※【 】で囲んだ部分は原文に白丸傍点(○)が付されている。

 本書はエフ、スクリプナアによりて、千八百七十二年に出版せられたるロベルトス・ステハヌスの第三版を、語を逐ふて直譯せるものであります。
 ステハヌスは千五百四十六年に初版を公にせし後、千五百五十一年までに、四回その版を更へました。そのうち千五百五十年の版は、彼の第三版として優れたもので、爾來ネストレに至るまで大凡四百年間、學者等はこれを基本として、次ぎ次ぎに發見せられたる寫本に照合し、各自の信ずるところにより、そのテッキストを編輯して居ります。即ちそれがチシェントセルフのテッキストであり、グリスバッハのテッキストであり、若しくはアルフォド若しくはネストレであります。それ故に今日私たちの手にする新契約聖書は、ステハヌスのテッキストを寫本によりて多少修正したもので、結局ステハヌスたるを失はぬものであります。中にはゾオデンのテッキストの如く、大に趣を異にしたものがありましても、尚ほその基本テッキストは、以前ステハヌスであります。そしてステハヌスと他とは文法上修辭上に相違はありましても、それは大した事はありませぬ。勿論その根幹には聊かの相違もありません。またその原本は今日既に世界に稀有の書物で、東洋人たる私たちの手には、入り難いものとなつて居ります。
 併しステハヌスを學び、またそれを仔細に和譯することが、私の研究の主眼ではありません。私の主眼とする處は、等しくステハヌスを基本としまして、ベザやエルゼビル、ミルやグリスバッハ、尚ほその他の多くの學者等を經て、ラハマン、ツレゲレス、チシェンドルフ等の學者に傳はり、遂にヱストコットやワイス等よりネストレに落ち込みました。その流、その修正、またはその變化を一見して明らかなる樣、一册のテッキストに歴史的に總括することでした、本書はその基礎であり、またその一部分であります。
 次に、本書を譯するに當りまして、他からの誘引または暗示より自由にあるべき必要を認め、孰れの英譯をも和譯をも、また支那譯をも參考しませんでした。註解書も同樣です。唯時としてゼローム、アミアチヌス、ベザ、その他二三のラテン譯を見ました。されど必ずしもそれに寄ることを致しませんでした。
 書中〔 〕は前後の意を明かにするために、譯者の補ひました語で、云はば一種の説明であります。また[ ]は他の數種のテッキストによりて加へましたもので、ステハヌスに於ては或ひは誤脱にはあらざるかと思はれます。また「 」は主にヘブル書に多くありますが、それは引用せられたる聖句の印であります。
 譯語は能ふ限り第一義に循ひて、有りのままの直譯としました。かく爲すときは原文に近く、マタイはマタイらしく、マルコはマルコらしくなり、少しは原の香を聞くことを得るものと信じました。また解釋の自由あらしめんためには、原義を用ゐて意譯することを避けました。
 また譯語は從來の慣用に循ひますと、【律法】と書きて『おきて』と訓じ、また【行爲】と書きて『おこなひ』と讀ましめ、或ひは【滅亡】を『ほろび』と假名附くるのでありますが、それは甚だ繁雜となるのみならず、行文に無理を來し、隨て讀み惡くからしむる弊があります。乃ち能ふ限り單語を用ゐました。例へば『おきて』には【掟】を當て、『ほろび』の名詞なるときは【滅】の一字にて辨ぜしめ、またそれが動詞たるときは【亡び】としました。それで可なり多くの熟語も用ゐてありますが、その場合は孰れも訓讀せずに、音讀して通ぜしむるのであります。即ち【行爲】を『おこなひ』とは訓じません。『かうゐ』と音に讀みます。【苦痛】、【恩恵】、【機會】などの類すべて、『くつう』、『おんけい』、『きくわい』と讀みまして、『くるしみ』、『めぐみ』、『をり』などと訓讀せぬのであります。それらの結果として新しい書き方を致したものが二三あります。例へば『人ごろし』、『みつむる』などの語は、【殺人】、【凝視】、と書きますが普通ではありますけれど、それは漢語で、假名を附けねば『人ごろし』、『みつむる』とは讀めませぬ。少しく變かは知れませんが、【人殺】、【視凝むる】と書き直しました。また【穫入人】をば『かりいれびと』と讀ましむるためには『穫り入れ人』と假名を割り入れ、また【働人】をば『働き人』と延ばして書き振りを和げました。要するに二三特別なる讀み方を要求するものの外は成るべく傍訓なしに讀み得るやうにとの工夫であります。
 また原語の意義に循ひまして、能ふ限り譯語に區別を立てました。頗る困難なる仕事でありますが、甚だ必要と思ひました。例へば【きよむる】と云ふ言葉にも『アグニゾー』もあり、また『アギアゾー』もあり、また『カサリゾー』もありまして、おのおのその意味を異にしてをります。混同もなりませぬから、『アグニゾー』を【潔むる】と譯し、『アギアゾー』を【聖むる】と譯し、『カサリゾー』を【淨むる】と譯しました。また【ともに】と云ふ語にも、『スン』もありますし『プロス』もあります『メタ』もあります。これまたおのおの違つた關係を表はします。區別の要ありと信じます。本書中何處にても【偕に】とあるは『プロス』の譯で、【共に】とあるは『メタ』の譯で、【同に】とあるは『スン』の譯であります。また『いふ』、『云ふ』、『謂ふ』、『話たる』、『見る』、『看る』、『視る』、『觀る』、『目のあたり見る』、『つらつら視る』、『鑒る』などの語を用ゐましたが、何れも原語の區別に循ひて擇びましたのであります。
 また譯語の一定または統一、これも極めて難事でありまして、或る語の如きは到底一定せしむることはできません。されどその樣なる語は別として、これまた黽めて一定を計りました。例へば【權利】、【權威】、【權能】の三つの意義を有する『エクズーシア』をば、權の一字にて表はし、ヨハネ一の一二の如き場合をも、また同一九の一〇の如き場合をも、また聖使徒等の行爲五の四の如き場合をも辨ぜしめました。また『カロス』を【良き】と譯し、また『アガソス』を【善き】と譯して、すべての場合を一定せしめ、また『アガパヲー』を【愛する】とし、『ヒレヲー』を【懇にする】と譯し、また『デアコネヲー』を【事ふる】とし、『レーツールゲヲー』を【仕ふる】として、すべての場合を統べました。併し此等は統一に困難ではありませんが、不可能なるも少なくはありません。例へば『アッセネヲー』なる語があります。これは『弱い』と云ふ字でありまして、福音書には頗る多く、そして身體の弱い意即ち【病む】と云ふべき意味に使ふてあります。それで書状の方にては、主として心または信仰の弱いことに用ゐてあります。それ故に單に【弱い】と云ふ語にのみすべての場合を定むることも爲し難く、また病氣の意味の語にのみ譯して通すこともできません。かうした語が多多ありまして、盡くを一定せしむることは固より不可能でありますが、成るべく統一を計りました。されど現在は行き屆いてをるとは思はれませぬ。亂れてをるもありませう。他日譯語通覽が完成しましたならば、大に整ふべく信じて居ります。
 それから敬語でありますが、神とイエス・キリストと聖靈との動作に對してのみ敬語を用ゐました。例へば神我等を【愛し給ふ】、イエス・キリスト我等のために【死に給へり】、聖靈我等の弱を【助け給ふ】と云ふの類であります。それで眞の神を指す場合も、一般的に神と解すべき場合も、偶像を意味する場合も、すべて押しなべて唯【神】と譯し、また神の靈をも、人もしくは惡魔のをも、語の上には何等の區別を立てず、總て【靈】の一語をもて表はし、それが神の靈なるか、人の靈を指すか、或ひは惡魔のを云ふなるかは、讀みながら解すべきものと致しました。
 以上かくは述べましたものの、素より素養足らず、信仰また極めて薄き者の仕業でありますから、我ながら屆かざる處もありまして、推敲の餘地また甚だ多くありますが、先輩並に辱知諸兄の勸誘と、多少は新味を羞むることのあり得べき確信とのゆゑに、敢て刊行するに至りました。幸に我を離れての聖書の愛讀、また古聖徒たちの信仰の敬慕を薦むるの縁となり、また聖書研究の多少の參考となることを得ますれば、眞に喜ばしき次第であります。
      主イエス・キリスト手の千九百二十八(昭和三)年一月 日   譯者記るす