寓話
寓話
うん、よし、話をしてやらう
昔 旅人が旅をしてゐた
何といふ寂しいことだらう
彼はわけもなく旅をしてゐた
あるひは北にゆき あるひは西にゆき
大きい道󠄁や小さい路をとほつていつた
行つても行つても
彼はとゞまらなかつた
降つても照つても
彼はひとりだつた
とある夕暮寂しさに
たへられなくなつた
あたりは暗󠄁くなり誰も彼に
呼びかけなかつた
さうだそのとき、行手に一つの
灯を見つけた
竹むらの向うにちらほらしてゐた
旅人はやれうれしや
あそこにゆけば人がゐる
何かやさしいものが待つてゐさうだ
これでたすからうと
その灯めあてに急󠄁いでいつた
胸がおどつてゐた
寂しさも忘れてしまつた
だが、旅人が
何に迎󠄁へられたとみんなは想ふ
なるほどそこにはやさしい人々がゐた
灯のもとで旅人はたのしいひとときを過󠄁した
だが外のもを吹く風の音󠄁を
きいたとき旅人は思つた
私のゐるのはここぢやない、
私の心はもうここにゐない
寂しい野山を步いてゐる
旅人はそゝくさと草鞋をはいて
自分の心を追󠄁つかけるやうに
その家をあとにした
旅人はまた旅をしていつた
また別の灯の見えるまで
何といふ寂しいことだろう
彼はとゞまることもなく旅をしていつた
この旅人は誰だと思ふ
彼は今でもそこら中にゐる
そこら中に一ぱいゐる
君達󠄁も大きくなると
一人一人が旅をしなきやならない
旅人にならなきやならない
この著作物は、1943年に著作者が亡くなって(団体著作物にあっては公表又は創作されて)いるため、ウルグアイ・ラウンド協定法の期日(回復期日を参照)の時点で著作権の保護期間が著作者(共同著作物にあっては、最終に死亡した著作者)の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)50年以下である国や地域でパブリックドメインの状態にあります。
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