のH及び買主の被告人が,その眼で確認していることなどに照らすと,本件当日における本件Xの機能は,別紙測定結果一覧表記載の放電効果と比べて大きく劣るということはなく,相当程度の高電圧,高電流を放電する武器としての性質を有していたものと推認できる。
イ 続いて,Xの放電によるAの身体への具体的効果について検討する。
本件当時,本件Xの機能に問題がなかったこと,一般に,Xを背部付近に放電された場合,激痛が走ることや,脱力状態ないし力が全く入らず動けなくなる状態になり得ることは,既に述べたとおりである。
進んで,Aが本件Xの放電によって脱力状態等に陥ったかどうかについてであるが,それはXの放電時間にもよると解され,直ちには認めることはできないと解されるが,Aが2回の放電を受け,その箇所に変色斑が生じていることなどに照らすと,少なくとも,Aは,2回の放電による電気的刺激によって,相当程度のダメージを受けたものと推認される。
2 その他の負傷部位から推認できる事情
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(1) 顔面の変色班について
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ア 成傷原因の考察
顔面の3か所の変色班(別紙損傷部位一覧表【第1の2,第1の4,第1の15】)は,上記第3の1(2)のとおり,角稜のない鈍体による強い圧迫又は打撃によって生じたものと認められる。
この変色斑が,本件当日午後2時40分ころから同日午後3時10分ころまでの間に生じたものであることは間違いないが,上記のとおり,それらがRの述べるような転落時の岩盤(粗い作用面)による衝突等によって生じたものとは特定することはできない。被告人の供述によっても,その他の合理的な成傷原因の説明はできていない。そうすると,上記変色班については,その存在等の事実だけでは,Aの顔面が平滑な作用面を持つ角稜のない鈍体(石,手拳等を含む。)で圧迫又は打撃されたことにより生じたものであるという以上に,その原因を特定することはできない。
この点,Rは,公判廷及び鑑定書の中で,「被告人が右利きである場合,Aの顔面の傷は左側にできるのが普通であるが,本件は顔面の右側に傷があり,被告人が殴打したというのは不自然である。」旨供述する。しかし,これは,被告人とAが正対する状態を前提にした見解であり,そのことはRも公判廷で自認しているところ,被告人とAの姿勢等によっては,被告人の攻撃によってAの右顔面に負傷ができる可能性も否定はできない。Rのように事実関係を限定して推測するのは相当でない。R供述は信用できない。
イ 負傷の具体的効果についての考察
続いて,Aへのダメージの程度であるが,Qは,「顔面の3か所の変色班について,圧迫又は打撃の程度はいずれも強いものであったと考えられる。」と供述している。Q供述は,3か所のいずれの皮下にも凝血の膠着があったことからして,納得のできるものである。したがって,この3か所の変色班をもたらした圧迫又は打撃に起因するAのダメージは相当強かったものと推認できる。
(2) 両膝の変色斑について
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上記第3の1(3)のとおり,左膝の変色斑は,膝を地面等に強く打ち付ける などして生じたものと推認でき,右膝の変色斑の一部は,膝を地面等に強く打 ち付けるなどして生じたものと推認できる。

もっとも,それが,A自身の過失等による転倒事故によるものか,被告人に よる加害行為によるものかといった点については,各変色班の位置,形状等の 事実だけでは,判別できないといえる。

3 Aが溺死した場所の水深等の考察
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Aの死因が溺死であること,Aの溺れた場所が発見場所近辺のB川河川内であることは,いずれも明らかである。

ところで,捜査機関は,上記のとおり,事件当時の現場付近の水深を推測して いる。その方法は,事件当時と測定時における同一地点の水深の差を図り,その 水深差が他の地点においても存在したものとみなして,他の地点における事件当 時の水深を推測するというものである。その測定手法は単純明快であり,事件当 時と測定時との間で地殻変動等があったとは考えられないことなどからすると, 首肯できる。そうすると,事件当時の水深は,概ね,別紙図面記載の水深又はそ れより3cm深い程度であったと推認でき,捜査機関が測定した範囲のところで一 番深い水深は,事件当時140㎝程度であったものと推認できる。そして,捜査 機関が発見場所付近の最大水深地点と判断した「北70度,起点から5m」の地 点の付近は,水深が1メートルに満たない場所が多いといえる。

このように,捜査機関が測定した現場付近の当時の水深は,深いところでも1 40㎝程度で,発見場所付近では1メートルに満たない場所が多く,Aの身長で ある156㎝に満たなかったこと,事件当時の被告人の身長は約164㎝であり, Aと10㎝も身長が変わらず,水難救助等について格別の経験もない被告人が, 深い水深のところで溺れているAを一人で川岸まで引き上げるのは相当困難と考 えられることなどに照らすと,Aの溺れた場所の水深は,Aの身長に満たない浅 い場所であったと推認できる。なお,被告人は,救助に訪れたNに対し,Aが溺 れていた場所として,発見場所付近の浅い箇所を前提とするような話をしていた ほか,公判廷においても,「足下を確認しながら溺れているAに近付き救助した。 引き上げる際に動いた場所で被告人の背より深いというところまではなかっ た。」などと,Aがそれ程深くない場所で溺れたことを窺わせる供述をしている。

以上によれば,Aは,その身長に満たない,背の立つ程度の浅いところで溺れ たと推認できる。

一方で,Aが人並みに泳ぐことができたという事情が認められることからする と(なお,この点に関するAの母の供述に特段不自然なところはなく,信用でき る。),これらの事実は,Aが事故によって溺れたという被告人及び弁護人の主 張と相反し,その主張事実の存在について疑問を差し挟む事情であると評価する ことができる。

4 本件に至る経緯から推認できる事情
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(1) 被告人のAに対する憎しみの気持ち等の有無
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ア 第2の4,の各事実によれば,被告人は,平成18年12月当時,長男を連れて実家に帰ったAに対して強い憎しみの気持ちを抱き,Aの死を強く望み,Aの死によって長男を自己の元に取り戻したいと願っていたことが優に認められる。
これに対し,被告人は,呪術団体にAの死を依頼をしたことなどについて,「Aがこれによって意識を持ち替えるようなことが起きてくれればいいと思って依頼した。」旨供述する。しかし,被告人は,F会で1番高額な9万8000円のコースを頼んでおり,呪いの実現に向けての強い意欲が窺われるほか,F会に送信したメールにはAの死を望む文章が赤裸々に記載されており,その言葉の意味内容からすると,被告人の弁解が不自然であることは明らかである。
イ その後,被告人とAの離婚調停が続き,調停期日において「審判が出れば生きていけない。自殺する。一家心中する。」などと述べ,平成20年3月26日の調停期日でも養育費の問題は解決せず,被告人は,同年4月初旬頃や同月下旬頃,長男を被告人が引き取る方が現実的であるとか,被告人の要求に応じないAに対して,自殺をする,Aは間違いなく地獄に落ちるといった,脅迫ともいえる内容の手紙を送付し,同年5月14日の調停期日において,ようやく養育費の金額については折り合いがつきかけていたが,婚姻費用の問題で結局解決には至らなかったというのである(第2の3・5)。
ウ 以上の経緯に照らすと,本件当時,被告人のAに対する憎しみの気持ちは未だ解消しておらず,また,長男をAから自己の元に取り戻したいという気持ちを抱くとともに,Aに今後支払うべき費用の関係で悩みを抱えていたものと容易に推認できる。
(2) 本件Xの購入理由及び面接交渉に持参した理由の考察
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ア 第2の6のとおり,被告人は,Aに対する第2の5(1)の手紙,すなわち,Aに対する脅迫ともいえる手紙を送付した直後の,平成20年5月初旬ころ,Xを購入するため,インターネットでXを探していた。被告人がYahooオークションのアラートメール機能を使って,自宅パソコンに「X」という言葉を設定し,また,HがXの出品を取りやめたにもかかわらず,Hに対して個別交渉で販売を持ち掛けていることからも明らかなように,被告人のXの購入意欲は極めて強いものであったと認められる。
のみならず,被告人がHに対して,本件Xの傷,曲がり部分について,事細かにメールで質問していたことからもわかるように,被告人が,中古である本件Xの放電機能に異常がないことを期待していたことも明らかである。
そして,通常,Xの放電効果を調べずして,4万5000円という高額なXを購入するとは考えられず,インターネットのアクセス結果によれば,実際,被告人は,X販売店のホームページをインターネットで閲覧していたものと推認できる。そして,そのページにはXの商品説明が記載されていたから,被告人は,Xの機能について関心を持ち,少なくとも商品説明に記載されたXの放電効果,具体的には,Xが「暴漢は腰抜け状態でその場に倒れ込んでしまう。暴漢は体内に数億もの鋭い針が走るような感覚が生じ,戦意を完全に失う。」といった効果を有するかもしれないといった認識はあったものと推認できる(なお,そのサイトには平成20年5月6日,同月10日にアクセスされた形跡があり,同月10日については約1分間接続された形跡がある[第2の16]。)。
また,被告人は,本件X購入後の平成20年5月14日及び同月15日,「X 傷跡」「X 傷」という言葉でインターネット検索を掛け,Xの放電によって人間の表皮にどのような影響が及ぶのかについて関心を持っていた(第2の16)。被告人がXの攻撃で人体に痕跡が残るかどうかを気にしていたことは明らかである。
そして,被告人は,本件Xを購入してから1か月も経たないうちに,面接交渉に持参する必要があるとは思えない本件Xを持参し,Aに向けて放電した(第4の1)。
イ 上記事実,特に,被告人が,面接交渉に携帯するとは普通では考えられない本件Xを持参し,その用法に従ってAに向けて放電したという事実は,被告人がAに放電する目的で,本件Xを購入し,面接交渉の場に本件Xを持参したことを相当程度推認させている。また,X購入時期における被告人のAに対する憎しみの気持ち等の存在(上記ア),被告人のXの購入意欲の強さ,Xの機能及び効果に対する関心とその理解や期待,Xが人体へ痕跡を残すものかどうかについての関心,Xを購入した日からAに使用した本件までの時期間隔の短さ等の各事情は,被告人が本件XをAに向けて実際に使用する意思を持っていたことを強く推認させている。
これに対し,被告人は,公判廷で,本件Xを購入した理由につき,「平成18年11月19日にA家族からもみくちゃにされるという事件があったから,Aから何かをされたときの護身用に購入した。」旨供述する。しかしながら,被告人の供述を前提にしても,それまでの面接交渉は,問題点としてはAが面接交渉を早く切り上げようとすることがあったというくらいで,全体としては子供の成長ぶりが確認できる楽しい機会であり,概ね順調に推移していたというのである。このような面接交渉の経緯に照らすと,本件当日から約1年半も前のA家族との諍いが本件Xの直接の購入理由であったとは考え難い。また,被告人の供述を前提にすると,被告人は,Aの行動如何によっては,面接交渉の場でXをAに向けるということを想定していたということになるが,前述のとおり,そのような武器を面接交渉の場で持ち出すと,今後の調停で被告人の立場が不利になることは明らかで,被告人が,そのような見通しを立てることができなかったとは考え難い。以上のとおり,被告人の供述は,極めて不自然であって信用できない。
以上によれば,被告人は,本件Xを単なる威嚇用に購入し,護身用に持参したというものではなく,Aに向けて放電する目的で購入し,面接交渉の場に持参したことが強く推認できる。
(3) I公園を面接交渉場所に指定した理由の考察
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ア 被告人は,平成20年5月15日,面接交渉の場所として,川,滝など水のある場所をインターネット上で相当数検索し,同年6月7日,岐阜県内の河川敷を指定したがAに断られ,その後,Aが提案した面接交渉の場所を断り,最終的に,自身が訪問したことのあるB川沿いに存在するI公園を面接交渉の場所に指定し,Aの承諾を得た(第2の7・16)。要するに,被告人は,面接交渉の場所として川等の水のある場所に固執していたということができる。そして,被告人は,同年5月15日「犬山 公園川」及び同月18日に「B 河川 公園」とそれぞれインターネットで検索していたから,遅くともその辺りの時期には,被告人がB川付近を面接交渉の候補地に挙げていたことが窺える。
この点に関し,被告人は,公判廷で,「長男が水の流れるところに関心を示していたので,水があって遊べる場所を探すために検索した。I公園も水遊びができるとホームページで見た気がする。」旨供述する。しかし,被告人は,本件当日,被告人が想定していたという水遊び場にはそもそも行っておらず,I公園を離れてB川に向かっており,そのことは被告人も公判廷で認めている。水遊び場を探していたという被告人の述べるインターネット検索の目的と,想定していた水遊び場に行っていないという被告人の本件当日の行動内容に齟齬がある。被告人の供述は不自然といえる。
弁護人は,幹線道路を散歩中の長男が「ここって近くに行くと水だったね。」などと川に興味を示したことがきっかけで,被告人らはB川の川岸に行った旨主張する。しかしながら,上記のとおり,被告人自身がB川に興味を示していたことは,インターネットのアクセス結果からも明らかな事実である。また,ビデオの映像からも分かるように,Aや長男を散歩に誘い,Kロードから川岸に向かうことを提案したのは,被告人である。そうすると,長男の上記発言は,偶然発せられたものと考えられ,被告人がB川に向かう意思を予め有していたことと矛盾するものではない。
イ 被告人は,Aの既往症であるてんかんについて関心を持ち,本件当日の約3週間前に「てんかん」をインターネットで調べていた(第2の16)。また,被告人は,本件直後,野外活動センターの管理人のM及び救助に現れたNに対し,Aがてんかん持ちである旨述べ,あたかも,Aがてんかんを発症し,それによって溺れたと思わせるような言動をしていた(第2の8(3),(4))。そして,Aはその日にB川の浅いところで溺死している。
ウ 以上のように,被告人が面接交渉の場所として川等の水のある場所に固執し,予めB川へ向かう意思があったと推察できること,AがB川の通常では溺れるはずのない場所で溺死していること(上記3),被告人がAの溺れた原因について,てんかんの発症による事故を装う発言をしていたことの各事情は,被告人が水難事故を装ったA殺害計画を有していたということを相当程度推認させる。

第5 間接事実の総合評価

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1 腹部及び右腰背部,顔面並びに両膝の各変色斑(第4の1,2(1),(2)の各変色斑)が被告人の行為に起因して生じたものであるかどうかについて
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腹部及び右腰背部の変色班は,それだけをみても被告人の加害意思に基づくX の放電行為によって生じたものと推認できる(第4の1)。また,既に検討した 被告人のXの購入理由及び持参理由(第4の4(2))についても,それを強く裏 付けている。

一方,顔面の3か所の変色班及び両膝の変色斑はそれだけでは被告人の直接の 加害行為に起因しているとまでは推認できない(第4の2(1),(2))。

もっとも,腹部及び右腰背部,顔面,並びに両膝のそれぞれの負傷部位が,い ずれも同一現場,同一時間帯に生じたものであることは間違いない上,第4の1, 4(1)のとおり,被告人は,Aを強く憎み,Aに向けてXを放電していること, その反面,被告人自身の供述によっても,Aの身体を水から引き上げる際に,そ の顔面や手足等をことさら打ち付けるというような事実は窺われないことに照ら せば,腹部及び右腰背部の各変色斑のみならず,顔面の変色斑や左膝の変色斑及 び右膝の変色斑の一部についても,被告人のAに対する一連の攻撃の中で生じた ものとみるのが自然である。

なお,被告人は,「溺れたAの正面からその両脇に手を入れ,川から救助した が,その際に岩に膝があたったかもしれない。救助の際にAの体を乱暴に扱った という記憶はない。」旨供述する。しかしながら,Aの体を乱暴に扱っていない という被告人の救助方法を前提にすると,膝を地面に強くは打ち付けることはな いと考えられる。被告人の供述は信用できない。

2 殺害行為の有無について(溺死の原因についての考察)
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(1) 上記のとおり,被告人は,Aに対し,腹部及び右腰背部付近にXを放電し,激痛や,その電気的刺激による相当なダメージを与え,その過程で,Aの顔面や両膝にも強い打撃を加えている。これに加えて,被告人が,Xの機能につき,相手の身体に痕跡を残さずに機能を麻痺させて抵抗を排するものであることを十分了知しつつ,あえて河川の中に突き出た足場の悪い岩の上でAの身体に故意に押し当てていることをも考慮すると,被告人の行為は,それ自体,身体の自由を奪われたAを相応の水量のある河川内に転落,水没させることを意図した行為とみるほかなく,Aの死の結果に直結する危険性を有する行為と評価できる。その結果,Aは,本来溺れるほどの深さもない河川で溺死したのであり,以上によれば,Aが溺死した原因は,被告人がAを殺害する意図で川に水没させたことによるものであると優に認定することができる。
(2) また,本件では,それを裏付ける背景事情も存在する。
まず,被告人とAは,本件当時離婚調停中にあり,被告人がAに対して加害行為に及ぼうものならば,Aによる調停委員への報告,捜査機関への告訴等によって,被告人の立場が不利になる蓋然性が極めて高い状況にあったといえる。被告人の立場からすれば,AにXという特殊な武器で攻撃を加えるのであれば,怪我を負わせる程度の攻撃だけでは済まされないという事情が存在したといえる。
さらに,本件当時,被告人のAに対する憎しみの気持ちは解消しておらず,被告人は長男をAから取り戻したいという思いや,Aに今後支払うべき費用の関係で悩みを持っていた。被告人にはA殺害の動機と考えられる事情が存在した。
そして,これらの背景事情によれば,被告人が本件Xを購入し,面接交渉の場に持参した事実や,面接交渉の場所として川等の水のある場所に固執し,救助者らに対して水難事故を装う発言をした事実などは,A殺害計画の徴憑とみるのが最も自然であるといえる。
(3) これに対し,Rは,公判廷で「人を浅いところでうつ伏せにして押さえ込んだとしたら,その人は暴れるはずであるから,顔面,胸腹部,足の前面等のもっと広い範囲にひどい皮下出血あるいは表皮剥脱ができるはずである。しかし,Aにはそれがない。」「深いところで押さえ付けて溺水させるのであれば,首等を強く押さえ付ける等しないとならないが,Aにはそのような痕跡がない。」などと供述する。しかしながら,本件においては,Aの抵抗力を一時的に奪う機能を有する機器が実際に使用されているところ,被告人とAの姿勢,現場の水深,川底の状況等によっては,Rが述べるような負傷の痕跡が残らなかったとしても全く不自然ではない。Rの見解には論理の飛躍があり,採用し得るものではない。
さらに,Rは,溺水の原因について「突然水に転落したことによる冷水による皮膚刺激,ないし,冷水の気管内吸引での気道粘膜の知覚神経末梢の刺激で起こった反射性心臓停止に基づく意識消失か,又はてんかん発作による意識消失と考えられる。」旨供述する。しかし,上記(1),(2)で検討した事情を総合すると,そもそもそれと矛盾するRの述べる溺水の原因はその可能性として極めて低いものといえる。また,本件当日は6月であり,心臓停止等を伴う冷水であったというには疑問が残ること,確かに,Aにはてんかんの既往があったが,重篤なてんかん患者であったというような事情はないことなどの諸事情も総合すると,やはりRの指摘する事実は極めて抽象的な可能性にとどまる。百歩譲ってAの溺死に至るまでの過程にRの指摘するような事情が介在していたとしても,上記の事情に照らせば,因果の過程において別の事情が介在したというに過ぎず,Aの死亡の結果につき,被告人の刑事責任を軽減させるということにはならない。
弁護人は,「本件事故当日の面接交渉が平穏に行われていたことは,当日撮影されたビデオの様子からも明らかであり,被告人がAの殺害に至る兆候が見られない。」などと主張する。しかしながら,上記(1),(2)で検討した諸事情に照らせば,被告人が本件当日ビデオを持参し,Aが死亡する直前までの円満な様子が撮影されている理由は,被告人がAの殺害計画を悟られないために穏和に振る舞い,水難事故を窺わせる平穏な面接交渉の様子をあえてビデオで残そうと画策した結果と考えることも十分可能であって,弁護人の主張が上記の認定を排斥することにはならない。
(4) なお,弁護人は,「検察官はAを溺死させるに至る直接の実行行為を明示していない。」旨論難する。しかしながら,本件公訴事実の記載をみると,検察官が,本件犯行を否認しているという被告人の供述状況等を踏まえ,当時の証拠に基づき,できる限り日時,場所,方法等もって,殺人の罪となるべき事実を特定して訴因を明示したものと認められ,本件公訴事実が訴因の特定に欠けるということはない。弁護人の主張は理由がない。
3 結論
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以上のとおりであるから,検察官の主張するとおり,被告人が,Aに対し, その腹部に高電圧を生じるXを押し当てて電撃を加えるなどして,その過程 においてAの両膝を強く打ち付けるなどし,結果的にAを河川内に水没させ て溺死させた事実を認めることができる。 よって,弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)
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(量刑の理由)
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本件は,被告人が,離婚調停中の妻を河川内に水没させて溺死させた殺人の事案である。

被告人は,離婚調停中のAに憎悪を抱き,長男を自己の元に取り戻したいという気 持ちなどもあって,Aを殺害するという暴挙に及んだものと推測される。もとよりA には被告人に殺害されるような落ち度があるとはいえず,その犯行動機は身勝手かつ 理不尽極まりない。被告人は,Aの水難事故による死亡を装うため,相手の抵抗を不 能にさせる機能を持ちつつ,相手の体に死につながる痕跡が残らないXという特殊な 武器を購入し,調停における合意事項であった面接交渉を悪用して,面接交渉の場所 にAを溺死させることに適した川の近くの公園を指定した。犯行の発覚を免れるため に仕組まれた巧妙かつ計画性の非常に高い犯行であり,被告人がAに対する強固な殺 意を有していたことは明らかで,極めて厳しい非難に値する。そして,被告人は,A に向けてXを放電し,Aに激痛を与え,生きたままAを川に水没させて溺死させてい るのであって,その犯行態様は卑劣かつ残忍である。上記の暴行を受けたときや,川 に水没させられ呼吸ができなかったときのAの苦痛が甚大なものであったことは容易 に推認できる。当時2歳の幼い我が子のそばで,川に水没させられたときのAの絶望 感,その我が子を残し,28歳という若さで命を絶たれたAの無念さは察するに余り ある。幼くして母親をその目前で突如失ったAの子についても余りに憐れである。A の父母らが被告人に対して厳しい処罰を望んでいるのも誠に当然なことである。被告 人は,捜査段階から公判廷に至るまで,不合理な弁解に終始し,公判廷で自ら殺害し たAへの不満を述べるなど,反省の態度を見ることは全くできない。その保身に汲々 とした自己中心的な態度についても看過できないものがある。以上によれば,被告人 の刑事責任は極めて重大である。

そうすると,被告人に前科がないことや,本件が端的に利欲のみを目的とした事 案とまでは認められず,夫婦間の不和に伴う憎悪が背景にあると推測されること等を 十分考慮しても,上記のとおり,本件が,被告人の強固な殺意に基づき,犯行の発覚 を免れるために仕組まれた巧妙かつ計画性の非常に高い殺人事件であること,面接交 渉の機会を悪用した犯罪であること,その犯行動機が極めて理不尽かつ身勝手である こと等の諸事情に照らすと,被告人に対しては,有期懲役刑の上限に近い刑をもって 臨むのが相当であると思料する。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役20年 主文掲記の物の没収)

平成23年9月29日
名古屋地方裁判所刑事第6部
裁判長裁判官 田邊 三保子
裁判官 渡部 五郎
裁判官 阿久津 見房
 

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