平成12 (ワ) 386,2561
判決
編集主文
編集- 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
- 2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
編集第1 請求
編集- 被告は、原告らに対し、それぞれ金4099万1591円及びこれに対する平成12年6月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
編集1 争いのない事実等
編集- (1)被告は、A市立小中学校の児童生徒に対して提供する給食を作るため、各学校 に付属する給食調理場及び給食センターにおいて、A市職員として調理員(以下 「正規調理員」という。)を雇用するほか、原告ら臨時職員としての調理員(以下 「臨時調理員」という。)を雇用してその業務を行うものである。 原告Bは、昭和11年8月17日生まれであり、昭和47年9月にA市教育委 員会に臨時職員として採用されてから平成12年3月までの間、臨時調理員として、後述の任用形態で稼働した。原告Cは、昭和10年10月22日生まれであり、昭和47年9月にA市教育 委員会に臨時職員の世話人として雇用され、昭和54年から臨時調理員として採用 され、平成12年3月までの間、後述の任用形態で稼働した。
- (2)原告ら臨時職員の雇用形態は、次のとおりである。 地方公務員法22条5項は、任命権者は、緊急の場合又は臨時の職に関する場 合において、6か月を超えない期間で更新を1度に限り、臨時的任用を行うことが できると定めている。これを受けてA市教育委員会臨時職員の身分取扱いに関する 規則が制定され、原告らは同規則に基づき雇用されていた。 具体的には、小中学校の就学する各学期ごとに雇用契約が締結され、1学期は 4月6日前後に雇用され、給食業務の終わる7月20日前後に任期満了とされる。 2学期は9月1日前後に雇用され、12月25日前後に任期満了とされる。3学期は1月4日前後に雇用され、3月23日前後に任期満了とされる。原告らは、この ように給食提供期間中だけ雇用され、その後は任期満了により失職するということ が27年6か月にわたって繰り返されていた。
- (3)給与に関しては、A市の給与に関する条例31条により、臨時職員の給与については、予算の範囲内において市長が定めるとされている。これを受けて、A市長は、A市臨時職員の身分取扱いに関する規則別表を定め(同規則8条、9条)、さらに、「同表により難い時は市長が定める額」とするとして、市長の個別の裁量権 を認めており、これがA市教育委員会臨時職員にも準用されている。
2 原告らの主張
編集- (1)臨時調理員の雇用形態 原告らの雇用期間中の業務は、正規調理員と同一であり、午前8時30分に出勤し、午後5時まで勤務に就く。業務内容も正規調理員と同様であり、調理、後片づけその他一切の業務を行うことになる。衛生管理その他の規制も正規調理員と全く同一であり、業務内容に何らの格差はない。雇用期間は各学期に限られているが、原則として反復継続して雇用されており、雇止めは行われない。休業期間中は、原告らの雇用関係は終了し、労働提供の義務はなく無給であるが、次学期の雇用に備えて待機しているから、短期間ほかの 業務に従事することは困難である。また、休業期間中も正規調理員とともに、調理実習、研修、健康診断に参加することが義務づけられていたが、旅費日当の支給はなかった。したがって、休業期間中といえども、次学期以後の継続雇用のための準備期間として被告の一定の指揮下に置かれていたといえる。 また、原告らが就労した当初は、臨時調理員から順次正規調理員に雇替えがなされ、原告ら以前に臨時職員として採用された者は、いずれも正規職員として雇用されている。ところが、昭和52年に至り、調理員の採用が試験制度に変更されたため、正規職員への雇用の道が途絶え、以後今日まで臨時職員として継続雇用されているという経緯がある。
- このような雇用形態からすれば、臨時調理員は、正規調理員への採用のための過渡的措置として採用され、正規調理員に準じて、給食休止期間を除く期間を継続して雇用することを条件として雇用される職員であり、原告らは27年6ヶ月間にわたり、正規調理員と同一の業務を行いながら継続雇用されてきたといえる。
- (2)賃金格差
- 1 原告らが退職前3年間に受給した年間給与は、次のとおりである。
- 平成9年度 日給6170円×200日
- 一時金 夏冬各4万4030円
- 年収 132万2060円
- 平成9年度 日給6170円×200日
- 平成10年度 日給6290円×200日
- 一時金 夏冬各4万4030円
- 年収 134万6060円
- 平成10年度 日給6290円×200日
- 平成11年度 日給6290円×200日
- 一時金 夏冬各4万4030円
- 年収 134万6060円
- 退職金なし。
- 平成11年度 日給6290円×200日
- 2 これに対し、正規調理員として18歳高卒で採用され、平成12年3月31日に60歳で定年退職した職員の給料を算出すると、平成9年度年収767万0480円、平成10年度年収776万5080円、平成11年度年収783万2880円、退職金2173万7331円となり、原告ら臨時調理員との格差は、年収600万円以上、退職金については2100万円以上となる。正規調理員は、さらに基本給の2.2ヶ月分の夏期賞与、3ヶ月分の冬期賞与があり、原告らとは200万円以上の格差がある。
- (3)公序良俗違反
調理員は、他の臨時職員と違って継続的雇用が認められていることからし も、本来、調理員は緊急の必要性や臨時の業務を行うことを目的とする臨時職員にはなじまず、正規調理員として雇用されるべきであるといえる。そして、同一職場において、同一労働に従事し、同一の業務上の責任を負担する限り、労働契約関係 を規律する公序というべき同一労働同一賃金の原則が及ぶと解するべきである。し たがって、原告ら臨時調理員には、正規調理員と同一の給与が保障されるべきである。A市長に正規調理員と臨時調理員との賃金決定に関する裁量権があるとして も、上記のような賃金格差は、許容される賃金格差をはるかに超えているといえる。逆に、同市長は、正規調理員と臨時調理員との間の給与格差が社会通念からみても平等原則の観点から許容しうる範囲内にとどまるように裁量権を行使すべき義 務がある。したがって、被告代表者の裁量権行使は、公序良俗に違反しており、不 法行為を構成するというべきである。
- (4)損害 前記正規調理員と原告ら臨時調理員の平成9年度から平成11年度までの年収 及び退職金の差額は、次のとおり、合計4099万1591円となる。
- (767万0480円+776万5080円+783万2880円+2173万 7331円)-(132万2060円+134万6060円+134万6060円)=4099万1591円
- (5)まとめ よって、原告らは被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ4 099万1591円及びこれに対する弁済期の後である訴状送達の日の翌日から支 払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 被告の主張
編集- (1)原告らの任用は、採用始期と任期満了日が定められた臨時的採用であり、反 復継続雇用を原則としているのではなく、希望する者を雇用したものにすぎない。 地方公務員法22条5項の更新とは、引き続く任用をいうものであり、原告らのよ うに任用が終了した後、期間をおいて改めて任用することは更新ではない。また、 被告は原告らを任用終了後1か月程度の期間をおいて改めて任用しているのである から、原告らを反復継続して雇用しているものでもない。正規調理員は、地方公務 員法により、競争試験又は選考に基づく能力の実証を得てから採用されるものであ り、原告らが採用される予定であったということはあり得ない。昭和52年度及び 昭和59年度に採用試験が実施され、当時、原告らはいずれも受験資格を有してい たから、試験を受けて正規調理員になることは可能であった。
- (2)正規調理員と臨時調理員の業務上の責任は同一ではない。正規調理員は給食の提供のない期間中は、給食設備の整備、補修業務等を行っているが、臨時調理員 は行っていない。正規調理員が参加を義務づけられていた衛生研修、調理実技講習等も、臨時調理員にはその義務はなかった。地方公務員である正規職員と臨時調理員の任用については、終身職か任期が定まっているか、成績主義に基づく任用か否かの違いがあり、その制度が異なるものであるから、必ずしも同一労働同一賃金の原則は成り立つものではない。
- (3)臨時職員の給与は、正規職員の給与改定の状況等を勘案して定められており、一般職員に比して極めて不平等、不公正なものであるとはいえない。なお、原告らに支給された平成9年度の一時金は、夏冬各4万3190円であり、年収は、原告Bが141万2930円、原告Cが139万4420円、平成10年度の年収は、原告Bが141万5250円、原告Cが142万1540円、平成11年度の年収は、原告Bが141万1190円、原告Cが142万1540円 である。
第3 当裁判所の判断
編集1 臨時調理員の雇用形態
編集甲第7及び第8号証、乙第2ないし第8号証(各枝番を含む)、証人Dの証 言、原告B及び同C本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
- (1) 被告が雇用する調理員の雇用形態には、正規職員、臨時職員及び非常勤職員の3種類がある。 臨時職員は、小中学校の各学期ごとに雇用契約が締結され、1学期は4月8日前後に雇用され、給食業務の終わる7月20日までに任期満了とされる。2学期は 9月1日前後に雇用され、12月25日までに任期満了とされる。3学期は1月6日前後に雇用され、3月24日前後に任期満了とされる。なお、被告では、毎年5 月1日の学校基本調査を経て学級数、児童数が確定し、それに基づき調理員の配置 基準も決定することから、5月中は仮配置とする扱いであり、1学期の任用辞令は、5月31日で一旦任期が満了し、6月1日から再度採用される形式とされている。このように臨時職員は、給食提供期間中だけ雇用され、その後は任期満了により失職する。 任用期間が終了すると、雇用保険法により、臨時職員全員に離職証明書が発行され、過去6ヶ月間の稼働実績に応じて、失業期間中に雇用保険に基づく給付を受け取ることができる。平成6年からは社会保険の適用が認められ、雇用期間中は雇用保険料、健康保険料、厚生年金保険料の負担をするが、離職期間中は、国民健康保険、国民年金に変更することとされた。
- (2) 臨時調理員としての賃金の額は、高等学校を卒業して最初に選考採用された初 級職員の給与の額及び他の臨時職員との均衡等を考慮して日額が決められている。その額は、平成7年度は日給6100円であったが、平成9年度には日給6170 円となり、平成10年度には日給6290円となった。このほかに、一時金が年2 回支給される。平成9年度の一時金は、夏冬各4万3190円であったが、平成10年度から、夏冬各4万4030円が支給されている。時間外勤務手当、期末手当 はあるが、交通費は支給されず、退職金も支給されない。正規調理員は、年間20日の年休があり、翌年に繰越しが可能であるが、臨時調理員は、1学期4日、2学期4日、3学期3日の合計11日のみであり、持越しはできない。正規調理員は年間10日の病休が認められるが、臨時調理員にはなく、病休は無給であり、産休もない。
- (3) 正規調理員と臨時調理員は、日常的に給食を提供する業務についてはほぼ同じ業務を分担し、勤務時間も同一であるが、給食のない休業期間中、正規調理員は、その厨房設備の整備や補修、次の学期に向けた、食缶や食器の補修、プレートの書換等の業務を行うとともに、衛生管理のための講習会や安全管理のための講習会などの研修に参加し、健康診断等を受けている。平成7年度は臨時調理員も含めて上 記の研修の対象とされたが、平成8年度からは自主参加になっており、これらの研修は臨時調理員には義務づけられていない。
- (4) 被告は、昭和47年当時、正規調理員の採用を選考により行っていたが、昭和 52年度から試験による採用制度を導入し、昭和52年度と昭和59年度に採用試験を行った。また、昭和59年度には、年齢制限にかかわりなく、臨時調理員として100日以上勤務した経験のある者には全員に受験資格を与えている。ただし、これは採用候補者を選抜する試験であり、採用試験に合格しても必ずしも採用されるわけではなく、合格すると候補者名簿に登載され、その中から順次採用されていく方式が採られている。昭和59年度には、臨時調理員からも30名程度の合格者が出たが、採用されたのは2名程度であった。
- (5)被告では、学校給食を実施するに当たり、旧文部省(現文部科学省)が示す調 理員定数基準(以下「旧文部省基準」という。)を上回る独自の調理員配置基準を 定めて実施してきたが、行政効率ないし財政負担の観点から、旧文部省基準内は正規調理員を配置し、同基準を上回る員数分については臨時調理員を配置することに より対応してきた。被告は、平成6年度の配置基準見直しの際に、博物館等の教育委員会関係の新規施設のための職員定数を確保する必要が生じたことから、調理員関係では、正規調理員数を減らす一方で、臨時調理員を非常勤職員としての調理員(以下「非常勤 調理員」という。)に替えていくことで、財政負担を増大させずに調理員の数を増 やす案を職員団体や原告ら臨時調理員に提示した。しかし、非常勤調理員は1年契 約であるが時間給1日6時間勤務であり(臨時調理員は1日7時間45分勤務である。)、臨時調理員と比較して年間30万から40万円程度の減収になることか ら、臨時調理員、職員団体、組合からの要請を受けて、被告は、従前どおりの臨時 調理員としての任用を継続してきた。
- (6)原告Bは、昭和47年9月1日にA市教育委員会に臨時職員として採用(当時36歳)されてから平成12年3月23日までの間、臨時調理員として、前記の任 用形態で稼働し、任期満了時には毎回離職証明書を受領していた。原告Cは、昭和 47年9月にA市教育委員会に臨時職員の世話人として雇用され(当時36歳)、昭和54年8月24日から臨時調理員として採用され、平成12年3月23日までの間、世話人及び給食調理員として、前記の任用形態で稼働し、任期満了時には毎回離職証明書を受領していた。原告らは、昭和57年ころから、半年間の稼働に応じて失業期間中に雇用保険に基づく給付を受けており、具体的には2年間に3回程度、最近では約17万円ずつを受給していた。原告らは、昭和52年度の正規調理員の採用試験を受験し、原告Bは、1次試験、2次試験に合格し、採用候補者名簿には登載されたが採用には至らず、原告Cは、不合格であった。原告らは、昭和59年度採用試験も受験したが、両名とも不合格となっている。 原告らは、現在、厚生年金を受給しているが、継続して加入していないため、 受給額は年12万円程度である。
2 公序良俗違反の有無
編集- (1) 原告らは、そもそも調理員は臨時職員にはなじまず、正規調理員として雇用されるべきであると主張する。地方公務員法22条5項は、人事委員会を置かない地方公共団体(被告のA市はこれに当たる。)においては、任命権者は、緊急の場合又は臨時の職に関する場合 において、6ヶ月を超えない期間で更新を1度に限り、臨時的任用を行うことができると定めている。これを受けてA市教育委員会臨時職員の身分取扱いに関する規則(甲2)では、臨時職員を任用することができる場合として1号から7号の事由 を掲げ(同規則3条)、臨時職員の任用期間は、6ヶ月を超えない期間とし、6ヶ月を超えない期間でのみ更新を認めている(同規則7条)。また、同規則8条では、臨時職員として通算する在職期間が1年に達する者でその達する日の属する任 用が終了した日から1年を経過しないものは、再び臨時職員となることができないと規定しつつ、同条但 書において、調理員及び教育長が認める者についてはこの限りではないとしている。被告においては、前記のとおり、旧文部省基準を超える員数分に恒常的に臨時調 理員を充ててきたというのであるから、このような場合が、前記地方公務員法22 条5項が規定する緊急の場合に当たるとはいえない。しかし、1調理員は、学校給 食が行われる期間のみに必要とされる仕事であり、学校が休暇期間中であるときは ほとんど稼働すべき業務がないが、給食期間中は業務が極めて繁忙となること、2毎年、各学校の児童数には変動があるが、県内学校の給食の水準を一律に維持する 必要があることから、各現場で各年度ごとに調理員の定数と必要人員との間に乖離が生じ、その員数及び配置の管理が必要となること、3被告が旧文部省基準を超える独自の調理員配置を実施するには正規調理員の定員では不足であったが、直ちに定員を増加させることも実際上困難であったこと、4調理員には特別な資格は必要なく、特種な技能及び経験が必要とされる業種でもなく、高校卒業程度の学力を有する者であれば就労
可能である(D証人)ことからすれば、調理員を臨時の職に関する場合として任用したことには相応の理由があるといえ、少なくとも、すべての調理員を正規職員と して採用すべきであるとする原告らの主張には理由がないというべきである。この点について原告らは、特別に調理員については、前記規則上、臨時職員として通算する在職期間が1年に達した者でも、在職期間の満了日から1年を経過せず に再任用できる定めが置かれていること(前記規則8条但書)から、調理員につい ては、その専門性から継続的任用が前提とされ、臨時職員としての任用になじまな いと主張する。 しかし、先に述べた諸事情からすれば、調理員を臨時職員として任用することが 不適当なものでないことは明らかであるし、しかも、調理員について前記のような特則が設けられたのは、原告らのように10年以上の長期にわたって任用が繰り返されている臨時職員としては調理員しかいない状況の中で、被告が職員団体との間で既任用の臨時職員については今後も同一人の継続的任用を可能とする旨を明らか にしたことによるものと推認される。したがって、原告らの前記主張は採用できない。
- (2) 原告らは、臨時調理員としての採用が許されるものであるとしても、正規調理 員と臨時調理員は同一の業務を行っているのであるから、被告の支給した賃金の格差は、労働契約関係を規律する公序というべき同一労働同一賃金の原則に反しており、正規調理員と同一の賃金を支給すべきであると主張する。確かに、原告の指摘する「男女労働者と国家族的責任を有する労働者の機 会均等等及び均等待遇に関する勧告(ILO165号)」、「短時間労働者の雇用 管理の改善に関する法律」、「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等 のための措置に関する指針(平成5年労働省告示118号)」の諸規定によれば、 短時間労働者について、賃金を含めた労働条件の面でできるだけ通常労働者と均衡 のとれた雇用をするよう社会的に配慮すべきことが要請されているものと解され、 また、我が国が批准する「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」、「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」等の諸規 定においても、同一価値の労働に対して同一の報酬が原則であって、特にこれに反する男女間における不合理な差別を禁止しているものと認められる。しかしながら、上記の諸規定を根拠とする同一労働同一賃金という原則が、労働関係を直接規律する法規範となり、これに反する賃金格差が直ちに公序良俗に反して違法となり、それとともに雇用主に賃金の支払義務が生じるものと解す
ることはできない。
- なぜなら、これまで我が国の民間企業あるいは公務員の雇用形態において
は、いわゆる年功序列制度が主流とされるとともに職歴による賃金の加算や各種手 当の支給など様々な制度が設けられ、同一労働に単純に同一賃金を支給してきたわ けではないし、また、そのような支給形態が違法とされていたものでもない上、仮 に、同一労働同一賃金の原則を現実に採用しようとしても、その労働価値が同一で あるか否かを客観性をもって評価判定するに際し、人の労働というものの性質上著 しい困難を伴い、実現が容易でないからである。
:しかも、本件において、正規調理員と臨時調理員は、そもそも採用方法が異な
り、特に昭和52年度からは試験制度が導入され、正規調理員には一定の能力が求 められており、給食調理という業務面においては格別の相違がないとしても、前記 のとおり、学校給食のない休業期間中、正規調理員は、その厨房設備の整備や補 修、次の学期に向けた食缶や食器の補修、プレートの書換等を業務とし、衛生管理 のための講習会や安全管理のための講習会などの研修への参加と健康診断の受診等 が義務づけられ、しかも、被告による拘束下で公務員としての制限に服する状態に あるのに対し、臨時調理員は、休業期間になれば、失業状態にあるものとして雇用 保険に基づく給付金を受給し、被告の拘束を離れ、他の仕事に就くことも自由であ って、歴然とした差異が認められる。このほか正規調理員は、長年月にわたって被告の組織内で就労する ことが予定され、場合によっては組織を管理する地位に就く可能性を含めて、調理 能力や資質、素養等が評価されるべき地位にある点においても異なっている。
:なお、原告らは、臨時調理員の雇用形態は、実質的には継続雇用であると主張
するが、上記のような歴然とした差異が認められ、同一人物の雇用が一定の失業期 間を置いて断続的に繰り返されていることをもって、継続雇用と考えることはでき ない。
したがって、臨時調理員の労働と正規調理員の労働とが全く同一価値であると 評価するのは困難であるから、同一労働同一賃金の原則の法規範性を検討するまで もなく、これを適用する余地がないことは明らかであり、いずれにしても原告らの 主張を採用する余地はない。
- (3)原告らは、同一労働同一賃金の原則が認められないとしても、本件における臨時調理員と正規調理員の賃金格差は著しく、被告の裁量権を逸脱して違法であると 主張する。しかしまず、原告らが賃金格差として比較の対象とするのは、正規調理員とし て18歳高卒で採用され、32年間にわたる継続勤務の後に平成12年3月31日 に60歳で定年退職した職員の給料であるが、そもそも原告らが被告に初めて採用 されたのが36歳又は37歳のときであり、前記認定のとおりの業務態勢及び失業 期間には雇用保険に基づく給付を受領していることにかんがみれば、比較の対象を 誤っているものといわざるを得ず、そのような比較に基づいて賃金格差が著しいとする主張は、その前提を欠くものというべきである。また、原告らが27年6か月にわたって断続的に調理員の仕事を続け、給食調理の面においては正規調理員と同等の業務を行っているとしても、前記認定のとおり、正規調理員と臨時調理員は、採用の方法が異なり、採用時からその職制は明確に区別されているのであって、そのような区別は前記のとおり相応の理由があると考えられる上、業務内容自体にも前記のとおり差異がある。また、同一人物の雇用が断続的に繰り返されているからといって、原告らの任用を継続雇用と考えること はできないことは先に述べたとおりである。そして、このような職制上の差異は、学歴や身分上固定的なものではなく、原告らにも試験を受けて正規調理員に採用される機会が認められており、実際に臨時調理員から試験に合格して正規調理員になった者もいる(D証言)。
また、臨時調理員の日給は、他の臨時職員の日給との均衡を考えて決定されて
おり、平成13年度の臨時職員の日給は、調理員6350円に対し、主事6350 円、教諭6760円である。他市の臨時調理員の日給は、E市5200円、F市6 000円、G市5500円、H市5500円、I市5500円、J市5600円、K市5700円となっている(乙8,D証人)。そして、組合による団体交渉などでは、賃金体系上、正規調理員が月給であるのに対し、臨時調理員は日給、非常勤調理員は時間給と区別されている点や、正規調理員以外には退職金がない点が問題 として挙げられており、これらの交渉の成果として、臨時調理員の日給が徐々に増加してきたという事実も認められる(乙3の1ないし6、D証人)。
さらに、被告は、賃金支給の面で原告らに正規調理員と同一の扱いを期待させ
ていたわけではなく、退職金が原告らに支払われないことも含めて、採用当初から 原告らは認識し得たことなのであるから、被告の側に信義に反するといった事情も 認められない。
以上の諸点にかんがみれば、原告らに対する賃金設定が、被告に許容される裁
量の範囲を明らかに超えるほど不当に低いものとはいえない。
また、原告らは、臨時調理員に昇給がないこと及び退職金がないことをもっ
て、公序良俗に反する不当な賃金格差であると主張する。
確かに、断続的とはいえ同一職場に27年間余り勤務しながら、退職時に全く
金銭が支給されないことに関して、原告らが強い不満の心情を抱いたことは理解で きないではなく、この点は将来に向けて検討すべき課題であると思料される。しか し、前記認定のとおり、臨時調理員の雇用が短期間であって、継続雇用とは認めら れないこと、原告らが失業期間中雇用保険に基づく給付を受けていたこと、原告ら にも正規調理員の採用試験の受験の機会が与えられていたこと、退職金が支給され ないことは採用時から明確にされていたこと、日給は年々増加してきていることな どからすれば、被告において、公序良俗に反するほどの賃金格差を生じさせている ものとは認められない。 したがって、原告らの主張はいずれも採用することができない。
3 結論
編集以上のとおり、原告らの請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
A地方裁判所民事第1部 裁判長裁判官 清 水 節
裁判官 高 松 宏 之 裁判官 瀬 戸 さやか
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